もぢずり


もじずり 四国は丸亀を流れる土器川の土堤の芝生のあちこちに、この花がすっくと屹立していたのが印象的だった。

その時僕は三商という除草専門の会社のアルバイトやってて、トラックのタンクに満載したラウンドアップ、シマジン、ハイパー、グラモキサンなどという恐ろしげな薬剤を、コンプレッサーで散布し、雑草を枯らして回る作業中だったわけで、つまり、この愛すべき(としかいいようのない)蘭科植物も自らの手で殲滅せざるをえない状況にあった。

数茎を摘み取り、読みかけの文庫本に挟んで持ち帰ったが、すでに薬剤の霧がかかっていたらしく、数日の間に無残に黒変してしまった。 

けさ、石屋川沿いの公園でこの花を見かけて、土器川のことを思い出した。(あれから6年が過ぎた) 

蘭といえばカトレアに代表されるような艶やかな西洋蘭と、墨絵の世界から抜け出してきたような東洋蘭が覇を競っている観があるが、可憐なこの花は、第三の漣とでも呼びたい。

捻花(ねじばな)の別名があることからもわかるように、この花の最大の特徴は、ごく小さな穂状花序が螺旋状に連なって咲くところにある。

「もぢずり(捻摺)」にしても「信夫捻摺」という捺染技法から名づけらた。

その模様というのが、羊歯の葉や蔓が乱れている事に由来する

。「忍ぶ」「乱れ」の縁語となるところから、古来盛んに詩歌に詠まれ歌われてきたが、百人一首にも採られている源融の作 

・陸奥の忍ぶ捩摺誰故に乱れそめにし我ならなくに(古今、恋四) 

が人口に膾炙したため、この作以降は本歌取りとして以外はめったに歌われなくなってしまった。 
 

濃いピンクの小花は、小ささのあまり見過ごされやすいが、虫眼鏡でも使って、注意深く観察すると、一つ一つが、蘭科植物の特徴ある花型を立派に備えていることが見てとれる。

花はすべて植物の生殖器官であることは言うまでもないが、就中蘭の花は形態上、女性器を連想させる。それを思ってこの花に向かうと、まるで密教の曼荼羅の精巧なミニアチュールが地底から浮き上がってきたようでもある。 
 

和名はもちろん、羅典語学名(Spiranthes)、仏名(Spiranthe)、独名(Drhwurz)のいずれも螺旋状の花の付き方から命名されている。

ところが、英名となると突然変異みたいに、詩的な名前が与えられている。 
 

1,ツイストする真珠(Pearl-twist) 
2.女性の編み上げた髪(Lady's tresses) 
 

いっそ両者をこき混ぜて「桃色真珠の髪飾」とでも、誤訳しておこう。 

つい最近まで神戸東公園横にあった、アメリカ領事館の中庭の芝生に群れ咲いているのをよく見かけたものだが、ゆうに30cmを越す馬鹿でかさに度肝を抜かれてしまった。

余程肥料が効いていたのか、それとも植物得の親和力で、建物の住人に合わせて巨大化したのか、今もって疑問である。 
 

その領事館も、大阪に移転してしまい、あっという間に、芝生の庭も建物ごと跡形もなくなってしまった。 

捻摺 もじずりはバベルの塔の螺旋道 

*この稿を書いたのは1986年のこと、土器川のことは四半世紀前の思い出と言う事になる。
 


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