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歌集玉石集
サンボ通信第7号
 

妙齢の瘻せむし女の背中割れて血と見紛ふばかりのあれは石榴石
GARNET ガーネット

美しくない少女など少女に非あらず白い少女に浴びせられる葡萄酒
AMETHYST 紫水晶

海底の闇に隠された色彩いろの豐饒ほうぜう重圧に耐え切れず浮き上がる玉
AQUAMARINE アクアマリン

希少価値の虚構露見し盤石の組織シンジケートも崩壊寸前
DIAMONDO ダイアモンド

瑠璃の持つ不思議な力の礎いしずゑは光合成の葉緑素にあるとの新説
EMERALD エメラルド

怪奇バロツク趣味とは遂に無縁人には見せぬ海の苦しみ病の愁
PEARL 真珠

雉鳩の血の煮凝の斎らす悪夢瘻麻質斯リウマチスの足引摺り歩く暗い熱情
RUBY ルビー

有象無象なにもかもが結晶の一つ一つに記しるさる紅白の縞馬の子孫絶えしことも
SARDONYX サードニクス

僧正の指に狂ほしく燃ゆ娼婦の瞳聖なることの腥なまぐさ
SAPPHIRE サファイア

母乳に封印されし虹の移ろひ易さも光栄の証あかし楕円形の蛋白石
OPAL オパール

大賢は大愚に似ると言へど只管ひたすらぬうぼおたる黄玉を憎む
TOPAZ トパーズ

空だけはこの色であつてはならぬ土耳古トルコ玉駱駝と馬と旅人のため
TARQUOISE トルコ石

変身の真の企み那辺に有りあやかしの偽装蜥蜴石カメレオナイトと呼んでみるも
ALEXANDRITE アレクサンドライト

白日はくじつは夢幻ゆめまぼろしの如く逝く虚光輝く夜の太陽
OLIVINE カンラン石

しびれこそなべての生物の欲の原因もといわんや鉱物に於てをや
TOURMALINE 電気石

早退は水晶掘りの抜駆けの為石英の破片で傷つきし指も愛いとほし少年期
CRYSTAL 水晶

戀は計算外の偶発事と言ふ風の便りを石に認したた
ZILCON ジルコン

樹の雫歳月を経て飴色の涙の粒に成上がりしを恨む
AMBER 琥珀

かへる地のある輩やつばらは幸いなるかな琅骭らうかんの国緑の館
JADE 翡翠

雪の純白も焔の紅も「御月様桃色」の海女あまの嘆き節には顔色無し
CORAL 珊瑚

この玉を砕き散薬となせば鳥目に効能有りとは医書にも見えず
CAT'S EYE 猫目石

黒死病ペストで身薨みまかりし寵愛の竃猫黒瑪瑙石棺に納め墓碑銘エピタフは"nihil"
ONYX 縞瑪瑙

青年孔雀の憂鬱食卓に緑青の醺にほひ思ひ当る節の過剰に有らば
MALACHITE 孔雀石

精巧な光量調節みちかけ機能全身の毛穴より滲み入る月光の曲ムーンライトセレナーデ 
MOON STONE 月長石

存在ることは泡に過ぎぬと知りながら鎧よろふも哀れピンクの石髄
CARNELIAN紅玉


サンボ通信第7号(1988年5月5日発刊)所載。
もとよりMorris.は現実の宝石などとは無縁の衆生なのですが、図鑑や鉱物標本を見るのは大好きだし、宝石にまつわる伝説や、歴史的エピソードにも興味をそそられこと大です。それぞれの歌の中にも、それらのフラグメントを詰め込んだつもりなので、例によって謎解きとして楽しんでいただければ、それに勝るよろこびはありません。タイトルは玉石混淆から命名したのですが、玉は見当たらず、石ころだらけになったかもしれません。
イメージのおどろおどろしさや、難解語の選択などは、当時のMorris.の歌の特徴でもあるのですが、久しぶりに読み返して、その「破調」ぶりに呆れてしまいました。五七五七七にきちんと当てはまる歌は、数えるほどしかありません。人によっては歌集とすら見なさないでしょうね。宝石の輝きに目が眩んだためだと、見え透いた言い訳をしておきます(^_^;)

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