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2006年9月Morris.韓国旅行記
金井
クムジョンと長寿チャンスの旅 テキスト編
2006/09/12〜26
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釜山編

2006年9月11日(月)●出航●
0日目

8時起床。今回の旅は、大阪南港国際フェリーターミナルから午後4時出航のパンスターフェリーで釜山に向かう。それも盟友ムックさんと一緒に出発ということになった。
朝からメールのやりとりで、12時半にJR大阪駅で待ち合わせることにした。梅田地下でカツ丼で腹ごしらえして、地下鉄で南港まで出て二人で歩いてフェリーターミナルを探すが見つからない。しばらく歩き回って、Morris.のミスで、フェリーターミナルは、南港駅でなく、終点のコスモスクエアまで行かねばならぬことが判明(>_<) 出発前から大ボケである。これから先が思いやられる。
結局もう一度地下鉄乗りなおして終点コスモスクエア駅から15分ほど歩いてターミナル到着。それでもかなり早めに出てきたので、出航まで3時間待つことになった。待合所はほとんど韓国人のアジュマ(おばん)やアジョシ(おじん)で結構混みあっていた。すごい荷物を持った人も多い。
折角だからターミナル探索する。タワー3Fに広々とした待合スペースを発見。ムックさんも呼んで、ここでワンカップ酒一杯やりながら、韓国演歌の練習でもすることにした。今回ムックさんは超コンパクトな旅行用ミニギター持参である。Morris.は玉子マラカスと、二人分作ったコード付歌詞集もってきてる。最初はこそっとやってたのだが、酒も入って、だんだん調子に乗ってくる。もの珍しそうに覗いていく韓国人もいる。
そのうち若い男性二人が前のベンチに座り込んで手拍子したり、拍手したりしてくれる。嬉しくなって韓国語で挨拶したら、ちょっとびっくりしながら喜んでくれた、ソウルでバーテンやってるユサンウン君と、京都の大学に留学して一時帰省のアンギョンビン君とのこと。ムックさんがビートルズナンバー歌ったり、4人でいっしょに歌ったりしてるうちに3時間はあっという間に過ぎてしまったらしく、係員からせかされて(^^;)乗船口に向かう。
なかなか大きくてきれいなフェリーである。Morris.らは一番安い部屋で、二段ベッドが二組ある部屋だが、先のアンギョンビン君と偶然に同室だった。出航は見送りの人などほとんどいなくて、あっけなく港を離れる。
Morris.は船には強い方だと思う。88年ごろ神戸から出ていたフェリーで釜山まで行ったことが数回あるが、一度も船酔いしたことがない。それにデッキで風に吹かれて海を見てると一向に飽きない。さらに今回はムックさんもいるので、退屈するひまなど無さそうだ。
明石大橋をくぐるとき真下から橋を撮影したり、一眼レフカメラを抱えた韓国女性チョンジェウンさんと記念撮影したり、船内を歩き回ったりする。
先に風呂に入ってから、ムックさんとデッキで宴会(^^;) 今回Morris.はペットボトルにMorris.特製の「麦焼酎いいちこアールグレイ割」を1.5lのペットボトルにいれて持ってきてた。船内のコンビニで氷買って、昼間飲んだワンカップの容器をコップに飲み始める。飲むとやっぱり陽気になって、ムックさんにギター持ってきてもらい、またまた歌い始める。韓国人は結構こういうのに寛容である。と、思いたい(^^;)
10時半くらいまで飲んで、酒が切れたところでムックさんは部屋に戻る。Morris.はまだしつこくデッキで海を見ていた。
明日はムックさんがよく利用してるという、チャガルチ(魚市場)の近くの旅館に泊まるつもりでいる。その後は、もちろんチャガルチ見物である。釜山大好きのMorris.なのに、4年以上ご無沙汰してる。4年前にちょうどチャガルチが大工事着工したところだったので、その後どうなってるか、特にチャガルチアジュマたちがちゃんと商売できてるのかが気がかりである。寝たのは1時か2時ごろだと思う。

2006年9月12日(火)●釜山到着●
1日目

5時半起床。やっぱりちょっと興奮してるのかもしれない(^^;)
とりあえず洗顔済まして、デッキに出る。あまり良い天気とはいえないがやっぱり気持ち良い。浮かれて自販機のビール買いに下りるが小銭も千円札も無い。ロビーのアガシ(お姉さん)に無理言って両替して貰う。デッキのベンチで缶ビール飲みながら海を見る。船酔いも宿酔もまるで心配なしである。7時過ぎにはムックさんも起きだして、左側に見えてきた対馬にえらく感動していた。
釜山港到着は10時。正味乗船時間は18時間。でも、あっという間だった(^^;)通関検査も気が抜けるほどイージーに済んで、あっさり上陸。2万円だけ両替したが、レートはやっぱり8を切っている。
外に出たとたん、あいにく小雨が降り出したが、大したことはない。二人歩いてチャガルチへ向かう。
11時にはチャガルチに入り、ムックさんが定宿にしてる旅館を探したが見つからない(>_<) 近所で聞いたら最近潰れたとのことだった。まあこのあたり安宿には事欠かないから、とにかく安そうな宿を探そうとしたのだが、ムックさんがやはり以前泊まったことがあるという宿がすぐ近くにあるとのこと、「ヘリム荘」という結構小奇麗な建物で「MOTEL」の表示もある。これはMorris.の予算ではまかないきれないだろうと思ったが、とりあえず値段を聞いたらやっぱり高い(>_<) でも宿のアジュマとハルモニがムックさんの顔を覚えていて懐かしそうにしてたので、これをきっかけに値段交渉。破格のサービスで投宿決定(^o^)
いやあ、これまでMorris.が韓国で泊まった宿の中では最高級に位置するのではなかろうか。(済州島ドリームツアーの豪華ホテルは例外として)もともとMorris.は、宿は寝るだけでOK、安いほど良いという方針だからそういうことになるのだが、このヘリム荘、Morris.の予算内でこの広さと設備と綺麗さを確保できたことには大々大満足である。結果的にムックさんは2泊、Morris.は4泊することになった。
荷物置いて、シャワー浴びて、まずは腹ごしらえをしようということになる。Morris.は一刻も早くチャガルチの現状を見たかったので、昼食もチャガルチにしようと思ったが、またまたムックさんがナンポドンに美味しいサムゲタンの店があるというので、そちらにすることにした。
ともかく、チャガルチをさっと流す。
どでかい中央市場ビルはほとんど出来上がっているようだが、まだ立入禁止である。どうやら10月に完成するらしい。ちょっと惜しかったかも。
現在は隣の3階建てのビルが仮の中央市場になってる。
そして、一番気になってたアジュマの屋台と、道路脇の魚売り場も健在というか、ほぼ当時のままのスタイルで残っていた。これが一番嬉しかった。
1時前に「ナンポサムゲタン」到着。ここは初めての店だ。サムゲタンが出てくる前に取り皿を重ねて持ってきたので、おもむろに皿を並べようとしたら一番下の皿にでっかいパキボレ(ゴキブリ)がぁ〜っ!! もちろん店員を呼んで取り替えて貰う。普通なら顰蹙もので、怒ってテーブル引っくり返して出て行ってもいいようなものでもあるが、わしら、すでにケンチャナモードに入ってるので、ああ、今の、デジカメに撮っとくんだったな、などとバカ言いながら、そのままサムゲタンを待つ。そして出てきたサムゲタンは、うーーん、たしかに美味しいサムゲタンだった。サービスの人参酒だけでは足らずビールも注文。これで一人13,000ウォンなら妥当な値段だろう。
腹も一杯になって、店を出た二人はコンビニで釜山を地盤にするソジュ(焼酎)「C-1(シウォン)」を買って飲みながら、釜山の町を徘徊。そのままエスカレーターで龍頭山公園に上る。今回の旅の目的の一つは、韓国の道や公園で、韓国トロット(演歌)の流しをすることだった。さっそく実践である。すでにかなり酔いの回ったMorris.は、最初から飛ばしたような気もする。そしてムックさんもたぶん同様だったと思うのだが、このあたりからだんだん記憶が霞んできている。デジカメ画像見ると、アジョシやハラボジの前でギター弾いてるムックさんの姿や、釜山タワー前で二人並んで写ってる画像もあるから、それなりに楽しめたのだと思う。
その後、一枚だけMorris.が勝手にどこかの小さな船のベンチに座ってる奴があって時刻は4時半となってるから4時前には龍頭山を下りたらしい。その後は、皆目闇の中である。どうやって宿に戻ったかも覚えていないが、ムックさんの話によるとチャガルチの西側の一帯を徘徊したとのこと。
初日から完全無欠に潰れてしまったぞ(>_<) やっぱりソジュはきついな。

2006年9月13日(水)●釜山周遊?●
2日目

4時半起床(^^;) いやはや昨夜は泥酔して早めに寝てしまったみたいだ。シャツやジーンズ着替えもせず床に寝ていた(>_<) 部屋の鍵も見当たらない。受付に返したのだろうか?後で確かめてみよう。
朝風呂使って、風呂場でえらく汚れてたジーンズなど洗濯済ましてから、朝のチャガルチへ向かう。魚市場は青果市場以上に早い時間に始まるので6時過ぎに行っても、もう競りはほとんど終ってる。それでも朝の市場の雰囲気は大好きである。
海、船、魚、鴎、そしてチャガルチアジュマやアジョシらが元気良く働いてる姿見て、Morris.はまだ昨日の酔いもさめやらぬ先に一杯飲りたくなった(^^;) ソジュはきついから今回は控えるとして、ビールなら大丈夫だろうけど割高だし、一回空けたら一気に飲まねばならない。こうなったら頼みはマッコリしかない。近くのシュポ(スーパー=クモンカゲ=街角の駄菓子屋兼何でも屋)で物色したら、白い容器に入った「クムジョン 金井」というのが目に付いた。製造日は9月11日になってる。ポモサ(梵魚寺)のある山がクムジョンサン(金井山)で、たしかここはトンドン酒で有名である。このマッコリもそれにあやかってるのだろう。とりあえず買ってみる。1本1200ウォン。今のレートでも日本円なら150円しない。それで720mlペットボトルだからたいがい安いことが分かるだろう。どぶろくみたいなもので、アルコール度数は6度。ちゃんとふたもできるから、これをちびちび飲めば経済的かつ、泥酔も防げるかもしれない。良く振ってからふたを開けたらちょっとあふれたが、味は悪くない。いや悪くないどころか、めちゃ美味い(^^;) またチャガルチの埠頭の方に行き、岸から海に15mくらい突き出した浮き桟橋を見つけた。これの一番先端に座り込んで海を見ながらまた一杯を楽しむ。釜山といえばカルメギ(鴎)である。今日も多数が飛び回ったり波に浮かんで揺られたりしてた。この突堤も波に揺られて何だかまだ船に乗ってる感じだ。今回の釜山滞在ではここをMorris.の拠点にしよう(^^;)
10分毎くらいに小さな船が行ったり来たりしてる。どうやらこれは向かいのヨンド(影島)への渡し舟らしい。船長さん?に値段を聞いたら900ウォンとのこと、それならムックさんと一緒に乗ってみることにしよう。
7時過ぎに宿に戻り、ムックさんを起こす。Morris.の部屋の鍵はムックさんが預かってくれてた。かなり迷惑かけたのではなかろうか。覚えてないことをいいことに、知らぬふりを決め込む。
8時前に宿を出て、二人でしばらくチャガルチ散策して、朝食はチャガルチ中央市場ビル2Fの「チャガルチ食堂」という定食屋に行く。ここもムックさん行きつけとのこと。カルチ(太刀魚)の焼いたものに、ごはん、貝のすまし汁、キムチ、ナムル、海苔など適当に出て3,500ウォン。満足、満足。
8時半くらいに先の浮き桟橋に行き、二人で渡し舟に乗り込む。折角だからとムックさんにギター伴奏を強要して、トラワヨプサンハンとオモナ歌う(^^;) 乗り合わせた若い奥さんが楽しそうに笑ってみてくれた。
5分足らずでヨンドに到着。ヨンドは釜山港の中にあるかなり大きな島で、大きな橋でバスで往来できるし、南端の太宗台には2,3回行ったことがある。この渡し舟の着いたところは中心部からかなり西寄りで、造船所や修理工場、それに伴う部品の工場が集まってる地域らしく、こういった町工場好きのMorris.にはたまらないたたずまいである。あちこちにあるコルモッキルがこれまた素晴らしく、二人でデジカメ撮りまくった。造船所は内部を撮影しようとすると遮られたが、注意される前に数枚撮っておいたことは言うまでも無い。チャガルチの向かい側の波頭に座ってMorris.は「金井」を、ムックさんはビールを片手に乾杯。新しい中央市場ビルはさすがに巨大である。
ここでしばらくたたずんだあと、帰りはバスで、どこか適当なところまでもどることにした。
約15分くらい歩いてバス通りに出る。バス停前のKTTのビルにトイレマークがあったので中に入る。PCおいてあったので、韓国に来て初めてネット接続。日本語は読めても打てない。まあ、それでもかまわない。ムックさんもここで30分ほど自分の掲示板に書き込みなどしてた。
最初にやってきた6-1番バスに乗る。ナンポドン通るので、そこで降りてもいいのだが、せっかくだからどこか適当なところで降りようと路線図見たらケジョン市場というのがあったのでそこまで行くことにした。とりあえず市場なら何なりと見るところがありそうだ。
ケジョン市場(槐亭市場)は、大きくも無く小さくもない中規模の市場だった。Morris.は大きな市場も好きだが、こういった中小規模の市場も大好きである。屋台の林檎1個買って齧りつく。美味しいっ(^^;)
この一帯も素敵なコルモッキルがたくさんあり、ムックさんはまたまた撮影に夢中。Morris.はちょっと本屋でも冷かそうと思ったので、しばらくおたがい自由行動して、1時間後に小さなデバート前で待合せることにした。ムックさんも一人旅派なので、こうやってときどき自由行動できるとういのも嬉しい。結局近くに大きな本屋はなく(デパートには書籍コーナーすらなかった)、今や釜山の一番の繁華街ソミョン(西面)へ向かう。
ソミョンの本屋でチャンユンジョンの新曲「コンカッチ」の楽譜の載ってる歌本探す。なかなか見つからなくて店員に頼んでやっと入手。
そのあと、「ポハン食堂」でテジクッパブ(豚肉汁飯)5,000ウォン食べる。美味しい(こればっか(^^;))
ロッテデパート前で演奏しようとしたが、いまいちやりにくかったので中止。ソミョンのロッテデパートと言えば、前回来た時、ここの駐車場入口の誘導案内嬢の一連のアクションに見惚れたことを思い出して、それを見に行く。おお、やっぱりやってるぞ。でも前回見たときの方がインパクト強かったような気がする。個人差があるのかもしれないし、時期的に制服が違うので印象が変わったのかもしれない。それでも15分くらい見てたぞ(^^;)
6時半くらいに地下鉄でチャガルチに戻る。今夜は絶対チャガルチでオジンオフェ(烏賊刺身)食べなくてはと決めてた。市場ビルの1Fで水槽の烏賊を探したが、何となく烏賊の姿があまり見えない。しかも値段聞いたら1杯万ウォンだという、以前の2,3倍するじゃないか。ムックさんが前回行ったという店で尋ねたら、どうやらこの時期烏賊が不漁なようだ。どうしようか迷ったが、ここまで来て烏賊食べないのはあまりに残念なので、色々交渉して、オジンオとセンナクチ(生蛸)とカジャミ(鰈)のセットで二人で2万ウォンにしてもらうことにした。ビール1本ずつつけて一人13,000ウォンなら文句はない。カジャミはまあまあだったが、オジンオはどうも前食べたのより味は落ちてた。やっぱり旬でないときは駄目らしい。センナクチは口の中で吸盤がくっついてくる面白みはあるもののそれほど美味いというものでもないなあ。ちょっと今回は外れた感じだった。隣の席で、日本人一人と韓国人二人が盛り上がっていた。席を立つ前にちょっとだけ歓談して、記念写真撮る。
その後、ムックさんが前回行って盛り上がったカラオケもある酒場「洞窟」へ向かう。ところがこの店も最近潰れていた(>_<) ムックさんはかなりこの店に思い入れあったみたいで、がっくりしてた。
そのまま龍頭山に上る。Morris.は「金井」、ムックさんはビールという定番で乾杯して、夜の釜山タワー前で歌い始めたが、この時間となるとハラボジ、アジョシらは帰宅して、いるのはたいてい若いカップルばかり、はっきりいってちょっと迷惑な存在になったかもしれない(^^;) それでもおしまいごろに、女子高生2人が遠くから注視してくれた。Morris.が持参した写真アルバム見せたらすごくびっくりして、すっかり打ち解けてしまった。今回は、去年の東京ノレチャランのときのユンジョンちゃんとの2ショットや、他の歌手の写真、イパクサ関連、キムヘヨン関連、それに去年の韓国旅行の面白そうな写真をセレクトしてポケットアルバムに入れて来たのだ。これは、すごく威力を発揮した。
ムックさんがビートルズナンバーで彼女らの喝采を浴びたあと、釜山タワーをバックに記念撮影。これでわしら二人はすっかり機嫌良くなり、これからノレバン(カラオケ)に行くことにして、ヨンドサンを降りた。実は、ムックさんの友人である、QPさん夫婦と京都のビートリックスのおっしょはんが、ソウルに来ていて、ムックさんはソウルで合流するため今日上京するはずだったのが、釜山一日ではもったいなくて明日の早朝KTXでソウルに向かうことになってたので、ムックさんとの釜山での最後の夜なのだった。
1時間万ウォンと書いてあるノレバンに入って、部屋を頼む。受付に派手なコスプレのアガシがいて、酒はいらないかとか、料理はどうかなどいうので、ちょっとヤバそうかもしれないと思ったが、酒無し、歌うだけということで入室。しかし先のアガシも一緒に入ってきて、頼んでいないビールが5本、さらにフルーツの盛り合わせなんか出て来た。ますますヤバイので、ムックさんにビールやフルーツには絶対手をつけないように念を押して、歌い始める。アガシは隣に座っていろいろ愛想しようとしたが、完全に無視したので、途中で退出。1時間歌って受付に行くと、案の定5万ウォン出せという。怒ったふりして(頭に来てたのも事実だけど)「そんなこと言うのなら、一緒に警察に行こう」とアジョシの腕を取ったら、あわてて2万ウォンで良いと言った。実害はなかったものの、そういう次第でいろいろ気を遣ったたため、今回の韓国の旅、最初で最後のカラオケもいまいち心から楽しめなかった。このことがあったから、それ以降ノレバン行かなかったのかもしれない。
そろそろ宿に戻ろうとする道端にテーブルと椅子出して、若者男女4人が楽しそうに飲んでた。わしらも隣で一杯だけ飲んで帰ろうということにして、例のアルバム見せたり、ムックさんがギター弾いたりしてすぐ親しくなり、小一時間楽しい時間を過ごした。これでノレバンのちょと嫌な気分も晴れ晴れである。
ムックさんは明日が早いので帰宿、Morris.はナンポドンのPC房で1時間だけネットで、メールや掲示板のチェック。なかなか充実の一日だった。

2006年9月14日(木)●デートな一日(^^;)●
3日目

10時起床。ムックさんはソウルに発った後だった。
風呂と洗濯済まして、近所のシュポで金井買って、Morris.御用達の浮き桟橋に座り込んで、一杯飲りながら、鴎撮影。これがなかなか難しい。何たって飛んでるんだもんね(^^;) それでも割と大きめに写したのと、チャガルチ市場の看板の前を飛んでるのと、船のマストに留まってるのの3枚はまずまずかな。
そんなことしてるとき、スポーティなアガシが桟橋に降りてきた。ニコンの一眼レフ持ってたのでいいカメラですね、というところから話がはずんだ。アメリカ在住のチョンジュヨンという、仔犬の訓練をする仕事してる女性らしい。イラストも写真もやって、楽器はヴィオラとのこと、なかなかの才人である。実家はソウルで、今日の夕方ソウルに向かうとのこと。折角だから食事でもと思ったが、どうせならここからまたヨンドに行こうと誘った。昨日ムックさんと予習した後だから、ガイドみたいに案内する。やっぱりここのコルモッキルや造船所は撮影意欲をそそるらしく、バシバシ撮ってた。Morris.もつられて数枚撮影。
海岸沿いに歩いたり、岸辺でくつろいだりして1時間くらい過ごして、街に向かって歩き、途中食堂で冷麺食べる。味はまあ普通か。
いったんバスでナンポドンに戻り、珈琲でも飲もうと、STAR BUCKSに入る。さっき冷麺代Morris.が払ったので、ここは彼女が払うとのことだったが、どうも、ここの珈琲の方がさっきの冷麺より高かったような気がするぞ(^^;)
これからどうするか、と聞かれたので特に予定もないけど、国際市場の上の方の古本屋街にでも行くつもりといったら、自分も見たいというので、またいっしょに街歩き。
最近ソウル平和市場界隈の古本屋街がめっきり店舗が減ってしょぼくなったのに比べて、この釜山宝水洞の古本屋街は50軒ほどが密集してそれなりの活況を呈している。もともと本は重いから買うつもりはないのだが、昔の癖が抜けきれず、つい古本屋は冷かしたくなる。ジュヨンさんははここで犬ビジネス関連の洋書を安く手に入れてご満悦のようだった。
その後、最近できた釜山近代歴史館へ。植民地時代に、日本の東洋拓殖株式会社の釜山支店だった建物を復元したもので、当時の写真や、資料が多く収められている。Morris.はこういうの結構好きだが、ジュヨンさんはあまり興味なさそうだったので、適当に切り上げる。2時半過ぎてたのでそろそろ彼女もソウルに向かうのだろうと思い、地下鉄駅まで送っていくことにする。ナンポドン駅と中央洞駅のちょうど中間くらいだったので、中央洞の駅まで行き、アンニョンと言ったら、これからどうするの?と訊かれたので、風の吹くままと答えたら、海が見たいから一緒にヘウンデ(海雲台)に行こうという。おいおい夕方帰るんじゃないのかい、と言ったら、今日中に帰ればいいんだし、夜はこちらの友人と食事することにしただと。海はきらいじゃないし、こうなったらどこまでも付き合うさ(^^;)
釜山の地下鉄もかなり路線が増えて、今はヘウンデも地下鉄で行ける。しかしソミョン経由の大回りのため、思ったより時間かかるし景色が見えないのであまり面白くない。でも、彼女がカバンから女性写真家のイタリア周遊写真集みたいなの見せてくれたので、これがいいとか、あれがいいとか、時間つぶしはできた。
ヘウンデ駅に着いたのが4時前で、途中で金井とキムパブ買って海岸へ。さすがに釜山第一の海水浴場だけあって広い砂浜が続き景色は抜群である。沖には「トラワヨプサンハンエ」にも出てくる五六島が見える。台風の影響なのか、結構波もあるし、空は刻々変化して見飽きない。芝生に座って、金井を飲んで、一緒にキムパブ食べる。
ジュヨンさんは海やMorris.を撮りまくってた。途中砂浜で若い女の子5人が記念写真撮影してたので、シャッター押してあげようかと言ったら、「ありがとうございます」といわれた。日本人だった(^o^) 博多から来ている子たちで、一人が釜山の慶星大学に語学留学しているので、彼女に会いにというか、遊びに来たらしい。折角だから三脚使って、ジュヨンさんも一緒に記念写真(^o^)
その後も海岸散歩したり、休んだりして、暗くなるまで海岸にいた。彼女が夕食を一緒に取るという友人が携帯電話を無くして連絡がなかなかとれないようだった。Morris.もいっしょに夕食しないかといわれたが、予定の店が「釜山で一番の日本料理店」と聞いて、パスすることにした。わざわざ韓国まで来て日本料理食べるのは、何だかな、だし、それよりかなり高い店らしかったからだ(>_<) 彼女は10日後くらいに香港経由でアメリカに戻るとのことだったから、ソウルで会えたら会おうと約束して別れ、ナンポドンまでバスで戻ったのが8時半。今日は昼前から、8時までジュヨンさんとずっといっしょで、あちこち見物したり、食事したり、遊んだり、結局これって「デート」だよな(^o^)
ムックさんが美味しいと言ってた光復路の四海坊のムルマンドゥ(水餃子)食べる。たしかに美味しい、けど、不味いムルマンドゥって食べたこと無いぞ。
食事した後、足は自然とチャガルチに向かう。もちろんシュポで金井買うのは忘れない(^^;)
夜のチャガルチはまたひと味違う風情がある。昼間魚売ってる屋台も夜はポジャンマチャに早変り。
Morris.もたまにはこういうところで飲みたい気もするのだが、一人身の辛さで、指を加えている。いや、しっかり一人で金井飲んでるわけだ。
チャガルチをそのまま西に向かって歩くと、ひなびた商店街に出る、このあたりのコルモッキルは実に素晴らしかった。昼間はそうでもないのかもしれないが、韓国独特のあのオレンジ色のライトを浴びるとまるで映画のセットのような風情を醸し出す。三脚使ってスローシャッターで撮りまくる。途中何をしてるのか?と詰問されたりもしたが、デジカメで画像見せると納得してくれた。
またこのあたりはヨインスク(旅人宿)の看板を掲げたところが多く、たいていその前にアジュマがたむろしている。もしかしたら、色町なのかもしれない。アジュマに話し掛けてみた。始めは警戒してたようだが、例のアルバム見せて、テジナやソンデグヮンの話したら、すぐに打ち解ける。うーーん、本当にこのアルバム持ってきて大正解である。というか、去年の東京ノレチャランに出たのが大きいな。
零時前に宿に戻る。前の屋台でチャムウェ(まくわうり)2個買って、受付でナイフ借りて、チャムウェ1個ハルモニに進呈。今日のチャムウェは旬を過ぎてるのかいまいち味気なかった。

2006年9月15日(金)●晋洲日帰りの旅●
4日目

5時半起床。風呂と洗濯済まして、懲りずにチャガルチへ。もちろん金井も買って。例の浮き桟橋へ。今回の旅ではi-riverのMP3プレイヤーでよく韓国のFM放送を聞いてた。(AMは入らない)結構チャンネル多くていろんなジャンルが聴ける、気分に応じてトロット、国楽、POPSなど切り替えてた。今日もこれを聴きながらチャガルチを東に歩いていった。今日は釜山から日帰りできる、これまで行ったことのない町に行こう。できれば国鉄使いたいなと思ったので、ひとまず釜山駅まで行くことにした。結構距離があったが、歩くのは大丈夫だ。
8時半くらいに駅に着いた。釜山駅も4年前とは全く変わっていた。でも新しい国鉄の駅舎は鉄枠とガラス張りで個性がないような気がする。
3Fの案内所に行き、地図をもらってあれこれ見た末、チンジュ(晋州)に行くことにした。もちろん行ったことはないし、名前はうっすらと聞いたような覚えがある、ここに決めたのは、位置がが馬山と順天の間くらいで、晋州城と国立博物館があると書いてあったからだ。いちおう国立博物館ならそこそこちゃんとしたものだろうと思ったのだった。
地図によると、釜山から6つ目の三浪津駅で慶全線に乗り換えるようだった。案内係りに時間や値段など聞いたら、三浪津駅の次の列車は12時くらいまで無いとのことだった。めちゃくちゃ本数の少ない路線らしい。やっぱりここは高速バスしかないのだろうと、これも案内係りに聞いたら、西部市外バスターミナルから出てるとのこと。ターミナルの場所は地下鉄2号線の沙上駅らしい。何か面倒くさくなったので、ひとまず駅を出る。駅前の噴水の生垣にジャコウアゲハがとまっていたので一枚撮る。
駅の向かいに中国風の洒落た門があり「上海門」と書いてある。「外国人街」という看板も上がってる。ここらは以前「TEXAS TOWN」という名前の柄の悪い店や外人barや安宿が集まってた地域だが、新しく整備されたのかと冷かしに行った。街中はあいかわらずショボい風情だった。中華系の学校や事務所があったり、ロシア語の看板だした飲み屋があるくらいである。
表通りに出たら西部ターミナル行きの61番バスが走って来た。これ幸いと乗り込む。
ターミナルはスムーズに見つかり、9時40分発の晋州行きバスに乗ることができた。値段は忘れた(^^;) 乗客は座席の半分くらいだったので、ほとんどが一人がけ。 途中大きな川を横切ったので前の座席のアジョシに尋ねたらナクトンガン(洛東江)だった。
1時間ちょっとくらいで晋州ターミナルに到着。晋州城公園までは歩いて15分くらいらしい。
まず腹ごしらえしなくてはと市街の「コルモッシクタン−路地食堂」(名前が良い(^o^))に入り、スンドゥブ頼む。これが大当たり。スンドゥブは文句なしの美味しさだし、突き出しというかパンチャンがどれもこれも美味しいし、丁寧に作ってある。大好きなホバク(ズッキーニ)、赤貝、焼魚、ナムルにキムチにテンプラ、玉子と、豪華ではないが、すごく充実している。これで4,000ウォンは安すぎると思った(^o^)
シュポでマッコリ買ったが、金井は無くて、グリーンの変てこなのを買ったのだが、これは大失敗。何となく酸っぱいし、薬臭い。日付を見たら8月某日である(>_<) いちおう賞味期限は10月までと書いてあるが、金井はたいてい2日以内くらいの製造日だ。これは日本でも売られているたぐいの、保存料入りのマッコリだったらしい。結局1/3も飲まないで、捨ててしまったよ(>_<)
腹もくちくなったし、ぼちぼち歩いて公園に到着。韓国特有の城門(拱北門)がある。えらく綺麗で新しそうである。門の横に売票所と案内所があったので、1,000ウォンのチケット買って、案内パンフレットもらう。
「晋州市は慶尚南道人口35万人の都市で、洛東江支流のナムガン(南江)にのぞむ道西部の行政中心地。豊臣秀吉の朝鮮出兵(文禄の役)韓国でいうところの壬辰倭乱(イムジンウェラン)1593年に、加藤清正ひきいる10万の日本軍に対し、朝鮮側の7万人が晋州城に籠城し全滅した悲劇的な古戦場として知られている。」
おいおい、そんなところとは知らずに来てしまったよ。例の日本武将を岩場に誘い出してもろとも川に身を投げて死んだキーセンのノンゲ(論介)の舞台なわけだった。日本人はあまり歓迎されないタイプの観光地のようでもある。まあ、Morris.はチョナン(天安)の独立記念館も、ソウルの西大門刑務所歴史館も行ってそれぞれ、それなりに楽しんで帰ったくらいだから、別にかまわないか。
最近の韓国の観光地の例に漏れず、ここも完全に観光整備されて、公園全体が映画のセットみたいである。幼稚園、小学生の団体が多い。楼閣や護国寺、鐘楼、などが点在してる中に、国立晋州博物館があったのだが、内容は「壬辰倭乱のテーマ歴史博物館」だった(>_<) 別に入場料(1,000ウォン)取られたのも面白くなかったし、内容も完全に期待はずれだった。でも、博物館前で小学生の団体が記念写真撮ってたので、Morris.も先生に頼んで、一緒に記念撮影することができた。
城の裏手に流れてるナムガンには、何やら派手派手しい張りぼての飾り物が筏に乗って浮いていた。パンフレットによると、毎年10月始めに催される「晋州南江宝灯祝祭」の準備らしい。
川べりに論介が死んで岩になったという「義岩」というのもあったが、単なる方形の岩である。
今日は晋州に着いたころから雨が降りみ降らずみだったが、午後からだんだん本降りになってきたので、適当に切り上げて、近くの中央市場に向かう。
中央市場は、割りと雑然としてたし、雨がひどくなってきたため、Morris.の一番好きな道路上の店舗は半分畳みかけてた。屋台で1,000ウォンのチヂミ食べるも、身体半分雨ざらしで落ち着けなかった。
そのままターミナルまで戻り、釜山の東部ターミナルに着いたのが5時半くらいだった。地下鉄でナンポドンに戻る。
夜はお気に入りの「元山麺屋」で冷麺。ここの冷麺は定評があったのだが、10年ほど前に、店主が変わって味が落ちたと言われる。たしかに最初に食べたときの感動は無いが、今でも充分美味しいし、何といっても、お茶代わりに薬缶で出てくるスープがたまらん。Morris.は今日も湯のみで5杯は飲んでしまったよ。6,000ウォンの価値は十二分にあると思うぞ。でも、雨の平日とは言え、7時前後の時間帯で、客はMorris.一人というのは、やっぱり人気が無くなってるのは事実かもしれない。

2006年9月16日(土)●チャルイッコラ!!釜山ハン(^o^)/● 5日目

6時起床。今日はソウルに出発の日である。幸い雨は止んでるようだ(^o^) 
さっさと朝風呂使って、荷物の整理済まして、早めに宿を出る。もちろん最後のチャガルチ巡り。ああ、4年以上ぶりのチャガルチだったが、やっぱりMorris.にとってチャガルチこそが釜山の全てである。Eight Days A Weekならぬ5日間に10日分くらい行ったり来たり行ったり来たり行ったり来たりしていた。今日はおしまいということで、いつもにまして、うろうろ うろうろ うろうろしてまわる。
朝食は何にしようかと思ったところに焼き魚の匂い。いかにもチャガルチでアジュマを数百年くらいやってきたんじゃなかろうかと思われる、ナイスフェイスのアジュマから「オイソ!!」と声をかけられて、吸い込まれるように店に入る。韓国の焼魚屋でポピュラーなのは、サンチ(サワラ)、コンチ(サンマ)、コドゥンオ(サバ)、カルチ(タチウオ)、クルビ(イシモチ)でこの店もそんなラインアップ。Morris.はやっぱり鯖が好き(サバビア〜ン(^^;))なので、コドゥンオ定食頼む。ああ、これでチャガルチともしばらくお別れだよなと、感慨に浸ってたMorris.の表情を読んでか、アジュマはMorris.が頼んでもいないヘジャンクッも一緒に持ってきた。もっともこれはサービスでなく、しっかり代金取られたけど(^^;) ケンチャナ。両方で6,000ウォンだもんね。
Morris.には珍しい充実かつボリューム満点の朝食を終えて、さらに、徘徊を続ける。チャガルチアジュマの魚売り風景や、魚もどんどんデジカメ撮影。途中魚眼も使う。別に「魚眼で魚を写す」というギャグが気にいったわけでなく、これを使うとアジュマの真前で魚を接写してるふりで、魚とアジュマまで一辺に写すことが出来ることに気づいたからだ。もっと早くに気づくんだった。
そして、今回Morris.の釜山でのサンクチュアリとなった浮き桟橋へ。ここでも愚図愚図と未練たっぷりで玉井舐めながら、座り込んで呆けていた。ああ、ほんとに今回の釜山の旅はここに集約されるような気がする。
9時前に宿に戻り、荷物チェックして、受付に鍵を返してハルモニに挨拶。慈味あふれるハルモニの笑顔には、日々心を和ませられた。来年には必ずまた来ると約束してヘリム荘を後にする。
チャガルチ駅から、地下鉄1号線の北の終点ノポドンまで24駅もあるのに、意外なほどに早く着き、何と10:00発のソウル行きに乗車できた。高速バスにも、「優等」と普通の「高速」の2種類あり、優等ならソウルまで3万ウォン、高速なら2万ウォンである。Morris.は迷うことなく安いほうにしたさ(^^;) レートが8でも釜山-ソウル\2,500というのは、日本と比べるとめちゃくちゃ安い。しかもMorris.はバスだと5時間以上、下手したら6時間くらいかかると思ってたのに、運転手に聞いたら4時間半だと。これならセマウルと変わらないではないか。そんなに早いのなら、もう少しチャガルチ見物できたのにと思ったが、それはそれ(^^;)。座席番号「十八番」というのも、ソウルでの明るい希望を感じさせてくれた(^o^)
隣に座ったのは中年夫婦(Morris.より若い)と旦那のお母さんで、今日の午後ソウルで従兄弟の結婚式があるとのこと。車内で話が弾み、手作りのキムパブもいただいてしまった。もちろん持参してた金井も、あっという間に無くなってしまったよ。バスの車窓からの景色も懐かしいものがあった。
ここから後は「ソウル編」に譲ることにしよう。


ソウル編

2006年9月16日(土)●ソウル到着 そして沈没(>_<)●
5日目

午後2時半にソウル高速バスターミナル到着。そのまま3号線でアングットン(安国洞)に出て、インサドンを下って東山旅館に向かう。飴売りの兄ちゃんは見かけなかったが、見知らぬ男性に声をかけられた、えらく親しそうに話し掛けてくるので、日本人観光客目当ての韓国人かと邪険に対応してたら、去年何かの宴会で会ったイハンゴン君だった。おいおい(^^;) Morris.は人の名前と顔を覚えるのが苦手である。特に韓国人の名前はどれも似たよな感じで困る。ともかく、彼はアートディレクタで20日から近くで食の祭典みたいなのがあるのでそのオープニングセレモニに来るようにと招待状くれた。
東山旅館はアジュマがそのまま居たのが嬉しかった。娘のウォンヒも小学生である。あいかわらずおしゃまである。2階の安い部屋が空いてたので助かった。狭いながらも楽しい我が宿である(^^;)
洗顔済まして、ジーンズだけ洗濯機で洗うよう頼んで外出。小腹が空いてたので、例の母娘でやってる粉食店「にんじん」で挨拶を兼ねて何か食べようと思ったのだが「にんじん」は無くなってた(>_<) 食いものとは全く無縁の「インク&トナー」専門店がそこにはあった。がっくし、である。
地下鉄会賢駅まで出て南大門へ。今回の旅の目的の一つに眼鏡のレンズ交換というのがあった。去年南大門で買った眼鏡のレンズの片方にえらい傷が入ったので、これを交換してもらうことにしてたのだ。どうせなら同じ店の方が良いと思ったので、その「南門眼鏡」で頼む。ついでに、以前古道具屋で買った、鼈甲縁の老眼鏡のレンズを近視用のレンズに交換頼む。3枚で1万円くらいだから、日本で買うよりはかなりお得だと思う。Morris.の近視はかなりひどいので、普通のレンズよりは高額になるようだ。
ついでにちょっとだけ南大門市場冷かして、屋台で「チャンユンジョン2.5」アルバムのバチもん買う。5,000ウォン。これはアルバムの14曲のほかに彼女のヒット曲「オモナ」「チャンチャラ」「コッ」を含む8曲が入ってるお買い得盤である(^^;)
飴売りの兄ちゃん、フンヨンに電話したら、今大学路で飲んでるので、すぐタクシーで来いとのこと。しまり屋のMorris.は地下鉄で行くことにした。ケンタッキーフライドチキン前で待ち合わせたつもりが、よく伝わってなくて、ちょっと齟齬があったが何とかフンヨンと弟分のキムヒギョンと再会。そのまま、どこかの3階に連れて行かれたら、そこでは30人以上の大宴会の真っ最中だった(^^;) 何でもハンヨンエという舞踏家の女性の誕生パーティらしかった。紹介もなしに、どんどんソジュを注がれる、これはちょっとやばいでないかい、と、思う間もなく酔いが回ってきたようだ。明日はムックさんらと一緒にソウルの街でストリート演奏ということになってるのだが、待合せは11時だから大丈夫だろう。
昼間インサドンであったアートディレクタのイハンゴン君も宴会にいたし、永東高校の歴史教師のイヒョンホさんがえらくMorris.のことを気に入っていろいろ話し掛けてくる。舞踏家の友だちだけに、農楽やったり、踊りやったり、絵を描いたりと芸術関連の人も多かったみたいだが、例によってMorris.は、飲んだり食ったり歌ったり(^^;)で忙しかった。たいがい飲んで出来上がった頃、フンヨンが別のところに行こうという。まずは大学路で、去年も連れて行かれた2階のライブハウス。ここでビール飲んで店主のライブ聞いたあたりまでは、記憶にあるのだが、その後、タクシーでイテウォンに出て、黒人ダンスホールとロシア人ダンスホールはしごして、路上でビール飲んで、タクシーでインサドンに戻ったらしい(デジカメ画像がそう教えてくれる(^^;))その後、何故かMorris.はふらふらと清渓川方面に流れて行ったらしい。最後の画像が17日2時31分で清渓川の橋の下が写っている。Morris.はそのまま河岸で寝入ってしまったらしい(>_<) 目が覚めたら4時半過ぎくらいか、ふらふらと東山旅館にたどり着き、アジョシをたたき起こして、何とか部屋に戻って爆睡(>_<)

2006年9月17日(日)●老人天国で昇天(>_<)●
6日目

朝11時15分くらいに、ムックさんが東山旅館のMorris.の部屋をノック(>_<) そうだ、今日は11時にパゴダ公園でみんなと待合せだった(>_<)
おお、Morris.は見事に寝過ごしていたようだ。さすがに今朝5時帰宿だもんね(^^;)
ばたばたと着替え洗面して、ムックさんと一緒にパゴダ公園へ。
QPさん夫妻と、おっしょはんが待っていた。すまんm(__)m。すまんm(__)m Morris.みたいに半月旅行と違って2泊3日くらいの短い旅程での彼らには、30分といえど貴重な時間を無駄遣いさせてしまった。既に顰蹙ものである。
それでもMorris.はシュポでしっかり「長寿(チャンス ソウルの代表的マッコリ)」買うのは忘れなかった(^^;)
まずは腹ごしらえということで、市庁近くの「南門麺屋」へ。ここはMorris.は何回か冷麺食べに入ったことがあるが、今日のQPさんのお薦めはチェンバン(宮廷鍋)。なかなかに豪華である。またここのピンデトックも高級感あふれる美味しいものだった。ちょうどTVでノレチャラン始まったのでついついMorris.はそっちに夢中になったりした(^^;)
食後タクシーで大学路のマロニエ公園で、いよいよストリート演奏しようということになったのだが、いかんせん、目の前で何か抗議運動の団体がマイクでがなってうるさい。場所を替えることにした。途中、流しの兄ちゃんがいたので、何か弾いてくれと言ったら、Morris.の十八番「馬鹿みたいに生きてきたよ」を弾きだしたので、びっくりしながら一緒に歌う。偶然なのだろうが、それほどポピュラーでもない曲なのに、どうしてあの曲をやってくれたのか、今もって不思議である。
そのあと大学路の北のはしの小さな広場で歌ったりもしたが、いまいちのりが悪いので、こうなったら老人天国の宗廟へ行こうとまたタクシーに乗る。
日曜日ということもあって宗廟はもうハラボジ、ハルモニのお祭り状態。ここかしこで踊りまくってる老人パワー。青空カラオケもやってた(1曲千ウォン)ので、ムックさんは「マウミウルチョッケソ」、Morris.は「シントブリ」歌った。このあたりまでは覚えているのだが、長寿飲んでまたまた酔いの回ったMorris.は、どうやらそのまま潰れてしまったらしい(>_<) 気がついたら宗廟の石のベンチの上で寝ていた。4人の姿はどこにもない。これは完全に見捨てられたのに違いない。
情ないやら申し訳ないやらで、ちょっと落ち込んでしまった。ムックさんはともかく、後の3人は短い旅程の一日をMorris.に付き合ってくれて、それがこんな醜態をさらしたのだから、一刻も早くおさらばしたい気持ちになるのは分からないでもない。
何時間寝ていたのか分からないが、デジカメのトッポッキの画像の時間が午後7時前である。この頃には何とか意識回復してたらしい。
飴売りのフンヨンに電話して、「釜山カルメギ」という美味しいテジカルビの店に行く。本当にここのテジカルビは美味しかった。今日はちょっと早めに寝ようということで11時前には東山旅館にもどる。

2006年9月18日(月)●昼の清遊 夜の狂宴●
7日目

9時半起床。シャワー,洗濯。さすがにちょっと疲れてる(^^;)
今日は静かに清遊することにしよう。
インサドンから回って鍾路に出る。途中広場に似顔絵の見本が壁に貼ってあり、ヨン様の絵がなかなか巧く描いてあったのでデジカメに収める。いちおうますみちゃんを始めとするヨン様ファンへのサービスとして拡大画像も貼っておこう(^^;)
まずウリ銀行で両替、レートは変わらず8を切っている。近くの「シゴルパブサン」という地下の食堂で遅めの朝食。3,000ウォンと安い定食だが、韓国海苔が美味くていくらでも食べられる。
観光公社でメール、掲示板チェックして、一旦宿に戻り、清渓川起点の広場から東に向かって歩く。清渓川(チョンゲチョン)は、戦前は汚いながら市民の生活河川だったのが、戦後埋め立てられて、その上を高架の高速道路が走っていた。それを2003年から2005年にわたる大工事で、高速道路を取っ払い、あらたに川を復元して、歴史と自然をソウルに取り戻そうとする、ちょっと普通では考えられない画期的な都市計画である。Morris.は最初にこの話を聞いたときは、絶対そんなこと不可能だと思ったくらいだが、結局、こうやって完成してみるとすごい!!と思わざるを得ない。去年の9月完成だから、今回初めてのお目通りである。(すでに初日の晩に野宿したみたいだけど(^^;))
あくまで人工的河川ということはわかっているし、噴水や飛び石などいかにも作られた感じの場所もあるが、全体としては綺麗な水の流れに沿って歩道を歩くというのは気持ち良いものである。川底もコンクリートでなく、天然石と硬化土(粘土質)を使って、魚貝類の棲息への配慮をしてるし、岸辺に植えた草木が、園芸品種でなく、野生植物、それもなかなか選び抜かれた風情のある品種を多く植生しているのには感心した。「歩く植物人間」であるMorris.は、ついついデジカメでこういった草花を撮りまくることになってしまう。まさに植物写真家Morris.である(^^;) 清渓川の水は最終的には漢江に流れ込む。もともとがソウル市民の生活廃水を漢江に流す下水みたいな役割をしていたものらしい。
Morris.はもともとソウルでは漢江が好きで、一日か二日は漢江のほとりを散策することが多かった。
実は今日の夕方ヨイドのKBSホールで「歌謡舞台」の録画があるということをチェックしてたので、これからヨイドに行って、漢江見てからKBSホールで並んで録画を見ることができないかと思っていたのだった。で、KBSに電話で問合せしたのだが、当日飛び込みは無理だと言われてしまった。残念。
それでも漢江は行っておこうと、地下鉄5号線ヨイドキルまで出て漢江の岸辺を歩く。人工河川チョンゲチョンとはスケールが違うし、ゆったりした流れはさすがに別格である。ちょっと小雨が降って来たので、橋の下に座って、前もってシュポで買った長寿を飲む。ちょっといい気分になって、韓国の歌など口ずさんでいたら後ろで笑い声がする。振り向いたらすぐ後ろにアガシがふたり座っていた。例のごとくチャンユンジョンほかの写真帖をネタに歓談する。彼女らは学生ではないようだったが、トロットは駄目ということで、ちょっと残念だった。それでも別れ際に土手の上からスナップ撮らせてもらう。
漢江の河川敷の一部に自然植物園みたいなのがあって、ここでは、草花や低木、薬草、農作物などが、花壇みたいにレイアウトされている。Morris.はここも大好きなスポットで、またまた、植物写真家になってしまった。秋だというのに紋白蝶が多く飛んでいて、ニラの花畑で、雌雄のカップルが愛の交歓(たぶん)をしていた。
ここで小一時間過ごしてから、鍾路方面に戻るつもりで753番バスに乗ったものの、方向が反対だった(^^;)ので、そのまましばらく乗ってソンデ市場というところで降りたが、あまり見るところのない街並みだった。韓服店のショーウインドウに素敵なチマチョゴリがあったので、デジカメに収める。こういうときも魚眼が役に立つ。
地下鉄で市庁まで戻る。市庁前広場では、韓国観光写真展が開かれていた。それほど大規模ではないものの、それなりに力作が並んでいた。やはり新しく完成した清渓川の風景と、サッカーワールドカップの赤い応援団の写真が半分くらいを占めていた。
7時半に東山旅館に戻ったら、ムックさんが1階の部屋に投宿していた。昨日の失礼を侘び、一服してから、ムックさんも一緒に、管理人室にマッコリとギター持ち込んで、しばし小宴。娘のウォンヒはMorris.が夜店で買ったピンクの首飾りが気に入ったらしく愛想が良い(^^;) アジュマが手作りのホバクジョンやカムジャマンドゥなどあてに出してくれる。もちろん記念写真も撮って後で葉書にして送るつもり。
9時に宿を出て、インサドンへ。飴売り屋台前にフンヨンがいたので、しばらくそこでたむろ。飴売りの客寄せ用のカウィ(はさみ)借りて、15分ほど飴売り実践したのだが、冷やかしはあっても飴は売れなかった(>_<)
10時くらいから弟分のキムヒギョンも一緒にインサドンコルモッキルの「楊貴妃」というこじんまりした伝統酒場で宴会。ムックさんのギターが大活躍、Morris.も韓国歌謡歌いまくり。また他の客たちもすぐ自分の十八番を歌うなど、しっかり歌声酒場を実現した。ママものりのりで、この店は画家とか書家とか音楽関係とか芸術関係者が多いらしい。すっかりご機嫌になって、4人でビール20本くらい飲んで、干物やフルーツなど出て、トータル4万ウォン。これは破格である。きっとサービスがあったと思う。いやあ、この店はまた来たいぞと思ってしまった。
その後、店を出て、鍾路の屋台のおでんや餃子をアテに路上のテーブルでビール飲んで、またまたムックさんのギターで歌謡大会。周りの客も概ね好意的に見てくれた、と思う。
1時過ぎに東山旅館に戻る。昨日のことがあるので、今日はそれほど泥酔せずに引き上げることができたようだ。めでたし、めでたし。

2006年9月19日(火)●Triangle ぷっつんMorris.(>_<)●
8日目

7時半起床。シャワー、洗濯。
ふらっと、東山旅館界隈のコルモッキルを北に抜けて、ホボントーストという軽食店で野菜粥を食べる。ここの男女店員が愛想よく話かけてくれるので、例の写真帖見せたりしてすっかり仲良くなる。店名通りここのメインメニューはホットサンドイッチなので、次回はこれを頼もう。
地下の広場では何やら試験みたいなのをやってる。看板みたら「漢字検定試験」とある。韓国は一時期漢字をほとんど使わないようにしたことがあるので、日本に比べるとかなり漢字能力は低いと思う。こういった検定試験やってるところをみると、少しは漢字が見直されてきたのかもしれない。良い傾向だと思う。
観光公社でメールチェックした後、今日も清渓川散策。またも植物写真家になってしまう。
途中、5,6人のアジュマたちがチマをたくしあげて川の中に入って遊んでいたので声をかけてしばらく話す。Morris.が日本人だというので、日本の歌を歌うようにといわれる。ひとりのアジュマが「青い空」を歌ってくれという。ん?何の歌だろう。もしかしたら憧れのハワイ航路かなと思ったが、違うようだ。韓国トロットでお茶をにごす(^^;) そのうち別のアジュマが日本語で「あーらしーもふーけば あめーもふーるー 」と歌いだした。でも途中で歌詞につまってMorris.に歌うように強要する。うろ覚えで歌う。「ここに幸あり」だよな。ところどころつっかえながら、どうにか一番だけ歌い終えた。最後のところが「ここにさーち−あーり あーおーいーそーらー」。あっ、そうか先の「青い空」というのはこの歌だったのか、と納得(^o^) アジュマたちはソウルに住んでて、ときどきこうやってくつろぎに来るとのこと。清渓川復元工事に関しては、すごく良いことだと思うと言ってた。
そのままふらふらと川沿いに歩き(当然シュポで買った長寿をちびちび飲りながら)東大門を越えて、以前泥棒市場(ピョルクシジャン=蚤の市)のあったファンハクトン(黄鶴洞)あたりで地上に上がる。Morris.はここの路上屋台というか、道端に何でもかんでも広げて商いやってる泥棒市が大好きだった。それがすっかり様変わりである。5階建ての薄汚い市営住宅も、2階から上は剥ぎ取られるように無くなっていた(>_<) 清渓川工事でこの泥棒市が消滅したのは何とも悲しいものがある。しばらくこのあたりを逍遥する。裏通りの中古レコード、骨董、電機店冷かして、小腹がすいたので市場の食堂でユッケジャン。
トンミョ(東廟)から地下鉄で宿に戻る。ムックさんと合流して3時過ぎにパゴダ公園へ。釜山で知り合ったジュヨンさんと連絡取って今日会えることになったのだった(^o^)
ジュヨンさんは英語も堪能なので、ムックさんとは英語でコミュニケーションできる(^o^) とりあえずムックさんの帰りの飛行機のチケットを買いに、YMCA5階のTOP航空へ赴く。ムックさんは遅くとも21日には帰国しなくてはならないので出来れば21日の夕方の便、無ければ明日20日でも仕方ないかと言ってたが、うまいことに21日夕方の便があった。このあたりの話はジュヨンさんがいたおかげでスムーズにいった。しかしソウル-関空片道で20万ウォンというのは、以前に比べるとかなり高いし、今の円安状況ではかなり厳しいものがある。
それから3人で、清渓川散策(^o^) Morris.は新たに買った長寿持参で歩きながらラッパ飲み(^^;)してたら、管理のアジュマに注意されてしまった。清渓川は禁酒地域らしい。その後はこっそり(^^;)飲むことにした。
東大門付近で地上に上がる。軍服姿のハラボジがサックスでトロットを演奏していた。このハラボジはMorris.はお馴染みである。年期の入ったサックスでトロットを感情移入で演奏してくれる。
3人は東大門市場の中にある「ジンハルメタ クハンマリ」2階へ。これはムックさん一押しの鶏鍋店で、Morris.は前から気になってた店だ。一人ではちょっと入りにくいので、今回初めて入ることが出来て嬉しかった。若鶏一匹をまるまる鍋にするもので、客が直接鶏を鋏で細切れにするというのが、なかなかダイナミックである。ムックさんはこの店のエキスパートらしく、えらくはりきってた(^o^)
たしかに豪快で美味しいのは間違いないのだけど、Morris.はサムゲタンの方が完成度高いのではないかと思った。でも、この鍋に追加するカルクッスは、これは、もう、筆舌に尽くしがたいくらいの絶品だった。
その後ふらふいらと東大門市場を徘徊。宗廟向いの電機店でデジカメ用のCF(コンパクトフラッシュ)メモリー買う。512MBで3,5000ウォン。今のレートでも日本円だと\4,000以下。これってすごく安いと思う。Morris.のデジカメは300万画素だから、このメモリーだと600枚くらい撮れることになる。
ムックさんがちょっと洒落た店でワインなど飲みたいというので鍾閣の「スカイラウンジ」というBarに入る。Morris.はこういう店は苦手なのだが、まあ、仕方が無い。
9時過ぎにインサドンに出て、画家のシオンも誘って、例の飴売りの兄ちゃんホンヨンと待ち合わせてまたまた「楊貴妃」へ。当然ここではムックさんのギターで歌会始まる(^o^) ジュヨンさんは家が厳しいので、10時半に退席(;_;) 
零時前に楊貴妃出て、路上のテーブルで一杯飲ろうと言ったのだが、何故かホンヨンは地下の団欒酒幕(カラオケラウンジ)にしけこんだ。Morris.はノレバン(カラオケボックス)は好きだが、どうもこの団欒酒幕は苦手である。料金が高いのもあるが、客が多いと自分の歌う番がなかなか回って来ないということもある。この店は他の客は2組くらいだったので、まあいいかと思ったのだが、結果的には最悪だった。
いちおうカラオケ機器があるのだが、隣にキーボードの「先生」がいて歌うときにカラオケといっしょに伴奏してくれることになっている。この「先生」がいまいちだった。イパクサの相棒のキムスイルさんも、こういった店で同じような仕事やってるのだが、比べるのは失礼なくらいに下手だし、態度がえらく横柄である。ムックさんとMorris.が一曲ずつ歌ったところまでは良かったのだが、その後が良くない。せっかくこういう店に来たのだから、それなりに盛り上げようと、Morris.なりに作戦をねって、次にオムジョンファの「チョデ 招待」をリクエストしてみんなを驚かせて、その後は一気にポンチャックディスコメドレーで踊りまくろうと思った。ところが、いっこうにリクエストが通らない。他の客は2組くらいだし、そんなにリクエストが混んでるわけでもないのに。さらに「先生」は休憩に入ってその間はカラオケ停止だと(>_<) ムックさんがキーボードで弾き語り始める。これはけっこう受けてたが、Morris.としては何だか面白くない。そして「先生」が戻ってきたのだが、まだMorris.のリクエストは通らない。店の女の子に文句言ったら「先生」に言ってくださいと言われる。いいかげんMorris.は切れてしまったよ。ええかげんにせえよ、と怒って、店を飛び出る。半分はポーズで、ムックさんか、ホンヨンがなだめにきてくれて、まあまあということで、事を納めるつもりだったのだが、どちらも来る気配なし(>_<) しかたないので、そのまま東山旅館に戻る。しかも、このとき、韓国歌謡の歌詞ファイルや玉子マラカスや歌本店に置き忘れてきてしまったらしい。最低!!である(>_<)

2006年9月20日(水)●博物館 食芸祭 夜の北村●
9日目

7時半起床、シャワー,洗濯。
朝の散歩中にCITY-BANK見つけたので、キャッシュカード使えるかと思ったのだが、これは日本でしか使えないことが分かった。ちょっと残金が厳しいことになりそうだ。
今回のソウルでのお目当ての一つが、清渓川で、もう一つが昨年新しく開館した中央博物館だった。
地下鉄4号線でニ川駅下車。入口まで10分くらいかかった。いやあ、広大な敷地に大きな池まであって、全体が一つの自然公園みたいだ。本館は3階建てで、別館では特別展やってたが、螺鈿の宝物展みたいなのでパス。
本館の入場料は2,000ウォン。入ってすぐのロビーのドームをデジカメ床に置いて魚眼で撮影。ドームを見るとついこれをやる癖がある。建物自体は割りと平凡というか、最近の韓国の国鉄の大きな駅がたいていそうであるように、鉄骨とガラスで見通しよく作られているが、ちょっと味気ない気もする。もちろんMorris.は、旧朝鮮総督府のあのどっしりした洋館が大好きだったから、どうしても比べてしまう。
3階吹き抜けになって、そこにはキョンチョンサ(敬天寺)の十重石塔がたっている。これはパゴダ公園(今はタプコル公園)の円覚寺の石塔と良く似ている。石塔を形作る石板に、仏像の浮彫が施されている。パゴダ公園の石塔が不細工なガラスの檻に閉じ込められてすごく見づらくなってるだけに、この石塔は嬉しかった。
展示品目は、以前とそれほど変わってるわけではないのだが、やはり入れ物が変わると、新鮮な気分になるものだ。考古学的なものから、芸術的なものまで幅広く蒐集されてるから、じっくり見てたら一日でも足りないだろう。Morris.としては、仏像と陶磁器をメインにするつもり。ただ一つずっと以前中国コーナーにあった、宋代の木彫観音菩薩像が戻って来ていたらいいなと思ってた。もう10年以上お目見えできずにいる。しかし、今回もその姿は無かった。
嬉しいことに、この中央博物館も、三脚とフラッシュさえ使わねば、写真撮影OKになってた。最近の良い傾向だと思う。こうなると貧乏性のMorris.のはりきるまいことか。一挙に百枚くらいは撮ったと思う。
2階の瓦のコレクションが、充実していた。Morris.は瓦大好きである。このコレクションはある日本人の寄贈とのこと。これまたちょっと嬉しくなった。
石塔の前で記念写真撮ろうとしたら、光州から修学旅行に来たという眼鏡の3人娘に話し掛けられる。例によってユンジョンちゃんの写真見せたら大喜びしてくれた。当然一緒に記念写真撮って、しばらく一緒に観て回る。
もっと観たい気もしたのだが、3時にインサドンに行くことにしてたので、後ろ髪を引かれながら、博物館を出る。
地下鉄の車両に、派手にレトロなポスターがラッピングされてた。喜劇映画「チャルサラボセ 上手く暮らしてよ」のポスターで、町のあちこちで見かけて気になってたのだが、電車のそれはなかなか豪華だった。9月28日封切りということで観ることはできなさそうだ。
3時にインサドンに戻ったのは、ソウル初日に会ったイハンゴンさんから食芸祭のオープニングセレモニーの招待状もらってたからだ。大して期待もしなかったけど、せっかくだから顔出しておこうくらいの気持ちだったが、これが嬉しい誤算で、素晴らしいイベントだった。
正しくは「韓国骨董食品芸術展」で、韓国の伝統的ヤンニョンや、発酵食品などの伝承と育成を目的としたものらしい。ハンゴンさんは司会やってた。
圧巻は広場に設えられたテーブルの上に並べられている料理の数々。その種類の多さ以上に、美しさに圧倒されてしまった。これは後で招待客に振る舞われるとの事。嬉しいのだけどこんな綺麗に作ってあるのを壊すのはバチあたりみたいな気もするぞ。とにかく客が箸を付ける前に一通り撮影しなくては、またまたデジカメ撮りまくり(^^;)
そしていよいよ試食会の開始(^o^) 各自取り皿に山盛り状態である。Morris.はいちおう写真写り考えてレイアウトしたつもりだが、あまりセンスがよろしくなかったかな?隣のお姉さんの皿が美しかったのでそちらもバチリ。
飴売りのホンヨンも新しい彼女?連れてやって来た。昨日の夜のことを謝って、一緒に食べる。今朝車で運んできたらしい、江原道の特産「チョルヲン(たぶん鉄原だろう)」というマッコリも出て、すっかり良い気持ちになってしまった。
結局5時過ぎまで飲んで食ったことになる。
インサドン下って、一旦宿に戻り、1時間ちょっと仮眠。
7時ごろからまたインサドン上って、夜の北村巡り。去年市立美術館の受付で「北村」紹介の本をもらい、初めて北村を訪れた。
「北村」というのは、慶福宮、昌徳宮、宋廟に挟まれた地帯で、李朝時代から、政府高官や役人の邸宅が多かった、いわば昔からの高級住宅地帯だが、日帝時代に分割され、現在の小住宅の街並みになったのは1930年代らしい。それも太平洋戦争、朝鮮戦争などで破壊されたり、傷んだりしていたが、ソウル市が梃入れして、昔の街並みを復元しようという運動を進め、今ではかなりそれらしい街並みを取り戻したようだ。
以上は前回のMorris.日記からの使いまわしである(^^;) 前回はその前の日にデジカメ壊れてしまったから、画像は一枚も無かった。今回は夜景を撮影するつもりである。
何しろ絵に描いたような町並みである。想像以上に夜の北村は素晴らしかった。どこの路地も撮影意欲をそそる。
途中「日韓交流まつり」のポスター見つける。23日大学路で開かれるらしい。これは見に行くことにしよう。
前回はもらった本に地図があってルートたどって歩いたのだが、同じ地図が看板になっていたのでデジカメに収めて、これを見ながら歩く。今日は西側のファドンを中心に回ることにした。坂を登って行ったら途中に素敵な屋上を見つけた。民家の屋上なのだが、散策者に解放されてるようだ。先客もいたが、彼らも家の人ではなさそうだ。広さは、Morris.のアパートの屋上と同じくらいで、実に夜景が美しい。三脚使ってスローシャッターで何枚も撮る。長寿が空っぽになってたのが残念だった。
また夜道を歩いて、別の屋上発見。こちらには、女子大生二人が何かを撮影してる。なんだろうと近寄ったら、ベンチに靴を置いて写してる。商品撮影なのかと聞いたら、単なる趣味だと(^^;) 彼女らもデジカメ持っていたが、ポラロイドも持っていて、Morris.といっしょに手持ちで撮ってくれたりもした。話が弾んで、カラオケに誘おうかとも思ったが、残金が厳しいので涙をのんで諦める。ちょっと残念。
10時過ぎに北村を後にする。
鍾路裏通りの「コヒャンクッパプ」という店で、2,500ウォンのクッパブがあったので入ってみる。えらく安いのにけっこう美味しかった。
12時半に宿にもどって、ムックさんと落ち合う。明日の夕方の便なので、朝のうちに京東市場に土産の買い物に行くらしい。時間が合えば一緒に行くことにした。
それにしても今日はデジカメフル回転だった。実はMorris.のデジカメは旅行前からちょっと不調傾向にあって、レンズのふたが半開きということも頻繁だし、ここ数日、時々「E-18」というエラー表示が出たりしてる。ハードに使いすぎというのもあるのだが、何となく韓国旅行とMorris.のデジカメの相性は悪過ぎる気がする。ともかく、最終日までもってくれることを祈りたい。

2006年9月21日(木)●風流茶廊 女子高 蚤の市 ●
10日目

7時起床。シャワー、洗濯。本当にMorris.は旅に出ると毎日のように洗濯してしまう(^^;)
9時にムックさんとバスで京東市場へ。コルモッキルなど冷かしてたら、市場の中を良さそうな雉トラが歩いてたのでデジカメに撮ろうとしたらそのまま市場の店の部屋の中まで入ってしまった。アジョシがいたので、猫撮らせてと頼んで部屋ごと撮影(^^;)
大通りの、大きな韓薬専門ビルに入る。地下には「韓薬博物館」があった。まあ、宣伝施設ではあるのだけど、いちおう色んな漢方薬が並んでいる。
ムックさんは午後5時頃のJALで帰国である。そのためには2時前には鍾閣からバスに乗るべきだから、あまり時間が無い。お土産の海苔とラーメン(安城湯麺)をダンボール一箱ずつ買ってる。かなりかさばるし、けっこう重さもある。大丈夫なのかと聞いたら、いつものことだと(^^;) Morris.は最近ほとんどお土産なんか買う習慣を無くしている。今回はさらに資金が切迫している(^^;)
それはともかく、買い物済ましてバスで鍾閣に戻り、一旦荷物置いて、ムックさん最後の昼食。これは何をおいてもMorris.が一番好きなインサドンのオルゲンイクッ(小さな緑の巻貝のスープ)専門店「風流茶廊」へ。Morris.の大好きな女主人もいて、去年の東京ノレチャラン見てくれてたらしい。ああ、いつ来てもこの店は良い。もちろんオルゲンイクッとトンドン酒頼む。3人で記念撮影もして。すっかり良い気分になったらもう1時である。すぐ東山旅館に戻り、ムックさんをバス停まで見送り。あと4,5日はソウルに残るMorris.は、ムックさんからミニギター借り受けることにした。ムックさんも荷物多いのでお互い良かったということにしておこう(^^;) このギターのおかげで、すごく楽しく過ごせた。ムックさんに感謝。
今日の午後は、東大門運動場の泥棒市でも冷かそうと、バスに乗ったまでは良かったものの、寝過ごして目がさめたら、また京東市場である(^^;)
それはそれで良しとして、いつもと逆に北の方に上がっていく。ちょっとのどが渇いたのでシュポでアイススティック買う。アジュマが退屈そうにしてたので、店の椅子に座って、早速ムックさんから借りたミニギターで、韓国トロット2,3曲やったらえらく受けてしまった。途中別のアジョシが座ってソジュ飲み始める。Morris.も折角だから長寿を買ってまたしばらく歌会モード(^^;)。
残った長寿カバンに入れてさらに北上。角に女子高があって、運動場で大勢の二人三脚みたいなのやってたので見物する。授業というわけでも無さそうで、帰宅する生徒も多い。ここで、またまた例の写真帖見せて仲良くなり、記念写真。さらに3人の生徒に地下鉄まで送ってもらった。
地下鉄で東大門運動場まで戻り、運動場内の泥棒市で、最新トロットのCD2枚買う。平日の夕方ということもあってか、市場は何となくさびれた感じだった。
またチョンゲチョンを歩いたり休んだりして、結局南大門市場まで歩いてしまった。途中カムジャタンの美味しそうな店もあったが一人では食べきれない。以前鍾路にあった、一人前のカムジャタンの店は、無くなってしまったようだし(>_<)
南大門市場の食堂街で呼び込みにつられて、訳のわからないクッパみたいなのを食べたがいまいちだった。店の前のテーブルで飲み食いしてる客のところに流しのハラボジがやってきた。それほど上手くはないのだが、陽気で愛嬌があった。これは見習わなくては(^^;)
ライトアップされてる南大門前の芝生に座り込んで、長寿舐めながら、こそっとギター弾いてるうちに寝入ってしまい目が覚めたら1時だった(>_<)ので、よろよろと寄宿。

2006年9月22日(金)●梨花博物館 農業博物館 西大門コンサート●
11日目

10時起床、シャワー、洗濯。
3日前に寄った「ホボントースト」でモーニングセット頼む。ホットサンドに珈琲がついて2,000ウォン。隣の客がしきりに「オッカルリダ」というのが気になる。聞き覚えはあるのだが出てこない。頼んでメモにハングル書いてもらい、古い電子辞書で調べたら「食い違う、行き違う、すれ違う」だった。これは覚えておこう(^^;)
観光公社寄ってメールチェックすましてから、ソウル市庁まで歩き、市庁内部に入場。1階に一般が利用できるコーナーがあるのだ。特に面白いわけでもないが市庁舎の内部が見られるだけでもMorris.には嬉しい。退場するときちょうど女性が階段下りて出て行くところをデジカメで撮影したらシルエットでなかなか素敵な絵が撮れて嬉しかった。
そのまま徳寿宮方面に行ったらちょうど定例の門衛交代儀式やってた。これは毎日午後1時ごろから行われているもので、もろ観光客用だがそれなりに絵になる。おしまいに撮影タイムもあったので、三脚で記念写真。中国人夫婦に頼まれてシャッター押す。シンガポールから来ているらしい。
徳寿宮の西側の塀に沿って歩く。この長い塀もいかにもという感じの撮影スポットである。
チョンドン教会の隣に小さな昔風の木造門があって、その奥に「梨花記念館」というのがあったので入ったが見るほどのものはなかった。ただ出口に「梨花博物館開館」という看板があったので、尋ねたら去年隣にオープンしたばかりとのこと。早速行ってみる。煉瓦作りの立派な建物でこれは1886年創立当時の梨花女子高等学校本館を復元したものらしい。3階建てで1階には当時の教室と廊下が復元してあった。いや、懐かしい雰囲気である。椅子に座ったり、教壇に立ったりしてデジカメに納まる(^^;)
2階には学校の歴史を知るための写真や機関紙、賞状、オルガン、机と椅子、大きな鐘などが展示してあったが、一番目を惹いたのが歴代の制服である(^o^) 韓服と洋装半々だが、Morris.は左端の濃い緑のリボンのセーラー服が一番好きだった。
3階は、装飾品や美術工芸品の展示室だったが、Morris.の大好きなコルム(指貫)が扇状に壁に貼り付けてあり、どれもこれもちょっと今では手に入らない逸品揃いだった。また片隅に、女子高生が4人立っている古びた写真の等身大パネルがあり、その前に椅子がおいてある。記念写真用のコーナーらしい。これを見逃すMorris.ではないよね(^o^)
偶然、こんな素敵な博物館に出遭えたのは僥倖と言って良いだろう。1楷情報センターの受付に礼を言ったら、日本語のパンフレットを手渡された。植民地時代の3・1運動に呼応した4・1万歳運動(1919)で独立を謳って捕らえられ、西大門刑務所で1920年10月12日に獄死したユ・グァンスン(柳寛順)の事跡が事細かに記されている。彼女は梨花女高(当時「梨花学堂」)の生徒だった。Morris.みたいに単純に制服見て喜んでる日本人へのたしなめだったのかもしれない(^^;)
梨花博物館を北上して、6年ぶりに農業博物館へ。ここは結構好きで3回ほど来たことがあるのだけど、びっくり(@ @) 新築のビルになってた。以前の建物はいかにもローカルの博物館といった建物だったのに、今や立派なビルヂングである(^o^) その分前庭が狭くなってるのがちょっと残念だった。
受付で写真撮影は駄目だといわれる。中央博物館だって撮影OKだったのにと、ぶーたれたが、決まりなら仕方がないと諦めて展示室に入る。おお、以前とは違って明るく綺麗な展示室になってる。農具などの展示物は前からあったものが大部分だがすごく見やすくなってる。撮影しておきたかったなと思ってるところに、受付の女性が追いかけてきて、どうして撮影したいのか?と訊くので、韓国旅行のホームページに載せたいからというと、引き返してノートにHPのアドレス書かされた上で「取材」と書かれた撮影許可証を貸与してくれた\(^o^)/ これで堂々と撮影できる。ということでまたまた撮りまくりである。しかもこの博物館は、最初に入った1階は従来通りの農業歴史館で、農具や農耕風景中心の展示だったが、新たに2階を「農業生活館」、地階を「農業弘報館」と名づけて、ハイテク技術も導入してすっかりリニューアルしてあった。
*関心のある方は農業博物館のHPをご覧ください。 http://museum.nonghyup.com
2階には韓国歴史博物館ではおなじみの立体模型というか、まさに実物そのままを写した建物や人物のジオラマめいたセットがわんさかあるし、地階は、農産物のビデオやPCによるブースがわんさかである(^^;) 農業運動関連の資料も数多くあり、1991年の米の自由化反対の1千万人署名全てが積み上げてあるのは圧巻だった。またMorris.の十八番「シントブリ−身土不二」の書が表装されてたりもした。
こうやって博物館を現代的に綺麗にリニューアルするのも、清渓川復元に代表されるソウルの都市浄化作戦「Hi-Seoul」運動の一環なのだろう。大統領の椅子を狙ってるとも言われるソウル市長イ・ミョンパクの人気取り政策という陰口もあるが、方向性としては、素晴らしいと思う。ただ、そのデメリット(管理都市化、泥棒市の撤去など)も見過ごしてはならないだろう。
受付に礼を言って、ちょうど4時に農業博物館を出る。近くの小学校でサッカーの練習してたのでしばらくぼーっと見物。
実は昼に寄った観光公社で、今夜7時から韓国伝統音楽舞踊の催し(無料(^o^)が世宗文化会館で開かれる、という情報を教えてもらってたのだ。だからそれまで時間つぶししようと、何の目的も無くふらふら歩いてたら地下鉄西大門駅に着いた。これなら独立門まで行こうという気になる。意外と近いもんである。
アーケードのヨンジャン市場冷かして、食堂でスンドゥブ定食。普通(^^;)
コルモッキルから抜けて裏から独立門へ。このフランスパリの凱旋門に余りに似ている(^^;)独立門は、1887年に建てられたもので、それ以前には中国(清)からの使者を迎える「迎恩門」があったらしい。何となく韓国とは場違いなスタイルだと思うが、今日は素敵な雲が西側に広がったので、門の裏側からちょっと傾けて撮影したら、えらく格好良く撮れてしまった。
東側の坂道を登りうろうろするもとりたてて面白いものはなかったので、すぐ降りて近くの小さな公園のベンチで、ムックさんから借りてるミニギターを取り出して、韓国演歌の練習(^^;) しばらくしたら歯の抜けたハラボジが隣に座って手拍子してくれた。話しかけたら近所に住んでるとのこと。「酒でも飲むか」というので、OKというと、酒代を出せという(^^;) ソジュなら千ウォンでいいだろうと渡したらちょっと不服そうな顔して、それでもよろよろと立ち上がって街の方に歩いていった。10分くらいギター弾きながら待ってたが帰ってくる気配がない。これは、一種のたかりだったのかもしれないと思ったさ。ところが、ハラボジはソジュと葡萄を買って戻ってきた。そうか、アテに何か欲しかったので千ウォンでは足りなかったのかと納得。ともかくさしつさされつでソジュ飲んでまた歌う。ハラボジも一緒に歌おうとするのだが、これが見事な音痴である(^^;) Morris.もどちらかというと音痴に属するのかもしれないが、そんななまやさしいものではなかった(^^;) これはこれで楽しいものである。途中ハラボジの仲間が来てしばらく一緒にいた。結局6時過ぎにハラボジは帰宅するからと、ふらふらと独立門の方に向かって帰っていった。
そろそろ地下鉄で慶福宮に戻り、世宗文化会館に行こうかと思った矢先、目の前を農楽の行列が通る。Morris.は農楽には目がないので思わず付いていった。一休みしたとき、今日はもうこれで終わりかと尋ねたら、今夜7時から西大門刑務所歴史館の中庭でコンサートがあり、自分達もこのコンサートの前座で演奏するとの事。
うーーん、そんなことなら、世宗文化会館はやめてこちらのコンサートを見ることにしようと、即座に決定(^^;) シュポで長寿買って、早めに席取りに会場に向かう。この刑務所歴史館は前にも2度来たことがある。日本人が行くと必ず日本語のできる案内人がついて、まず歴史のビデオを見せて、随行案内してくれる。親切といえるかどうか疑問なところである。Morris.はうまいこと言って、一人でまわったけどね。
中庭には立派なステージが組まれ、すでに観客は半分ほど椅子に座ってる。Morris.は首尾よく前から3番目の席を確保。今日の催しは歴史館主催西大門区後援の「芸術祭」で、昨夜はここで野外映画会(「韓半島」)もあったらしい。
先の農楽隊がステージ前でひとしきり賑やかして、コンサート開幕。ミュージカル歌手のイヘギョンの司会で、地区の女性合唱に始まり、ブレイクダンスグループ「マキシマム・クルー」、チャングムの主題歌「オナラ」を歌うペク・ポヒョン、歌手のユヨル、女性だけの打楽器チームなどが演奏。トリは男性デュエットの「ユリサンジャ」だった。とりたててMorris.好みの歌手は出なかったけど、無料だし(^^;) それなりに雰囲気を楽しめただけで、もう獣、ぢゃなくて儲けものである。
観客も実に秋の夜のコンサートを楽しんでるといった感じが良かった、客席にやっちゃん(春待ち社長の娘)の幼い頃と瓜二つの子がいたのでもちろん撮影。
コンサートの後、昔のままの姿を残している刑務所の正門をスローシャッターで撮影した後、地下鉄で11時過ぎに安国に戻り、インサドンを下って鍾路へ向かう。
途中「篆刻ギャラリー」を冷かす。ここは去年も覗いてすっかり気に入った店である。篆刻作家の金先生といろいろ話して、店内で作品をバックに記念写真。先生の石印は実に味わい深いものがある。そして先生の顔が石印のように見事に四角いのも持って生まれた天命の表われかも知れない(^^;) 是非作品集を出版するように懇願する。石印は結構値が張るし、どうせなら多くの作品を自宅でゆっくり見たいものね。
鍾閣の路上で、恋人が抱き合って離れない。何度か別れようとしながら、また抱き合う。これを繰り返してるので回りから冷やかしの野次も飛ぶのだが、二人は吾関せずである。ついMorris.は三脚出して、遠くからスローシャッターで撮ってしまったよ(^^;)
そのあと鍾路の食堂でオジンオトッパブ(烏賊炒め丼)食べる。これが4,000ウォンにしてはえらく美味かった。
帰りにピマッコリ(避馬路)のシュポで長寿買う。店の前のテーブルで若者数人が飲んでたので一緒に飲み、話す。例によって写真帖見せたり、ギター取り出して合唱したり、しっかり宴会モード。記念写真撮って、宿に戻ったのが1時半くらいか。
うーん、今日もなかなか充実してたと思う(^^;)

2006年9月23日(土)●日韓交流祭 新村酔遊●
12日目

7時起床。シャワー洗濯。
今日で韓国来て12日目か。目安の2週間も間近だし、金も底を尽きかけてるから、そろそろ帰りのチケットを確保しておこうと、YMCA5FのTOP航空で26日の夕方のチケットを頼む。一番安いチケットをと言ったら、この前ムックさんが帰るとき使ったのと同じ17:55発のJAL便だった。時期が良かったのかムックさんのチケットより2万ウォン近く安かった(^^;) それでも空港税など入れると\25,000近くするもんなあ。ずっと以前ならこの値段で往復買えたのに、と愚痴っても仕方ない。とりあえず、これで帰国はできるから、気楽である。
今日はこの前北村で見かけたポスターの「日韓交流まつり」の大学路で一日過ごすつもり。昨日観光公社で、まつりのHPからプログラムをプリントアウトしてもらってた。11時から始まるらしいので10時過ぎに大学路に到着。マロニエ公園の特設舞台と、大通りを歩行者天国にしてのメインステージの二ヶ所で公演があり、午後5時過ぎから、大パレードがあるらしい。とりあえず、マロニエ公園の、学生中心の公演を見ることにする。長寿はすでに買ってあるが、昼ご飯にキムパでも買っておこうと、近くの軽食堂で持ち帰り頼んだら、今から作るとのこと、折角だから作り方を観察させて貰う。

1.丼にご飯を移して、胡麻油と塩を少量かけて良く混ぜておく
2.巻き簀の上に海苔をのせ、1.のご飯を海苔の上に均等に広げる。このとき、海苔の上方1cm幅くらいはご飯をのせない。
3.長く切った具(玉子焼、胡瓜、タクワン、ソーセージ、キムチ等)をご飯の中央において、巻きはじめる。
4.海苔の上方(ご飯のせてない部分)に刷毛で胡麻油をさっと塗って巻きおえる
5.巻いた巻き簀を軽く握り、開いて、適当な大きさに切る。


以上、レシピとも言えないだろうが、日本の巻き寿司は、ご飯が酢飯で、韓国のキムパは普通の白ご飯だと思ってたが、ご飯に胡麻油と塩を混ぜておくというのは知らなかった。帰ってから作ってみよう。
と、いうことで、酒とアテ(^^;)を用意してマロニエ公演特設舞台の一番前の席に陣取る。隣に制服の女子高生の団体が雪崩れ込む。今日の舞台でチャング合奏するグループの同級生たちらしい。当然例の写真帖見せて、しっかり仲良くなり、後で青森のナマハゲや、日本人学生なんかと一緒に交流記念写真撮ったりした。(^^;)。
この舞台は学生中心で、日本からは沖縄、岩手、青森、、熊本など数県の高校が参加してるようだった。ソウルで日本各地の剣舞やら民謡やら踊りやら見せられてもなあ(^^;)という感じだったし、韓国側の出演者も、それほど上手いとは言い難い。親睦を中心としてるのだろうが、ちょっと期待外れである。
メインステージは午後1時からだから、それまでは見ようかと思ったが、結局途中で退席して大学路の裏通りを散策する。
小さな看板屋の前でアルファベットの大きな文字を作っていたが、色といい、文字種といい、どうやら「STARBUCKS」の看板らしかった。日本でもそうだが、こちらでもこのコーヒーチェーン店の進出は目覚しいものがある。かなりの大手だから看板なんかも、大きな工場に一括注文してると思ってたのが、こんな風に手作りされてるというのを見て嬉しくなった。
今日は雲ひとつないピーカンの日本晴、ぢゃない(>_<)、韓晴である。石畳の上にMorris.の影がくっきりと刻まれてたので、マンホールのふたをポイントに撮影してみた。おお、なかなかアートではないか(^^;) これは今回の旅行記のタイトル画像にできるかもしれない。
1時になったのでメインステージへ。何とか椅子を確保して長寿を飲みながらOpenを待つ。
最初はムーダンの踊りで、黒と白の長い袖をリボンのように使って舞う優雅なものである。いいなあ、と思って見てたが、舞台の後方に、黒煙が上がった。変だなと思ったら、サイレンの音が。これは火事に違いない。野次馬根性のかたまりであるMorris.は、即、席を立って煙の方向に走り出した(^^;)。
火事は、向い側のビルのようだが、壁一面が焔に包まれて結構派手派手しい。すごい大火事だ、と思ったのだが、消防車数台が放水したら、わりとあっさり消えた。現場は工事中のビルで、工事の目隠し用の天幕が燃えてたらしい。まあ、被害が大きくならなくて良かった。
メインステージに戻ったが、当然席は取られてる。別にかまわない。舞台では津軽三味線やら、沖縄舞踊なども披露されていた。Morris.は農楽団がお目当てである。
今回感心したのは、無形文化財にもなっている、ピョンテク農楽保存会の演技で、普通のプンムルのほかに子供を使ってさまざまな芸を見せてくれる。一種の曲芸団である。舞台裏で待機してるメンバーの一部にデジカメのモデルになってもらう。
舞台にも少々飽きてきたので、またぶらぶらと近辺を歩く。マロニエ公演の片隅で人だかりがしてたので覗いたら、二人の兄ちゃんがギター弾いて歌ってる。片方は、何と17日に「馬鹿みたいに生きてきたね」を弾いてくれた兄ちゃんではないか(@ @) えらい人気者だったんだ。早速隙間見つけて座り込む。目ざとくMorris.を見つけた兄ちゃんは、「こんにちわあ」と日本語で挨拶してくれた。彼の名はキムチョルミンで、休みの日はたいていここでストリートライブ演ってるらしい。もう一人のユンヒョサン君はミュージシャンというより、ギャグマンの要素が強く、もらった名刺の肩書きには「ユーモリスト」と書いてあった。半分くらいしか理解できないが、即興の替え歌で、目の前の客をいじったり、ニュースを面白おかしく解説したりしてて、大受けしていた。観客は若者より家族連れの方が多いくらいだった。しばらくここで、子供写真家になったMorris.だった(^^;)
結局路上ライブ終るまで見てしまう。
彼らとちょっと話した後、またふらふらとマロニエ公園の出口付近に出たとき、前方に、肌もあらわな不思議な美しい衣装の男女5人が現われた。な、何なんだ、と思う間もなく、5人は道端に薄布を広げたり人形を置いたりして即席の舞台を設え、そのまま無言劇を上演し始めた。いや、素晴らしい。アダムとイブの恋愛劇みたいなのだが、実は良く分からない。Morris.はストーリーそっちのけで、水色の衣装の女性ばかり見つめていたからだった(^^;) うーーん綺麗だ。それに笑顔が良い。いいな、いいな、とデジカメ撮りまくり(こればっかり(^^;))である。30分くらいの公演が終ったあとインタビュー(^o^)する。
彼らはCymbidiumという劇団で、サンミョン大学演劇部のOBと現役で構成されているとのこと。
今日のメンバーは、Morris.も一緒に写ってる集合写真の左からチェジヨン(男 太陽の妖精役)、ソンヘジョン(女 イブ役)、パクウォンビン(男 アダム役)、チョホンジョン(女 雨の妖精役)、オヘジョン(女 風の妖精役)とのこと。おお、Morris.がひと目惚れした彼女はオヘジョンちゃんかあ(^o^) 彼女の役は風の精、ということになると、ゼフィルスあたりかな。Morris.が投げキッスだと思ったのも、風の表現だったのかもしれない。あの劇はどんな内容だったのか聞くのを忘れてしまった。まあ、彼女の名前わかっただけで良しとしよう。
しばらく現実世界に戻るのに時間がかかりそう、と思ってたところに、またまた今度は巨大なソジュの瓶2本が登場。Morris.は2本の瓶にサンドイッチにされてしまった(@ @) もちろんこれは宣伝用の着ぐるみで、この「チョウムチョロム 初めてのように」というソジュは、今回、シュポなどで見かけたのだが、「真露」の「チャミスル」と同じ緑の瓶で、ロゴもそっくりなので、「真露」の新製品と思い込んでいたのだが、よくよく見るとメーカーが違うぞ。「斗山」と書いてある。後で聞いたのだが、韓国ではこれがアルカリ性の水を使って身体に良いということでブームを呼んでえらく売れているらしい。それにしても、ぱくりと言っていいくらい似てるのに問題にならないのだろうか? まあ、日本の「十六茶」に対抗して韓国では「十七茶」というお茶缶が大人気なわけで、これはまあパクリというより、ギャグで済みそうだけどね(^o^)
そろそろパレードが始まりそうな時間になってきた。演技が行われるメインステージ付近はかなり混みあってるようだ。Morris.はそれほどパレードに関心もないし、数枚画像が撮れたらいいくらいに思ったので、ずっと北側の出発点付近の道端に座り込んで、またも長寿を飲む。いくらアルコール度数が低いといっても、これだけずっと飲んでたら、いいかげん酔っ払うわな(^^;)
今回の祭には、かなりのスタッフがボランティアで参加してるようだった、Morris.の近くで、警備にあたってたスタッフのキムヒョンミさんが、長寿飲んでるMorris.を見て笑ってたので、話しかけてみる。彼女は大学生で日本語にも関心あるみたいだがまだあまり話せないとのこと。しばらくして、彼女の彼氏?のキムチウン君がやってきた。彼は一眼レフ(フィルムの)持って、パレードを撮影していた。彼らは日韓交流のサークルみたいなのにも入ってるらしく、今夜新村で、メンバーの一人、日本人留学生が帰国するのでその送別会みたいな飲み会するとのこと。良かったら一緒に行かないかと言われて、断るMorris.ではないよね(^^;)
パレードもそこそこにキムジウン君と地下鉄で新村へ向かう。ヒョンミさんは、パレード終ってから合流することになった。
新村の「シイネマウル 詩人の村」というお洒落な名前の酒場、といっても、中は普通の居酒屋で日韓合わせて10人くらいが集まってた。今度日本に帰国するのは毛利さんという女性で、3年くらい韓国にいたようだ。すまん、このへんからMorris.の記憶はだんだんおぼろ豆腐になっていってる。デジカメ画像で想像してるわけだ。1時間くらいしてヒョンミさんが合流した後、ビヤホールに行ったらしい(^^;) 
帰りはバスで帰ったと思うのだが、はっきりしない。でも、とにかく無事に東山旅館に戻れてたのだから結果オーライね(^^;)

2006年9月24日(日)●牡丹市場 警察 南漢山城●
14日目

7時半起床。シャワー、洗濯。
今日は公州(コンジュ)で、吉美ちゃんの妹キュミちゃんの人形劇公演がある。これは韓国に来る前に吉美ちゃんから掲示板に書き込みがあってた。ちょっと遠いけど、たまには遠出もいいだろうと思う。インサドンを上がって、地下鉄安国駅の公衆電話からキュミちゃんに電話する。安国駅からなら3号線一本で、公州行きの市街バスの出る南ターミナルまで出られる。キュミちゃんにはソウルに来てから2度電話したのだけと繋がらず、どうせ今日会場で会えるだろうからとそのままにしておいた。やっとキュミちゃんに繋がったのだが、何と今日の公州公演は中止になったとのこと。えーっ??である。キュミちゃんとも長いこと会ってないから久し振りに会えるのを楽しみにしてたのに。今夜の夕食でも一緒にどう?と言ったら今日の午後春川に出発するという。明日から春川で公演があるらしいので、そちらに来ないかと言われたのだが、明日はソウル最後の日(>_<)である。最後の日に遠出はちときついよなあ。と、いうことで断念。もっと早くわかってたら別の日にでも会えたのに、と思うと残念だが仕方がない。
こうなると、今日は何をしようか、と考えて、ソウル南郊のモランシジャン(牡丹市場)に行くことにした。モラン市場は通常でもソウル一の食用犬市場だが、4と9の日は広場にびっくりするくらいの市がたつ。いわゆる「五日市」の一つである。今日24日はまさにその市の日である。一旦宿に戻りミニギター持参で出かけることにした。これが、実に絶大な効果を発揮した。
以前はモラン市場までは地下鉄8号線しか通ってなかったので、チャムシル乗り換えて大回りする必要があったのが、最近は盆唐線が開通したため、鍾路からすごく行きやすくなった。9時頃鍾路3街駅を出発して、10時過ぎには牡丹駅到着。今日は天気も良い上、市の日と日曜日が重なってるので、すでにすごい人出である。
Morris.はすでにモラン市場3回目だから、大たいのことはわかっている。まずは市場入口付近のビルの階段を上って、5階の階段窓から、全体をカメラに収める。といっても、広場の市場は仮設だからほとんどカラフルなパラソルの集団にしか見えない。
初めてここに来た時は、犬肉市場に圧倒されて、何とか犬肉の写真撮ろうなんて努力したが、今やMorris.はそんなことは考えなくなってしまった。別に犬肉屋に関心が無くなったわけではない。ただ店員が嫌がる写真を撮る必要も意味もないと思うようになったのだ。
だから今回は普通の市場を見て回るのとほぼ同じ感覚で見物できたと思う。
一軒の犬肉屋の奥のベンチの上に、小さな黒い仔猫を発見して、早速デジカメ構える。いやあほんとに可愛いぞ。店の兄ちゃんらが話し掛けてきたので、ここぞと例の写真帖のご開帳。さらにはミニギター出して、こともあろうに犬肉屋の中で「トクトヌンウリタン 独島はわが領土」を歌うMorris.だった(^^;) まあ、これもご愛嬌と受け流してくれる、ケンチャナ精神を店の兄ちゃんたちに見てとったからだ。
それにしてもこの市場は、すっごく楽しい。犬、黒山羊、鶏などの動物から、野菜・果実、食肉、魚介類、衣料、雑貨、韓薬、玩具、その他雑多な屋台が広場一杯に店を広げて、賑やかなこと。もちろんポシンタンの店を始め、食べ物屋台も数知れないし、すぐ横の広場では、ポンチャックディスコにあわせて、飴売りのカクソリチュム(乞食踊り)の一隊が、ずっと賑やかに踊りまわってる。
昼ご飯は何を食べよう。昨日の夜も結構飲んだらしく(^^;) ちょっと二日酔い気味(と、言いながらしっかりカバンには今朝買った長寿が入ってる(^^;))だから、何かあっさりしたものを、と、食堂屋台のメニューを見てたら「パッチュッ」というのがあった。おお「葱のお粥」か、これなら、宿酔にもってこいだと、注文したのだが、出て来たのは、なんと「小豆粥」であった。韓国語学んでる人ならすぐ気づくと思うのだが、韓国語で葱は「パ」、小豆は「パッ」で、子音のハングルも違えばもちろん発音も違うのだが、酔いの残ってるMorris.はしっかり勘違いしてしまったのだった(>_<) でもこの「小豆粥」、日本の「ぜんざい」みたいに甘くなくて、それなりに食べられた。
ここでもまたしつこく、店のアジュマに写真帖見せびらかしてたら、隣の夫婦の客のアジョシの方が、Morris.のことを知ってるという。おいおい、と思ったが、つまり去年の東京ノレチャランをKBSTVの全国放映番組で見たということだったらしい。それを聞いて店のアジュマも、Morris.のこと思い出したという。そんなこんなで?また、ここでもギター引っ張り出して2,3曲歌うことになった(^o^)
食事のあと、回遊魚みたいに、市場をふらふらして、そのあと、反対側の常設の市場の方も見て回る。結局モラン市場で3時間ほど過ごしたことになる。
これからどうしよう、という目的も無く、ふらふらと地下鉄の駅の方へ向かったら、大きな交差点のずっと向こうに青いドームを連ねた由緒ありそうな洋館を見つける。きっと歴史的な建物に違いないと、大回りしてたどり着いたら、そこは、結婚式場だった。秋の日曜日ということで、かなりの数の式が行われているようだった。駐車場には、風船やリボンや手袋などでデコレートされたハネムーンカーが停まっていた。
花嫁さんの姿でも見ていこうと10分くらい待ったが出てこないので諦めて戻ることにした。
結婚式場の角の自動販売機に「メッコール」を発見。麦のコーラである。10年位前は大人気商品だったが最近はめったに見かけなくなった。統一教会関連会社ということもあって、敬遠されてるのかもしれない。Morris.は統一教会というのは好きじゃないが、このメッコールは割と好みだった。もちろん買ったさ。500ウォンと他の製品に比べても安かった。
このメッコールの缶持って、角を曲がったら小さな「ソンナムスジョン警察署」があって、前にはパトカーが停まってた。メッコール缶の模様と、パトカーの模様が、実によく似てることに気づき、デジカメで両方比較できるような絵を撮ることにした。我ながらこれは良く撮れたぞ、と思ったら、警察署前に立ってる警官が手招きしてる。ちょっとヤバかったかな、と、思ったが、笑顔だったのでまあ大丈夫だろうと警察署前に行って、メッコールの缶とパトカーの類似を言ったら、ほんとだあと笑う。
別に不審尋問ではなく、普通の会話でどこから何しに来た?とかいう話になり、ここでもまた例の写真帖見せたら、中にいた警官までわらわらと出てきてみんなで熱心に見てる。折角だから記念写真撮らせてもらう。後から出て来た婦人警官がギター弾くようにという。持参してた歌詞集の中からリクエストしてもらったら、彼女の選んだのは「コルモッキル」だった。これが大受け(^o^) 調子に乗って3曲ほど歌ってたら、中から偉いさんみたいな警官が出て来た。今度こそ怒られるのでは、と思いきや、中に入ってコーヒーでも飲むようにとのおおせである(^o^) さらにその、偉いさんは、ミニギターを興味深そうに見て、ちょっと貸してと言って、何かの曲の一節を弾いてくれた。うーーん、日本の警察では考えられないことである。Morris.は以前から、韓国の警察には、そのマスコットキャラクターのホドリ(虎のマスコットキャラクタ)が可愛いこともあって、悪い感じはもってなかったが、今日のことで、すっかり大好きになってしまったよ。
実はこのモランは、ソウル市ではなく、ソンナム(城南)市である。この町の名所はと訪ねたら、即「ナマンサンソン(南漢山城)」という答えが返ってきた。それならこれから行ってみたいのだが、歩いて行けるのかと、聞いたら、バスで行くようにとのこと。このときもう少し詳しく聞いておけば、直接バスで城の近くまで行けたのだが、Morris.はいいかげんにバスの番号だけきいただけだったので、後でえらい目することになった。でも、それが悪かったかというと。そうでもなかったのだった。
警官の教えてくれた50番バスに乗る。ソウル市外とはいえ、ほとんどソウル圏だから、なかなかの都会である。地下鉄「サンソン(山城)」駅の看板が見えたので、ここで下車。実はここは山城の入口で、次の「南漢山城」という駅で降りるべきだったらしい。
そんなことは知らないMorris.は、目の前の公園っぽい小高い丘を登っていった。山道はちゃんと整備してあるので、それほど大変なことは無いのだが、一向に山城という雰囲気ではない。遠くの方を栗鼠が走ったりしてた。のどかではある。途中ベンチがあって、近くに土饅頭のお墓があるあたりで一服して、ギター取り出して韓国演歌の練習などやってた(^^;) 
逆方向から下山する人に、ここから南漢城に行けるかと聞くと「行ける」との答え。もうすこしきちんと聞いとけば、きっと引き返したにちがいない(^^;)
そのうち下からアジョシ二人とアジュマの3人がやってきて、Morris.が日本人なのに韓国演歌歌ってるのに驚く。でもアジョシの片方も日本人だった。アジュマはソンナムの貿易会社の女社長で日本人アジョシは社員、もう一人は社長のいとこで、社長がちょっと足が弱ってるのでリハビリを兼ねて、南漢山城まで歩いていく途中とのこと。足を傷めてるアジュマでも行けるくらいの距離なのかとMorris.はすっかり安心して、一緒に行こうということになる。途中までは歌を歌ったり馬鹿話をしたり元気良かったのだが、30分もしないうちに社長は、もう登れないから引きかえすということになった。たしかに、足傷めててはこれ以上は無理だと思った。お別れに記念撮影して、ここからまた一人で歩く。あと30分くらいだろうと思った。
しばらく歩いたがなかなか山城にはたどり着かない。途中休んでたら、アジュマ二人が登ってきた。こちらは元気一杯である。やはり、ソンナム市の住民で、日曜日の山歩きらしい。またまた3人で一緒に行くことにした。
それでもなかなかたどり着かない(^^;) まあ二人のアジュマ、特に片方がおしゃべりだったので、退屈はしない。途中車道に出て、そこから脇道に入ってかなり急勾配の山道を手すりにつかまって攀じ登ったりして、やっと南漢城の城門「至和門」にたどり着いたのはもう5時前。Morris.が登り始めたのが3時くらいだったから、たっぷり2時間かかったことになる。途中休んだりもしたけど、ショルダーバッグに重い歌本など入れて、小さいとは言えギターまで抱えて2時間の山登りは、普通観光客には、ちょっとハード過ぎる。
しかも、この城門までは、地下鉄「南漢城」駅から90番バスに乗れば、歩かずに来れたらしい(>_<)
うーーん、でも、ものは考えようで、間違えたからこそ、自然の中を散策できて、韓国の知らない人といっしょに歩いて、話できた訳だから、これはこれで良かったのだろう。
城門の前には屋台があり、酒やアンジュ(肴)も売っている。結構客も多いようだ。Morris.らもテーブル確保して、自家製のトンドン酒とアンジュを注文。2時間歩いた後だけに冷たいトンドン酒の美味いこと(^o^) アンジュはキムチ豆腐にスンデにナムルなど。これらはすべてアジュマらが奢ってくれた(いちおうMorris.が払うと言ったんだけどね(^^;)) ここでも、ちょっと酔った勢いにまかせて、Morris.はギターで韓国演歌の弾き語り(^o^)。周りの客も別に迷惑がったりしないで、逆に喜んでたみたい。と、思いたい(^^;)。ついでにユンジョンちゃんの「オモナ」なんかやったら、屋台の娘がおもしろがって見に来る。まだ11歳というのにしっかりした子で、「長寿」のエプロンしてるのが嬉しかった。もちろん2ショットで写してもらう。
その後、3人で肝腎の山城見物。といっても、山城というのは、それほど変わり映えしないし、こういった観光地のものは、後で観光用に新しく作られたものだから、まあテーマパークみたいなものである。それでも夕陽はきれいだったし、来て良かったと思う。
日も暮れたからそろそろ戻ろうと、ちょっと下の方のバスターミナルへ。このあたりは休憩行楽地になってるらしく、博物館もあったがもちろんもう閉館。韓式のお寺みたいな建物の上に十字架を取ってつけたようなのがあった。キリスト教教会だろうが、近くの祠には基督生誕の模様の立体模型があり、何とマリアもヨセフもしっかり韓国人になってた。さらに普通生まれたのは馬小屋と思うのだが、こちらは牛小屋である(^o^)
近くに食堂があったので、Morris.がアジュマ二人にテジカルビ奢ることにした。いくら残り金不足と言っても、さっきのトンドン酒のお礼はしとかなくては。
結構広い店で、ゆったり出来る。テジカルビと海鮮チヂミとトンドン酒頼む。えらく豪勢なチヂミには驚いたが、テジカルビもそこそこ美味しかった。ここでもアジュマのリクエストにこたえて、テジナやソンデグァンナンバーを、延々と歌ってたら、店の主人がやってきたので、ちょっとうるさかったかな、と、思ったら、もっと大きな声で歌うようにとのお達しだった(^o^) 
向こうの方の席にいた家族客の息子が、ギターの音に反応して、Morris.の横にぺったり座り込んで動かない。すごく可愛い顔立ちの男の子だった。
腹いっぱい食べて、しっかり歌って、そこそこ飲んで、すっかり満足のMorris.たちは、バスで南漢山城駅まで戻り、別れる。いや、縁は異なもの味なものである(^o^)。
鍾閣に戻ったのが9時前で、また懲りずに清渓川を徘徊。ここらあたりから、例によって記憶がトコロテン状態だが、また清渓川の岸辺でうたた寝してたようだ。
次の画像は午男女3人との集合写真で前零時15分という記録がある。ただ、この男女との出会いは、はっきりと覚えている。インサドン入口の野外小劇場みたいになってる広場で、民謡などを楽しそうに歌ってたのだ。それでMorris.が前のコンビニで、長寿2本買って、一本進呈して、仲間に入れてもらった。当然、またギターも弾いたと思うのだが詳細は思い出せない。ひとしきり飲み、歌い、笑ったことだけは覚えてるから、それで充分だろう(^^;) この集合写真は別れ際のものだから、たぶん11時頃、この広場にたどり着いたものと思われる。しかしこの3人のうち、左の二人の男女は本当に、民謡が上手かった。Morris.は韓国民謡のレパートリーは数曲しかないので、次回は是非もう少しレパートリーを増やしておこう(^o^) 東山旅館には1時前に帰れた模様。旅館前でポーズしてる画像の記録は2006/09/25 0:49:36となっている(^^;) ふーっ、さすがに疲れたようだ。
いよいよ明日は最後の一日である。

2006年9月25日(月)●韓屋村 ライブハウス 最後の宴●
14日目

7時半起床。シャワー浴びて、しつこく洗濯する(^^;)
今日もきもちの良い青空が広がっている。結果的に今回の韓国旅行は、天候には恵まれたほうだと思う。
鍾路から市庁舎方面に下りる途中、清渓川の岸に座ってる3人連れのアガシがいたので、先にデジカメセットしておいて上から、「ヨギヨーッ!(こっちだよー)」と呼びかけて、振り向いたところをパチリ(^^;) いや、これがすごくいい感じのスナップショットになった。下に降りて、非礼を詫びて、話しする。びっくりしてたみたいだけど、怒ってはいなかったようなので良かった。
いちおう今日が最後の一日ということになる。帰国は夕方の便だから、明日も半日くらいは見物できるだろうが落ち着けないだろう。
さて、今日は全く予定なしである。こんなときは、たいがい韓国観光公社の地下の案内カウンタで相談するのだが、今日は、光化門の観光案内所で聞いてみることにした。ガラス張りの明るい案内所に男女の案内員がいて、とても親切だった。他に客もいなかったので、カウンタ内のPC触らせてもらい、Morris.部屋の韓国旅行記のページなど見せびらかしたり、写真帖見せたり、流石にここでギターは出さなかったけどね(^^;) 結局、近場で、韓国の雰囲気を楽しめて、Morris.がこれまで行ったことが無いところという条件で色々探して貰った結果、「南山韓屋村」というのを勧められた。名前は知ってるけどまだ行ったことがない。うん、ここにしようと決定。それからもしばらくおしゃべりして、30分くらいいたことになる(^^;)
最後にもう一度市庁舎見ておこうと下っていったら、市庁舎前には横断幕を持った集団が陣取っていた。また何かの抗議行動だろうと思った。たしかにその通りだったんだけど、横断幕の文字を読んでいったら「東大門運動場の風物「ピョルクシジャン(蚤の市)」)露天商生存権維持のための記者会見」と書いてある。
前にも書いたけど、清渓川の工事の前は、東大門のもっと東の黄鶴洞一帯に、泥棒市とMorris.が呼んでた露天商の集まる地域があり、一般にはピョルクシジャンという名で親しまれていた。Morris.もこれが好きで好きで、ソウルに来たら三日にあげず通ったこともあった。
それが、例の清渓川復元工事で、完全にその地域が使えなくなり、どうなったのかと思ったら、東大門運動場を解放して露天市場を移動させていた。黄鶴洞のワイルドさや、面白さは半減したものの、それなりに面白い場所であることは間違いなく、冷やかしだけでなく、CDや小物買うためにソウルに来たら一度は覗いてた。前回は三脚買ったし、今回は最新トロットCD2枚買った。
それが、こんな抗議行動取るということは、立ち退きの話が出てるのに違いない。取材に来てた女性記者に訊いてみたらやっぱりそうだった。例のソウル浄化計画の皺寄せがここらあたりに集中してるようだ。結構、切迫してるとのことだが、何とか良い方向(露天商にとっても、市民にとっても、Morris.にとっても(^^;))で解決することを祈りたい。
地下鉄でヨンサン(龍山)へ。ここは電子街として有名だが、去年駅が新しくなって、駅ビルとその向かいの新しいビルで新たな電子街が加わった感じだ。ここもたいてい一度は冷かしに訪れる場所だが、今日は、MP3プレイヤーのイヤホンが片方聞こえなくなったので買い替える必要もあったのだ。新しい電子街のインフォメーションコーナーに韓服着た美人のアガシ二人が並んでたので、一緒に記念写真撮らせてもらう。古くからの電子街も一通り回ったが、残金もないMorris.に買い物する気持ちも余裕も無い。
龍山駅は国鉄の操車場みたいになってて、様々な車両見ることが出来るので、きっと鉄道ファンにとっては聖地なのかもしれない。それはともかく、真新しい駅舎から派手やかな電子街方面を眺めると手前の空き地には、いくつかのテントが固まっていて、洗濯物が干されたりしてる。もちろんキャンプではなく、ホームレスのホーム?なのだろう。きっと彼らも遅かれ早かれ「都市浄化計画」によって排除されることになるに違いない。
龍山の電子街と逆の出口を降りて、街をふらつく。ちょっとひなびた感じだが、悪くない。このあたりのコルモッキルは良く言えばシンプル、大雑把な雰囲気だ。おなか減ったので、適当に見つけた「チョウォン会館」という食堂でカルビタン頼んだのだが、これがまた大当たり\(^o^)/ 透明なスープなのに味は濃いし肉ときたらほんとにMorris.の好みにぴったりの硬さ、茹で具合。たっぷりの白葱というのも好き。すっかりいい気分になった。店のアガシたちも愛想よくて、隣のテーブルに座って四方山話。例の写真帖回したのはいうまでもない(^^;)
店を出たら地下鉄4号線の新龍山駅があった。今朝案内所で勧められた韓屋村のある忠武道まで乗り換え無しで行ける。ということで、韓屋村に到着。北村も、かなり人為的に韓屋を復元したりしてるが、とりあえず住民が住んでる。こちらは、初めから観光客に見せるための一種の公園だから、味気ない部分もあるが、観光客にとって、手軽に色んなタイプの韓屋見ることが出来るし、庭や縁側など自由に入ってくつろぐことが出来るのだから、それなりの意義がある。韓服のカップルが写真撮影してた。きっとこれは結婚写真なのに違いない。
また学校の課題で「春香伝」の衣装を着た女子高生5人組にも出会った。
L字型の縁側のある建物の角っこに座りこみ、長寿飲んで、ギター取り出し韓国演歌タイム(^^;) 団体の中国観光客が変な目で見て通り過ぎた。途中劇団やってるアジョシが、隣に座って聞いてくれたし、先の女高生たちも衣装着替えて制服でやって来たが、さっきとは余りの変わり様にMorris.は別人だと思ってしまったよ(^^;)
いやあ、すっかり良い気分になった。(ここでしっかり長寿1本空けてしまったもんね(^^;))
時計見たらもう5時だ。ああ、最後の一日もそれなりに楽しく過ごせたな、夕食はどうしようという段になって、「微ニ入ルソウル」の杉山さんのことを思い出した(^^;)。杉山さんとは数年前ネットを通じて知り合ったのだが、長年ソウル在住なので、Morris.は最近ソウルに来たらたいてい初日の夜に会うのが恒例みたいになってた。今回は最初の日があんなことになってしまい、その後、ばたばたしてたし、円安レートもあって、残金が心細くなってたので、つい連絡できずにいたのだった。今日は最終日で、これまでケチケチ節約してたので、思ったより残金もあるので、最後の晩餐は杉山さんとということで電話してみた。幸い今夜は空いてるとのことだたので、地下鉄で新村に出て待ち合わせることにした。
6時半に新村到着。夕空が綺麗だった。杉山さんと連れ立って「サンドゥンイ焼肉」に。ここは、もう3回目だが、とにかくテジカルビが美味しくて、おまけに付いてくるチゲ鍋がまた美味い。韓国で焼肉といえば、プルコギとをさすことが多いが、Morris.はあの変に甘くて汁っぽいブルコギは苦手である。牛肉なら日本の焼肉に近いソグムクイが美味しいと思う。でも、Morris.は韓国はテジ(豚)コギ(肉)の方に軍配を上げる。今回焼肉3回食べたがすべてテジカルビだった(^^;)
杉山さんから「ソウル俳句会 第11句集」いただく。彼は韓国在住日本人と韓国人合同の俳句会に所属していて、Morris.も以前1度だけ吟行に混ぜてもらったことがある。これまで句集も4冊もらってる。しかも今回は杉山さんの編集とのこと。杉山杉久という俳号を持つ彼の今回の句集の句をいくつか引いておこう。

・豆飯や鍾路を心のアジトとす
・蝉捕りの安寿厨子王くもりぞら
・交番に月光ふるよキムサッカ


杉山さんの句の中で、Morris.はこんな感じの、現実に即しながら、空想世界や歴史、物語などを配合する作が好みである。でも今回の句の一番は

・蛇腹バスぬらりと曲る春の淵

だった。日本ではあまり見かけないが、ソウルでは、時々バス2台を蛇腹で繋いだような、超ロングバスを見かける。これは実際見かけるとつい、視線が釘付けになってしまう。とくにカーブを切るときは、蛇腹だけでなく、全体が蛇みたいでもある。この句はそういった気分を「ぬらりと曲がる」で見事に表現している。それを「春の淵」で美しく〆るあたり、一流料理人の腕の冴えを感じさせる一句だと思う。
などと、偉そうにのたまわってるMorris.だが、今や「廃人」だから、これを読んだ杉山さんにとっては、ありがた迷惑かもしれない。
ここの勘定は杉山さんが出してくれたので、もう一軒回って、そこはMorris.が払うつもり。杉山さんが以前何度か行ったことのある音楽Barに案内してくれた。新村のちょっと外れの地下にある「Studio 70's」という洒落た店で、脇にちゃんとしたライブステージがあり、カウンタの後の棚にはレコードがぎっしり並んでいた。
マスターはちょっと出ていて、バイトの子しかいなくて、リクエストがなかなか通らなかったが、しばらくしてマスターが戻り、チャンサイクやシンジュンヒョンやチョンテチュンなどかけてもらった。Morris.の持ってたミニギターが気になるようで、しばらくもてあそんでから、日本の知り合いに頼んで買ってきてもらおうと言ってた。
ステージで歌っても良いと言われたので、かなり酔いのまわったMorris.は図々しくも店のギター借りて3曲歌わせてもらった。やっぱりマイクアンプ入るとちょっと上がってしまったよ。実はMorris.はこういった形のライブ体験は生れて初めてだったのだ(^^;) ああ、でもいい思い出になった。杉山さんありがとう。9時半になったのでそろそろお開きにする。で、ここの勘定はMorris.が払うと言ったのに、ここもまた杉山さんがm(__)m これではMorris.はまるでたかりである。今夜の勘定分くらいは残ってたので会うことにしたのに、何だか申しわけなかったが、ここは、厚意に甘えることにした。
10時に鍾路に戻り、フンヨンに電話して、最後の挨拶だけするつもりだったが、それで終るわけもない。結局、またまた「楊貴妃」で飲んで歌って、タクシーでどこか知らない場所の知らない店で飲んで、これ以上飲むとヤバそうなので、何とか地下鉄の動いてる時間に鍾閣に到着した(^^;)
この地下道にも多くの路上生活者が寝ていた。

2006年9月26日(火)●イテウォン そして帰国●
15日目

10時起床。最後の夜にしては寝すぎたようだ。ちょっと宿酔気味でもあるようだぞ(^^;)。シャワー、流石に今日は洗濯の余地なし(^^;)
イテゥオンに靴を買いに行くことにする。Morris.は韓国に来たらよくイテウォンでバッシュー買って帰ってた。今回は緊縮財政で諦めるつもりだったのが、昨日杉山さんに食事おごってもらったので、その分浮いたお金で充分残金がある(^^;) ありがたや、ありがたやである。
イテゥオンもひところに比べると何となく活気をなくしている。米軍基地がどんどん縮小されて地方に移動してるものなあ。そして、Morris.がいつも靴を買ってた南端にあったシューズショップも、無くなってた(>_<)。他に店が無いわけではないのだが、あの店が一番品揃え良くて値段も安かったのに、と思うとちょっと残念。
気分を変えるため、山側の路地探検。うーーむ、ここらあたりの裏通りは面白いと、前から思ってたけど、この坂道コルモッキルは、すんばらしく魅力的だぞ。特にこのトンインジャン旅館あたりは、どこを撮っても絵になる地域だ。この旅館も外国人バックパッカー御用達って感じで、安くて面白そうだ。次回は、東山旅館だけでなく、こちらも泊まってみようかな、と、思ってしまった。
それはともかく、2時半、遅くとも3時前には鍾路から空港バスに乗らなくてはならないから、あまりゆっくりもしてられない。とりあえず近くのナイキの店へ。うーーん、最近バッシューのデザインがいまいち地味である。まあ、バスケットやる側からするとデザインより機能重視かもしれないが、Morris.は単なる日用品だもんな。気に入るのがないし、ちょっと良さそうなのは馬鹿高い(レートのこともあるけど)。もう一軒も覗いたが大差ない。うーーん、今回は見送ろう、とも思ったが、未練がましく、他の棚も冷かしてて、ローカットの銀色のスポーツシューズが目に止まった。たまにはローカットでもいいか、と、結局これを買うことにした。バッシューみたいに荷物がかさばらないのもいいしね。
鍾路にもどったらもう1時過ぎてるだ。昼食のことを考えたらさっさと旅館に戻って、用意しなくてはと思ってたのだが、地下の本屋の前で、アニメーションのセル画展やってて、これがまたすごく気に入ってしまい、しばし見物&撮影。タイトルが「ウィデハン ケッツビ(偉大なるキャツビー) GREAT CATSBY」。当然あのフィッツジェラルドの「GREAT GATSBY」の猫版パロディである。Catsmeramianを自称してるMorris.と同レベルのギャグセンスというのも親しみを覚えるが、何よりもその絵柄と背景の韓国の街並み、とりわけMorris.が偏愛してるコルモッキルの描写が素晴らしい。アニメ嫌いのMorris.でも、これは見たいと思ったよ。
そんなこんなで、東山旅館にもどったのが2時前。ばたばたと荷物まとめて、アジュマに鍵を返して、別れを告げる。ちょうどウォンヒもいたので、門の前でデジカメ撮影、そしていよいよ帰路につく。東山旅館界隈のお馴染みの風景もしつこくデジカメに。
鍾路の出口近くの前から気になってた「チョンギワカルビ」食堂で、コリコムタン(テールスープ)頼む。店の主人が愛想よくていろいろ話し掛けてくる。本当ならゆっくり話して、例の写真見せたりもしたかったのだが、すでに2時15分である(^^;) 出てきたコムタンも本当に美味しかったし、コムタンが6つも7つも入ってる豪華版だった。これも、普通ならゆっくり味わうんだけど、時間が押してるので、舌火傷しそうになりながらかきこまざるを得なかった(^^;)
ともかく、最後の昼食も満足のいく店で済ませて、もう、思い残すことは無い。バス停に急ぐ。
バスはすぐ来たのだが、途中かなりの渋滞に巻き込まれ15分くらい遅れて、インチョン空港到着。それでもまだ充分時間の余裕はあった。Morris.は、空港には割と早めに到着したがる傾向がある。意外と臆病なのかもしれないし、もう一つ、飛行機の窓から雲を見るのが異常に好きなので、何とか先に窓際の席を確保したいという理由もある。今回ちょっと出遅れたと思ったけど、何とか主翼の後右の窓側の席を取ることができた。早めに搭乗手続き済まして、搭乗口のベンチに座って、空港の本屋で買った、映画雑誌など読んでたら、背の高い男性に声をかけられた。韓国観光公社の社員で、観光客向けのアンケートをおねがいしたいとのこと。観光公社にはいろいろお世話になってるMorris.だから、断るわけにはいかない。内容は、韓国の魅力や、今回の旅での行き先や、宿泊先、主な目的、食事、買い物---といった、まあ一般的な事柄中心だが、余りに質問項目が多すぎる上に、年齢やら、旅行費用(細目まで)、さらには年収まで事細かに羅列してある。これでは、一般観光客は嫌気がさすんではないかと、余計な心配してしまった。Morris.は、まあ、適当にお茶をにごしたけどね(^^;)。アンケートわたしたら、記念品をくれた。「高麗人参石鹸」(^^;) えらく匂うぞ。まあ、お土産にしよう。
今日はほぼ機内満席状態だったが、Morris.の隣は空席だった。隣に韓国人が座ったら、いろいろ話もできて楽しいとも思ったが、これはこれで雲の鑑賞に専念出来る。ただ、最近は離陸前から上空に達して安全ベルト解禁の表示が出るまで、デジカメ禁止というのが、残念である。今日も途中なかなか面白い雲のシーンがあったのに撮影できなかった。それでも、まあちょうど夕暮れから夜に変わる時間帯の変化を楽しむことが出来た。後方に三日月が上ってて、小さいながらデジカメに収めることができたので、満足ということにしておこう。
機内食は、バラ寿司で、見た目は貧弱だったが味は悪くなかった、アシアナやANAは機内食無いことが多いからそれに比べればましかも。エビスビール飲んで、旅の終わりを実感した。7時半関空着。JRで9時半頃帰宅。(完)

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