け な り
 
 

奈良の佐保路は、かつてはお定まりの散策コースだった。 
 

当時国鉄奈良駅の北方にある文化住宅(「佐保川荘」と言った)に住んでいて、佐保路の入口というロケーションだったこともある。  

こじんまりした尼寺興福院から始めて、不退寺、ミニチュアの五重塔を堂内に持つ海龍王寺、妖艶な観音像であまりにも有名な法華寺、さらに足を伸ばして技芸天の秋篠寺まで、派手さはないがそれぞれに見所のある寺が点在する。  

また、ウワナベ・コナベの両古墳や神社が、のどかな田園風景のなかにとけこんでいて、その中をふらふらと歩くのは実に心地よかった。  
 

中でも不退寺は、むかし男、業平ゆかりの寺というせいもあってか、一種独特の雰囲気を持っていた。  

狭い堂内に少し窮屈そうに収められている五大明王の群像も、京都東寺の、鬼気迫る作を見慣れていたため、いかにも優しそうな表情に見えてしまう。  
 

潜り門に絡まっているのがサネカヅラ(一名美男蔓)というのはちょっと出来過ぎの感が無くもないが、この寺の眼目は境内にある小さな池、その岸辺に枝垂れ群れ咲く連翹にあった。  

黄色の小花は可憐に見えて、そのくせどこか多情そうで、業平によく似合っている。  
 

連翹の翹という字は羽を含んでいることからも察せられるとおり、鳥の長く突っ立った尾羽の意味で、花序を、連なった鳥の羽に見立てたものだ。  

公式な和名ではないが、鼬草という異名があるところからすると、日本人はこれが鼬の尻尾に見えたらしい。  
 

学名の種小名 susupensa は吊り下がる意で、そのとおり花の重みで枝垂れる風情がこの花の魅力でもある。  

しかし、垂れ下がった枝先が地面に付くと、そこから根を出して増殖していくというたくましさも持っていたりする。  

英名 golden ball tree というのは、あんまりではないかと思ったりもするのだが、これは下衆の勘繰りだろう。  
 

タイトルの「けなり」とは韓国語で連翹のことだ。 

韓国語を学習し始めたころ習った例文に「イゴスン ケナリイジ チンダルレガ アニムニダ(それは連翹であって、ツツジではありません)」というのがあり、何故かその響きが印象的で記憶に残った。  
 

韓国で愛好される花は、国花のムグンファ(木槿)にしろ、歌曲で有名なポンソナ(鳳仙花)、民謠のトラジ(桔梗)にしろ、日本でも普通に見られるありふれたものばかりだ。  

花屋や花壇ではチャンミ(薔薇)の一人勝ちで、他を睥睨している状態で、花の種類も少なく、全体的に日本人と比べると花への思いは、淡白かつ単純なように思える。  

それでもけなりに対する愛情は、日本人の連翹へのそれとは一線を画すると思われる。  
 

黄金律けなりなりけり切れ字こそ 


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