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妙齢の瘻せむし女の背中割れて血と見紛ふばかりのあれは石榴石
美しくない少女など少女に非あらず白い少女に浴びせられる葡萄酒
海底の闇に隠された色彩いろの豐饒ほうぜう重圧に耐え切れず浮き上がる玉
希少価値の虚構露見し盤石の組織シンジケートも崩壊寸前
瑠璃の持つ不思議な力の礎いしずゑは光合成の葉緑素にあるとの新説
怪奇バロツク趣味とは遂に無縁人には見せぬ海の苦しみ病の愁
雉鳩の血の煮凝の斎らす悪夢瘻麻質斯リウマチスの足引摺り歩く暗い熱情
有象無象なにもかもが結晶の一つ一つに記しるさる紅白の縞馬の子孫絶えしことも
僧正の指に狂ほしく燃ゆ娼婦の瞳聖なることの腥なまぐさき
母乳に封印されし虹の移ろひ易さも光栄の証あかし楕円形の蛋白石
大賢は大愚に似ると言へど只管ひたすらぬうぼおたる黄玉を憎む
空だけはこの色であつてはならぬ土耳古トルコ玉駱駝と馬と旅人のため
変身の真の企み那辺に有りあやかしの偽装蜥蜴石カメレオナイトと呼んでみるも
白日はくじつは夢幻ゆめまぼろしの如く逝ゆく虚光輝く夜の太陽
痺しびれこそなべての生物の欲の原因もと況いわんや鉱物に於てをや
早退は水晶掘りの抜駆けの為石英の破片で傷つきし指も愛いとほし少年期
戀は計算外の偶発事と言ふ風の便りを石に認したたむ
樹の雫歳月を経て飴色の涙の粒に成上がりしを恨む
遷かへる地のある輩やつばらは幸いなるかな琅骭らうかんの国緑の館
雪の純白も焔の紅も「御月様桃色」の海女あまの嘆き節には顔色無し
この玉を砕き散薬となせば鳥目に効能有りとは医書にも見えず
黒死病ペストで身薨みまかりし寵愛の竃猫黒瑪瑙石棺に納め墓碑銘エピタフは"nihil"
青年孔雀の憂鬱食卓に緑青の醺にほひ思ひ当る節の過剰に有らば
精巧な光量調節みちかけ機能全身の毛穴より滲み入る月光の曲ムーンライトセレナーデ
存在あることは泡に過ぎぬと知りながら鎧よろふも哀れピンクの石髄
サンボ通信第7号(1988年5月5日発刊)所載。
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