Botanical Essay
 
葛湯、葛切り、葛餅、いずれもゆかしく、懐かしい響きではあるが、今の僕には遠慮したいものばかりである。 
 

釈超空の絶唱を援用して「葛などすべて踏みしだかれてしまえ!」などと、剣突を喰わしたくなるのも、この生命力旺盛な蔓植物が野山にはびこり、我が物顔に一面を覆い隠しているふてぶてしさに愛想が尽きたせいだ。 

葛の葉には何故かカメムシが好んで集まり、うっかり触れようものなら堪えられない悪臭が回りに漂い、皮膚に移った匂いは石鹸で洗ったくらいでは、なかなか落ちてくれない。そんなときには信田の森の白狐に倣って「恨み葛の葉」の心境になろうというもの。 
 

和歌の世界では、葉の裏が白いことから、裏見→恨みの縁語として古くから多用されてきたが、植物自体の、しつこさ、しぶとさ、絡み付いて離れない性質からも、恨みのイメージが補強されたものに違いない。 
 

地面といわず、潅木といわず這い回る蔓は、一本の根から50メートルにも達することがあるとか。 

除草専門業者でも、これには手を焼くらしい。 

英名は「矢の根 Arrow-root」で、これも葛の根の素早い繁殖力から名づけられたに違いない。 
 

こんな厄介者の葛が、アメリカ建国百年を記念して開催されたフィラディルフィア博覧会に、園芸植物として日本から出品され好評を博した。 

1930年代のニューディール政策によるテネシー河土木工事の際、堤の崩壊を防ぐのに葛が引っ張りだこになり、40年代にはアトランタ(彼の「風とともに去りぬ」の舞台)には「全米葛協会」が設立され、毎年「葛の女王コンテスト」まで行われたとか---今では葛は彼の地でも猛威を奮い、南部では恐怖の対象になっているそうだ。(cf.「自然界の密航者」朝日新聞社) 
 

「くず」の語源は言海に 

「國栖葛(クズカヅラ)ノ略ニテ、吉野ノ國栖ノ産ヲ最トスルヨリ呼ベルカト云」  

とあるように、吉野葛の名産地の名前の転らしい。 

「葛」という漢字を「くず」とも「かづら」とも呼ぶことからも、葛が蔓植物の代表と目されて来たことは自明で、日本人では古くから親しまれて来た植物であることも否めない。 
 

今回はのっけから葛の悪口ばかり並べてきたが、秋の七草にも選ばれているだけに、薄紫の搭状花は豆科独特の蝶型で味わいのあるものだし、食用、薬用、さらには繊維原料としての葛の有用性を認めるにはやぶさかではない。 
 

感冒、麻疹、肺炎、神経痛、肩凝り、中耳炎から、蓄膿症までの特効薬「カッコントウ」は漢字で書けば「葛根湯」、葛の根の発汗解熱作用は、他の追随を許さないものがある。 

また花は宿酔にも利くことも物の本には書いてあったが、処方はよくわからない。 

釈超空(折口信夫)の連想からか、葛の花には男色の気配を感じてしまう。 

男老いて男を愛す葛の花 永田耕衣 

という句もあった。 
 

近所の生け垣に、白花種の葛が栽培されているのを見つけた。 

こちらはアルビノのためか、いくらか華奢にみえたので、つい一輪を摘んで玩びながら帰ってきたのだが、淫靡な臭いが掌に染み付いてかなりの時間悩まされてしまった。 
 

 ●葛葉残り我が身の身代り木葉莵 このはづく

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