犬棒かるた
 犬棒かるた
 
1975年10月10日、福音館書店発行。著者、瀬川康男。定価3、800円。かるた製造、任天堂。かるた100枚(白札4枚)、小冊子、64頁。またまた今回も本ではない。何てったって「かるた」だもんね。
さっき、発行年月日を調べてびっくりした。そうか20年も前になるのか。75年と言えばサイゴンが陥落して南ベトナムが解放された年だ。沖縄では脳天気な海洋博なんかが開かれていたらしい。
当時の物価指数が如何ほどかは詳らかにしないが、定価3,800円と言うのは、すっごく高価だったにちがいない。任天堂が造っただけあって、花札と同じく厚紙に茶色の薄紙の貼りくるみと言う手のこんだ仕様のかるた札で、これまた厚紙に張子の丈夫な箱に入っていて、さらに同仕様の帙に納められてているという、丁寧な造りだ。そのおかげもあってか、結構使用したにもかかわらず、中身のかるたはほとんど新品同様の姿を保っている。
実はこれは、中学からの友人馬場茂君からもらったもので、別に誕生祝いとかそんなのでなく、確か年末に帰省した時、さりげなく手渡されて、あまりの豪華なプレゼントにどぎまぎした記憶がある。今となっては、これはもう我が家の家宝と言ってもいいくらいである。
別に豪華なところにのみ、ほだされて大事にしているのではない。瀬川康男の最高傑作と断言したくなるほど、出来栄えの良い絵と奔放で気の効いたアイディアが光っている。
作者の思い入れも深かったことは、付録の冊子「犬棒かるた控」の緒言を読めば容易に察することができる。
「いぬぼうかるたは味わいふかい仏典に似ている‥‥‥
だから決して飽きることがない。読み人知らずということは、いぬぼうかるたにゆきあたる人がひとりのこらず、読み人であり、意味をつけ加える人だということである。‥‥‥
私が私の『犬棒かるた』をもつことも、決して僭越にはあたるまい。‥‥‥
製作にあたって私も、心ゆくまで遊ばせてもらった。‥‥‥すこしばかりの私の自慢は、−−
そして、それはこのかるたの最大の特長なのだが−−
四十八文字のそれぞれにわれわれ日本人に身近な植物をあしらったことである。‥‥‥
人生知を語るひとつひとつのことわざに、人が、ふと、身近な植物にそそぐまなざしのあたたかさをつなぎあわせてみたかったのである。いぬぼうかるたにはないことわざをひとつ、  
一輪咲いても花は花」
なかなかいい文章だったのでつい長く引いてしまったが、作者の言うとおり、このかるたは、一枚一枚にそのことわざに事寄せた植物の絵が背景の飾りとして描かれている。
語呂合わせ的なものも多くて、それも楽しめるが、植物に対する愛情の感じられる味わい深い絵だ。この図を描くにあたって、牧野冨太郎の植物図鑑を参照したとのことだが、冨太郎もって暝すべし、であろう。
順序が逆になるが、人物やさまざまな動物を主体にしたことわざの図像も、植物に負けず劣らず、素晴らしい。すべてを披露できないのは残念だが、ユーモアあふれたものが多い。たとえば「ろんよりしょうこ」では豚の鼻をして頭にかさぶたを持つ魚が毛の生えた四つ脚で踏ん張っている絵で、解説に「日本列島を公害によって汚染しておきながら、公害企業の中には口をぬぐって知らぬ顔のむきもある。だが、ろんより証拠、こんな魚もでてきそうな世の中」とあり、公害は毒の連想から周りにはとりかぶとがあしらわれている。「らくあればくあり」で、宿酔の男が盛大に嘔吐している図は身につまされるし、バックが「現の証拠」ときた日には‥‥‥「うそからでたまこと」の、イソップ寓話の「羊飼と狼」、「たびはみちづれ」の「ブレーメンの音楽師」など、絵本作家らしい題材を用いたり、「まけるがかち」の「韓信のまたくぐり」、「ふみはやりたし」の「雁の使い」など故事を踏まえたものもあったりと、ヴァラエティに富んでいる。かるた4種
とにかく、出てくる動物たちの表情のよいこと。「ゑんはいなもの」では、仲の悪い例えとされる犬と猿が、これ以上はないという幸せそうな顔で仲睦まじく抱合っている。個人的に好きなのは「子だくさん」の代表として登場するねずみ(「りちぎもののこだくさん」と「こはさんがいのくびかせ」)、「さんべんまわってたばこ」を吸っている牛などだ。でも、どれもこれも懐かしい。
このかるたは一枚ずつ鑑賞にたえるし、見飽きないものだが、やはり実際にかるた取り遊びをする時にこそ本領を発揮する。絵が少しひねってあるので、一般のいろはかるたに比べると、札が紛れやすい。それよりも、無雑作に散らばった札がまるでそこに新しい宇宙が現出したかのように華やかになるのが気に入っている。正月にはよくこれで、楽しい時を過ごしたものだ。春待ち社長令嬢、やすこ、ひろこ姉妹も幼い時からこれに親しんでいて、昨年の正月も僕の部屋に来た時、このかるたを引っ張り出してやり始めた。「ゐ」や「ゑ」など旧い文字があったりするのが、却って面白いらしい。
最近これが「ことわざあそび」というタイトルで、ぐらんママ社から絵本として発行されている。その後書きで、このかるたが、最初、福音館の雑誌「母の友」に連載したものと言うことを知った。
故郷で小学校の先生をやってる馬場しゃんとは、もう10年以上も会えずにいる。二人の娘ともたしか小学生のはずだ。正月には家族でかるたなどやっているのだろうか。たまには一緒に飲み明かしたいものである。
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