写真や絵では知っていたのだが、実際に、初めてこの花を見たとき、何てエキゾチックなんだろうと感嘆した。 時計草と言う名前は実に、どんぴしゃりの命名だと思う。 花全体が文字盤みたいで、3つに分離した雌しべが、ちょうど時計の長針、短針、秒針に当てはまるし、くるくる巻いた巻ひげの先っちょは、古い時計のぜんまいを思い起こさせる。 南米原産で、日本には18世紀に渡来したとのことだか、どうも江戸時代には似つかわしくない花だ。 高校のころ発売されたトロピカルジュースの成分表に「パッションフルーツ」と言う名前を見つけて「情熱の果物」とは、いかにも熱帯らしいなと勝手に解釈していた。 ベートーベンの有名なピアノソナタ「熱情−−passionate」からの連想でそう思ったのだが、これこそ時計草の実で、時計草の花をパッションフラワーと言うことを知ったのはずいぶん後になってからだ。 しかし、実はこのパッションは「情熱」ではなく「受難」それもイエス・キリストの最後の磔刑に纏わるものだと知ったのは、更に時間をおいてのことだった。
16世紀に南米に赴いたスペインの宣教師はこの花を「キリスト受難の花−−パッションフラワー」と名付けた。 その理由を澁澤龍彦の『フローラ逍遥』から引用すると −−トケイソウの裂けた葉は刑吏の槍に、のびた巻きひげは鞭に見えてきた。 花の中心にそそり立つ子房の柱は十字架に、三本の花柱は、キリストの両手足に打ちこんだ三本の釘にそっくりであった。 五つの葯はキリストの五つの傷痕、雄蘂はかなづち、副冠は茨の冠、萼は円光、花の白い部分は純潔、そして青い部分は天国にほかならなかった。 五枚の萼片と五枚の花弁とを合わせた花の周辺の十枚は、ペテロとユダをのぞく十人の使徒を思わせた。 ここまでやると、故事付けも見事というほかない。 ●異教徒の姦淫聖書時計草 |