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サンボ通信第三號(1987/10/1発行)収載。この頃戦前の推理小説の翻訳本読んでたら、その中に朱色物語という語がルビ付きで使われていて、それがいやに印象的でこの歌集のタイトルに流用した。件のミステリーはたしか、ヴァン・ダインの「カナリヤ殺人事件」ではなかったかと思うが、既に手元をはなれているので、はっきりしない。Morris.は色好みというわけではないが、色彩には大いに関心がある。唯名論者Morris.のことだから、特に色名の由來や、変わった色名などには特に目がない。朱色と題しているが、赤系統の色全般を主題にしている。
丹砂しゅより出て朱より悲しき物やある足迅き銀の使者quick silver messengerと水星Mercuryと
夏の夜の地平を焦がす大火主星Antaresその血啜りて後眠る習慣ならひ
夢見られ生かされてあると言ふ思ひ秋の夜の赤色硝子red filter越しの原景けしき
眼の奥に赤き砂漠無限に續き寢ても覺めても浮浪さまよひ歩く
夕燒けは明日の再び來ぬ兆きざし畢竟つまりは繰り返しの虚像fiction
花も妖し果みは禁斷の肉の味割れて碎けて飛び散れ石榴granatum
切れ味は確實たしか花も葉も空を斬り裂く狐の剃刀
サルビアの冗長たいくつな生に耐え兼ねて夜の間に刈り盡くしたき
聲調こゑの佳き紅金絲雀カナリヤを捕へむと南の島に赴きて還らず
遂に手に入れ得ざりき孔雀蝶鱗粉の紅煌らかに夢を修飾かざる
田舎むらの野心的少年Julien Sorel等が望み託せし井守の腹の斑
* asterisk浜辺に散りし丹き手に掴み切れぬ程の不条理absurdite
白秋の金魚の童謡うたの懐かしき幼な心の腥き欲望
主文より朱筆の目立つ謡うたひの書雁字絡めの幼年時のこゝろ
壮年を朱夏とな言ひそ紅顔は酒の科とがにて候はば
弁柄や印度更紗に赤道の乾燥紅 かわいたあかの美し過ぎて
中世なかつよの繪巻の朱あけは何故にかくも明るきかくも哀しき
圓柱型郵便函淘汰されつつ立ち盡くす「萬事妾の所為なのよ」
待つは煉獄不安は地獄背徳行為うらぎりは無意識であつては為らぬ
赤き月憂ひと安堵伴ひ來男の知らぬ事如何許り多し
紅毛の娘許りを追ひてゐし伯父の話は信ずべからず
獣性的事件beastly affairの樣な愛慾唇から零れる血糊マグリットの『快樂』よりも
血の色の珊瑚coralの指輪に魅せられし女も今は珊瑚礁の彼方beyond the reef
紅點さすは目尻か頬か爪先か惡にくき男の腸をこそ刺せ
寶石も毛皮も戀も何もかも君の朱色物語vermilion talesの小道具thing & pop
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