甘・辛・苦・鹹・酸の五味は、それぞれに複雑で独特の持ち味があり(当たり前だが)、それら複数の組み合わせで、いよいよ豊饒にも摩訶不思議にも変化していくものだ。 とりわけ酸味には、特別の思いがある。 たとえば梅干を想像しただけで口中に唾液が充満するのを押さえきれなくなってしまう。 酸素(OXYGEN)もラテン語の「酸っぱい」を表すoxysから来ているように、人間の存在に不可欠な水や大気の主要構成元素に「酸」がからんでいることからしても、酸味は生物発生に重要な役割を果たしているに違いない。 Morris.幼少のみぎりは、花より団子ならぬ、虫愛ずる若君(^o^)だったから、植物に関する知識はもっぱら兜虫の好む橡の木、オオスカシバの足繁く通う訪れる梔子、山繭の蛹が鈴生りの柏の木などにばかり興味が限定されていた。 かたばみとクローバーの区別さえ判然としなかったようだ。 それでも、かたばみの長い葉柄の外皮を剥いて、細い釣り糸のような芯だけにして、友人とあるいは一人でひっかけ相撲みたいな遊びをよくやったものだ。 もちろん大きなかたばみの方が、分が良かったのだが、芯の部分を唾で濡らして乾燥させると、もろくはなるが引っ張る力は強くなるので、必ずと言っていいほどこの芯を舐めまわしていた。 そのときの僅かに舌につんと来る微妙な味が忘れられずにいる。今思うと、やはりあれは、一種の酸味だったようだ。 かたばみの学名oxalis、漢名「酸漿」ともに「酸っぱい」意味から直接命名されているのだが、和名「かたばみ」の方は、言海に 片食ノ義ニテ、葉ノ缼ニ云フカ、或云一葉ニ並ビテ一實アリテ片葉子ノ義ナリト いう語源説が挙げられているが、どうも説得力に欠ける。 方言には、「すかんぽ」「すっぱぐさ」「すいものぐさ」など、この酸味に注目したものが多い。それでも「か・た・ば・み」という響きには捨てがたい味わいがある。 品種名で単に「かたばみ」と言えば、やや小型の黄色い花を咲かせるものをさすが、一般によく見かけるのは、紫がかったピンクの花の「むらさきかたばみ」だろう。 しかし、これはもともとの野草ではなく、歌壇園芸用にブラジルから移入されたものが野生化したものだ。がくめいそのままに「オキザリス」と呼ばれたり、「オ・マルチアーナ」という情熱的な名称もあるそうだ。 花言葉も「輝く心」だ。 あまり目立つ植物とは思えないが、日本古来の家紋の世界では、長曽我部や酒井家の紋を始めとして、植物紋では桐に次いで二番目に多い紋だそうで、ちょっと意外な気がした。 三つ葉のフォルムが紋の意匠によく映えることが一因だろうが、「酸い」→「粋」に通じる嗜好が深層心理を刺激して、この紋をえらばせたのではあるまいか、というのが、たった今思いついた当て推量である。 photo by Yatani-Tomoyoshi
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