【夏模様】
サンボ通信34号(1996/07/10)所載。タイトルは「夏も酔う」だろうとの声もあったが、これは柏原芳恵のシングルである。サンボ通信「熱の臨時増刊号」(1987/09/05)は芳恵特集で、歌集「すぃんぐるず」中に「哀しさは昼の蛍の胴の色青臭きほどに夏模様めく」の一首がある。
眩しさは君の肌の亂反射夏化粧なす夕顔の花
*歳時記では朝顔は秋の季語だが夕顔なら夏だ。夕化粧とはお白粉花の別称だが、夕顔の花こそは夏の夕べにすずしげに化粧した手弱女のように見える。天蛾の好むその美貌は僕には眩しくさえ思われた。
往にし方の十二單の女宿灼かれ焦がれて夏枯草となるも
*うるき星とは二十四宿の一つ「女宿」の別名で、紫蘇科の十二單の別名を夏枯草(うるき)というのは、命名者の並々ならぬ企みを感ぜずにいられない。唯名論者の僕にはため息をつくしかない名前の移りに、ひたすら驚嘆するだけだった。
白き虹架かる架空の庭園に白き風吹き夏さびるらし
*「白虹−薄幸」という読みはここでは無用に願いたい。「白い虹−有り得ぬ−架空」と「かかる」の二重遣いで遊んでいるわけ。「夏さぶ」は上二段活用だから「さびる」に違和感を覚える方もいるだろうが、口語風にしたのだと強弁しておく。
今はただ心も他所に夏草のかりそめにだに逢はむとぞ思ふ
*これまた縁語掛詞だらけの言葉遊び歌。これだけ遊べば、まあ、いいか、と。
棗月名残の夏を懐かしみ七つの海を漂流ふてゐる
*これは「な」の冠付け歌で初案は結句も「流れ流れて」と首尾一貫していたのだが、突然現行になおしてしまった。今となってはなぜそうしたのかわからない。
君知るや朱欒花咲く常夏の樂園に棲むクラゲの群を
*僕はクラゲ好きだ。世間には思った以上に同好の士が多いらしい。「ぷらぷら」のふくはらさんもその一人だし、GONTITTIのチチ松村は、実際にクラゲを飼っているらしい。うらやましいぞ、と。
魚跳ねて母麗しく父富豪気まゝ暮しは夏の日の幻想
*翻訳詩というが、これはまさに翻訳歌。元歌は言うまでもなく名曲[SUMMER
TIME]。しかし、後でチェックしたら、高く伸びた麦の穂(cotton is high)の部分が抜け落ちていた。ああ。
夏の月燻し銀盤撰ばれし男睡りて昏りて眠る
*安聖基主演の日本映画「眠る男」は、いい映画だった。これは月の映画で、安聖基の眠り続ける演技?も忘れられない。ひたすらオマージュとしての歌。
墓地へ續く小路は暑し夏木立緑陰に集く亡靈の聲
*岡田史子に「墓地へ行く道」というストリーなどないに等しい散文詩のような作品があった。今でも時々思い出す。これはその記憶をそのまま歌にしたもの。
早も吾は夏鴬の謗り受く人世伍拾快速の生
*何ともまあ、説明不要の歌である。このころ一番気に行ってたアルバムはユチェヨンの「快速」だった。
帰らずの覚悟片白半夏生死装束の仇な華やぎ
*半夏生、別名片白草、ドクダミの仲間で花穂の下の葉の半分ほどが白くなるのでこの名がある。カタシロから帷子を連想しただけの歌だが、この手の花の魅力は子供にはわからない。
夏は闇夏は葬送勾玉の禍々しさを密かに愛す
*博物館などで、翡翠や玉の勾玉を見るたびに不思議な気持ちになる。巴の一部分のようでもあり、初期の胎児のようでもある。
夏衣薄き情で涼やかに世間の路地を走り抜けばや
*この頃また武玉川を再読してたので、こんな歌が出来たものと思われる。
時經れば轆轤首とて暑苦し夏狂言も夏枯れの態
*夏狂言といえば出し物は怪談と言うのが普通だろう。怪談もオカルトや、スプラッタと名前を変えてそれなりに健在らしいが、それらも季節感を失って久しい。
捧ぐるは汗と疲れと情慾と幾許かの罪夏の祭りに
*捧ぐるはただ愛のみ、なんてことは口が裂けても言えないので、どうしてもこのようなネガティブな表現に淫してしまう。
夏を避け窩に篭りて飲む酒の五臓六腑に染みて紫
*不健康なり。
白妙の袖引く未練振り捨てゝ夏安居眞似び獨房に澱
*持統天皇の歌とはあまり関係ない。虚偽多し。
只管に寒さの夏を冀ふエゴイストだと指差さるゝも
*人一倍暑さに弱い。夏の無い国に住みたいと真剣に考えたこともある。暑い夜クーラーをギンギンに効かせて寒気がして布団すっぽりかぶってうーーーん、幸せ。
夏空に白亜の雲の搭崩れ天の怒りて鉈振ふらし
*雷は好き。大倉山に住んでた頃はなぜかやたら、雷が多く稲光とドンの音を肴に一杯としゃれ込んでいた。
音に聴く六尺玉の炸裂を借景と為す夏の夜の戀
*花火も好き。現実には6尺玉なんて、お目にかかれないが、とにかく少しでも近くで見るにしくはない。あの腹の底を震わせる大音響あってこその醍醐味だ。
配置転換理由は問はず肯へど夏時間は姑息な手妻
*朝三暮四に似て始業時間をずらすだけの夏時間に騙されてたことを思い出すと腹が立つ。88オリンピックで美國のTV中継に合わせて夏時間を採用した韓国ではナイターで7回くらいまでは照明無しでプレーできてた。
愚図愚図と都合二年の夏季休暇ジュールヴェルヌは子供の敵
*十五少年漂流記は何度読み返したことだろう。ヴェルヌって本当に子供誑しな罪な作家だと思う。
夏引きの糸引き納豆夏麻引く鰻蒲焼土用憂しの日
*なつそびくは宇奈比にかかる枕詞で、これを強引に鰻に納豆かけた態のえらく粘っこい歌。
オキーフの海芋を愛す夏の宵女の性の傲岸な美を
*彼女の作品中、花を描いた一連の作品を偏愛している。就中この海芋(Calla
Lily)は見るたびに鳥肌が立つ。"Lady of the Lily"と呼ばれたオキーフだが、このLilyももちろん百合ではない。彼女の花には棘はないが毒がある。しかして至福の中毒にいたる。
砂利濱を踏めば星空夜光蟲長門仙崎夏の思ひ出
*小倉で学生時代家庭教師先の小学生連れてキャンプに行った。あの生意気だった「ワタナベカズオ」は元氣でやってるだろうか。