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Morris.2014年読書控
Morris.は2014年にこんな本を読みました。読んだ逆順に並べています。
タイトル、著者名の後の星印は、Morris.独断による、評点です。 ★20点、☆5点

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2014134
【下山事件 最後の真相】柴田哲孝
2014133
【湖の南】富岡多恵子
2014132
【国境の雪】柴田哲孝 
2014131
【明治波濤歌】山田風太郎
2014130
【原発広告】本間龍
2014129
【THE WAR 異聞 太平洋戦記】柴田哲孝
2014128
【絆回廊 新宿鮫10】大沢在昌
 2014127
【戦力外通告】藤田宜永
2014126
【夢で逢いましょう】藤田宜永
2014125
【原発の倫理学】古賀茂明
2014124
【吸血鬼と精神分析】 笠井潔
2014123
【賑やかな天地 上下】宮本輝
2014122
【メディア・リテラシーの現在】 池田理知子 編著
2014121
【繚乱】黒川博行
2014120
【イチエフ・クライシス】「世界」臨時増刊号
2014119
【戦争はなぜ起こるか】A・J・P・テイラー 古藤晃訳
2014118
【レイジ】誉田哲也
2014117
【夜の国のクーパー】伊坂幸太郎
2014116
【バイバイ、ブラックバード】伊坂幸太郎
2014115
【双頭の船】 池澤夏樹
2014114
【森を見る力】橘川幸夫
2014113
【水のかたち 上下】宮本輝
2014112
【脱原子力国家への道】吉岡斉
2014111
【PK】伊坂幸太郎
2014110
【バイバイ、エンジェル】笠井潔
2014109
【うたのしくみ】細馬宏通著
2014108
【福島原発の真実】佐藤栄佐久
2014107
【プーと私】石井桃子
2014106
【あ・い・た・く・て】工藤直子 詩・佐野洋子 絵
2014105
【沸騰!図書館】樋渡啓祐
2014104
【新版 原子力の社会史】吉岡斉
2014103
【災後論】天野恵一
2014102
【ベルカ、吠えないのか?】古川日出男
2014101
【クイズ化するテレビ】黄菊英(ファンクギョン)
2014100
 【骸骨ビルの庭 上下】宮本輝
2014099
【原発事故と被曝労働】被ばく労働を考えるネットワーク編
2014098
【話してみよう!釜山語(プサンマル)】 キムセイル、ペクサンヒ
2014097
【種子(タネ)たちの知恵】 多田多恵子
2014096
【日本の原発危険地帯】鎌田慧
2014095
【ヤクザと原発 : 福島第一潜入記】鈴木智彦
2014094
【福島原発の闇】 文・堀江邦夫  絵・水木しげる
2014093
【文学は、たとえばこう読む】関川夏央
2014092
【女たちの<銃後> 増補新板】加納実紀代
 2014091
【原発ジプシー】堀江邦
2014090
【光の王国 秀衡と西行】梓澤要
2014089
【カタロニア讃歌】ジョージ・オーウエル 鈴木隆・山内明訳
2014088
【ヒロシマとフクシマのあいだ】加納実紀代
2014087
【市民科学者として生きる】高木仁三郎
2014086
【舟を編む】三浦しをん
2014085
【身のまわりの木の図鑑】 葛西愛
2014084
【日本破滅列島】樋口健二
2014083
【「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか】開沼博
2014082
【文人たちの俳句】 坂口昌弘
2014081
【これが原発だ カメラがとらえた被爆者】樋口健二
2014080
【日本の原発技術が世界を変える】豊田有恒
2014079
【動物農場】ジョージ・オーウェル 高畠文夫訳
2014078
【福島原発でいま起きている本当のこと】 浅川凌
2014077
【原発事故はなぜくりかえすのか】高木仁三郎
2014076
【オーデュボンの祈り】伊坂幸太郎
2014075
【韓国語の数と数え方】梁永美
 2014074
【「愛国」の技法】早川タダノリ
2014073
【妻が椎茸だったころ】中島京子
2014072
【原発崩壊】樋口健二
2014071
【1984年】 ジョージ・オーウェル 新庄哲夫訳
2014070
【死の淵を見た男】門田隆
2014069
【レベル7 福島原発事故、隠された真実】東京新聞原発事故取材班
2014068
【検証 福島原発事故 官邸の100時間】木村英昭
2014067
【神国日本のトンデモ決戦生活】早川タダノリ
2014066
【調べて楽しむ 葉っぱ博物館】写真 亀田龍吉 文 多田多恵子
2014065
【東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと】菅直人
2014064
【新版 原発のどこが危険か】桜井淳 
2014063
【大阪「鶴橋」物語】藤田綾子
2014062
【原発ユートピア日本】早川タダノリ
2014061
【日本「原子力ムラ」行状記】 桜井淳
2014060
【変身 メルトダウン後の世界】堀潤
2014059
【原子力ムラの陰謀】今西憲之+週刊朝日取材班
2014058
【ほんとうはどうなの?】 上坂冬子
2014057
【原発の闇 その源流と野望を暴く】赤旗編集局
 2014056
【文章力 かくチカラ】外山滋比
2014055
【韓国 反日感情の正体】黒田勝弘
2014054
【絞り出し ものぐさ精神分析】岸田秀
2014053
【身近な実とタネハンドブック】多田多恵子
2014052
【憲法九条を世界遺産に】太田光・中沢新一
2014051
【とりあたま帝国】 西原理恵子 佐藤優
 2014050
【福島原発メルトダウン】広瀬隆
2014049
【世界一やさしい韓国語初級脱出】八田靖史
2014048
【騙されたあなたにも責任がある】小出裕章
2014047
【福島第一原発--真相と展望】アーニー・ガンダーセン 岡崎玲子訳
2014046
【ニッポン猪飼野ものがたり】猪飼野の歴史と文化を考える会
2014045
【憲法なんて知らないよ】池澤夏
2014044
【改憲問題Q&A】自由人権協会編
2014043
【秘密保護法は何をねらうか】清水雅彦、臺宏士、半田滋
2014042
【週刊とりあたまニュース・とりあたまJAPAN】西原理恵子 佐藤優
2014041
【ケルベロスの肖像】海堂尊
2014040
【輝天炎上】海堂尊
2014039
【冷血】高村薫
2014038
【子規、最後の八年】関川夏央
2014037
【南冥の雫 満州国演義8】船戸与一
2014036
【さらばスペインの日々】逢坂剛
2014035
【国家の謀略】佐藤優
2014034
【8・15と3・11 戦後史の死角】笠井潔
2014033
【青銅の悲劇】笠井潔
2014032
【オイディプス症候群】笠井潔
2014031
【小熊秀雄詩.集】
2014030
【カシオペアの丘で】重松清
 2014029
【アナーキズム】浅羽通明
2014028
【日本社会で生きるということ】阿部謹也
2014027
【場末の文体論】小田嶋隆
2014026
【青春の柳宗悦】丸山茂樹
2014025
【歴史とは何か】岩村忍
2014024
【飛びすぎる教室】清水義範 絵・西原理恵子
2014023
【ぼくの歌・みんなの歌】森達也
2014022
【台所のおと】幸田文
2014021
【神の領域】堂場瞬一
2014020
【安倍改憲の野望】樋口陽一、奥平康弘、小森陽一
2014019
【ヴルスト!ヴルスト!ヴルスト!】原宏一
2014018
【悪の教典】貴志祐介
2014017
【原発文化人50人斬り】佐高信
2014016
【満州と自民党】小林英夫
2014015
【安倍政権のネット戦略】津田大介、香山リカ、安田浩一他
2014014
【かつどん協議会】原宏一
2014013
【日本語から考える 韓国語の表現】前田真彦/山田敏弘
2014012
【韓国現代史】木村幹
2014011
【マイ・スタンダード】横山剣 
2014010
【浅川巧全集】高崎宗次編
2014009
【我、拗ね者として生涯を閉ず】本田靖春
 2014008
【父-その死】幸田文
 2014007
【言葉の常備薬】呉智英 
2014006
【昭和三十年代 演習】関川夏央 
2014005
【闘】幸田文
2014004
【廃墟建築士】三崎亜記 
2014003
【となり町戦争】三崎亜記
2014002
【童謡噺】立川談志 
2014001
【流れる】幸田文 


2014134
【下山事件 最後の証言】柴田哲孝
★★★★
2005/07/20 祥伝社。戦後日本の謎の事件とされる下山事件は 1949年に起きている。Morris.が生まれた年の事件である。筆者柴田の祖父が、戦中戦後「亜細亜産業」という情報組織に属していた下山事件に深く 関わっていたのではないかという疑念が起こり、親類や関係者の取材を通じてその真相に肉薄していくという、かなりきわどいルポルタージュになっている。

「戦後、GSのケージスなんかが民主主義だとか言って、急に共産党が勢力を伸ばしただろ う。しかし、民主主義と共産主義を混同しちゃいけない。民主主義の対極にあるのは社会主義であって、共産主義の逆は資本主義なんだ。それを混同すると、北 朝鮮みたいな国になってしまう。おれたちが目指したのは民主主義であり、資本主義だ。共産分子は排除しなくちゃならない。
ウィロビーは事件を利用しただけだ。ドッジ・プランとは何だったのか。ハリー・カーンは何をやろうとしていたのか。それを考えるんだ。アメリカは日本の同 盟国だ。東西が対立する世界情勢の中で、日本は常にアメリカと同じ側に立っている。過去も、現在も、これからもだ。もしアメリカじゃなくてソビエトに占領 されていたら、どうなっていたと思う。日本は東ドイツや北朝鮮のようになっていたかもしれないんだぞ。それをくい止めたのが、マッカーサーやおれたちなん だ。日米安全保障条約は何のためにある。アメリカの不利になるようなことは言うべきではない」


「亜細亜産業」の設立者である矢板玄の言葉である。いかにも古い右翼的ものいいだが、腹心の部下の孫だからこそ、取材を許されたらしい。

おそらく私が斎藤茂男と打ち解けて話したのは、その夜が初めてだったと思う。約2時間、私 は知りうる限りのことを斎藤に話した。矢板玄の証言--特にキャノン中佐について。伊藤律が亜細亜産業に出入りしていたこと。矢板玄が事件を"他殺"であ ると認めたこと。祖父の日記の存在を知った時の反応。金銀運営会の金が、吉田内閣成立に使われたこと。佐藤栄作と岸信介。さらにウィロビー、外-ゲット、 児玉誉士夫との関連。下山総裁の死がGHQにより国鉄の大量解雇に利用されたのは、「結果論だ」という矢板玄の見解--。

松本清張や矢田喜美夫などの事件関連著作を検証しながら、やはりこの事件を追求していた斎藤茂男との出会いも、本書の中ではかなり大きな意味があったようだ。

「そう。エリザベス・サンダース・ホームはCIAの支部だったんだよ……」
斎藤によると、当時のCIAは他国に進出する時に、まず最初に大使館や教会施設を基地に使ったという。韓国では統一教会もそのひとつだった。ちなみに統一 教会の設立に大きく関わった日本人に、児玉誉士夫と岸信介がいる。いずれも、亜細亜産業の人脈だ。ジャーナリストのジョン・G・ロバートは、次のように 言っている。
<岸信介の指導の下で、右翼が大きく復帰し、MRA(道徳再武装運動)や文鮮明の統一教会(世界基督教統一神霊協会)といった擬似宗教団体が栄え、CIAの資金が自民党の金庫に流れた>


戦後、GHQやCIA、キャノン機関などの暗躍と、日本人協力者は、相当に悪どいことをやったことは想像に難くない。ここでも岸信介の存在が際立っている。

国鉄は、戦争中までは「鉄道省」という独立した"省"に位置付けられていた。これが戦後間もなく運輸省の一部に組み込まれ、「運輸省鉄道総局」に変わった。さらに昭和24年6月に独立し、「日本国有鉄道」という公社が誕生する。その初代総裁が下山定則だった。
この経緯は、近年民営化を目指す日本道路公団の手法と共通する。つまり国鉄は、段階を経て少しずつ国政から切り離されてきたことになる。これまで国鉄の独 立に関しては、単に「人員整理・合理化のため」と説明されてきたが、説得力に乏しい。実際には、鉄道総局の時代の昭和21年の夏にも7万5千人の大量解雇 (9・15闘争)を打ち出している。当時の鉄道総局長は佐藤栄作だった。結果的にこの大量解雇は労組の抵抗を受けて失敗に終わったが、少なくとも「運輸省 鉄道総局」のままでも人員整理・合理化が法的に何ら問題がなかったことを証明している。


岸信介の実弟佐藤栄作も、下山事件の重要関係者だった。

佐藤栄作は、昭和24年に衆議院に当選するまで一貫して国鉄畑を歩み続ける。昭和13年には大陸に渡り、上海で「華中鉄路公司」(上海鉄道)の創設にも関わった。
元来佐藤栄作の一族は、満州と鉄道には深い縁を持っていた。満鉄の総裁を勤めた松岡洋右をはじめ、岸家に養子に行った岸信介もその一人だ。商工省の役人だった岸信介は昭和13年当時満州にいて、「満洲国総務庁次長」を務めていた。
考えてみれば佐藤栄作は、常に自ら国鉄の外部圧力の矢面に立ってきた。戦時中は軍部の介入を食い止めることに奔走し、戦後はGHQの圧力と戦い続けた。国鉄が、国鉄を守るための、最後の砦と言ってもいい。そこに下山事件における佐藤栄作の立場が見えてくる。


国際連盟脱退、三国同盟の立役者、松岡洋右も佐藤、岸の一族だったのか。業の深い一族である。

昭和24年6月、初代国鉄総裁に下山定則が就任したのとほぼ同時期に、吉田茂はウィロビー の強力を得て法務庁の特別審査局内に新たな情報機関を発足させた。目的は、「対共産主義の情報活動」である。3年後の昭和27年7月、この情報機関は現在 の「公安調査庁」として正式に再発足。同時に第二の治安維持法とも言われる「破壊活動防止法」が公布された。
吉田茂は、「日本の諜報機関の父」とも言われる。吉田が作った公安調査庁と内閣調査室は、現在もなおCIAときわめて親密な協力態勢を保持している。


つい先日読んだ佐藤優の本にも「吉田茂=イギリススパイ説」というのがあったな。

下山事件の背後には、大きな三つの流れがあった。莫大な国鉄利権を守ろうとする者。事件を 反共に利用しようとする者。対局を見つめ、すべてを操ろうとする者。三者の利害関係が一致した。たまたま三つの流れの合流点に、下山定則という男が存在し た。すべては、運命だった。そういうことだ。

ここで「運命論」と開き直られてもなあ(^_^;)

(昭和24年4月の)ドッジ・プランの軸となる経済9原則のひとつに、「1ドル=360円」の「単一為替レート」がある。ドッジはこれを、日本側の主張を無視して強引に設定した。だが、これまでよく誤解されてきたように、ドッジ・プランはFEC230(日本の過度経済力集中に関する政策)に代表されるニューディール派の経済政策を踏襲するものではない。ドッジのバックにいたのはグルー派のジャパン・ロビーであり、ハリー・カーンだった。
そう考えると、ドッジ・プランの本当の目的も見えてくる。なぜ、1ドル=360円だったのか。単純計算で、実に戦時中の360倍という極端なレートである。
ジャパン・ロビーは知日派であると同時に、アメリカの資本家の日本における投資利益を優遇することを目的に創設された組織である。1ドル=360円の固定 レートを設定すれば、アメリカの資本家は360分の1の投資で日本の利権-企業や施設-を買収することができる。極端なことを言えば、国鉄だって買うこと は可能だ。さらに占領が解除され、必然的に円が値上がりすれば、アメリカの投資家は天文学的な利益を得ることになる。

これは「1ドル=360円」レートへの、Morris.の個人的興味から引用しておく。これもMorris.の生まれた年だ。

「全面講和」と「単独講和」の根本的な差は、日本における「ソ連の権利を認めるか否か」にあった。もし全面講和が締結されていたら、きわめて現実的な可能性として、日本はドイツや朝鮮を例に挙げるまでもなく、南北に分断されていただろう。
だが、朝鮮戦争の勃発を機に、国内の講和論争は「単独講和」の路線に一本化された。さらにトルーマン大統領の講和特使として来日したダレス国務長官が「条約草案はアメリカが単独で作成」することを明言し、占領解除への動きはさらに加速していく。


敗戦国日本と植民地だった朝鮮との戦後処理の対照が際立つ。韓国/朝鮮人にとっては、恨んでも恨みきれない歴史の残酷さ。

ジャパン・ロビーが事実上の役割を終えた1950年代以降も、ハリー・カーンは日本の財政 界のフィクサーとして精力的に活動した。カーンはCIAの資金を日本の右翼組織と自民党に提供し、戦後最も右翼的と言われる岸信介内閣(第一次、昭和32 年)を成立させ、60年安保の締結を主導した。さらに弟の佐藤栄作は昭和39年に政権を確立。ジャパン・ロビーが当初から計画していた日本の軍備増強政策 に着手した。

ジャパンロビーも、つまりはアメリカのためのものだったわけだ。当然だけどね。

ここにひとつの図式が浮かび上がってくる。日本政府は外資から国鉄を守るために、下山総裁 を抹殺したのではなかったのか。その謀殺の蔭に米大統領の直属諜報機関であるCIAの関与が浮上すれば、スキャンダルにより後の「単独講和」と「日米安保 条約」の締結が白紙に戻る可能性があった。下山事件の背後には、満州鉄道から延々と続く人脈が存在した。精神的な支柱として、もしくは事件の発想の根幹と して、その裏に満州鉄道が存在したことは確かなのだ

これが柴田の下した結論だが、ここには何か奥歯にものの挟まったような感じが拭えない。
しかし、本書は他の人には書けなかった、渾身の力作ノンフィクション作品であることは間違いない。


2014133
【湖の南】富岡多恵子
★★★2007/03/30 新潮社。初出「新潮」2007年1月号。
明治24年(1891)9月29日の大津事件(ロシア皇太子暗殺未遂事件)の犯人津田三蔵をテーマにした伝記物とでも言うべき作品。
ドイツ人作家の近江八景にちなむ8篇の短篇集の4作目に大津事件を脚色した巡査の話があって、そこから実在の津田三蔵の事跡を調べて、それにフィクションを加えてある種の雰囲気を醸し出すのだが、Morris.にはどうも掴みどころがなかった。
森鴎外の「渋江抽斎」を連想したが、あれほどの徹底ぶりとは程遠く、津田の人物にも魅力を感じなかったわけで、それでも最後まで読み通したのは、近江富士「三上山」がところどころに登場するからだった、ということにしておきたい。



2014132
【国境の雪】柴田哲孝
★★★☆ 2013/01/31 角川書店。
国家最高機密を握って北朝鮮から脱北した崔純子、彼女と行動を共にする日本人工作員蛟竜。それに絡む中国、ロシア、アメリカの諜報員の冒険活劇。
ストーリーはやや雑なところもあるが、東アジア情勢分析や、歴史的所見等が興味深かった。
たとえば、3.11事故の日米関係について、蛟竜の上司亜細亜研究所所長甲斐長州の意見。

「一に、事故処理の権益。二に、自国の軍隊を駐留させる正当性の喧伝。そして第三に、天然ガスの輸出による莫大な利益。このまま、日本が原発から手を引くとすれば、アメリカは日本との貿易収支を天然ガスだけで逆転することが可能になりましょうな……」

超国家主義的考え方である。

当時、1950年から84年にかけて、「在日朝鮮人の帰還事業」といわれる集団的 な永住帰国が行われていた。これは北朝鮮側で「帰国事業」、「帰国運動」などと呼ばれ、挑戦赤十字が実務を担当。当時の金日成首相が「地上の楽園」…… 「帰国者の生活と子女の教育を全面的に保証する」……などと呼び掛け、これを日本の朝鮮総聯が喧伝。最終的には数回の中断を経て9万3340人が帰国し、 その内の6839人が日本人妻もしくは子供の日本国籍保持者だった。
日本での生活や民族差別に悩んでいた帰国者は、胸に夢を抱いて新潟港などから帰国船に乗った。だが帰国後の現実は、「地上の楽園」とはほど遠いものだっ た。北朝鮮には、出身成分と呼ばれる絶対的な階級制度がある。日本からの帰国者は最下層の「動揺階層」に分類されて差別を受け、潜在的な反体制分子とみな された。その多くは重労働に苦しめられ、無実の罪で拷問を受け、無実の罪で拷問を受け、強制収容所に送られて命を落とす者も多かった。


この帰還事業に関しては、話題にするだけで、腹立たしく、やりきれない思いにさせられる。上の引用にあるとおり、差別、拷問、強制労働で命を無くす者も多 かったが、日本に残った親族には人質として、朝鮮総聯などを通じての献金の担保ともなった。これを推進した、日本政府、社会党、マスコミの罪は深い。

アメリカは、不思議な国だ。歴史のあらゆる場面で国運の岐路に立たされた時に、必ず何らかの"偶然"によって救われる。もしくは、以後の国家戦略を優位にするきっかけとなる。
例えばあの"9/11同時多発テロ"がそうだった。もしあの悲劇が起こらなければアメリカはイラク戦争を正当化できなかっただろうし、オサマ・ビンラディ ンとの戦いにも決着がつけられなかっただろう。そしてイラクの、莫大な石油利権を手に入れることもできなかったに違いない。
人はそれを、神の恩恵だという。だが、なぜ神はアメリカにばかり恩恵を与えるのか。その不公平な神の名を"CIA"という。

つまり、筆者はいわゆる「謀略史観」に立っているのだ。そして、それは彼の祖父につながる「血の系譜」でもあるらしい。それは処女作「下山事件」を紹介する時に述べることにする。


2014131
【明治波濤歌】山田風太郎 ★★★
1981/06/15 新潮社。1979-80「週刊新潮」
風太郎の明治ものを読み返したくなって、とりあえずこれを中央図書館の書庫から(一階の一般閲覧書架には風太郎作品殆ど無い)借りてきた。「天の巻」「地 の巻」の2冊で、本来なら「人の巻」がありそうなものだが、見当たらない。それぞれ3篇ずつの中編が収められている。例によって当時の著名人が登場する。 それぞれの作品の登場人物をざっと書き出しておく。

「それからの咸臨丸」榎本武揚、福沢諭吉、吉岡艮太夫
「風の中の蝶」南方熊楠、北村透谷、
「からゆき草紙」樋口一葉、黒岩涙香、村岡伊平次
「巴里に雪のふるごとく」川路利良、井上毅、成島柳北、ヴィクトル・ユゴー、ヴェルレーヌ、ルコック、ポール・ゴーギャン、
「築地西洋軒」小金井良精、森篤次郎、森鴎外、エリス
「横浜オッペケペ」川上音二郎、貞奴、野口英世、永井荷風


風太郎の開化モノはほとんど読んでるはずで、本書も確かに読んだというかすかな記憶はあるのだが、どうもあの頃のワクワク感がよみがえってこない。「幻燈 辻馬車」「明治断頭台」「地の果ての獄」など代表作を読み返そうと思ってたのだが、ちょっとあてが外れた感じだ。とりあえず「警視庁草紙」を読み返してみ よう。

朝鮮を甘く見ることは征韓論以来の日本人の通弊であり、一方、国外で行動して日本に変革を起すちうアイデアは、意外に現代まで--昭和の赤軍派に至るまで、「国士」「壮士」「志士」「コマンド」たちに捨てがたい魅力的な影響を及ぼすのである。(「風の中の蝶」)

自由党員が、朝鮮で事を起こして、日本での活動に役立てようとしたことに関しての感想だが、明治から昭和に至るまで、様々な形で朝鮮半島を利用しようとし てきた。現在は韓国とは政治的冷え込み、北朝鮮とはいいようにあしらわれている感じだが、事あれば、また朝鮮半島を足がかりに何かしようと動く日本人が出 てきそうだ。

「家庭の幸福ほど罪深いものはない。見給え、動物の世界に家庭の幸福はない。だか ら動物は罪を犯さない。人間だけが家庭の幸福に執着し、それを維持しようとしてあらゆる罪を犯す。男、女、一人ずつなら、人間はさして悪をしない。これが 家庭を作ると、その幸福を求め、その幸福を保つために、男も女も悪魔となる。戦争でさえ、それをはじめた連中も、かり出された連中も、つまるところ自分の 家庭の幸福のためという妄想に憑かれての仕業だよ」(「巴里に雪のふるごとく」)

これはマリーセレスト号事件に関するゴーギャンとヴェルレーヌの会話の一部、ヴェルレーヌの台詞だが、何となく風太郎の人生観の一部が吐露されてるように 思える。「家庭(ホーム)」と縁の薄いことでは人後に落ちないMorris.@ホームレス(^_^;)なので、嬉しいような悲しいような複雑な感慨にとら われてしまった。
忍法帖シリーズも開化ものも愛読してきたMorris.だが、やはり究極の一冊は「人間臨終図巻」(上下2冊だけど)ということになるんだろうな。
2014130
【原発広告】本間龍
★★★☆☆ 2013/10/08 亜紀書房。
もと博報堂に努めていた著者が、自分も関わった原発広告を、実例を挙げて、その本質に迫るものである。早川タダノリの「原発ユートピア」がヴィジュアル本位だったのに比して、こちらは、実証的というところが特徴で、両方読めば鬼に金棒(^_^;)ぢゃ。

「なぜ国民があの危険きわまりない原発推進に納得していたのか」「原発推進という 過ちを犯したのは誰なのか」という根本的な問題については、いまだに手がつけられていないままなのです。また、国民を洗脳する目的で作られた膨大な「原発 広告」およびその出稿料欲しさにそれらを掲載し続けた「マスコミの責任」については検証すら行われていません。(はじめに)

本当に原発事故に関してと同じように「責任者出て来ない」パターンの繰り返しである。

隆盛を極めた原発広告も2011年3月11日に発生した東京電力福島第一原発事故 直後に一斉に姿を消しました。それは新規出稿停止は当然ながら、メディア各社の広告アーカイブ、原子力ムラ各社・各団体HPなどに掲載していた過去の広告 作品をすべて消去し、さらに各種動画サイトにも削除要請するという徹底ぶりでした。もし自らの主張に自信と誇りがあるのなら、何故過去の作品を削除してま で隠そうとするのか。皮肉にもその行為こそが、いかに彼ら自身が自分たちの行為を後ろめたく考えていて、後々の追求を恐れたかという証になったのです。
その原発広告の力の源泉は、その原資がすべて電力料金から「総括原価方式」で提供されていたことです。通常、企業広告予算は自らの製品売り上げによる利益 から予算化されますが、原発広告の場合はすべて電力料金に上乗せされていたので、事実上まったくの青天井でした。東京電力の広告費にあたる「普及開発関係 費」は、1965年に7億6千万円で始まり、3・11事故直前の2010年には269億円にまで巨大化したのです。(第1章 戦後最大規模のプロパガンダ)


インターネット上の情報は、都合が悪くなると、即座に消滅させることが出来る。このことはいつも頭においておく必要がある。天文学的広告費が使われて、それがそのまま電気料金に上乗せされていることも忘れてはならない。
電気料金の「総括原価方式」、これは絶対に間違ってる。

スポンサー側の立場にたてば、何億円もの広告費を投入しているのに悪口を言われる のでは割に合わない、と考えるのは当然でしょう。問題はメディア側がそれを嫌って、しなければならない批判を自主規制してしまうことにあります。そしてそ のもっとも極端な例が原発報道だったのです。
原子力ムラに対する自主規制は、巧妙で強烈なものでした。1970~90年代にかけて原子力ムラの圧力に抗して様々な反原発番組が作られては潰され、次第に原発は「スルー
するもの」という雰囲気が出来上がり、メディアコントロールが完成されていったのです。(第2章 メディア支配の構造)

まさに「メディア支配の構造」というタイトルそのままである。自主規制という罠にはまるメディア(>_<)

●原発の事故がもし起こったら、絶対安全を売りこんでいる原発の広告は、どうする つもりなんでしょう。やせ薬の広告がインチキだったとしても「ウソツキ!」「ゴメン」でまアすみますが、チェルノブイリ級の事故が起きたら日本は壊滅状態 ですから、「ゴメン」ですむモンダイじゃありません。もっともそのときは、ぼくたちもみんな死んでいるし、原発関係者も死んでいますから、文句をいうヤツ もいないし、責任を問われることもない。原発は安全だとハンコを押している学者も、政治家も、経営者も、広告マンも、案外、そう考えているんじゃないで しょうか。核廃棄物のモンダイ一つとっても、いまや危険がいっぱいの原発を、この際すべて廃棄して欲しい。原発をかかえたままで「明るい明日」なんて、あ りゃしません。そういうイミで、「明るい明日は原発から」。(「広告批評」1987年6月号巻頭言 天野祐吉)

1987年という時期にこのような意見を表明してたということは知らずにいた。昨年亡くなった天野祐吉、Morris.は広告評論家みたいな捉え方してたが、もっと深いところで広告を見ていた人だったんだ。彼も博報堂出身だったらしい。

政権党との結びつきはあらゆる情報の質と早さで他社を圧倒し、戦後に実施されたイ ベント関連の一極集中を招きます。事実、オリンピックやワールドカップ、万国博覧会等の巨大イベント利権はすべて電通に集中しており、こうしたイベントが 実施されるごとに、同社に巨大な売り上げが計上されてきました。現在行われている2020ねオリンピック招致活動も東京都は最初からすべて電通に発注して おり、同社にはその費用として70億円近い税金が支払われるのです。
其の電通の力は、原発推進力にとっても大きな後ろ盾となりました。原子力ムラのエージェントとしてあらゆるメディアに睨みを利かし、時にはその先兵となってメディアを恫喝したのです。
電通はこの非常に強力な地位を活用し、数多くのスポンサー企業の利益代弁者となってメディアに睨みを利かせています。つまりは広告宣伝費の多い巨大スポン サーのネガティブ報道が世に出ないように、日夜メディアチェックに余念がありません。そしてその能力をフルに活かして、3・11以前は原子力ムラのネガ ティヴニュースをことごとく摘んでいたのです。(第3章 原発広告は誰が作ったのか)


うーーん、電通恐るべし。今回の解散総選挙も、実は絵図を描いたのは電通だったのではなかろうか?

大量の原発広告が国民に「原発は安全である」という印象を植え付けていたことは、広告・メディア業界に接した者なら誰でも気づく視点だったので、早晩どこかの大手メディアが検証するのではないかと思っていました。
しかし事故後2年が経過してもそうした動きはなく、このままでは原発広告の存在が忘却されてしまうのではないか、と強い危機感を覚えていました。
そんな中、2013年の3月24日の青森県ローカル三紙に掲載された日本原燃と電気事業連合会による30団広告が私の背中を押しました。新聞見開き30段というスペースを買い占め、さらにあろうこ
とか国民に人気の高い小惑星探査機「はやぶさ」を隠れ蓑に、再び原発推進を唱えようというあざとさに、怒りと危機感が強まりました。誰も検証しないのなら、自分がやらねばならない、と決意したのです。(おわりに)

マスコミは自縄自縛状態なのだろう。
繰り返すぞ。原発に厳罰を!!
2014129
【THE WAR 異聞 太平洋戦記】柴田哲孝
★★★☆ 2010/12/17 講談社。2008-09にかけて「オール讀物」に掲載さいれた5篇が収められた短篇集である。
「超空の要塞--異聞東京大空襲」
「目ン無い千鳥の群れ--異聞 真珠湾攻撃」
「ブーゲンビル日記--異聞 海軍甲事件」
「鬼の住む山--異聞 久米島事件」
「草原に咲く一輪の花--異聞 ノモンハン事件」


1945年3月9日、夕刻--。午後5時36分、第314爆撃団のB-29が、そ の巨大な胴体に、M47、M69焼夷弾を満載してグァム島を離陸。これを合図にサイパン、テニアンなどマリアナ諸島の各基地から次々と計325機のB- 29が飛び立ち、一路、日本の首都東京を目指した。
この世紀の大空襲の総指揮を執ったのが、7週間前に第21爆撃軍曹司令官としてマリアナ諸島に赴任したカーチス・エマーソン・ルメイ少将だった。ルメイは 後に広島、長崎の原子爆弾投下も指揮。「日本の一般市民50万人を虐殺した米軍司令官」として歴史に名を残すことになる。
わずか2時間半の空爆の間に1平方マイルあたり約60トン、総計約36万2千発の焼夷弾が東京の空にばら撒かれ、浅草区、本所区、深川区、さらに城東区と 下谷区がほぼ消失。約27万軒の家屋が灰になった。当時の警視庁の調べによると、一夜の内に8万3793人が爆死、もしくは焼死したと伝えられている。だ がこの数字はあくまでも、"推定"の域を出ない"概算"であり、近年は「10万人以上が死亡した」とするのが定説である。
一つの事実がある。終戦から19年後の昭和39年12月7日、日本政府はカーチス・E・ルメイ将軍(当時)に「勲一等旭日大綬章」を授与した。東京大空 襲、さらに二度にわたる原爆投下などを含め、50万人ともいわれる日本市民を虐殺したあのルメイ似である。当時の内閣総理大臣は奇しくも、吉田茂の腹心と して知られた佐藤栄作だった。
さらにこの叙勲の裏には、某元日本海軍大佐の強硬な推薦があった。この人物は神風特攻隊の発案者の一人であり、真珠湾攻撃やミッドウェー開戦を航空参謀と して指揮したことでも知られている。にもかかわらず戦後は、A級先般の訴追を逃れ、政界に転じ、安息に余生を送った。(「超空の要塞」)


この作品の眼目は東京大空襲を日本政府が知っていて、市民に知らせなかったというところにあるらしいが、Morris.は前にも他の本で読んだ、このルメイのやってきたことと、叙勲のところに憤りを禁じ得なかった。
叙勲自体、戦争国家の象徴みたいなもので廃止したら良いと思うものだが、それにしても、よりによってこんな人物に叙勲するというのはただごとではない。おしまいの某元日本海軍大佐というのは源田実のことらしい。この人物もルメイに劣らずの戦争犯罪者だと思う。
叙勲の日時も何かいわく有りげである。真珠湾攻撃(太平洋戦争開戦)はアメリカ時間では12月7日である。

「そんな歴史的定説など、牛の糞だ。だから私はいっただろう。ハル・ノートは、単 なる辻褄合わせにすぎないと。いいかね、君は重要な事実を見落としているよ。ハル・ノートの手交が、ワシントン時間の11月26日。日本の機動部隊が単冠 湾を出撃したのが、前日の25日だ。つまり山本五十六も、南雲長官も、少なくともその時点で、12月7日に真珠湾を奇襲することを決定していたことになる じゃないか」
"私"は、言葉を失った。そのとおりなのだ。アメリカと日本の時差を考えれば、ハル・ノートの一日前に、すでに日本の機動部隊はハワイを目指していた。そこに、歴史の真空地帯が存在する……。
「わかったかね」リチャードがいった。「歴史とは常に、後世の権力者によって都合よく捏造された架空の物語なのだよ」(目ン無い千鳥の群れ」)


この作品では、従来言われてきたルーズベルトが真珠湾攻撃を知りながら、先に攻撃させたという説に加えて、真珠湾攻撃の立案者である山本五十六がアメリカ と通じていたという、かなりトンデモナイ説が繰り広げられるのだが、ハワイの研究者リチャード・マッケンナを"私"が取材したときのやりとり、就中最後の 台詞が印象的だった。
柴田の作品のバックボーンである陰謀史観だって大部分は「都合よく捏造された架空の物語」だと思うけどね(^_^;)

沖縄戦を指揮した八原博通高級参謀は、「本土決戦を有利ならしむ」ために主力第 32軍に徹底した"持久戦"を命じ、「我々には沖縄という巨大な不沈戦艦がある」と発言した。つまり沖縄は領土でも国土でもなく"船"にすぎあんかった。 あの戦艦大和や、特攻として敵艦に突入した零戦と同じ戦争の道具である。沖縄は最初から、日本の本土を延命させるための"捨て石"だったのだ。
(昭和19年)10月10日、沖縄本島の那覇を中心に約700人が犠牲となった。この「10・10空襲」の直後から、泉守紀沖縄県知事など内地から赴任し ていた官僚の"沖縄脱出"がはじまる。彼らは公用を理由に本土に逃げ帰り、二度と沖縄には戻ってこなかった。沖縄は、いよいよ本国から見捨てられて孤立し た。(「鬼の棲む山」)

沖縄への日本本土の捉え方は、概ね上記のとおりだったのだろう。そして、70年後の今日、変化してるのだろうか? とても肯定できまい。


2014128
【絆回廊 新宿鮫10】大沢在昌
★★★☆2011/06/10 光文社。
大沢作品はあまり読まなくなった。新宿鮫シリーズだけは目についたら読むようにしてたが、本書が2年半前に出てるから、かなりの周回遅れ読書である。
今回は、刑務所で22年服役した男が、鮫島の上司を殺そうとしていることを知って鮫島が追いかけるストーリーだが、恋人の晶がバンドメンバーの薬物使用でピンチに陥り、鮫島との関係を精算することになるし、結果的には上司も服役した男の知り合いの暴発で死んでしまうし、ちょっと後味の悪いものとなった。そ れでもさすがに、エンターテインメントの書き手としてはさすがに上手いと思った。



2014127
【戦力外通告】藤田宜永
★★★ 2007/05/30 講談社。
このタイトルは人ごとではない(>_<)というわけで読む気になったのだが(^_^;)
55歳でリストラされた男が、同年輩の幼馴染の人生模様にカウンセラー的に関わっていく中で、自分の家庭にも問題が生まれたりもする。先に読んだ「夢で逢いましょう」と同じ系統の作品のようだ。
友人の子どもたちを見て主人公の独白。

自分の果てなき欲望を満たすために、とんでもない犯罪に走る子供がいるかと思えば、逆にできるだけ欲望から遠ざかり、自分の巣穴に引きこもり身を守っている子供もいる。
この両極端に見えるふたつの態度の共通点は何なんだろうか。
ひよっとすると、それは万能感ではなかろうか。果てなき欲望を追求する裏には、自分が万能であるという過信がある。或いは万能でありたいという幻想が潜ん でいる。一方、巣穴に引きこもるタイプの子供は、限りない欲望を捨て去ることで、自分の手の届くものを着実に手に入れ、小さな宇宙を作って、そこの小さく 君臨する。これもまた万能感の顕れではなかろうか。


「万能感」というのは言い得て妙だね。これは子供の子供たるところでもある。



2014126
【夢で逢いましょう】藤田宜永
★★★ 2011/02/14 小学館。
小学時代「お笑い三人組」と呼ばれた3人が五十年後に再会して、繰り広げられる「おっさん版三丁目の夕日」といった趣向の作品。
タイトルからしてそうだが、60年代、70年代のラジオ、テレビ番組、ヒット曲をふんだんにちりばめて、ノスタル爺さんを喜ばせる仕組み。
藤田という作家はもともとミステリー畑と思ってたが、最近は恋愛小説家、そしてこういった懐古趣味の作家になってるらしい。
ベタだけど、時間つぶしにはなった。かな。

2014125
【原発の倫理学】古賀茂明
★★★ 2013/11/28 講談社。
2012年1月から配信開始された「古賀茂明と日本再生を考えるメールマガジン」の中から、原発問題、電力問題に関する記事をセレクトしたものである。
この手のソースの宿命として、リアルタイムで読まないと、実感しにくい一面がある。発行からさらに一年経ってるということで、何となく手遅れ(>_<)発言に見えたりもする。
内容的には、岩波「世界」特集記事、テレビゲストでの発言でおおまかに知ってる事が多かった。それだけ古賀が、事故直後からぶれずに自分の意見を発信し続けたことの証拠になるのかもしれない。古賀自身も前書きで

2年近く前に書いたことが、今でもそのまま使えるという現実は、私にとっては、とても苦痛なことです。自分の無力さを再確認させられるからです。

と、断りを入れ、

私とはまた違った形で、読者の原発に関するこれまでの様々な思いや考察を整理していうための一つのベンチマークとして活用していただけるのではないか

ということで、紙メディアでの刊行の理由付けにしている。
先に読んだ「世界」特集の古賀の記事が本書のエッセンスみたいなものだったので、何となく二番煎じみたいに感じてしまった。

東電は日本でも有数の調達企業だ。関連会社や取引先から膨大な商品、サービスを買っている。そのコストはすべて電力料金に乗せることができる(いわゆる総 括原価方式)ので、一円でも安く買おうというインセンティブが働かない。納入業者から見ると、とてもおいしい商売をさせてくれる会社なのだ。だから、ほと んどの企業は東電に頭が上がらない。
単に「いつもお世話になってます」と頭を下げればよいというだけならいいのだが、実際には関連会社だけではなく取引先にも東電OBが、言わば天下りのよう な形で再就職したりしている。その数がどれくらいになるのか見当もつかないが、その膨大な利権の構造が、東電国有化によって経産省に転がり込んでくるわけ だ。(2012/01/20)

ひところ流行った「おいしい生活」って奴だね。

日本では廃炉の技術が未確立だが、欧米では既にこの技術は確立されている。なぜか と言うと、欧米は、過去において、科学的・技術的な知見の高まりに応じて、毎年のように原発の安全基準を見直し、しかも既存の原発にもそれを適用してきた (バックフィット)。その結果、当初の予定よりも早く廃炉にせざるをえない原発が多数生じたので、早くから本格的な廃炉が実施されてきたのだ。
彼らによれば、廃炉はもはやそんなに難しいものではないという。しかし、日本ではいあmだ廃炉の技術が確立されていない。そして、いま多くの原発が廃炉に なる現実に直面している。そこで提案だが、廃炉の際は必ず海外の企業を入れて公開入札をすればよいのではないだろうか。日経新聞によれば、廃炉費用は、米 国では日本の半分だという。このまま40年使い続ける原発であっても、いずれは廃炉になる。その費用は、結局消費者に回ってくるのだから、2倍も高いコス トのままつけ回しされてはたまらない。(2013/06/14)


日本の原発ではこの「バックフィット」が無いというのがそもそも問題ぢゃ。廃炉に膨大な金がかかる事自体、原発のデメリットであるのだが、既に作られてし まった原発は廃炉するしかないわけで、その費用を出来るだけ押さえるために欧米に委託するというのは理にかなってると思うのだけど、実現可能性は低いと思 う。

東電は、汚染水の海洋流出がほぼ確実だということを示すデータをかなり早い段階から持っていいたにもかかわらず、それを認めたくないので、いろいろな理由をつけて公表を遅らせてきた。
その発表を参議院選挙翌日まで延ばしたことが問題視されている。
マスコミは大騒ぎをしているわけだが、遮水壁を作ったら汚染水が溢れ始めたということは、遮水壁を作る前は、溜まるはずの水がどこかへ行っていたということだ。どこに行ったのかと言えば、もちろん海しかない。
つまり、何のことはない、もっと前から汚染水は海に流れていたというのは、どんなに鈍感な人間でもわかるはずだ。(2013/08/09)


日本には昔から「水に流す」という慣用句があった(>_<)

安部総理は2013年9月7日、ブエノスアイレスのIOC総会で、東京電力福島第一原子力発電所の汚染水問題について、
「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は統御されています」
「東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも及ぼすことあhありません」
「汚染水の影響は、完全にブロックされています」
と大見得を切った。世界中が注目する中で、これほどの嘘がまかり通ったことがあるだろうか。
これから起きるのは、最初の嘘を守るため、汚染が出ないようなところを選んでの調査、様々な情報の隠蔽、発表先送り、情報歪曲などである。どうしても、総 理が嘘をついたことは認めたくない。だから、少しくらい嘘をつくのは止むを得ないという悪魔のささやきが関係者を「嘘の連鎖」の道に引き込んでいくのだ。
私は、2011年4月に、経産省や当時の民主党政権の幹部宛に東電の破綻処理と発送電分離を含む電力システム改革の必要性を訴えた。おそらく日本の中で一番早い提案だったと思う。
民主党政権は当初その案に前向きだったが、結局、経産省と東電を頂点とする原子力ムラとメガバンクの強力な圧力の下に、「破綻させない」という方針に転換してしまった。
東電は損害賠償さえ自分で支払えない会社だ。普通の企業なら当然、破綻処理だ。その辞典で破綻処理しておけばよかったのだが、そうならなかった。
その後、「破綻させない」という方針が原因で事故処理は滞った。債務超過を避けるために、問題があっても隠し、負債計上を避けるために具体的な対策は先送りされた。さらに、対策の内容も安上がりの中途半端なものにとどめられた。


あの安倍総理の「国際的法螺発言」から一週間後の記事である。とにかく、あの発言は「国辱」ものだと思うのだが、マスコミも野党も、きちんと取り上げることをしていない。オリンピックという「国策」のためなら何を言っても許されるのだろうか。
2014124
【吸血鬼と精神分析】
笠井潔 ★★★☆ 2011/10/20 光文社。初出「ジャーロ」2003~08
「矢吹駆」シリーズ第6作、2007年12月のパリを舞台に、全身の血を抜かれる連続殺人事件。当然のごとく「吸血鬼事件」として世間を騒がせることになる。
例によって語り手ともなるナディア・モガールとその父モガール警視がこの事件に関わり、日本青年矢吹駆がこの事件の網を解きほぐす、という、いつものパタンである。
本作では特に精神分析と現象学に関する、おびただしい論議?が挟まれて700pという長編の大きなパーツを占めている。
Morris.は心理学、精神分析には一種のアンビバレンツがあるので、読みたくもあり読みたくも無し、というところだったが、これを避けては本書は読めないので、ともかくも読んでしまった(^_^;)

どんな哲学史の教科書にも近代哲学はデカルト的懐疑からはじまると記されている。方法的懐疑を徹底化した果てにデカルトは「いま、あらゆる対象の実在を疑いつつある私」としてのコギトを発見したわけだが、現象学者は少し違った方向で考える。
赤という知覚は間違いで本当は緑なのかもしれない、このように疑うことも一般的には可能だろう。しかし「赤い」という知覚直観は直接的かつ明証的で不可疑 なのだ。赤というデータと緑というデータを比較照合して、緑のものを赤いと錯覚したにすぎないと考えるのは事後的かつ経験的な観点だが、たったいま体験し つつある「赤い」という知覚直観は超越論的だ。
認識論を中心とした近代哲学が真と見なすのは主観と客観の一致だ。「赤い」という主観と「赤いもの」という客観が一致するとき「赤い」は真実となる。
客観的な対象は経験的にしか認識できない、ようするに確実なものとしては存在しえない。従って、主観と客観の一致や認識の真理性を問うことにも本当の意味はない。現象学は認識論的な真に興味をもたないのだ。
真は不可疑でなければならないが、不可疑でないような経験的認識は存在しえない。他方、真であるともないともいえないが、たとえば「赤い」という直観を私 は疑うことができない。真だからでなく不可疑だから私は「赤い」と確信する。このようにして現象学は真理性をめぐる認識論の隘路から逃れ出た。認識が真で あるかどうかに本当の問題はない。私がものごとを真であるかどうかに本当の問題はない、私がものごとを真であると確信しうる不思議さこそが問題なのだ。
事件の支点に当たる事象を見出しその意味を直観すること。経験的に与えられる無限の情報から重要な項を選別し、得られた本質直観を導きの糸に項と項を論理 整合的で首尾一貫したものとして配列すれば、かならず事件の真相に達しうる……。こんなふうにカケルの現象学的推理法を要約できる。

早速だが、笠井潔節炸裂(^_^;)。よくわからないけど、何故か引き込まれてしまう。赤や緑の色の認識に関しては、Morris.は昔から、他人と自分の色の認識が同一であるとは信じられないでいる。直観で赤を確信すると言われたらそれまでだけどね。
現象学的推理法は要約されてもよくわからない(>_<)

「どうして人間だけが言葉を使うのかしら」
「どんな生物も生存に必要な情報環境、比喩的には意味の世界を織りあげている。たとえばアメーバの情報環境には色も音もなく明るい暗いという光度の差だけ が存在する。アメーバと同じことで、チンパンジーのように人間とよく似た動物であろうと、不可解なものは環境世界に原理的に存在しえないんだ。理解できな いものは知覚されない、従って存在しないから」
「でも猫は好奇心が旺盛だけど」
「仔猫が糸玉を追い廻すのは捕食対象と錯覚するから、本能に織りこまれているものと類似しているからだ。本当に理解できないものは猫の世界に存在しない。 言い換えれば動物の世界は生存に必要か不必要かを基準とする意味の連鎖で完全に閉じられていて、外部に開いた無の深淵とは無縁なんだ」

笠井はあまり猫好きでないのだろうか?

現象学は世界を世界の意味に還元し、たったいまの私の意識から出発しなければならないとする。意識の底に無意識の領域を想定するフロイト理論は、現象学的な発想と根本的に相容れない。

わからんながらに、フロイトより現象学の方に惹かれる。

作中人物のイワンが構想している劇詩の主人公が大審問官だ。イワンは弟のアレクセ イに構想中の劇詩を物語る。……セビリアでは異端者を燃やす焔が無数に吹きあがり断末魔の悲鳴が途絶えることはない。ある夜、この町にキリストが降臨す る。主として最後のん審判を行うため第二の降臨ではなく、かつて死海地方にあらわれたのと同じ浮浪者のようにみすぼらしい風体で。一目で正体を見抜いた大 審問官はキリストを捕らえ夜の獄舎で語りはじめる。もう自分は神を信じていない、おまえが期待したのと違って自由に耐えられるほど人は強くないからだと。
神を信じる自由と信じない自由が与えられ、しかも信じる側の皿には不幸と苦難が不吉な錘のように重々しく載せられている。こんな条件では大多数の者が信じない側に追いやられてしまう。しかも神は弱くてだらしのない不信者を峻厳に裁くというのだ。
弱い仔羊たちは心からカトリック教会を信じているが、しかし教会は神を信じていない。神なしでキリストなしで人々を幸福にできるシステムを築いてきたのに、どうしていまごろになって地上に戻ってきたのかと大審問官はキリストを詰問する。
呪われた秘密を知らないから信者たちも幸福に生きることができる。虚偽も苦悩も教会と大審問官が抱え込んで必死に耐えてきた。キリストよ、私が背負ってい る重荷がわかるか、それもこれもおまえが人間には耐えられそうにない難題を地上に残し、自分だけ天上に立ち去ったからではないか、いまさら出てきてくれて は困るのだ……。
大審問官の圧倒的な弁証にキリストは一言も口を挟もうとしない。なにひとつ反論することなく、語り終えた大審問官に接吻して夜の巷に消えていく。


ドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」の大審問官の場面は有名だが、Morris.は読んでいない。この一節で、つい、読んだような気分になってしまう。これは罪なのだろうか。

「保身のため面従腹背の道を選んだヨブは、自分より弱い存在に残忍な神として君臨するようになるというのね。だからヨブは破滅を賭けても神に抵抗しなければならなかったと」
「抵抗するだけでは充分とはいえない」
暴力的脅迫に負けてしまえば自尊心が傷つくだろう。自由であることを自分から否定するけっかになるからだ。自尊心を、ひいては自由である自分を守るためにこそ暴力に最後まで抵抗しなければならない。
しかし、カケルによれば暴力に抵抗するのは自尊心のためであってはならない。自分が拷問者や抑圧者の同類にならないためだ。拷問に屈した者はかならず拷問 者になる。拷問者に転落してしまう運命を拒絶するため、あえて人は拷問に耐えなければならない。どのような不幸にも苦難にも……。
そうかもしれない。しかし拷問に、肉体の苦痛に耐えられない弱い人間はどうすればいいのか、不幸でも受難でも同じことだ。

ここらあたりは、遠藤周作の「沈黙」を連想させる。弱者には弱者の信仰の形がある。

「鏡のなかに自分を見出した幼児は鏡像という他者の欲求を欲求せざるをえない、乳 を求めるのは鏡像としての自己なのだから。こうして欲求は欲望という新たな水準にずれこんでいく。鏡像的他者の欲望である限り欲望はけして満たされること がない。欠如を欠如で、空虚を空虚で埋めようとする虚しい試みが欲望を定義する。他者の欲望の対象を自分も欲望してしまうだけでなく、自身が他者の欲望の 対象となることを欲望するのもまた、欲望が他者の欲望であることの必然的な帰結だ。
隣家の芝生が自分の庭の芝生より綺麗に見えるように、隣の客が注文した皿のほうが自分の皿より美味しそうに感じられてしまうように、人間には他人の欲望を 欲望してしまうところがある。隣家の住人も隣席の客も同じように思っていることには気づかないで。こうした倒錯が深まると、他者の欲望の対象になりたいと いう欲望が人間に取り憑くようになる。簡単にいえば他者に求められたい愛されたいという欲望だが、これは人気者になりたい、有名になりたい、評価されたい という一般性の水準にまで拡張されていく。こうした二重の意味で人間の欲望とは他者の欲望なのだ。

けっこう俗っぽい通念をやたら難しそうに理論展開している。こういうのって、結構好きである。欲望が他者の欲望それも二重になってるなんてのも、Morris.好みの展開ぢゃ。

「民衆(ナロード)という暗い混沌の底に神は棲まっているとテロリストたちは信じた。しかも自分たち帝政ロシアの特権的学生は、民衆から切り離され神を見 失った屑(デシエ)にすぎない。道徳的マゾヒスムに憑かれ破滅をめざして突進したテロリストたちは、死の欲動をはらんだ大文字の他者Aの前に立つ絶対的快 楽を求めていたんだろう」


ソビエト社会主義(マルクス-レーニン主義)への怨念めいた思いがここに捻れた形で表明されているようだ。
以上、本書のストーリーとはほとんど無関係の引用に終始してしまった。Morris.が笠井本読むときのパターンになってしまっている。

2014123
【賑やかな天地 上下】宮本輝
★★★☆ 2005/09/30 中央公論社 読売新聞2004-05。

大きな災厄が起こったとする。
そのときの悲嘆、絶望、憤怒、慟哭というものは、未来を断ち切ってしまうかに思われる。
だが、その大きな悲しみが、5年後10年後、20年後に、思いもよらない幸福や人間的成長や福徳へと転換されていったとき、私たちは過去の不幸の意味について改めて深く思いを傾けるであろう。(あとがき)


物語の発端が神戸震災の場面だから、その10年後をきっかけにした作品なのかもしれない。来年1月で20年目という時期に読むことになったわけだが、月日 の流れに驚くとともに、やはり記憶も風化しつつあることを実感せざるを得なかった。宮本自身も罹災者だったはずだから、そのことを感じながら書いたものと 思われる。

それは、命というものの本体が、いったいどこから来て、どこへ消えていくのかという、およそ答えなど出そうにない疑問であった。
この自分もいまは生きているから「命」があるということになるのだが、もしあのとき車とぶつかって死んでいたら、「命」はどこへ行ってしまうのであろう……。
そもそも「命」とは何なのか。現象的に生きているものにだけしか「命」は存在しないのだろうか……。
風ん「命」はないのか。雲に「命」はないのか。雨に「命」はないのか。
人間の目には見えない事柄が多すぎる。あまりにも多すぎる。ただそれらは見えないにすぎず、じつは存在しているのだ。「命」というものもそうなのではないだろうか……。


主人公聖司の独白で、本書のテーマの一つが「命」論らしいが、いかにもナイーブな捉え方だと思ってしまった。

「乳酸菌ちゅうのはな、とにかくどこにでもおるんや。口のなかにもいてるし、胃とか腸とかにもいてるし、空気中にもいてる。それでやな、乳酸菌ちゅうやつ は、炭水化物をエネルギーにして増殖して、乳酸をぎょうさん作り出しよる。この乳酸が野菜とか乳とか飯とかのPH(ペーハー)を低下させよる」
「ペーハーて何や?」
「ペーハーが高いちゅうことはその物質のアルカリ度が強いことで、ペーハーが低いっちゅうのは酸性度が強いっちゅうことやねん。食中毒を起こす菌や腐敗菌 なんかの有毒微生物のほとんどは酸性の強いところでは増殖でけへんのや。つまり乳酸菌が活発に生きてる場所は、有害菌にとっては生きにくいところやという ことになるんや。さらにやなァ、菌という微生物の世界には<拮抗作用>っちゅう揺るぎないメカニズムがあってやなァ……」
「拮抗作用て何や?」
「ひらたく言えば、数の多いほうがカツという非常にわかりやすい原則やな。ある環境下で、乳酸菌のほうが多かったら、少々手強い腐敗菌とか有害菌が入って来ても、乳酸菌がよってたかって殺してしまうんや」

米や麦や大豆や乳や魚や肉などを発酵させ醸造させるさまざまな微生物がこの地球にいなかったら、人間の生活は味気ないものになっていたkとおであろう。
酢も酒も、チーズも、生ハムやヨーグルトも、味噌も漬物も、微生物の働きなくしては存在しないのだ。


もう一つのテーマが、聖司が手がけることになった発酵食品の不思議さとありがたさで、これはいろいろ参考になったし、興味深かった。乳酸菌のことも、こうやって大阪弁で軟らかく解説されると、すっかりわかったようなきにさせられる(^_^;)

「うん、千夜一夜物語や。どんな場面やったか忘れたけどなァ、王さまに毎晩おもしろい物語を聞かせてる聡明な女に、ある男が意地悪な質問を浴びせかけるんや。その質問のなかに『不治の病とは何か』っちゅうのがあった。女は即座に答えるんや」
と桐原は目を閉じたまま言った。
「どんな答えやねん?」
「悪い性格、って……。俺はその問い答とだけを妙にはっきりと覚えてるんや。そうかァ、悪い性格っちゅうのは、不治の病なんかァって、しばらく感動しとったなァ」

意外とこんな小ネタが印象深い。アラビアンナイトのどのあたりに出てくるかネットで調べたが、はっきりしなかった。ただ「不治の病は悪い性格」の対句として「剣より鋭いものは人の舌」が出てくるという記事が引っかかった。これも詳細はわからない。

仕事をするかぎりは、いっさい手抜きをせず、仕事とはかくあるべきだというものを為さなければならない。
それは報酬とは無関係なのだ。いかに少ない報酬であろうとも、それが自分の仕事であるかぎり、決して手を抜いてはならない。仕事とはそうであらねばならない……。


こんな仕事の教訓めいた小ネタもあって、読売新聞読者層には受けそうでもあるな。

「機転が利く利かんちゅうのは、生まれつきのもんやな。訓練して身につくもんやないっちゅうことが、俺にはようわかった」

これは、Morris.の「兎の逆立ち(耳ガ痛イ)語録」に入れとかねば(>_<)。

書物が大切にされない時代になってもう久しい。
自分の知人のなかには、一冊五、六百円の文庫本すら、書店で買わずに古書店で捜したり、図書館で借りる者がいる。そのような人は、自分の予想を超えて多いことを知り、聖司は驚いたものだった。
聖司の持つ図書館の概念は、書店ではみつけることの難しい専門書や全集や、いまや絶版となった名著を市民が読めるようにするところであり、好きな本を自由に手にできない青少年たちに優れた書物と出逢えるようにするところ、なのである。


これも、Morris.には、ちょっときつい発言である。この図書館観がそのまま宮本の本心かどうかははっきりしないが、作家としては「タダ読みはやめて」という気になるのも理解できなくもないけどね。もちろん、Morris.の図書館観とは、かなり違っている。

ふいに聖司の脳裡に「ぼくは、雨あがりの、薄曇りの空の下の、濡れた鉄橋のように生きている」という詩の一節が浮かんだ。誰の詩なのか知らないまま、いつのころからか、聖司はその一節が好きになっていたのだ。

これはネットで中原中也の最初の詩集「山羊の歌」の最後の作品「いのちの声」からの引用ということはすぐ突き止められた。以前ならこれ調べるのは大変な労 力を要したことと思われる。見つけきれない可能性が高かったかもね。引用と原文はちょっと違ってたので、一節だけ引用しておく。

僕はもうバッハにもモツアルトにも倦果てた。
あの幸福な、お調子者のヂャズにもすつかり倦果てた。
僕は雨上りの曇った空の下の鉄鏡のやうに生きてゐる。
僕に押寄せてゐるものは、何時でもそれは寂寞だ。(中原中也 「いのちの声」)


新聞小説の常として、一回ごとの山場と興味を次回につなぐ構成にするためのわざとらしさも目立つのだが、娯楽として読む側からすれば退屈しなくていいから 好都合かもしれない。Morris.はこれまで宮本作品はあまり相性がよくないと思ってたが、こういったライトな傾向の作品は楽しめることがわかったの で、しばらく読み続けてみよう。当然、図書館利用ということになるから、宮本からすれば不肖の読者ということになるんだけどね。
2014122
【メディア・リテラシーの現在】 池田理知子 編著
★★★ 2013/05/30 ナカニシヤ出版。
3.11を契機として、メディアと公害/環境問題を根本的に見なおそうという、問題意識を提起するためのテキストといった感じの一冊。
章によって書き手が違うので、ばらつきがあるし、横組みというのは何となく読むのに疲れる。(考えてみれば、この日記だって横組みだけど)

「原発震災」でより明らかになったように、「公害」は、加害/被害の関係--もち ろんこの関係も複雑であるということはいうまでもない--をあいまいにしかねない「環境問題」という言葉で代替する事はできない。いつのまにか「公害」が 死語になり、「環境問題」という言葉に置き換わってしまった現状を解明するのもこの本のなすべきことであり、改めて「公害」の意味を問い直す必要性があ る……(まえがき)

そういえば、たしかに、この頃「公害」という言葉を耳にすることが少なくなった。水俣病やイタイイタイ病、四日市ぜんそくなどの時代は公害追放キャペーン などという言葉がよく聞かれた。しかし、福島第一原発の事故が公害の最たるものであることは間違いない。「公害」を死語にしてはなるまい。

「公害から環境問題へ」というスローガンの背後には、負の側面があることを押さえておく必要がある。また、こうした流れを新自由主義という枠組みのなかにおいて考えることが必要であり、これまでメディアがその問題を積極的に追求してきたかというと疑問である。

「新自由主義」イヤな言葉である。

「島国で広域的な汚染を感ずる機会が少ないことから、身のまわりの公害と地球環境 の悪化が別々のこととして受け取られていること」(宇井純)ともそれは関連しているに違いない。つまり「公害=ローカル/環境問題=グローバル」といった 二分法からいまだに脱却できていないことが、ここに示されている

うーーん、ローカルな環境問題も、グローバルな公害もあるのではなかろうか?

福島第一原発事故後、「風評被害」という言葉がひとり歩きをしている。「風評被 害」にまけないよう、福島県産の農畜産物を買って被災地を支援しようという動きが広まっている。しかし、そうした動きを後押しするようなメディア報道に乗 せられてしまっていいのだろうか。むしろ私たちがやらなければならないのは、何が「風評」で、何が「実害」なのかを見極めることではないだろうか。(第1 章 公害/環境問題とメディアの接点)

こういった、まっとうな意見を言い出しにくくさせているメディア報道。たしかにあったな。

皮肉な見方をすれば、過剰とも思えた津波の報道は、東電や政府が好んで用いた「想定外の津波による電源喪失が引き起こした事故」という説明を結果的に補足するものだったともいえるだろう。

これにも同感。でも、リアルタイムでは、なかなか感応できないことだった。

メディアが、非日常的な出来事を私たちの生活空間の「外部」に押しやることで、「日常」を確認し、修復する「装置」として機能する。
すでにカッコのものとして語られ始めている東日本大震災ののイメージ、それは、地震や津波による甚大な被害を乗り越えて、今の私たちがいる、という感覚を 植え付けることにつながる。そして、それは同時に、現在進行形のっ問題、今も汚染物質を廃棄し続けている原発の状況も背景に押しる働きをしている。メディ アはまた、すぐれて忘却の装置でもある。
逆説的だが、メディアは、その沈黙故にかえって饒舌に何かを語ることがある。(第2章 メディア・リテラシー再考)

おしまいのフレーズが効いてるね。現今のNHKニュースなんか、大事なことを見事にスルーしてる。

作られることのなかった沖縄の原子力発電所が示すのは、実体としての原子力発電所 の存否を超えて、メディアのなかに浮上する「原子力」が単なるエネルギー源の名称にとどまらず、それによって喚起される欲望、そしてその欲望が達成される ことへの「期待」と、達成されなくなることへの「不安」をつくり出すことで、私たちの思考を呪縛することだったといってもいいだろう。そしてそれは福島原 発の過酷事故を経験した今も私たちを呪縛し続けているのかもしれない。(第6章 メディアとしての原子力/メディアのなかの原子力)

沖縄に米軍のための原発作る動きがあり、結局できなかったが、その推進力が沖縄の現状維持に貢献(^_^;)したことなどは、ちょっと意表を突かれた。

日本の公害問題を考えるうえで欠かせない視点の一つが、エネルギー政策との関連で ある。国が推し進めてきた近代化政策によって、次々と「負の遺産」がもたらされたのだが、その中の一つに、長崎県の端島(軍艦島)にある三菱の炭鉱で就労 していた中国・朝鮮人労働者の強制連行とその被曝問題がある。しかし、2009年の上陸解禁以来、6万人もの観光客が訪れる観光地となったこの島に、そう した負の部分があることを知る人はそれほど多くはない。
彼らのなかには、長崎市で被曝したものもいる。羽島から長崎市にある造船所に地黄になって被爆した者や、原爆が落とされて数日後に長崎市内での清掃作業を命じられたたために入市被曝した者である。
端島に行く唯一の手段である「軍艦島ツアー」では、中国・朝鮮人労働者たちの実態には一切触れないのだという。(コラム「軍艦島/漢国島と世界遺産」)

このコラムは興味深かった。軍艦島、機会があれば一度行きたいと思ってたが、こんなツアーではしょうがないね。
2014121
【繚乱】黒川博行
★★★ 2012/11/20 毎日新聞社。初出「サンデー毎日」2009-2012
元マル暴刑事の堀内信也都)伊達誠一のコンビが、競売屋の調査員という仮の姿で、大阪を舞台に立ちまわるピカレスクロマンといったところ。もちろん、ひた すらエンターテインメントとして読み、充分楽しませもらえた。本筋より、警察とパチンコ業界との関係、警察組織の天下り構造のなどが、わかりやすくしょう かいしてあり興味深かった。

財団法人・保安電子通信技術協会--。パチンコ機、パチスロ機の試験と検査を行う全国唯一の指定検査機関で、東京に本部があり、会長には代々、警察庁長官や警視総監が就いている。職員の3分の1は警察出身者だと、堀内は聞いたことがある。

「堀やん、パチンコのプリペイドカードいうのは、そもそもどういうもんなんや」
「20年ほど前、三菱商事と住友商事とNTTデータ通信が東京と大阪に設立したカード会社が最初やろ。二社の初代会長は元警察庁刑事局長と元関東管区警察局長やなかったかな」
「それはなんや、警察官僚の天下り会社かい」
「CR機や。警察庁は保通協をとおしてプリペイドカード対応のCR機を認可する一方、そのほかのパチンコ台はなんだかんだと因縁をつけて認可せんかった。ホールオーナーはしかたなしにCR機を導入して、警察利権はめちゃくちゃ肥大した」


もともとパチンコ屋は儲かるようにできてるわけで、そこに警察がピンハネに入ったということだろう。結局客の財布がどんどん軽くなるだけだろうに、何でこ んなに世間に蔓延してるのか、Morris.には理解できないところである。ギャンブルというものが、そういうものなんだろうけどね。

伊達が警務課云々を口にしたのは公然たる天下り斡旋マニュアルが存在するからだ。その規定は府警の警察官ならみんな知っている--。
大阪府警では警部以上の勧奨退職者に対して警務課が再就職を斡旋する。警部は年収600万円以上、警視は年収800万円以上を基準とし、その天下り先は金 融、ゼネコン、流通などの一部上場企業や警察の外郭団体、または府、市の関連企業、第三セクターが主となっている。
天下りの目的は--、府警側としては、上級幹部に勇退させて後進に役職を与え、組織の活性化を図る。地位と立場、収入を確保できる職場に幹部を送り込み、 警察力の強化と情報収集を図る。また企業側としては、元警察幹部の現職時代の地位、階級を利用として府警とのパイプ役とさせる。右翼、総会屋対策、労働問 題、人物調査等に利用する。元警察幹部の紹介で現役警察官を無料のガードマンとして使用できる。警察官は上命下従が徹底しているため、かつての上司の命令 にも盲従する習性があり、企業側はOB個人の実務能力にではなく、府警に対する影響力に高額の給与と立場(総務部長、渉外部長、専務理事など)を与えるの である。
また、警部補以下の勧奨退職者は総務部厚生課職員相談室が担当し、その再就職先は現場労働が主で、収入は上級幹部の半分ほどになるが、刑事、警備経験者は優遇される--。


「天下り斡旋マニュアル」(@_@) 薄々はそうぞうしてたけど、こうやってきっちり紹介されると鼻白むしかない。

署の幹部が異動したときの餞別はもちろんのこと、武道始めや歓送迎会、コルフコン ペやボウリング大会といったレクリエーションにも、営業担当は呼びつけられてビール券や商品を差し入れていた。そこまで金をたかられても、葬儀を一回すれ ば百万、二百万の売上にはなる。葬儀社の利益率は6割から7割だとみられているから、少々の差し入れなど痛くも痒くもない。つまるところ、葬儀は警察の利 権であり、警察署は葬儀社にとっての利権なのだ。警察は葬儀社を介在させて事故や事件を食い物にしているといっても過言ではない--。

これって、原子力村の構造に類似している。つまりは、日本の権力の癒着構造というのは、金太郎飴みたいなものかもしれない。
2014120
【イチエフ・クライシス】「世界」臨時増刊号
★★★★ 2014/01/01 岩波書店。
雑誌「世界」は名前こそお馴染みだが、ほとんど目を通すことはなかった。この増刊号も、中央図書館の雑誌の棚で偶然目にしたのだが、いやあ、これはリアル タイムで読むべき一冊だった。三部に分かれてざっと25本ほどの記事が掲載されているが、まずは表紙裏の主旨宣言。

「状況は、コントロールされている」
2013年9月7日、安倍晋三首相はブエノスアイレスにおけるオリンピック招致最終プレゼンテーションで、世界中に向けて公言した。
しかし、にわかに浮上した汚染水問題は、現時点が、イチエフの「廃炉に向けての第一歩」などではなく、原発事故と必死で闘っている状況であることをあらわ にした。原発事故は収束していない光線量の現場では、作業員の方々が懸命の収束作業を続けている。4号機からの燃料棒取り出し作業が始まったが、安全に遂 行できるのか、世界中が一挙手一投足をかたずを呑んで見守っている。
3.11から3年近くが経つが、いまだ原発事故被災者15万人が福島県内外で避難民となっている。避難所から仮設住宅、災害復興住宅へと度重なる引っ越し を余儀なくされ、「原発関連死」も跡を絶たない。明日に希望の三枝ない日々。精神的苦痛は増し、PTSDを患う人も増えている。
そのようななか、なしくずしの再稼働と原発輸出に突き進むことなど、あってはならないはすだ。11月11日に安部首相は、事故対策は「国がしっかりと前面 に出る」と、東電任せにしてきた対応を転換する方針を示したが、これは「国費を投入して東電を守る」という高らかな表明でもある。「モンスターシステム」 (電気料金という無限に生み出されるカネを基にした集金・集票・メディア操作システム)はゆるがず、「原子力ムラ」はしたたかに生き残りを図っている。
いまこそ、真の事故収束と人々の復興、原子力政策の転換に向け、知恵を集めるべき時だ。(表紙裏のメッセージ)


安部首相のあの国際舞台での大嘘への異議申立てから、脱原発に逆行する政府の姿勢への憤りが窺える。原子力ムラを「モンスターシステム」と名づけたのは、本書にも登場する若杉烈だが、言い得て妙である。

言葉の上で、「福島原発事故から学んで、世界最高レベルの安全性を確保する」「安 全が確認された原発は稼働する」としているが、実態はヨーロッパと比較しても過酷事故対策ははなはだ不十分で、再稼働とか原発の輸出を口にすること自体が 「原発の安全神話の再構築」である。同時に、東京電力はもとより各電力会社とも、原発を運転する技術力と管理能力があるかどうか疑わしい。(「安全に核燃 料を取り出していくために」後藤政志)

「安全」という言葉を、もう一度再確認する必要があるね。

あんぜん[安全]安ラカニシテ全キコト。少シモ障リノ無キコト。(大言海)

東電や政府の対策は、地下水の流入が根本問題であるように説明しているが、これは嘘である。地下水は、問題の困難性を増幅させる副次的要素にすぎない。本質は、溶け落ちたと言われる燃料デブリの存在状態、それに即した冷却作業の実態に関わることである。
問題の根源は、1~3号機を中心に、いまだに膨大な量の熱を発している溶融燃料の塊が、その存在状態も不明のまま、三つの原子炉内に現存していること自体 にある。これらは数十年以上にわたって崩壊熱を出し続ける。その間冷却をつづけなければならない。その限りにおいて、同時に高濃度の汚染水が生成される。 このことは、誰にも変えることはできない。(「天然の恵みの場・世界三大漁場はいかに汚染されたか」湯浅一郎)


事故の本質から目をそらせることにばかり汲々とする原子力ムラに事故処理を任せること自体、国家的犯罪ではないかと思ってしまう。

産業規模が大きくなるとともに、各機能が分業化され、作業者の意識の外部化と分団 が行なわれているからである。一人の労働者あるいは技術者の立場からすると、自分の持ち場以外の機能が他人事になってしまい、一貫した PDCA(Plan-Do-Check-Act)サイクルが保持できなくなっている。その上に、被曝労働現場では滞在期間を制限されて、作業分担範囲が細 切れに分断されてしまう。それは作業者に統合的な達成感や充実感をもたらすことができず、奴隷労働と同じ精神状態に追い込む。このことは、現場作業員も技 術管理や開発・工夫を目指す技術者にもあてはまる。さらに経営問題が絡んで、指示の発信者が東電本社組織や政府といった遠隔の組織になってしまうと、計画 から実行、チェック、修正といった、PDCAサイクルが機能せず、作業プロセス全体を統合的に視野に収めている人がどこにもいないという結果になる。
こういう環境であれば、技術を有していてよそで重宝される技能労働者は原発に来なくなり、若く経験の浅い労働者などが一本釣りでかき集められる結果になる のも頷ける。だからこそ多層下請構造になり、最終的にリスクは個人負担になるのであろう。(「被曝現場の労働疎外」筒井哲郎)


現場作業員の問題は、これまでほとんど取り上げられずに来たが、事故後の復旧作業が、それまでより過酷、危険になることは言うまでもない。自主的に働こう という人材(特に技術者)は払底し、ますます多重下請けが幅をきかすことになるだろう。廃炉の道がこうした現場労働者の被曝なしにはありえないことを思う 時、やはり原発という存在そのものに疑問を覚えずにいられない。

責任を明らかにするということは、再び同じような事故がどこかで起きることを防ぐ ためにも必要なのです。このまま誰も事故の責任を取らずに進んでいいくようであれば、この国はまた同じような過ちを犯してしまうでしょう。少数の人間の警 鐘は無視し、あるいは弾圧してしまい、コストを優先して「安全神話」を作り上げて対策を甘くし、実際に事故が起きてからは被害を少なく見積もり、被害は拡 大していき、被害者への救済は行わないという状態が繰り返されていく気がしてなりません。
(「原発事故の責任はまだ問われていない」武藤類子)

「責任者出て来ない」状況は、未だに継続中である(>_<)

福島では「除染ナショナリズム」とでも呼ぶべき現象が生じている。まず「除染あり き」との主張が力を持ち、避難を希望する人々が周縁化され、排除されようとしているのだ。その背景にあるのは利権化しつつある除染ビジネスへの期待、そし て汚染された郷土を回復し、住民の帰還を果たしたいという「地域ナショナリズム」である。
現状では、除染プロジェクトは自公政権による公共事業拡大化路線の一翼を担わされ、事業費をふくらませる土木工事まがいのものに成り下がってしまった。ガ ンマカメラで汚染エリアを可視化することもなく、やみくもに土を剥ぎ取り、樹木を伐採するだけの単純で、非効率な一律除染がはびこっている。
一刻も早く事業を進め、被災住民の帰還を実現させようという国と東電のあり方がそうしたアリバイ証明的な除染のさらなる横行を後押ししている。その背景に あるのは、事態の早期収拾を図り、原発事故の責任を矮小化したいという国や東電の願望である。(「ルポ 汚染迷走」姜誠)


火事場泥棒的な除染作業の公共事業化。公害問題でも、国や企業は、隠蔽、責任転嫁を図ってきた。同じ構図が原発関連で起こらないわけはない(^_^;)

筆者は、国費投入には二つの前提が不可欠だと考えている。第一の前提は、事実上経 営破綻している東電の法的整理を行うことである。すなわち、減資と債権カットにより株主と債権者に負担を求め、東電の資産をはき出させる事が必要だ。しか しそれでも、事故収束や廃炉、賠償、除染の費用を賄いきれないなら、国費投入は避けられない。その場合、第二の前提として、事故被害に関する国の責任を認 めそれに基づく負担だという点を明確にすべきである。福島の事故について、国が真摯に反省をするならば、拙速な原発再稼働などはできないはずだ。
震災の発生から三度目の冬を迎えた。時間の経過とともに、原発事故の「風化」「忘却」がますます進んでいる。本稿で述べた東電救済の拡大も、その流れのな かにある。しかし、肝心の事故収束は先が見通せず、被害はいまも継続中である。この事実こそが「風化」「忘却」の防波堤となるはずだ。(「東電の賠償負担 免除は許されない」除本理史)


ごもっとも、な意見である。しかし、日本ではごもっともなことがなかなか行なわれない。「風化」「忘却」はできるわけがない、はずなのに……

破綻とは、企業が払うべきものを払えなくなったということです。
東京電力は、早くから、被災者への損害賠償を自力で払うことができないことを自ら認め、政府に支援を求めました。実は、遅くともこの時点で東京電力は破綻 していると認定されるべきでした。しかし実際には、それよりもかなり早い段階で、経産省は、東電を破綻させないという方針を決定しています。逆に言えば、 破綻させないと決まっていたから、東電は、堂々と「自力では支払いできません」と言えたのです。普通の企業が「支払いできません」と言ったら、直ちに取り 付け騒ぎが起きたでしょう。
では、なぜ経産省は「東電を破綻させない」と決めたのでしょうか。
その最大の理由は、経産省の中に破綻企業の再生についての正しい知識と経験を有している幹部がほとんどいなかったことです。そのため経産省幹部はほとんど パニックに陥ってしまい、愚かにも銀行と東電の脅しに乗って、破綻させないと決めてしまったのです。その脅しとは「破綻させたら、電力が止まる」「金融 (社債)市場不安が起きる」というものでした。大企業が破綻するとき必ずその企業と銀行が脅しに使う常套手段です。
もう一つの理由が、経産省と東電、そして銀行をはじめとする金融機関との癒着です。東電には、経産省から歴代の資源エネルギー庁長官級の幹部が天下りを続 けて来ました。経産省にとっては最重要天下りポストです。銀行や保険会社の天下りポストも、次官級の幹部にとって最高の待遇が約束されたポストです。現に
当時の資源エネルギー庁長官の細野哲弘氏は、退官して一年経たないうちにみずほコーポレート銀行に天下りしています。
破綻処理をしてもしなくても、事故処理にかかる費用は同じです。最後は国民負担が必要となるのも確実です。しかし「被災者のためならしかない」、ほとんど の人がそう思っているでしょう。消費増税には強い反対がありましたが、復興増税には大きな反対はありませんでした。被災者のためだったらしかたないとい う、国民の同情心、公共心の現れです。安倍政権は、その善意を利用して、「国が前面に出る」と言いました、しかし、今のままでは、被災者以外の人のために 税金が使われてしまいます。
いま私たちは、政府に対して、2つのことを求めなければなりません。
第一に、国費を投入するなら、それを最小化することです。
第二に、「責任と負担の原則」を明らかにすることです。破綻処理の際の負担の順位は
①破綻企業自身(東電) ②株主 ③債権者 ④電力需要家 ⑤一般国民
の順にするべきです。
東電の破綻処理はどうすれば実現するのでしょうか。原子力ムラと銀行は自民党を支配し、経産省も天下りなどを通じてこれらと癒着しています。政権がやる気 が無いのだから、あとは、国民世論で政権を動かすしかありません。マスコミの情報提供がきわめて重要になってきます。
さらに、電力会社や銀行と癒着した経産省が電力事業を所管していることが、諸悪の根源になっています。原子力安全行政と同様、電力規制の権限を経産省から奪い、独立の三条委員会または、公正取引委員会の所管とすべきです。
東電の破綻問題は他の電力会社にとっても重要です。今後、使えなくなる原発の廃炉コストが大きな負担になりますが、それを経産省は、前述の通りインチキな 会計処理で電力料金に上乗せしようとしています。しかし、東電が破綻して、銀行の債権カットができることを国民が知れば、東電以外の電力会社に対しても、 電力料金に上乗せする前にまず破綻処理しろという声が出るのは必至です。それで他者も東電の破綻処理には反対するようになったのです。安倍政権は、こうし た電力会社の意向にも十分に応えようとしているのです。
「国が前面に出ます」「私が最終責任者です」「汚染水の影響は完全にブロックされています」と、「正義の味方」「国民の守護神」を気取って大見得を切って います。(これらの)安倍政権の言葉は極めつけの「詐術」だということに私たち国民は気づかなければなりません。黙っていては、事態はますます既得権者の 都合のよい方向に向かって進んでしまいます。「責任を取るべき者に負担を」「国民負担は最小限に」と私たち国民は、もっと大きな声を上げなければなりませ ん。(「東電は破綻処理をしなくてはならない」古賀茂明)


本書の中でも、古賀茂明の意見は、白眉といえる。一番わかり易かったし、共感できるところも多かった。論旨明解にして、やるべきことをはっきり主張している。国民が「大きな声」を出す絶好の機会が、間近に迫っている。このチャンスを無駄にしてはならない。

あの事故は、津波事故でもなければ電源喪失事故でもありません。津波は背景となる条件で、電源喪失は引き金にすぎません。むしろその本質は、「冷却材の喪失事故」だということです。
原発の安全性は、「止める」「冷やす」「閉じ込める」ことで成り立っています。しかし、福島事故の際には、「止める」ことには成功しましたが、「冷やす」 ことに失敗して自動的に「閉じ込める」ことにも失敗し、放射性物質を大量に飛散させて大惨事を引き起こしてしまいました。それこそが福島の事故の教訓で す。ですから、事故の原因を津波や電源喪失に帰することは、問題の矮小化であり、防潮堤やバッテリーの二重化だけでは不十分だと言わざるをえません。
日本の規制委員会のメンバーには、住民の立場を代弁する人が一人も入っていません。いざというときに避難誘導するための自治体行政に明るい人も入っていま せん。私は規制委員会の人事が失敗であると繰り返し述べてきましたが、ほとんど報道すらしてもらえないというジレンマがあります。機械や設備がいくら優秀 でも、判断をする人が間違いを犯した場合には、事故は起きるのです。
作業員の方々は、五次、六次など多重下請け構造でピンはねされ、報酬はきわめて少ない。また防護服を着ての作業は、夏は暑く冬は寒い、まさに地獄です。作 業員の過酷な労働環境を放置して顧みない企業に原発を安全に運転できるとは思えません。劣悪な労働条件で働かせつつ、命を危険にさらして業務にあたれと命 じても、安全なサイトの管理がなされるとは到底思えないからです。
隠蔽体質を改め、反省をしなければ同じことを繰り返すでしょう。その象徴が東電によるメルトダウンの隠蔽です。3月11日の夕方の段階で、かなり正確な進 展予測が行なわれていました。12日未明には、燃料棒の中にしかない放射性物質を建屋外で検出していましたので、メルトダウンしていることは専門家ならば わかっていたはずです。……にもかかわらず、東電は5月15日まで隠し続けました。組織的に誰がどう指示した結果、メルトダウンの事実が隠蔽されつづけた のかを明らかにしなければ、また都合の悪いことを隠すでしょう。反省の証として、まずは明らかにしてほしいということです。(「ご都合主義の規制基準では 原発立地住民の信頼はえられません」泉田裕彦・新潟県知事 インタビュー)

元福島県知事佐藤栄佐久の本を読んで、その意気に感じたものだが、現職の新潟県知事もそれに勝るとも劣らない。川内原発の再稼働を積極的に進める鹿児島県知事に二人の爪の垢でも煎じて飲ませたいものである。
事故の本質把握といい、規制委員会の人選への疑義といい、現場労働者の過酷な現状認識といい、東電と国の隠蔽体質への憤りといい、原発立地県の長としてこういった視点は常識の裡だろうが、それのかけらすらない首長が多すぎる。

日本の電気料金は独占企業である代わりに国の規制を受けていますが、その内容は総 括原価方式といって、事業にかかる経費に一定の報酬率を乗じた額を消費者から自動的に回収できる仕組みになっています。競争がないのでその発注経費を相場 の二割高に設定し、ここから5%を電力会社自身が主導する業界団体に預託させるといったことも可能です。この潤沢なカネを使って政治献金し、メディアを操 作していく。大勢の政治家がこの集金システムをあてにして動くわけで、電力会社はいわば国の政策に拒否権を持つようになったのです。
当時総理補佐官だったある人は、再稼働の圧力も原発推進の圧力も同時にかかってる中で、本当に大事なのは脱原発だと、最終的にこれをとるのが精一杯だし、 そのためにみんなで一致しなくちゃいけないのに、仲間割れしてどうするんだよという気持だったと言ってました。即ゼロにこだわる人たちからすれば、山本太 郎しか支持できる候補はいないということかもしれませんが、結果として脱原発の中でも再稼働容認と即ゼロとで仲間割れを起こしたことが安倍政権を生んだと いう現実を、もっと反省すべきだとは思いますね。(「利権のモンスター・システムが日本を蝕む」若杉冽 『原発ホワイトアウト』著者に聞く)


若杉は現役の官僚で匿名で「原発ホワイトアウト」というフィクションを書いた。「原子力ムラ=モンスターシステム」というのは実に当を射ている。前回参院選時の「反・脱 仲間割れ」批判は、理屈ではわかるのだけど、ちょっと異論もある。

地震などの大きなリスクと現地住民の反対などの矛盾を抱えながらも、両国の国策と して強力に支えられながら進められる日本の原発輸出。国内で未曾有の事故を起こした日本が、なぜ海外に「わが国の原発は安全です」と原発を輸出できるの か。そこには、「原子力ムラ」を特別に保護する法律の存在があった。
1961年に成立した原賠法(原子力損害の賠償に関する法律)は損害賠償の内容を定めている被害者保護の法律のように思えるが、この原賠法が守ろうとしているのは被害者ではなく、むしろ原子力産業だ。
現に、2011年3月に起きた東電福島第一原子力発電所事故後も依然として、原子力産業は利益を上げ、代償を払っているのは私達市民だ。被害者が公正かつ 迅速な代償を受けていない一方で、原子力産業は事故の責任を回避し続けている。(「なぜ原子炉メーカーの責任が問われなければならないか」佐藤潤一・鈴木 かずえ)

筆者二人はグリーンピース関係者。「原賠法」は「電源三法」以上に強大な力を発揮する天下の悪法のようだな。

本間 1990年代初頭のことですが、原発をめぐる原子力資料情報室の高木仁三郎さんの理路整然とした話に、原子力ムラの連中なんか全く太刀打ちできなかったの です。なのにその後20年間どんどん原発は建ち、もんじゅも一兆円以上注ぎ込んで1回も動いていないようなものが結局は建ってしまった。一応戦後の日本は 独裁政権ではなかったわけで、だったら洗脳を果たせる力を持っていたのは一体誰なのか。望んでやっていたとは思わないけれども、結局は広告がその役割を果 たしてしまったのではないでしょうか。
本間 秘密保護法の秘密指定の範囲には、原発の情報も当然入ります。原発に文句言うやつはしょっ引かれるという可能性もある。
マエキタ パンドラの箱は開いてしまった。ドイツは、敗戦の経緯をきちんと検証して民主主義を積み上げ、自分たちの主権を取り戻した。一方、日本ではしだいに主体や 主権が希薄になっていって、自分たちの意思、国民の意思ではない法律が知らないうちにできていく。原発もその一つで、国民が望んでいたというよりは、横を 向いて気がつかないうちにできてしまった。国民には見えないような空白をつくり、54基も原発を建ててきた。活断層も地下水も、そこに人が目を向けようと すると慌てて煙幕を張る。それが原発広告や安全神話でした。
本間 これ(原子力PA方策の考え方 1991)がPR的には非常によくできているのです。国民には「繰り返し広報が必要」「電力消費量のピーク時は必要性広報の絶好機」、メディアには「原子 力に好意的な文化人を常に抱える」「テレビディレクターに知恵を注入」「単発ドラマを政策・放映」などまた、常に「エネルギーの3分の1は原子力」を必ず 入れること、いやでも頭に残っていく、と言っています。
この指針に基づいて、とにかく根切りもほとんどなかったと聞いていますから、代理店やメディアにとっても神様のようなクライアントなんですよ。そして、こ の根幹にあるのは「停電は困るが、原子力はいやだ、という虫のいいことをいっているのが、大衆である」という姿勢です。
本間 いまだに今回の事故の恐怖がわかっていない国民が半数ぐらいはいるのではないでしょうか。物がぶち壊れてグチャグチャになれば誰が見たってわかりますが、 原発の場合、確かに福島第一原発は破壊されたけれど、避難している人たちは生きているので、深刻度の度合いにおいて恐怖が伝わり切っていない感じはしま す。そこをうまく利用されているのではないか。
マエキタ 私は政治が壊れていると思いました。民意の反映という、当然あるはずのもの、あるとおもわれていたもおのが接続されていない。だから投票率も低いし、原発 はいやなのに経済と倫理がごっちゃになっています。本来、政治とは倫理のことなんですよ。経済のことは経済がやればいいので、政治は経済では解決できない 問題を解決しなければならない。なのに、経済のために政治があるという本末転倒が起きている。(いまなお懲りない原発プロパガンダ」本間龍・マエキタミヤ コ)

元博報堂と電通社員で、高木仁三郎の原子力資料情報室にも関わりのあった二人の対話。
原発プロパガンダについては、早川タダノリの「原発ユートピア」などでおなじみだが、福島原発事故の後も、敵は「生き残り」を賭けて、より巧妙なプロパガンダを展開しようとしている。油断召めさるな。
244pの雑誌を読み通すのに、ずいぶん時間を要した。引用もいつも以上に多いけど、これは記事の数が多いのだからしかたがない。ここ数年、文庫や新書の 質の低下などを理由に、さんざん岩波の悪口を書いてきた気がするが、この特集雑誌は貴重な一冊である。読んではいないが(^_^;)「世界」という雑誌を 続けていることも合わせて、やはりさすが岩波の感を新たにした。これからは偏見を改めることにする。これまでのこと、すまんm(__)m
2014119
【戦争はなぜ起こるか】A・J・P・テイラー 古藤晃訳 ★★☆
1982/0815 新評論。HOW WARS BEGIN 1977 A.J.P.Taylor
伊坂幸太郎の「PK」の参考文献に名前があったので、中央図書館三階で書庫から出してもらったのだが、どうもわかりにくい本だった。1977年にBBCテ レビで放映された連続歴史講座を書物化したものを、訳出したものだが、この訳がかなりひどいのではないかと思われる。「冷戦」をテーマにした章の一節。

アメリカの軍事戦略家たちは1920年代半ばに何を発見したのだろうか。それは「赤」の国が--実際には大英帝国のことだったのだが--全アメリカ産業に打撃を与えるべく、八百万人からなる軍隊で「白」い国、つまり、合州国に侵入すべく準備を進めているというのであった。
マルクス主義はもともと大英博物館で生み出されたものであるにもかかわらず、マルクス主義は完璧なまでに首尾一貫した経済理論体系であるが、今や悪い意味 で使われている。そして、マルクス主義はもともと大英博物館で生み出されたものであるにもかかわらず、マルクス主義者ならばイギリス人にあらず、といった ように思われている。マルクス主義ほど完全にイギリス人にあらず、といいたように思われている。マルクス主義ほど完全にイギリス的な理論体系はないのであ るが、昨今人びとはこうは考えない。


ね、かなりひどいでしょ。主旨は面白うそうなんだけどね。

全般的に見て、「偉人」を一人も生み出さなかったという意味において、我われは戦 後かなりうまくやってきたと言えるであろう。「偉人」は戦時には目ざましい活躍をするしか欠かせない存在なのかもしれない。しかし彼らは、平時にあっては 危険きわまりない存在でしかない。たとえば、ナポレオンしかり、「偉人」たちは戦争を製造してきたのである。今のところ世界には平凡な二流政治家しかいな いようだから、世界征服をもくろんだりはすまい。

ここにある「偉人」というのは「英雄」とすべきではなかろうか。


2014118
【レイジ】誉田哲也
★★★
2011/07/15 文藝春秋 。

若者のバンドを中心にしたものらしかったので、時間つぶしに読んだのだが、それなりだった(^_^;)
Morris.はこの著者の「国境事変」という作品を偏愛してて、それ以来期待して読んだのだが、ずっと裏切られっぱなしである(>_<)
本書もそうだった。うーーん、困ったもんである。でも時間つぶしにはなったな。

ラップだ。俺はあれが大嫌いだった。曲の前半はリズムに乗せて喋っているだけで、 後半に一つだけメロディを入れて誤魔化す手抜き。メロディが書けない人間が作るダラけた音楽。俺には、そんなふうにしか聴こえなかった。ラップとあの手の ダンスミュージックは極めて親和性が高い。

このラップに対する、罵倒にちかい主人公の言説には何となく親近感を覚えた(^_^;)

2014117
【夜の国のクーパー】伊坂幸太郎
★★★ 2012/05/30 東京創元社。
著者の10冊目の書きおろし長編小説。発刊時期からして、やはり3・11の影響の下に書かれたもののようだ。
「鉄国」に戦争で負けて支配下におかれた「夜の国」に住む猫が物語の語り手。

ようするに、社長や与党、為政者、<中心の鼠>の考えが変われば、組織の方針はすぐに変わる。そういうことなのだろう。
猫の場合はその逆で、統率者がいないがために、暮らしの大逆転が図りにくい。

猫たちと鼠たちの種としての生き方の違いを、人間の組織に喩えたのだろう。

「何か問題があったんですか」
「毒があるんだ」
「毒が?」医医雄が眉をひそめた。
「鉱石からなのか、洞窟のどこかからなのか、その両方なのか、とにかく有害な毒が、洞窟内にはな、浮遊していたんだ。鉱石を削った屑が舞うからなのかもし れない。作業をしている人間はたいがい、体調を崩すことが多かった。一年も作業をしていれば、足腰は立たなくなって、咳も止まらなくなる。見る見る弱って いく。掘っているうちに、有毒の粉塵が徐々に充満した可能性ももある。年が経つにつれて、倒れていく人間が増えた」


鉄国の鉱山の描写だが、これは原発のパロディだろう。
クーパーという、見えない兵士が、ある種の隠喩として使われているのだが、現実世界からやってきた日本人が、猫によってガリバーのように地面に縛られてし まい、それが、最後にはそのパロディとして巨人(虚人?)を演じることになるのだが、何か重苦しさを感じてしまった。
2014116
【バイバイ、ブラックバード】伊坂幸太郎
★★★☆☆  2010/07/04 双葉社。
五股かけて女性と付き合ってた星野一彦は、ある事情で<あのバス>に乗ることになり、この世界から何処かへ連れて行かれる前に5人の恋人に別 れを告げる物語である。監視人として超巨大女性繭美が付き添い、星野と漫才風なやりとりしながら物語を動かしていく。星野は幼い時に母を失った、ノンシャ ランなくせに真摯で、繊細なのにナイーブという不思議なキャラクタで、それぞれヴァラエティに富んだ5人の恋人との馴れ初めと別れ方のプロットにうまく嵌 めこんでいく手管は相変わらずなかなかのものである。
Morris.は、就中、ところどころに挟まれてる、雑学的ネタを楽しんだ。

マンションの敷地の周囲には塀があり、中に入るためには扉を開けなくてはならな い。つまり、暗証番号を入力するか、もしくは訪問先の住人を呼び出し、室内から開錠してもらう必要があるのだ。そして敷地に入り、建物のエントランスに入 ろうとすれば、そこでも暗証番号もしくは住人の呼び出しが不可欠だという。念入りすぎる。単に手間が増えているだけだ。
「で、もちろんん、自分の部屋の玄関ドアにも鍵がかかってる。こんなに面倒臭いマンション、住みたくねえよ。警備会社と契約していて、ガラスが割れたり、警報ボタンが押されると、警備員がすっ飛んでくるらしいけどな、それだって、鬱陶しいだけだ」


セキュリティの厳しいマンションが増えてる、というか、Morris.の仕事の現場となるマンションはほとんどが、オートロックになっている。セコムを始 めとする警備会社が一般民家にまで入り込んできたのはいつからだろうか?あれはお金を出して自分を監視してもらうシステムではなかろうか。
犯罪が無ければこういった会社は成り立たない。そういった意味では警備会社は犯罪者に対して恩義を感じてしかるべきではなかろうか。これはコンピュータウ イルスの対策ソフトメーカーと、ウイルスを作る側との関係に同じだろう。いや、保険会社だってそうだし、国家間の安全保障にもつながるものかもしれない。 これはこれで鬱陶しい事象ぢゃ。

「全国で耳鼻科の先生って何人くらいいるんだろう」
神田那美子はそこで、彼女が得意とするところの計算をやった。
「一万人くらい、かな」
「え、知ってるんですか」
「計算してみたの」
「フェルミ推定って聞いたことがあります? 結構、有名だけど」神田那美子はどうしてここでこんな話をしているのか、と不思議でならなかった。「宇宙までの距離とか、髪の毛をぜんぶ足した長さとか、 そういう到底、計れないようなものを、概算で推定していくやり方なんです。


名前は知らなかったが、この思考法のことは前に聞いたことがあるような気がする。暗算苦手のMorris.には、これはちょっと無理っぽい。ついでにネットで調べたら現今の日本の耳鼻科医はざっと9千人弱らしい。

自分の肉体が解体され、機械の一部となる。意識は、自我はどうなるのか。自我は在 るのか、それとも、完全に消えているのか。消えるとはいったいどんな感覚なのか。消えた、と考える思いもまた、消えるのだ。心細く、恐ろしい。自分の存在 が、ぷちりと巨大な手で潰されることを想像する。痛みではない。潰れる痛みではなく、瞬間的に、「自分」が消え、すなわち、「世界」が終わることが恐ろし いのだ。が、その恐怖もまだ、子供が落書きした、もやもやとした未来図程度でしかないのも事実だった。あの子供の頃に、母親が待てども待てども帰ってこな いことに、孤独の沼に引き摺り込まれるような不安を感じたが、あれよりひどいことはないのではないか、と楽観的に想像してしまう部分もあった。

<あのバス>で連れて行かれる先で、自分が機械の一部になるのかもしれないという空想から導かれた主人公の独白だが、もちろんこれは伊坂流「死生観」である。

「まだ実感が湧かないだろうが。人間ってのはな、死ぬ直前まで、自分が死ぬことなんて受け容れられねえんだよ」と億劫そうに言った。
「君は何でも知ってるんだな。死んでいないのに」と僕は皮肉をぶつけた。


先の繭美の台詞はまるで山田風太郎「人間臨終図巻」のアフォリズムみたいだ。それに対する主人公の皮肉もね(^_^)

この小説は、双葉社の企画「ゆうびん小説」として、書かせていただきました。短編 を一つ書き終えるたびに、50名の方たちに送って読んでもらう、というものです。最近はネットによる電子書籍や携帯小説が話題に上ることが多いのですが、 そういったものへの反発というよりは、「ある日、小説がポストに届いていたら、楽しいにちがいない」という編集者の思いからできあがった企画のようです。 (追記)

そういう企画だったのか。まだ携帯小説なんてあるのかどうか知らないが、50人というのが絶妙だな。10人では少なすぎるし、100人だと多すぎる。以 前、ある小説家が自分の真の読者は50人くらいではないかと言ってたことを思い出した。全く次元の違う話だが、このMorris.部屋の一日の閲覧者は、 だいたい50人から100人の間くらいである。フェルミ推定で概算したわけではないが(^_^;) このくらいがちょうど良いのかもしれない。
2014115
【双頭の船】 池澤夏樹
★★★ 2013/02/25  新潮社。
3・11後に瀬戸内海の小さな船が、被災地の支援に向かう中で、どんどん巨大化していつの間にか一つの町のようになってしまう。もちろん寓話である。それをリアルに描いていくという手法。
Morris.は池澤の作品はあまり読んでない。何となく相性がよくないのだ。
本書も志操というか、鎮魂というか、その気持は分からないでもないのだが、やっぱり何か、しっくりこなかった。

「船長、船を出してください」
「どこへ行くね?」
「もっと南の方。空が壊れて人間が入れなくなったところ」
「ああ。爆発で空が落ちてしまった地域だな。もう誰も立って歩けない」
「あの地域で今もたくさんの牛や山羊や鶏、それから犬や猫がさまよっています。手を貸してやらなければならない」

これは福島第一原発事故地域のことだろうが、寓意にしてもこういう捉え方には疑問を感じた。

「最後の曲になりました。『泣きながら Llorando se fue』という曲です。
この曲を演奏しながらぼくたちはみなさんにお別れします。その前に大事なことがあります。今日ぼくたちの歌を聞いてくださったみなさんの中にはもう向こう 側の世界にいるはずの人がたくさんいる。……で、ぼくが言いたいこと。みんな、ちゃんと向こう側に行きましょう。こっちに気持ちいっぱい残っているのはわ かる。でもやっぱり行かなければならない。そう言いたくて今日ぼくたちはここに来ました。向こう側に言ってもこっちは見えます。声は掛けられなくても気持 は通じる。だから行きましょう」


船に集まった死者たちの霊が彼岸に旅立つときのシーンで最期に歌われる『泣きながら Llorando se fue』という曲。フィクションなのかと思ったが、実際にあるペルーのフォルクローレグループ81年発表曲で、後に別グループがカバーしてこれが「ランバダ」として世界的ヒットになったらしい。久しぶりに聞いて懐かしかった。
2014114
【森を見る力】橘川幸夫
★★★☆
2014/02/01 晶文社。
筆者は「ロッキング・オン」の創刊メンバーの一人である。めったに読まないながらなかなかの雑誌だと思っていた。渋谷陽一なら、著作も何冊か読んでるし、 やはり創刊メンバー松村雄策との対談は楽しませてもらったりと親しみ持ってたのだが、橘川はほとんど無縁だった。現在はデジタルメディア研究所所長という 肩書からして、ネットやメディアに深く関わっているらしい。
何となく政治家風の物言いが気になったが、端々に卓見といってもいい発言もあり、ランダムに引用しておく。

団塊世代は良くも悪くも戦後社会の推進力であり、その影響力があまりに強いので、戦後社会が終わり、次の社会の模索がはじまっていても、いつまでもその存在感が消えないようだ。

橘川は1950年2月生まれだから、Morris.と同学年ということになる。まさに「団塊世代」に属するわけだが、このような捉え方にはちょっと鼻白むところがある。

1990年からはじまった「オープン価格」というのは、メーカーの設定価格と実勢 価格の落差を誤魔化すための方便だったが、このことによって家電メーカーは定価の決定権を完全に失った。ギリギリの卸値で大手家電店に売り、定価をどう扱 うかは、流通側が決めた。もっとも利益が捻出出来る部分を奪われ、メーカーは流通の下請けになってしまった。(豊かな時代の商品販売)

このオープン価格になってから、雑誌や新聞の広告で当時の値段が見えなくなったことを不満に思っていた。これが流通革命のもたらしたものという視線がMorris.には欠けていたようだ。

世論調査をすれば、原発再稼働反対やTPP反対が国民の支持する政策であるにもか かわらず、それとは別のことをやろうとしている自民党が圧倒的に勝利した。なぜか。今回の選挙の争点は、政策ではなく、経営能力だったからだ。民主党が否 定されたのは、国を経営する能力である。どんなきれいごとを言おうと、政権運営能力のない人間を信じる人はいない。(2013年参議院選挙)

政権運営能力云々というより、あの選挙は、どう考えても民主党の「自滅」だった。

戦後日本が長く与党の自民党と野党の社会党とに分かれていたのは、日本人大衆の本 来的な知恵ともいうべきもので、世界構造が、自由主義になるのか社会主義になるのか分からない段階で、一応、自由主義の方に加担はするけれど、万が一冷戦 でソ連が勝利した時の保険として、社会党にも支持を与えていたのだと思う。
アメリカ型世界秩序の中では、政党の大連立にならざるを得ない。すでにどこの政党においても、政策の違いは、本質ではなく手法などの部分的なものでしかなくなっている。(米ソ対立構造の遺産)


これは眉唾だと思う(^_^;)

日本の高度成長は大量生産・大量消費の運動論によって発展してきた。出版業界も同 様で、ひたすらベストセラーを目指し、何が当たるのかが読めない商品なので、あの手この手で発行点数を増やしてきた。その結果、毎日数百点という新刊が生 まれ、書店にはあふれるほどの新刊が送り込まれてくる。
ブックオフには大量生産・大量消費された書籍だけが並べられることになり、一般の読者からすると分かりやすい書店だということになる。(大量生産商品のリサイクル)


基本的にベストセラーは読まない。といのがMorris.のスタンスだった。ブックオフというのも、数回覗いたことはあるが、読みたいものがほとんどなかったような記憶しかない。

古書業界とは骨董品の世界である。大量に製造される書籍の中から、次の世代につな ぐべき意味と価値のある書籍だけを引き取る。現実に迎合した、うたかたのような書籍は引取りを拒否する。いわば古書業界の目利きの能力によって、僕らは、 明治・大正のものであれ、読むに足る本を古書店で購入するうことが出来る。この能力と作業によって、出版業界は古書業界と敵対することなく、共存共栄で出 版文化を支えてきたのである。(古本業界の危機)

昔ながらの古本屋はもう神戸にはほとんど残ってないのではないか。Morris.亭一階の古本屋「ワールドエンズ・ガーデン」も「新しい」古本屋である。サンパルに古書の街なんてのが出来た頃までだな。そして、サンパル最後の古本屋も店じまいしてしまった。

戦後の高度成長のキーワードに「大量生産・大量消費の時代」というのがあるが、正確に言うと「大量生産・大量広告・大量消費・大量破棄」というベクトルになる。こうして、日本の製造業と広告産業は二人三脚で社会を豊かにしてきた。
ところが、商品があふれすぎてモノが売れなくなると、コスト削減の低価格商品が登場し、100円ショップのように、価格そのものが最大のアピール要素にな ると、宣伝が不必要になる。またメディアの多様化により、独占的に宣伝回路を確保していたマスメディアの力が衰えはじめる。(広告とは何か)


100円ショップが広告いらず業態という指摘にはなるほどと思った。

広告産業は、金融と並んで、ある意味、最も資本主義的な業界である。
かつては雑誌の場合、タイアップ記事の場合「広告」というクレジットが片隅に掲載されていたが、最近はないものも多い。雑誌の内部でも編集側の力より広告営業の方の権力が強くなっているのだろう。(現代社会と広告)


新聞が部数増加に熱心なのは、大新聞社としての面子もあるのだろうが、広告効果の大きさを数量化できるからでもある。しかし、今後紙メディアとしての新聞の部数増加は難しいと思われる。

日本の新聞社には、それ自体が権力であると同時に、一部の権力者たちの思うように はさせないという、大衆の側の代理人としての役割を自覚した人たちも多くいた。それがジャーナリズムというものである。しかし、インターネットという、あ らゆる代理人を中抜きして、直説、個人と個人が結びつこうという運動の中では、既存のジャーナリズムも、やがて限界を迎えるのではないか。(80年代以後 のテレビ)

ジャーナリズムが一種の権力主義であったことも事実だろう。いわゆる反骨の精神というのも、ポーズであることが多かったのではなかろうか。本物の反骨なら新聞社の手に余るのでは。

現在、民放テレビは、どのチャンネルを見ても同じタレントや芸人が学生の宴会みた いな会話で騒いでいる。頻繁に登場するタレントやコメンテーターは、300人ほどと言われている。もっと次から次へと新しい人材を登場させたら良いのにと 思うが、其れは出来ない。テレビ業界とは、それ自体が村であり、その村の掟を熟知しているものしか住めない。これは政治家村でも原子力村でも同質の、既得 権益みたいなものである。インターネットとは、そうした利権構造の村を破壊する都市である。慣れ合いの村の中でしか通じない言葉や作法の意味を無化する。
「テレビは人を愚か者にし、インターネットは人をずる賢くする」と書いたことがある。テレビは、自分の判断で考えるより先に放送する側の思惑が綿密に刷り 込まれ、結果として、何も考えなくても満足出来る高揚感を与える。インターネットは、機能を理解すればするほど、人の弱点や死角を巧妙に突いてくる人格を 形成する。(これからのテレビ)


テレビ村、ネット村なんてのがあるわけだ。「もっと次から次へと新しい人材を登用させたら良い」どころか、どんどん駆逐して欲しいと思うのだが、

僕はインターネットの基本コンセプトを簡単に4つに分類している。「中抜き」「つながりっぱなし」「発信者負担」「P2P(Peer to Peer)」である。(アフターインターネットの世界)

池上さんとは何者なのか、と考えていて、ふと思いついたことがある。それは「池上彰とは、まとめサイトである」というフレーズである。
多くの人は、信頼出来るフィルターであり、分かりやすくまとめて解説してくれる池上さんを好きなのだと思う。(池上彰人気の理由)

池上彰=まとめサイトというのは、多分正解なのだろう。そして、今、池上の真似するコメンテーターをあちこちで見かける。その事自体は別に悪いことではない。池上より分かりやすいコメントしてくれる人があらわれるべきかもしれない。
しかし、こういったサイト、いや、コメンテイターにばかり、頼っていると、自分で考えることを放棄することになりかねない。

僕たちひとりひとりが今、持たなければならないのは思想だと思う。僕が言う思想と いうのは、過去の天才の論理的思惟によって描かれた体系的論理(アルゴリズム)を勉強して、自分の精神にコピーアンドペーストすることではない。今、生き ていることの現実を、ほんの少しだけ高い地点から見ることであり、ほんの少しだけ遠い地点から見ることであり、ほんの少しだけ深い地点から見る、その方法 論のことである。社会や歴史全体の流れの中で、現在(いまここ)という自分の立ち位置を認識することである。それは誰にでも持てるものであり、その方法論 を持った人間を「個人」と呼ぶ。(原発を止める、ただひとつの道)

これが橘川の根本「思想」なのだろう。そして、Morris.は「個人」というより「孤人」なのかもしれない。

原発をなくす方法は、ただひとつである。電力を可能な限り必要としない産業を育てることである。

先日読んだ吉岡斉の本に似たようなことが書いてあった。何はともあれ、節電、脱電は急務である。Morris.も脱原子力論者(もどき)だということを表明しておきたい。

東北の復興は、福島の原発の問題を抱えたまま、長い道のりを進まなければならないだろう。僕は道州制には否定的だったが、東北に関していえば、東北州のような独立した行政地域として復興政策を進める必要があると思う。
2011年3月11日をターニングポイントとして日本は変わる。それが、愚かさを上塗りするような復興計画になるのか、これまでの方法論と視点を超える、 新しい社会共同体の目標として共有できるものになるのかが問われている。繰り返し繰り返し、私たちは瓦礫の散乱する現実を凝視しながら、蟻の一穴を掘り続 けて行かなければならない。(原発を止める、ただひとつの道)


結びの「凝視しながら、」の後は、本文では「無垢の未来を見付け出していかなければならない」となっていたが、前節にあった蟻の一穴云々をくっつけさせてもらった。
2014113
【水のかたち 上下】宮本輝
★★★☆
2012/09/30 集英社。
宮本輝が婦人雑誌に連載した一流の通俗小説。東京下町の50歳の主婦が、偶然手に入れた茶碗が3千万円で売れたことに始まる。熟女太閤記(^_^;)
彼女の家族や友人、仲間たちのそれぞれの生き方を通して、奥様方に夢を見させる作りになっている。うまいもんだ。

「終戦は昭和20年。ことしは昭和82年やから62回目です」
運転手は即座にそう答え、自分は、ことしは平成19年と覚えるよりも昭和82年と頭に入れておくほうが、何かにつけて計算しやすいのだと言った。


これは、主人公が京都で乗ったタクシー運転手の台詞だが、いつまでたっても平成に馴染めないMorris.には、良い考え方だと感心した。ちなみに今年 (平成26年=2014年)は昭和89年、大正103年、明治147年ということになる。昭和は64年(1989)1月7日に終わり、同年1月8日から平 成が始まったから、1989年は昭和が7日間、平成が358日間、うーん、ややこしい。Morris.は元号廃止論者である。

「南原さんは、ニューヨークにいらっしゃったとき鉄と鋼の違いをおしえてくれたんです」と言った。
「鉄の塊を真っ赤に熱して、それを大きな金槌で叩いて叩いて鍛えて、鋼が出来あがっていくっていう喩えを引いて、人間もまったく同じなんだって教えてくれ ました。鉄を叩いて鍛えるといろんな不純物が表に出て来るんですって。それがあるあいだは、鉄は鋼にはならない。そんな鉄で刀を造っても、ナマクラだ。鋼 となった鉄でないと名刀にならないって。経済苦、病苦、人間関係における苦労。それが出てきたとき、人も鋼になるチャンスが訪れたんだ。それが出て来ない と永遠に鉄のままなんだ。だから、人は死を意識するような病気も経験しなければならない。商売に失敗して塗炭の苦しみにのたうつときも必要だ。何もかもが うまくいかず、悲嘆に沈む時期も大切だ。だから、人間には、厳しく叱ってくれる師匠が必要なのだ。師匠は厳しく叱ることで、弟子のなかの不純物を叩き出し てくれる。」


こういった人生訓的なくだりも、通俗小説には必須アイテムだろう。

私の麦藁帽子は買ってからちょうど30年。大学のゼミの合宿で大分へ行ったとき、麦藁帽子作りの名人と呼ばれるお婆さんがいて、その人が目の前で編んでくれたのを買ったのだ。
麦藁帽子は、どんな人間からも都会的なものを奪ってしまうという不思議な力用(りきゆう)があることをその時知った。

麦藁帽子かぶると誰もが田舎の人になるという、着眼も面白いが、Morris.は「力用」と書いて「りきゆう」と読ませるのが気になった。手元の大辞林に も大言海にも平凡社の大辞典にも載ってなかったので、しかたなくネットで検索したら、仏教用語で「用」は呉音で「ゆう」と読み、働きのことらしい。「ゆ う」なら大辞林にも載ってた。

ゆう【用】 [仏]真理や事物のもつはたらき。作用(さゆう)、力用(りきゆう)。信者から受けた布施を用いること。受容(じゅゆう)『大辞林』

薄くスライスした胡瓜を塩でよく揉み、しばらく置いてから、夫に力一杯に水気を絞ってもらう。女の握力では充分に絞り切れないからだ。そしてそれを密閉容器に入れて冷蔵庫で一晩寝かし、朝、もう一度水気を切って、マヨネーズを薄く塗ったトーストパンにぶ厚く挟むのだ。
初めて見る人は、たいてい、胡瓜だけ? という表情をするが、食べると絶賛する。そして、作り方を教えてくれというが、自分で作ってみるとうまくいかない。志乃子が作ったのとはまったくの別物に仕上がってしまう。
この胡瓜のサンドウィッチは、母が若いころに近所の首府に教えてもらったもので、その人に合格点を貰うまでに5,6回失敗している。


この胡瓜サンドが一番印象に残った。で、昨日作ってみたのだが、不味くはないとしても決して美味いとは言えなかった。あと3,4回失敗しなくてはならないようだ(^_^;)

人はみんなこの私よりも優れている。私の知らないことを知っていて、私の経験していないことを経験している。
みんな、それをこれみよがしに表に出さないだけなのだ。
私は、何の肩書きもなく高い学歴もない、有名でもなく金持でもない庶民のひとりひとりをなめていた。
自分では、なめているなどとは露ほども考えていなかったが、他者の心の凄さに気づかなかったということは、なめていたのと同じではないか。


これも人生訓シリーズだろう。でも、この謙虚さは貴重だと思う。


そんなにつまらないことがずっとつづいていくのを手をこまねいて見ていていいのだろうか。(上83p)

Morris.の嫌いな「手をこまねく」が出てきたので☆一つ減ったと思う(^_^;)
2014112
【脱原子力国家への道】吉岡斉
★★★★ 2012/06/26 岩波書店。

原子力をめぐる科学技術史・科学技術政策を専門に研究してきた著者が、福島原発事故後、初めて世に問う一書である。本書を抜きにして原子力問題は語れない。

と、いうのが、本書のカバー袖の惹句だが、そのとおりだと思う。

原発は環境保全性に優れクリーンだという言説も、陸海空への広域的な放射能汚染に よりブラックジョークと化した。放射能汚染を取り除くための人的・金銭的負担が子孫にも及ぶことは避けられない。二酸化炭素など温室効果ガスの環境影響は 仮説的なものであり、その度合も不確実であるが、放射能の環境影響ははるかにリアルであり、その度合も大きい。どちらがクリーンであるかは議論するまでも ない。

事故から3年、今の日本政府は、こりもせずに、このブラックジョークを復活させようとしている。

脱原子力国家は実現するのが望ましいとしても、現実にはほとんど実現不可能だろう と考える読者も少なくないであろう。そうした読者に対しては、なぜ望ましい方向へ日本社会を一歩でも進めるよう、あなた自身が奮闘努力しないのかについ て、自問自答するようお願いしたい。なぜなら、国民一人一人が主権者であり、日本における脱原子力の是非と方法を決める当事者だからである。

クールな吉岡が熱くなっている。Morris.自身が奮闘努力しなくては始まらないのだ。肝に銘じておこう。

原子力がそうした脆弱な技術であることを理解することが肝要である。脱原子力は文 明の進歩に逆行するものではない。超音速飛行機は軍用機以外の用途を開拓できていない。超音速旅客機コンコルドや、原子力船むつは過去の遺物である。それ らの失敗の主因は経済合理性を獲得できなかったことにある。原子力発電もまた経済合理性の欠如ゆえに、人為的な介入なしには生存競争を生き延びることは困 難である。そこに脱原発が妥当であることの基本的な根拠がある。(第一章 なぜ脱原子力国家なのか)

原発だって、結局は水蒸気でタービン回して発電するという、単純作業なのだ。単純作業に、どれだけ危険な装置をもってくるというのか、これこそブラックジョークの世界である。

政府は2011年12月16日、福島第一原発の「冷温停止状態」を達成したと発表した。しかしこの「冷温停止状態」というのは、本来の「冷温停止」概念とは、まったく異なる概念であり、福島原発事故後に政府対策本部が発明した日本固有のものである。
これ(「冷温停止状態」)は医学用語で言えば「寛解」に相当し、「治癒」には相当しない。つまりいつ再燃するかわからない状態である。
野田佳彦首相は2011年末の記者会見で「発電所の事故そのものは収束に至ったと判断される」と事故収束を宣言したが、これは寛解と治癒を取り違えたものである。(第二章 福島原発事故のあらまし)


野田にしろ、安倍にしろ、嘘八百である。

政府原発事故調(吉岡も委員の一人)は2011年12月26日に中間報告を出した。
この中間報告書の意義は、東京電力と政府の原子力防災対策が、事故発生前も事故発生後も多くの重大な問題点を含んでいたことを、明らかにした点にある。筆 者流のキャッチコピーを付けるとすれな「ないこと尽くしの原子炉過酷事故対策」ということができるだろう。過酷事故が起こること自体が「想定外」となって いたため、防災の観点から実施されて然るべき多くの事柄が、実施されていなかった。


「安全神話」は悪魔が作ったものだった。

なお中間報告の事実認定に関連する部分には、明示的には書かれていないが、評価・ 提言を行う第7章において、原子力安全規則機関(原子力安全委員会、原子力安全・保安院)が機能障害に陥っていたことが指摘されており、また新たに設置さ れる安全規制機関(環境省原子力規制庁)がどのような条件を備えるべきかが、論じられている。

機能障害というのは、かなり婉曲な表現である。いいところ機能不全、シッチャカメッチャカ、没義道、罰当たり……な状況にあったのだろう。

福島原発事故がチェルノブイリ級の核災害となった背景的要因について7項目をあげておく。
1.発電手段として、火力発電ではなく原子力発電を選択したこと
2.一つのサイト(地点)に多数の原子炉を建設したこと
3.地震・津波の危険地帯に原子力発電所を建設したこと
4.安全性の劣る原子炉を運転していたこと
5.深層防護が成立していなかったこと
6.国家総動員的な危機管理体制が機能し得ない仕組みだったこと
7.有効な防災計画が存在しなかったこと

市民科学者として活躍した核化学者の高木仁三郎は『巨大事故の時代』(1989 光文堂)の中で、原題事故の10の特徴をリストアップしている。
1.事故はまぎれもなく現代的な事故である。
2.事故は同時にすぐれて古典的である。
3.事故には複合的な因子--とくに機械と人の両面のミスが関与する。
4.事故は予告されていた。
5.事故は解明し尽くされない。
6.運転者は事故に十分備えていない。
7.住民は事故にまったく備えがない。
8.事故の巨大さは軍事技術に根をもつ。
9.被害が眼に見えない。
10.事故の完全な後始末はできない。
福島原発事故では、これらの明大の多くが的中している。
とくに5.事故は解明し尽くされない、および10.事故の完全な後始末はできない、が福島原発事故において際立っている。(第三章 福島原発事故の原因と教訓)


吉岡は高木を高く買っていたものとみえる。

日本の原子力開発利用の構造上の特徴については、以下の3項目にまとめることができる。
1.軍事開発利用に対する禁欲
2.保護と忠誠の関係にもとづく国策共同体(サブガバメント・コミュニティ)
3.二元的な開発利用推進体制(通産・電力連合と科学技術庁グループ)

脱原発の前に立ちはだかる最強の砦は、アメリカ政府かもしれない。アメリカではスリーマイル島の原発事故(1979年)をケイキとして1980年代以降、 原子炉の新増設契約がほとんどキャンセルされたため、アメリカの原子力メーカーは厳しいリストラを実施し、その結果として単独では完成品を製造することが できなくなった。その穴を埋めるように日本メーカーが、アメリカの原子力発電ビジネス推進にとって不可欠のパートナーとなったのである。
日本で脱原発が進められると、日本メーカーは原子力ビジネスのリストラを推進することになろう。そうなればアメリカの原子力発電ビジネスそのものが不可能 となる。つまりアメリカ国内の原子力ビジネスだけでなく、海外展開も不可能となる。アメリカの原子力ビジネスにとって、日米原子力同盟はまさに生命線と なっている。アメリカにとっては、日本における脱原発政策の発動は何としても回避したいところだろう。(第4章 日本の原子力開発利用の構造)

筆者は「日米原子力同盟」ということばを、テクニカルタームとして用いる。2011年3月11日の福島原発事故を契機として、なぜ国土が狭く地震の多い日 本に多数の原発が建設され、日本が「原子力発電大国」となったのかについて、歴史的プロセスにおいて決定的に重要な役割を演じてきたのは日米関係である。 そのことは日本の商業用発電炉が全て米国型軽水炉であることだけをみても明らかである。


本書の眼目がこの、「日米核(原子力)同盟」の重視である。戦後の広島・長崎の原爆の被害調査に始まる日米の協力体制が、ずっと根っこにあるということ、これを見落としては、脱原発を論じる時にも片手落ちになってしまう。

核燃料再処理事業のコストは巨額であり、その一方で利得はわずかで、とくに脱原発 を前提とした場合には利得はほとんどないため、そのリストラが始まるのは時間の問題である。福島原発事故により、再処理事業を進める日本原燃の筆頭株主で ある東京電力は経営危機に陥り、他の電力会社も福島原発事故の影響で大きな経済的負担を強いられている。そうした状況下で電力業界が今後も再処理事業を経 済的に支えていくことは、きわめて困難な情勢となっている。(第6章 日米原子力同盟の形成と展開)

「核燃料サイクル」そのものが一つの虚構だったのかもしれない。

筆者は「脱原発」(高木仁三郎が広めた)という言葉に出会ったとき、「反原発」よりもはるかに幅広い人々を集めることができる魅力的な言葉であるように思えた。
かつて反原発を唱えるには相当の決意を必要としたが、脱原発ならば、将来の状況変化による改宗の可能性を残した現時点での判断であり、今後において判断を 改める余地を残しているので、人々はさほど気負わずに脱原発を表明することができる。それが脱原発という言葉の最大の魅力である。
どのような政治的・経済的・社会問題についても、さまざまの見解があり、それを赤組と白組に分けようとする二分法的態度は紙芝居的である。
脱原発論者は一枚岩ではないが、あらゆる脱原発論者に共通する主張は原発の新増設の禁止である。既設炉の扱いについては論者によって意見が異なるが、新増設禁止というのは脱原発論者にとって、絶対に譲れないミニマムの条件である。
脱原発のためには、原発を代替するエネルギーが必要だが、火力発電は温室効果ガスの排出量増加をもたらすので好ましくなく、再生可能エネルギーでは力不足 だというのが、原発推進論者の決まり文句として使われてきた。しかし自然減だけで脱原発分の帳尻が合い、エネルギーの変換・利用効率向上のための努力も加 味すれば大量のお釣りがくるということであれば、原発の代替エネルギーを探す必要はない。表現を変えれば、再生可能エネルギーの爆発的普及が起きなくて も、脱原発に支障をきたすことはない。だからといって筆者は再生可能エネルギーの普及に期待していないわけではなく、その反対である。それが爆発的に普及 すれば、その分だけ火力発電を削減することができるであろう。(第7章 異端から正統へと進化した脱原発論)


まず、何はともかく、「節電」「脱電」から始めよう。

原子力発電は、資本主義市場経済に対する適合性が低いという重大な問題を抱えてい る。政府が国家計画にもとづく強力な統制を電力業界に対して行使し、その見返りに手厚い経済的保護を保障するという「国策的民営」体制のもとで、原子力発 電の拡大が可能だったのである。政府の保護・支援政策は多岐にわたるが、もっとも重要なものは競争相手自体を出現させないための地域独占体制を堅持するこ とである。競争相手を作らなければ保護政策として完璧である。(第8章 脱原発路線の目標とシナリオの多様性)

完璧な保護政策!!

「プルサーマル(軽水炉でのMOX連量利用の和製英語)」の目的は、六ヶ所再処理 工場稼働の必要条件を獲得するために、プルトニウム需給パランスを確保することである。ウラン資源の節約が目的ではない。関係者はそのような虚構の説明を 続けるべきではない。(第9章 脱核燃料サイクルのシナリオ)

虚構の説明!!

日本政府は原子力発電事業を長年にわたり偏愛し続け、過保護状態に置いてきた。し かし日本の原子力開発利用体制が整備された1956年から半世紀以上が経過したにもかかわらず、今も原子力発電事業は政府の手厚い介護を受け続け、現在に 至っているのである。それもただの過保護ではなく、巨大なhakai破壊力を抱えるという重大な弱点をかかえる事業に対する過保護である。早急に一人立ち させるべきである。つまり政府による核不拡散・各保安関連規制と安全規制を堅持しつつ、政府による電力会社に対する原子力発電の経済的コスト・リスクの肩 代わりを根こそぎ廃止するべきである。
原子力発電という汽力発電に属する一つの生物学上の「種」に対しても、政府の過保護状態を解消し、自然選択のプロセスがしっかり働くようにすべきである。 その結果としてこの種全体が絶滅するかもしれない。逆に勢力を増大させる可能性も皆無とは言えない。どちらのシナリオも実現し得る。新増設禁止の法制化を 主張していない点において、筆者は脱原発論じゃではないが、原子力発電の弱点と生存能力に対する評価においては実質的に脱原発論者に近い。(『原発と日本 の未来--原子力は温暖化対策の切り札か』(岩波ブックレット 2011/02/08)


あとがき(エピローグ)に掲載されたこの一文が福島原発事故の一ヶ月前に刊行されたということに注目したい。
このところ、原発関連本を読み漁ってきたが、今のところ、この吉岡の言説を超えるものは見当たらないのではないかと思う。
2014111
【PK】伊坂幸太郎
★★★☆ 2012/03/07 講談社。
「PK」「超人」「密使」の3篇が収められている。連作というより変奏みたいな感じで、東北地震津波原発事故以前に執筆されたもの。何か恐怖小説を読まされたような気になった。

「アメリカは、『戦争』『ウォー』という言葉に負のイメージを抱かせぬように、ず いぶん前から、たとえば『エイズとの戦争』であるとか、『貧困との戦争』であるとか、『ウォー』という単語を、正義の意味合いと結び付けて、あちらこちら で用いていた。いつか、軍事的な意味における、真の戦争を起こす際に、国民の支持を得やすくするための準備だったのだ」同業者は興奮気味に主張した。どこ かで聞いたことのある話であるし、そもそも、「アメリカ」が誰をさすのかが曖昧で、説得力に乏しい。

これは巻末に参考文献として取り上げられている(「戦争はなぜ起こるか 目で見る歴史」A・J・P・テイラー古藤晃)からピックアップしたのではないかと思われる。

自分だけではなく、ありとあらゆる人間が、ある日突然に、主義や信念を試されるのではないか。誘惑や脅しにより、試される瞬間があるのではないか。世に頻発する不倫や汚職はその分かりやすい形かもしれない。
試され、主義を曲げる。
誰かが諦め、妥協し、挫けるたびに、澱のようなものが溜まっていく。そういった光景を思う。誰かの捨てた信念は、不気味な鴉の羽となり、地面にひらひらと 落ちる。あちらこちらでそれが積もっていく。黒い羽が次々と重なるにつれ、景色は薄暗くなる。その量が増えることで、明るかった未来が、照明の摘みを左へ 回転させられるかのように、影に包まれていく。
一方で、反対のことも想像する。
誰かが主義を曲げなかったがために、一人の意地や自己満足のために、大勢の人間に災難が起きる。そういったこともあるのではないか。


「よく父親が言っていた。『臆病は伝染する』と。心理学者の言葉らしいが、それは説得力がある。臆病や恐怖は伝染するんだろう。一人が挫ければ、恐怖に しゃがみ込めば、隣の者もそうする。それがどんどん連鎖し、誰も未来に期待できなくなる。だから、父の小説は暗かったのかもしれない。私は読んだことはな いんだが」
「心理学者の言葉は続きがあるんです。それもちゃんと引用されています。
「続くのか」
「『そして、勇気も伝染する』」
「え」
「臆病は伝染する。そして勇気も伝染する」秘書官はそう言うと眼鏡を触った。心理学者のアドラーはそう言っているんですよ、と。(「PK」)


こちらは(「アドラーに学ぶ 生きる勇気とは何か」岸見一郎 )かららしい。

日々の生活に余暇が生まれる。そうなりゃ、どうなる? 分かるだろ。余計なことを考える時間が増えるんだ。どうして自分が生まれてきて、死ななきゃいけねえのかとかな、考えてもしょうがないことを考えちまうん だ。自分の存在価値を求めちまう。そして、どうするか。間違いなく、他人と自分を比較するようになる。そうすりゃ、あとは自己顕示欲、虚栄心だとか嫉妬心 だとか、そんなものばかりが増えてくる。他人に羨まれる人間になりたい、できるだけ見栄えのいい仕事に就きたい、誰でもできるような仕事はしたくない、出 る杭は打ちたい、出た杭は引き抜きたい、優れた人間を見てああなりたい、自分も頑張ろう、なんて思っていられるうちはまだ世の中は成長するかもしれねえ が、たいがいはそうならねえよ。優れた人間を見て、早く転ばねえかな、そうすりゃざまあみろなのにな、てなもんだ。競争社会には二種類あるんだ。一つは全 員が努力して競い合う、健全な競争だ。でも、多くはそうじゃない。相手を転ばして、楽して勝とうっていう、消極的な競い合いだ。そうなれば自然、お互い が、ミスを恐れて縮こまる。
冷笑社会! まさにそれだ。誰も彼もが、他人を見下し、分析し、冷笑するポジションに立とうとしている。(「超人」)


居酒屋で偶然隣り合わせた大臣(主人公の一人)に向かっての、酔った若者の台詞で、いかにもステレオタイプだが、今の日本の悪しき一面を表現している。

「あの、ファインマンの有名な言葉を思い出してください、『物理学者たちは、チェ スの試合を観て、チェスのルールを探り当てようとしている』わけです。私たちは、世の中の現象を観測し、その法則性を見つけようとしています。ルールブッ クは誰も持っていないのです」(「密使」)

このファインマンという人は、しきりにチェスを比喩に用いたらしい。たしかに高度なレベルの将棋や碁の勝負を見るだけで、そのルールを知るのは、かなり難しいことだろう。
Morris.はチェスも将棋も碁もやらない(やれない?)

読後の印象で恐怖小説と感じたのは、何か大きな力の下で自分の意志とは違った行動を取らざるをえない状況に置かれた主人公たち。それが何となく日本の先行きの悲観的予測みたいに思えたからかもしれない。
2014110
【バイバイ、エンジェル】笠井潔
★★★☆☆ 創元推理文庫 1995/05/19。初出「野性時代」79年。
笠井潔の記念すべきデビュー作である。結構笠井作品読んでる方だと思うが、何故かこれは読まずにいた。今回読んだのは95年刊の文庫版だが、初出から30年経ってしまったのか。「ラルース家殺人事件」の副題があり、矢吹駆シリーズの第一作でもある。

「先行する諸哲学を学ぶことの普遍的な意義はなにか」
「普遍的な意義はない。なぜならば、ここにあるものは彼方にあるものであり、ここにないものはどこにもないのだから……」
「哲学がたんに語られるべきものではなく、まさに生きられるべきものなのだとすれば、現象学的還元もまた思考上の操作であることから開放されなければなら ないのです。このことなしに、現象学は難問(アポリア)を超えることはできないでしょう----(そのためには)簡単な生活(ラ・ヴィ・サンプル)を実行 することです。私からあらゆる剰余を剥ぎとって、もっとも単純な生の形を露呈することです。家族と職業と国家を生活(ラ・ヴィ)のなかで無化してしまうこ とです。賢者たちの失われた霊智がこのことを語っています。神秘(ミステール)の語源は古代ギリシャ語で眼や口を閉じるという動詞で、眼を閉じ闇と孤独の 世界に棲まうこと、口を閉じ沈黙と断食に耐えること、簡単な生活(ラ・ヴィ・サンプル)の原型がミステールという言葉の中に含まれているのです。現象学を 徹底することは、孤独と沈黙の世界にこそすべてがあるという真理に従うことなのです……」
「そこで、現象学に関心を抱く君が現象学すら学ぶ必要はないという結論に達するわけだね」
「学ぶ必要がないというよりも、学ぶことに普遍的な意義はない、といった方が正解だと思います」


こういった、哲学的?なやりとりが頻繁になされ、本筋より多いくらいである。Morris.は、ついつい本筋よりこちらの方面に惹かれてしまう。

モガールは娘の探偵趣味に苦笑していた。子供のから探偵小説にばかり読み耽り、父 親の仕事にたいして批判的になった。読み齧った本を持ち出して、警察は権力の番犬だという種類のことをしきりにいい始めたのだった。その政治的意見にたい してはモガール自身も共感する部分がないではなかったが、だからといって彼にどうすることができたろうか。もちろん積極的に秩序に加担するつもりはない が、どんな仕事を選んだところでこの社会の外に出られれない以上、消極的には現にある秩序に多かれ少なかれ組み込まれてしまうことになる。それが社会にの なかに生きる人間の宿命というものだろう。であれば、自分の持ち場で権力者を最小限のものに喰いとめる努力をするのが、可能で現実的な唯一の道ではない か。

ナディアの父モガールは第二次大戦フランスの地下運動の闘士で現在は警視という設定だが、いかにも青臭い思考に見えてしまうのは、矢吹の現象学と対比するためだろう。

カケルとこれら名探偵たちのあいだにどんな共通性も存在しなかった。ひとつだけ両 者のあいだにある最も著しい相違点をあげておけば、探偵たちがかならず漂わせている甘いソフィスティケーション、そしてペンダンティズムとディレッタン ティズムの匂いがカケルにはほぼ完璧に欠けているということだろう。
つまり彼の精神の型は、ボードレール的であるよりもスタンダール的だったともいえる。彼が愛するのは肉ではなく骨であり、美しい緑の田園風景ではなく荒涼とした岩山か砂漠の景であり、一切の剰余を剥ぎとった究極のなにかだった。

デビュー作で従来の探偵小説の主人公との際立った違いをはっきりさせておくというのも、笠井の自信の表れか。

「人間にどんな主体性がある。なにもありはしない。君たちは自分の行為や責任や選択で事態が変えられると考えた。なにも変わりはしない。人間は、闇のなか に潜む大いなるなにかに操られる人形なのだ。人間にできることなどなにもないという事態に耐え、進んでこの事態を承認し肯定することだけが、そのような惨 苦だけが人間であることの唯一の意味なのだ。--君たちの殺人など、有史以来の血の大海にたったの一滴を加えたに過ぎない。いいか、人間の生存が殺人と暴 力を生む。また、人間の観念が虐殺と拷問を生む。君たちの殺人は、人間であるというこのどうしようもない事実に強いられて実行されたものでないが故に、真 に犯罪的なのだ。血と汚穢にまみれた生存と観念の総体を浄化するための<究極の幻視(ヴィジョン)>もなく、ありふれたちゃちな哲学をかつぎ まわって殺し、次の瞬間にはもう一目散に逃げ出そうとする」



「革命は、胎内に敵対者の罠をはらんでいたのです。その罠とは<革命は人民 による人民のための事業である>という愚昧な命題です。この命題こそが、革命の敗北の根拠なのです。革命そのものとこの命題のあいだにあるものは、 決して解くことのことのできない矛盾と撞着だけです。
そうです。革命と人民は本質的に無関係です。いいえ、あらゆる歴史の現実が露骨に示しているのは、革命の最悪の敵が人民そのものであったという事実なので はありませんか。革命の真の敵は、刑務所や軍隊や政治警察や武装した反革命ではなく、……人民という存在だったのです。乳臭い牝牛みたいに愚かな善意で眼 を曇らせた革命家たちは、いつもこの露骨な真実に無自覚でしたが、人民はこのことを小狡い臆病な獣の本能で感知していました。人民の熱狂的な支持と拍手の もとで、あるいは保身のための無言の加担によって、無数の革命家たちは投獄され拷問され続けてきたのです。
革命が、果てなく永続する敗北の宿命から開放されるためには、自身の背理を徹底的に自覚しなければなりません。人民という名の迷妄を胎内から引きずり出 し、渾身の力で醜い肉塊となるまで踏み潰さなければなりません。これだけが、真実の、最後の革命を可能にする唯一の道です
<人民>とは、人間が虫けらのように生物的にのみ存在することの別名です。日々、その薄汚い口いっぱいに押しこむための食物、食物を得るため のいやいやながらの労働、いやな労働を相互の監視と強制によって保証するための共同体、共同体の自己目的であるその存続に不可欠な生殖、生殖に男たちと女 たちとを誘い込む愚鈍で卑しげな薄笑いに似た欲情……。この円環に閉じこめられ、いやむしろこの円環のぬくぬくした生温かい暗がりから一歩も出ようとしな いような生存のかたちこそ<人民>と呼ばれるものなのです。つまり人民とは、人間の自然状態です。だから、あるがままの現状をべったりと肯定 し、泥と糞のなかで怠惰にねそべる豚のように存在しようと、あるいは飢餓のなかで、その卑しい食欲を満たすため支配的な集団にパンを要求して暴動化し、秩 序の枠をはみ出していくように存在しようと、どちらにせよただの自然状態であることに変わりはありません。」
「あなたの理論によれば、人民と国家は永遠の共犯者なのですね」

「全面核戦争を頂点とする世界革命戦争は、世界人口を少なくとも現在の1/4以下、うまくいけば1/10以下にまで引き下げることでしょう。そして、一世紀にわたる混乱の時代から、新しい集団が成長してくるのです」

ここらあたりは、日本で赤軍派運動に関係し、絶望してフランスに脱出?した笠井の心情が吐露されているようだ。

「君の考えたことは、別に新しいことじゃない。君はただ、マルクスを、髭のユダヤ人の理論を完成させただけだ。
正義をその核心に抱き、ただ人々の解放のためにのみ闘うという献身と自己犠牲に満ちた運動が、逆説的にも悪と犯罪と誤謬を全身から滴り落としているのを見 る時、人は多かれ少なかれ絶望的な気分になるものだ。当然のことだ。しかし、その絶望を君のように偏執的なまでに体系化してみせた例は少ない。おそらく、 前世紀にロシアで生きた革命家の幾人かだけが、君の先行者であることを主張できるのみだろう。君は、革命という老いた巨人の病巣から、血膿や寄生虫や腐っ た肉片のひとつひとつをたんねんに拾い集めた。暗殺、粛清、密告、裏切り、転向、拷問、リンチ、虐殺、強制収容所……
叛乱は敗北する。秩序は回復される。しかし、叛乱は常にある。秩序は叛乱によっていつかふたたび瓦解するのだ。永続する敗北それ自体が勝利だ。三日間の真 実を生きつくす百世代の試みの後に、いつか、そうだ、いつか強い目を持った子供たちが生まれてくるようになる。そうして彼らは、太陽を凝視して飽くことを 知らず、僕たちの知らない永遠の世界に歩み入っていくことだろう」


しかし、なかなかにかっこいいなあ(^_^;)
かっこいいといえば、巻頭に引用されてたストーンズの歌詞がこれまたかっこよかった。

警官(サツ)どもが犯罪的で
罪人たちが聖者
頭がほんとは尻尾(しっぽ)
そう おいらは
大魔王ルシファーよ
破るべき禁忌(タブー)が欲しいんだ

Just as every cop is a criminal
And all the sinners saints
As heads is tails
Just call me Lucifer
'Cause I'm in need of some restraint

ペテルブルグにいた時にゃ
革命を起こしてやったのさ
皇帝(ツアー)と取り巻き 殺し
アナスタシアに悲鳴を挙げさせた

I stuck around St. Petersburg
When I saw it was a time for a change
Killed the Czar and his ministers
Anastasia screamed in vainI stuck around St. Petersburg

(ミック・ジャガー作詞「悪魔を憐れむ歌 Sympathy for the Devil」より 宮原安春訳)


2014109
【うたのしくみ】細馬宏通著
★★★★ 2014/04/01 ぴあ株式会社関西支社。
modernfart.jpというウエブサイトに連載された「うたのしくみ」20篇に、様々な媒体に発表された音楽書評、コラム、ライナーノーツなどを合 わせたもので、長さも面白さもてんでんばらばら、玉石混交状態だったが、好きな歌手や歌の話題、新しく知ることの出来た楽曲など楽しませてもらった。
索引代わりに取り上げられた百曲程を年表形式で一覧できるようになってるのもおしゃれで、便利である。
これ読みながら、You Tubeで音源と動画を見るという、一昔前なら考えられないお得で夢のような体験ができた。
年表の古い順から、Morris.の琴線に触れた曲を挙げておく。You Tubeのリンクも付けておくので、楽しんでもらいたい。

スコット・ジョプリン 「メイプル・リーフ・ラグ」 1899

コリン&ハーラン「アレクサンダーズラグタイムバンド」 1914

アイダ・コックス「ワイルドな女にはブルースはない」 1924

ベッシー・スミス&ルイ・アームストロング「セントルイスブルース」 1925

キャブ・キャロウエイ「ミニー・ザ・ムーチャー」 1931

*キャブキャロウエイ「ハイデホー」1934

ルディ・ヴァレー「時の過ぎゆくままに」 1931

カルメン・ミランダ「チャタヌガ・チューチュー」 1942

マディ・ウォーターズ「ローリン・ストーン」 1951

ハウリング・ウルフ「モーニン・アット・ミッドナイト」 1952

チャック・ベリー「メイベリーン」 1955

バディ・ホリー「ペギー・スー」 1957

ランディ・ニューマン「セイル・アウェイ」 1972

山形かゑる子「アンアン小唄」 1978

沢田研二「カサブランカ・ダンディ」 1979

ソウル・フラワー・モノノケ・サミット「東京節」 1995



ウエブ上に「うたのしくみ 副読本」という頁もある。いたれりつくせりである。

さまざまな歌手や演奏家が「時の過ぎゆくままに」を吹き込みましたが、もっとも ヒットさせたのは、ルディ・ヴァレーです。ルディ・ヴァレーは、アメリカで最初に「クルーナー」として国民的歌手になった人だと言われています。「クルー ナー」とは何か。マイクのない時代、歌手は、舞台から朗々と声を張り上げて観客にその歌を届かせるのが基本でした。蓄音機が現れた当初も、歌手はマイクに 向かって相変わらず声を張り上げていました。ところが、次第にマイクの性能があがると、ただのおしゃべりにも、親しい声の表情が生まれるようになりまし た。1920年代末、ルディはこうしたマイクの特性を活かしても、声を張り上げるのではなく、マイクの近くであたかもハミングでもするように、ひそやかな ささやき声で歌い始めました。リスナーは、ラジオから流れだすその声の近さに驚き、舞台できくのとは全く違うその]親密さに魅了されました。ルディは、こ のようなスタイルの歌手、すなわち「クルーナー」として、ラジオを通じてアメリカ全土に知られたのです。マイクなしの舞台に立つときすら、彼はクルーナー 唱法で歌いました。もちろん、そのままでは観客に届かない。そこで使われたのが、メガフォンでした。今からすると冗談のようですが、ルディは、片手でメガ フォンを構えて、あたかも客席をゆっくりとスキャンするように歌いかけたのです。観客は自分の方向に回ってきたときにだけ、ルディの声の輪郭がはっきりす るのをきいて、その束の間の親しい声にまたうっとりしたのです。(歌って、サム)

「カサブランカ」は典型的ハリウッドの娯楽恋愛映画だけど、どうしても忘れられない映画の一つでもある。そしてこの「時の過ぎゆくままに」のシーンも忘れ られないな。上記の引用は「クルーナー唱法」の解説で、前にもいろいろ読んだが、このルディ・ヴァレーという歌手がステージで手持ちメガフォン使って歌っ たというのは、笑ってしまった。冗談かと思ったが、これは事実だったらしい。

1943年にロンドン近郊に生まれたマイクの場合。
1958年、マイクが生まれて初めて買ったギターでコピーしたのは、リッチー・ヴァレンスの「ラ・バンバ」でした。その頃イギリス・ツアーにきたバディ・ ホリーのコンサートに行き、生まれて初めて生のロックンローラーを見ました。でも、彼がもっと心をつかまれたのは、友達の家で聞かせてもらったハウリン グ・ウルフでした。あいにくハウリング・ウルフを扱っているチェス・レコードはシカゴの小さなレーベル会社で、ロンドンではなかなか手に入らない。彼は、 わざわざチェス・レコードに手紙を書いて個人輸入を始め、友達の家でブルースのセッションをしたりしていました。
1960年、名門ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスに入った17歳のマイクは、ある日駅のホームで偶然小学校時代の同級生に会いました。その同級生 は、やはり音楽好きのようでギターケースを抱えている。お互いにあれこれ話したあげく、マイクは彼に、マディ・ウォーターズのアルバムを貸してやることに しました。
1940年代前半のロンドンに生まれた若者にとって、手に入りにくいR&Bのレコードをきくより前に
、まずエルヴィスやバディ・ホリーやリッチー・ヴァレンスのような白人のロックンローラーを聞いて、そこからチャック・ベリーやマディ・ウォーターズ、あるいはハウリング・ウルフへの遡っていくという順序をたどるのはごく自然なことでした。
マイクとその同級生は頻繁に会うようになりました。R&Bにあこがれていた二人は、やがて彼らより15歳年上で、ロンドンにマディ・ウォーターズを招聘した男と知り合い、彼のやっているブルース・バンドに加わりました。
マイクはやがてミックと名乗るようになり、同級生のキースは1才上なのにエルモア・ジェイムスばりのプレイをする同じバンドのギタリスト、ブライアンに刺激を受けてさらにギターの腕を磨きました。
1962年、彼らはマディ・ウォーターズのシングルにあやかって、バンド名を「ザ・ローリング・ストーンズ」と名付けることにしました。(音楽をきく順序)


これはローリング・ストーンズ誕生を、音楽受容の面から見事に切り取ったものだと感心した。

初音ミクを使うことによって、ユーザーは日本語の奥深さを知ることにもなる。
みっくみくにしてあげる、と歌わせるためには、「みっく」と打ってはいけない。「み」と「く」のあいだに無音の部分を入れて「み(無音)く」と設定しなければならない。
小さい「っ」は、無音だということを、わたしたちはかならずしも意識しているわけではない。むしろ「っ」と表記されることにひきずられて、それは語の一部であると思い込んでいたりする。あっちもこっちもどっちも、一語だと思っている。
しかし、それは「あ(無音)ち」「こ(無音)ち」「ど(無音)ち」だったのだ。日本語では、あんと無音をはさんだ二つの音を用いて一つの語を発音していた のである。無音をはさんでもひとつのことばが成立するとはなんとも不思議なことだが、わたしたちはそういうことを日常茶飯事やっているらしい。
もちろん、無音だからといって、促音便はただの休止というわけえはない。人間が日本語を話すとき、じつは促音便の直前と直後は周到にデザインされている。(歌を育てたカナリアのために 初音ミク)

VOCALOIDソフトと言うのかな。初音ミクの音源は何度かYou Tubeで聴いたこともあるが、あまり関心もてなかった。ただこれを操作するのに、促音を「無音」とするというのは新鮮だった。韓国語にはパッチムと呼ばれる子音の発音体系があるので、日本語のように単純に「無音」化するわけにはいかないだろう。音声も単純にデジタル化することは困難なのだろう。

異なる太鼓を組み合わせて戦争することは、古くから軍楽隊で行なわれていた。シンバルを組み合わせるのはもともとトルコの軍楽隊のスタイルだ。現在もシンバルメーカーとして名高い「ジルジャン」はもともと17世紀オスマン帝国のシンバル鍛冶から始まった会社である。
行進に使われるドラムが、床に置かれたドラムセットとして使われるようになったのは、バスドラムを叩くペダルが発明されたのがきっかけだった。これが本格 的に活躍し始めたのは20世紀のアメリカにおいてである。この頃からドラマーは椅子に座って、ダンスホール、あるいはミシシッピー河を上り下りするリバー ボートや「ショーボート]で景気のよいジャズを演奏するようになった。(金属の肺、のびあがる体)


高名なドラムメーカーとして、ジルジャンの名前は知っていたがトルコ軍楽隊が発祥地だったのか。まあ行進曲といえば「トルコ行進曲」だもんな。
ネット検索してたらこのジルジャン収集家のページを見つけた。世間にはいろんな人がいるものである(@_@)
2014108
【福島原発の真実】佐藤栄佐久
★★★☆
2011/06/22平凡社新書。
吉岡斉の本の中で触れられていたので、あわてて、読むことにした。先にも書いたが、「サトウエイサク」という名前のひびきから、あの「佐藤栄作」元総理を 連想してしまい、謂れのないマイナスイメージを持ってしまってたのだ(>_<) 東北への無関心というのがその前提にあったのだろうが、誠に失礼なことであった。
3・11直後の原発関連本出版ブーム(^_^;) の一環として出されたものだが、本書はそれらとは一線を画す貴重な記録である。原子力ムラ(国、東電、企業、御用学者)に、県知事として真摯に向き合い、 ぶつかり合い、実質的な折衝をした政治家(吉岡はこれを「知事の反乱」と形容している)を、あらためて見直すことになった。

原発立地自治体には、電源三法交付金も得られる。しかし、落とし穴があった。交付 金の用途は公共事業に限定されており、いわゆる「ハコモノ」を作るしかなかった。そこで原発立地自治体は次々に役場の建物を新しくし、市民ホールや図書館 を作っていったが、交付金は維持管理経費に使えないことから、これらの維持費が自治体の首を絞めるようになったのである。そして固定資産税は、償却で金額 が減っていく。
私はかつて「麻薬中毒患者のようだ」と表現したことがあるが、補助金頼みの自治体は、金がじゃぶじゃぶ入っているうちに目的と手段が完全に逆転してしまっ ており、「金がないから原発をまた誘致したい」という発想になるのである。その周期はきっかり30年だ。(目的と手段が逆転した原発誘致)


原子力ムラの「飴と鞭」手法を「麻薬中毒患者」に例えざるを得なかったという深刻さを見過ごしてはいけない。ハコモノ支援の弊害はこれまでにもとりあげられているが、一向になくなりそうにない。

官僚は異動してしまえば、それまでの責任を逃れることができるのだ。
法律用語で「無答責」という言葉がある。戦前の大日本帝国憲法体制において、官吏は天皇に対してのみ責任を負い、公権力の行使で国民に損害を与えても、国 家は責任を負わないとする法理であり、現在の日本国憲法の下では否定されている。しかし、原発政策では、この「無答責の法理」が堂々と生きていた。
政治家と官僚の関係は、一般には癒着や利権と悪いイメージで受け取られるが、国民から選ばれた政治家が官僚をコントロールするという民主主義的側面もある ことを見過ごしてはいけない。しかし、原子力政策においては、完全に官僚の独擅場となっていた。政策を実際につくるのは経産省の官僚であり、総理府(内閣 府)=経産省=電力会社という事業者が密接に結びつく、「鉄のトライアングル」--すなわち”原子力ムラ”ができていた。特に日本のリーディングカンパ ニーを自負していた東京電力と官僚の結びつきは強かった。(「鉄のトライアングル」)


政治家も官僚には、自分の任期中に問題が起こらなければそれでいい、という考え方(保身 責任逃れ)があるようだ。福島原発事故の収束には10年(あるいは数十年、収束不可?)以上かかりそうだから、現在の担当者は心置きなく (>_<)責任先送りするんじゃないかと思ってしまう。

福島が経験してきた原発事故では、そもそも事故に至る経過と、事故が起こってからの隠蔽工作で、福島県民の「安心と安全」が失われている。
さらに問題だと思ったのは、「水平展開」がされていないということである。事故の情報が他の原発に共有され、改良が行われている気配がまったくないのだ。
たとえば、航空機事故やトラブルが起これば、同型機を運航している世界中の航空会社にすぐさま情報が伝わり、点検に入ることになっている。事故に至らずと も、不具合情報はメーカーやアメリカ連邦航空保安局などから書く航空会社に伝えらえる。そこに、JALもANAも縦割りは関係ない。しかし、原発では縦割 りの中から情報が外に出てこない。「よらしむべし、知らしむべからず」を地で行っている。(三県知事に絞って政府に申し入れ)


原子力そのものが秘密体質を孕んでいる。その眷属である原発が秘密主義なのは当然なのかもしれない。それがますます原発をブラックボックス化している。

(2002年9月の検討会発言の中で)ことに私の印象に残ったのは、米本正平氏の、中央と地方に関するこんなとらえ方だった。
「日本社会の権力理解は『構造化されたパターナリズム』だと思います」
政策立案は、霞が関の中央省庁、すなわち「お上」の専権事項であり、父に従う子どものような関係が作り付けになっているというのだ。たしかに、「国にまか せておけば大丈夫だろう」「大きな会社だからきっと大丈夫だろう」「最新施設だから安心だろう」と考えていると、実は核物資をバケツでかき混ぜていた、と いうしっぺ返しを食うことになる。日本社会に深く食い込んでいる「構造化されたパターナリズム」の中に、原発政策もまた含まれていると考えると、それを考えていくのは容易なことではないと改めて考えさせられる。(国民の声は反映されているか)

吉岡斉氏は、再処理技術進歩の予想と現実が大きく食い違っており、そこを正しく評価できないことに原子力政策の最大の問題点があるという。
「アセスメントがなされていないのが日本の原子力政策の最大の問題で、再処理に躍起になるのは、それが最初からの前提だったから。1950年代において は、再処理は簡単にできると思われており、将来は高速増殖炉時代になるから再処理は必ずやるのだ、という前提の下で出発した。いったん出発すれば、そこに 既得権益というものが生じるから、簡単にはやめられないということで続いてきた」(原子力政策の最大の問題点)

「わが国では、原子力推進と電力自由化という両立しない政策を同時にやっている。自由化は、ある意味で原子力の首を絞めることになり、原子力推進とは相容 れない。原子力先進国であるフランスでは、現在、原子力で供給している75%の電力は不可侵の領域とし、残りの25%について自由化を推進している。わが 国でも原子力推進と電力自由化を両立させようというのであれば、たとえば原子力の構成比率の上限を45%にし、残りの55%について自由化するといったよ うにしないと両立は不可能だ」(佐和隆光発言)

本文中で何度もご紹介した福島県エネルギー政策検討会「中間とりまとめ」(2002年9月)については、福島県ホームページからダウンロードできるので、ぜひご覧いただきたい。「中間とりまとめ」の基礎となった検討会の議事録も掲載されているので、当時の福島県の問題意識と議論を追っていただくこともできる。


この2002年の検討会は吉岡斉の本でも触れられていた。こうやって、ネットで公開されているのか。うーーん、議事録は長すぎるので、とりまとめのパンフレットだけでもめをとおしておこう。って、やっぱりこれも、後手に回るということだろうな。
たしかに福島県のホームページは福島原発並びに、震災復興状況を知るには、貴重な情報源であるに違いなく。震災後3年以上も、覗こうともしなかったことに反省させられた。

日本の原子力政策には、原子力基本法で定められた「民主・自由・公開」の三原則が ある。しかし現実はどうか。本来、独立して原子力政策を策定するはずの内閣府の原子力委員会は、藤家原子力委員長(当時)が「とにかく、プルサーマルはど こかでやらなければならないんだ」というように、経産省の官僚が書いたプランを追認するところであり、原子力安全委員会は、国民のパブリック・コメントや 地震学者の警告を無視した安全基準を作るところだった。原子力安全・保安院もまた、独立した監視機関ではなく、設立後に双葉郡全体に配布したチラシで自 ら、「原発を推進する役所だ」と白状してしまっている。まさに原子力ムラは、"よらしむべき、知らしむべからず"の「構造化されたパターナリズム」であ り、「経路依存症」の世界そのものだ。
原子力政策もそうだが、日本の統治機構の最大の問題点は、官に都合のいい組織ばかりが作られた結果、チェック機能が働かなくなっていることだ。組織内部だけではない。外部からのチェックすべきメディアも機能していないに等しい。(エピローグ)


こういった状況下に置かれた福島県で、原子力ムラに戦いを挑み、限りなく冤罪に近い引責で辞任を余儀なくされた元知事の「恨み節」。
先般の福島知事選では、5人の候補者すべてが、脱原発を表明、与野党相乗りで元副知事の内堀雅雄が圧勝したが、投票率は5割を切り、なまじ自民党の応援を受けてるだけに、福島の復興、脱原発の先行きの見通しは明るいとは言えまい。
2014107
【プーと私】石井桃子
★★★ 2014/01/30 河出書房新社。
2008年101歳で亡くなった石井桃子の、単行本未収録の随筆をまとめた本が数冊出されていて、本書は、プーさん、ピーターラビットやドリトル先生の翻 訳出版事情、児童図書館を中心に1年がかりでの欧米修旅行のエピソードなどを主題にしたものが40篇ほど集めてある。発表時期は1955年から2004年 までと半生記にわたっているが、
石井桃子といえば、「くまのプーさん」などの翻訳家、「ノンちゃん雲に乗る」などの児童文学作家として有名だが、Morris.とはあまり縁のない作家である。
それでも本書を読もうと思ったのは、沼部真一さんのブログ「私たちは20世紀に生まれた」に連載された彼女関係の記事に心惹かれたからだった。

あるとき、井伏さんが、次のようなことをおっしゃったときのことは、はっきりおぼえている。
「太宰はね、こう思うことが書けなくなったら、思う存分のことを書いて、壺に入れて、地面に埋めとくっていってるんですがね。」(井伏さんとドリトル先生 1998)

井伏鱒二と太宰治といえば、太宰の遺書の「井伏さんは悪人です」を思い出さずにいられないが、あれはやはり、太宰の屈折した物言いだったのだろう。

そのにぎやかなこと。私は、図書館では、足音もしのんで歩くようにお行儀をしつけ ているように聞いていましたが、それは、むかしのことで、たのしみに本を よみにくるんだから、わざとさわがしくする子どもなら、ともかく、けっしてコチコチのお行儀はしこまないということでした。(アメリカの子ども図書館 1956)

56年という時期にこの発言(発見)は、時代を先取りしていると思う。Morris.は「図書館=静粛に」を金科玉条のように思い込んでたが、市民の図書館という観点からすると、また別の規範があることも理解しなくてはならないのだろう。
2014106
【あ・い・た・く・て】工藤直子 詩・佐野洋子 絵
★★★
1991/09/14 大日本図書。
Morris.の愛蔵本というコーナーで「おんなのこ」という小さな詩集をとりあげたことがある。
先日、三宮図書館の本棚で、同じコンビの本書を見かけて、つい手にとった。四半世紀前のホンダが、先の「おんなのこ」は1975年刊だから、それから16年後にだされたものらしい。35篇の詩が収められている。

この本のなかの詩は、私家版の詩集、絶版になった本、雑誌にのせたもの…などのなかから書きなおしたものが少し。あと、ほとんどは「あいたくてという気持ちで、書きおろしました。(あなたに)

と、あとがきにあるが、絶版になった詩集というのが、先の「おんなのこ」ということになるのだろう。ぱらぱらとチェックしてみたら10篇ほどが、「おんなのこ」と重複しているようだった。でも「書きなおし」に違和感をおぼえてしまった。
「おんなのこ」の中でも、一番、二番くらいに好きだった「好きなもの」という詩は、タイトルも「すきなこと」と改題されて、中身もすっかり変身させられていた。

「おんなのこ」(1975) 「あ・い・た・く・て」(1991) 
好きなもの

好きなもの というのは
たいせつ です
わたしの たいせつなものは
「生きている」ことです

そのせいでしょうか わたしは
ふしあわせ も 愛します

 
すきなこと

ここに こうしてすわって
こーんな あくびをしたり
あーんな ためいきをついたり
泣くかとおもえば 笑ったり

なにやってんだ ばっかなやつ と
じぶんのあたまを こづいたり…
とどのつまりは これも
すきで やっているのか と

そのせいでしょうか わたしは
ふしあわせも 愛します

 
痛い

好きに なるのは
心を ちぎって
あげてしまう のだから

痛くて しかたないのです

 
痛い

すきになる ということは
心を ちぎってあげるのか

だから こんなに痛いのか


 
こころ

「心が砕ける」というのは
たとえばなしだと 思っていた 昨日まで
今朝 心は砕けていた ほんとうに

ひとつひとつ かけらをひろう
涙が出るのは
かけらに日が射して眩しいから

砕けても心はわたしのもの
ていねいに ひろう

 
 こころ

「こころが くだける」というのは
たとえばなしだと思っていた ゆうべまで
今朝 こころはくだけていた ほんとうに

ひとつひとつ かけらをひろう
涙がでるのは
かけらに日が射して まぶしいから

くだけても これはわたしの こころ
ていねいに ひろう

 

詩人が自分の作品に手を入れることは、よくあることではあるのだが、とりあえず、一度発表された作品は、作者の手を離れて、読者の心のなかに住みつくこと だってあるのだから、あまり大掛かりな改作は控えて欲しい。って、それだけMorris.が「おんなのこ」に固執しているということだろう。
「おんなのこ」と重ならない詩の中から、好きになった1篇を引用して終わりにする。

ばら

花びらが散ると そこに
花びらのかたちの なにか やさしいものが
あつまるように思われる

2014105
【沸騰!図書館】樋渡啓祐
★★☆☆ 2014/05/10 角川新書。
2013年4月TSUTAYAとの提携で開館した武雄市立図書館の話題は、全国的ニュースとしてとりあげられ、Morris.もネットでホームページ覗いたり、ドキュメントのビジュアル本も斜め読みした。結果、それほど感心はしなかった記憶がある。それでも、この図書館を作った樋渡啓祐武雄市長が開館一年後に出した本書を手にとったのは、なんとなく気にかかったからだろう。
武雄市はMorris.の生誕の地ということがある。ここで生れて高校卒業するまで暮した。それ以後はどんどん縁遠くなり、今やほとんど無縁のよそ者に成り果てている(^_^;)
Morris.が出奔(^_^;)してから半世紀経って、その武雄がどんなになってるのかなという、一種の怖いもの見たさもあった。
やっぱり、図書館そのものは、Morris.の好みとは程遠いもののようだが、地方の観光地(武雄は温泉町でもある)の話題作りとしては悪くない。図書館でなく、文化交流センターみたいなものということかもしれない。
本書でMorris.の目を引いたのは、本筋とはちがって、たとえば

17万冊あった本を段ボールに詰め、図書館から6キロほど離れている武雄市北方町の体育館に運び……

おお、北方町(きたがたちょう)は、Morris.が住んでた頃は、武雄市でなく、杵島郡だった。いつの間にか、がっぺいしてたのか、とか、町内に一校しかなかった小学校が増えてたり、武雄駅に特急がとまるようになってたり、そんなところに、時の変化を感じた。
また、本書に出てくる市議会議員や市民のローカルな姓が懐かしかった。樋渡というのもそうだし、納富、下平、牟田、宮原、光武……等など。特別珍しい姓ではないのだが、その地に住んだ者にはわかるという微妙なところだろう。
何か、ちょっと変な文脈になりつつある。
ここは「故郷は遠きにありて思うもの」ということで、後は白波。
2014104
【新版 原子力の社会史】吉岡斉
★★★★ 2011/10/25 朝日新聞出版。元版 1999年 朝日選書624。
本書は必読だと思いながら、ついつい読みあぐねて、やっとこさ読了。(少しずつ読み進めて、二ヶ月近くかかってしまった)
とにかく日本の原子力の通史として、これ以上のものはないと断言出来る。

この本は、日本における原子力開発利用の、草創期から2011年7月までの大きな流れについて、歴史的な鳥瞰図を与えることを目指す著作である。著者はそうした鳥瞰図を、批判的な歴史家の視点から描こうと思う。

第Ⅰ期 戦時研究から禁止・休眠の時代(1939~53)
第Ⅱ期 制度化と試行錯誤の時代(1954~65)
第Ⅲ期 テイクオフと諸問題噴出の時代(1966~79)
第Ⅳ期 安定成長と民営化の時代(1980~94)
第Ⅴ期 事故・事件の続発と開発利用低迷の時代(1995~2010)
第Ⅵ期 原子力開発利用斜陽化の時代(2011~)

原子力というのは通俗的用語であり、正しくは核エネルギーと表記すべきだということは、科学者の間では常識に属する。(まえがき)


まえがきからして、しっかりしている。明晰で明確で明解である。6期の時代区分とその特徴見ただけで、何もかもわかったような気になる(^_^;)

GE社が始めた売り込み戦略というのは、メーカーが建設に全責任を負う「ターンキー(turnkey)方式」と、化石燃料に匹敵する価格による「固定化価格制度」を、組合わせたものだった。
日本では、ほとんどすべての政策分野で、この共同体システムが支配してきた。つまり「官産複合体」(goverment-industrial complex)があらゆる政策分野で形成され、意思決定過程を事実上専有してきたのである。
原子力政策においても2000年まで、電力・通算連合と科学技術庁グループの二つの勢力の連合体として、国策共同体が運営されてきた。
このような仕組みは、国家総動員時代から敗戦後の統制経済時代の流れであり、先進国では日本だけが、こうした「社会主義的」体制を現在もなお引きずってい る。一電力会社の一発電所の建設計画でさえ、それが国策によってオーソライズされている限り、国家計画の一部であり、官民一体となって推進すべき事業とさ れてきた。そして国民や地元住民に対しては、国策への「理解」(賛成をあらわす日本独自の行政用語)や「合意」(受諾をあらわす日本独自の行政用語)が一 方的に要請されてきたのである。(第一章 日本の原子力開発利用の社会史をどうみるか)

「理解」「合意」のカッコ入れ説明は著者のギャグだろうか。

原子炉とは、制御された核反応を持続することができるよう、核燃料その他を配置し た装置のことである。原子炉(核分裂炉)の物理的機能は、大量の熱エネルギーと、中性子ビームを発生することである。大量の熱エネルギーは、電力等の動力 に転換することができる。また中性子ビームは、核燃料生産等に用いることができる。(第三章  制度化と試行錯誤の時代)

無駄のない明解な説明。

日本のウラン濃縮研究のパイオニアは理化学研究所(理研)であった。理研は敗戦前から「ニ号研究」の一環として、熱拡散法を用いた研究を進めていたのである。戦後にウラン濃縮研究を再開したのは、なぜか同じ理研であった。

理研、って、あの理研だよな。

核燃料サイクルとは、核燃料の採鉱から廃棄までの全工程を包括的に表現する言葉である。
「核燃料サイクル」はさまざまのタイプがあるが、大きくワンススルー方式(一回限りで核燃料を使い捨てにする方式)と、リサイクル方式に分けられる。後者 の方式を実施するためには、使用済核燃料の再処理が不可欠である。さらにリサイクル方式は、軽水炉などの非増殖炉を用いるタイプと、高速増殖炉を用いるタ イプとに分けられる。


このリサイクル反対というのが吉岡の基本姿勢のようだ。

通産省が1930年代から40年代にかけて商工省のちに軍需省として、産業活動の 強力な国家統制をおこなったことはよく知られているが、こうした軍国主義時代に確立された国家統制的な産業活動の秩序は、敗戦後も維持された。むしろ軍部 が解体されたことにより、通産省(49年5月までは軍需省)は敗戦前よりもさらに独占的な統制権を掌握することとなった。60年代以降の海外からの自由化 圧力の高まりにより、国家統制的なメカニズムは徐々に緩和されることとなったが、原子力発電は国家統制事業的性格を濃厚に残したまま今日にいたっている。

戦前統制体制の温存。

ただし地権者・漁業権者の合意さえ得られれば、それ以外の人々--立地地域住民、 批判的立場の学識経験者等--がいかに精力的に反対運動を進めても、電力会社の計画とその政府による許認可(原発立地に関する許認可権は中央官庁がほぼ独 占している)を見直させることが非常に困難であるというのも、日本の立地過程の特長である。財産権処分問題の解決後における反対運動は、日本では成算がと ぼしいのである。

原発建設計画の許認可権は、原子力発電推進の立場をとる中央官庁(つまり通産省や 科学技術庁)がほぼ全面的に掌握しており、国会・内閣・裁判所による官僚機構に対するチェック機能が働かず、地方自治体の法的権限も皆無に等しく、国民や 住民の意見を政策決定に反映するメカニズムが不在なので、原子力共同体は財産権処分問題がすでに解決済の既設地点において、円滑に増設計画を進めることが できたのである。そのため原発立地県のパイオニアである福井県および福島県と、後発組の一つである新潟県に原発が集中し、三県で合計30基もの商業用原発 が、集中立地される結果となったのである。(2000年末現在)(第四章 テイクオフと諸問題噴出の時代)

原発フロンティア時代ね。

1986年4月26日にソ連(現在ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きた核暴走・メルトダウン事故は、史上最悪の原発事故となった。
巨大な爆発によって炉心は粉々に破壊され、原子炉建屋には大穴があいた。追加の爆発が、さらに1,2回起こった。原子炉の内部では火災が起き、炉心のメル トダウンが進んだ。そして建屋の大穴から「放射性火山」のように、放射能が大量に漏洩し続ける最悪の事態となったのである。
チェルノブイリ事故は日本にも大きな影響をおよぼし、一般市民を幅広く巻き込んだ脱原発世論を高揚させたが、日本政府の原子力政策への影響は小さかった。
スリーマイル島原発事故のときと同じように、日本の原子力開発の関係者たちは、「このような事故は日本では起こりえない」という趣旨の議論をおこなった。

「対岸の火事」とみたわけだ。

脱原発世論の高揚の火に油を注いだのが、ノンフィクション作家の広瀬隆の活躍で あった。広瀬は『東京に原発を! 新宿一号炉建設計画』(JICC出版局、1981年)を皮切りに、1980年代より精力的な原子力批判を展開するようになり、チェルノブイリ事故一周年の 87年4月26日に『危険な話--チェルノブイリと日本の運命』(八月書館)を発表し、たちまち数十万人の読者を獲得した。--それから20年あまりがす ぎた現時点から評価すると、広瀬隆の『危険な話』は先見の明にあふれた作品だったことが分かる。広瀬の最も基本的な主張は、チェルノブイリ事故とその影響 に関するソ連政府の報告が基本的にフィクションであり、できるだけ事故の被害を小さくみせるための情報操作が加えられており、それは世界の原子力発電の拡 大をめざす国際原子力機関IAEAとの合作であるというものであった。この主張は前述のベルベオーグの主張と同趣旨のものであるが、現在までに基本的に反 証されていないと考えられる。(第五章 安定成長と民営化の時代)

これは最大限の褒め言葉なんだろうな。広瀬の「東京に原発を」はタイトルからして秀逸だったもんなあ。でも、「危険な話」は読まなかった。

1995年12月8日夜、福井県敦賀市にある動燃の高速増殖炉原型炉もんじゅで、 二次冷却系からのナトリウム漏洩が起きた。漏洩したナトリウムは空気中の水分や酸素と反応して激しく燃焼し、空気ダクトや鉄製の足場を溶かし、床面に張ら れた鋼鉄製ライナー上に落下してナトリウム酸化物からなる堆積物を作った。
もんじゅ事故とその事故情報秘匿・捏造事件は、高速増殖炉開発計画にさらなる打撃を与えた。この事故は高速増殖炉そのものの危険性をあらためて立証するとともに、日本の高速増殖炉技術の粗末さを、印象的な形で立証したのである。
こうした安全性に対する信頼感の喪失により、高速増殖炉開発計画はさらに厳しい立場におかれることとなった。しかも前述のように、高速増殖炉は核燃料サイ クル全体の大黒柱であり、それを欠いたのでは、核燃料サイクル事業の大部分について、それを推進する意味がなくなる。その意味でもんじゅ事故は、単に高速 増殖炉開発のみならず、核燃料サイクル事業全体に対する打撃となったのである。それは科学技術庁グループ、とくにその研究開発業務の中核に君臨してきた動 燃の将来に、暗雲を投げかけた。

こんなものに菩薩の名前つけるのは「罰当たり」である。

96年8月4日に行なわれた新潟県巻町の住民投票は全国的な関心を集め、その是非 をめぐり全国的な議論がおこなわれた。そこで中心的な争点となったのは、代議制と直接民主制の間の関係をどう調整するかという点と、「国策」と住民の意思 の対立をどう調整するかという点の二つであった。原子力発電の推進論者は概して、代議制と「国策」の優位を力説し、批判論者は概して、住民の意思にもどつ く直接民主制の権利の行使の正当性を説いた。
また論者のなかには(筆者自身を含め)、「国策」とは何かという基本的な疑問を呈する者もいた。一電力会社の一原子力発電所の建設計画を、政府が国策とし て指定し、電力会社と一体となってその推進に固執するのが、はたして正当な行為なのかどうかというのが、彼らの呈した疑問であった。より具体的にいえば、 科学技術庁や通産省資源エネルギー庁が、多額の予算と多くのマンパワーを注ぎ込んで宣伝活動を展開したことが、はたして正当な行為なのか、また投票結果が 判明してから通産大臣、通産省資源エネルギー庁長官、科学技術庁長官(原子力委員会委員長)ら政府首脳が一斉に、巻原発計画への住民の「理解」を求める談 話を発表したことが、はたして正当な行為なのか、ということが疑問に付されたのである。

「理解」(賛成をあらわす日本独自の行政用語)(^_^;) 日本での原発反対運動の難しさと、それでもやり続けるパワーそして運動の中で正論吐いてた筆者。そういう人ならではの本書の筆致だね。

日本政府は、石炭火力発電の高精度成長を黙認しつつ、原子力発電を地球温暖化対策として奨励するという、ちぐはぐな姿勢をとった。また日本政府は炭素税や キャップ・アンド・トレード方式の排出量取引制度の導入もせず、さらに再生可能エネルギーの普及促進にも不熱心であった。(第六章 事故・事件の続発と開発利用低迷の時代 (一)世紀末の曲がり角)


「ちぐはぐ」という言葉にも吉岡の思いがこめられているようだ。

(プルサーマルの抱えるさまざまな難点)にもかかわらず日本政府はプルサーマル実 施を急いだ。その目的は、核燃料再処理によって抽出されるプルトニウムの消費にあった。とくに1990年代以降は、余剰プルトニウムを出さないという国際 公約のもとで、日本はプルトニウム利用計画を国際社会へ向けて公表することとなり、具体的な利用計画なくして再処理事業を進めることは不可能となってい る。つまり六ヶ所再処理工場を稼働させる口実をつくり出すことがプルサーマルの目的なのである。

プルサーマル=口実。

東京電力に自主点検を委託されていたゼネラル・エレクトリック・インターナショナ ルGEII社の元社員が、自主点検記録に虚偽記載が含まれている件について、原子力安全・保安院に対して内部申告をおこなったのは、2000年7月である が、それに関する原子力安全・保安院の調査は遅れ、発表は2年あまり後にずれ込んだのであるしかも調査の過程で内部申告者の氏名を東京電力に通報するとい う決定的なあやまちを犯した。

これも「氷山の一核」だったのではなかろうか。それにしてもひどい話である。

福島県の原子力問題に対する取り組み、そのリーダーとして活躍したのは福島県知事を1988年から2006年まで5期18年にわたり務めた佐藤栄佐久である。
内閣府原子力委員会は2004年6月に新計画策定会議を設置して長期計画の改定に乗り出した。その答申は2005年10月に「原子力政策大綱」として閣議 決定されることとなる。佐藤知事は新計画策定会議の委員とはならなかったが、招聘人として原子力政策に批判的な意見を述べた。さらに2005年9月4日に 国際シンポジウム「核燃料サイクルを考える」を東京大手町で主催した。国内外10名の専門家が集まり活発な論争を展開した。このような国際シンポジウムは 本来は政府が主催し、賛否の議論をつくすべきなのに何もしないことに業をにやして、佐藤知事が核燃料サイクル国際評価パネル(吉岡斉座長、飯田哲也事務局 長)の進言を受けて主催したのである。
しかし政府の原子力政策に対する福島県の反乱は、東京検察局特捜部による汚職事件捜査により2006年に終息することとなった。2006年9月25日に実 弟の佐藤祐二が逮捕され、この事件に対する実兄としての責任をとって二日後の9月27日に知事は辞職を決断し、それが28日に県議会で承認された。こうし て五期18年にわたる佐藤の知事活動は終わった。それから一ヶ月もたたない10月23日、佐藤栄佐久自身も収賄罪の疑いで逮捕され、のちに起訴された。そ の後のさいばんについては佐藤栄佐久『知事抹殺--つくられた福島汚職事件』(平凡社2009年)、佐藤栄佐久『福島原発の真実』(平凡社新書、2011 年)などを参照されたい。


佐藤栄佐久知事のことはいろいろ聞き及んでいたのだが、その名前のせい(すまんm(__)m)で避けていたのだが、これは読まずばなるまい。

電力自由化反対論者の巻き返しの一つの主要な動機として、六ヶ所再処理工場問題が あったと考えられる。もともと電力自由化推進と原子力発電推進とは、両立させることが困難である。原子力発電が本質的に、経済合理性を満たす事業ではない ことが、その理由である。しかし原子力事業の中でもとりわけ核燃料サイクル事業、わけても核燃料再処理は、真っ先にリストラの対象とすべき事業である。

無理が通れば道理が引っ込む、ってか(^_^;)

1995年の高速増殖炉もんじゅナトリウム漏洩火災事故、1997年の動燃東海再 処理工場火災爆発事故、1999年のJCOウラン加工工場臨界事故、2002年の東京電力等原子炉損傷隠蔽事件、2004年の関西電力美浜3号機配管破断 事故、2007年の北陸電力・東京電力臨界事故隠蔽事件…………

ふうーーっ。

もんじゅ改造工事は2007年5月に終了した。その後、機器の故障・トラブル、 MOX燃料の劣化などにより運転再開は4回も延期された。しかしついにもんじゅは2010年5月6日、停止後から14年ぶり運転再開し、5月8日に臨界に 達した。だが運転中には種々のトラブルが続出した。
ついに8月26日、核燃料交換時に用いる重さ3.3tの炉内中継装置をクレーンで吊り上げたときに事故が起こった。炉内中継装置が原子炉容器の底部めがけ て落下したのである。--炉内中継装置は2011年6月24日に無事回収されたが、回収後も原子炉容器底部の損傷の検査が必要である。(第七章 事故・事件の続発と開発利用低迷の時代 (二)原子力立国への苦闘)

「拙速」という言葉があるが、もんじゅの場合は「遅拙」という言葉が相応しい。

放射能汚染水問題はその後も長く尾を引くことになった。東京電力は4月4日から、 その収容先の確保のために低レベル汚染水1万1500tを事前通知なしに海に放出し、国際的非難を浴びた。建屋底部に貯まった汚染水を吸着物質を入れたタ ンクを通過させて浄化し、再び炉心に注入する汚染水循環システムを構築する作業が4月から始まり、6月から稼働を開始した。しかしそれは放射能汚染水の増 加を抑え放射線レベルを下げるための応急措置にすぎない。
福島原発事故の収束・復旧と損害賠償に要する費用は数十兆円に達するとみられ、復旧までに要する歳月としては数十年が見込まれる。--東京電力を会社精算 し試算を売却しても10兆円程度しか回収できない。株式、社債、融資については金融会社に債権放棄してもらうのは当然だが、正味の資産をすべて一般公開入 札で売却しても、損害賠償および事故処理・復旧のための費用のごく一部しか返済できない。残りの大半は政府が数十年にわたり返済していくしかないので、巨 額の国民負担が発生するのは避けられない。単に原子炉施設の解体・撤去をおこなうだけでなく、周辺地域の汚染した表土の回収・処分を徹底的におこなうなら ば、数百兆円をひつようとするかもしれない。その重荷が日本の財政破綻をもたらすおそれもある。それが回避されても大幅増税による国民負担増とそれによる 一層の景気低迷はさけがたい。

これが2011年10月、事故から半年時点での吉岡の観点だが、それから3年たった今、事態は変にぶれていないか??

日本の原子力発電はさまざまの安全上の弱点を抱えていた。日本の原発は世界一安全だという安全神話は根拠がなかったことは今や明らかであり、むしろその逆であった。

危機発生予防対策の不備については、以下の五項目が 重要と考えられる。
1.地震・津波大国に原子力発電所を建設したこと
2.1カ所に多数の原子炉を建設したこと
3.地震動・津波の想定が甘かったこと
4.圧力容器・格納容器破壊を想定しなかったこと
5.全電源喪失を想定しなかったこと

危機管理措置の失敗
1.政府主義の指揮系統の機能障害
2.東京電力の実力の範囲内での事故対応
3.圧力容器・格納容器破壊のあとの対策を考えなかったこと
4.住民被曝対策の機能障害
5.有効な防災計画がなかったこと

それらの背景にあるのが「原子力安全神話」に他ならない。この神話はもともと立地地域住民の同意を獲得すると同時に、政府による立地審査をパスするために 作り出された方便にすぎなかった。しかしひとたび立地審査をパスすれば、電力会社はそれ以上の安全対策を余分のコストを費やして講ずる必要はない。こうし て「原子力安全神話」が制度的に、原子力安全対策の上限を定めるものとして機能するようになった。いわば電力会社が自縄自縛状態におちいったようなもので ある。もし立地審査をパスした原子炉施設の安全性に不備があるというメッセージを社会に対して発信するため、それはタブーとなるのである。福島第1原発で は負のイメージ形成を避けるという本末転倒の理由で、安全対策強化が見送られた可能性がある。
もちろん電力会社のみならずすべての原子力関係者にとって、「原子力安全神話」を否定するような想定を公表することはタブーとなる。こうしてすべての原子 力関係者が「原子力安全神話」による自縄自縛状態におちいったのである。それが今回の福島原発事故により露呈したと考えられる。そしてそれが原子力災害時 の機能障害と相まって、福島原発事故をここまで深刻なものにしてしまったと考えられる。(第八章 福島原発事故の衝撃)

(本書の原型は)1999年4月25日に朝日選書として出版された『原子力の社会史--その日本的展開』である。この本はありがたいことに1999年度の エネルギーフォーラム賞優秀賞を受賞した。原子力に対する賛否の立場の違いをこえて、大枠的に賛成の立場をとる方々が選考委員となっておられる賞をいただ けたことは、原子力に大枠的に反対の立場をとる筆者の議論の普遍性をみとめられたことを意味するので、かくべつの喜びであった。しかし、この作品の売れ行 きはふるわず、重判が出ないまま10年あまりが経過した。
しかし、2011年3月11日の福島原発事故によって状況は一気に変わった。--前著で書けなかった1999年から2011年までの10年あまりの原子力開発利用の「現在史」について大幅に加筆した新版を急遽出版することになった。(あとがき)

20世紀末に日本の原発の社会史、その問題点をこれだけきっちり摘出した著作が出ていたことは、高く評価すべきである。新版の急遽出版を「「慶ぶべきこ と」とは、とても言えない(^_^;)が、3・11を踏まえた本書は、Morris.にはとても貴重な読書体験となった。

2014103
【災後論】天野恵一
★★★☆☆ 2014/03/11 インパクト出版会。
「核(原爆・原発)責任論へ」の副題がある。3・11直後から3年にわたりあちこちに発表した、直截的発言をまとめたもので、当然重複も多いし、まえがき にあるように「殴り書き」(^_^;)みたいなもの(ほとんどアジビラ(^_^;)も多いが、それがかえって新鮮に思えたりもした。著者は1978年生れ で、「反天連(反天皇制運動連絡会)」書記長を勤めているとのこと。
共感覚える意見の引用がやたら多いし、その引用と本文が入り組んでたりするので、再引用するのがややこしかったりもした。

<災後>の時間は、自民党政権よりマシの期待を大いなる幻滅に転じた 民主党政権の終焉をすぐもたらし、スッキリとした天皇主義者安倍晋三自民党政権のカムバックをも、もたらした。この<壊憲>政権はアメリカ帝 国の政治的軍事的コントロールに自発的に従属しながら、本格的戦争国家日本づくりへ向けて暴走しだした。支離滅裂なウルトラ・ナショナリスト(アメリカの ポチである<純粋日本主義>)は、アメリカじかけの戦後象徴天皇国家の奇妙な姿を白日の下にさらしだしている。今、私は<災後> の体験を通して、<もう一つの戦後史>をやっと手にしだしているようだ。
本書は、その進行中のパラダイム・チェンジのプロセスの、運動の渦中での殴り書きのレポートである。(まえがき)


この部分は、表紙に小さな文字で印刷されてあり、Morris.が本書を読んでみようという気になったのだから、ナイスな惹句だったわけだ(^_^;) 少なくとも上記引用部分には全面的に賛成である。

「東日本大震災でも、マス・メディアは、がれきの撤去作業や、行方不明者の捜索、 遺体の収容などを行なう自衛隊員の姿、被災者が自衛隊に感謝する声を繰り返し伝える。『危機管理』には自衛隊を活用すべきである、という声がメディアでも 当たり前のようになっている。私にも武器を携えて海外に行くくらいなら、災害支援をしていた方がましだ、という気持ちがある。こうした流れに対して、もう いちど『軍隊は人道支援や災害支援をする組織ではなく、軍事組織である』という原則を打ち出す必要がある。いま私たちが直面する『危機』に対応する組織は 自衛隊ではない。そのことをはっきりさせた上で、被災者が抱える多様な困難にきめこまかく対応できる専門性を持った新しい災害救助隊について、今こそまじ めに論議する必要がある。民主主義という原則がない軍隊に『人道支援』『災害救援』をまかせ続けてはいけないんだ」(越田清和2011/06)

災害救助(人命救助)は大切であり、そのための組織を拡大・強化することは重要な課題である。しかし、それはほんとうのところ、軍隊が担えるものではな く、軍隊に担わせてはいけないものなのである。軍隊が市民社会の内側に浸透してくることは、軍隊の『民主化』などを意味しない。社会の軍事化という怖ろし い事態の進展を、そんなふうに取りちがえることは、派兵国家・社会を本格的につくりだそうとしている支配者の野望にまきこまれてしまうことにしかならな い。

「今回の阪神大震災であきらかになったのは、兵庫県も神戸市もその他の都市も、自前の救助の間が制度』をほとんどつくりだしていなかったことだ。」(小田実『被災の思想 難死の思想』(朝日新聞社 1996)

小田は日本の戦後憲法の「平和主義」の理念を実現していくためには「殺すな」の原理にたった「非軍事的救助体制の形成」こそが必要だったはずだと、ここで 力説している。小田は、ここで平和憲法の原点をふまえ、自衛隊に頼らない、「市民の火軍事の防災体制」をつくりだすことをよびかけている。それこそが彼の 「被災の思想」であったのだ。


神戸地震の時、Morris.も全壊被災者だったから、自衛隊の救助活動には感謝すること大きかった。特に隣の小学校に移動式風呂を開いてくれた時には、 思わず手を合わせそうになった(^_^;)くらいである。しかし、それはそれとして、やはり上記の視点を忘れてはならない。
最近の、広島土砂災害と御嶽山噴火事故での自衛隊活動はしつこくマスコミに取り上げられ、一種の情宣活動に見えてしまった。特に後者では、報道での写真も自衛隊提供という形で、完全に操作されたものとなっていた。
小田実は「何でもみてやろう」くらいしか読まずにいたが、この「被災の思想」は読むべきかもしれない。

「『無責任の体系』は1945年で終わることはなかったとだけはいえる。『無責任 の体系』の議論そのものが、もう一つの『無責任の体系』の始まりを告げる序曲となってしまったのである。戦後の日本国民共同体は、戦争や植民地支配の責任 について、一人として戦犯を摘出し、審議し、処刑することができなかったのである。戦後の国民共同体が、その『仲よし』の和を重視するあまり、植民地暴力 や戦争中の残虐行為の責任者を摘出し、処罰する能力をついに獲得できなかったし、責任者を誤魔化すことから戦後社会は始まってしまったのである。
いま知識人が直面している課題は、挙国一致ないかカウの組閣に協賛したり国民の団結を奨励するために死者の霊を弔うことなどではない。このような惨事を生 み出した制度的な条件を洗い出し、誰がどの段階でどのような発言をし、どのような決定を行なったか、その発言はどのような論拠があり、その論拠は妥当で あったかを、一歩一歩調べ上げることであろう。」(酒井直樹「『無責任の体系』三たび」2011)

「事故のプロセスもよく分かっていないのに再稼働を急ぐことは、敗戦国が敗戦の原因を明らかにできないまま、戦争ができる国づくりを急ぐことと同じである。」(千本秀樹)
象徴天皇制国家の戦後責任(侵略・植民地支配の歴史的責任を問わなかったことの<責任>としてのそれ)を問い続けてきた私たちは、さらに連続 されていくであろう再稼働反対の<脱(反)原発>運動の中で、戦争責任をふまえて<原発責任>を具体的に問い続ける作業をこそ持 続していかなければなるまい。


3・11の、地震・津波被害は天災だが、原発震災は明らかに人災であり、この責任を誰も取ってないということは、絶対許されることではない。
何はともあれ「東電」「保安院」「経産省」の三悪の洗い出しからはじめなければならないのに、3年足らずのうちに、再稼働だの、安全宣言だの、原発輸出だのと、責任取るどころか、正反対方向へ向かっている。

敗戦・占領の時間ヒロヒト天皇の権威の上にのったマッカーサーは、天皇制の延命を 願った日本の支配者たちの希望をくみこみ、象徴天皇制というスタイルの変換によってそれを延命させた。(戦争責任はいっさい問わず)。天皇制は、沖縄売り 渡しの「天皇メッセージ」(これこそが現在の米軍基地にあえぐ沖縄をつくりだす起源にあるものだ)で、これに答えた。かくのごとく、戦後の象徴天皇制国家 は、アメリカじかけでつくりだされてきた。日米安保体制という軍事同盟を戦後国家の「国体」としてつくりだすために、吉田政権下でヒロヒト天皇自身が 「裏」で暗躍したことは、この間、多くの人びとが根拠をもって指摘している、公然たる事実である。

これは先日読んだ「女たちの<銃後> 増補新板」(加納実紀代)で、しっかり勉強させてもらった。みごとに「してやられた」んだよな(>_<)
戦後の失策を、災後にも繰り返しているのではないかというのが筆者の焦りにつながってるのかも知れない。

「放射能対策といえば『除染』しか無いかのごとく千億、百億円単位のお金がどぶに 水を捨てるように注ぎこまれている。その効果は最初から疑問視されており、一時的、部分的効果はあっても元の木阿弥になるのが普通である。その時の汚水は 河川や工場に流され、汚泥などは集積場が未定なので、その家の敷地の片隅のブルーシートで覆われて放置されている。この作業の手抜きぶりが年明け早々、
発覚し、その多くはゼネコンビジネスであることも判明した。」(佐々木慶子「あれからもう2年、福島の今」)


「除染」にはMorris.も疑問のぬぐいきれずにいる。除染が被曝を生むという、本末転倒の噂もあちこちで聞くし、行政の「アリバイ作り」でしかないのかな。

「昭和の妖怪」と呼ばれた「革新官僚」(ファシスト)政治家岸信介の孫の右翼天皇(国家)主義政治家安倍晋三は、一度、平和憲法破壊を公言して首相となり、あえなく挫折したが、一度首相として死んだ後、文字通り「平成の妖怪」としてカムバックしてきてしまったのである。
かつての侵略戦争と植民地支配の政治的リーダーの象徴的人物(満州帝国のエリート官僚であり東条内閣の大臣であった)岸信介は「A級戦犯」容疑で巣鴨プリ ズンにほうりこまれながら、なんと戦後に首相に返り咲いた。この事実は、最高の責任者天皇ヒロヒトの天皇としての延命の結果である象徴天皇制の継続ととも に、日本が<最高の無責任国家>である事実を、それこそ象徴している。

著者の立場からすれば、「象徴している」で済ましてはいかんだろう(^_^;)

第二次安倍内閣官房参与飯島勲の名前を眼にして、私は「やっぱりな」の思いを強くした。この男は、小泉首相の「劇場政治」ポピュリズム政治の演出家として、名をはせた人物である。マス・メディアをフル活用した人気とりのための、ことこまかい演出。
小さなパーティに突然参加して、持歌を一曲歌ってみせる安倍、農業の現地視察で耕耘機に乗って、農民スタイルで、機械を動かしながら、親指だけを突き立て てにぎりこぶしを前に付きだして、にこやかにポーズを取ってみせる安倍。小泉「劇場」でおめにかかった風景が、連日、テレビを中心のマスメディアに、にぎ やかにまたつくり出されているのだ。


この男の名前は覚えておかねば。ナチスの宣伝相ゲッペルスみたいな役割なのだろうか。
しかし耕耘機上での安倍のポーズって、Morris.の「身土不二」のポーズそのままぢゃ(>_<)
これはやめて欲しいぞ。

それにしても「主権を売り渡す」ことで成立した安倍らの天皇主義ナショナリズム は、あまりにハチャメチャである。だいたい、サンフランシスコ「講和」は大東亜戦争肯定論者である安倍らが否定してやまない「東京裁判」の判決を前提にし て、安倍らが「決別」すべきとする「戦後レジーム」をつくりだしたものであるはずだ。日米安保を「国体」とする、米軍絶対の「売国」ナショナリズムとい う、自己矛盾が、こういう分裂的な論理を生み出しているのだ。公然たる論理の自己矛盾など、いっさい気にかけずに「天皇陛下万歳」と叫び「強い日本」など というムード的スローガンに自己陶酔しているだけなのだから、あきれる。

ちょっとヤケクソ気味な文章だね(^_^;) もうちょっと文章としても、論としても整理が必要だと思う。いいたいことはよくわかるんだけどね。

野田政権も、交代した自民党安倍晋三政権もふれずにきたが、メルトダウン事故の本 当の「収束」は、何十年(あるいは百年)はかかるとされている。まだ実現したことのない「廃炉」を実現するまではありえないことなのだ。だとすれば「収 束」のために必要なのは再稼働のための「規制委」などではなく、「廃炉」のための委員会だったはずである。

廃棄物、廃炉問題を棚送り(目隠し)したことこそ、原発行政のごまかしと没義道のキモであることははっきりしてる。3・11以降、このことは大多数が周知の事実のはずなのに…………

もう一点、忘れてはいけないことがある。この人為大事故の「犯罪現場」を管理して いるのは犯人であることはまちがいない、「東電」なのである。そして調査はその犯人が提出するデータに基づいていろいろなされているだけなのだ。だから、 国会事故調メンバーに「真っ暗闇」で視えないとの嘘をついて、地震で炉自体が破壊されていたであろう事実を隠蔽するような事が絶えないのだ(そうだとすれ ば、「基準」の前提<津波で壊れた>が崩壊し、ペテンの論理そのものが、なりたたなくなってしまうからだ)。

この茶番をひっくり返す、特効薬はないものか。

「東京オリンピック」誘致のため安部首相は国際オリンピック委員会(IOC)総会 で、東京電力福島第一原発の放射能汚染について「状況はコントロールされている」0.3平方キロメートル範囲で完全にブロックされている」と断言してみせ たのである。これは口をすべらせた政治的デマという、よくある水準のデマとはちがう。確信を持って大嘘を吹く、といった、文字通りのデマゴーグの言葉で あった。
安倍の野望は実現し、「東京オリンピック」決定とともに、マスコミ報道は大歓迎一色に染あげらた。
マスコミは、放射能汚染水ではなく安倍政権によって完全にコントロールされてしまっていると考えるしかない事態が一瞬にして現出したのである。(許されな いデマを首相が国際社会の舞台で、公然と発した事を、どのマス・メディアも正面から批判してみせることは、まったくできなかったのである)、オリンピック 報道は戦争(大本営)報道と同じなのだ。このことに安倍のねらいはあったのだ。批判する奴は「非国民」というムードが、暴力(妨害)右葉たちが、私たちに 向ける言葉(ムード)が、オリンピックを活用すれば日本社会全体を支配する。ここまで読んだ安倍のオリンピック政治。だから、この東京オリンピック生jは 原発再稼働のための政治であり明文「壊憲」をとにかく実現するための政治なのである。

「2020年のオリンピックの東京での開催決定は『東京安全宣言』の先取りである。いまの段階で東京が放射能被害を免れていることを世界が認めるというこ とは、どれほどの原発事故が起きてもたいしたことではないという世界的な原発推進清六のイデオロギーの肯定である。しかしなによりもこの決定は、日本社会 の今後のあり方にとてつもない混乱状態を引き起こす可能性がある。まずひとつは、これからオリンピック開催年までの7年間に、現在政府とマスコミを中心に した情報操作で押さえ込んでいる放射能汚染による"健康被害"(とくに内部被曝)がどれくらい拡大・浸透し、騙したり隠しきれなくなるかという問題があ る。」(杉村昌昭 2013/11)

9月20日の『東京新聞』には池内了の、2020年の東京五輪は「ナチスが演出して世界大戦の前夜となった1936年のベルリン・オリンピックと二重写し になる」と論じている。オリンピックの歴史を学ぶ学者なら、池内くらいの感性を持ち合わせていなければおかしいであろう。平和憲法の全面破壊にフル・ス ピードに暴走している安倍政権の政治的招致のこの現実を前にしたらそれが「文化」の最低限の水準ではないのか。


2020東京オリンピックはその招致の安倍トンデモ発言から、「国策」のレールに乗せられてしまった。
オリンピックに反対、あるいは批判的意見をいうと非国民扱いされるということになるのだろう。
マスコミも建設業者も観光業者もスポーツ団体も誰も彼もが、オリンピックという甘い蜜に群がって、政府は「オールジャパン」という大政翼賛国家作りのスプリングボードにしようとしている。

「小松一郎内閣法制局長官が憲法解釈の変更事例を明示したのは、安倍晋三政権が目 指す集団的自衛権の行使容認に向け、大きな意味合いを持つ。憲法解釈を変更してはならないという誤った風潮が根強くはびこる中、過去に変更した事例を示し たことで、国内外の社会情勢に応じた解釈変更の妥当性を強調し、行使実現に布石を打ったからだ。
内閣法制次長が長官に昇格してきた従来の慣例を破り、小松氏を起用したのは首相で、腹合わせをした上での発言と見るのが妥当だ」(産経新聞 2013/11/02)
首相の個人的な見解(主張)で、勝手に憲法解釈の大変更が許されたとしたら、法治国家ではなくなってしまう。「許されない」のはあたりまえ。しかし安倍晋 三首相は、独善的な「人事」(トップを自分の都合のいい人物にすげ替える)を実行し、その人物と「腹合わせ」して、解釈の大変更を正当化して見せようと動 き出しているのである。


就任当時のトンデモ発言で世間を騒がした籾井勝人NHK会長の人事が、同じようなケースだったのだろう。最近あまり表には顔を出さなくなったが、その分、NHKが安倍自民の応援放送局色を強めているのは、自明である。
「憲法改変(著者によれば「壊憲」)」より解釈変更への路線変更も、安倍本人よりブレーンの考えなのだろうと思うが、これだと国会でなく内閣でどんどん進行していくのがかなわん。

『東京新聞』2013年11月1日の「こちら特報部」の記事である。それは、安倍 たちは「安全保障にかかわる情報の秘匿」という点に力点を置いてこの法案(秘密保護法安)を押し出したが、この分野については、かなり法的な措置が施され ていることを考えれば、と前置きし、以下のように主張している。
「立法の本当の狙いは、特定有害活動とテロリズムの防止という残る二分野にありそうだ。これを担当するのは警察だ。法案を作成したのは内閣官房内閣情報調 査室(内調)だ」。この「内調」は、前身は戦前(中)の特別高等警察(特高)であった。「公安(警備)警察」である、と論じた後、「特定有害活動」も「テ ロリズム」も、まともに定義されていない、どんな相手にも便利に貼り付けられるレッテル以外のものではないという事実を踏まえ、すでに非合法な捜査を繰り 返している、この「公安」の活動は、「秘密のベールにつつまれて、この法律によって正当化されていくことになるだろう」と語るこの記事の結びは、以下の元 警察官の声である。
「この法案が通れば、公安警察は野放しになる。気が付けば『特高の復活』という事態になりはしないか」。
「治安維持法」の現存的復活。私たちの活動は、もっぱら軍事問題に引き寄せて、これを問題にし続けてきたため、治安弾圧立法というグロテスクな性格について鋭く問題にする作業が少なすぎた。


新聞記事の引用と、自分の意見のパッチワークで、読みにくいことこの上ないが、秘密保護法=治安維持法ということは、Morris.にも前からわかってた。しかし、昨年末に交付され、12月10日の施行まで秒読み段階である。
あれやこれやと、多くの問題提起がなされ、共感したり、教えられたりするところ多かったが、大勢としては、悲観的にならざるを得ない(>_<)
責任者「出てこない」のである。
2014102
【ベルカ、吠えないのか?】古川日出男
★★★☆☆☆
2005年 新潮社。
第二次大戦下から戦後にかけて、選ばれた軍用犬の血の系譜。これは後の「ロックンロール七分作」の原型みたいな作品だった。つまり、Morris.好みということだ(^_^)
世界を舞台に繰り広げられる物語だが、米ソ冷戦時の、代理戦争における、その尖兵となるイヌのリアリズムには驚嘆させられた。
一瞬ほんとうにこんな超犬部隊が存在したのではないかと錯覚させられそうになった。古川の贅力にはいつもながら震撼するしかない。
しかし本書では、宇宙時代幕開けのソ連フルシチョフを狂言回しに使った、宇宙開発草創喜劇が一番面白かった。かなり、省略したり、前後移動しての引用を許してもらいたい。

じつのところ、最初の祖国(ソビエト)の英雄・ライカが誕生したのは、ほぼフルシチョフの功績だった。フルシチョフは「宇宙犬の創造者」だったのだ。もと もとフルシチョフは宇宙開発にロマンなど求めず、軍事的にその研究が重要だからとの理由でロケット事業にゴーサインを出していたにすぎない。そして 1957年8月21日、複数のロケットを束ねて驚異の推進力を有した、R-7ロケットの打ち上げが成功した。射程距離は7000キロ。愛称はセミョールカ といったこれが、ソ連初の大陸間弾道弾だった。わずかひと月半後に打ち上げられた人類最初の人工衛星・スプートニク1号は、このセミョールカが「核弾頭の 代わりに人工衛星を搭載して」発射されたものだった。フルシチョフは、だから、科学者たちの夢(たとえば--人類の宇宙進出! 世紀の大冒険! 大いなる科学・技術のロマン!)には当初、ひと欠片も興味なり共感なりを示していない。しかし、である。アメリカに先駆けて人工衛星を飛ばしてみたら、全 世界の反響が凄かった。西側の<連中>は震撼していた。共産主義が人類の新時代を開いてしまった事実に。その衝撃(ショック)。
1957年11月の、3日だった。イヌ族の歴史に刻まれた、あの日だ。いわばイヌ紀元ゼロ年、人工衛星のスプートニク2号に乗り組み、気密室にこもった一頭の雌犬が、地球周回軌道からこの地上を見下ろした聖なる事件(エポック)の日。
そして現在(いま)は、1960年8月の、19日だった。
二頭のイヌが宙(そら)にいた。スプートニク5号に乗せられて、この日打ち上げられた。
イヌ紀元3年の事件の主役である二頭は、与圧服を着せられていた。この与圧服を着用して、イヌが「宇宙に出て、戻れる」のならば、人間も可能だ、とみなされた。そのための有犬宇宙飛行だったのだ。
ペルカとストレルカだった。人々は歓迎する。祖国の英雄のイヌ、あの「イヌの中のイヌ」・ライカにつづいた二頭、と。

そしてフルシチョフは夢見ている。つまり<言葉を換えれば>思いついてしまったのだ。祖国(ソビエト)の英雄を両親に持つイヌの部隊を作るの だ、と考えた。いつ何時、冷戦は「熱い戦争」に変わるかわからない。第三世界での代理戦争の類いならば、いまにも起きる。そこに--最前線に--このイヌ の部隊を投入するのだ。鍛えあげられた、精鋭(エリート)の、宇宙犬の子孫に率いられたイヌの部隊。おお! とフルシチョフは自分の思いつきに唸った。見事に活躍させたならば、どうなる? われらが共産圏に対しては最高のプロパガンダとなり、西側に対しては、例のスプートニクの衝撃と屈辱を併せた効果を発揮する。することになる! なにしろ「ソ連の領土を宇宙にひろげたイヌの子孫」という稀有の肩書を持った「畜生」が、戦線で、資本主義の雑兵を蹴散らかすのだから。わははははは。


Morris.にとって「1957年」という年(Morris.は8歳だった)は、西暦紀元を初めて意識した年だった。それは明らかにスプートニクによっ てもたらされたものである。そして、それは、大陸間弾道ミサイルの変奏だったのか(>_<)。先般の北朝鮮の人工衛星打ち上げ名目の弾道ミサ イルは、これの遅すぎるエピゴーネンだったということになる。スプートニク直後のライカ犬が、こうやって日本の異色小説に結実したことを思うと、やはりス プートニクショックは大したものだったんだ。

アメリカが地上軍をその場所に派遣したのは、1965年3月8日。そしてベトナム戦争は1975年までつづいた。
ソ連がその場所に--国境を超えて--地上軍を送りこんだのは、1979年12月25日。そしてアフガン戦争は1989年までつづいた。
ベトナム戦争とアフガン戦争。アメリカとソ連のそれぞれの「泥沼」。どちらも冷戦構造の産物で、どちらも"直接介入"から10年つづいた。相似形だった よ。イヌよ、イヌよ、お前たちはこの二つの「泥沼」に翻弄される。そしてお前たちは、お前たちの系統樹は、アメリカとソ連だけに影響をこうむるわけではな い。剪定を受け、接がれ、運命を繁らせられるわけではない。
そこには中国がいる。第三のプレイヤーとして、共産中国(レッド・チャイナ)がいる。


こうやって、冷戦時代の米ソにからむ中国の台頭を、イヌたちに投影して物語は紡いでいく。うーーん、やっぱり古川の戦略はすごい。それを支える筆力もね。
2014101
【クイズ化するテレビ】黄菊英(ファンクギョン)
★★★★ 2014/07/20 青弓社。
著者は1982年生まれの韓国人。二十代後半に早稲田大学留学し、その時の修士論文が本書の元となっている。
解題として「クイズ番組とテレビにとって「正解」とは何か」(太田省一)、「テレビの文化人類学」(長谷正人)の二つの小論が収録されている。後者の長谷が著者の指導教官だったらしい。
Morris.はそれほどTV漬けの生活送ってるわけではないが、本書の考察はなかなかおもしろかった。

日本のテレビは無数の質問とクエスチョンマークであふれている。視聴者が手軽に情報を得たり、気楽に画面を眺めたりしているつもりでも、実はテレビは質問を投げかけ続けている。
私が最初に注目したのは、日本のテレビ番組に占めるクイズ番組の数の多さである。たとえば2010年のデータによると、東京では21本のクイズ番組が放送されていた。
たとえば2010年4月に韓国の4つの地上波キー局で放送されたクイズ番組は8本で、同時期の日本と比べると極めて少ない。


一般視聴者を回答者にしたクイズはお手軽で低予算番組の割に視聴率がそこそこ稼げるから多いのだろうくらいに漠然と思ってたが、そんなにクイズ番組が氾濫しているとは思わなかった。

本書ではクイズを以下のように定義しておく。
質問と答えという形式に基づいた
①啓蒙
②娯楽
③見世物化
のためのコミュニケーション形式(序章 テレビとクイズのはざまで)

私は日本に来た当初、クイズ番組を見ていて答えら
る分野とそうではない分野が明確に分かれていた。答えられるのは英語・スポーツ・世界史など国際的に共通する分野の問題だけで、日本の歴史・社会・地理・風習などの問題は日本語の意味自体がわかっても答えられなかった。
そのような問題は、留学生の私にとってはクイズ問題というよりそれこそ勉強に近く、メモをとりながら視聴することもあった。通常は自分が属している文化圏 でつくられたクイズ番組しかみないのでこのことに気づくきっかけがないが、文化的背景による制約は確かに存在する。

これは、Morris.が韓国に行ってテレビのクイズ番組を見た時に同じようなことを思った。たとえば、世界史の著名人なら分かる事が多いが、韓国の歴史上の人物となると殆ど知らない。

クイズ番組が常にカルチュラル・リテラシーを基盤に成立しているということは、すなわちクイズ番組が日本人が知っておくべき知識や理解すべき文化を盛んに紹介し視聴者を教育していることを意味する。

「カルチュラル・リテラシー」というのが、わかるようでよく分らなかったので、辞書にあたってみる。
・cultural 修養上の、教養的な、文化的な……と言った意味

・literacy 読み書きができる、教養のある、学問ができること、識字率
ということから「◯◯人なら知っておいて当然の知識」みたいな意味で使われているようだ。

日本のクイズ番組では、漢字の書き方、読み方といった漢字そのものについての問題と、そこから派生する熟語問題・連想問題にいたるまでの多様な漢字関連クイズが出題されている。
いまの日本ではパソコンや携帯が普及したため手書きで漢字を書く機会が減り、機械による自動変換に頼るようになっているため漢字習熟度が下がってきている が、漢字の重要度そのものは落ちていない。したがってカルチュラル・リテラシーとしての漢字がクイズ番組によく登場するのはごく自然な現象であり、見方に よっては公的メディアであるテレビが担う啓蒙の役割を、クイズ番組が果たしているとも考えられる。(第1章 クイズと「啓蒙)


漢字クイズは、日本のクイズの一大ジャンルといっていいだろう。読み書きの他、宛字、熟語、並べ替え、記号化、図式化などさまざまなヴァリエーション花盛りであり、これからも新しいタイプの問題が続々登場することが予想される。

「同時性」はクイズに限らず生放送・生中継がもつ特性だが、「同時刻性」はどのような手法で生み出されるのだろうか。
クイズ番組特有の「同時刻性」の要因は、その演出法にある。回答時間を制限し、秒を刻む音や残り時間の表示といった視聴覚的効果で切迫感を強調し、回答者が答えを云う瞬間に独特の間をもうけて緊迫感を高めたりすることが、それである。(第2章 クイズと娯楽)


これが後に出てくる「山場CM」につながる、というか、「山場CM」がクイズのやり方を踏襲して誕生したということだろう。

クイズ番組は、視聴者の参加を促すために、賞金や賞品を提供した。視聴者は、賞金 や賞品のため、あるいはテレビに出演したいため、または自分の知識を自慢したいために、番組に参加し、互いに競い合ったり制限時間内で知識の限りを尽くし たりして、番組を見応えのあるものにしていった。
1990年半ばまで続いたこの状況は、情報化社会とインターネットの普及によって大きな変化を迎える。知識人であれ、博学の視聴者であれ、知識を身に着け た者がクイズ番組の主役になるのがそれまでの常識だったが、インターネット(具体的にはその検索機能)が普及してくると、知識はいつでもどこでも簡単に手 に入れられるようになり、その社会的位置づけが変化した。
かつては自分が知らない知識を手に入れるには、たくさんの本を読んだり詳しい人に教えてもらったりするしかなく、欲しい知識に到達するまでの距離が遠かっ た。しかし、ネットの検索機能はその距離を誰にとっても平等に縮めてくれることで「知」の地位を変えたのである。
出題の傾向も、簡単に調べられる教科書的な知識より、番組が独自に作り出した問題や多様な説がありうる噂の真相、直接取材しないかぎり知りえない問題が主になってくる。クイズ番組で扱う素材が「知識」から「情報」へとシフトしつつあるとえいる。


たしかにインターネットは、クイズ、雑学、知識に決定的な影響を及ぼした。
いくら博学でも物知りでもネットにはかなわない。仲間内では比較的雑学に詳しいということで、質問受けることの多かったMorris.だったが、20年前 くらいから、そのての質問はだんだん減ってきて、今世紀になって、そのレファレンス的価値はほとんど消失してしまった(^_^;)

テレビの制作者はその気になれば情報をきわめてコンパクトに伝えることもできるの だが、あえてそうしないのは、高い視聴率を目指すには、核心だけを伝えるよりもさまざまな演出をして視聴者の興味を引いたほうが効果的だとわかっているか らである。特にクイズ番組は情報を意図的に「秘密化」してから視聴者に伝えるという手法をとることで、情報の公開を「イベント化」するという演出を施して いる。
素材(情報)そのものにはインパクトがない場合でも、クイズにすることでインパクトがあるようにみせかけることができ、情報の価値を水増しして「見せ物 化」できるということになる。実際にはあまり重要ではない情報に必要以上の注目を向けさせているという見方もでき、これに対しては批判も成り立ちうる。 (第3章 クイズと「見せ物化})

ここらあたりは、ちょっとステレオタイプな論の持って行き方だと思う。ヤラセも誇大表現もほどほどにね、ってところだろう。特にニュース、報道番組ではこの危険性が高い。

ニュース番組の「めくりフリップ」は、一見クイズとは全く違うものに見えるし、実際クイズではなくクイズの手法を応用しているだけなのだが、一方ではクイズの「演出」を意識的に取り入れて報道していることも間違いない。
クイズには必ず「正解」が存在する。実際はクイズではないとしても、クイズ的な形式をとることによって視聴者がニュースにも「正解」が存在するはずだと感じるとしたら、非常に危険なことでもある。
実際には深刻で非常に重要な問題をはらむ情報に、クイズの手法が乱用されると、クイズの特性によって、そう意図していなくても内容をイベント化・ショー化してしまい、視聴者がその深刻さを見逃してしまう危険性も看過してはいけない。

本書によると、めくりフリップを使い始めたのはみのもんたの番組(朝ズバッ!)だったらしい。不祥事続きで、めっきり登場番組の減ったみのもんた。クイズ・ミリオネアでのあのいやらしすぎたタメはもう見られない(見たくもないけど)だろうな。

日本のスポーツニュースはもっとも重要なこの情報(試合結果)を、すでに結果は出 ているにもかかわらず、最初には決して告げず試合の経過を順を追って説明してから最期に伝えるというやり方をとるが、これもクイズ的手法のバリエーション といえる。韓国でもスポーツ関連ニュースが連日ほうそうされているが、ほとんどの場合、まず試合の結果を伝えてからハイライトシーンを流すという形式をと る。

Morris.はニュースの初めに試合結果が出ると、カックンとくる方である。擬似にしろ何にしろ「同時刻性」を味わいたい気持が人一倍強いのだろう。時々スポーツ番組を留守録してあとで見るつもりの時、ビデオ見る前に結果がわかると脱力してしまう。

活字メディアではランキングは、リスト化すれば一目で全体を理解させられる要約的 な情報なのだが、テレビではそれとは正反対なのである。「要約」ではなく「拡張」であり、「一目」でわかるように伝えるのではなく「段階的」に伝えるもの だからである。(第4章 偏在する「クイズ性」)

ランキングはそのままクイズになるし、100人に聞きましたみたいなタイプのランキングなんかだとクイズ作ること=ランキング作りである。

韓国もテレビ放送を開始した当初は番組の途中にCMを流していたが、1970年代に禁止されて以来、地上波放送では番組が始まる前か終わったあとにだけCMを流している。
日本の民間放送局は番組の途中に挿入するCMが全面的に許容されており、制限は番組全体の放送時間に対する比率(放送時間の10%を上限)だけである。
放送業界では商業主義が強い印象があるアメリカと比べても、日本の「山場CM」の数がアメリカの二倍以上に達するというのは非常に興味深い。(第5章 自己PRへ向かう「クイズ性」)

番組途中にCMを入れないという一点で、韓国テレビは素晴らしいと思う。これなら山場CMの出る幕はない。

韓国で生まれ育った私が日本のテレビを試聴する経験をもつことが出来たのは、テレビを改めて見直すいいきっかけになった。私は日本のテレビを通じていままで知らなかったテレビの特性、すなわち「クイズ性」」を発見することになったのである。

これは彼女の「発見」なのだろうか? 今は亡きナンシー関ならずとも、テレビのクイズ性は自明のものだったと思うのだが……

「山場CM」や番組予告ではテレビが自分自身をクイズ化し、「クイズ性」はテレビ 自身をアピールし「見せ物化」するための道具として使われている。「クイズ性」を使って「媒体として」何かを伝えるのではなく、「媒体としてのテレビその もの」をアピールしようとしているのである。

これに関しては、CM無しを売り物?にしているNHKの自局番組CMの目に余る過剰ぶりのことを指摘せずにはいられない。昨今は、それにくわえて、会長お 友達の現職首相と与党のCM、オリンピックいらっしゃいCM、番組そのものがそれらのCMになってるようにも思えるものも多すぎる (>_<)。

テレビはまだ無数のシール(めくりフリップ)でキーワードを隠された存在で、本書 はそのなかの一枚のシールをめくったにすぎない。だが、このような探求が「テレビとは何か」というテレビをめぐる最大のクイズ問題に答えるための一つの試 みであることは、まちがいないだろう。(終章 クイズ化するテレビ)

結びの一文だが、無理に気の効いたオチ付ける必要は無かったと思うよ。本書の日本文は、発行元の編集者が校訂したようだから、ここも、その編集者の行き過ぎた親切だったのかもしれない。

ここから後は、長谷正人の解題からの引用になる。

丹羽美之の優れた研究によれば、クイズは第二次大戦直後、GHQの占領政策のなか で日本のラジオ放送に導入(=強制?)された文化形式であり、用語だった。GHQは戦時中の日本のラジオ放送が政府によって国民をコントロールするための 道具として使われたことを批判して、日本に民主主義を根づかせるために番組内容を改め、できるだけ一般大衆にマイクを開放するように指導した。

そうやって生まれたクイズ番組は当時「当てもの」と呼ばれてたらしい。「話の泉」とか「二十の扉」とか、ね。

彼(レヴィ=ストロース)によれば、「ゲーム」は、開始されるときには参加者は全 員平等な状態だが、終了するときには勝者と敗者という差別を作り出す形式をもっているのに対して、「儀礼」の場合は反対に、開始時は不平等な関係にあった 参加者たちが、最後には互いに平等な関係に置かれるという形式をもっている。だから、前者は平等を条件にして参加者の競争を誘発するとすれば、後者は不平 等を条件にして競争を回避しようとする文化の形式だと言えるだろう。
つまりテレビは、近代的な競争社会のなかに埋め込まれた、反=競争的な装置なのだ。
私的な家庭生活のなかで、人々は互いの生存を守り合うために助け合って暮らすしかない。そのような平等原理が支配する日常空間の真ん中で見てもらおうとするために、テレビはどうしても競争的原理を捻じ曲げられてしまうのだ。
ここからファンさんが発見した、日本のテレビの「儀礼としてのクイズ」-- たとえば知っている試合結果をしらないふりをして報道すること--の意味がわかってくるだろう。韓国のテレビは、公共社会の論理に従って、すでに知りえた 試合結果を責任をもって迅速に報道する。しかし日本のテレビは、私的空間(お茶の間)の論理に合わせようとする。視聴者の目線に立って「さあ結果はどう なったでしょうか」と呼びかけることで、視聴者とのあいだに平等な関係を作り出したかのように偽装したいのだ。それが日本のテレビを支配する「儀礼の論 理」である。


レヴィ=ストロースは昔読んで、いまいちよく理解できなかったけど、以上の引用はわかりやすい(^_^;) 日本のテレビはゲームより儀礼の空間に近いのか。「お茶の間」空間がほとんど消滅した日本社会では、テレビの儀礼性も変化せざるを得ないだろうけど。

娯楽的なテレビを研究するというばかばかしさにいささかも照れることなく、あるい はテレビが正義の立派さを目指せばいいという無力な正解を捏造してすますこともなく、ただひたすらにテレビの儀礼的な呼びかけに応じようと試み続けるこ と。それによって、彼女はテレビ研究で誰も到達したことがない高みに到達したのではないか。その意味で、これほど透徹した美しい論文はない。そう私は思っ た。(長谷正人 解題 テレビの文化人類学)

指導教官の手放しの礼賛(^_^;) 微笑ましいというべきか。まあ、悪いことではないだろう。
透徹したとまでは言えないまでも、真摯で率直で目の付け所がよい論文ということは間違いない。巧まずして優れた日韓比較文化論ともなっている。
彼女が留学したことは、本当によかったと思う。



2014100
 
【骸骨ビルの庭 上下】宮本輝
★★★☆ 2009/06/23 講談社。「群像」2006-09
大阪十三にある戦前に建てられたレトロなビルヂングの住人を追い出すために入居した語り手が、亡くなったビルの持ち主の養子たちのそれぞれの身の上を連作短編風に綴っていく物語。
それなりに達者で、読ませる作品だったが、途中引用された大木惇夫の詩が印象に残った。孫引きしておく。

戦友別盃の歌 大木惇夫

言ふなかれ、君よ、別れを、
世の常を、また生き死にを、
海ばらのはるけき果てに
今や、はた何をか言はん、
熱き血を捧ぐる者の
大いなる胸を叩けよ、
満月を盃(はい)にくだきて
暫し、ただ酔ひて勢(きほ)へよ、
わが征くはバダビヤの街、
君はよくバンドンを突け、
この夕べ相離(さか)るとも
かがやかし南十字を
いつの夜か、また共に見ん、
言ふなかれ、君よ、わかれを
見よ、空と水うつところ
黙々と雲は行き雲はゆけるを。

この詩は当時の国家が戦意高揚のために大木惇夫に作らせたのだが、詩などとはまったく無縁だった若い兵士たちが愛誦したのは、各人が怯む心を鼓舞するため ではなかった。この詩が、詩として優れていたからだ。青春の抒情というものがみずみずしく満ちていたからだ。


これは以前他の本(久世光彦だったかな)で見かけたことがあるのだが、そのとき控えておかなかった。手持ちの創元社の「全詩集大成現代日本詩人全集」第9巻に大木惇夫が収録されてるから、後でまた読めると思ったのだが、チェックしたらこの詩は載ってなかった。戦時中の三詩集は削除されてたらしい (^_^;)
大木は北原白秋の弟子筋にあたる。師白秋も、戦争詩を数多く書いた。しかし戦争中に亡くなったため、それほど戦争責任を問われることはなかった。大木は戦後、戦争責任の集中攻撃を受けた形で不遇な後半生を送ったようだ。


2014099
【原発事故と被曝労働】被ばく労働を考えるネットワーク編
★★★ 2012/10/15 さんいちブックレット。
福島原発震災以降、高まった原発批判、しかし、やはり根底の下請け労働者の被曝と劣悪労働環境の実態は、なかなか表に出てこない。
本書は、ネットワークでつながった、小さな活動団体の代表やメンバー9名の、レポートやコメントを集めたものである。

原発で長年働いていた人物はこう語る。「原発の3K実態が暴力団・企業舎弟が存在感を増す下地になっている。この組織がピッタリはまる労働現場はほかにな い。第一に、命令と服従の関係が仕事をこなすときに力を発揮する。第二に、東京や大阪で日雇い労働力の売買がまとまって行なわれる場所を"寄せ場"という が、ここを実質支配しているから日雇い労働者を集めやすい。第三に、放射線管理区域着替える機会が多く、刺青で幅を効かせられる。第四に、労働トラブルを 抑えられる」と。
私たちは05年10月期の東電交渉で、この人物とともに申し入れを行った。「原発内雇用の多重構造の弊害が噴出している。暴力団組織や刺青を入れている人 物の雇用が多く、公益企業として異常な実態にある。健康診断書と印の偽造。健康保険、厚生年金に加入させない違法行為などが横行している」。
これに対し、東電の回答は、「当社では工事請負契約上うたっているのは工事の品質管理、施工方法、竣工状況などであり、個人の身体や人格上の問題を契約に 盛り込むことはできない。第一原発では、反社会的勢力への対応のために富岡警察署の次長を呼び、協力企業を対象に講話を開催し、意識の高揚を図っている」 と工事請負契約で逃げを打ったが、反社会的勢力の存在は暗に認めた経緯がある。(略)(『脱原発情報』2012・05・29) 
  

これは福島で発行された情報誌からの引用だが、暴力団と原発の癒着の構造が現在まで根付いていることをうかがわせる。

私は、避難民に対して「失業者である」という観点を持たないといけないと思ってい ます。失業者という観点から労働組合が仲間として受け入れて、なんとか、しようということで、動かないとだめだと思います。私も経験がありますが、失業者 は昼間からお酒を飲んでしまいます。毎日、暇があれば、酒が抜けることはありません。たまたまお金を持っていればパチンコもします。何よりも家族を養って いるという誇りが挫けることが大きいです。(桂武「労働相談などからみえてきたこと」)

難民はたしかに不条理に失業させられた人々といえる。住む場所を奪われて、明日の見えない状態に置かれてしまうと、朝から酒を飲みたくなっても仕方がない一面もあるだろう。

東電社員は、自分が辞めたくても、なかなか辞めさせてもらえない。外にいろんな話 をもちだされるといけないから、辞めさせられないのではないかと思います。本人は、「周りは失業している人がいっぱいいるのに、自分はまだいいほうだ」と 言います。(木幡ますみ「原発作業員の家族の声」)

東電社員の中にも協力な差別構造が存在している。

除染作業は放射性物質の移動(移染)でしかなく、しかもそれを人の手で行なう以上、除染作業の過程においても、除染後の生活においても被曝は避けられない 危険としてある。しかし、帰還を願う被災者の思いや、帰還を促したい行政の思惑、そして除染事業という新たな利権構造をまえにした業者の意図は、この除染 によってもたらされる被曝を無視・軽視する力として働く。それはまさに、行政・電力会社・地元住民・消費者が一体となって原発の危険性から目を背け、それ ぞれが自分の都合のよい解釈をして、総体として原発の安全神話を形成した構図と同じではないだろうか。(なすび「除染という新たな被曝労働」)


底辺労働者の被曝危険度は、事故後どんどん高くなっているのは間違いないし、必要な労働者の数もどんどん足りなくなってきている。それなのに彼らは、東電や原発企業、政治家からだけでなく、すべての人から見えない存在となっていく。

被曝労働者がどのような社会背景のもとで動員され、どのような労働条件や制度のも とで働き、どのような被害を受けてきたのか。今、これらを明らかにし、具体的に取り組んでいかなければ、地方社会や下層労働者が使い捨てられ、産業や「成 長」のために人間が犠牲となる世の中は変わらないだろう。
原発問題は、エネルギー政策の問題などという矮小な問題ではなく、格差・差別構造の問題であり、ないがしろにされる生存権の問題だ。被曝労働問題は、そのことを端的に示しており、原発の闇をえぐる問題である。(あとがき)


「原発問題は差別問題」。これは絶対忘れてはならない視点である。

2014098
【話してみよう!釜山語(プサンマル)】 キムセイル、ペクサンヒ
★★★☆ 2013/07/21 HANA。
韓国語学習がおろそかになっている、今日このごろ、新長田図書館で本書見つけて思わず手にとった。万年韓国語初級留年(^_^;) のMorris.なので、サトゥリ(方言)学習なんか百年早いとも思うのだが、釜山といえば、Morris.の中では第二の故郷みたいな気がする町だし、 気分転換ということで……

「釜山マルの発音と文法」「第二章釜山マル」「音声ドラマ」の三章に、16pカラーの「釜山案内」がおまけに付いている。もちろんCDも一枚付属してい る。標準マルとの対比、抑揚、発音変化の法則など、かなり突っ込んだ解説もあり、なかなか本格的釜山マル教本で、こういうのが日本で出版されること自体画 期的だが、Morris.の水準で、これをマジに勉強すると、肝心の標準韓国語がおかしくなってしまいそう(^_^;)
釜山で、ちょっと冗談まじりで使えそうな単語とフレーズをいくらか引用してお茶を濁すことにする。
釜山マルのハングルとカタカナ表記、和訳 標準マルのハングルの順である。

쪼매 비싼데예. チョメピッサンディエ ちょっと高いんですが조금 비싼데요.
저 게기 이름이 머라예? チョケギイルミモラィエ? あの犬の名前は何? 저 고기 이름이 뭐옝요?
머 하능교?モハヌンギョ? 何してます? 뭐 하세요?
어서 오이소.オソオイソ いらっしゃいませ 어서 오세요.
마이 파이소.マイパイソ たくさん売ってください 많이 파이소.
와 그라노?ワグラノ? なぜなんだ? 왜 르래?
내 강대이.ネガンデイ 私帰るよ 나 간다.
잘 있거래이. チャルイッコレイ 元気でね 잘 있어.
아부지アブジ お父さん 아보지
어무이オムイ お母さん 어머니
할매 ハルメ おばあさん 할머니
할배 ハルベ おじいさん할아버지
누 ヌ 誰 누구
머 モ 何 뭐
으데 ウデ どこ 어디
와 ワ なぜ왜
까리하다 カリハダ かこいい멋있다
맛나다 マンナダ 美味しい  맛있다
아이다 アイダ 違う아니다
난주 ナンジュ あとで나중에
하모 ハモもちろん물론
안녕하상교? アニョンハインギョ こんにちは안녕하세요?
고마심니더. コマシムニド ありがとう고마습니다.
안녕히 게시이소. アニョンヒゲシイソ さよなら안녕히 계세요.
안녕히 강이소. アニョンヒガンイソ さよなら 안녕히 가세요.
아니예. アニィエ いいえ아니요.
알았심니더. アラッシムニド 分かりました 알았습니다.
모르겠심니더. モルゲッシムニド わかりません모르겠습니다.
미안해예. ミアネィエ ごめん미안해요.
개한아예. ケハナィエ 大丈夫 괜찮아요.
좋아예. チョアィエ いいです 좋아요.
을마라예? ウフマラィエ いくらですか얼마예요?
우야꼬. ウヤッコ どうしよう 어떡해.
머라꼬? モラッコ?何だと? 뭐라고?
아지매,주리주이소. アジメ、チュリチュイソ おばさん、お釣りください마주머니,거스름돈 주세요.
오랜마임니더. オレンマイムニド おひさしぶり오랜만입니다.
사랑한대이. サランハンデイ 愛してる사랑해.
대끼리! デッキリ! 最高!최고다!

2014097
【種子(タネ)たちの知恵】 多田多恵子★★★★
 
2008/05/25 日本放送出版協会。
8月に読んだ「身近な実とタネハンドブック」の元となった本である。
30種ほどの植物のタネを4pずつで紹介、実物大タネ図鑑、団栗図鑑やら、ひっつき虫図鑑などのおまけもついて、実に素晴らしい写真と、多恵子ぶしとでもいいたい、語り口にすっかり魅了されてしまった。
彼女のプロフィールをネットから引いておく。

[著者情報](「BOOK」データベースより)
多田多恵子(タダタエコ)
理学博士、専門は植物生態学。東京農工大、立教大、淑徳短大非常勤講師。高名な物理学者である父・久保亮五(東大名誉教授)と植物好きの母・久保千鶴子 (俳人・「未来図」顧問)の次女として、東京都に生まれる。当時、父親が理学部長だったこともあって、小石川植物園にもよく連れていってもらった。小学館 の学習図鑑のジュウニヒトエの図の横に、初めて見た場所を「たまがわけん」(玉川学園と神奈川県を混同)と書き込むなど、子どもの頃から根っからの植物好 き。それが高じて東京大学理学部に進学、植物学を専攻、大学院に進む。今度は小石川植物園が研究の場に。牧野富太郎博士ゆかりの伝統ある分類学研究室に所 属し、お昼にハルジオンのおひたしを食べたり、ヨウシュヤマゴボウの試食にトライして気が遠くなったり、野鳥の撮影に夢中になって池にはまったりと、多感 でワイルドな学生生活を過ごす。植物生態学研究室での研究生活を経て、理学博士に。コンピュータの研究者である夫と結婚、一男一女をもうけ、主婦業、大学 講師、著述業そして研究者と、4足のわらじ生活(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)


父は高名な物理学者、母は植物好きな俳人(@_@) うーーん出自からして並みじゃなかったんだ。
野草の試食で失神したり、池にはまったりの大学時代といい、彼女の資質とスタイルは、生来のものだったようだ。そしてあの親しみやすい文体は母の薫陶を受けたものと思われる。
ハンドブックで感心したキャッチコピーは、本書でもすでに用いられているし、各項のラストにおかれている「オチ」にもつい微苦笑を誘われる(^_^;)」

巷の噂では、ケサランパサランという白い毛玉のような姿をした謎の生き物がいて、捕まえてタンスの中で飼うと幸せになれるのだとか。追いかけて両手でそうっと捕まえると、それは真っ白な絹毛をゴルフボールくらいの大きさに広げたガガイモのタネでした。
ガガイモは、のどかな農村によく見られます。紡錘形の実は晩秋に避けて、純白に輝く絹毛のタネが現れ、まるで重さが全くないかのように、ふわ~っと風に漂います。
この絹毛は種子の一部が変化したもので、形態学的には「種髪(しゅはつ」といいます。ミクロン単位のとても細い繊維からできているので、空気の粘りけが大きく作用し、重力の作用を打ち消してふわふわ浮いて漂います。
実のなかでタネは毛をたたんだ状態でぎっしり並び、実が熟して縦に避けると種髪を丸く広げて旅立ちます。
タネが飛び去ったあとには、実の川の部分がカヌーのような形に残ります。『古事記』には、小さな体のスクナヒコナノミコトが「天の羅摩舟」、つまりガガイ モの船で海を渡ってきたと書かれています。ガガイモは、日本で書物に登場する最古の植物でもあるのです。(ガガイモ)


実に気持の良い文章ぢゃ。「のどかな農村によく見られ」るなどという表現も、なかなか書けそうで書けない気がする。植物学的知識も薀蓄くさくなく、さらっ と、そして分かりやすく解説される。持って生まれた特長的個性なんだろうな。綿毛が空中を漂うメカニズムの説明、古事記の言い伝えもさりげなく紹介して る。

毛虫のように見えるのは、ムクゲのタネです。長さ4~5mmくらい。おそるおそる手のひらにのせてみると、まが玉みたいな形をしたタネの縁に、硬い金色の毛がびっしり並んで生えています。たしかに毛虫みたい。でも、ほら、ライオンのたてがみにも見えるよ。(ムクゲ)

お母さんが子どもに教えてるみたいな語り口だが、嫌味にならないところが彼女の持ち味である。

さあ寄っていらっしゃい、水辺のマジックショーですよ。ソーセージが一瞬で綿あめに変わります。タネも仕掛けも……あるんです!?
日本にはガマ、ヒメガマ、コガマの3種があります。ともに湿地や沼のほとり、休耕田などに生える大型の多年草で、ソーセージを思わせる穂ときしめん状の長い葉が目印です。
漢字は「蒲」。「蒲鉾」は竹串に魚のすり身をガマの穂の形に巻きつけて焼いたのが始まり。ほぐした穂を中綿にしたので、今でもふとんは「蒲団」と書きます。(ガマの仲間)


穂をソーセージ、葉をきしめんに例えるあたりも彼女の面目躍如である。蒲鉾、蒲団の雑学もMorris.好み。

ブラシノキはオーストラリア原産の常緑樹。英名の「ボトルブラシ」のとおり、花はまさに瓶ブラシの形をしています。
学名のカリステモン(Callistemon)は「美しい雄しべ」という意味。
じつはこの実は、木が生きているかぎり、ずっとタネを閉じ込めたまま枝に残っています。実の口が開いてタネが散るのは、山火事にあうなどして枝が枯れたときだけです。
山火事のあとは、光が豊富で競争相手もおらず、灰の栄養もたっぷり。この絶好の機会を待って、ブシノキはタネを散らし、後継者の木を育てるのです。(ブラシノキ)


ブラシの木のあの花は「雄しべ」だったのか(@_@) 花の真ん中を貫くように枝が伸びて、過去の実がずっと残ってるというのも、不思議。

ジュズダマの栽培種がハトムギです。だったらジュズダマだって食べられるはず。そ う思って堅いビーズを金づちで割ると、思ったより大きな半球形の穀粒がでてきました。きっと大昔の人類はヒビこうやって堅い殻をワリ、穀粒を食べていたん だね。ひたすらトンカチやっていると、気分はすっかり原始人。でも、30分かかって収穫は、やっとおちょこの底にひと並べ分でした。
お米に混ぜて炊いてみました。豆の味にちょっと似て、もちもち感があり、素朴だけど、意外といける味でした。そうか、中身がおいしくて動物に狙われてしまうから、こんなに堅い殻で守るようになったんですね。(ジュズダマ)


とりあえず食べてみる(^_^) という姿勢。いいなあ。

サルナシは野山に生えるつる性の木。柔らかく熟した実は、香りも味も断面もキウイフルーツにそっくり! そもそもキウイフルーツは、中国産の近縁種であるシナサルナシを改良したものです。
おいしいサルナシですが、食べ進むと舌がちくちくして甘みも感じなくなり、それ以上食べるのは苦痛になります。私の場合、どんぶり一杯が限度でした。(サルナシ)

どんぶり一杯(^_^;)

公園に植えられたムクロジの大木。その木の下で、骨董品のランプかポットを連想させる、不思議な実を見つけました。
果皮のサポニンは、昆虫には有害成分として働きます。さらにタネの殻も非常に堅い。これだけ厳重に守るからには、きっとタネの中身はおいしいに違いありません。
金づちでタネを割って食べてみました。少し苦いけれど、コクのあるナッツの味。調べてみると、油脂成分を豊富に含み、昔は炒って食べたとか。(ムクロジ)

どこまでも貪欲に食べてみる\(^o^)/

なにしろ、踏まれ強いのです。
葉には太い筋が通っていて、踏まれてもちぎれません。丈夫な繊維が電気コードのように維管束を包んでいるのです。花茎もしなやかで、踏まれたって折れません。根も四方に広がり、踏まれても蹴られても抜けません。
雨や露に濡れたタネは、ゼリー質に包まれてぺたぺた粘り、歩く人の靴や車のタイヤにくっつきます。こうして人間の行く先々に、タネが運ばれるという仕組 み。学名のPlantagoは「足の裏」を意味するラテン語に由来し、中国名の「車前草」も車道によく生えることに由来します。(オオバコ)


オオバコを「車前草」と書くのは中国名で、「大葉子」という漢字表記があることも初めて知った。「丈夫な繊維が電気コードのように維管束を包んでいる」などという説明も分かりやすい。

野山に潜むヒッチハイカー。
タネたちはそれぞれ忍び道具を持っています。引っかけるかぎ針、刺さると抜けない逆さトゲ、挟み込むピン、ネバネバ粘着テープ。
オナモミの痛い実を何とか割りました。するとヒマワリのタネに似たタネ(本当は実)が」、あら、ふたつ。取り出して食べてみると、うん! いけます。味も食用に売っているヒマワリのタネにそっくり。調べてみると、中国では食用油の代用として栽培されているとか。(オナモミの仲間)


「ひっつき虫」植物はお馴染みだが、オナモミまで食べてみるかあ(^_^;) イノコヅチとかヌスビトハギとか、ヤブジラミとか、命名者が楽しんで名づけたようなのが多い。オナモミの語源が気になって「大言海」で「おなもみ(をなも み)」を見たら「なもみヲ見ヨ」とあった。

なもみ[神麹に、此生汁ヲ用ヰル。生揉ノ意カト云フ。蝮、蛇ニ噛マレタルニモ、揉 ミテ付くと云フ] 一、草ノ名。野生アリ、春生ジ、秋枯ル。葉ハ、茄ノ葉ニ似テ、緑ニシテ刺ナク、互生ス。茎、高サ三四尺、夏、茎ノ頂ニ白花ヲ開ク。実ハあをき(青木)ノ実 ニ似テ小サク、両頭尖リテ刺アリ。今、コレヲ雄なもみト云フ。(大言海)

そうか、もとは「ナモミ」でこれを二つの植物に「オ(雄)ナモミ」「メ(雌)ナモミ」と命名したということか。

カラスムギのタネは、熟すそばからぱらぱら落ちます。この性質を「脱粒性」といい ます。タネが成熟すると基部にすき間ができ、自然に落ちるのです。動物の食害を避けて早く安全な地面の中に逃れられるので、野生植物には有利な性質です。 でも人間側から見れば、まとめて収穫できないので栽培には向きません。
野生穀物を栽培化するにあたっては、この脱粒性をなくすことが最大のポイントです。カラスムギから栽培化されたマカラスムギでは、脱粒性は消失し、タネは 熟したあとも親の元にとどまります。稲にも同様の歴史があります。昔の人々は脱粒性のない変わりだね(野生植物としてはできそこない)を選び出して、栽培 化してきたのです。(カラスムギ)


栽培穀物は、自然に反して、人間の収穫に都合の良い改良?を施されたものだったのか。

多恵子さんの本はこれで3冊目になるが、彼女のおかげで、Morris.の植物趣味も、花だけでなく、実やタネや葉の面白さに広がったようだ。最近のMorris.日乘にも、実ヤタネの写真が多くなったのは、当然その影響大である。
本書にはテーマからして「実は」とか「実に」というフレーズが頻出する。Morris.はついつい「じつは」とか「じつに」とか読んでしまいがちだった。 彼女は「実(み)」の場合は漢字で「実」、「じつ」はひらがな表記を用いている。Morris.は「実(じつ)は」はずっと漢字表記を使ってきたから、 「じつは」という表記には違和感を禁じ得ない。ちょっと悩ましいところである。

2014096
【日本の原発危険地帯】鎌田慧 ★★★☆☆
2011/04/17 青志社。
1982年4月、潮出版社より刊行
1987年7月、河出文庫として刊行
1996年11月、岩波書店より『新版 日本の原発地帯』と改題して刊行
2006年9月、新風舎文庫として刊行
そして、福島第一原発事故の直後(ひと月後)に再刊行されたのが本書である。
福井、伊方、福島、柏崎、島根、下北①、下北②、人形峠・東濃鉱山・幌延、巻町の9章となっている。
「自動車絶望工場」以来、日本での虐げられた労働者問題、公害問題、そして原発問題への精力的な取り組みは、突出している。
本書は30年以上に書かれたものが、増刷され、2011年3月の福島第一原発事故以後にまたあらためて再刊されたものだ。

福島原発は、これまでも、さまざまな隠蔽を問題にされてきた。2002年8月、原 子炉の故障やひび割れが隠されていた、とする内部告発が原子力安全・保安院から福島県にあった。2年もまえにその報告をうけていた保安院が、なんの調査も せず、その情報をこともあろうか、東電本社に横流ししていた、という事実が暴露された。炉心隔壁(シュラウド)がひび割れしていた、という大事故につなが りかねない欠陥だった。原発政策は日立、東芝、三菱、IHIなど、原子力産業と経産省、そのなかに包摂されている保安院が推進力である。これはたとえが悪 いが、泥棒を泥棒が取り締まる制度ともいえる。(まえがき)

なかなかに辛辣な筆致だが、そうされても仕方のない原発側のやり方だった。

電源三法による交付金は地方財政のなかで「投資的経営」にだけ使われ、人件費など の一般財源には使えないように枠をはめられている。原発地帯において、道路とか、学校とか、体育館などが、「身分」不相応にデラックスなのはこのためであ る。つまり、局部にだけの過剰投資となるのである。
原発のもうひとつの特徴は、地方自治のなかに秘密がもちこまれることである。それは用地買収が電光石火、極秘裡のうちにすすめられることから端を発し、稼働中は何重もの自動ドアで仕切られ、事故や故障があってもその情報はなかなか外にもれない。(福井)


「電源三法」の飴と鞭、原発の秘密体質、原発はドロドロのブラックボックスぢゃ。

伊方原発反対運動の原則とは
①いかなる政党にも属さない
②いかなる支援も敵視しない
③各自共闘の自主性を尊重する
④経費は自前とする
の四項目である。大衆運動の理念が、簡潔にしてよく表現されている。(伊方)

これを決めるまでにどんな経緯があったのか知らないが、言うは易く行うは難しだろうな。

橋本さんのお宅は、炉心から千五百メートルの地点にある。放射能は空気とおなじで眼に見えないが不気味である。避難訓練をやってほしい、と東電の職員と会うたびにいうのだが、事故を予測することはできないので、訓練のしようがないとのことである。
おそらく、避難訓練の実施は、地元のひとたちの心に潜在している恐怖を撹拌し、原発にたいする疑問の泡を生みだす作用をもたらすことになるので、やろうとしないのである。(福島)


「怖いものには蓋」である。

わたしが訪れたとき、第一原発の第一号炉は運転停止中だった。81年4月10日、 午前零時30分ごろ、非常時の際に原子炉を冷却する隔離時復水器につながる蒸気配管の一部がヒビ割れて、放射能をふくんだ冷却水もれが発見された。この一 号炉は71年に稼働してから平均稼働率30%でしかなく、双葉地方原発反対同盟によれば、「被曝者製造炉」ということになる。(福島)

この「被曝者製造炉」がそれから30年後にどのような状態になるのかは、鎌田にも想像のおよぶところではなかったようだ。

彼(枡倉隆68)が断固として東北電力の原発建設に反対しているのは、かつて第一 原発で「人夫」として働いた経験からである。原発は「科学技術の粋」などと喧伝されているが、労働環境が悪く、修理したあとの検査の杜撰さをみただけで も、そのひどさといい加減さがわかったのである。働きつづけて「原発病」で死んだ友人や知人には、ことかかない、という。
わたしが会った孫請業者(パイプ工事担当)は、「パイプに継手を使っていないから、亀裂が入って当たり前、いい加減なものだった」と証言した。(福島)


これは福島原発に限ることではなかったろう。

原発の恐怖とは、自然を汚染し、人間や生物の組織を破壊するばかりではなく、品性 をいやしくさせ、人間のつながりを断ち切り、権力に迎合させ、自治体を秘密主義と非民主的にすることにある。電力の原発依存とは、人間生活が危険物に依存 し、他人と未来がどうなっても、自分の現在だけがよくなればいい、という思想を蔓延させる。建設過程の強引さが、そのすべてを物語っている。そして、もし もひとたび事故が発生したなら、たとえば、島根原発の10キロ圏内に住む7万6千人がどのように避難するのか、30ヶ所の上水道、簡易水道の水源地をどう 守るのか、水をどうして供給するのか、その具体案は市民になにも知らされていない。(島根)

内容の深刻さを思うと、不謹慎かもしれないが、こういった批判を書かせると鎌田は実に上手い。「名調子」と言えるだろう。

試験地がそのまま処分地にされるのではないか、それが東濃地区の人たちの共通の不 安である。日本の政府は、既成事実で踏みつぶしてくるのを常套手段としている。既成事実を強引につくり、あとは時間をかけて、諦めさせる手法である。「地 元の理解」とは、そのことを指している。(東濃鉱山)

日本の政府=ヤクザ説というのは、最近読んだ本にも書いてあった。

ウソとカネ。これが原発建設のエネルギーだ、とわたしは何度か書いてきた。それと 地方自治の破壊、である。巻町のケースもまたその例外ではなかった。しかし、それでもここは土地を楯にして、原発の横暴を30年ちかくも抑えてきた。青森 県は東通原発が、30年にわたる住民の抵抗のすえ、ついに工事がはじまろうとするのをみれば、東北電力が時間とカネを惜しみなく使ってなお、原発建設の見 通しをたてられないのは、特筆に値する。
まして、市民が、自分たちの運命は、自分たちで決める、との住民自決の「住民投票」に漕ぎつけたのは、地方自治の簒奪をつねとする、電力会社にたいする未曾有の反撃といえる。(巻町)


「署名」も「住民投票」も、「お上」には暖簾に腕押しだったりする。

ひとびとは、港をつくってもらうことを条件に、まだ技術も確立せず、プルトニウム を原料とするもっとも危険な高速増殖炉の建設に同意した。行政から切り捨てられたものほど、行政の力に期待するようになる。たとえ、差し出された手が悪魔 のそれであったにしても、それにすがらざるをえない。政治の貧困が、政治の強権をひきだすのである。
このように、原発地帯とは、たいがい、原発が侵攻した戦跡のことである。政治家は、それまで切り捨てて顧みることのなかった地域を、原発導入地帯として思 い出す。もしも、事故が発生したにしても、そこは低人口地帯で被害が少なく、補償金も安くてすむ。そのことで電力会社と意見の一致をみる。低人口地帯の 「人口」は、放射能を浴びることをはじめから想定されている、ともいえる。
とにかく、原発はカネである。カネをバラまいて原発が建設される。地元のひとたちを説得する武器はそれしかない。原発がバラまくカネは、住民を退廃させ、 地方自治を破壊する。建設されたあと、大量に送りこまれた下請け、日雇い労働者たちの健康と将来を確実に墓石、被曝者量産工場と化す。原発は、コンピュー タによって、というよりも、暴力団が手配する"人夫"によって維持されているのである。(82年版あとがき)


ここでも「名台詞」連発である。やっぱりルポライターもノンフィクションライターも、結局は「「筆の力」なしでは、大成出来ないに違いない。

いまなお、建設に至っていない、福島県の浪江・小高地区の原発反対運動をまとめてきたのは、枡倉隆さん(故人)だった。
「百姓はコメをどうするかということだけしか考えないが、相手は毎日だますことだけを考えているんだ。枡倉隆は百姓だ。口をきいたら負けるだけだよ」
彼はいっさいの交渉に応じなかった。彼の言葉に、建設するものとされるものとの不幸な関係が、はっきりと示されている。それは騙す、騙される関係でしかなかったのだ。(2006年文庫版あとがき)


ライターとは別次元での名台詞だね。それを不幸な関係と観じるライターがいて……

わたしが問題にしてきたのは、「国が安全だといったから」「あとのことはあとの首長が考えます」と答えていた、原発誘致自治体の判断停止状態だった。
70年台はじめから、柏崎原発の反対運動のルポルタージュを書いてきた。それ以後、全国の原発地帯をまわって、反対運動の報告を書き続けてきた。その結末が、四基を廃炉とする炉心溶融自己の発生とは、あまりにも悲しい。(2011年3月31日付あとがき)


Morris.も悲しい。
2014095
【ヤクザと原発 : 福島第一潜入記】鈴木智彦
★★★
2011/12/20。文芸春秋。

著者は1966生で主にヤクザ界取材するフリーライターらしい。東日本震災後、ヤクザの宮城支援に同行したことから、福島第一原発に潜入取材を思いつき、ヤクザ人脈を利用して2011年7月から8月の一ヶ月間現場作業員として働き、本書を執筆。
この内幕に関して、青木理と対談の動画がYou Tubeでも公開されている。2時間とえらく長めだし、かなり雑な編集だが、Morris.としては青木理の話にいろいろ共感覚える所多かった。

つい堀江邦夫の「原発ジプシー」を連想せずにはいられないが、時代も志もかなりの違いがある。でも、原発底辺の事実を探るという点では共通しているといえないこともない。
本書では、実際の作業描写や著者の感想より、知り合いの地元のヤクザ親分発言が興味深かった。

「こんなちいちゃな街、役場に就職するか郵便局に勤めるか、田畑耕すか、魚穫るか。大きな会社なんてどっこも来てくれない。◯◯電力様様だ。
(建設の)話が表に出たら、街は蜂の巣をつついたような大騒ぎに鳴ったよ。もう土地はこっちで買ってあるし、それから騒いでも遅せぇんだけどな。賛成、反 対……みんな好き勝手言うけど、本音を言えば金、金、金、どれだけ儲かるのか、いくら稼げるのか、頭にあるのは金のことしかない。電力会社は普通の企業と 規模も体質も違う。バックにいるのは日本政府だ。素直に、はいはい言ってたらなめられちまう。あっちこっちから蟻が群がってきて、儲けがよそに持ってかれ ちゃうんだ」


「ぶっちゃけた話」という類だろう。しかし、金に目をくらまされた住民も、とどのつまりが、被災難民になってしまうということは想像だにしてなかったろう。

「借金こしらえてにっちもさっちもいかなくなったヤツを使ってくれって、まとめて 送ってもらったことがある。使い捨てだから誰でもいいんだ。飯場に住まわせて、にげられないよう俺たちが監視するし、たまには酒も呑ませてやった。といっ ても、あいつらの給料からガジッた金なんだけどね。それを悪いと言われたら、電力で働いてるヤツら、みんなそれぞれ搾取してっから同罪だよ。ご奉公が終わ るまではけっこう気を遣う。それでもトンズラするヤツがいたらきっちりシメる。ろくなもんじゃないんだ。口で説明したって分らねぇよ。
メーカーも分かってるだろ。知らんぷりだけど、汚れ仕事はヤクザにって思ってるんじゃないか。それにみんな元々仲間内だから」


「極道にも三分の利(^_^;)」七分の利は電力に、ワリを食うのは底辺労働者。

「なにか不祥事があり、それが新聞沙汰になっても、東電が怖いのは世論からの批判 だけ。どの協力企業も、一度や二度、そういった不始末を起こし、名前を変えて再出発しているし、元請けだってそれは分かっている。実質、ヤクザの会社で あっても、兄弟や親戚を社長にすればいいだけだ。狭い田舎なんだから、隠そうたって無理な話で、それは暗黙の了解だ。もともとみんな仲間内なんだから。親 戚や友達、先輩後輩……地域が全部グルと思っていい」
暗黙の了解……その後も原発取材で嫌というほど聞かされた言葉である。暴力団でも企業であっても、さも当たり前のようにこのフレーズを繰り返す。暴力団に とって、原発のようにダブルスタンダードと隠蔽体質の上に成り立つ産業は、最高のユートピアかもしれない。事実、原発を運営する電力会社は、警察に尻を叩 かれ、ようやく暴力団排除に重い腰を上げたばかりだ。

原発産業がヤクザにとってのユートピアというのは、笑うに笑えない現実である。

「組織のてっぺんたちは、自分の勢力範囲に原発が建設されるだけで、黙っていても金が入るようになっている。よくいう近隣対策費。名目なんてどうでもいい。それをしなきゃ、まともに話なんてすすむわけない。
なにをするって? 決まってるだろ。邪魔するのさ。右翼を使ってもいいし、末端の若い衆をあばれさせてもいい。すんなり金は落ちるね。会社のほうでも織り込み済みの経費なん だろう。電力会社……知らないわけがないと思うが、この時代、さすがに直接の接点はない。窓口になるのは建設業者だ。俺たちにとっては幼なじみの同族だか らな」

「電源三法」の甘い汁争奪戦。

「普通にサラリーマンしてる人たちなら、「放射能は嫌だ」っていうかもしれんが、金くれる人がいい人に決まってる。それに電気なかったら困るだろう。一般 的に考えて。「じゃあいいよ、電気は売ってやらない。電気停めますよ」そう居直られたらぐうの音もでない。俺たちからいわせれば、ヤクザのやり口と一緒だ よ。暴力で脅すか、他の手段で威圧するか、それだけの違いだ」


権力も電力もヤクザと同じ穴のムジナ。当人がいうのだから間違いないだろう。

「ヤクザもんは社会のヨゴレ、原発は放射性廃棄物というヨゴレを永遠に吐き続ける。似たもの同士なんだよ。俺たちは」

これは親分のオヤジギャグだと鈴木は対談で言ってたが、ギャグ以上に本質を突いた発言だと思う。
読後の感想だと、鈴木は、スタンドプレイ的な潜入取材より、人脈を活かした、外側からの聴きこみ取材に徹するべきだったのかもしれない。
しかし、あまりに知られていない福島第一原発事故後の、現場の実情の一端をしらしめるルポという意味では、やはり貴重な一冊ということになるだろう。
2014094
【福島原発の闇】 文・堀江邦夫 絵・水木しげる
★★★☆☆ 2011/08/30 朝日新聞出版。
松岡正剛の千夜千冊の「福島原発の闇」で本書のことを知り、遅まきながら目を通すことが出来た。

人知れず眠っていたこのルポが見つかったのは、週刊朝日臨時増刊「朝日ジャーナル 原発と人間」の編集作業の最中だった。福島原発に関する過去の文献を集めていた週刊朝日の堀井正明記者が、1979年の「アサヒグラフ」10月26日号・11月2日号に掲載されたルポ(原題「パイプの森の放浪者」)を見つけた。
テキストが『原発ジプシー』の著者、堀江邦夫さんんのものであることも驚きだった。下請け労働者として過酷な作業現場の実態を明らかにした堀江さんが『原発ジプシー』の刊行よりも真似い書いたということは、これはおそらく福島原発の現場について日本で最初に発表されたルポである。(2011年の解説 林るみ)


いま、振りかえってみると、原発という職場がもつ一種独特の"雰囲気"が、無言の圧力になって私たちに沈黙を強いていたように思えてならない。
かつて大戦中には、「戦争反対」を唱えると、いや戦争への不安や不満をほんの少し口にするだけでも、たちまち"非国民"扱いされたというが、こと原発現場も同じだった。
たとえ原発の安全性に疑問・不安を抱いたとしても、それをそのまま口にできないような、そんな言い知れぬ"雰囲気"が原発全体を厚く覆っていたことはたしかだ。
Nさんが福島原発近くの雑木林のなかで自らの命を絶ったのは、スリーマイル島原発事故発生からわずか数日後のことだった。
「原発の仕事も考えもんだ」という遺書をのこして……。


1979年3月28日、スリーマイル島原発事故。このとき堀江は3つ目の敦賀原発で働いていた。その時の回りの雰囲気を思い出して書かれた文章だが、戦時下の圧力と共通するものが原子力社会にあることを、身をもって体験した堀江の感想は重い。

原発のもつもうひとつの顔が、ひそかに、しかも確実に社会全体を覆いつつありました。ドイツ生まれの作家ロベルト・ユンクがその著『原子力帝国』のなかで、原子力は強力な警察・管理国家をもたらす、と警鐘を鳴らしていたとおり、たとえば1974年には米国の核燃料製造所に勤務する女性技術者が内部告発資料を持ちだしたとたん不審な自動車事故に遭い死亡する事件(カレン・シルクウッド事件)が起きていましたし、私のような売れないものかきでさえ、1977年、取材の途中で原発のPR館を見学しただけで電力会社から警察に通報され、県警による長時間の取り調べを受ける、といった不快きわまる経験をしていました。(「あとがき」にかえて)

取材中にも干渉、妨害、嫌がらせが多々あったらしい。『原発ジプシー 増補版』のあとがきには、出版後、東電が仮名の登場人物を特定しようとやっきになった、という事が書かれていた。
本書の著者紹介によると、86年から沖縄に居住。90年から沖縄大学で「記録文学ゼミ」の口座をもち、同人誌「沖縄を記録する」を主幹するなど、新しい活動を続けて来たらしい。
ただ、増補版のあとがきに、病み上がりという発言があった。これが、原発取材時の放射能後遺症ではないかと、ついつい疑わずにはいられない。

順序が逆になったが、本書の見どころはやはり、水木しげるの画である。当時ほとんど知られていなかった、原発内部の世界を、堀江の話と、一度だけの現地取材(外から眺めただけ)で、これほどの絵が描けるというのは、鬼才というしかない。

水木さんは、いささか自信なげに幾枚かの絵をテーブルにひろげてみせてくださった。目を見張った。原発内のあの闇が、あの恐怖が、どの絵からも浮かび上がってくる。マスクをかぶったときの息苦しさ、不快な匂い、頭痛、吐き気までもが甦ってくる。(「あとがき」にかえて)

初出の「アサヒグラフ」は四六4倍版(335☓255)という、大判だったらしいが、本書はA5版(210☓148)と小振りで、ちょっと物足りない。ただ、ところどころに部分拡大図が挿入されていて、これがまたすごい。点描で丹念に描かれた水木独特の非現実的な空気や水やヘドロやパイプの表現が、放射能という妖怪を具現化しているようだ。
2014093
【文学は、たとえばこう読む】関川夏央
★★★☆☆  2014/05/27 岩波書店。
「「解説」する文学Ⅱ」という副題があり、2011年刊行の『「解説する文学』の続編である。
前作では、司馬遼太郎関連が半分近くを占めていたが、こちらは4つのくくりで30篇の解説が収められている。草森紳一の「随筆 本が崩れる」に取材した前書き風の文章があるから、31篇というべきかもしれない。

本はゴミだ。いまや蔵書はゴミの山だ。
老人が死ぬと、たいせつにしていた記念切手がたくさん出てくる。だが市場はもう存在しない。2011年、最後の大きな切手屋さんが店じまいした。店じまい前にも、未使用の切手なら額面5円、10円でも郵便物に貼って使った方がいいですよ、といっていた。それに似ている。
古書はもっとひどい。百科事典や文学全集は資源ゴミにすぎず、故人の蔵書は遺族にとってたんに場所ふさぎである。
普通人が本棚を本で埋めたがる時代は、だいたい70年つづいて1995年頃終った。(前書がわりの一文)


そうか、日本じゃ切手収集の趣味は実質上消滅してしまったのかあ、って、本題は、古書の方だった。Morris.は典型的な図書館型読書人(^_^;)で、蔵書というものは無いに近い。スチール本棚2本に、レファレンス系(辞書、事典類)、韓国歌謡系(歌本)、詩人全集、料理系、ヴィジュアル系(絵本、デザイン本、写真)、漫画に。もともと古書的価値も何もない。

大正は、日本が大衆化社会への第一歩を踏み出したはげしいひと時代であると先に述べた。「戦前」は実は昭和三十年代なかばまで細々とつづき、高度成長下の破壊的建設によって息絶えたのだとすれば、明治も大正まで生きのび、大正12年の大震災によって命脈を絶たれたのである。(『大東京繁盛記 下町篇』)

特に東京は関東大震災が節目だったと思う。戦前が昭和30年代まで続いたというのは、ちょっと異論があるけどね。

長いあいだ太宰治の小説が若い人たちに愛読されたのは、彼が自分の弱さをちっとも隠そうとはしなかったからです。誰もが自分の弱さに悩んでいますから、彼の小説は共感を呼んだのですが、おとなたちは太宰治が好きだというとあまりよい顔をしませんでした。それは彼が自殺の常習者であったり、ちょっと情けないというイメージが強かったためです。(太宰治『走れメロス 富嶽百景』)

弱さを隠さないという、一種の露悪趣味みたいなもので、若者に受けているというのはどうだろう。太宰の魅力は別所にあると思うのだが。

健康で長生きできればその生の内容は問わないという傾き、強いて名づけるなら「明るい虚無主義」の生まれた背景には、物質的に充足し生活水準が向上するに従って日本文化は衰弱していくとう逆説的かつ重大な主題がひそんでいるのだが……(足立倫理行『北里大学病院24時』)

「明るい虚無主義」は、Morris.の代名詞みたいに使ってた言葉だが、それを「長生きできれば生の内容は問わない」と、定義されると困ってしまう(^_^;) 充分長生きしてしまったMorris.だが、別に長生きしたかったわけではないし、内容は、問わないわけじゃない。(実質的に伴わないとしても、ね)

日本の北朝鮮観は、長く歪んだままに放置されていたい。その実態が新興宗教的独裁政権であるのに「進歩性力」と意図的に誤解されたのは、韓国に成立した朴正煕政権を「軍事独裁」として排撃したいためであった。
「進歩派」には、日本社会で感じたフラストレーションをよく知りもしない外国に仮託する傾向があり、それは朝鮮半島において著しかった。59年末からはじまった北朝鮮への「帰国運動」では、日本人によって書かれた根拠の無い北朝鮮賛美の本と、他国の民族主義に対してのみ情緒的にかんようであるセンスがそれを支え、結果として9万4千人の在日コリアンの人生をだいなしにした。そして、北朝鮮が民族主義の名のもとに抱えこんだ根深い差別感情と迫害によって、多くの帰国者の命が失われた。
87年、大韓航空機爆破事件では、拉致された日本人女性に教育を受けた若い女性工作員と初老の男性工作員、ふたりの北朝鮮人が日本人をよそおった実行犯となった。このとき、もし女性工作員が男性工作員のように首尾よく自殺を遂げていたならば、確証はないものの、日本人の犯罪とされる可能性が高かった。少なくとも韓国民族主義はそう受けとめただろう。とすれば日韓関係は修復しがたいまでに歪んだはずだから、この大韓航空機爆破事件は二重の意味での国家テロであった。(高世仁『拉致-北朝鮮の国家犯罪』)


快著『退屈な迷宮』の著者だけに、鋭い指摘である。
特に、北朝鮮への帰国事業への、日本の政府、マスコミの対応は、いくら糾弾してもしきれない。犯罪というべきかもしれない。朝日新聞も、慰安婦関連、や福島原発所長発言の、訂正お詫びの前に、この帰国事業への陳謝をなすべきだろう。まあ戦時中の大本営発表のこともあるし(^_^;)
また大韓航空機事件の件。確かに金賢姫が生きながら逮捕されて韓国での取り調べが、無かったとしたら、まさに北朝鮮の思う壺というか、関川の言うように日韓関係はとんでもない事になってた可能性が高かった。かなり高度の政治テロだったんだ。うーーん、やっぱり関川には本質が見えてる。

『戦争広告代理店』は、松本清張的陰謀史観からいまだ抜け出せず、情報操作といえば邪悪な意図のもとになさえるものとのみ信じていた、平和な(ナイーヴな、イノセントな、アンリアルな)日本人に衝撃を与えた。広告もPRも、商品を売るためにだけあるのではなかった。国際関係や外交、戦争のためにそれはあるのだった。いや、国際関係、外交、そして戦争もまた商品なのである。(高木徹『大仏破壊』)

「松本清張的陰謀史観」(@_@) これにもびっくりである。Morris.はいまだに、この史観に囚われているところがあるような気がしてきた。Morris.の脳天気さに対するきつーい一発だった。

批評眼とは、ものごとを因数に分解し抽象する能力である。そして、それを物語化できる教養の力量である。それが、いしいひさいちには備わっている。他の表現ジャンルを横断して、ここまでユーモラス、かつあざやかな批評の物語はないと私は信じる。(いしいひさいち『踊る大政界』)

いしいの漫画には、よく関川が登場する。二人は仲良く喧嘩する付き合いらしい。「バイトくん」「タブチくん」の頃のいしい作品は結構見てたのに、そのあとは縁遠くなってしまっている。Morris.は、難しい漫画は苦手なのだろう。

いわゆるトーク番組は、まるで酒場の悪ふざけのようだ。大物タレントは酒席で接待されている感じで、一方群小タレントは大物のご機嫌をひたすらうかがい、ナンシー関の言葉を借りれば「傘下」に入ったことを身をもって示しながら、業界での生存を画策するばかりだ。
思えば民放テレビとは、近年のドラマにおける身も蓋もないご都合主義も含め、日本社会の繁栄そのものである。
テレビ評などというしろものをやっているわけではなく、テレビ的現象から見とおす現代史研究というまったく新しいジャンルの開拓者であり実践者である彼女(ナンシー関)は、やはりテレビとつきあってしまう。それはしようがないことだろう。
へらへらしながらあぶないことをいう姿勢をつらぬきつつ、高度な論理性を内包した新鮮な口語的文体を駆使して、批評し分析する。それは大衆化社会の極北に生を受けた天才・ナンシー関の仕事、というか宿命だと思う。やはり業だよ(断定形)これは。(ナンシー関『テレビ消灯時間』)


ナンシーが亡くなる2年前に書かれたものである。トーク番組はあの頃からああいうふうだったんだな。
とっくにテレビがつまらなくなっていたとしても、ナンシーがいなくなって、テレビはさらにさらにつまらなくなってしまった(;;)

内田樹の書くものは、難しいが軽い。重いのにやさしい。
話し言葉的速度は、書き言葉の難しさに対して軽さを、重さに対してはやさしさを注入する。その速度は、おもに電子的記述によってもたらされた。
速度が快(速い)であることは、書く(話す)側の精神にも快で、ストレスは相当部分消える。また「推敲癖」からも人を自由にする。推敲は言語表現の重要な一部であることに間違いはない。しかし、それがひとたび「癖」となると人を縛る。自意識の「かっこつけ」につながりやすい。
60年代末から70年代初頭にかけて、大学のキャンパスで流行した野蛮な「ものいい」にはいまでも赤面を禁じ得ないが、思えばあれは「理論」に関する雑学コンテストであった。いま、居酒屋などでオヤジ同士が通俗知識を披瀝しあって盛り上がる現場をたまたま目撃したときに感じるいたたまれなさと同質である。私たちはそういう時代を通過した。通過せざるを得なかった。(内田樹『知に働けば蔵が建つ』)


「推敲癖」うーーん、Morris.にはいくらかこの癖はあるようだ。つまり「かっこつけ」た文章になるってことか。要注意である。
「理論の雑学コンテスト」(^_^;) これもちょっと身につまされる発言である。Morris.(1949生)は関川(1949生)、内田(1950生)とほぼ同世代であり、共通した恥ずかしさを共有しているということになるのだろう。

山田風太郎が好んで描く明治前半期こそ、旧モラルを捨てようとしてもいまだ新しいモラルを見出せないという意味で、日本人の精神のまことに混沌たる時代であった。また、このような価値紊乱期は小説構成上の基点が定まらないという意味で、善悪の判断が日ごと場所ごとにかわる14世紀の南北朝時代とおなじく小説にはしにくいものである。タブーとさえいわれてきた。
しかし、だからこそ山田風太郎はこの時期を選ぶのである。それは小説家としての地震と探究心のあらわれにほかならないし、その企てはみごとに成功した。(山田風太郎『明治波濤歌』)


風太郎といえば、まずは忍法帳から始まる(もちろん乱歩編集時代の雑誌『宝石』時代の推理小説が先だが)のだが、後期の開化ものシリーズで、その才能が大輪の花を咲かせたと思う。開化ものを再読しなくてはと思う。

オランダ帰りのこの海将(榎本武揚)が、義と侠の旗の下に五稜郭で壮烈な死をとげていたら、あるいは彼こそ、維新の嵐における最大のヒーローとなり、それどころか永遠に日本人を鼓舞する幾人かの叙事詩的英雄の一人として残ったのではあるまいか。(「それからの咸臨丸)

これは風太郎作品からの引用だが、確かに榎本武揚は、傍観者的無責任を承知で言えば、死に場所死に時を誤った人物なのかもしれない。
本書は編集子の念の入った手際の良さで、前半にタイトルの依るところの日本文学の代表作家の作品解説が並んでいる。Morris.は、これらを、風太郎の「人間臨終図巻」を参照しながら読んだ。
72歳で死んだ榎本の項には、上記の文章がほとんどそのまま(五稜郭で死んだら享年三十三だったということが追加されてる)掲載されていた。
2014092
【女たちの<銃後> 増補新板】加納実紀代
★★★☆ 1995/08/25 インパクト出版会。
先日読んだ「ヒロシマとフクシマのあいだ」の著者の専門分野である戦時下の日本女性論。犠牲者として取り上げられることの多かった、「銃後」の女性たちにも、戦争責任があったという視点は貴重でもある。

序章 私の「原爆の図」
1章 銃後への胎動--1930年代の女たち
2章 銃後の組織化--国防婦人会を中心に
3章 それぞれの銃後--奥村五百子、高群逸枝、八木秋子、長谷川テル
4章 銃後のくらし
5章 女たちの八月十五日--銃後の終焉
終章 生きつづける天皇幻想

「満州事変」がはじまって3年目の193年10月1日、陸軍省は『国防の本義と其強化の提唱』なる小冊子を刊行した。これは、ふつう「陸軍パンフ」と呼ばれるが、このB6版46ベージにすぎないちっぽけなパンフレットが、国内に与えた衝撃は大きかった。冒頭に書かれた「たたかいは創造の父、文化の母である」という高らかな戦争賛美もさることながら、これまでの戦争観の改変を強力に国民に迫るものだったからだ。
植民地再分割をめぐって戦われた第一次世界大戦は、人類の歴史はじまって以来の大規模なものであり、この戦争ではじめて登場した飛行機、潜水艦、戦車等は、戦争の帰結を大きく左右したが、それらの兵器は、<物質的資源>をとてつもなく消費するものであったし、また、それらを用いての戦闘は、これまでとは比較にならないスピードで、<人的資源>を消費する。
したがって、戦争の勝敗は、大量に消費される<物的資源>、<人的資源>を、いかに早く、いかに多く補給し得るかにかかっている--。
そこから「陸軍パンフ」に盛られた総力戦構想が生まれ、その具体化が日中戦争開戦二ヶ月後に発足した国民精神総動員運動であり、1938年4月公布された国家総動員法であった。
男は国外の<前線>に、女は国内の<銃後>に--。侵略戦争のなかで。これまで<家>の内と外に分けられていた性別分担役割分業は、その規模を、一挙に国家大にまで拡大したのだ。こうして女たちは、特に日中戦争i以後、侵略戦争の<銃後の女>として、総動員体制のなかに、がっちりと組みこまれていく。(2章 <銃後>の女への総動員)


戦時下の国民を「人的資源」と見れば、男は兵隊、女は銃後という形で総動員体制に組みこまれるのは、当然の成り行きになるわけで、戦争で、これらが「大量に高速で「消費さ」れる」というところがキモだろう。使い捨てであり、当然「産めよ増やせよ」ということになる。

銃後の妻の不品行に目を光らせた国防婦人会は、一方では、いわゆる「商売女」に対しては寛容であった。国防婦人会発祥の地大阪では、今里新地、飛田遊郭等の芸姑、娼妓の集団入団あいつぎ、東京でも、佃島、須崎等の女たちが大挙して入会している。
中国大陸の国防婦人会についても同様のことがいえる。1937年11月、教育界の前線慰問団の一人として、「満州」・中国を訪れた志垣寛によれば、中国奥地の日本軍部隊には、日本人娼婦や、「朝鮮ピー」、「満ピー」と呼ばれる多数の朝鮮人や中国人の娼婦がいた。彼女たちは、兵士たちの性欲の処理を引き受ける一方、昼間は、国防婦人会のたすきをかけて洗たくをしたり傷の手当てをしたり、かいがいしく兵士たちの世話をしていたという。
以後日本軍は、行く先々に従軍慰安婦と呼ばれる女たちを伴い、やがてその女たちには、強制連行された年若い朝鮮女性があてられることになる。
銃後の女たちに「日本婦徳」をいい、「貞操」を求めた「皇軍」は、一方では、前線においてこうした「現地妻」を伴っていた。その相矛盾する男たちの要求に、二つながらこたえたのが国防婦人会であった。(2章 <銃後>の女への総動員)


国防婦人会の発祥地が大阪だったというのは、なんとなく分かるような気がする。軍隊の「性欲処理」として設けられた慰安所の女性たちが、国防婦人会に入って活動していたというのは意外だった。

(<皇国史観>とは)「記紀」にあらわれる建国神話を歴史的事実とし、万世一系の天皇が連綿としてこれを治め、一君万民、その統治原理が支配-服従の関係ではなく家族的情に結ばれていること。それを世界に比類なき価値として、その観点から日本の歴史を裁断する、そしてそれを<八紘一宇>に見られるように単に日本のみではなく世界に広めるべき価値だとする--。
そういった歴史観を、<皇国史観>とするならば『日本婦人』にあらわれている高群の姿勢はそこから大きくはずれることはない。(3章 高群逸枝)


何気なく用いられる「皇国史観」の分かりやすい説明として、引用しておいた。

混食は、麦、あるいは大豆や野菜の炊き込みごはんである。長野県飯田市では、ある食堂に主人が、40年7月1日の興亜奉公日に「戦時代用食」として焼そばと焼飯を売りだしたところ大好評。現在、大衆食堂のもっともポピュラーなメニューである焼そば、炒飯の普及のきっかけは、どうやら「戦時代用食」にあるらしい。
野菜炒めは、戦時下の食糧不足・燃料不足、調理器具不足、そして主婦の時間不足というないないづくしのなかで、なんとかカロリー不足を補おうという、主婦の努力の結晶だったのだ。日本の家庭に「炒める」という調理法が一般化したのは、戦争のおかげ(?)だった。(4章 台所と国家)


これは雑学ネタとして面白かった(^_^;) いささか信ぴょう性に欠けるけどね。

マスメディアの発達は、より多くの人が、同時に、同じ情報を受けとるということであり、したがって、マスメディアを支配するものの意向が社会全体の動向を決定することも可能になる。それをもっとも意識的に行なったのがナチス・ドイツの支配者であり、彼らの情報支配を熱心に学んだのが、日本の戦争指導者であった。(5章 女と戦争と情報)

これがいわゆる国家的プロパガンダだな。
本書の中で、一番興味深かったのは終章で、中でも、戦後、GHQの編成で作られたラジオ番組で流された太平洋戦争の開戦に関する天皇発言を巡る、考証と分析である。

NHKラジオで46年2月から毎日曜夜放送された「真相箱」(「真相はこうだ」のタイトル変更)番組20回分を書籍化した『真相箱』(1946年8月刊 GHQ民間情報教育局=CIE編)の内容は、聴取者からの質問に答えるという一問一答形式で構成されている。
45年9月27日の天皇の第一回マッカーサー訪問、そこでの天皇発言を引用している。太平洋戦争開戦を認可した理由として、天皇はマッカーサーに次のように述べたというのだ。
「もし私が許さなかったら、きっと新しい天皇がたてられたでしょう。それは「国民の意志」でした。ことここに至って、「国民の望み」にさからう天皇は、恐らくいないのでありましょう」
つまり、米英への開戦は、「国民の意志」、「国民の望み」であり、それも天皇が認可しない場合は、退位を迫るほどの強いものだったので、従わざるを得なかった--というのだ。これが放送されたのは46年春あたりと思われる。
この天皇発言は『アカハタ』46年6月11日号にもとり上げられているが、ここでは、アメリカの週刊誌『ライフ』(46年3月4日号)、リチャード・E・ローターバッチのレポート「秘められた戦争計画」からの引用であることが明らかにされている。
アメリカのジャーナリスト、ジョン・ガンサーの『マッカーサーの謎』には、開戦を許さなければ、「国民はわたしをきっと精神病院かなにかにいれて、戦争が終るまでそこに押しこめておいたにちがいない」と天皇が答えたことになっている。これも、開戦責任を「国民の意志」にもとめるものだ。
私が気になるのは、当時これを聞いた日本国民の反応だ。『ライフ』や『アカハタ』を見る国民は少なかったろうが、この発言はラジオで放送され、さらに本にもまとめられている。かなりの国民の眼や耳に触れているはずだ(敗戦時ラジオの聴取台数は572万)。
この天皇発言は、明らかに事実に反している。国民はけっして積極的に米英との戦争を望んではいなかった。
にもかかわらず、この天皇発言が当時問題に鳴らず、現在にいたるまで批判の対象になっていないのはどうしたわけか。
十数年前、天皇は、開戦は政府が決めたが、終戦の断は自分が下したといった<いいとこどり>的発言をしたが、これに対しては数多くの批判があった。しかしそれ以上に億面もない自己保身と無責任に貫かれたこの発言に、批判がないどころかその事実すら知られていないのはなぜなのだろう。
民衆の<戦争責任>という観念の希薄さ、<天皇制>に対する認識不足--この二つが相まって、開戦責任を国民に転嫁する天皇発言を、ただ聞き流させてしまったのではないか。
戦争を天災視する意識からは、<戦争責任>、とくに<開戦責任>を問う姿勢は出てくるはずはない。それどころか逆に、戦争が「終わった」ことの喜び、戦争を「終わらせてくれた」ものへの感謝が先立つ。
こうした動きをみるとき、敗戦直後の「天皇制妥当」運動の誤りをつくづくと思う。
当時「天皇制妥当」をいうことは、つまりは<革命>の呼びかけであった。革命とは、もちろん支配機構、国家機構の変革であり、そのための権力奪取が不可欠だが、それだけでは充分ではない。民主主義革命であれ、社会主義革命であれ、その過程で民衆が自らの被支配状況に気づき、それをもたらすものを自覚的にとらえ、そこに向かって怒りを結集する--、つまり民衆の主体形成が伴われなければならない。民衆の主体形成を伴わない権力奪取は、ただの権力交代であり、革命の名に値しない。
46年5月19日の「食糧メーデー」が25万の大衆を集めて盛り上がりを見せたのは「朕ハタラフク食ッテルゾ 汝人民飢エテ死ネ ギョメイギョジ」(松島松太郎が掲げたプラカード)に共感する人も多かったからだろう。
ここであらためて思うのは、先に記した「真相箱」の天皇発言、「開戦は国民の意志」という発言をなぜもっと有効に使わなかったか、ということだ。運動が鎮静に向かった6月になってから『アカハタ』の小さな囲みで『ライフ』の記事を引用し、天皇の無責任を糾弾してみてももう遅い。4月から5月にかけての有利な客観情勢のなかで、民衆の天皇への幻想くずしの武器としてなぜもっと有効に使わなかったか。
根本的原因は、3月に提示されたGHQ製新憲法草案、そこにある「象徴天皇制」の問題点を見抜きえなかったからではないか。たしかに新憲法の「象徴」規定によって、天皇制は「軍事的警察的国家機構」ではなくなった。しかし、さきにみたように民衆にとっての天皇制は、もともと清瀬一郎の発言にあるように「平和的」かつ「民本的」、つまり「象徴天皇制」そのものであった。こうした民衆の天皇制認識があったからこど「軍事的警察的」天皇制もあり得たのであり、状況によっては「平和的民本的」にもなり得れば「軍事的警察的」にもなり得るところに天皇制の本質はある。(終章)


現行日本憲法の「象徴天皇」への異議申立であり、戦後の取り返しの付かない「失策」への憤りでもある。しかし、これこそ「後の祭り」という感が拭えない。
天皇制そのものが、もともと「無責任」な制度なのかもしれない。
2014091
【原発ジプシー】堀江邦夫
★★★☆☆  1979/10/26 現代書館。
1978(昭和53)年9月から79年4月まで、美浜、福島第一、敦賀の三箇所の原発で、下請労働者として実体験した、作業の内容、原発の底辺労働者の実態を記録した、一種の潜入ルポである。「原発=科学」の虚妄を剥ぐ体験ドキュメント」と副題がある。
鎌田慧の「自動車絶望工場」(1970)に範を取ったものといえるかもしれないが、舞台が原発という特殊な場所だけに、決死的取材であり、画期的作物でもあったが、Morris.は本書が出されて話題になった事を知りながら、読むことはなかった。福島第一原発事故を契機に新版が出されているが、中央図書館3階書庫から35年前の原版を借りだして読むことにした。
著者は1948生だから、当時30歳、取材中に31歳の誕生日を迎えている。また敦賀原発で作業してる時にスリーマイル島事故が起きている。

私がそこで体験したものは放射能に蝕まれ「被曝者」となって吐き出される棄民労働の全てだった(表紙の惹句)

日々の作業、下請業者、東電社員の対応、同僚との人間関係、放射能の恐怖、過酷な労働への泣き言、原発そのものへの疑問と怒り…………を、可能な限り冷静に記録している。

原発で働いているあいだに、私は実に多くの仲間をだまし続けてきたことになる。より待遇の良い会社に入れるよう手配してやると言ってくれた美浜の漁師、是非うちの社員として働いてくれとさそってくれた下請業者の社長等々……
これらの人々に「すまない」という気持は、実際に働き始める以前から持っていた私だったが、それでも現実の場に立たされると、やはり強烈に胸が痛んだ。
現実のこととして、原発内にもそれも労働現場に足を踏み入れることが「許可」されたジャーナリストは、こくわずかでしかない。つまりそれだけ原発は外部の"目"から厳重に隔離されたそんざいなのだ。そしてこの"秘密主義"の厚いベールを通り抜けるには、私自身の"身元"を秘めることしかないと判断したのだった。だから正直なところ、仲間たちにすまないと思う一方で、こうでもしなければ原発の素顔を知ることができないような状況をつくり出している電力会社に、強い憤りを感じないではいられなかった。(あとがき)


潜入ルポならではの、悩み、忸怩としない心情は理解できるし、そのなかで、堀江は誠実に対応したというべきだろう。

「堀江さん、わしらの賃金が安いって言うけど、元請会社から山田工業に、一人当たりいくら支払われているか知ってる?」
「わしが聞いた話だと、一万数千円……」
「そんなところじゃないかな。たとえば、一万5000円だとしようよ。それが堀江さんには5500円しか渡らない……」。単純計算しただけでも、山田工業は、9500円もピン(ピンハネ)してることになる:
「それも一日・一人についてのピンだからなあ」
「労働者を50人かかえてれば、たった一日で、えーと、47万5000円。ひと月を20日間とすると、一ヶ月のピンハネ料だけで、なんと、950万……」


実際は、何重もの下請連鎖で、ピンハネの額はとんでもないものになるにちがいなく、ここに、ヤクザが食い込まないわけがない。

水を抜いたプールの底で作業をしていた二人の労働者が鉄バシゴをつたって上がってきた。
フードのついたツナギの上に黄色いビニール合羽を着込み、顔には全面マスクをしている。彼らはブルブルと震える手でマスクを固定しているガムテープをはずしにかかった。素手でマスクをはがそうというのだ。
そこへ放管(放射能管理官)が走り寄ってきた。
「だめ! だめだよ! 手が汚染するじゃないか!」
彼はそういいながら、労働者の手を払いのけると、ガムテープをはがしはじめた。
マスクが外れる。二人の労働者とも、「まるでゆでダコのような」との表現がオーバーでないくらい、まっ赤な顔をしている。二度三度、彼らは深呼吸をくりかえす。横で見ている私でさえ、つられて深呼吸をしたくなるような、それほど苦しそうに顔をゆがめている。ようやくのことで、白いツナギ一枚になると、二人はそのまま床に座り込んでしまった。


ほとんど、拷問みたいな作業であり、明日は我が身と思う筆者の感情移入もあって、リアルな描写になっている。

増大の一途をたどる廃棄物。膨大な管理コスト。そこで登場したのが「廃棄物償却装置」だ。ドラム缶発生量が従来の30~50%も減少するというこの装置、管理する側にとっては、まさに"救いの神"だ。だが、労働者にすれば、仕事量と被バク量を増大させる"死神"となっているのだった。

東電にしてみれば、合理化が、底辺労働者にとっては死活問題になる。それが当たり前のシステムなのだ。

もし私が"本物"の日雇労働者だったら、生活は完全に破綻するだろう。なんらの保障もなく、「体ひとつ」で生きていくことが、いかに苦しく、難しいかを身をもって痛感する。

タンクの中のヘドロ除去作業のため、時々空気がストップする(^_^;)といわれるエア・ライン・マスクを付けての苦しい作業の数日後の感慨である。これが筆者の本心だということがよくわかる。

--C服(汚染管理区域用作業着)の作業順序。
1.フードつきのカバー・オール(薄地のビニール製ツナギ。ピンク色)を着、内ポケットに、アラーム・メーター、ポケット線量計、フィルム・バッジ、ATLDを収納。
2.黄クツの上から赤いナイロン製クツ下をつける。
3.綿手袋。
4.ゴム手袋。
5.布製の帽子。
6.カバー・オールのフードをかぶる。
7.タイペッック(紙製のツナギ。フードなし。ピンク色)を着る。
8.さらにゴム手袋。袖口をガムテープで固定。
9.ガムテープにマジック・インキで会社名・氏名を書き、胸元に貼る。

これだけで、もう勘弁してくれと思いたくなるが、危険区域ではこれに息苦しくなる半面マスク、全面マスク着用となるらしい。

作業中ビニールシートでカバーされていたマンホールに落ちて肋骨を骨折した堀江がのたうちまわってるところにボーシン(班長)がやってきて、「下に東電の社員が見まわりでウロウロしてるから、ちょっと立って、仕事してるふりをしろよ」と言ったという、記述には、開いた口がふさがらなかった。
二日後病院に向かう車のなかで、安全責任者は「労災扱いにすると、東電に事故のあったことがバレるから」と、労災にしないよう要請されたという話もあったらしい。底辺労働者の身体のことより、上部組織にばれないようにという、保身。これが隠蔽体質というものだろう。

Wikipediaの該当項目みたら、出版後に「電力会社が本書で仮名だった登場人物の本名を割り出そうと血まなこになっている」との記事もあった。東電の体質からすると、こんな本を出したら、ただでは済まされないということは想像に余りある。
こうなると、やはり、2011年に出た「増補改訂範」にも目を通さねばという気になった。
松岡正剛の千夜千冊の「福島原発の闇」で、この本が出される前に、アサヒグラフで堀江と水木しげるのコラボ特集記事のことが記されていた。これも驚異である。

2014090
【光の王国 秀衡と西行】梓澤要
★★★☆  2013/11/10 文藝春秋。2011年11月12年7月まで「福島民報」に連載、その後岩手日報、陸奥新報などに順次掲載。
梓澤要といえば「百枚の定家」である。Morris.は一時期、図書館に行くたびに「あ」の棚を見るのが習慣になってたものだ(^_^;) それが、読むごとにその気持がしぼんでいくばかりで、最近はその習慣も無くなってしまってた。
本書は「西行」の名に惹かれて読むことにした。
やっぱり「百枚の定家」の輝きは感じられなかったが、本作は、東北大震災への鎮魂歌的作品だった。発表紙と時期を見ればそれは明らかだろう。

「いま現に、苦しみ喘いでおる者たちを救わねで、なにが仏ぞ。仏法ぞ」
迸り出るような声音で言い放った。
「わしは決めた。毛越寺をこの現実の世で苦しみ喘ぐ奥州の民を護り、災厄からのがれさせる寺にする」
「来世より現世のための寺になさると?」
秀衡がまた目を瞠った。
「そうじゃ。死者のためではない、生きている者たちのために寺をつくる。それがわしの役目だと、やっとわかった。ようやっと心が定まった」
基衡は、秀衡と西行の顔を交互に見て、力強く断言した。
「毛越寺は、薬師如来を本尊とする」
薬師如来は薬師瑠璃光如来ともいい、東宝浄瑠璃浄土の教主である。またの名は大医王、医王善逝ともいう。人々の病を癒し、苦悩を取り除いてくださる仏である。
薬師如来はまだ菩薩として修行していたとき、十二の大願を発した。
--光明がこの地上をあまねく照らし、実り豊かで、人々は食べもの、着るものに不自由せず、身体満足で、争い諍いをせぬように。清い心を保ち、仏法に帰依して、平和で安楽に生きられるように--。
「至福消災」徹底した現世利益である。
その十二の大願に応じて、薬師如来の化身である十二人の憤怒の形相の神、十二神将が現実世界を守護し、日光菩薩と月光菩薩が脇侍としてつき従う。


薬師如来が現世利益の仏だというのは、ちょっと強引なようだし、十二神将の謂れもこじつけっぽいと思ったが、梓澤は2007年から某大学院で仏教学を学んでると書いてあったので、それなりに根拠があるのかもしれない。

馬具は種類が多い。武家の鞍は黒漆が決まりだが、蒔絵や螺鈿で贅をこらしたものもある。それ以外にも、足をかける鐙(あぶみ)、鞍の上に敷く鹿や牛や熊の毛皮の鞍褥(くらしね)、鞍が前後しないように馬の胸につける胸懸(むながい)、尻につける韆(しりがい)、手綱をつける轡、それを頭に固定する面繋(おもがい)、鎧を吊る力革、鞍を固定する腹帯(はるび)、鞍の下に敷く障泥(あおり)、色も形も、素材も実にさまざまで、使う人の好みもさまざまだ。さらに、剣、槍の武具や鎧兜との調和、つり合いを考慮して、部者は生死を賭ける戦場の晴れ姿をととのえるのである。

こういった専門用語もいろいろ勉強してるんだなと思ったが、「武具、馬具、武具馬具、三武具馬具、合わせて武具馬具、六武具馬具」という早口言葉を連想した。これは歌舞伎十八番「外郎売り」の一部だった。

人の記憶は風化する。忘れられるのは死者にとって無念なことか、それとも、ようやく静かに眠れることなのか。どちらなのかと思うことがある。

待賢門院璋子への没後の西行の感傷的独白である。これを東北大震災の津波での犠牲者への思いをかさねているのだろう。

壇ノ浦に沈んだ平清盛の三男知盛は、最期に「見るべきものは見つ」と言ったという。まばゆすぎる栄耀栄華、落魄、陰謀、裏切り、滅亡。この世のさまざまなことはもうすべて見つくした。この世のすべては明け方の夢のようにはかない。
その気持がわかる。わたしも、この世でみるべきものはもうすべて見たという思いがある。
わたしは秀衡とあの世で会えるだろうか。


末尾の一節である。「見るべきものは見つ」という言葉はずいぶん以前から好きな言葉だったが、これが知盛のものだったというのは知らずにいた。
2014089
【カタロニア讃歌】ジョージ・オーウエル 鈴木隆・山内明訳
★★★☆☆ 1966/4/30 現代思潮社。Homage to Catalonia(London,1938)
オーウエルの「1984」「動物農場」につづいて、やっとこの「カタロニア讃歌」読み終えた。先の二つは創作、こちらはルポである。発表と逆順に読んだことになるが、これは良かったと思う。
1936年12月から37年6月まで内戦中のスペインカタロニア地方で、POUM(マルクス主義統一労働者党」の部隊に身を投じて、負傷し、裏切られ、失意のまま英国に戻り、その直後に書かれたものである。英国ではPOUMはトロツキストとして糾弾され、本書も全く売れなかったらしい。
実は、「動物農場」読んだ後、世界ノンフィクション全集17を借りてすぐ読もうとしたのだが、これに収載された「カタロニア讃歌」は全訳でなく抄訳だということがわかって、肩透かしくわされてしまった。
で、結局、一番古い邦訳(と思う)1966年版で読むことになった。

アナーキストは、その原則はむしろ曖昧であったが、特権と不正に対する憎しみは全く純粋であり、この点で大多数のいわゆる革命家とは正反対であった。理論的には、コミュニズムとアナーキズムは両極に離れている。実践面、すなわち目標とする社会形態においては両者の相違は主として力点のおきどころにあるが、それは全く和解出来ないものである。コミュニストの力点はいつも中央集権主義と能率に置かれているのに対して、アナーキストの力点は自由と平等に置かれている。アナーキズムは深くスペインに根ざしており、ロシアの影響がなくなれば、コミュニズムより長く生き続けそうである。(戦争か革命か)

オーウエルはアナーキズムに親近感を覚えたらしい。しかし、そのアナキズムはスペイン独自のものだった。

(私が1月から4月まで前線にいたアラゴン地方では)革命的雰囲気は、将兵と一兵卒も、農民と民兵も、まだ対等に話し合っていた。だれもが同じ給与をもらい、同じ服を着、同じものを食べ、だれも相手を「お前」とか「同志」とかで呼び合った。つまり上に立つ階級もなければ、下に仕える階級もなく、乞食も、娼婦も、弁護士も、僕しも、おべっかつかい、いばりくさる奴もいなかった。私は平等の空気を吸い、しかも単純にスペインじゅうがこうなのだと想像した。私だけがむしろ偶然に、スペインの労働者階級のなかでも最も革命的な集団に隔離されているのだということを、悟らなかったのである。(戦争か革命か)

たぶんに、オーウエルは「革命的雰囲気」を理想化してたきらいがある。

普通の人々を社会主義にひきつけたり、彼らをそのために喜んで身体を張る気にさせるもの、つまり社会主義の「神秘」は平等の理念である。圧倒的多数の人々にとっては、社会主義とは階級のない社会を意味し、そうでない限り何ものも意味しない。市民軍にいたこの数ヶ月、私にとって価値があったのはまさにこの点においてであった。スペイン市民軍こそ、それが存続していた間は一種の階級無き社会の小宇宙であったのだから。そこには金儲けや昇進に熱中するものは一人もなく、あらゆるものが欠乏していたのに、特権もなく追従者も一人もいなかった。そのような社会にいて、人はおそらく社会主義の幕あきがどのようなものであるのかを、あらかじめまざまざと見ることができたろう。(戦争か革命か)

これも先と同質の理想主義であり、それが一時の夢の世界だったとしても、それは美しい記憶として、刻み込まれたことに意義がある、というべきか。

告白すれば、Morris.は、オーウエルの本文より、二人の訳者による解説に、大きな感銘を覚えた。「プレ1968年」という時期の若い世代の革命意識が色濃く現れている。

五月事件に関するくだりは本書のクライマックスとでも称すべきもので、この重要な歴史的事件に関する証言を提供している。POUM弾圧の無慈悲なやり方と反革命の荒れ狂う悪夢のごときバルセロナの状況は、異常な現実感をもって読者に迫る。
こうした彼の体験は、彼をして単なる反ファシズム人民戦線万歳といったような皮相な見解にとどまらしめず、スペイン市民戦争には革命が存在し、そして人民戦線の内部で革命と反革命が闘われたこと、そして公式主義、権威主義、官僚主義がいかに恐るべきものであるかについて鋭い洞察と指摘を行なわしめるにいたった。(解説 山内明)


「異常な現実感」(^_^;) シュールレアリズムかも。

「プロレタリアの偉大な首府であるバルセロナの陥落は1937年5月におけるプロレタリア虐殺の直接の代償である」(「スペインの悲劇」1939年2月)トロツキーは弾劾する。バルセロナの陥落は革命の終焉を象徴するものではあったが、すでにそこでは革命が破産し、死滅していたのである。その過程を理解する上で、バルセロナ市街戦は歴史的意味を持ってくる。オウエルが指摘するように、この事件に対するスターリニスト共産党の政治的評価は、プロレタリア革命を否定する立場から行なわれた革命戦線に対する欺瞞に満ちた中傷と誹謗であり、ひきつづく反動的粛清の合法化であった。その結果ひき起こされた事態は、人民の革命に対する失望とブルジョア共和制の復活であり、まさに反革命が勝利する転換点となったのである。(解説 鈴木隆)

トロツキーによるスペイン内戦への批判と、革命の死。これは日本赤軍派のたどった道筋に酷似しているような気がする。

スペイン市民戦争は第二次世界大戦の前哨戦たる意味を持っており、反ファシズム戦争という意味でも後者の方が比較にならぬ程大規模なものであるが、前者のような感動をほとんど呼び起こさない。その理由の一つには後者の場合はもはや国家間の軍隊による戦いであり、たとえ一方がファシズム、一方が社会主義の軍隊であろうとも、そのそれぞれの内部でとられた姿勢は、われわれの眼にはありふれた国家への忠誠、上官への服従、組織への帰依といったものに過ぎないからではなかろうか。これに対して、スペイン市民戦争にはまず民衆なり個人なりの一人一人の自発性や抵抗があった。
スペインだけにファシズムに対する民衆のかくも広範で根強い抵抗があったことを理解するために、スペインの歴史における民衆にまず注目しなければならない。スペインこそ上流階級と区別される意味での、民衆が存在しつづけた国なのである。
そしてこのスペインの民衆の気質を、19世紀末以降政治的に表現したのがアナーキズムであった。
それは総体として事故を近代の人間疎外から開放し、未来には自由の王国を創ることを自覚したスペインの民衆運動そのものであった。
そして人間の疎外からの開放、権力や権威からの開放を目的としたこの民衆運動が、徹底した反権威主義、自由または自発性と連帯に彩られ、小手先の妥協、実利を排して原則に固執したことも当然であった。民衆の自発的直接的政治への参加を革命と呼び得るならば、そこには最も根源的に革命的な根があったということができよう。30年代のヨーロッパでただひとりファシズムに対して起ち上がった民衆はこのような民衆にほかならなかった。(解説 鈴木隆)


これはオーウエルが惹かれたスペインのアナキズムの見事な分析である。そしてスペイン内戦が何故にこれほど、魅力的に語られるかの種明かしでもある。

第二次大戦で国際的ファシズムが打倒された後、勝ち残ったアメリカ資本主義とスタイーリン主義的共産主義。
スターリニズムは、社会主義を恐るべき退廃、不毛に陥れた。それはスペインの民衆が闘った人間の疎外からの解放の問題を何ら解決していない。
一方、生き残り、ますます高度化した資本主義はどうか。そのためには日本の現状を少しでも見れば十分である。いま表面的な経済繁栄のもとに、恐るべき人間の疎外と精神の喪失がある。人はただ自己を一企業の従業員、一官僚、つまり国家や利潤追求組織に組みこまれたもの以上には意識することも表現することも許されない。自発性と連帯性の失われた真空には、無関心とエゴイズム以外には埋め合わせるものもない。そして他方、経営者、官僚、権威者、専門家、名士、スター等々が、民衆の自発性と連帯と参加を、かくも見事に巧妙に奪っている。人々がこれほどばらばらで希望を失い、無力感と挫折感に捉えられたことがかつてあったろうか。これらのことはスペインの民衆が生命を賭してこだわれい問題としたことが何ら解決されず、彼らを圧殺して今日生き残っている体制が著しい不毛と破綻の兆候を示していることを物語っている。30年前のスペイン市民戦争が今なお、激しい感動と現実感をもってわれわれに迫る一つの理由はここにある。(解説 鈴木隆)

時代を感じさせる解説だね。今やスペイン内戦は80年前の歴史的事件になってしまった。それでも、この解説のテンションの高さはMorris.に迫ってくるものがある。
2014088
【ヒロシマとフクシマのあいだ】加納実紀代
★★★
2013/03/21インパクト出版会。
「ジェンダーの視点から」という副題。
先日ナニワの巨人(^_^;)パギやんがトークライブで、本書を3回も読みました」と、激賞してたので読む気になった。1940年ソウル生れで5歳のときヒロシマで被爆したフェミニストらしい。
本書は福島第一原発事故を契機に出されたもので、あちこちに発表したものをまとめたもので、発表時期は半分くらいが事故以前のもの。

原子物理学者の武谷三男は被爆体験ゆえの「平和利用」を主張した。
被爆国にもかかわらず、ではなく、被爆だからこその原子力利用だというのだ。この文章は彼の持論「平和・公開・民主」につながるものだが、広島ではこの部分だけが一人歩きする。武谷の言うように、もっとも原子力の被害を受けた国がもっとも恩恵を受けるべきだとすれば、直接被害を受けた広島こそいちばんに権利がある。55年1月27日、アメリカのイェーツ下院議員は、広島に原子力発電所を建設するための予算2250万ドルを下院に提案した。前年9月、アメリカを表敬訪問した浜井信三広島市長が働きかけた結果である。浜井はその理由として、「原子力の最初の犠牲都市に原子力の平和利用が行われることは、亡き犠牲者の慰霊にもなる。死のための原子力が生のために利用されることに市民は賛成すると思う」と述べている。(ヒロシマとフクシマのあいだ)


下手すると、本当に広島に原発ができてたのか(@_@) これはとりあえず、ポシャってよかったと思う。

戦前の広島は「軍都廣島」でした。陸軍の第5師団が置かれ、日清戦争の時には大本営が設置されました。明治天皇が広島に来て、ここで政治を行った時期が半年くらい会ったわけです。しかも隣接する呉は海軍の拠点でした。また、広島の宇品港はアジア侵略に向かう兵士の送り出し港でした。出征する兵隊さんや見送りの家族を泊める宿がたくさんあって、ものすごく賑わったそうです。(原爆・原発・天皇制)

確かにこの事実は、押さえておかねばならない。しかし、だからといって、原爆投下は没義道なものだった事実に変わりはない。「繰り返してならないあやまち」とは、原爆投下という行為であることは、はっきりさせておかなければ。

マッカーサーは天皇制の存続を絶対必要としていた。そのために憲法第一章の天皇制と日本の非武装という第9条を抱き合わせにしたわけですが、その天皇制は戦前そのままではまずい。象徴天皇制でなければならない。atomic sunshineの話は、原子力にバックアップされることで、天皇制は戦後、新たな形で生き延びたということです。だから戦後の天皇制と原子力は対立矛盾するものではなく、まさに抱擁関係、共犯関係にあるのではないか。それは戦後日本の出発点における欺瞞性です。(原爆・原発・天皇制)

玉音放送で天皇は「敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ慘害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル」つまり、原爆という新しい爆弾がとんでもない力を発揮して、これでは日本は滅亡するので降伏すると言ってたもんな。

武谷三男はずっと原発の問題性を指摘し、「原子力情報資料室」の初代代表でした。「原子力情報資料室」は高木仁三郎さん中心でしたが、1975年に立ち上 げた時の代表は武谷でした。その武谷が、1952年11月に「被爆国だからこそ原子力の平和利用」ということを言っているのです。(原爆・原発・天皇制)

高木も、最初は原発推進側だったわけだし、そこらへんはあまりつっこまなくていいのではないかとも思う。

戦後電機業界が家電開発に取り組んだのは、もちろん女性解放のためではなく、日本資本主義の復興の方向性と合っていたからです。憲法九条の武装放棄により軍備から民需への転換を迫られる中で、生き残りをかけて開発したのが家庭電気製品だったのです。
しかし50年、朝鮮戦争が起こりました。そうなると企業は、朝鮮特需ということで再び軍需に転換します。
そうした中で51年、本格的な経済復興のためのエネルギーの確保のために、いま問題になっている全国九電力体制が確立し、電源開発5ヶ年計画が開始されます。
1953年は電化元年と言われています。なぜ53年が電化元年なのかといえば、朝鮮戦争の休戦により特需が終わったからです。ふたたび民需で商売しなければならないということで、家庭電化製品の開発が盛んになったわけです。(「原子力の平和利用」と女性解放)

いささか図式的に過ぎるが、日本の産業の高度成長は、軍備と民需が入れ替わり立ち代りで成長してきたというのはわかりやすい。ひょっとして、現在が、民需から軍備への入れ替わり時期にさしかかってるのでは?という、嫌な予感がする。

日本の一般大衆が原爆の惨状を目にしたのは52年4月28日の独立後だった。独立後初の原爆記念日を期して発売された『アサヒグラフ』では無惨に焼けただれた被害者を真正面からとらえ、衝撃を与えた。同じ日付で『岩波写真文庫 広島』も刊行され、人びとは初めて見る原爆の惨状に息をのんだ。
しかし原爆の威力には、熱線、爆風、放射能の三つがあり、さらに放射能被害には急性のものと晩発生のケロイドや白血病、ガンといった後障害がある。『アサヒグラフ』や『岩波写真文庫』に捉えられた人々の多くはこの時期までに死亡していると思われるが、生き延びた人びとはケロイドや後障害に苦しんでいた。広島では7年目の白血病、10年目のガンといわれるが、50年代はじめから原爆症(白血病)が多発した。当時は原因がわからないまま、ブラブラ病、怠け病などとよばれることもあった。
1950年代、原爆表象は「原爆一号」から「原爆乙女」へ、さらに「サダコ」(折り鶴少女)へと女性性をつよめることで、無垢なる被害者性を構築してきたといえるだろう。そのことはかつての戦争における日本の侵略性・加害性への無自覚さ、忘却・隠蔽と無関係ではあるまい。(原爆表象とジェンダー)


しかし、惨状の事実は、マスコミでは自粛状態である。事故や、事件でも、まず死体映像は流されないし、傷口や、血糊もほぼカットされる。ちょっとタイプは違うが、9・11のツインタワー崩壊の場面も、日本では放送局同士の内輪の話し合いで、なるべく再放映しない取り決めになっているらしい。

中曽根はビキニ事件の直後、まだ日本では被曝の事実が知られていない1954年3月4日、2億3500万円の実権原子炉製造予算案を国家に提出した。そして『読売新聞』3月21日夕刊は一面全紙を使って「急性放射能患者第一号」などとして、漁船員の横顔や手足の写真を載せているが、その見出しは「原子力を平和に」である。記事ではモルモットにされたくないという被害者の声を伝えたあと、次のようにいう。
「しかし、いかに欲しくなくとも、原子力時代は来ている。近所合財みながこれをやるとすれば恐ろしいからと背を向けているわけには行くまい。克服する道は唯一つ。これと対決することである。恐ろしいものは用いようで、すばらしいものと同義語になる。その方への道を開いて、われわれも原子力時代に踏み出すときが来たのだ。」(原爆表象とジェンダー)


中曽根-正力ラインのこの話は、しつこく引用してきたが、そのたびに腹立たしくなる。

女には母性本能がある、母は自分を犠牲にしても子を守るもの、愛するもの、というのは、女から無限の自己犠牲を引き出すために男が作った神話にすぎません。ヒロシマを語るにあたって母の悲しみが強調されるというのはこの神話にのっかっているからです。困ったことに女自身もこの神話を内面化して、それによかかかって運動を展開してきたということがあります。とりわけ原爆とか核の問題については、そうだったと思います。
これまで核に関して「母として」とうことがとりたてて言われてきたというのは、そのことと関係があると思います。長いスタンスでいのちというもの、いのちの連なりというものを実感するのが、男よりも女であった。ただ、それは、女の母性本能とかによるのではなくて、<産む>という機能を持った存在として事実としてそうだったということです。しかし、にもかかわらずそこで母性神話と癒着してしまう。母性神話はマザコン男の作ったもので、マザコンと家父長制は共存する。広島に原爆を投下した米軍機の愛称はエノラ・ゲイですが、それはティボー機長の母親の名前です。母性と核兵器は共存しているわけですね(女がヒロシマを語るということ)

ここが、本書のキモかもしれない。

73年3月、住民の反対運動に手を焼いた小林柏崎市長は、原子力産業会議の席上、エネルギー政策は「あくまで国策として国の責任において遂行」すべきだとして、「国の現地に対する啓蒙活動の強化」、「立地市町村に対する財源付与」など9項目の提案をした。
ちょうど「おらが大臣」田中角栄が総理大臣の時代である。小林市長の提言は、74年6月公布のいわゆる電源三法(電源開発促進税法・電源開発促進対策特別会計法・発電用施設周辺地域整備法)に結実した。地元に特別交付金を支給して公共施設の整備にあてるという、要するに迷惑料としてのアメである。しかし、過疎化に悩み、「地域振興」を願う住民にはさしあたり非常にオイシイ話だった。電源三法がその後の原発建設推進に果たした役割を思えば、小林柏崎市長-田中総理大臣の連携プレーはまことに犯罪的だった。(反原発運動と女性)


電源三法は東電と角栄と柏崎市長の三位一体のトリプルプレーだったわけか。たしかに、これは効果抜群の「電化の法灯」だった。

たしかに原発は、都市と農村の差別に乗っかって建設される。そして農村は、都市の生活を支えるために危険を押しつけられ、自然とともにあった暮らしを奪われ、さらに都市への従属を深める。(反原発運動と女性)

開発はなべて差別の具現化であるな。

1957年8月27日、原子力研究所の研究炉が日本で初めて臨界に達し、「原子の火ともる」と大々的に報じられた。その日の『朝日新聞』「天声人語」にはこんなことが書かれている。
「原子力は二つの道に通ずる。人間滅亡への道と、繁栄と幸福への道である。現代の人類はその十字路に立っている。原子兵器のドレイとなれば滅び、人間が原子力を平和的にコントロールする主人公となり了せれば、無限の繁栄がつづく。」(女はなぜ反原発か)

天声人語の脳天気さは、これに始まったものではないけどね(^_^;)

「母親として」原発に反対するということは、母親でない女たちや母親になる以前の自分自身の二十数年だかの人生を、切り捨ててしまうことにならないか。
なぜ「子どものため」なのか。「……のために」と自分以外のもののために生きる姿勢は、容易に「御国のために」「天皇陛下のために」に転化するおそれがある。(「母性」が陥る危険性について)
女には生まれながらに子どもを慈しみ育てる母性が備わっている。母性は女の本質であり、自然である--。母性神話の誕生である。日本では19世紀末から 「良妻賢母」dくりが女史教育の柱となり、「母」は規範となったが、母性神話の成立は1920年代、都市中産階級の成立による。(当事者性と一代主義)


ここらあたりがフェミニストらしい思考方式かもしれない。

エリザベト・バダンテールによれば、18世紀のフランスでは貧富をとわず都市の子どもが農村に里子に出される現象が流行した。1780年、首都パリでは一年間に生まれた2万1000人の子どものうち、母親に育てられたのは1000人以下、1000人は住込みの乳母に育てられ、残り1万9000人は里子に出されたという。(母性主義とナショナリズム)

これは単に雑学情報として、印象に残ったもの。

リブの先駆とされる森崎和江は、すでにその10年前(60年代初め)、個人通信において「「母」は「水」などと同じ言葉の質を持っているはずです。ところが、それが何か意味ありげなものとして通用しています。まるで道徳のオバケみたいに、献身的平和像、世界を産む母などという標語をくっつけて」と「母」を批判していた。
かつて「母」を否定した森崎和江は、「一代主義」を批判して生命の連続性を語っている。「いま、一番気になっているのは、近年、急速に現実化してきた「一代主義」の文化です。生命の連続性に対する思想性の欠如です。「生命がこの世に連続的に存在することを、どのように思想化すればいいのか。産む産まない産めないなど個々の条件や、選択を越えて、そして何よりも物質文明に流されることなく、生命界の一員として」と考え続けています。」(1999)
原発はまさに森崎のいう一代主義文化の産物である。その重大な事故により、本来の生命が危機にさらされている現在、母親たちは「子どものために」と脱原発に立ち上がっている。フェミニズムはこれをどう考えればいいだろうか。
<母>を、産む産まないにかかわらず子どもの世話をするひと、ケアの担い手と考えれば、子どもの安全は<母>としての当事者性の範疇にある。ケアがなければ生きていけない依存する存在を守ること、それはケアするものの当事者としての責任である。
いずれにしても放射能汚染による子どもの被害は、私たちおとなが、この地震列島の海岸に54基もの原発を建て、便利な生活を享受した結果といえる。母に限らず大人はみな、そうした状況を生み出した、とまでは言えなくても、少なくともやめさせなかった当事者として、脱原発社会をめざす責任があるのではなかろうか。(当事者性と一代主義)


森崎和江が「リブの先駆」というところはちょっとひっかかったが、「一代主義」という言葉には、ずしりとくるものがあった。刹那主義、享楽主義にも通じるような、今が良ければそれでいいという意味でなら、Morris.の生き方にかさなってしまう(>_<)。「後は野となれ山となれ」ってことだよね(^_^;)
そして、原発が一代主義の申し子だとしたら、Morris.がシャカリキになって、反原発を唱える事自体が自己撞着ではないかという不安がよぎった。
本書は類似したテーマの文章が多く、同じことを何回も読まされるようで、ちょっと辟易するところもあったが、本来の専門分野である、「銃後」の女性史関連の著書も読まねばという気になった。

2014087
【市民科学者として生きる】高木仁三郎
★★★☆☆ 1999/09/20 岩波新書。
日本の反原発運動の先端にいた高木の自伝的活動史で、先日読んだ「原発事故はなぜくりかえすのか」と同じく、癌に冒されて病院のベッドで書き綴られたものである。

1938年のハーンとシュトラスマンによる核分裂現象の発見が大事件である。
私は丁度その1938年に生まれ、1945年には小学校一年で敗戦を体験した。その後原子核化学を先行し、約40年間「核」と付き合ってきた。その初めの3分の1は、原子力利用を進める体制内の研究者として、残りの3分の2は、大きな研究・開発体制からとび出した、独立の批判者、市民活動家として。(序章)

右の道を選ぶか左の道を選ぶかはさして重要ではなく、その道をどう歩むかが枢要の問題だろう。(第3章)

日本の原子力産業は、政治的意図や金融資本の思惑が先行して始められた産業であり、技術的進歩を基盤として自ら成長していった産業とはかなり性格を異にしていた。(第3章)


原子力産業黎明期に研究員として参画した高木の持論(多分正解)だが、この持論に達するまでにはかなりの時間がかかったようだ。

体内にとりこまれたプルトニウムは大きな発がん性をもつことが、当初から知られていた。これは後に明らかになったことであるが、アメリカ政府はマンハッタン計画の当初から、囚人などを使って人体実験を繰り返していたのである。シーボーグの本にも、「人間に知られている最も危険な毒物のひとつ」と書かれている。当然シーボーグは人体実験に直接に関係していたか、少なくともその結果をすべて知り得る位置にはいたであろう。(第6章)

高木は研究のはじめからこのプルトニウムと縁が深かった。広島の原爆がウラン型だったのに対して、長崎の原爆はプルトニウムだった。自然界にはほとんど存在しないプルトニウムは、ウランの核分裂によって生ずる超ウラン元素であり、41年アメリカのグレン・シーボーグにより発見された。
高木は最初フィーボーグに啓発されてプルトニウムの研究を始めたが、その後、このプルトニウムを生み出す核燃料サイクルの廃止を終生の悲願としていた。

「国益のため」という大義(と称するもの)がある。電力の安定供給は国家経済の要である。これに反対するものは非国民だ、という居丈高な主張がある。非国民という言葉も実際に使われたが、頻繁に使われたのが、地域エゴという言葉だ。「迷惑施設」を引き受けるのを拒みながら、自分はその"恩恵を享受"し、日本の高度成長による繁栄にあずかろうとする。これはエゴだという。(第8章)

地域エゴではなく、都会のエゴではないかと思うが、大きな声を出したほうが勝ちということなのだろうか。高木も、反対運動のなかで、巨額のカネでの誘惑や、ヤクザの電話などさまざまな嫌がらせうけたようだが、そのことにもさらっと受け流してるところは、強い、と思う。

日本でも日米防衛協力のための指針、いわゆる新ガイドライン関連法案の成立によって、戦争参加の道が一挙に開かれた。さらに、「君が代」「日の丸」の法制化や「盗聴法」と、私たちの少年時代には考えてもみなかった方向に政治が転回している。しかも、ひとびとは概して静かすぎる程静かである。結局、私たちの世代も、それ以前の世代の誤ちを、何も教訓化し得なかったのか。そして「オマエハケッキョク、ナニヲヤッテキタノカ」。(終章)

今、現在のことが語られているような気がする。そしてMorris.も同じことを自問せずにはいられない。

私たちはあきらめからの脱出、すなわち希望を、単に個人個人に期待するだけでなく、人々の心のなかに積極的にその種を繙き、皆で協力し合って育てていくものとしてとらえ直す必要がある。それを私はオーストリアの友人ペーター・ヴァイスにならって「希望の組織化」と呼びたい。(終章)

高木の63年の一生を振り返ると、やはり一種の知的エリートだったという気がする。前橋高校時代から模試の上位者として知られ、東大出て、原子力事業に入り、東大研究所助手から、都立大助教授、ドイツで客員研究員したあと、都立大退職して、自主グループ「プルトニウム研究会」を組織、「原子力資料情報室」代表、反原発運動の事務局長などを努め、国内外の受賞など、いわゆる、在野の反原発主義者とは、一線を画している。それが悪いというわけではなく、なんとなく雲の上の人みたいな感じがする、という、それだけのことである。

2014086
【舟を編む】三浦しをん
★★★
2011/09/20 光文社。初出「CLASSY」2009年11月号~2011年7月号。
発表翌年本屋大賞受賞、2013年には映画化されているから、それなりのベストセラーということになるだろう。
ベストセラーは読まない(^_^;)Morris.なのだが、本書は辞書作りを取り上げた作品ということで読んでもいいか、と思いながら、結局3年たってやっと読む事ができた。結論を言えば、期待はずれだった。
発表媒体が女性ファッション誌ということもあってか、登場人物の人間関係と行動があまりにも単純(>_<) 良いテーマが薄っぺらに鳴ってしまっている。
岩波と小学館の辞書編集部や王子製紙を取材したり、辞書関連本を参考にして、それなりに辞書編纂のノーハウや、苦労話をもりこんでいる。その分、提灯記事みたいになってる印象を受けたのは、Morris.の僻目だろうか?

「なぜ、新しい辞書の名を『大渡海』にしようとしているか、わかるか」
「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」
魂の根幹を吐露する思いで、荒木は告げた。「ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かび上がる小さな光を集める。もっともふさわしい言葉で、正確に、思いを誰かに届けるために。もし辞書がなかったら、俺たちは茫漠とした大海原をまえにたたずむほかないだろう」
「海を渡るにふさわしい舟を編む」
松本先生が静かに言った。「その思いをこめて、荒木くんとわたしとで名づけました」
きみに託す。声にはしなかった言葉を聞き取ったのか、馬締は円卓から両手を下ろし、姿勢を正した。

本書タイトルの拠って来るところだが、それにしても辞書の名前に「大渡海」はないと思うぞ。「言葉の海」という喩えからも、大槻文彦の「言海」「大言海」のパロディと思われる。
それはともかく、辞書を舟に例えるセンスもMorris.にはぴんとこなかった。それ以前に、この文体がMorris.の苦手とするものだった。

試作品の紙をためつすがめつしていた馬締が、突然叫んだ。
「ぬめり感がない!」
『広辞苑』のページを、馬締は指の腹で一枚一枚めくった。「これが、ぬめり感です」
「指に吸いつくようにページがめくれているでしょう! にもかかわらず、『紙同士がくっついて、複数のページが同時にめくれてしまう』ということがない。これが、ぬめり感なのです!
馬締に『広辞苑』を渡され、岸辺と宮本もページをめくってみた。
「あ、ほんとだ」
「たしかに、絶妙にしっとりとした質感で、指の腹だけで難なくページがめくれますね」
ようやく悟りを得ましたか、と言いたげに、馬締は鷹揚にうなずいた。
「これこそが、辞書に使用される紙が目指すべき境地です。辞書は、ただでさえ分厚い書物です。ページをめくるひとに無用なストレスを与えるようではいけません」

この「ぬめり感」というのは、興味深かった。以前から辞書の紙質には、感心することが多かったが、「ぬめり感」という言葉には、なるほどと思った。もっとも、新人社員とはいえ、印刷会社の社員である宮本がこれを知らないという設定はおかしい。
Morris.は広辞苑持ってないので、試すことは出来なかったが、Morris.の脂っけの無い指の腹でめくれる紙はなかなかありそうにない。

しかし、今世紀に入ってからのネット普及で、紙製の辞書の存在は、いよいよ危うくなりそうだ。
Morris.もひところと比べると、本棚の辞書を引く頻度は激減している。
逆に以前、紙メディアの辞書を引く習慣の無かった人の間では、PCやスマートフォンなどで、検索という形での習慣が普及していることは、間違いないところだろう。これはネットの「功罪」の「功」だと思う。
2014085
【身のまわりの木の図鑑】 葛西愛 ★★★☆☆
2004/11 ポプラ社。
植物好きのMorris.。のはずなのだが、いまだに町歩きしていても、樹木の名前がわからないことが多い。。これまでに何度か樹木図鑑類を見たことがあるのだが、なかなか身につかない。
本書は初心者向け(中高生向け?)で、簡単な樹木知識からはじめて、全体を、わかりやすい十種の形態に分類してある。ざっと200種近い樹木が取り上げられているが、そのなかで、Morris.周知のものは除外して、覚えておきたい樹木の名前を、先の分類別に、写しておく。ついでに、google検索の画像一覧のリンクもいくつか張っておく。これもあくまでMorris.のための利用本位(つまりいいかげん)(^_^;)である

1.学校周辺の樹木
さすがにここで紹介されてるものは皆知ってた。(桜、藤、蘇鉄、犬槙等)
2.街なかで見られる樹木
ナンキンハゼ(南京黄櫨)
シャリンバイ(車輪梅)
モミジバフウ(紅葉葉楓)
アオギリ(梧桐)
エンジュ(槐)
3.落葉する樹木
トサミズキ(土佐水木)
アベマキ(「木」偏に「青」)
ラクウショウ(落羽松)
センダン(栴檀)
ムクノキ(椋の木)
アカシデ(赤四手)
フウ(楓)
イボタノキ(水蝋の木)
サイカチ(皀莢)
4.紅葉する樹木
ドウダンツツジ(満天星)
トウカエデ(唐楓)
イタヤカエデ(板屋楓)
マルバノキ(丸葉の木)
サンゴミズキ(珊瑚水木)
ミズキ(水木)
5.常緑の樹木
ヒヨクヒバ(比翼檜葉)
サワラ(椹)
コノテガシワ(児の手柏)
アスナロ(翌檜)
ウバメガシ(姥目樫)
カナメモチ(要黐)
ネズミモチ(鼠黐)
カクレミノ(隠れ蓑)
ユズリハ(楪)
ヒサカキ(姫榊)
マサキ(柾)
イヌツゲ(犬黄楊)
ツゲ(黄楊)
マテバシイ(馬刀葉椎)
スダジイ(
シラカシ(白樫)
キャラボク(伽羅木)
イチイ(一位)
エノキ(榎)
ナギイカダ(椰筏)
トキワマンサク(常磐満作)
6.花を楽しむ樹木
キミガヨラン(君が代蘭)
サンシュユ(山茱萸)
ギョリュウバイ(御柳梅)
ニワウメ(庭梅)
シジミバナ(蜆花)
カラタネオガタマ(唐種沼霊)
シデコブシ(四手辛夷)
ハクチョウゲ(白丁花)
ウツギ(空木)
ヒメウツギ(姫空木)
ニシキウツギ(二色空木)
ガマズミ(
カンボク(肝木)
ボタンクサギ(牡丹臭木)
エゴノキ(
ニオイバンマツリ(匂番茉莉)
スモークツリー(煙の木 )
ヤコウボク(夜香木)
ムラサキナツフジ(紫夏藤)
7.実を楽しむ樹木
カマツカ(鎌柄)
サネカズラ(実葛)
クロガネモチ(黒鉄黐)
ハクサンボク(白山木)
ウメモドキ(梅擬)
モッコク(木斛)
サンゴジュ(珊瑚樹)
8.食べられる樹木
ブシュカン(仏手柑)
ユスラウメ(桜桃)
アマチャ(甘茶)

9.役に立つ樹木
カジノキ(梶の木)
カツラ(桂)
アブラギリ(油桐)
シナノキ(科の木)
10.室内の樹木
カネノナルキ(クラッスラ)
カンノンチク(観音竹)
タイワンレンギョウ(臺灣連翹 デュランタ)
ゲッキツ(月橘 シルクジャスミン)

2014084
【日本破滅列島】樋口健二
★★★☆ 1992/10/15 三一書房。
1970年から1990年までのフォトドキュメンタリーである。250pの中に150葉ほどのモノクロ写真が掲載されている。「自然破壊」「公害」「労働災害」「巨大開発」の4章に分けて25件の環境破壊現場の写真と文章が掲載されている。まるまる高度経済成長期にあたるこの20年間に、どれだけの理不尽なことどもが行われてきたことか。

林道開発によるブナ原生林伐採、洗剤などによる湖汚染、諫早湾干拓で無くなる海、林野庁の屋久島伐採、石灰石採掘による山の消滅、工場による大気汚染、水俣病、イタイイタイ病、ダンプによる塵肺患者、炭鉱事故、マンガン中毒、別子銅山の振動病、燃料各サイクル施設、本四架橋、石垣島新空港、八郎潟干拓、東京ゴミの埋め立て、ゴルフ場農薬汚染…………

本書に取り上げられた破壊の一端である。明治、いや江戸時代から続く環境破壊もあるのだろうが、やはり戦後の日本列島改造論に代表される高度成長至上主義の歪みが目立つ。やったものがちの欲望至上主義、お定まりの無責任と責任転嫁、隠蔽、裏工作、詐欺まがいの開発等など、とどまるところをしらずである。
Morris.の住んでいる神戸市の巨大な人工島(ポートアイランド、六甲アイランド)、明石大橋のために、どれだけの自然が破壊されたか想像に難くない。そして95年の大地震災害の復興に便乗しての環境破壊も、半端ではない。

島民の生活を犠牲にしようが、みかん畑をズタズタにしようが、島の自然を削りとろうが、そんなのは国家的な事業を推進するためには小さな問題といわんばかりである。
日本は戦後、経済優先のみを大義名分として弱いもの、過疎地、農漁業を犠牲にしながら豊かさを求めてきた。しかし、豊かさとは……。
当時、ほとんどのマスコミもこうした現実に無批判だったのではないだろうか。いやむしろ、本土と四国が直結することによって、人々の制圧に潤いを与えると喧伝してきたのである。(夢の瀬戸内海架橋)


マスコミが意識的にしろ無意識的にしろ、こういった開発の提灯持ちになることは、多々ある。いや、そちらのほうが多いのかもしれない。大本営発表を持ち出すまでもなく、国策や世論に左右される危うい媒体であることは間違いない。

原発行政はもともと廃棄物をどうするのか、寿命になった原発はどうするのか、などの事後をどうするのか解決策をもたぬまま無責任にスタートしている。そのためいざ難題に直面すると過疎地を探し出してきて施設建設の計画案をぶち上げるということを繰り返し、反対運動の少ない地域に押しつけるという方法を用いてきた。六ヶ所村はまさに巨大開発計画の頓挫後の原発推進側の最後の砦といってもよかった。(巨大開発に翻弄された村)

原発に関しては、この六ヶ所村のことだけしか取り上げられていない。原発だけの本は別に複数出してるためだろう。原発はほとんど樋口のライフワークとなる対象だが本書が出された時期は、まだ、JCO事故の前だし、この六ヶ所村が一ホットな問題だったのかもしれない。

きれいに整備された緑の芝生にプレーヤーは目を奪われ、爽快感を味わうことだろう。しかしその芝生には年間35回以上、2トンをう回る農薬が散布されているのである。除草剤、殺虫剤、さらには化学物質と百種類以上に及んでいる。一ゴルフ場でこれだから、日本列島全体では想像を絶する量が撒かれているものと思われる。
ゴルフ場は90年現在で千ヶ所、造成中・計画中も含めると二千ヶ所を超え、日本列島を虫食い状態にしていっている。ゴルフ場は開発前に会員権を発売することによって資金を確保できるというウマミを利用しながら、森林をなぎたおして建設されていく。そこはまた土地の買収や認可などによる地方議員をも巻き込んだ利権の場でもある。農薬の散布禁止だけでは建設ブームを止められないというのは、この点にある。また、国土を守るという役割をもつ林業では整形を立てられなくなっている現実が、山林を手放すことに拍車をかけている。(ああコルフ列島)


ゴルフには縁のないMorris.なので、ゴルフにはあまり良い印象は持っていない。とりあえず、日本にこれだけ多くのゴルフ場があるのはナンセンスだと思う。テレビも、ゴルフ場公害を否定的に取り上げたりもしながら、ゴルフ中継やゴルフ教室番組を延々とやっている。
日本のゴルフ場の数、ネットで調べたら、2002年に2460ヶ所というのがピークでそれ以後はちょっとだけ減少傾向らしい。狭い日本には、あんな広い施設を要する競技は向いてないと思う。

このドキュメンタリーは私なりの民衆史として位置づけています。
しかし、これらの写真群をいくら積み重ねたところで、巨大な力に押しつぶされるでしょう。また、社会変革も簡単にできるはずもありません。
そんな思いにかられながらも、私は日本列島の北から南へ、また南から北へとカメラをかついで歩きまわってきたのです。夢中で歩き回っているうちに、あっという間に20数年が経過してしまいました。(あとがき)


このあとがきが書かれてから、また20数年が過ぎて、福島第一原発事故が起こり、これも力に押しつぶされようとしている(>_<) 社会変革どころかどんどん悪い方向に進んでいるように思うのはMorris.だけだろうか。
しかし、こうやって口先だけで悲憤慷慨して見せても、への突っ張りにもならないのだ。
フォトドキュメンタリーなのに、写真への言及が無いのは片手落ちと思うが、これはやはり「百聞は一見に如かず」である。ぜひ、直接手にとって見ていただきたい。と、いいながら、神戸市の図書館では灘図書館に一冊しかない(>_<)
2014083
【「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか】開沼博
★★★★ 2011/06/30 青土社。
1984生の著者が2011年1月14日に東大大学院に修士論文として提出し、2月22日に受理された論文がメインになっている。この論文は3月15日終了確定が予定されていたが、その4日前に、3・11東北大震災が起きてしまった(@_@)
学術論文ということで、難解なものかとビビったが、実に分かりやすい文章で、論旨も明解、各項で総括まとめもあるので、読みやすかった。
内容的にも、これまでMorris.が見落としていたことが多く、教えられることも多かった。
上野千鶴子ゼミ生であり、姜尚中にも師事してるらしい。
それにしても、事故以前に福島第一原発をフィールドワークの場に設定、事故直前に提出したという偶然にも驚かされる。
本書の冒頭で、原発のある地域を「原子力ムラ」と規定するということに、違和感を覚えたが、それはおいおい納得させられる仕組みになっている。

ここでいう「原子力ムラ」とは地方の側にある原発及び関連施設を抱える地域を指し、一方で中央の側にある閉鎖的・保守的な原子力行政のことも指す。本書では前者を「原子力ムラ」、後者を<原子力ムラ>と表記することにする。原子力を導入し広めたい側の<原子力ムラ>と原子力を受け入れ維持した側の「原子力ムラ」との共鳴が今日の原子力を成り立たせていることをここで明らかにしていきたい。(「フクシマ」を語る前に)

第一部 前提
 序章 原子力ムラを考える前提--戦後成長のエネルギーとは
 第一章 原子力ムラに接近する方法
第二部 分析
 第二章原子力ムラの現在
 第三章 原子力ムラの前史--戦時~1950年代半ば
 第四章 原子力ムラの成立--1950年代半ば~1990年代半ば
第三部 考察
 第五章 戦後成長はいかに達成されたのか--服従のメカニズムの高度化
 第六章 戦後成長が必要としたもの--服従における排除と固定化
 終章 結論--戦後成長のエネルギー
 補章 福島からフクシマへ


本書が試みようとするのは原子力と日本の戦後成長の関係についての考察だ。そしてそこで明らかにされるのは「翻弄される地方・地域の問題」に他ならない。それは、原子力という「リトマス試験紙」を用いてなされる「戦後成長と地方」論とも還元できるだろう。

「日本の場合、「特需」とは、戦後に限られた事情ではなく、20世紀以降の日本国家の成長にいつも付きまとっていた。日本企業の発展にとって、海外侵略による経済的恩恵の享受は普通かつ必須の条件だったのだ。さらに「特需」は、経済成長が永遠に続くかのような印象を与える心地よい物語であるだけでなく、政治的な保守性を担保する役割をも担ってきた……
多くの日本人が「特需」の経済定期利益を受けてきた蔭には、その繁栄から取り残された人々が少なからず存在した。多くの局面で日本の戦後社会は植民地支配に連なる負の部分を抱えながら真の脱植民地化への努力を先送りにしてきたのである。」(本橋哲也「ポストコロニアリズム」(2005)岩波新書)(序章)


この「ポストコロニアリズム」というのが、著者の拠って立つところであるらしい。姜尚中が日本のポストコロニアリストと論者と挙げられているから、その影響なのだろう。
それはともかく、この本橋哲也がいうように、日本の近代は「特需」に支えられてきたという視点は重要だと思う。

原子力という対象に「戦後成長の基盤」「地方の統制装置」「幻想のメディア」というそれぞれ、経済的・政治的・文化的な切り口に対応しているとも言えるような3つの視点からの意義を見出しながら議論を進めていくことにする。(第一章)

2010年6月に成立した菅直人政権が定めた新成長戦略においては、インフラ整備をアジア諸国に輸出し、高成長が続くアジアの需要を国内経済に反映させる「アジア経済戦略」が立てられ、そこでは鉄道と並び原発が主要な輸出商品とされる。

民主党もそういう意味では間違いなく親原発政権だったなあ。

侵略や略奪、虐殺といった抑圧の極地にあるものを、「そうは言っても、そうせざるをえない時代的な情勢があった」「そもそも数字が違う。一部、いや全部捏造だ」といった論理のなかで相対化するのが歴史修正主義だとすれば、原子力についても、「原発があったから貧しい田舎が近代化され、文明を持つようになったんだ」「反対派は危険性を煽りすぎ。そんなあなたたちも恩恵受けちゃってるんじゃないの」という「抑圧」を是とし、「変革」を消し去る結論に陥ってしまう可能性は十分にあるからだ。実際、そういった論理を、原子力を推進する側は直接的・間接的に用いてきただろうし、一方で反対する側がその批判をある面で見ぬふりをしてきたことも事実であろう。

歴史修正主義というと、つい最近読んだオーウエル」の「1984年」を思い出してしまう。フィールドワークという研究手法からすれば、当然こういった、本音と建前の桎梏があってしかるべきなのだろう。

「原発の安全確保については政府や電力会社を「信じるしかない」と地元代表たる町長がしみじみと述懐する。政府や東電は町長の肩に手を起き「そう。信じなさい。任せなさい」とやさしく、またたのもしく胸を張ってみせる。まことにうるわしき信頼関係といいたいところですが、……相当いいかげんで投げやりな挨拶に違いありません。……ここでは原発は科学の次元を超越してほとんど「信心」の問題になっています。「信じないこと」によって不安な毎日を送るよりも「信じること」で安穏な日々を暮らすことの方を選ぶのが庶民の知恵なのだとしたら--それは奴隷の知恵でしょう。」(清水修二「差別としての原子力」1994 リベルタ出版)

人間にとっての選択は自由か幸福であり、その大多数にとっては幸福が遥かにましなこと」という「1984年」の一節が、また頭に浮かんできた。あまりに似すぎている。

今日の原子力ムラには一見外部から見たら特異に見える状況、つまり、自ら持続的に原子力を求めていくaddictionalなシステムが存在する。それは中央の<原子力ムラ>と共鳴しながら原子力の推進を強固に進めていくものだ。(第二章)

*addiction(嗜癖) 中毒症状みたいなものか。

GHQが主導して行われた戦後改革の主眼は、民主化・非軍事化の達成、すなわち日本を第二次大戦に向かわせたファシズムの解体にあった。
しかし、実際は、そのような改革が不完全なものとして頓挫し、ある面では戦時体制への逆流とともに現在まで至ってきていることは数多の研究が既に指摘してきたことだ。それは、米国にとってのソ連の脅威と冷戦への突入、中華人民共和国の成立、朝鮮戦争の勃発という流れにおける「逆コース」あるいは「再軍備」に象徴されるように再集権化に向かうのものだった。(第三章)


ムラの中では新たな産業が生れ様々な繁盛記が生まれた。食堂、弁当屋、ホルモン屋、結婚式場、葬儀屋、「原子力運送」と名づけた運送会社、。ムラに流れ込んだカネは広く波及していった。
原子力によってムラにもたらされた「中央」は、ムラにとって夢がいつまでも現実化するかのような感覚をあたえていたのかもしれない。
例えば、大熊町議会では69年、原発を観光資源としようという計画が持ち上がる。現在から見れば、いささか理解しがたい「夢」が真剣に議論され、実現に向けて動き出していた。


いや、実は原発事故以後、福島で似たような企画が出されていると仄聞した(@_@)。もちろん「夢の原子力」ではなく、反面教師「怖いもの見たさ」を狙ったものだろうけどね。
ここらあたりが「幻想のメディア」たる本領発揮なのだろうか。

このごろ、双葉にはやるもの 飲み屋、下宿屋、弁当屋
のぞき、暴行、傷害事件、汚染、被曝、偽発表、飲み屋で札びら切る男 魚の出所聞く女。
起きたる事故は数あれど 安全、安全、鳴くおうむ
形振り構わずばらまくものは 粗品、広報、放射能 運ぶ当てなき廃棄物 山積みされたる恐ろしや。
住民締め出す公聴会 非民主、非自主、非公開
主の消えたる田や畑 減りたる出稼ぎ増えたる被曝
避難計画つくれども 行く意志のなき避難訓練 不安を増したる住民に 心配するなとは、恐ろしや。(72年結成の双葉地方原発反対同盟が作った「原発落首」)


よく出来ている(^_^;)

ムラへの原子力の訪れは突然のもので、まずは、用地買収、そして建設工事への雇用を通してムラから大量の人員を動員することになる。その結果、ムラの生活の中心にあった生産性の低い農業、あるいはそれらを補完していた出稼ぎからムラは解放される。
工事が進むにつれて、ムラは大きく変貌を遂げる。それは、中央からムラにもたらされたカネによる経済的な要素以上に、ヒトやモノによる文化的な要素によるところが大きい。東電社員やGE村との交流が、ムラを外部へ開かれたものとしていった。しかし、ムラの内部から新たな産業が起こるなかで、負の側面が露わになってくる。それは、かつてのムラだったらありえなかった秩序悪化であり、中央とムラとの溝、反対運動の到来といった形で表面化する。しかし、それを経てもなお、もはや後戻りできないムラは、原子力への信心を持っていくしかない状況になっていったのだった。ここに原子力ムラの成立が完遂したと言えるだろう。


先の落首を散文化したらこうなるか。

原子力ムラが見てきた夢とはここまで追ってきた「子や孫たちのため」という言葉に象徴されるような愛郷の実現への夢に他ならない。それはかつてとは形を変えながらも今日に持続しているものと言える。
一方<原子力ムラ>が見た夢とは、核燃料サイクルによって自国内での資源確保を疑似的に達成する、ということに象徴される。もしそれが実現すれば、エネルギーを他国任せにせず成長が安定する。
原子力に夢を見てきたという点以外にも共通する点がある。それはどちらの夢も幻想であったことが、時間の経過とともにますます明らかになってきたということだ。核燃料サイクルも、ムラの永続的な発展も、現実的には難しい。にもかかわらず、原子力を通すことによってそれは実現可能であるかのように思えてしまう。原子爆弾で始まった戦後社会にとって、原子力とは超越的な存在に他ならない。
原子力というメディアによって、原子力ムラ・<原子力ムラ>は自らを「近代の先端」へと向かい合わせてきたと言える。そして、それらは幻想にしがみつき続けるゆえに「前近代の残余」(戦時体制的な中央集権体制であり、地縁・血縁的な共同体をベースに成り立つムラの田舎性を根底に抱える)としての閉鎖性・硬直性といったムラ性、現代的かつ特異な「ムラの精神」を保持し続けながら今日にいたっているのだ。(第四章)

最新技術という衣装を着た、前近代的集団同士のコラボは、やっぱり幻想だったようだ。

80年代以降、原子力ムラはもはや原発なしでは財政が成立しない状態になり、また、政治的・文化的にも原子力ムラとして固定化されていくようになる。70年代まではムラのなかで認識されていた「ポスト原発」の時代をいかにするか、という視点も、91年の双葉町の増設誘致決議に象徴されるように、失われていく。addictionalに原子力を求める体制が確立したといえよう。
日本語で「嗜癖」と訳されるaddictionとは、ただ依存的になるというのみならず「本当はよくないとは思いながらやってしまう」という前提がある。

ディレンマ、という奴だな。

1895年の台湾総督府設置に始まり、1945年の終戦に終わる日本の植民地主義は、後発近代国家としての日本が、成長を対外膨張、つまり、外部の国家システムへの取り込みによって達成しようとした「外へのコロナイゼーション」の動きと言える。ここでいう「コロナイゼーション」とは、成長に不可欠な種々の資源や経済格差を求めて「植民地化」を進めていく過程をさす。
1945年の終戦から1995年の地方分権推進法までの期間は、敗戦と同時に失った植民地を通して得ようとしていた資源とエネルギーを、国内に見出し、成長のために用いようとする志向のもとにあった(内へのコロナイゼーション)。そのなかで地方は翻弄され疲弊している。
この45年からの50年間にわたる大きな政府のもとでの再分配を軸とした「内へのコロナイゼーション」は、小さな政府のもとでの「自動化・自発化されたコロナイゼーション」に変化をしているのではないか。つまり、地方への分配が困難になるなかで、新自由主義的な政策のもと、それまで必要だった暴力・軍事力やメディエーター無しに、地方が自ら持続的に国家システムのなかに飛び込んでくる状況にあると言える。
この推移は、ある種の国民国家における統治システムの高度化としてとらえられるのではないか。(第五章)

1895年から1945年の50年が日本の植民地支配時期であり、終戦からの50年間が「内へのコロナイゼーション=国内植民地化?)というのは、えらく数字的に綺麗に出来上がっている。
この「ある種の国民国家における統治システムの高度化」も、やはり「1984年」のオセアニア国システムを連想せずにはいられない。現実時間としての1984年がこの期間に含まれているし、偶然だろうが、著者の生年も1984年だった(^_^;)

単純に「ムラも原子力を欲していた」と見れば、「ムラも欲していたんだからいいじゃないか。むしろ感謝するべきだ」という、丁度、歴史修正主義においてなされる「植民地化されて喜んでいる人もいたんだからいいじゃないか。そのおかげでインフラが作られて近代化できたんだ。むしろ感謝するべきだ」という言説と同様の解釈を招きかねない。
確かに、それは一面的に事実ではあるが、そのような見方によって切り落とされる現実があることには正面から向き合っていく必要がある。その点において重要なのは、これまでの原子力を扱う研究、あるいは地域を扱う研究・ジャーナリズムが抱えてきた、一見、抑圧を肯定する立場とは正反対に見える「抑圧の元にあるムラに対する不正を告発し、守り、変革しなければならない」という立場も、一面的な見方による、ムラの側の能動性の切り捨てをしている、という点で同様のものとしてあると言える。


せっかく明晰な論理展開だったのに、ここらへんでなんとなくこんがらがってしまってる気がする。文の乱れは心の乱れぢゃ(^_^;) 

常磐炭田では、他の炭田同様に、新たな労働力として学生・女性とともに、「朝鮮人労働者」と呼ばれる層による労働力の補完がなされていた。朝鮮人労働者が特に増えたのは、41年の米国との開戦以降だとされる。
安価で長時間働かせることが可能な労働力が、牢獄のような格子窓と監視の目がついた飯場や目立つ服、長時間歩けない地下足袋といった装置のなかで固定化され、起死回生を目指す国家から求められる石炭増産を支えていた。そして、その現実は、日本人から見たら「飯場はいいところか」と聞いてしまうことに象徴されるように、排除と隠蔽の構図のなかで無意識のなかに封じられていたのだった。
朝鮮人労働者のなかでも、より日本語や意思疎通に長けた者、すなわち「植民地的主体性」をより獲得した人物を「班長」などとして要所に置きコラボレーターとして利用しながら間接的統治を行っていた。植民地的主体の生産は常に朝鮮人労働者の統治にとって重要なものだった。


戦前、戦中の朝鮮人炭鉱労働者と、原発底辺労働者との類似、いや、両者の直結を見逃してはならない。

排除と固定化、それによる隠蔽の構図は、「戦争を支える石炭」という特殊な事例だけではなく、近代社会において「成長を支えるエネルギー」として普遍性を持つものといっていいだろう。その構図は、原子力ムラの社会にも相似的に存在する。

当然著者はそのことに言及している(^_^;) というか、そのために朝鮮人労働者を取り上げたのだった。

「危険性はない」ということを証明することが、いわゆる「悪魔の証明」として困難なことは、論理の上だけでなく、現実においてもそうであることはJCO事故の際に明るみになった。ずさんな管理と危険性を持ち出すまでもなくいえることだ。どこまで、制度上の安全性を突き詰めても、運用の過程でその安全性からモレが生まれることは避けられない。それゆえに、トラブル隠しが常態化したこともあったのだろう。

悪魔の証明」というのはきちんと知らずにいたので、勉強になった。

福島県の原子力ムラにいる東電の社員には、大きく分けて大卒と高卒の二種類があり、位置づけは大きく違う。大卒は、東京本社で採用された社員であり、採用された後に本人の希望を聞きつつ会社側の都合に応じて職務を振り分けらた結果福島に来ている。高卒は、地元雇用の拡大の意味も大きく、地元の非進学校の高校で成績トップの層、あるいはコネクションを軸に、ほんの一握りが採用されている。

ヒエラルキーの誕生だね。

一つの、または多重の切り離し、言い換えれば排除の連鎖のなかで、排除と固定化が行われ、抑圧や葛藤の隠蔽が行われる構図を形成しているということだ。そしてこれは、中央-地方-原子力ムラの関係についてもいえることで、この構図によってこそ、原子力を社会に導入し維持するという戦後のエネルギー政策の最大の難所を突破できたと言える。
排除・固定化と隠蔽のメカニズムは、原子力ムラの内部にも、またナショナル・グローバルへと開かれた構造のなかで原子力ムラ自身にも作用しながらその存在を支えている。コロニアリズムもポストコロニアリズムも、あるいはグローバルもローカルもナショナルも、普遍的にこの構図を内包してきた。そしてこれは、安定したエネルギーの確保、つまり、成長の実現にとって不可欠なものとして近代社会を支えてきたのだ。(第六章)

ここも、もう少しすっきりした文章にしてもらいたかったところだ。分かりやすく書いてくれよ、というのは、Morris.の頭のお粗末さゆえの感想なのだろうか。

原子力ムラの財政は時間とともに悪化するように出来ている。それは、建設時から導入時が一番カネがまわり、その後は固定資産税の償却など時間がたつほどにカネが回らなくなってくるという理解しやすい構造ゆえのことであるが、一方でムラ自身が過剰なハコモノを作りその維持コストがかさんでいるなどの要因もある。しかし、ムラの住民の数や予算規模は、かつて調子が良かった時代に作られたものだからその維持だけでもムラの財政は逼迫してくる。「燃費の悪い車だけど捨てることはできない」ような、時間がたつほど苦しくなるシステムがあると言える。
地方は原子力を通して自動的かつ自発的な服従を見せ、今日に至っている。

笑うに笑えない、しかし笑うしかない現実という奴だね。

原子力ムラがなぜ自縄自縛の状態に陥っているかと言えば、自らの内部の「前近代の残余」を払拭しようとする欲望のなかで自らを追い込んだ結果だと言える。そこにおいて原子力は、原発が来ればここも都会になる、もっと豊かになれる、という「近代の先端」、あるいは「夢」といってもいいようなものは、そもそもはじめから幻想に過ぎなかったということは、近年露呈してきている通りだ。
しかし、ここで主張したいのは、そのような幻想があったがゆえに、戦後の成長は達成された、という事実だ。(終章)

おいおいおい、というような結論だね(>_<)

今、本書を通して示された歴史的分析の上に立って為されるべき絶対的な課題。それは「忘却」の問題の検討に他ならない。

忘却とは忘れ去ることなり。 忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ」(「君の名は」冒頭ナレーション)

想定可能なリスクの回避のために張り巡らされた微細な網の目。机上の計算によって編まれたそれは圧倒的な現実によって瞬く間に突き破られる。
しかし、少なくとも、これまで愚かにも一昔前と同じ過ちを幾度も繰り返してきた私たちの社会は、福島をもまた忘却していくことは確かだろう。


何度でも記憶喪失出来るから生き続けて行けるのだ女よ 歌集』銀幕』

なんて、歌ってるばやいじゃないよね(^_^;)

この「社会による忘却」とは、精神分析学的にいうとろころの「無意識化」とも換言できるかもしれない。原子力を現代社会が抱擁しつつ「無意識」へと追いやってきたものだと捉えるのならば、3・11はその狂気の表出に他ならない。

「狂気の表出」(^_^;) 著者はなかなかのレトリシヤンとみえる。


原発の危険性をあえて報じようとせず「安全・安心」の大本営発表を垂れ流す旧来型マスメディアへの批判は既にあり、それは今後も追求されるべき点であろう。しかし、一方で、圧倒的な「善意」「善き社会の設立」に向けられているはずの「脱原発のうねり」もまた何かをとらえつつ、他方で何かを見落としていることにを指摘せざるを得ない。原発を動かし続けることへの志向は一つの暴力であるが、ただ純粋にそれを止めることを叫び、彼らの生存の基盤を脅かすこともまた暴力になりかねない。そして、その圧倒的なジレンマのなかに原子力ムラの現実があることが「中央」の推進にせよ反対にせよ「知的」で「良心的」なアクターたちによって見過ごされていることにこそ最大の問題がある。とりあえずリアリストぶって原発を擁護してみる(ものの事態の進展とともに引っ込みがつかなくなり泥沼にはまる)か、恐怖から逃げ出すことに必死で苦し紛れに「ニワカ脱原発派」になるか。3・11以前には福島にも何の興味もなかった「知識人」の虚妄と醜態こそあぶり出されなければならない。それが、40年も動き続ける「他の原発に比べて明らかにボロくてびっくりした」(30代作業員)福島原発をここまで生きながらえさせ、そして3・11を引き起こしたことは確かなのだから。
中央は原子力ムラを今もほっておきながら、大騒ぎしている。


珍しく著者の辛辣な批判炸裂である(^_^;) でも、おしまいのフレーズは、重い。

3・11以前に、原子力をその基盤としつつ無意識に追いやっていた社会は、意識化された原子力を再び無意識のなかに押し込めることに向かいながら時間を費やしている。

返す言葉がない。

社会は目の前に非日常が立ち上がる度に「これは前代未聞、有史以来初めてのことだ」「これで社会は大きく変わる」と変化を捉えたがる。
しかし私たちはその根底に沈み、忘却の彼方に眠る「変わらぬもの」をこそ見出すことに努めなければならない。なぜならば「これで○○は終わるんだ。これで社会はまったく別なものになるんだ」と言うことが私たちにつかの間の安心を与える機能を持つ一方で、実際にはその本質は一切変わっていなことを私たちは既に何度も経験しているからだ。


繰り返し、繰り返し、繰り返し、繰り返し………………

私たちは原子力を抱えるムラを「国土開発政策のもとで無理やり土地を取り上げられ危険なものを押しつけられて可哀相」と、あるいは「国の成長のため、地域の発展のために仕方ないんだ」と象徴化するだろう。しかし、実際にその地に行って感じたのは、そのような二項対立的な言説が捉えきれない、ある種の宗教的とも言っていいような「幸福」なあり様だった。
村役場前の民宿に泊まりながら聞いてまわった話と目にした光景は、己がそれまで身を浸してきた陳腐すぎる象徴化も、稚拙すぎる想像力も、とうてい捉えきることを許さないものを突きつけてきた。それは、まるで安全である「かのように」振舞いあうことによって担保される「原子力ムラの神話」によって危うくも「幸せ」な生活を続ける現在の、そして、彼らの「子や孫が残って暮らせる」という夢がある面で叶い、そしてある面で完全に原子力に侵食されることになる未来のムラへの圧倒的なリアリティに他ならなかった。そこから「植民地」を連想するのは困難なことではなかったし、また「植民地」を切り口とした考察が一つの形を整えた今、それが「発想の飛躍」でなかったことを確信している。


ちょこっと、発想の飛躍ではないかと、Morris.は(肯定的に)思う(^_^;)

信心を捨て、そこにこぼれおちるリアリティに向きあわなければならない。希望はその線分の延長上にのみ存在する。(補章)

本書の結びの言葉である。禅問答の世界だね(^_^;)
しかし、本書は、これまで読み漁った、福島第一原発以降の関連著書とは、一味違った、ある意味で、原発の本質を突いた画期的な一冊ではないかと思う。
2014082
【文人たちの俳句】 坂口昌弘
★★★ 2014/08/01 本阿弥書店。初出 月刊「俳壇」2012年~13。
小説家、歌人、芸能人など、俳句を本業としない著名人の句を紹介したもの。とりあげられたのは以下の24人。

夏目漱石、寺田寅彦、永井荷風、竹久夢二、平塚らいてう、初代・中村吉右衛門、久保田万太郎、佐藤春夫、吉屋信子、宮沢賢治、三好達治、五所平之助、大久保橙青、松本清張、檀一雄、木下夕爾、安東次男、瀬戸内寂聴、山中智恵子、結城昌治、吉村昭、藤沢周平、渥美清、小沢昭一、江國滋、寺山修司、松本幸四郎

こういった本は、一種の選句集みたいなものだから、結局印象に残った句を紹介することになる。
漱石、万太郎のように、好きな作品を数多く残してる作者もいるが、とりあえず一人一句という条件で引いておく。

化学とは花火を造る術ならん 漱石
老子虚無を海鼠と語る魚の棚 寅彦
ほろび行く国の日永や藤の花 荷風
颱風の去つて玄界灘の月 吉右衛門
冬籠つひに一人は一人かな 万太郎
春愁に秋思に老を忘れたる 春夫
初暦知らぬ月日は美しく 信子
海の藍柘榴日に日に割るるのみ 達治
白魚のいのちの如く灯のともり 平之助
光あり神の手すがし秋の空 一雄
あかあかと花芯のいのち白牡丹 寂聴
乞食こそ神の隠り身葛の花 智恵子
夕虹や夢はかなはぬままがよし 昌治
原発を拒みつづけて枯野なる 変哲(小沢昭一)
神の春とふとふたらりたらりらふ 幸四郎
目つむりていても吾を統ぶ五月の鷹 修司

引用だけというのも申し訳ないので、修二の五月鷹の項にある、著者の俳句観が窺える一節を。

(塚本邦雄は)鷹は父性の象徴ともいう。しかし、鷹に父の姿を特定すれば俳句のよさが消えてしまう。鷹が鷹であるからこそ俳句が詩となりえる。批評的解釈はポエジーを殺してしまう。
「五月の鷹」のイメージは、修司自身の詩魂の象徴であり、亡き父の魂であり、読む人の心を投影する鷹のイメージであった。優れた詩歌のイメージは、何か一つの解釈にはおさまらないものを秘めている。詩歌の解釈は作者の心よりもむしろ読者・評者の心を語るものである。


これだけで著者の見識を伺うことができるだろう。

2014081
【これが原発だ カメラがとらえた被爆者】樋口健二
★★★☆☆ 1991/07/19 岩波ジュニア新書。
反公害・反原発情報写真家の児童向けの貴重な一冊である。
子ども向けだからといって決して手抜きではない、しっかりした内容である。

原発は、近代科学技術の結晶などともちあげられ、あたかもコンピューターのみで動いているかのような錯覚を国民にあたえ、今日にいたっています。しかし、現実には、生身の人間たちが、重装備の服装にみをかためて、数百種におよぶ原発内作業をおこなっているのです。それは、ボロぞうきんで床についた放射性物質(放射能)をふきとる放射能除染作業にはじまり、ひび割れしたパイプの補修、放射能ヘドロのかい出し、さらに放射性廃棄物などのドラム缶づめ、放射能に汚染された作業服の選択、配電盤や配線の点検・補修、パイプにつまったごみそうじなどです。これらの作業をする人たちはほとんどが下請け労働者です。もちろん正規の社員も原発内に入りますが、下請労働者の比率は94~96%となっています。この人たちが、放射能をあびながら原発を支えているわけです。(原発を動かすということ)

比較するのもおこがましいが、つい、先日読んだ豊田有恒のトンデモ本のことが頭に浮かぶ。豊田は底辺の下請労働者と日常的な被曝のことなど想像すらしなかったのだろうな。しかし、Morris.だって、このことに関してはほとんど無知だったんだ(>_<)

1960年代にはじまった高度経済成長は、日本の社会と人の心を一変させました。表の繁栄の裏に、かならず裏の苦悩・悲惨が存在します。しかし、他人の苦しみを感じる心を捨て去った多くの人たちは、その裏の部分を見ようとはしません。そして表の部分にいっそう協力することによって、裏の苦しみを拡大していくのです。(原発を動かすということ)

「他人の痛みはいくらでも我慢できる」ということかも。しかし、樋口の言葉には、事実を見据えた者だけのとてつもない重みがある。

若かったので意気ごんで四日市に出かけ、さあこれから徹底的に取材をはじめようとした矢先に、出鼻をくじかれたのです。これを機会に、私は写真家である前にまず人間でなければいけない、という取材の原点ともいうべきものを認識させられ、そしてマスコミの集中するときは取材をやめようという不文律のようなものをみずからつくりました。

栴檀は双葉より芳しというか、その出発時から肝が座っている。「取材の原点」「マスコミの集中するときはやめる」これもなかなか言えることではない。

広島県竹原市忠海町の沖あい3kmの波静かな瀬戸内海に浮かぶ周囲4kmの小島、大久野島で、1929年から第二次大戦の敗戦にいたる45年までの17年間、"大日本帝国"は、毒ガスの製造と使用を禁止するジュネーブ国際条約を破り、極秘のうちに大量の毒ガスをつくっていたのです。
お決まりの「お国のため」という大義名分によって、13歳から15歳位までは動員学徒として、16歳から20歳くらいまでは徴用工あるいは女子挺身隊として、また国防婦人会のほか臨時工や人夫として多くの人たちが毒ガスづくりとは一言も知らされないまま、危険極まりない作業に従事させられていたのです。一部の上層部や職長以外ほとんどの人が作業の内容を知らないのは、半生記をへたいまの原発でも似たような構図であるといえましょう。人間に害がおよぶことがわかっていても、それをかくし通そうとする体質はなんら変わらないということです。毒ガスづくりは当時国家の最高機密で、そのために島を地図から消してしまったくらいですから、労働者たちに伝えるはずはありませんでした。(毒ガスをつくった島)

この毒ガス島のことも樋口の写真集見るまでまったく知らずにいた。
広島が軍事の一大拠点だったことは知っていたが、人間魚雷回天の他に毒ガス兵器まで作っていたとはね。

私は四日市の問題をふりかえってみて、四日市公害は石油エネルギー産業がひきおこしたということに遅ればせながら気づいたのです。そして、日本のエネルギーの軸は石炭から石油へと移行し、つぎは原子力エネルギーという経済構造がうかびあがっててきました。(石炭から石油へ)

産業革命の行き着く先が原発だったというなら、とんだ茶番である。

被爆者や下請労働者の家を訪ねればかんたんに取材ができるわけではありません。むしろ門前払いをくらうのがあたりまえでした。私の取材対象は、隠し撮りや盗み撮りができるようなものではないからです。相手からじっくりと話を聞き、写真を撮らせてもらわなければなりません。それだけに責任も重く、忍耐力も要求されます。(若狭の農村を歩く)

気が遠くなるような根気のいる取材、それを支えるのは樋口の使命感みたいなものだろう。

村居さんはフィルムバッジがポケットからよく落ちるので、ポケット線量計一本だけをもて作業に入りました。被曝量はゼロで入域しましたが、作業終了後、外に出てポケット線量計を見ると2ミリシーベルトまでの表示を超えて、針がふりきれてしまい、見えなくなっていました。
そこで大騒ぎになり、日本原電の車で、指定病院であった木村病院へ運び込まれます。そこでいちおうの検査を受けたのですが、木村院長は「異常なし」としごくかんたんに診断を下しました。放射線被曝については長い時間をかけて追跡調査が必要だというのに、あきれた話です。
その後、敦賀市議会と国会の場で村居さんの被曝問題がとりあげられるや、日本電源と組んだビル代行は態度を一変させて、村居さん宅を訪ね、白紙の小切手に「好きなだけ数字を書いてくれ」といったといいます。被曝事故の事実がないのなら、一円たりとも金など支払う理由はないのではないでしょうか。(線量計の針がふりきれた)

資料をもって帰宅した梅田さんは、裁判を決意して動き出します。すると、どこでキャッチしたのか、原発側は鋭い反応をしめします。
まず暴力団を使った脅迫電話が一家をおびやかし、奥さんがノイローゼ気味になったころを見はからって、直接仕事をまわしていた井上工業(ひ孫受け)社長と日立プラント社員の二人が梅田氏を訪ねてきました。「これからも仕事をつづけてほしいし、体が心配なら精密検査をしてもらいましょう」といって、強引に九州大学医学部附属病院の放射線科に連れて行き、「異常なし」のカルテを書かせたのです。
カルテを手にした日立プラントと井上工業は、もう一つ手の込んだ方法をとり、だめ押しをします。仕事の支度金という名目で「前払金106万円を二度にわたって銀行にふりこむ」という約束をし被曝事故に決着をつけたのです。
裁判をおこそうとして金の力でつぶされたケースを、私は二例しか取材していませんが、これらは氷山の一角にすぎないのかもしれません。(つぶされた裁判への動き)


取材撮影と並行して、こういった理不尽な事実を公に報らしめることが、樋口の使命感なのかもしれない。それにしても原発側のなりふりかまわぬ隠蔽作業には唖然とするしかない。

彼(浪江町の山田三良)は地元の工業高校を卒業して東芝に入社しました。大会社ですから両親も喜んだことでしょう。14年も前のことですから、東京電力の原発内勤務とあれば、未来への夢を託して一生懸命に働いたと想像されます。その原発内部で、彼は電気関係の配電盤のとりつけや補修・点検にたずさわっていて、被曝したのです。
私が取材した、原発ブラブラ病となって働けずにいる人や死亡した労働者の多くは、この線量(年間50ミリシーベルト)以下の人ばかりでした。そのうえ、内部被曝線量を知る人はだれ一人いません。これでは、病気になったところでなんの手がかりもつかめないのです。それどころか完全犯罪の成り立つゆえんがここにあるといってもよいでしょう。(農村の若者の被曝死)


被曝隠しの完全犯罪(>_<) 未必の故意ではなく、確信犯だね。

「この地元では、蒸気発生器周辺の作業には人は集まらんですよ。細管の検査は放射能にまみれます。だから全国からきた労働者がやるんです。もし、私もそんなところで作業するようになったらやめます」。(地元の現場監督談)
1991年2月9日、その蒸気発生器の細管破断事故が美浜原発2号機で発生しました。それを直すのは下請労働者たちであることを忘れないでほしいものです。(蒸気発生器周辺の作業はしない)


孫受け、ひ孫受けと下請けの下層に行くほど、被曝危険度も高まっていく。

降りそそぐ太陽がまぶしいばかりに輝く。はしゃぎまわる子どもたち。小麦色に焼かれた健康そのものの若者たちの肌。ここ水晶浜の水は、その地名のもつイメージにたがわぬ透明度だ。
沖に目を向けると、ほんの目と鼻の先に関西電力美浜原発の原子炉が3基見える。そこに原発があっても、美しい水晶浜の風景は平和そのものだ--。
しかし、原発が海に流しだす毎秒70トンもの温排水は、微量とはいえ放射性物質をふくんでいます。原発を推進する人びとは「少量だからなんの心配もない」とくりかえしていますが、運転中はまちがいなく放射性物質が排出されています。それも十数年にわたって海に流れでてしまっているのです。工場排水がどのような結果をおぼしてきたか、各地の公害の例を思い出してほしいと思います。(海水浴と原発)


この原発間近での海水浴シーンの写真は早川タダノリのパロディ(模倣)写真で知ったのだが、ブラックユーモアの極致といえるかもしれない。

私はあくまでも労働者の視点に立ち、原発を見つめようとしています。原発側では、都合のよい場所だけを見せ、安全性を誇張したいと考えるにちがいありません。私と原発側の意図がちがうわけだから、やがて日本原電の職員は、安全管理面を撮らせてほしいといった私を裏切り者と思うだろう、それもしかたないと、そのとき覚悟を決めたのです。
私は、カメラ二台とストロボ、それにカラーフィルムとモノクロフィルムを5本ずつ用意して待機していました。さあ入域というときになって、目の前に突然一通の誓約書がしめされました。もちこみカメラ一台、カラー、モノクロどちらかフィルム1本、写した写真を発表するところ、会社が写してよいといったところ(約10ヶ所)だけを撮ること、などが書きこまれていました。主任に抗議をすると、「いやなら見学を打ちきります」とにべもなくいうのです。
こうして会社のカメラに35ミリレンズをつけてもらい、ストロボも用意されました。レンズ部分をのぞいて、すべてビニールにつつまれています。原発内部の放射能汚染がひどいことを、ビニールづつみに感じ、緊張感が体をつらぬきました。
電気が不足するから、無資源国だから、原発が必要だと人々はいいます。しかし、そういう人も一度でも原発内の放射能うずまく労働現場に立ってみたら、ほんとうに原発が必要なのかと疑問がわくことでしょう。目先の豊かさにどっぷりとつかり、経済だけを再優先させて、人間をどこかにおいてきてしまったことに気づくでしょう。(敦賀原発撮影 19977/07/14)


奇跡的ともいえる、77年の敦賀原発内部撮影ドキュメントは本書のハイライトでもあるが、想像以上に困難な撮影だったことがよくわかる。
それにしても、このような本こそ、一人でも多くの人に読んでもらいたいものである。
そして、本書がジュニア新書という若い世代向けに出版されたということも、大きな意義があると思う。
ところでMorris.は、本書を中央図書館3階で書庫から出してもらった。一階の開架には無かったのだ。そして神戸市立図書館全館でも4館にしか置かれていない。Morris.が読んだ中央図書館の書庫、新長田図書館の児童書コーナー、北図書館のYAコーナー、兵庫図書館の一般図書、と、置かれているコーナーもばらばらである。これではなかなか人目に触れることも少ないだろう。
本書の10年前に出された「闇に消される原発被曝者」も読みたいと思ったのだが、これは神戸の図書館には一冊も無かった(>_<) (外大図書館にはあるようだが)
ここには、何か作為的なものがあるのではないか、などと勘ぐりたくもなってくる。
2014080
【日本の原発技術が世界を変える】豊田有恒
☆☆ 2010/12/10 祥伝社新書。
福島第一原発事故の3ヶ月前に発売されたもの。
豊田は日本SFの古株作家でもあるので、Morris.も何冊か読んだはずだが、あまり印象には残っていない。
韓国にも関心があるらしく、最近はやたら「反韓国」本を出してたようだが、読む気にならずにいた。
それと平行して本書のような「親原発」本が出てることも、知らないではなかったが、これまた読む気になれずにいた。
このところ、原発関連本を読み漁っていることもあって、たまには「トンデモ本」にも目を通しておこうかというつもりで本書を手にとった。
「世界一安全な原発を造れる国はどこか!?」という表紙カバー袖の惹句。

わが国の原発技術が世界最高の水準にあることを、多くの日本人が知らない。……世界中で原発の新規建設が進み、各国が売り込みに攻勢をかけている。安全性が劣るとされる中国も、安さを武器に輸出を目指す。だからこそ、世界一安全な原発を世界に広めることが、この上ない世界貢献の道だと、著者は力説する。

だもんね(>_<)\(^o^)/

原子力ルネッサンスの世界的なトレンドに、日本が乗り遅れてはならない。いや、せっかく世界最高の技術を持っているのだから、むしろ積極的に活用すべきである。さもないと宝の持ち腐れに終わりかねない。(まえがき)

すでに腐りきってるぞ。

ぼくは1980年代から、日本の原発を回り始め、現在稼働している立地点と建設予定地のすべてと、関連施設のほとんどを取材した。(まえがき)

要するに「原発オタク」ということか。

そもそも非核三原則が、きわめて不合理なものである。<造らず、持たず>は、日本の意思で決められることだから、いいとしよう。だ<持ち込ませず>は、性質の異なる条件である。<持ち込ませず>を貫くためには、日本側も、寄港するアメリカ艦船を臨検して、核を積んでいないかどうか、確認しなければならなくなる。そんなことをすれば、アメリカと戦争になるだろう。(序章)

論の持って行き方が、短絡的である。

日本の原発反対派が考えた傑作のコピーがある。「原発は、トイレのないマンション」というもので、あちこちで目にした。反対派には、コピーライターとしての才能のある人材が揃っているらしい。たしかにアジテーションの文句としては、傑作だろうが、事実とは異なる。トイレ(核の再処理工場)を造れないわけではないが、意地悪な大家のカーターさんが造らせてくれなかったのである。(序章)

造れないわけではないではないではないか(^_^;)

青森県六ケ所村の核施設でも、使用済み核燃料のガラス固定化処理が、予定どおりには進んでいない。このあたりも、反対派を勢いづかせている点なのだが、拙速を避けて、遅れを取り戻そうとしているだけで、方法が無いわけではない。……必ずや解決できるであろう。(第五章)

で、そのトイレ造りの状況がこんなありさまで、それでも「必ずや解決できるであろう」という脳天気ぶり。

日本のような技術力もあり、経済力もある国が、核武装をまったく検討すらしないということは、国際常識からしても、ありえない。(序章)

非常識なことを自分で証明している。

かの有名なH・T氏と対談する機会があった。ベストセラーの原発本を書いた人である。この人は、一種の教祖でなければ、相当な役者だと感じた。H・T氏の著書は読んでいるので、ぼくも感じたのだが、反対という結論が既定の事実としてあり、センセーショナルに煽りたて、強引な結論に持っていこうとしているため、杜撰なところが少なくない。ぼくも、本を読んだ時点では、たいしたことはないと思った。しかし、本人に会って、印象が違った。一種の危機感をおぼえたのである。(第一章)

何で広瀬隆だけイニシアル表記するんぢゃ?? 強引な点でも杜撰な点でも豊田の方が格上だと思うぞ。

ドイツの例では、冷却水を国際河川であるライン川に流したところ、河の水温が上がってしまい、下流のオランダンの流域で希少種の魚が絶滅しかけ、国際問題になったことがある。日本の原発の場合、冷却水を流す先は広い海だから、こういった問題は生じないが……
放水口でせいぜい7度ほど高い水は、一部では問題を起こしたことがある。(第一章)


海は広いぞ大きいぞ、だから問題は生じないだと。「せいぜい7度」だと。

中学の親しかった同級生に、奇妙な偶然で原発と関わりあうことになる二人の男がいた。一人は高木仁三郎、惜しくも物故したが、原発反対派の大立者になった。もう一人は堤富男、資源エネルギー庁長官など要職を歴任し、ついには事務方のトップ、通産事務次官に上りつめた人物である、。中学時代、高木の家にも、堤の家にも遊びに行った仲である。
高木の反対論の主旨は、プルトニウムの毒性に着目することである。……その意味で高木の主張は、為にするものではなく、傾聴に値する。
ぼくは、無条件推進派ではない。むしろ批判派だと自負している。(第二章)


高木仁三郎と同級生だったことを自慢気に吹聴してどうしようというのか。自負しているというのは自ずと負けているということかな。

原発も、故障、事故から、自由ではない。ただ、マスコミ報道が、予備知識の不足のためか、意図的にセンセーショナルに描くためか、見当違いなことが少なくない。
2004年8月9日、関西電力の美浜発電所で、蒸気配管の破断事故が起こり、5名の作業員が命を落とした。これも原発事故として、大々的に報道されたが、加圧水炉では、タービン建屋のほうは、ふつうの火力発電と同じだ。破断した配管系は、ずっと点検から漏れていたというのだが、もし、沸騰水炉なら、放射能管理区域だから、こんな杜撰なことは起こらなかったろう。
2007年7月16日、新潟県中越沖地震が発生し、柏崎刈羽原発も、被害を受けた。報道では、燃えている変圧器の映像ばかり繰り返し流された。しかし、変圧器は、原発に限らず、どんな発電所にもある。想定をはるかに上回る震度の地震だったから、変圧器がショートして燃えるくらいの被害は起こりうる。また、放射能漏れも、大々的に報じられたが、これは燃料貯蔵プールの水が溢れだしたものだ。核燃料は、プールに容れてある。バケツに水を入れて、左右に揺さぶってみる。みつは、チャポンチャポンと跳ねて、縁から跳び出す。想定以上の地震だったため、跳ねた水が、プールの縁から、跳びだしたのだ。燃料が容れてあるから、水も多少の放射線を帯びているが、ほとんど影響のない程度だった。(第三章)

よくもまあ、こんなことを書けるものである。

故朴正煕大統領は、原発に力をいれ、韓国が<漢江の奇跡>と呼ばれる高度成長を開始する以前に、電力の整備を図り、釜山の近くの古里(コリ)を手始めに、月城(ウォルソン)、霊光(ヨングァン)など、多くの発電所の建設を命じる先見を示した。
李明博大統領は、現代建設社長だったころ、韓国にある20基の原発のうち、12基を自ら手がけたことがあり、原発の工事について知りぬいている。

この韓国の二人の大統領と原発の関わりは、知らずにいた。

1978年1月、シアロンハリス原発1号機が着工して以来、アメリカでは、原発は1基も建設されていない。実に32年の空白ができあがっている。初期に建 設された原発は、老朽化が目立っている。今や、原発大国アメリカは、100基を超える老朽原発の養老院と化しているのである。(第四章)


これは、唯一まともな意見かもしれない。日本だって似たようなものだけどね。

日本が武器を輸出しないことで、平和に寄与するなんらかの成果が得られたのか、ふりかえって検証すべきだろう。PR不足もあって、非核三原則にしろ、武器輸出三原則にしろ、日本が掲げた高邁な理想が戦争を阻止しえたとか、あるいは平和に貢献できたとかなんらかの国際的な影響力を及ぼしたという証拠は皆無である。原子力の平和利用に関しても、日本だけが、手を縛ったような状態で、国益を損なっていいものだろうか。
日本もいわば贅沢病のような核アレルギーに浸っているときではない。国内の置き換え、増設はもとより、積極的に海外市場に打って出る姿勢で臨むべきだろう。(第五章)


もうほとんど、右翼親父の床屋談義に近い。

誤解と偏見を取り除いたうえで、政官民の協力で、世界最高の水準にある日本の原子力を、世界に広めていく努力をすべきである。さもないと、価格競争力だけを武器として、安全性に乏しい原発が世界中に建設される事態になり、第二、第三のチェルノブイリ事故が起こりかねない。
被爆国である日本こそ、安全な原発を世界に広める崇高な使命感と責務を抱くべきなのである。(あとがき)


脱力するしかない(^_^;)
福島第一原発事故後のインタビューでも、豊田は本書の主張を変える必要はないと、のたまっているとか(@_@)(>_<)
2014079
【動物農場】ジョージ・オーウェル 高畠文夫訳
★★★☆ 1972/07/30 角川文庫。©1945
「1984年」の先行作品とも言われる「動物農場」は、イギリスの農場で、豚を中心とした動物たちが、農園主を追い出して、動物による自治を始めるという寓話形式を取っている。これもMorris.は学生時代に読んだと思うのだが、覚えていない。
スターリンによるソ連の独裁国家をストレートに批判した作品とされている。

物語の人物や事件を、実在の人物や国々や具体的事件に対応させてみると次のようになる。
メイジャー爺さん(豚)→レーニン、ナポレオン(豚)→スターリン、スノーボール(豚)→トロツキー、ナポレオンが手なずけた9匹の猛犬→国家秘密警察(ゲー・ペー・ウー)、また、ボクサー(馬)→はチェフスキーやその他、羊たち→青年共産主義同盟、ジョーンズ氏→ロシア皇帝、フォックスウッドのピルキントン氏→イギリス、ピンチフィールドのフレデリック氏→ドイツ。次に事件の対応を見ると、スノーボールの逃亡→トロツキーの亡命、風車の建設→産業5ヶ年計画、ピンチフィールドのフレデリックとの商取引→独・ソ不可侵条約、ピルキントンとナポレオンのトランプ・ゲーム→テヘラン会談ということになるであろう。(解説)

トロツキーをモデルにしたスノーボールが一番魅力的に描かれているような気がした。トロツキーに関してはほとんど何も知らない(安彦良和「虹色のトロツキー」は愛読したけど(^_^;))Morris.だが、なんとなくトロツキーが魅力的に感じられるのは何故だろう。


「人間と動物は共通の利害をになっている、とか、人間の繁栄こそ、とりもなおさず、動物の繁栄である、とかいった説に、けっして耳をかしてはなりません。それは、ことごとく欺瞞なのです。人間というものは、自分以外のいかなる動物の利益も、ぜったいにはかることはないのです。したがって、闘いのために、われわれ動物たちの間に、完璧な統一と、完璧な大同団結を結成しなげればならない。すべての人間は敵である。すべての動物は同志である」

発端となったメージャー爺さんの演説の一部である。

「イギリスのけだものたち」

イギリス、アイルランド、
万国のけだものたちよ
きけ、輝く未来の
嬉しいわが知らせを。

暴虐人間の破滅のときが
やがてやってくるよ。
イギリスのみのりの野辺が
けだものばかりになるときが。

鼻輪は鼻から、引き具は背から
消えてしまうよ、その日には。
はみも、拍車も、永久(とわ)に錆び、
むごい鞭(しもと)の音も絶える。

想像もできないほどの富が
われらのものになるよ、その日には。
小麦に大麦、麦に干し草、
クローバーに豆にトウジシャなどが。

イギリスの野らは輝き、
水はさらに澄みわたるよ、その日には。
風もさやかにふきわたる、
自由解放のその日には。

その日の前に死ぬかもしれぬが、
その日のために準備をするのだ。
雌牛も馬もガチョウも七面鳥も、
自由のためにはげむのだ。

イギリス、アイルランド、
万国のけだものたちよ、
ひろめよ、輝く未来の、
楽しいわが知らせを。


メージャー爺さんが夢のなかで思い出した歌で、動物農場のテーマソングのように愛唱されるが、後にはナポレオンによって禁止されてしまう。これも「インター」のパロディだろう。

七戒

1.いやしくも二本の脚で歩くものは、すべて敵である。
2.いやしくも四本の脚で歩くもの、もしくは翼をもっているものは、すべて見方である。
3.およそ動物たるものは、衣服を身につけないこと。
4.およそ動物たるものは、ベッドで眠らないこと。
5.およそ動物たるものは、酒を飲まないこと。
6.およそ動物たるものは、他の動物を殺害しないこと。
7.すべての動物は平等である。

スノーボールは、「七戒」は、実際上、ちぢめて「四本脚はよい、二本脚はわるい」というたったひとつの格言にすることができるのだ。と宣言した。彼の言い分によると、この格言のなかに動物主義の根本原理が含まれている。だれでも、その意味を充分にかみしめさえすれば、人間の影響を受けないはずである、というのだった。はじめ、鳥たちが意義をとなえた。というのは、彼らも二本脚のような気がしたからだった。しかし、スノーボールは、そうではないことを証明してやった。
「いいか、同志よ、鳥の翼は、だ」と彼は力説した。「前に進むための器官であって、道具として使うための器官ではない。したがって、それは脚とみなすべきものである。人間のはっきりした特徴は、あの『手』で、これが、ありとあらゆる悪いことをしでかす道具なのだ」

人間の「手」が諸悪の根源というのは、armsが「武器」を意味することからも、想像がつく。

「この人は死んでいる」と、ボクサーは気の毒そうにいった。「こちらは、殺すつもりなんかちっともなかったのに。わしは、自分が蹄鉄をつけているのを忘れていたんだ。わざとしたじゃない、といくら言い訳をしたって、誰も信じてくれないだろうなあ!」
「めそめそするな同志よ!」さっきの傷から、まだ血をしたたらせながら、スノーボールが叫んだ。「戦争は戦争だ。良い人間はただひとつ、死んだ人間だ」


これはインディアン戦争でのアメリカのシェリダン将軍の「良いインディアンとは、死んだインディアンのことだ」発言のパロディである。
寓話苦手のMorris.だが、本書はそれなりに楽しめた。スノーボールの逆襲が無かったのが、ちょっと物足りなかったかな。
2014078
【福島原発でいま起きている本当のこと】 浅川凌
★★★☆☆
2011/09/15 宝島社。
100p足らずのブックレットみたいな、宝島社お得意の簡便情宣シリーズの一冊である。
筆者は原発メーカー技術者から、福島第一原発をはじめ各地の原発のメンテナンスに指導員として関わったことのある人らしい。

世間に流れる「無関心」は、東電をはじめ電力会社が得意中の得意とする情報操作のたまものです。もっと言えば、一種の「洗脳」です。
原子力発電というものを外の世界から隔離し、「内」と「外」が互いに無関心な状態にする--それが、今回の大事故の原因だとも言えるのです。そして、そうした状態を生み出した電力会社を頂点とする巨大な利権集団「原子力村」の体質、やり方は、未曾有の事故を経験したいまも少しも変わっていません。
「興味本位」でかまいません。あなたの、その「興味」こそ、「原子力村」が仕掛けようとしている「無関心という罠」を破り、危機と隣り合わせの日々を変える力となるのですから。(はじめに)

目次からめぼしい見出しを拾っておく。

・現場の作業員は金で買えて取替えの利く「部品」
・「注水」は「冷却」にあらず
・汚染水処理の偏重報道は世間の目を欺くため
・放出の「元栓」はいまだ開きっぱなし
・「ベント不成功」の寒~い言い訳
・「安全」より「利益優先」!? 遅れに遅れた海水注入
・死亡事故、死因はいつも「心筋梗塞」
・原子力はハイテクではない。人力の作業がほとんど!
・素人がメンテする原発
・自ら進化を阻む原子力村。原発ロボットが活躍しない理由
・受け継がれる隠蔽ノウハウ
・チェック機能ゼロ! 検査員は素人
・発表は「やったこと」だけ、「予測」「対策」がない情報公開は無意味
・東電社員は「高見の見物」
・普通なら、まず疑う配管破断


福島第一事故から半年の時点という条件を踏まえて見ておく必要があるが、妥当な意見が多いと思う。

事故の原因をすべて「想定外の津波」にするべく、やっきになっています。それをなっとくさせるため、「メルトダウン、メルトスルー」という、最悪すぎて、むしろ公表することで免罪符に生るような事象を持ち出してきたのです。
(これによって隠したいことは)「地震」による配管破断と「原発の老朽化」。
注目が集まっている福島第一の地震による被害を認めると、老朽化した原発が地震で被害を受け、大事故を起こす可能性があることが証明されてしまう。
そうなれば、常に地震の危機にさらされている全国各地にある原発も止めなければならず、膨大な利権が吹っ飛ぶからです。(地震の被害を認めない東電と政府)

2006年始が原発2号機運転差止め訴訟で当時の金沢地裁井戸謙一裁判長は「電力会社の想定を超えた地震動によって原発事故が起こり、住民が被曝をする具体的可能性がある」として、運転差止めを命じ、その具体的可能性として、明確に「外部電源の喪失、非常用電源の喪失」を挙げた。しかし北陸電力の上告で、最高裁では住民の逆転敗訴。(「全電源喪失」を危惧した金沢地裁裁判長)

作業員は、アラームメーター、フィルムパッチ、線量計という線量を測る装備一式を低線量の場所に置いて作業に入るよう、命じられます。こうすれば、実際はどんなに線量を浴びても、装備に記録される線量は、低線量。その日の作業が終わって原発を出る時にチェックされても、「問題なし」というわけです。(トラブル時の被曝管理の杜撰)

「予測も対策も発表せず、やったことのみを発表する」--この方法は国民を欺くのには効果があります。やったことは事実なのですから、ウソをついている、隠蔽しているという批判から免れることができますし、発表があるたびに、「前に進んでいるんだ」という錯覚に陥るからです。実際は前に進んでいるのか、現状維持のためなのか、その前には、どんなリスクがあるのか、「東電しか分からない」ままなのですが……(発表は「やったこと」だけ、「予測」「対策」がない情報公開は無意味)

きちんとしたシミュレーションを発表せず、「計画停電」で危機感を煽り、チェックされる側である電力会社が作った「ストレステスト」で「お墨付き」を与えようとする電力会社・政府のやり方は「電気という人質を取っている」とでも言わんばかり。まさに恫喝です。
何をすべきか。それは原発の短き未来を、利権で結ばれた閉鎖的な「原子力村」のしアヒから解き放つこと。
「原子力村解体」の第一歩を切れるのは、いまも危機が進行している福島第一からです。そして、その一歩を作り出すのは国民の「監視の目」です。(あとがき)


なかなか、まっとうな意見が多かった。
2014077
【原発事故はなぜくりかえすのか】高木仁三郎
★★★☆ 2000/12/20 岩波新書。
日本の反原発運動の第一人者というべき著者は本書刊行の直前2000年10月8日に癌で62歳の生涯を終えている。本書は遺作ということになる。

(1999年9月30日のJCO臨界事故から)一年ばかり経ってみると、忘れっぽい日本人はまた、すでにそういう問題は忘れようとしてしまっているかに思えます。この状況が私には非常に怖い。提起された問題は、戦後の日本の原子力のあり方の総体を、根本から問い直すような問題ではなかったのか。
今度の省庁再編のなかで科学技術庁が文部科学省に統合され、縮小されてしまいます。その時、これまで科学技術庁の管轄下で生じていたようなJCOや「もんじゅ」などの「核燃料サイクル開発機構」(旧動燃)の問題は、全部精算されてしまうのではないでしょうか。新しい経済産業省の下で、原子力推進の行政が進行し、過去のことなどあまり問題にならなくなっていしまうのではないかと危惧せざるを得ません。(はじめに)


「忘れっぽい」のはいつまでたってもなおらんのかなあ(^_^;) Morris.なんか、どんどんひどくなってる気もするし(>_<)

原子力と文化というと、日本原子力文化振興財団という団体がすぐに思い出されます。日本原子力文化振興財団は何をやっているかというと、原子力に関する宣伝普及です。たとえば、「ウラン燃料のペレット一個からはトラック一台文の石油に相当するエネルギーが生産されます」というような宣伝を新聞に掲載してみたり、「石油がなくなって、さあ大変、真っ暗になってしまう。しかし原子力発電をやれば大丈夫」みたいな宣伝もする。(原子力文化)

なんてったって「原発ユートピア日本」(©早川タダノリ)だもんね。

情報公開をめぐっては1992,3年のころに、ちょうど「あかつき丸」がプルトニウムをフランスから運んできたり、95年、97年に海外からガラス固化体の返還廃棄物が返ってくる、そういうことについて情報があまりに少ないので、私は政府にいろいろな情報の公開を細かいスペック(仕様)を含めて求めたのですけれども、情報が出てこない。出てこない主要な理由は核拡散防止の理由ではなくて、商業機密なのです。(自己点検のなさ)

福島第一原発事故でも、東電がマニュアル出さなかった理由がこの「商業機密」だった。

私が若いころ、日本原子力事業という会社に入って痛感した現場の状況というのは、議論なし、批判なし、思想なし、だったと言えるでしょう。
日本の原子力開発は、1954年に当時青年議員だった中曽根康弘氏が頑張って、だれもよくわからなかった原子力予算というのを通して、強引に原子力研究が始まったという、それ自身非常に不幸な歴史を持つのです。あるいは、非常に非文化的な歴史を持つとも言えるのですけれども、55年から日本の原子力産業がいわば上からつくられました。(原子力産業の状況)


まさに阿呆陀羅経の無い無い尽くしだね。戯論無し、批判無し、思想無し、なんたって反省というものが薬にしたくても無いヽ(`Д´)ノ

たとえば、原子炉事故というと、炉心が冷却に失敗して加熱して溶け崩れるメルトダウン(炉心溶融)をだれしも考えます。しかし、そういうことについて、会社の中で公式に議論した経験は、少なくとも私は一度もありません。そのこと自体、恐ろしい話ですけれども、ある種のタブーになっていたのでしょう。(議論なし、思想なし)

タブー(>_<)(@_@)(;;)(^_^;)

だいたい原子力村というのは、お互いに相手の悪口を言わない仲良しグループで、外部に対する議論には閉鎖的で秘密主義敵、しかも独善的、という傾向があります。
日本の会社にわりとよくあるパターンかもしれませんが、何か会社の経営サイドのほうの思惑だけがあって、技術的な基盤がそれに伴わない。それから、あとは日本企業の特徴で、企業の中で人が徹底した議論をやらない、争わない、家族主義的なぬるま湯の中につかっているとい、そういう体質の中で原子力産業が形成されていったというのが私の実感です。(原子力村の形成)


それもあるだろうけど、やっぱり一番は、莫大な利権を守るための運命共同体だというところではなかろうか。

原子力には明治以来百数十年の富国強兵の歴史が反映しており、国が技術立国的な政策をとって自由化工業に力点を置いて巨大財閥を中心に産業を育て、それを富国強兵に使ってきたのと同じことを、縮図的に原子力でやろうとしたと言えるでしょう。いかにもそれは中曽根康弘というひとの好みでもあったような気がします。そういう意味では日本の富国強兵の歴史のある種の縮図的なものが戦後の原子力で再現されていて、それが現在破綻の危機に瀕していることと、この間他の分野でもいろいろな破綻が生じていることが時を同じくしているのは、必ずしも偶然の一致ではないのではないかと感じます。(マイ・カントリー)

中曽根+正力-角栄-安倍ラインは、まさに富国強兵推進隊である。

調査には、厳しいチェックを行い徹底して究明する自己検証型の調査と、これ以上ひどいことにはならなかったということを立証したいがための防衛型の調査と、二通りの調査があります。
しかし、自己検証型の事故調査というのは、なかなか行われていません。それは、前章で述べた公共性のなさとも関係しています。自分たちの作ったシステムを本当に公的な責任において調べているかどうか、自分たちのかかわった技術の公的性格、普遍的性格というものをどこまで徹底して究明する義務があると考えているか、この公的という視点がなければ真の検証はできないでしょう。(自己検証型と防衛型)


暖簾に腕押し、糠に釘、原発坊主に爆弾飴ぢゃ。

原子力の分野でも、『原子力白書』にアカウンタビリティーという言葉が登場するようになりました。アカウンタビリティーというのは、政府は普通「説明責任」と訳すようですが、原子力の場合にはご丁寧にもただの説明責任ではなくて、「分かりやすく説明をする責任」というような訳し方がなされました。
アカウンタビリティーというのは、むしろレスポンシビリティーという言葉に近い語感を持った言葉です。ですから、説明ということに力点があるのではなく、責任ということに力点があります。
そもそもアカウンタビリティーは、いつも自分のやっていることが公的に説明できるというようなプロセスを踏んでいない限りは、成り立ちようがないでしょう。委員会をつくる場合に、こういう人選なら政府に都合の悪い結論は出ないだろうといういうようなことを密室であらかじめ打ち合わせ、そこから人が選ばれて、委員会が構成される。こういうプロセスはきちんと説明しようとしても説明できない。だから、アカウンタブルではあり得ません。そもそもアカウンタブルでないことをやっていいるのですから、アカウンタビリティーなどと言っても、「わかりやすく説明をする責任」というように逃げてしまって、理科の先生が理科の授業をするのにわかりやすい言葉を使って生徒に説明する、そういう責任が政府のお役人にもあるんですというような言い方をする。これは私には国民を愚弄する言葉だとしか思えません。本来の意味でのアカウンタビリティーが、日本の政府にはまったく欠如しているのです。(アカウンタビリティー)


そのとおり。日本国民は愚弄され続けている。

ずっと私の中で気になっているのは、日本における大企業の共同プロジェクトのあり方です。いつも、典型的な寄せ集めになっていて、有機的な統一がとれていません。そこに事故が待っているという例は、おそらく無数にあるような気がするのです。
実際日本では、大きなプロジェクトにおいては、三井、三菱、東芝といった原子力の系列全体に少しずつ仕事がまわるように、国策的に割りふられることが多いのですが、そのようなプロジェクトは多くの場合、思わぬ欠陥を露呈したり、また一社でやるよりコストが割高になりがちなのです。(寄せ集め技術の危険性)


プロジェクトに一貫性がないということか。もんじゅのナトリウム漏れ事故でも似たような問題があったみたいだし……

1973年関電美浜原発第一号炉で起きた事故があります。このときは炉心バッフル板というところにすき間が空いて、そこから一時冷却水が激しく噴出し、燃料棒の折損が起こりました。しかし、三菱重工と関西電力のごく一部の幹部の人たtが内密に処理をして済ませてしまい、事故の存在は外部には隠されたのです。これが内部告発によて国会で問題になり、ようやく真相が明らかになりましたが事故発生からすでに3年を経過したあとであって、電気事業法にいう報告徴収義務の期限3年を超えて時効が成立しているとされ、立件さえされずに済んでしまいました。
1981年には、敦賀の日本原電の敦賀原子力発電において、放射性廃液が一般排水路に漏れて海の汚染につながるという、これまた非常にショッキングな事故がありました。この事故も自主的には公表されず、後日の内部告発によってわかったのです。(隠蔽の時代)

内部告発も、秘密保護法が施行されると、なかなかできなくなるのでは、と、不安が広がる。

安全システムも、危機状態のときにモーターなどを使って人為的で動的な介入をして安全を確保するようなことをやると、モーターが動かないときはどうするのかという問題が必ずでてきますから、そうではなくて、危機状態になったら必ず、たとえばもっと強力な自然の法則、重力の法則が働いて、それによって制御棒がそうにゅうされるというような、そういった本来的な安全性が働くような形のシステムであったほうがよいということです。そのようにパッシブなセーフティのほうが望ましいのではないでしょうか。(技術の極致)

このような、パッシブなセーフティが実現されていれば、福島第一でも力を発揮したにちがいないのだが、それ以前のところで、堰き止められていたということになるだろう。しかし、それも後の祭りである。
高木仁三郎(たかぎじんざぶろう)の本、もう少し読んでみよう。

2014076
【オーデュボンの祈り】伊坂幸太郎
★★★☆ 2000/12/20 新潮社。
第五回新潮ミステリー倶楽部賞の受賞作で、伊坂のデビュー作ということになるのだろう。
仙台近くの小さな島での寓話的な物語で、伊坂らしい屈折した登場人物がぞろぞろ出てくるので、ちょっと読みにくかったけど、端々に興味深いエピソードがちりばめられていて、それなりに面白かった。エピソードというのが、ブッキッシュな知識からの受け売りで、カオス論、オーデュボンの描く旅行鳩、歌う生物学、群集心理、パラドックス……こういった雑学めいたところはMorris.好みだったりもする。この後の伊坂作品のプロトタイプみたいなのも散見して、これも楽しめるところ。

「小説の中で事件が起きるんだ。人が殺されたりして。で、その名探偵が最後に事件を解決する。犯人は誰それだと言うんだ」
「当たっているのか、それは」
「というよりも彼が決定した犯人が犯人になるんだ。ただ、彼は犯罪そのものが起きるのをふせぐことはできない」
小山田は少し黙ってから、「優午と似ているな」
「僕もそう思ったんだ」
犯罪を止めることはできない。しかし真相は指摘できる。僕がその探偵本人であったら、こう叫ぶだろう。
「何の茶番なのだ」と。自分はいったい誰を救うのだろうか、と頭を掻きむしる。
「優午は重荷だったんだな」と小山田は言った。
名探偵は神様に近い存在だ、と静香は言った。馬鹿みたいだ、と。
彼らは小説上の世界より一つ上のレベルにいる作者や読者を救う多面存在している。決して同じ世界の人間たちを救済するわけではない。


仙台でコンビニを襲って捕まり、途中で島に逃れて来た語り手の伊藤と、島の警官小山田の会話で、優午というのは、島に立っていたカカシ、静香は伊藤の元恋人である。この小説の中の名探偵のパラドキシカルな定義は、分かりやすく面白く、多くのミステリーファンの中に漠然と潜んでいた矛盾を突いたものといえるだろう。ミステリーコンペ応募作で、こういった戯論を挟み込む辺りが、いかにも伊坂らしくていいな。

奥泉光が選考委員の一人で、その選評から引く。

そもそも小説とは、それが何であるかを名指しできない何かなのであり、「これは一体何なんだろう?」と思わせるものこそが最も小説の理想に近いといえる。『オーデュボンの祈り』が小説らしいとは、簡潔に言えば、そのような意味である。選考会の場では、作品のあまりの馬鹿馬鹿しさが各選考委員から指摘された。僕も指摘した。だって、言葉を喋るカカシがいて、何故喋るのかといえば、頭部に巣くう虫が脳のシナプスみたいな働きをしているなんて説明されても、困るじゃないですか。けれども、この作品について議論するとき、選考委員全員が笑っていたのであり、一番いきいきとしていた。これは、つまり、面白いということである。

さすがだね(^_^)  選評で自分の小説論を披露する辺り。比較という意味で、桐野夏生の選評からも引用。

ファンタジックな設定に対し、冷酷ともいえる人物たち、警句や比喩の多用。あたかも、その場しのぎのような想像力の枝葉があちこちに伸び、いつの間にか読み進んでしまう。確かにオリジナリティは一番である。だが、様々な小説的企みが窺えるのに比して、失礼ながら、あまりにも表現が拙いということもこの作品の奇妙さのひとつではある。素っ気なさと繰り返しが目立つ文章。「寸止め」。これは手法と言えるものではなく、練り込みも推敲も足りないせいだと思われる。

桐野という人の作品は未読だが、まるで小説が読めない人なのではないかと思ってしまった。それ以前にかなりの悪文でもある。
2014075
【韓国語の数と数え方】梁永美
★★★☆2013/12/25 国際語学社。
久しぶりの韓国語参考書である。
これはタイトル通り、数字と数え方に特化した参考書で、こういった分化が見られるのも、最近の韓国語熱の高まりによるものだろう。
初級、中級、上級別に25章に分かたれている。初級は基礎の基礎、上級は数字の入ったことわざや慣用句、四字熟語など付録みたいなもので、メインは中級部分だろうがとりたてて意味は無い。
いつまでたっても中級以前のMorris.でも、数の基本くらいはなんとかマスターしてる(はず)ので、本書は後ろから順に一通り読み終えた。
思った以上によく出来た参考書だった。
韓国語にも日本語と同じように、数字は漢字語と固有語があり、この使い分けがちょっとややこしかったりする。例えば「60」は漢字読みだと「육십 ユクシプ」固有語では「예순イェスン」となる。60年なら漢字読みで「육십년 ユクシムニョン」 年齢で六十歳なら「예순 살イェスンサル」となるわけだ。Morris.の場合何歳ですか?と問われたら「イェスンタソッサリエヨ 」と答えなければならない。どうもこの固有数字が覚えられなかったMorris.はあっさり「49年生れです사십년 생 이에요 サシプクニョンセンイエヨ 」と答えることにしてた。これなら固有語なしで一生使える(^_^;)
いろいろ教えられることが多かったが、とりあえず、マスターしてなかった数の計算(+-×÷)と、助数詞のいくつかを引用しておく。

+ 足し算は 덧셈 トッセム2+3=5 이 더하기 삼은 오 イ  トハギ サムン オ
- 引き算は 뺄셈 ペルセム6-4=2 육 뻭이 사는 이 ユク ペギ サヌン イ
× 掛け算は 곱셈 コプセム 7×8=56 칠 곱하기 팔은 오십육  チル コッパギ パルン オシムニュク
÷ 割り算は 나눗셈 ナヌッセム 육 나누기 3은 이 6÷3=2 ユク ナヌギ サムン イ

[助数詞]
-개 個 一般的な助数詞 가방 세개 カバン三個
-면  名 人数 학생 야섯 명 学生3人
-분 人様 人数(丁寧) 손님 야섯 분 お客6名様
-장 枚 紙、手紙、切手、切符、新聞、シャツ、Tシャツ 우표 한 장 切手一枚
-병 本(瓶) ビール、ジュース、酒 맥주 세 병  ビール3本
-잔 杯 (コップに入った)飲み物 술 한 잔 酒一杯
-권 冊(巻) 本、雑誌 사전 한 권 辞書一冊
-마리 匹、頭 動物 고양이 두 마리 猫二匹
-송이 束 花、葡萄(房) 장미 한 송이 薔薇一輪
-벌 着 衣服(背広、スーツ) 한복 두 벌 韓服2着
-켤레 足(対) 靴、靴下、手袋 구두 한 켤레靴一足
-대 台  乗り物、電気製品 자동차 두대 自動車2台
-번 回 経験した回数 다시 한번 もう一回
-가지 種類 소원 세 가지 願い3つ
-갑 箱(匣) タバコ 담배 한 갑 タバコ一箱
-포기 株 白菜 김치 수무 포기 キムチ20株
-통 筒 スイカ 수박 한 통 スイカ一玉
-편 篇 映画、演劇 영화 세 편 映画3本
-그릇 膳 料理 정식 한 그릇  定食一膳
-접시 皿 料理 회 한 접시 刺し身一皿
-그루 本 樹木 감나무 세 그루 柿の木3本
-채 軒 家 집 세 채 家三軒
-걸음 歩 한 걸음 一歩
-가락  筋 실 한 가락糸一本
-자루 本 연필 한 자루鉛筆一本
-방  発 방귀 한 방おなら一発
-줄기  筋 시내 한 줄기 小川一本
-사발 膳 밥 한 사벌 ご飯一膳
-자 字 글씨 내 자四文字
-알 錠 알약 두 알丸薬二錠
-폭  幅 서와 한 폭 書画一幅
-모  丁 두부 한 모 豆腐一丁

・ひとかたまりを単位として数える助数詞
-봉지 袋
-바구니 籠
-상자 箱
-다스 ダース
-단 束
-두름 イシモチ10尾☓2連
-보루 カートン(boardから)
-손 ひとつかみ
-쌍 対
-졔 包(剤)
-축 イカ20杯
-톳 海苔100枚
-판 卵30個パッケージ

他の辞書からも幾つか追加しておいた。探せばまだまだありそうだ。考えてみれば、日本でもものの数え方だけの本は結構数多く出ている。ここらあたりからも日本語と韓国語の類似性がうかがえそうだ。
2014074
【「愛国」の技法】早川タダノリ
★★★ 2014/01/19 合同出版。
戦時中の雑誌記事や広告(プロバガンダ)で、日本帝国のトンデモ情報をからかいながら、批判していくという、著者お得意のパタンらしい。
でも、結局は著者はこういったのが「好き」なんだろうな、と思う。
前作「神国日本のトンデモ決戦生活」に比べると、見開きで完結、説明文もコラムみたいなものだし、カラーページも少なく、ちょっと物足りない気がした。
取り上げられた記事・広告に特に惹かれるものが無かったからだろう。
唯一「写真週報 第255号」(昭和18年)の裏表紙の東海銀行の広告「カツタメニチョキン」というのに笑わされた。米英の国旗にハサミを入れるイラストで、「貯金」とはさみで「チョッキン」をかけたものである。早川はこれには否定的評価しかしていない。

正直なところ面白くもなんともありません。敵への憎しみを表現するのにあまりにも陳腐な表現でうんざりしますが、文部科学省の現行「学習指導要領」(2008 施行)で教育された頭であれば、「尊重されるべき他国の国旗を冒涜してやったぜ!」と喜ぶことができるようになるのですね。陳腐な憎悪のメッセージも伝わりやすくなるわけです。

たしかにこのダジャレが優れているとはMorris.も思わないのだが、この素朴な切り絵風イラストと、極太不器用なレタリングはいい味出してると思う。何か30年代ロシア絵本に通じるような、というのは褒めすぎだろうけどね。
2014073
【妻が椎茸だったころ】中島京子
★★★ 2013/11/22 講談社。
「リズ・イェセンスカのゆるされざる新鮮な出会い」「ラフレシアナ」「妻が椎茸だったころ」「蔵篠猿宿パラサイト」「パクビシンを飼う」の5篇が収められている。
作風としてはブラックユーモアというか、ずいぶん前に「奇妙な味の小説」というシリーズがあって、そういったたぐいのものかもしれないが、成功しているとはいいがたい。
彼女の作品読むのはひさしぶり。どちらかというと、期待はずれだった。彼女の作品はMorris.にとって当たり外れが多い。まあ文章力のある作者だけに、読んで損したという気にはならない。

私は昼に、冷蔵庫を整理するために野菜のチャプチェを作った。チャプチェは韓国料理で、春雨と野菜を使った炒めものだ。ほんの少しでも豚肉が入るとおいしい。今日はたけのこ、黄ニラ、椎茸、人参、モヤシ、キャベツが入った。毎回、入るものが違う。黄ニラだけは、この料理を作るためにこっそり買ったのだ。黄ニラは高い。黄ニラとか香菜(シャンツァイ)とかふくろ茸みたいなものは、主婦が一人で食べる昼ごはんの中に入るのは珍しい。思い切って買わなきゃ入らない。でも、黄ニラが入ると炒めものはおいしいし、色味もきれいなのだ。

小説のなかで料理レシピが出てくると、つい、身を乗り出してしまうMorris.なのだが(^_^;) このチャプチェも長いこと作ってない。この後作り方が10行ほど続くのだが、割愛。

「沼は人里から少し離れておりまして、冬の間は薄氷がかかるのですが、雪解けといともに水ぬるむ春が訪れて、そうなりますともともと開けて日当たりのいい場所ですから、私たちはむくむくと体の奥から生命の力が満ちてくるのを感じます。すでに葉は大きく沼にたゆたっておりまして、少し大きな欠伸をすりょうな気持ちで体をのばしますと、沼の向こうに楢の木が二本伸びて立っているのが見えました。とにかく水のきれいな沼ですから、朝陽が上るともう空の様子を逐一鏡のように映し出します。ですから、葉と葉の間は水色の空と白い雲を映して、風が吹けば私たちは空とともに陽光を浴びて揺れるのです。暖かい日が続くと、さすがに待ちきれなくなって、私たちのほうでもどうにか小さな花をつけるのが夏の初めくらいです。それは睡蓮などにくらべたたら地味な花ですけれど、あれがふっくらと蕾を膨らませて、朝、ほこりと開くときん、えもいわれぬ艶やかで誇らしい感じは、なかなか忘れられるものではありません。花の季節が終わると、とうとう新芽が出てまいりますが、自分の体がこう、つるっつるっと分裂していく。あのなにげないようで相当に強い、寒天質ん粘膜に護られて、ぷるるるるんと澄んだ水の中に生まれ出るときの感覚は、そうですねえ、年甲斐もなく妙な言葉を使うようですが、恍惚、といったものに近かったと思います。ただ、水の表面でたゆたう、たゆらう日々。あれが私の人生で最も幸福な瞬間でした」
そう語る間に、杉山女史の手は小さなパットや小皿と漆の器を行ったり来たりして、散らし寿司をおいしそうに彩っていた。(妻が椎茸だったころ)

女性料理研究家が、自分がじゅんさいだった頃の思い出話をするくだり。やっぱりこの文章などを見ると、彼女の文才がわかる。

男は女子大生二人にほとんど相槌すら打たせずに、滔々とラヴクラフトの『宇宙からの色』のあらすじを語り始めた。アーカムという村に隕石が落下する。大学教授が調べたにもかかわらず焼失してしまったかに見えた隕石だったが、それ以来農夫ネイハムは異様な体験を重ねる。畑の作物はすべてだめになり、近隣の植物は妙な色を見せて(火)がやきだし、動物や昆虫に奇形が現れる。ネイハムの妻ナビ-は発行し、家畜は死に絶える。(蔵篠猿宿パラサイト)

中島京子とラヴクラフトの取り合わせにちょっと意外を感じたのだった。ラヴクラフトは興味を覚えながらほとんど読めずにいる作家の一人だが、この「宇宙の色」と言う作品は読んでみたくなった。

2014072
【原発崩壊】樋口健二
★★★☆☆☆ 2011/08/15 合同出版。
樋口は1937年生の報道写真家。60年代四日市公害写真を始め、多くの告発写真を発表。70年代から原発現場の写真撮影、作業員の被曝実態を明らかにしてきた。本書は1973年から2011年にわたる、原発関連写真集である。
本書のことは最近注目している早川タダノリのブログで知った。
「売れない写真家になるには」(八月書館 1983)という著作があるように、コマーシャリズムに背を向けた姿勢を貫いている。
福島第血原発事故をきっかけに発刊されたのだろうが、内容は、「3・11」以前の写真が9割を占める。事故以来、有名無名を問わず、原発関連写真集が多数発行されていて、それはそれで意味のあることだろうが、樋口の写真集はそれらとは一線を画するものだ。巻頭の6点だけがカラー、それ以外は全てモノクロである。

1.崩れゆく風景
2.原発被爆者
3.原発下請け労働者
4.反原発のたたかい
5.恐怖の核燃料輸送と使用済み核燃料
6.東海村JCO臨界事故
7. 福島第一原発、崩壊


2.3.の原発被爆者一人ひとりへの深いつながりあってこその写真は、とんでもない重さをもっているし、インタビューで得た貴重な証言も添えられている。
このところ、福島第血原発事故関連書物を読みあさっているMorris.だが、事故の推移や原因、原子力ムラの内幕、中曽根、正力に始まる日本原発行政の歴史などに目を奪われて、底辺労働者の悲惨な実情を見過ごしていた。この写真集には胸を突かれた。
6.の臨界事故取材で樋口自身も被爆し、福島現場には入れない線量に達しながら、それでも取材を試みるなど、その報道写真家魂には頭がさがる。
各章の末尾にある短文にも、樋口の姿勢と視点の確かさと理解の深さが刻まれている。

1970年代に入ると、日本列島の中でも過疎化が激しい場所が選定され、各地に原発が立ち並んでいく。東電福島第一原発1号機が営業運転に入ったのは、奇しくも1971年3月のことだった。当時の政界を牛耳った田中角栄元首相も推進者としてあげておきたい。世界一の原発サイトの柏崎刈羽原発をつくった田中は、東電と組んで原発も増設させた一人である。(誰が原発を推進してきたのか)

日本列島改造論(1972)計画の中には当然原発増設も含まれていたんだよな。

原発の宿命は、人間の手作業なくして一日たりとも動かないところにある。労働者たちは原発内作業で日常的に被曝し、放射線被曝特有の症状やがん、白血病で日々苦しんできた。原発で働き、放射線被曝の因果関係を問う裁判に訴えても、国策事業のもとでは司法は国家の手先となり、司法の独立性すら保てない状況だった。病気になっても闇から闇へと葬られてきたのが、原発管理社会の歴史なのだ。(原発被曝労働者)


この労働者被曝のことはほとんどマスコミには取り上げられない。東電は病症と原発の因果関係を一切認めず、子飼いの医師に都合の良い診断書を書かせてすましていたとのこと。水俣病の窒素と附属病院のことを連想する。

原発の労働形態は、電力会社→元請け(財閥系=三井、三菱、日立)→下請け(これより未組織労働者)→孫請け→ひ孫請け→親方(人出し業、暴力団含む)→日雇い労働者(農漁民、被差別部落泯、元炭鉱労働者、大都市寄せ場、失業者など)というピラミッド構造をなしている。この下請け多重構造の労働形態は石炭産業時代から引き継がれてきた。それぞれの要素は複雑に絡み合い、上から下へと賃金のピンハネがあり、二重の差別構造を形成している。
つまり、社会的弱者を徹底的に使役し、病気になればボロ雑巾のように捨ててきたのである。原発の本質はここにある。私は150人近い被曝労働者から証言を得てきたのだが、いざ雑誌や本に発表する段になると、「兄弟」や「親戚」が原発で働いているからと公表を拒否され掲載を断念せざるを得なかったことも多々あったことを、ここで付け加えておこう。原発管理者会の暗黒部はこうしたかなしい現実によって、なかなか表面化しなかったのである。


石炭産業時代から引き継がれてきたということは、戦前からの持ち越しということになるのだろう。これが底辺労働者の実情なのか。

六ケ所村ウラン濃縮工場は1992年に激しい阻止行動を押し切って、本格創業に入った。また、海外に依存していた高レベル放射性廃棄物(プルトニウム)管理事業が日本でも許可され、2007年11月には使用済み核燃料が搬入される予定であった。しかし、トラブル続きで計画通りには進んでいない。もともと原発が寿命を迎えたときの解決策も、高レベル核廃棄物をどうするかも考えずに始めた原子力行政である。英・仏に依存していた高レベル核廃棄物処理は、もはやどこにも受け容れられる状況にはない。難問に直面するたびに矛盾を過疎地に押し付ける無策ぶりを露呈してきたのだ。六ケ所村はまだに、巨大開発計画頓挫後の最後の砦といっていい。(六ケ所村の暗い未来)


核のゴミ処理問題は、深刻すぎる問題であり、途中で「降りる」ことが出来ないという意味でも悪魔の罠にはまったみたいな気になってしまう。

津波が押し寄せる前に、原発内のパイプや土中のパイプはめちゃくちゃに破壊されていたと思われる。冷却装置がことごとく働かず、ついに水素爆発やメルトダウンんまで発展した。さらに政府も東電も正確な情報を隠蔽し、終始、嘘で固めた発表を行って、後の事態をさらに悪化させるという犯罪的行為を行ったのである。(福島第一原発事故は想定外ではない)

私が原発の写真集を出版したいと思うようになったのは、原発棄民の悲劇をとりあげ発表することで、それまで信じ込まれてきた「原発安全神話」にノーを突きつけたかったからだ。
1997年に敦賀原発内部の撮影が初めて成功したとき、原発労働者たちが口々に語っていた「宇宙人・雨中服」が意味するものを理解することができた。これで本当に被曝労働者の実態を知らせることができると思ったものだ。
原発の本質はなんといっても、弱者(下請労働者を犠牲(放射線被曝)にしなければならないということである。それを国家ぐるみで「絶対に安全だ」「核の平和利用だ」「CO2をださないクリーンエネルギーだ」「コストがかからない」「資源のない国においては夢のエネルギーだ」などと理屈を並べ、そして極めつけには「安全神話」を押しつけ、国民を洗脳してきたのがこの40数年の原発の歴史である。
本書は闇の彼方に葬り去られた被爆者に対する鎮魂の書でもある。(あとがき)


97年の原発内部の写真というのが冒頭のカラー写真である。
隠蔽構造があり、見ようとしない人たちがいて、弱者は存在しないことになってしまっていた。
これらの言説も、体を張って困難な撮影を敢行してきた人にして言えることである。
もちろん、写真集を、こういった文章の引用だけで紹介できるわけもない。
ともかく「写真」を直視してもらいたい。
2014071
【1984年】 ジョージ・オーウェル 新庄哲夫訳
★★★☆☆  1975/03/15 早川書房。©1949
これは、たぶん学生時代に読んだはずだ。当時は日本SF文学(^_^;)の台頭期で、Morris.もそれなりのSFファンで、「SFマガジン」も結構読んでた。この作品は早川の世界SF全集第10巻に収められて1968年刊行である。この全集は画期的なものだった。今回再読した単行本はこの全集版の7年後に刊行されたもので、巻末に全集のラインアップがあり、懐かしさを禁じ得なかった。でも、当時Morris.が好きだったのは、ハインライン、ブラッドベリ、アシモフ、クラークというばりばりの正統派四天王、それに異色のスタージョン、ヴォクト、バラードあたりで、オーウェルみたいな作品は、ちょっとSFとは違うなと思った記憶がある。
原著は1949年(Morris.の生年)刊行だが、脱稿したのが1948年で、タイトルはこの末尾二桁をひっくり返したものらしい。
「オセアニア国」という超全体主義国家を風刺的に描いたディストピア小説で、スターリニズムのソ連をモデルとした作品ということくらいは、一般常識になってるくらいに高名な作品である。

テレスクリーンは同時に受信し、発信する装置だ。ウィンストンがどんな声を発しても、聞きとれないほどのささやき以外はすべて、このテレスクリーンに捕捉されてしまう。しかも、金属板の視界内に留まっている限り、声も行動もキャッチされるのである。もちろん自分がいつ監視されているのか、それを察知する方便とてなかった。思想警察が個々の電送線に差し込み(プラグ)を入れて盗聴する回数や方法はただ憶測してみるしかなかった。だれも彼も常に監視されているのだと考えてさしつかえなかった。

監視社会の象徴である「テレスクリーン」。現在の日本がすでにして擬似監視社会になりつつあることは間違いないだろう。
特に都市部では防犯カメラの名目で、怖ろしいほどの監視カメラが24時間稼働している。最近の警察による、犯人特定の大部分がこのカメラ映像によって行われていることがその証左でもある。

プロレタリア文学や音楽、演劇、一般的な娯楽を管轄する独立した一連の部局があった。ここではスポーツ、犯罪、星占い、センセーショナルな安っぽい小説しか掲載していないような赤新聞、エロ映画や作詩機(ヴァシイフィケーター)という名で知られる特殊な万華鏡に似たまったく機械的な方法によって作曲させるセンチメンタルな流行歌などが製作されてきた。新語法(ニュースピーク)でポルノ課(セクト)と呼ばれる独立の一課さえあった。

大衆文化の作られ方を皮肉っている部分だが、特に作詩機で作られる流行歌から、Morris.にはほとんど弁別不可能な、昨今のJ-POP楽曲を連想してしまった。

彼は以前にも幾度かいぶかったように、自分は精神異常者ではないかと思ってもみた。こうした精神異常者は多分、一人だけの少数派にすぎないであろう。昔は地球が太陽の周囲を回転すると信ずることは狂人の徴候であった。今日では過去が不可変と信ずるのは狂人の徴候だ。自分はそれを信ずる"唯一の人間"かも知れない、だとすれば、自分は狂人だということになってしまう。しかし自分が狂人だという思いは、それほど彼を深刻に苦しめはしなかった。むしろ自分もまた間違っているのではないかということの方が恐ろしかった。

「1984年」は初め「ヨーロッパ最後の人間」というタイトルだったらしい。この部分によるものだろうか。

オセアニア国を統治する「偉大な兄弟」がスターリンをモデルにしたのに対して、トロツキーに擬せられたゴールドスタインの著書「少数独裁制集産主義(オリガーキカル・コレクティヴィズム)の理論と実際」から、かなり長い引用がある。

戦争が文字通り継続性を持つに至れば、戦争はまた危険なものでは無くなってしまう。戦争状態が続いていれば軍事的な必要といったものは不要だ。技術開発も中止できるし、最も明確な諸事実を否定するなり、無視することも可能である。我々が既に見て来たように科学的と呼ばれる研究は依然として戦争目的のために行われているが、然しいずれも本質的には一種の白昼夢であり、たとえば研究結果が実を結ばなくても重大問題ではない。能率というものは、それが例え軍事的な能率であれ、最早必要ではないのだ。オセアニアで能率的なのは思想警察だけである。三超大国とも征服できぬ国家であるが故に、実際にはそれぞれ外部から切り離された小宇宙であり、その内部では殆ど如何なる思想の悪用も安全に実施できる訳だ。……真の恒久平和は恒久戦争と同じだというkとに相成るだろう。このことは--党員の大多数が皮相な意味でしか理解していなが--実は党の掲げる「戦争は平和である」というスローガンの持つ隠された意味なのである。

「永久革命論」(読んでないけど)のうらがえしみたいなものだろうね。オセアニア国の三大スローガンが
戦争は平和である War is Peace
自由は屈従であるFree is Slavery
無知は力である Igunorance is Strength

であり、ゴールドスタインの著書はこのスローガンをそのままタイトルにした三章からなっている。これは両者に通底するものを暗示(明示?)している。

上層の目的は現状維持であり、中層の目的は上層と入れ代わることである。下層の目的は、もし彼等に目的ありとすれば、あらゆる差別を撤廃し、あらゆる人間が平等となる社会を造り出すことが目的の筈だ。
過去において社会を身分制度で形成する必要性というのは、とりわけ上層集団に固有な持論だった。中層集団は権力奪取のために戦う限りにおいては常に自由、正義、友愛と言った類いの言葉を口にした。過去においては中層集団は平等tの旗印の下に革命を行ない、次いで古い権力が転覆されるや否や、新しい専制政治を樹立したのであった。
然し1900年頃からそれ以降に出現した社会主義の各変形では、自由と平等の確立という目的はいよいよ公然と放棄されて行った。今世紀の中期頃に登場した新たな運動、即ちオセアニアのイングソック、ユーラシアのネオ・ボルシェヴィズム、イースタシアの俗称"死の崇拝"には非自由と不平等を恒久化する意識的な目的があった。


「イングソック」は「IngSoc=Ingish Socialism イギリスの社会主義」からの造語であり、ユーラシアはソ連、イースタシアは中国の共産主義を暗喩している。「非自由と不平等」権力はこれによって存立してるわけだ。

古来のあらゆる専制政治は生ぬるく、非能率的であった。その理由の一部は過去において如何なる政府も、市民を間断なき監視下に置く力を持たなかったというkとにある。……技術進歩が同一セットによる同時受信・発信を可能ならしめると、遂に或いは少なくとも要注意に値する市民は警察当局による1日24時間の監視下に置くことができるし、他の全チャンネルを塞いで政府の宣伝だけを聴かせることも出来るのだ。国家の意志に対して完全な服従を強制するばかりか、あらゆる問題に対して完全な意見一致を強制する可能性まで、今や初めて存在するにいたった。

これはかなり図式的だが、すでに、これより格段に巧妙な監視装置が開発されているに違いない。

二重思考(ダブルシンク)とは一つの精神が同時に相矛盾する二つの信条を持ち、その両方共受け容れられる能力のことをいう。党の知識人達は、如何なる方向に己れの記憶を変造せねばならぬか熟知している。従って己れが現実をごまかしていることは承知の上だ。ところが二重思考を行使することにより、彼は現実が侵されておらぬと己れを納得させるのである。

オセアニアが推進している「ニュースピーク」という言語改革では、単語数の激減化が図られながら、いくつかの重要な新語が作られる。「二重思考」はその中でも重要な観念を持つ造語で、オセアニアでは、人は意識的に欺瞞を行いながら、誠実にそれを信じることであり、信じながら嘘をつき、不都合になった事実は直ちに忘れ去る。これが自然にできることにより、国は維持され得る。
つまり歴史の流れを堰き止めるための思考といえる。これによってオセアニア国は現状を維持できている。うーーん、よくわからんが、自分で脱出口に鍵をかけてしまうようなことなのか。

我々を統治する四官庁の名称すら、意識的に実際とは正反対の名を掲げることで一種の厚かましさを誇示する。平和省は戦争、真理省は虚構、愛情省は拷問、豊富省は飢餓を所管事項としている。

日本の与党が「自由民主党」を名乗っているようなものだろう(^_^;)

党は権力のために権力を求めたのでなくて、大多数のためにそうしただけにすぎないこと、民衆は弱く、卑屈な人種であって自由に耐えられないし、真実を直視しえないから、彼らよりも強力な集団によって支配し、組織的にだまされねばならないこと、人間にとっての選択は自由か幸福であり、その大多数にとっては幸福が遥かにましなこと、党は弱者にとって永遠の保護者であり、善をもたらすために悪を行ない、他者のために自己の幸福を犠牲にする献身的な一派であるということだ。

日本の民衆はこういったシステムを「親方日の丸」と表現してきた(^_^;)?

およそこの世に、権力を放棄する心算で権力を獲得する者はいないと思う。権力は一つの手段ではない、れっきとした一つの目的なのだ。何も革命を守るために独裁制を確立する者はいない、独裁制を確立するたにこそ革命を起こすものなのだ。迫害の目的はそれ自体にある。拷問の目的は拷問にある。

極論であり、真理でもある。「目的それ自体論」(^_^;)

一例だけ挙げてみよう。freeという単語は、依然としてニュースピークの中に留用されていたが、それは例えば「この犬はシラミから自由(フリー)である」とか「この畑は雑草から自由である」とかいったようなしようほんだけが許された。古い意味での"政治的に自由"とか"知的に自由"といったような使用法は許されなかった。なぜなら政治的自由、知的自由はもはや概念としてさえ存在しなかったし、従ってそのような使用法は不必要だったからである。

付録につけてあるニュースピーク読本から、自由を解説している一文である。フロムの自由論を先取りしている??「逃走からの自由」(^_^;)\(^o^)/

オーウェルが本書を著した40年代後半は東西冷戦が顕になり、イギリスでも労働党が与党になった時期であり、本作品も、イギリスの国家社会主義への期待と不安を下敷きにしているとも考えられる。
しかし、作品に描かれた、超全体主義のシュールな強烈さとリアルさのため、さまざまな受け取られ方をされてしまったようでもある。
先に告白すれば、40年ぶりに再読しても、Morris.には理解できない部分が多かった。でも、やはり、この作品には、何かとてつもなく大きな問題を孕んでいるようだし、問題解決のためのヒントが隠されているようでもある。
最近新訳が出たらしいので、機会があればそちらも読んでみようかと思っている。
2014070
【死の淵を見た男】門田隆将
★★ 2012/12/04 PHP。
「吉田昌郎と福島第一原発の500日」という副題がある。福島第一原発事所長吉田昌郎を中心に、現場側からの視点で描いたノンフィクション。現場の技術者や応援の自衛隊員、東電、政府関係者などにも取材しているようだが、なんとなく読む前から、胡散臭さを感じてしまった。これは発行元がPHPということと、著者紹介で、戦争モノの著作が多かったことによる。

明日の見えない太平洋戦争末期、飛行技術の習得や特攻訓練の厳しい現場となった跡地に立つ原子力発電所で起こった悲劇--絶望と暗闇の中で原子炉建屋のすぐ隣の中央制御室にとどまった男たちの姿を想像した時、私は「運命」という言葉を思い浮かべた。
本書は、吉田昌郎という男のもと、最後まであきらめることなく、使命感と郷土愛に貫かれて壮絶な闘いを展開した人たちの物語である。(はじめに)

福島第一原発が陸軍の航空訓練基地「磐城陸軍飛行場」の跡地に建てられたということを踏まえての発言だが、この筆致を見れば、その後の展開も想像がつきそうだ。
菅首相への露骨な非難、斑目委員長擁護発言、現場作業員への賛辞等々、最初からシナリオに沿って創作された安での熱血感動物語に見えてしまった。

私は、取材をつづけながら、この原発事故がさまざまな面で多くの教訓を後世に与えたことをあらためて痛感した。それは、単に原子力の世界だけの教訓にとどまらず、さまざまな分野に共通する警句であると思う。(おわりに)

結論が「教訓」、それも「原子力にとどまらず」だもんね(^_^;) 原発事故をこれからの「教訓」にしようというのは、まだ分らないでもないが、「原発事故が警句であると思う」というのは言葉の意味を取りちがえているとしか思えない。ちなみに「大辞林」を引いておく。

けいく【警句】奇抜な表現で、たくみに鋭く真理を述べた短い言葉。アフォリズム

*もしかしたらこれは「警告」と間違えたのかもしれない、と後で思いついた。まあ、どうでもいいけどね(^_^;)
2014069
【レベル7 福島原発事故、隠された真実】東京新聞原発事故取材班
★★★☆☆ 2012/03/11 幻冬舎。
東京新聞は、名古屋中日新聞東京本社発行の日刊紙で、東京中心の地方紙(^^;)であるが、全国紙的性格も持っているらしい。
東電福島第一原発事故報道では、全社体制で対応した。2011年5月から35回にわたって連載された記事を単行本化したのが本書である。先に読んだ朝日新聞「プロメテウスの罠」の単行本化と似ているが、こちらは事故直後の一週間だけでなく、その後の経過、問題点にまで触れられて、時間的、にかなり広範囲をカバーしている。
巻末には13頁にわたる主要参考文献が記されている。佐野眞一の「巨怪伝」など、Morris.が読んだ本が5冊程あったし、これから読まねばと思う本もそのくらいあった。

1.福島原発の一週間
2.汚染水との闘い
3.想定外への分岐点
4.「国策」推進の蔭で
5.安全神話の源流
6.X年の廃炉


1,はこれまで読んだ内容と重なる部分が多く、事故後一週間ほどのアウトラインは何となくつかめたような気がする。
2.と3.が本書では一番興味深かった。
3.4.もこれまで読んだ本と重なってたが、知らないこともいくつかあった。
6.のこれからの処理の大変さにちょっと気が重くなった。

「2号機が厳しい状況であり、今後ますます事態が厳しくなる場合には福島第二原発への退避もあり得ると考えている」
14日夜に副社長の武藤を通じて吉田の意向を聞いた社長の清水は翌15日未明、経産省の海江田や保安院長の寺坂に相次いで電話して、こう伝える。原子炉の制御に必要な人間は残らざるを得ない。清水は後にそう認識していたと説明しているが、海江田や寺坂には言わなかった。当然のように「全員撤退」と受け止めた海江田は、斑目や枝の、福山、細野、寺田らと官邸5階の首相応接室で協議する。
「総理の意向を確認したほうがよい」と指示を仰ぐことを決める。
菅は少し間を置いて、きっぱりと言う。
「撤退なんかあり得ない。そんなことをしてどうするんだ。(第一部)


東電が「退避」を匂わせて、菅首相が「ありえない」とした経緯が比較的客観的に取材されている。と思う。

東日本大震災が起きて以来、米国は原子力の専門家を大量に日本に送り込んだ。3月15日までにエネルギー省から34人、同16日までに原子力規制委員会(NRC)から11人が相次いで来日。海兵隊からは「化学、生物、放射能、核又は高性能爆弾に係る検知・識別、除染、医療支援等の専門部隊」(CBIRF)の約150人が派遣される。
政府と東電は結局、28日の日米競技で、米側が提案した水棺を受け入れる。原子力規制委員長のグレゴリー・ヤツコが来日した、まさにその日だった。


事故直後にこれだけ多数の米人専門家が来日してたとは知らなかった。

工程表の目玉だった水棺は、わずか一ヶ月で断念に追い込まれる。首相補佐官の細野は5月17日の記者会見で「別の方法を選択した方がいいと判断した」と延べ、事実上の中止を表明した。
米側に促されるまま、政府主導で見切り発車した水棺。大量注水で漏れた量は6千トン以上に上り、かえって汚染水を増やす結果となった。


結果論を軽々しく非難すべきではないだろうが、日本政府がついつい米側のプランを採用してしまったための失敗といえるだろう。

福島第一原発の事故直後、フランスのアレバ(原子力複合企業体 国策企業)が動いた。
「日本のパートナーに『支援できます』って伝えるんだ」
東日本大震災から一夜明けた3月12日、パリのアレバ本社から、日本法人社長のレピー・オトベールに指示が飛ぶ。オトベールは早速、東電に電話をかけ「支援を準備している」と伝える。防護服やマスクなど、復旧に必要な物資を無償で提供した。
フランスにとって原発そのものや、原発の技術は「輸出品」であり、事故はビジネスの好機である。同時に、事故を早期に収束させることで、世界の原発不信を封じる必要もあった。


もんじゅ、六ケ所村の核サイクルとは切っても切れない関係の、フランスの核企業。「事故はビジネスの好機」(>_<) うーーん、

5月12日の記者会見で、東電原子力・立地本部長代理の松本純一は、1号機の炉心溶融をようやく認める。それまでは「『溶融』という言葉は人によってイメージが異なるため、当社としては『炉心の損傷』ということで用語を統一している」などと説明していた。
1号機では地震発生から東電の解析で15時間後、保安院の解析では5時間後に、溶けた核燃料が原子炉の底を突き破って格納容器の底に落ちるメルトスルーが起きている。
2,3号機も最初の4日間でメルトダウンが起きていた。
高濃度に水が汚染された源は、そうした核燃料だった。(第二部)


「メルトダウン」という言葉を「絶対に」使おうとしなかった東電。「炉心溶融」=「メルトダウン」ということさえ知らぬ人が多いと思ったのか。その「炉心溶融」すら「炉心の損傷」と言い換えてたんだ(^_^;)

1896(明治29)の明治三陸地震は、国が1884年に全国で地震の震度観測を始めてから初めて経験した、海底を震源とする大地震だった。
2003年阿部勝征は潮位計で測った津波の高さや震源からの距離をもとに計算する。「津波マグニチュード」を考案。2003年の研究でも、この方式で明治三陸地震に迫る。結果はM9.0。東日本大震災と同規模だった。
2009年8月には、経済産業省総合資源エネルギー調査会原子力安全・保安部会で、委員から貞観地震を考慮すべきだと意見が出たのを請け、原子力安全・保安院の担当者が、福島第一・第二両原発の津波評価と対策の現状を説明するよう求めた。吉田の部下は、貞観津波の波高の試算などを説明する意向を吉田に伝える。だが、吉田は「波高の試算結果については、保安院から明示的に説明を求められるまでは説明不要」と指示した。
事実上の隠蔽だった。その後、保安院が貞観地震の波高の試算結果を説明するよう求めたため、貞観地震については報告される。だが、より波高が高かった明治三陸地震での試算はふせられた。
一年半後、保安院はようやく試算の存在を知り、東電に説明を求める。
保安院を訪れた東電の社員は、A4版わずか一枚の資料を手に試算結果を伝えた。最大15.7メートルもの波高を聞き、保安院の担当者は、状況次第で何らかの指示をすることもある--と口頭で伝えた。
説明の日は3月7日。東日本大震災の4日前だった。
試算の存在が顕在化するのは震災後の8月になる。試算が公表された直後の8月24日、東電の松本純一原子力・立地本部長代理は「福島沖は過去に地震がない。試算は現実的ではなく、津波対策が必要になるような合理的な内容でなかった」と釈明した。現実の津波の高さとほぼ一致していたことは「偶然だ」と言い切った。

自分らに都合の悪い資料は見て見ぬふりをするというのは、東電(他の電力会社も)の、体質というより本質だね。吉田所長が事実上隠蔽の張本人だったということも、他でも、聞いたような気がする。

1986年4月のチェルノブイリ原発事故を受けて、5月16日開かれた参院の科学技術特別委員会で答弁にタッタ科学技術庁原子力安全局長の辻栄一は「ソ連の事故が起こったからといって、急に慌てふためいて安全の確認をやるという筋合いのものではなかろう」と答弁し、余裕を見せた。
同年10月の参院産業・資源エネルギーに関する調査会に参考人として出席した原子力工学者で東大名誉教授の大島恵一は、現時点から振り返ると傲慢とおもえるほどの自身を示した。
「チェルノブイリの事故で安全規制の議論が高まっているが、日本の原子炉の安全性は、世界で最もと言っていいほどの高い水準にある。技術は完全に確立している。我が国だけ非常にいい炉を持っているのではなく、国際強力で世界の原子炉野安全性を保つ必要がある」
事故が起きたからといって国内の規制を強化する必要はなく、むしろ日本の技術を輸出すれば事故は防げるという論法である。
まさに「安全神話」だった。


福島原発事故が無ければ、今でも、このような態度をつづけていただろうということだ。

今回の事故現場で、運転員はぶっつけ本番の操作を迫られた。暗闇と高い放射線量に阻まれて何度も失敗を繰り返し、その間に炉心溶融はどんどんと進んだ。苦闘の挙げ句、1号機の当直長らがひどく被曝する。

現場の努力と奮闘を認めるのはやぶさかではないが、美談にすべきではないね。そんなことになった理由と、そうならないようにできなかったことへの批判を。

2009年4月開かれた原子力防災相委員会に提出された素案(地震や津波など自然災害と原発事故が同時発生する「複合災害」に備え、マニュアルをつくろうというもの)。
素案は福島第一原発事故のような事態が起きる可能性を的確に予測していた。それなのになぜ、複合災害の対策は進まなかったのか。
地方自治体側は、一方的に責任を押しつけられたと受け取り反発。
他の省庁も反発。
議論は暗礁に乗り上げ、撤回を余儀なくされる。(第三部)


こういったことは何度もあったのだろう。提出した保安院も、実践するというより、ある意味アリバイ作りという気持があったのではなかろうか。

「迷惑料」が効いたのか、福島原発事故後、真っ先に原子力政策の推進を求めたのは安全に最も不安を持つはずの立地自治体だった。
東京、東北の両電力から計157億円もの寄付を受けている青森県東通村の村長越前靖夫は2012年初め、経済産業省や東電本店を訪れ、定期検査中の東通原発の早期再稼働などを直接求めた。
日本原子力発電敦賀原発などを抱える福井県敦賀市長の河瀬一治や、九州電力玄海原発がある佐賀県玄海町長の岸本英雄も、事故後の早い団塊から再稼働の必要性を訴えた。周辺の自治体が不安を強めているのとは、対照的な動きだった。
寄付も交付金も最終的には電気料金に転嫁される。消費者が負担し、電力会社の懐は傷まない仕組みである。(第四部)


立地自治体というより、その首長の思惑ではないのか。

福島第一原発の廃炉。それは間違いなく、前例のない難事業となる。
炉心が溶融したり、建屋が爆発で吹き飛んだりした炉が4つ、使用済み核燃料は3408体ある。汚染されたがれきは、これまでに回収されたものだけでコンテナ900個分にも上っている。
原子炉を解体する段になると、今度は溶け落ちた核燃料と制御棒など炉内の構造物かが交ざった「核のゴミ」との闘いが始まる。それぞれが、がれきとは桁違いの放射能にまみれ、現行法がそうていしていない廃棄物である。
さらにこの廃棄物には、事故当初、緊急に注入された海水による塩分が含まれている。錆びや腐食を生むため、これまで高レベル放射性廃棄物の保管に使ってきた容器はそのままでは使えない。超長期にわたり、放射性物質が漏れないようにする新たな容器の開発が必要になる。
最終的に原子炉を解体するのは順調に行っても30~40年後のことである。(第六部)

わしらが生きてる間に、廃炉が完了することなどあり得ない。「後は野となれ山となれ」では済まされないことなのに……
それでも、原発続けるのか?

1959年9月社団法人日本原子力産業会議が出した小冊子に原発に関する13んの問答が掲載されている。その第6問。
問 原子力発電所が放射能をまき散らすような事故をおこすことが考えられますか。またその時にはどんな対策が考えられていますか
答 原子炉は原子爆弾とは本質的に異って、決して爆発するというような事故のないのが特徴ですから、爆発して放射能をまき散らすような事故は絶対におこりません」


まさに「原発ユートピア日本」の世界である。

1979年に米スリーマイル島原発の事故が起き、86年に旧ソ連チェルノブイリ原発事故が起きた。日本でも99年に茨城県東海村でJCO臨海被曝事故が起きた。そのたびに国内外で原発の安全規制を見直す動きが出て、実際に見直しが行われた。それなのに日本では見直しのたびに中途半端で終わり、政府も電力会社も安全対策を究めることはなかった。最大の失敗例は、地震や津波の影響を考慮の外に置いて、全交流電源を長時間失う事態に備えようとしなかった原子力安全委員会のワーキンググループ報告書(93年)である。
こうした声がなぜ届かなかったのか。いわゆる「原子力ムラ」にその理由を見出すこともできるだろう。政策決定に深くかかわる審議会や原子力委員会の委員は、一般的に所管する省庁の事務方が決める。時の政権や省の方針が原子力推進である以上、反対派の委員が多数をしめることなどあり得ない。つまり、構造的に「大きな流れ」ができていて、それに逆らう意見はガス抜き程度に扱われやすい。
多くの場合、立地自治体は金の力でコントロールされた。電力会社の寄付金しかり、エネルギー対策特別会計からの政府の補助金しかり。自治体財政がそれに依存するようになると抜け出すのは難しく、新規立地の困難さと相まって、一つの地域に多くの原発が建てられることになる。福島県の浜通りには、福島第一原発の6基と福島第二原発の4基の計10基が集中している。このうち並んで立っている福島第一原発の4基がすべて爆発などで破壊された。
集中立地の危険性に考えが至らなかったことと同時に、金という人々の倫理観を揺さぶる手法で問題を解決してきたことの是非は問われれるべきである。


これが東京新聞の結論みたいなものだろう。

脱原発を唱えるだけなら簡単だが、実現するには複雑な方程式を解かなくてはならないのである。そのためにまず必要なことは、政府や電力会社による徹底的な情報公開である。(あとがき)

本書を読んで「東京新聞」という新聞のまっとうさを知ることが出来た。関西ではあまり見る機会がないが、これからは、ネット版を時々覗いてみようと思う。
2014068
【検証 福島原発事故 官邸の100時間】木村英昭
★★★☆ 2012/08/07 岩波書店。
朝日新聞で2012年1月から2月にかけて35回連載された「官邸の5日間」を元に単行本化したもの。この連載は「プロメテウスの罠」シリーズの6回目に当たるらしい。
木村は朝日新聞記者である。
巻末に33pに及ぶ5日間の事故時系列表があり、これだけでもかなり読み応えがあった。つい先日菅直人の同時期を回想した新書読んでて良かった。ほぼ重なる時期と舞台で、あちらは官邸側(というか、最高責任者)、こちらは取材側からの記録である。基本的に実名取材をタテマエにしている。同じ出来事が視点の差でまるで違ったものに見えたり、補完しあったりして、なかなか興味深かった。
5日間を5章として、以下の様なタイトルが付けてある。

3月11日(金) 原発異変
3月12日(土) 原発爆発
3月13日(日) 原発暗転
3月14日(月) 原発溶融
3月15日(火) 原発放棄


これはなかなか上手い。さすがは新聞記者である。ポイント摘出で分かりやすい(^_^)

初動時にその機能を果たせなかったオフサイトセンターに代わって、事故の情報収集と対応を迫られたのが官邸だった。官邸がオフサイトセンターになってしまった。
ここがボタンの掛け違いの端緒になった。
官邸は情報過疎に叩きこまれた。その官邸を支える官僚組織は、実はその組織自体が機能不全を起こしていた。官邸中枢の取った策は後手に回った。というよりも、原発で次々と発生する事象が官邸の打つ手打つ手の先を走っていった方がいいだろう。(プロローグ)


これは菅直人の回想とほとんどシンクロしている。

野田内閣は政府や国会の事故調査委員会の最終報告も出ていない中で、原発再稼働に舵を切った。「電力が不足する」「経済活動が停滞する」といた切っ先を国民に突きつけながら。ムラの住民たちは、綻びを取り繕い、再び私たちの前から醜悪な正体を隠そうとしているかのようだ。安全論やコスト論、電力需給論の視点から論争を挑んでも結局は跳ね返されるだろう。原発を無くすか、継続するかは製作の問題ではなく、国家統治のありようを変えるのか、変えないのかにまで触れかねない問題だと思うからだ。
ムラの反撃が始まった。そう感じている。(プロローグ)


今、思っても、あの時点での野田総理の「収束宣言」は????だった。結局はムラに籠絡されてたということか。
しかし、五輪招致イベントでの安倍総理の「福島原発は完全にコントロール」という大嘘には負けるかも(^_^;)

本書は一人のジャーナリストがてくてくと足で稼いだ事故調査検証報告書である。論評や推断は排する。ファクトで構築する。(プロローグ)

そうであって欲しかったのだけど……

危機的なプラントの制御を実質的に放棄するのかどうかが本質なのだ。あまつさえ、本部機能まで引き揚げて、現場にいた人間をどこかに逃がしてしまおうとしていたのだ。プラントの制御にお手上げになってしまったのならば、「全員」ではなかろうが、「一時的」だろうが、ましてや「退避」という単語を使おうが、それは原発を放棄することである。東電は暴れる原発を前に、制御を諦めて放棄しようとしていた。
これが取材を通じて浮かび上がる真実だ。重ねて言う。この原発放棄事件はこれからの原発の稼働を東電が任う資格があるのかどうかを問う。極めて重要な論点だ。(第五章 原発放棄)


東電が福島第一から撤退/退避/移動などと言葉を変えながら、手を引こうとしたことはつまりは「放棄」だという糾弾で、これが本書の眼目らしい。
東電が「原発」を放棄するわけもつもりもないと思うのだけどね。

原発事故対応の最高責任者は内閣総理大臣である。その首相の座にあった菅には、一切の責任を背負う義務がある。それは言を俟たない。
責任には、まず事故を起こさない責任、そして事故が起こってしまった場合にそれを拡大しない責任、起こしてしまった事故に対して住民に補償する責任--の大きくは3つがある。これは「水俣病の医師」として知られる原田正純さんから教わった教訓だ。これらの責任は果たされているだろうか。水俣病を巡る専門家たちの立ち振る舞いを間近で見てきた原田さんが口を酸っぱくして指弾してきたのが専門家の責任だった。翻って<3・11>では、官邸にいた原子力の専門家は事故対応でまったく役に立たなかった。次に何をすればいいのか、それについての適切な助言は無かった。結果を見れば明らかだろう。「安全神話」の布教に熱心だった専門家たちはどうだろうか。「権威」をまとってきた専門家たちからは、未だにその責任の処し方についての自省の声は私の耳には届かない。
最高責任者である菅の責任を問うてもなお、今回の事故では、その根底に対応に当たるべき保安院、文科省、原子力安全委員会といった原子力関連の官僚組織の機能不全が横たわっていたことを見逃す訳にはいかない。そして専門家の責任だ。方針を決定すべき政治家に、適切で十分な情報を与えず、右往左往して口を噤んだのは、事故対応の中心的な役割を担うはずだった原子力にかんけいする官僚と専門家たちだった。巻の目の前から姿を消した者もいた。彼らの詳しい所作は本書でこれまでに記してきた通りだ。しかし、いつもそうだが、その官僚と専門家たちは、政治家の背後に回り、責任の一切を政治家に押し付ける傾向が顕著だ。(第五章 原発放棄)

厚顔無恥の諸先生方に反省を期待することが間違ってるのではなかろうか。
また「立ち振舞」は今では慣用として寛されてるようだが、やはり「立ち居振る舞い」を使って欲しい。

しかし、沈黙は罪だ。時間の流れにファクトを押し流し、検証を不可能にするからだ。責任の放棄に等しいとさえ思っている。
ファクトを積み上げて真実を浮き彫りにする作業で肝を成したものjは、本書では実名での証言だった。この作業は取材の種類を問わず、根気のいる作業だ。今回の取材でもそうだった。ただ、ジャーナリストなら当たり前の作業だ。「一年生記者」でもやっている作業を繰り返しただけだ。(エピローグに代えて)


実名報道と、実名での証言とは直接関係ないが、どちらも、報道の信頼性という意味では重要な意味を持つ。各章末尾に証言者の名前を注記してあり、この努力は認めるが、注だけで40pもあると、読了するのに往生してしまう。
2014067
【神国日本のトンデモ決戦生活】早川タダノリ
★★★☆☆ 2010/08/15 合同出版。
「広告チラシや雑誌は戦争にどれだけ奉仕したか」と副題にある。
先に読んだ「原発ユートピア日本」が良かったので、早速これも読むことにした。やっぱりヴィジュアル本で、半分は写真だが、ちょっと小型(A5版)で、2pごとにカラーで半分は白黒というのが、ちょっと残念だった。でも著者の本領はこの戦前戦中の雑誌記事やプロバガンダにあるらしい。批判の舌鋒も鋭い中にユーモア(ブラック系も)ありで、結構楽しめた。
それにしても、こういった資料蒐集は好きでやってるとしても、相当費用がかかるだろうな。

戦時下の日本における大衆向け出版物のほとんどすべての内容は、戦意高揚ノタメノプロパガンダとしての正確を持たされ、直接・関節に帝国政府の指導の下にあったといっても過言ではありません。
この本では、「神は細部に宿り……神国日本は紙くず系古本に宿る」という信念にもとづいて、「太平洋戦争」前後に、当時の雑誌・広告・チラシの類が、読者に浸透させようとしていた意識・感性・道徳・思想の一端を標本化することを目指しました。(はじめに)

1.神々しき靖国の社--靖国神社
2.日本よい国--少国民への指導
3.称えよ八紘一宇--侵略地へのまなざし
4.勝ち抜く決戦生活--銃後の生活、戦時動員
5.すべては勝利のために--国民総動員運動、戦意高揚イデオロギー
6.言霊の戦争--神がかり的言説

「死の連鎖装置」としての靖国神社の機能がみごとに描き出されている。靖国がある限り、この連鎖は止まることがない。戦争をやった人や、これから戦争をやりたい人やまだ戦争中だと思っている人たちにとって、靖国神社の存在が嬉しくてたまらないワケである。


靖国神社を「死の連鎖装置」と定義づけるあたりに、著者のセンスが感じられる。自民党には、戦争やりたい人や戦争中と思っている人がわんさかいそうだし、靖国フリークの議員密度も高そうだ。

サクラガサクト、オカアサマガ、ヤスクニジンジャニツレテイッテクダサイマス……サクラガサイタラ、オトウサマニ、オメニカカレルノヲタノシミニシテヲリマス……サクラノサクマデ、サヤウナラ(昭和19年度靖国英霊に捧げる文コンクール優等賞 南雲恭子(小1))

小学1年生の作文で、引用したのは後半。前半には、戦死した父の仇を取るために自分が戦場に赴くといったいかにもの部分もあるが、おしまいの「サクラノサクマデ、サヤウナラ」は頭韻踏んでの七五調だ。これは「傑作」だと思う。こういった傑作も、戦意高揚に利用されたのだと思うとかなしい。

問 見知らぬ人から国家の秘密に関するやうな事を聞かれた場合どうしますか。
答 見知らぬ人から一寸不審と思はれることを尋ねられた場合、決して正しい答をしないで、すぐ附近の交番なり人に知らせます。(少国民の常識 昭和18)
--そもそも子どものくせに「国家の秘密」を知っているのあならば「防諜」といってもすでにザル抜けではないか。それはともかく「決して正しい答をしない」には笑った。なんと費用のかからない防諜対策であることか。


いかにもお粗末な問答であり、早川の条件反射的突っ込みもわかりやすい。

「八紘一宇」という言葉は、『日本書紀』の神武天皇のくだりに出てくる「八紘(あめのした)を掩ひて宇(いえ)と為(せ)む」を元にして、狂信的国粋主義者であった国柱会の田中智学が明治36年に造語したもの。「支那事変」勃発をうけて第一次近衛内閣が開始した「国民精神総動員」運動において、「八紘一宇」は大日本帝国としての公式イデオロギーとして公認されるにいたったのである。

田中智学の国柱会といえば、石原莞爾や宮沢賢治も会員だったということで記憶していた。「世界はひとつの家」で、その「家」というのが「天皇家」ということか。

戦時下出版史もしくは出版弾圧史に必ず出てくる男で、情報局情報官・鈴木庫三という人物がいる。検閲と用紙統制によって出版社の首根っこをおさえて出版・マスコミ統制を牛耳李大変な権勢を誇った。

映画やドラマに出てくる典型的にイヤなタイプだな。しかし、こんなタイプは当然、現在でもうようよいるんだろうな。虎の威を借る狐、権力の走狗、腰巾着…………

作家の宇野千代女史は、若い頃に編集者として『スタイル』という伝説的な女性雑誌をやっていた。戦時統制の折り『スタイル』は『女性生活』とタイトルを変え、昭和19年はじめまで存続した。

昭和19年2月号の表紙写真があるが、実に素敵なデザインである。宇野千代恐るべし。

『主婦の友』(昭和19年12月号)の特集は「これが敵だ!野獣民族アメリカ」。興味深い記事内容は後に紹介するとして、それ以上にスゴイのが、総52頁のうち21頁にわたって
 アメリカ人をぶち殺せ
 アメリカ人を生かしておくな
 アメリカ兵をぶち殺せ
 アメリカ兵を生かして置くな
という4パターンのスローガンが刷り込まれていることだ。
戦時史研究家・高崎隆治氏によれば、この『主婦の友』昭和19年12月号は古書店でもきわめて入手が難しいという。氏は、敗戦時に主婦の友社が戦犯追求から逃れるために回収・焼却したのではないかと推測している。

パラパラ漫画ではないが、見開きの左頁上にこういった標語並べてサブリミナル効果でも狙ったのだろうか(^_^;)

貪婪にも、己がより多くの肉を喰らい、よりよき着物を着、よりよき家に住み、より淫乱に耽けらんがために、……非人道の限りを尽くして日本の首を締め続けて……

働ける男は奴隷として全部ニューギニア、ボルネオ等の開拓に使ふのだ。女は黒人の妻にする。子供は去勢してしまふ。かくして日本人の血を絶やしてしまへ……日本の子供は不具にするに限る。目を抉ったり……片腕や片脚を切り取つたり、ありとあらゆる形の不具を作るのだ。

誰の発言なのかをひとつも書いていないのに、当時の人は信じたのだろうか……と思う人は、まだまだ修行が足りない。実はわが帝国軍帯が中国でやったことのアレンジだから、当時はリアリティを持って受け取られたのです。
戦争に民衆を動員する最後の精神的武器は、「敵への恐怖」をくりかえし叩き込むことだった。これによって、サイパンや沖縄などで、多くの女性たちが米軍への投稿を恐れて自ら命を絶った悲劇を思うとき、こんな記事を書き散らした匿名筆者への怒りが腹の底からこみ上げてくる。


こちらが特集記事の内容(>_<)である。いやいや、Morris.は修行が足りなかった(^_^;) この突っ込みこそ早川の本領発揮だろう。怒るところをわきまえている。

このような世論誘導的な"仕掛け"や時局迎合的な姿勢は、なにも当時に限ったことではなく、現在においても巨大メディア産業や広告代理店などによって繰り返されていると言わざるを得ません。まさに「スペクタクル社会」に生きる私たちにとって、いまだ総動員体制は終わっていないということをひしひしと感じます。だからこそ戦時下のこれらの言説をすみずみまで観察し、検討を加え、評価を下してゆく作業を続ける必要があると思います。(あとがき)

批判的に分析しながらこういったものを見る視点こそが大事だということだな。しかし、言うは易く行なうは難しぢゃ。

2014066
【調べて楽しむ 葉っぱ博物館】写真 亀田龍吉 文 多田多恵子
★★★☆☆ 2003/09/10 山と渓谷社。
「身近な実とタネハンドブック」ですっかりファンになってしまった多田多恵子本。2冊目は葉っぱ図鑑。類書はこれまでに数多く出てると思うのだが、そこはやはり多田さんならではの特長いっぱい魅力満載の本づくりである。
山渓の「森の休日」というシリーズの3冊目らしいが、Morris.愛用の「野に咲く花」(山渓ハンディ図鑑1)を思い出した。
まず.26☓21cmというゆったりした判型が良い。
そして何よりも写真(亀田龍吉)が素晴らしい。単なる自然写真でなく、図鑑の図版を超える出来栄えである。たとえば「照り葉」と呼ばれる光沢のある葉のその光沢を完璧に捉えている。ついでにこの光沢を生み出す成分をクチクラということは知ってたが、これは「キューティクル」のことだという説明もあった。さらに、その写真のレイアウトは超絶技巧というくらいの見事さである。風草やスゲなどの糸状の葉をもつ植物を数種類重ねあわせて、それぞれを際だたせる技法、これはPCなしには実現できなかったのだろうと思う。簡単に言えば、切り抜きした画像を、レイヤーで重ね合わせるのだが、ちょっと前ならその操作の跡形が見えたり、不自然だったりしたものだ。
しかも、この写真家は図鑑的だけでなく環境内の樹木、葉っぱなどの撮影も達者で、冒頭見開きのカツラの逆光波並の写真には思わずため息が出た。
もちろん、葉っぱの基本的部分名称、互生、対生、輪生などの葉っぱの付き方、ロゼット、綿毛、照り葉など、基本的なポイントは押さえた上で、遊び心も忘れないでいる。
たとえば刺(トゲ)の起源を説明するページではタイトルが「トゲトゲしいにも意味がある!?」(^_^;) これは、先に読んだ本のキャッチコピーの先行作品といえるかもしれない。
また「くるくる巻きつく魔法の鞭」タイトルの巻きひげページでは

学生時代、私は植物形態学で、巻きひげを調べました。面白かった! 似て見えても、もとは葉だったり茎だったり……。そして不思議に思いました。植物は目も見えないのに、何でどうやって巻きつくの? 巻きひげはエチレンガスを出していて、その濃度の微妙な変化で物の存在を知るらしいですよ。すごいよね!?

と、さりげなく、自分の専門分野を披露しながら、ワクワク感を出すあたり。
紅葉の代表であるカエデ類は8ページにわたってその色どりと形を楽しめる構成になっている。
うーん、もうしばらくこの人の本読んでみよう。

2014065
【東電福島原発事故 総理大臣として考えたこと】菅直人
★★★☆ 2012/10/25 幻冬舎新書。
福島原発事故時の総理大臣だった菅直人の当時の記録である。どうせ自己弁護や、正当化、言い訳などがメインかと思ったのだが、意外なくらい率直に事故後の経過を、日録風にまとめてあり、なかなかの一冊だった。
菅が東京工大の物理学科卒業というのも知らずにいたが、理科系の総理大臣というのは、かなり珍しく、原発についても、一通りの知識があったことが、事故対応にもプラス効果があったことが見て取れる。

原発の重大事故は起きない。その前提に立って日本の社会はできていた。原発を54基も作ったのもその前提があったからだ。法律も制度も、政治も経済も、あるいは文化すら、原発事故は起きないという前提で動いていた。何も備えがなかったと言っていい。だから、現実に事故が起きた際に対応できなかった。
政治家も電力会社も監督官庁も「想定していなかった」と言うのは、ある意味では事実なのだ。自戒を込めて、そう断言する。(序章 覚悟)


こういった感じで、実に直截である。あまり断言して欲しくはないが、311以前の日本はたしかに「原発事故は起きない」という前提で成り立って(そう思わせられて?)いた。

私が政治家になるきっかけの一つは核兵器というものの存在だった。1957年、世界中の科学者や哲学者が集まったパグウォッシュ会議が創設された。その会議で、核開発を反省したアインシュタイン、ラッセル、湯川秀樹らが結束して、核廃絶に動いた。この会議のことを学生時代に知り、科学技術は人間の幸せを予定調和的にもたらすものではないことを改めて認識した。
科学技術の進歩は蓄積されるが、人間一人ひとりの能力はそんなに進化しない。そこに生じたギャップゆえに、科学技術は制御不能になることがある。核兵器の開発などは、ネズミがネズミ獲りを作ってしまったような事故矛盾だ。科学技術を取捨選択する英知を人間が発揮できるか--これが、私にとって若い時からの課題だった。(序章 覚悟)


ここらあたりは、何となく眉唾モノだし、「ネズミがネズミ獲りを作ってしまったような事故矛盾」という喩えは、笑うしかないけどね。

原災法が制定されたのは、1999年9月の東海村JCO臨界事故が起きたからである。
原災法では、原子力緊急事態宣言が出されると、総理を本部長とする原子力災害本部を設置し、その事務局は経済産業省原子力安全・保安院が担うことになっている。そして、実際の情報収集や対応判断を主導するのは、原発の近くに設置された現地の「緊急事態応急対策拠点施設(オフサイトセンター)である。事故発生時にはこのオフサイトセンターに関係者を集め、現地対策本部を作り、方針を決定し、原災本部長である総理大臣の了解を得て実施するという仕組みになっている。
つまり、現在の法体系では、基本的には、原発事故の収束を担うのは民間の電力会社であり、政府の仕事は、住民をどう避難させるかということになっているのである。(第一章 回想 03/11)


JCO臨界事故が無かったら、この原災法すらできてなかったということになる。そして、出来たのが事故の現場は東電で、政府は避難指導。これもかなりひどい。

原子力安全・保安院はあくまで原発やその他のエネルギー施設の保安検査のための機関であり、事故が発生した場合の処理の専門機関として十分な体制になっていなかった。
原子力事故を収束させるための組織がないのは、事故は起きないことになっていたからだ。そういう組織を作れば、政府は事故が起こると想定していることになり、原発建設にあたって障害になるという理由なのだろう。(第一章 回想 03/11)


たしかに原子力安全・保安院の方々のお粗末さは、テレビ画面に登場するたびに呆れるばかりだったな。事故を想定した組織自体が、反原発勢力に攻撃の口実を与えるからという理由で作られなかったというのは、たまらんものがあるなあ。

テレビ画面には1号機が爆発している様子が映っていた。
私は言葉が出なかった。たしか、下村審議官が斑目委員長に「今のは何ですか。爆発が起きているじゃないですか」と訊いていた。委員長は両手で顔を覆っていた。(第一章 回想 03/12)

この斑目さんというのは、際立ってひどかったことを思い出した。

私はすぐに秘書官を呼び、東芝の車両が通れるようにしてくれと指示した。
私の仕事は現場で作業にあたることではない。最終的な決断をすることだ。しかし、報告は来ない、提案も来ない。状況が見えないのである。このように何かのきっかけで、外部からの情報が入ることで、初めて分かるのだ。(第一章 回想 03/13)


原子炉製作メーカー東芝が、修復機材を事故現場に運ぼうとして、立入禁止で入れなくなってることを知った菅が、指示したという話の流れで、「報告は来ない、提案も来ない。状況が見えない」と忿懣やるかたなしだが、東電の秘密主義が、菅を直接事故現場に赴かせたのだろう。後で総理が事故直後に官邸を離れて現場を訪れたことが非難されたが、本書を見るかぎり、それなりに納得がいく。

1号機は完全にアメリカ製で、私も後で知ったのだが、その際の契約は「ターンキー契約」と呼ばれるものだった。これは自動車と同じように、カギ(キー)を回す(ターン)だけで稼働できる方式、つまり、原発の完成品を買うやり方だった。
1号機の場合、GEが作ったものをそのままもらって稼働しているので、東電の自前の技術に完全にはなっていなかったのではないか。
ターンキー契約であったことは、事故対応の際も障害となったと思うが、さらに事故後の調査委員会の調査の際、東電が手順書を開示しない理由の一つにもなっていた。GEの知的財産権との関係を理由にして、黒塗りにして開示したのだ。(第一章 回想 03/14)

ターンキー契約というのは初めて知ったが、福第一原発1号機は、東電にとってレディメイド原子炉で、技術者というより、単なる運転者、あるいは使用人に過ぎなかったということだろうか。

福島第一原発の作業員、そして自衛隊、消防、警察といった人たちの命懸けの働きを過小評価するものではないので、誤解しないで欲しいのだが、私は、この事故で日本壊滅の事態にならずにすんだのは、いくつかの幸運が重なった結果だと考えている。
もし、幸運にも助かったから原発は今後も大丈夫だと考える人がいたら、元寇の時に神風が吹いて助かったから太平洋戦争も負けないと考えていた軍部の一部と同じだ。(第一章 回想 03/15)


「最悪のシナリオ」まで描いてた菅にしてみれば、とんでもない幸運だと感じられたことがよく分かる。結果的には「不幸中の幸い」では済まないくらいの深刻な被害、汚染だが、炉心爆発なんてことになってたら、冗談抜きで「5千万人避難」が現実になってた怖れもあったわけで、それこそ日本沈没である。
これで、菅は「脱原発」に大きく舵を切ることになる。

火力発電よりも安いとされている「原発のコスト」とはあくまで「電力会社にとってのコスト」であり、使用済み核燃料の処理のための費用は、電力会社のコストにはごく一部しか含まれていない。それどころか、核燃料サイクルが前提となっているので、使用済み核燃料はそのための「資源」と考えられ、資産として計上されている。
原子力ムラは、原発維持のために再処理が必要とし、そこから生まれたプルトニウムをしょうひするために高速増殖炉の開発が必要だとし、高速増殖炉が進まないためにプルサーマルが必要だとし、より危険で加工費の高いMOX燃料を原発に導入してきた。
原発維持を大義名分として巨額の資金を投入し続けようとしている。すでに、経済の原理からも大きく逸脱している。(第三章 脱原発での政治と市民)


絵に描いたような反原発論者ぶりであるな。でも、これは、正論だと思う。

戦前、軍部が政治の実験を掌握していったプロセスと、電事連を中心とする、いわゆる原子力ムラと呼ばれるものの動きとが、私には重なって思える。つまり、この40年間、東電と電事連を中心にした勢力は、原子力行政の実験を次第に掌握していった。その方針に批判的な専門家や政治家、官僚は、村の掟によって村八分にされ、主流から外されてきたと思う。
現在、原子力ムラは、今回の事故に対する深刻な反省もしないままに、原子力行政の実権をさらに握り続けようとしている。戦前の軍部にも似た原子力ムラの組織的な構造、社会心理的な構造を徹底的に解明して、解体することが、原子力行政の抜本改革の第一歩だと考えている。(第三章 脱原発での政治と市民)


自然エネルギーへのいささか楽観的すぎる観測には同感できなかったが、原子力ムラの政財企業ぐるみの権力掌握と排他主義は、欲と保身で強固な地盤を固めているようだ。「社会心理的な構造」というのが、よくわからないが、このままだと、愚行の輪は途切れそうにない。
本書のほぼ半分が、3月11日からの一週間ほどの総理・政府から見た事故の推移で、福島第一原発事故の経過を通覧するのに、役に立った。
老後の回顧録でなく、事件後1年半という早い時期に書かれた元総理の手記という意味でも、貴重な証言資料と評価できる。

2014064
【新版 原発のどこが危険か】桜井淳
  ★★★☆ 2011/04/25 朝日新聞出版。元版1995刊行。
「世界の事故と福島原発」という副題は、当然福島第一原発事故直後の緊急再刊のために付けられたものである。
最近集中的に読み漁っている原発事故関連本の中で、一番インパクトのあったのが「日本「原理力ムラ」行状記」で、同じ著者が、事故の15年以上前に出していた本書の新版があったので、読むことにしたのだった。
あとがきにかえた福島第一原発事故への小論の日付が事故後半月足らずの3月24日になっているから、まさに事故発生直後の混乱期での再刊ということになる。
内容的には、米ソの原発の実情と過去の事故を検証しながら、原発の危険性と安全対策への提言がメインであり、多くの数値や図解で説明されてることの大部分は、機械音痴のMorris.には理解不能であった(>_<)が、原発そのものの危険性と脆弱さだけは理解できた。
元版のまえがきに「あまり議論好きでなく消極的な性格の筆者は、多くのマスコミ関係者からむりやり議論に引っぱり出され、自信の技術論を展開しなければならなかった」と、韜晦気味の弁明をしてたのにはちょっと驚いたけどね(^_^;)
元版まえがきで、原発システムは余りに複雑で、一般人にその技術評価を正しく伝えることが難しいとした上で、原発推進派と反対派を以下のように相対化している。

原発推進派は、まずい部分を意識的に棚上げし、無味乾燥な似て非なる技術論を展開しており、筆者から見ればそれらは、通産省や科学技術庁、電力会社の広報レベルでの内容でしかない。原発推進派が安全と判断したことが、後に容赦なく深刻な事故として表面化している。
それに対して原発反対派は、充分な情報が入手できないためであろうが、必ずしも技術の現状を正確に把握していないような技術論を展開している。


また「これまであまり議論されてこなかったステーション・ブラックアウト(全交流電源喪失)にポイントをおいてる」と書いてあり、これは福島第一原発事故と大きく関連していて、本書の緊急再販もこれに依っているのだろう。

日本では、事故・故障評価を通産省の技術顧問が行っている。それは「通産省の、通産省による、電力会社のための、事故・故障評価」であり、国民の安全を守るという視点が完全に欠落している。
筆者はこれまでに原発推進者から約1500回、原発反対派から約500回の脅迫や妨害を受けたが、それらについては実名を記し、すべての記録を一冊の著書にまとめる準備を進めている。(Ⅰ原子力施設の事象の国際評価尺度)

やはり元々桜井は、実名批判も辞さずで、反対意見に対向する立場を明らかにしていたらしい。

原発の定期点検は、代表的な3K(危険、汚い、きつい)なのである。なお厄介なことに、被曝を覚悟しなければ作業ができないようになっている。
電力会社の技術系社員は、ひとりで50~100人の下請け労働者を現場監督しているが、あまりにも数が多いため、すべての作業プロセスを正確に把握できずにいる。定期点検の現場は、作業環境が悪く、人為ミスを誘発しやすいような要因が数多くある。(ⅴ米国製原発の深刻な事故)


日本原発の点検・補修作業での下請けまかせへの警鐘だが、福島原発事故以後もこの体質は変わらない、いや、それまで以上に悪質(7次~8次)化していることを思うと、こういった指摘をしてきたことは評価しなくてはなるまい。¥

日本の非常用ジーゼル発電機は、起動から全出力運転までにわずか10秒しかかからないが、アメリカのものはもっと時間がかかり、ロシアのものはさらに悪い(3分)。炉心の熱流動現象を考える時、この時間の遅れは侵攻な安全問題を引き起こすことになる。(ⅵ旧ソ連製原発の深刻な事故)

福島原発事故では、起動時間云々以前に発電機を動かす電源が全面喪失という状況に陥ってしまったというわけだ。

原発にはポンプなど大電力を消費する大型機器がたくさんある。そのため原発を運転するには、送電線で原発まで交流電源(外部電源)を引かねばならない。落雷や台風などの自然現象により外部電源が喪失すれば、原発は制御不能に陥り、崩壊熱除去運転が損なわれるため即炉心溶融に陥ってしまう。そのために外部電源喪失事故を想定し、原発内にも非常用交流ジーゼル発電機(内部電源)や直流バッテリー電源(限界寿命10時間)が設置されている。内分電源が必要とされた時に、それらが正常に機能すれば安全は保てるが、そうでなければ確実に炉心溶融に陥る。。(ⅵ旧ソ連製原発の深刻な事故)

落雷、台風。その後に地震に対する耐震性に関しては、その時点でも、心もとないという状況がのべられているが、津波の影響には思いいたらなかったようだ。

この事故(福島第一原発)の決定的な問題点が、非常用電源系の不作動であった。原子炉が災害などで緊急停止した際は、炉心の冷却を続けるために冷却ポンプを作動させなければならない。この時に不可欠なのが、冷却ポンプを動かすための非常用ディーゼル発電機である。原子力発電所とは、それ自体が、大きな電力消費設備なのだ。ところが福島第一原発では、この非常用電源系が寸断された。(あとがきにかえて)

日本が採用している軽水炉(6割がPWR(加圧型)とBWR(沸騰型))は、コンパクトで高性能であるが、熱出力密度が高いため、危険性も高く、その中で一番の危険が冷却水喪失事故だという。それを避けるための三本柱が
①制御棒
②緊急炉心冷却装置(ECCS)
③非常用ディーゼル発電機
であるとしたうえで、

特に非常用ディーゼル発電機には注意が必要だ。原子力発電所とは、電力を生み出しているだけでなく、それ自体が電力を消費している設備であり、外部電源は不可欠である。運転を開始するときには、外部から大電力の供給を受けているし、アメリカではハリケーン、日本では雷や台風というように自然災害による危険性にさらされているから、外部電源の健全性は重要だ。(あとがきにかえて)

と、③の重要性を強調している。

私の予想では、地震によって相当な加速度が福島第一原子力発電所に加わって、システム全体に歪みが生じ、非常用ディーゼル発電機も作動しなくなり、ECCSが機能しなくなったものと見ている。(あとがきにかえて)

少なくとも福島原発事故直後にこれだけの分析と提言を成し得たという意味で、桜井の存在は大きかったと思う。でも、結局、福島原発事故が発生するまでは、ほとんど実効を活かせなかったというのも事実である。
2014063
【大阪「鶴橋」物語】藤田綾子
★★★★ 2005/12/05 現代書館。
先日読んだ「ニッポン猪飼野ものがたり」に収められた「鶴橋--闇市から商店街へ」の記事が素晴らしかったのが、本書を読むきっっかけになった。いやあ、素晴らしかった(^_^;)
彼女は1962年京都生のフリーライターで、1991年から鶴橋に仕事場を構えて2002年から鶴橋ウォッチャーとして鶴橋商店街の歴史を記録していく作業にとりかかり、その結実が本書ということになるらしい。

戦後の闇市をきっかけに発展した商業地ならば、全国にも数多く存在しており、たとえば大阪駅前(梅田)をはじめ、神戸・三宮、東京・アメ横など、今も繁華街を形成しているところが多い。
しかしそれらのなかで、鶴橋だけが特異な存在だといえるのは、昭和二十年代の建物や区画の大部分がほぞそのままに残され、今なお平面の商店街として生き続けている点にある。
そして鶴橋は、大阪の主要な商業地のなかで唯一「再開発がされなかったまち」でもある。そういう点では、戦後の商店街史をまるごと伝える貴重な商業空間だといってもいいだろう。(はじめに)


この「平面の商店街として生き続けている」というのが、彼女の鶴橋商店街論の中核だと思う。
ここ20年ほど足繁く鶴橋通い続けているMorris.なのに、知らずにいたことを数多く教示してくれた。
巻末にある、関連年表はなかなかの労作で、戦後の鶴橋商店街の変遷の概略を知ることができる。一部アレンジして引用しておく。

大正3(1914)年4月 大阪電気軌道(現・近鉄)の上本町~奈良間が開通、鶴橋駅が開業。
*大正12年 尼崎汽船「君が代丸」就航
*大正15年 鶴橋公設市場開設。(御幸森商店街のはじまり)
昭和2(1927)年3月 大阪市電の下味原(天王寺区)~今里(東成区)間が開通。
*昭和6年9月 満州事変勃発
昭和7年9月国鉄城東線(現・JR大阪環状線)京橋・天王寺間の高架工事が完成、国鉄鶴橋駅開業。
昭和9年9月 室戸台風が来襲し、鶴橋大に尋常小学校(現・北鶴橋小)の校舎が倒壊、自動67名、職員・保護者4名の計71名が死亡。
*昭和16年12月 太平洋戦争勃発
昭和18年4月 大阪市の行政区画変更により、東成区から分区した生野区が誕生。
昭和19年2月 通称・疎開道路(豊里矢田線)の建物疎開告示。
昭和19年8月 近鉄鶴橋駅北側の建物疎開告示。
昭和20年3月 城東線沿線地帯の建物疎開告示。
昭和20年6月 近鉄線沿線地帯の建物疎開告示。
*昭和20年8月 第二次世界大戦集結
昭和20年9月頃 鶴橋駅周辺の疎開空地跡に闇市が生まれる。
昭和21年3月 大阪市が建物疎開地の一部の返還を告示。
昭和21年4月 丸小鶴橋市場商店街の鶴新会が設立(当時の名称は新興会)。
昭和21年6月 丸小鶴橋市場商店街の中央商店会と中央会が設立。
昭和21年8月 闇市が閉鎖される(八・一閉鎖令)。
昭和22年2月 丸小鶴橋市場商店街(鶴新会付近)で火災発生、百数十軒の店舗・民家が焼失。
昭和22年4月 鶴橋国際商店街連盟が設立。
*昭和22年5月 日本国憲法施行
昭和24年 大阪鶴橋卸売市場協同組合の母体である鶴栄会が設立。
昭和24年頃 鶴橋西商店街が設立。
昭和25年5月 株式会社鶴橋卸売市場が設立。
*昭和25年6月 朝鮮戦争勃発
昭和25年10月 鶴橋西商店街で火災発生。29戸が全焼。
昭和26年4月 大阪鶴橋鮮魚卸商組合が設立。
昭和28年4月 鶴橋西商店街で火災発生、20戸が全半焼。
昭和28年5月 丸小鶴橋市場焦点がの市場会が設立。
昭和29年3月 大阪鶴橋卸売市場協同組合が設立。
昭和29年5月 東小橋南商店会が設立。
昭和30年4月 丸小鶴橋市場商店(鶴新会・中央会・中央商店会)のアーケードが完成。
昭和31年12月 近鉄大阪線・奈良線上本町~布施間の複々線工事が完成。
昭和33年12月 鶴橋鮮魚卸商組合の鉄筋コンクリート造新店舗が完成。
昭和34年10月 東小橋南商店会のアーケードが完成。
昭和35年8月 鶴橋国際商店街のアーケードが完成。
昭和38年9月 近鉄の鮮魚専用列車が運行を開始。
昭和39年3月 国鉄大阪環状線が全線高架化され 環状運転を開始。
*昭和39年10月 東京オリンピック開催
*昭和39年11月 東住吉区に大阪市東部中央卸売市場開場
昭和39年 丸小鶴橋市場商店街の駐車場が完成。
昭和42年8月 鶴橋国際商店街が鶴橋商店街振興組合を設立。
昭和44年4月 大阪市電の下味原~今里車庫間が廃止。
昭和44年7月 大阪市営地下鉄千日前線が開通、地下鉄鶴橋駅が開業。
*昭和45年3月 大阪万国博覧会開幕
昭和46年7月 大阪市が鶴橋地区市街地再開発事業の基本計画を発表。
昭和46年11月 丸小鶴橋市場商店街振興組合が設立。
*昭和52年4月 大和郡山市に奈良県中央卸売市場の開場
*昭和63年9月 ソウルオリンピック開催
*平成2年月 バブル景気が崩壊
平成5年(1993)3月 鶴橋高麗市場が発足。
*平成7年1月 阪神・淡路大震災発生
*平成7年「ライフ今里店」開店
平成8年5月 生野区のフレッシュ鶴橋まちづくり研究会が発足。
平成10年4月 東成区の鶴橋地域まちづくり研究会が発足。
*平成13年 牛海綿状脳症(BSE)発生
*平成14年6月 日韓共催サッカーW杯開催
*平成14年 改正道路交通法による飲酒運転の罰則強化
平成14年8月 東小橋南商店会が東小橋南商店街振興組合を設立。
平成16年2月 生野区再開発協議会の鶴橋A築再開発準備組合が発足。
平成16年3月 東小橋南商店街振興組合の新アーケードが完成。

鶴橋の主要な6つの商店団体はそのまま、現在の鶴橋市場の区割りとして理解しやすいので引いておく。

1.鶴橋商店街振興組合(約180店、主に服飾・在日コリアン関連商品)東成区
2.丸小鶴橋市場商店街振興組合(約150店、主に食品・雑貨)東成区
3.東小橋南商店街振興組合(約30店、服飾・雑貨など)東成区
4.大阪鶴橋卸売市場協同組合(約190店、主に食品)生野区
5.鶴橋高麗市場(約40店、主に韓国・朝鮮料理食材)生野区
6.鶴橋西商店街(約70店、主に飲食店)天王寺区

値段がフレシキブルだったかつての鶴橋の様子を伝説的に伝えるのが、「朝8時の値札裏返しである。これは、ある商品の値札の裏に、たとえば卸値で「一貫370円」と表示し、その裏には小売値で「500匁200円」と表示する。早朝時は値札の表側を見せておき、買出人の波が引く朝8時ごろになると裏返して、一般客には小売値を見せるようにする。塩干店などの一部の食品店では、そのような裏表に金額を書いた値札を使う店があった。
昭和二十年代から三十年代にかけてのころは、自動車ではなく、自転車が配達の主要な足だった。鶴橋の商店街の商圏は広いだけに、どの店主も従業員も、遠くまで自転車で配達などに出かけていた。たとえば、とある日用雑貨店の先代店主は、大阪市内はもちろん、堺市や東大阪市などへも全て自転車で配達した。

確かにあの時代の自転車は、ほとんど現在の軽トラ以上の威力があったと思う。自重25kgくらいあったのではないだろうか。頑丈だけど体力無しでは乗れなかった。

鶴橋のアーケードの多くは、設置当時(昭和三十年代前半)のものが今も使われている。そのなかでとくに目を引くのが、中公開の店舗区域に設置された二筋のアーケードである。両端には「鶴橋卸売市場」の文字が入り、薄緑色四角い柱が延びている。このアーケードは今では珍しい木造である。そして通常なら地面から上へ延びているはずの支柱がなく、両側の店舗壁面に渡した梁で支える構造になっている。(第4章 鶴橋へ行けばなんでも揃う)

これまでずっと見ていながら、見過ごしていた。今度はきっちり観察してみよう。

鶴橋はふたつの意味で異空間だといえよう。ひとつは韓国・朝鮮の衣食商品が醸し出す民族色。もうひとつは、小さな店々が密集する迷宮のような店舗風景。現在の都市部では殆ど見られなくなった、昭和中期の古い商業空間がここには広範囲に残っているのである。
しかしそのハード的な財産は、永久的に続くものではないといえる。店舗の老朽化は、多くの区域でかなり進行した状況にある。また、店舗が古いままで使われているということは、それだけ時代から取り残された商業地だという見方もできなくはない。そして実際に、商店街のあちこちにはシャッターや戸板が閉ざされたままの店舗が増えてきているのである。
買い物よりもむしろ街歩きを目的に鶴橋を訪れた客ならば、そのような状況も目に映っているだろうか。かつての時代と変わらぬかたちで繁盛を誇る店は、今はもう多くなく、大半の店は昨今の激しい商業環境の波にさらされ続けている。(第6章 コリアンフードタウン)


レトロな雰囲気を無責任に楽しんでるMorris.とはちがって、きちんと市場の現実と問題点を見据えている。

「取材ものは足で書け」とよく言われるが、この作業(本書)では足を棒にしてあちこち訪ね歩く必要はさほどなかった。なぜなら取材対象の商店街は、仕事場から徒歩数分の近さ。その点では大変らくな仕事だといえた。しかし時間は予想以上に要した。取材を開始したのは2002年のはじめで、足かけ4年の長期に及んでしまった。
私自身は、闇市を発端として戦後早々に生まれた店舗の残る現在の鶴橋は、戦後社会の状況を伝える一つの戦跡だと考えたい。闇市なくしては生きていけなかった、憎むべき時代があったことを今に伝えてくれる場所は、もうこの鶴橋くらいしか残っていないのではないだろうか。戦後の混乱期から高度成長期にかけて、この商店街がそれぞれの時代に果たしてきた役割は、もっと多くの人々に記憶されるべきではないかと思う。そして今なお現役で使われているこの古びた商店街の姿は、商都と呼ばれてきた大阪の戦後史を伝える、生きた記念碑だと私は思うのである。(あとがき)


取材協力者の第一に「あじろ書林」店主の足代健二郎の名前があがっていた(^_^)。

2014062
【原発ユートピア日本】早川タダノリ ★★★☆☆
 
2014/01/25 合同出版。
1974ブラジル生れ?の著者は、太平洋戦争時のプロパガンダ資料蒐集をもとに、当時の精神を抉りだす作業を進めているらしいが、本書は、戦後日本の原発推進プロパガンダ広告や広報を通時的に紹介しながら、わさびの効いたコメントを付している。
馬鹿らしいくらいいに脳天気な広告も多く、潤沢な原発マネーをふんだんに使ったと想像されるわりには低レベルな作品?が多いようだ。

2011年3月12日、東京電力福島第一原発が爆発するまで、私たちの身の周りは<原発安全プロパガンダ>であふれていました。電力会社や電気事業連合会の広告や、政府・官公庁による原発広報が、くりかえし、くりかえし、くりかえし(大事なことなので3回言いました)原子力発電の必要性と安全性を謳いあげていたのです。
この本では、そんな芸術作品ともいえるような美しいウソの結晶を歴史のくず箱から拾いあげてみました。(はじめに)


本書のようなヴィジュアル本は、やはり図版を見ないことには話しにならないのであるが、原発推進の、コピーを幾つか引いておく。

・原子力で停電解消 電力料二千分の一(1954)
・ついに来た!原子力時代(1956)
・世界一の技術が、日本の原子力発電を支えています(1982)
・エネルギー体質改善に欠かせない原子力発電(1983)
・いま、私たちの使っている電気の約4分の1は原子力発電が作っています(1986)
・昨年度、東京電力がお届けした電気の約44%は原子力発電です(2000)
・原子力発電はクリーンエネルギー 地球温暖化防止に役立つ原子力発電(1997)
・電気のゴミ 電気先進国の宿題(2004)
・日本のエネルギーの主食は「原子力発電」です(2008)
・首都圏の「でんきのふるさと」新潟・福島(2008)


「原発はクリーンエネルギー」とセットで、核燃料サイクルを「リサイクル」という言葉でPRした一連のプロパガンダに対しては、

「もんじゅ」が事故でおシャカになっても、六ケ所村の核燃料再処理工場がまともに稼働していなくても、「リサイクル」という耳あたりのよい言葉だけが、何度もくりかえされて、原発ユートピア日本のお茶の間に届けられたのです。

ということになる。いかにも、お手軽な牽強付会、だが、この程度になめられても仕方ないくらい「日本国民」は白河夜船だったわけか(>_<)

あまり頻繁に更新はされてないが早川のブログ「虚構の皇国」では、彼のスタンスが伺えるし、貴重な図版を見ることもできる。

またファッション雑誌「GQ JAPAN」インタビューでは、本書の製作意図や、彼のスタンスが開陳されていて、短いながら、読み甲斐のあるインタビューになっている。

原発PRは、事故や不祥事が起こった時にはおとなしく、人びとが惨事を忘れると大胆に展開される--この波をくりかえしてきたことが見えてきます。内容の愚劣さやウソの数々を糾弾する前に、「二度とダマされない」ための原発PR類型集として活用していただければ幸いです。(あとがきにかえて)

それにしても、なかなかの力作であり、センスも良いし、姿勢もはっきりしている。他の著作も読まねば、と思ってしまった。
2014061
【日本「原子力ムラ」行状記】 桜井淳
★★★☆☆
2013/12/15 論創社。

著者については何も知らずにいたが、日本原子力研究開発機構,原子力安全解析所、日本原子力産業会議などに所属していた、とあるから、元々は原発推進の側にいた人だろう。
Wikipediaによると、原発だけでなく、電車事故などへの批判を行っているらしい。
「制度的慣例・隠蔽・安全規制・福島第一原発事故をめぐって・人物、人生論」の5章に分けて、110篇ほどの短文が並べられている。短文のタイトルがなかなかに刺激的、挑発的である。そのほんの一部をあげておく。

・原発の許認可・安全規制における二重の八百長構造
・的外れなことばかりしてきた原子力関係者の精神構造
・制御室が原子炉建屋内にある不条理
・燃料破損を続出させた未熟な古河電工の技術力
・原子力界のめまいをかんじるほどの低次元なメカニズム
・日本の原子力発電の最大の無責任な犯罪者は誰なのか?
・皮肉にも安全規制を骨抜きにしている原発反対社のディレンマ
・吉岡斉さんの根拠なき不確実な知識
・福島第一原発の廃炉期間10年をでっち上げた東芝の根拠なき技術判断
・新聞やテレビで解説した「専門家」の大部分は軽水炉安全性の素人
・福島第一原発事故の責任は誰が負うべきか?
・原子力規制委員会はお猿の電車のお猿さんか?
・「政府事故調」「民間事故調」「国会事故調」の無能集団
・後出しジャンケンしかできない「田辺文也」という人生
・石川迪夫さんは右翼的国家主義者なのか?


企業や個人を名指しで批判、「八百長・不条理・無責任・低次元・お猿の電車・後出しジャンケン」といった侮蔑な形容。これは喧嘩売ってるとしかみえないし、そうとう嫌われてるだろうなと思ってしまった。
原発の安全解析や原発事故分析など、原子力開発携わっていたため自責の念にかられ、「原子力ムラ」のメカニズム解明を行うために本書を上梓したとまえがきにある。

動燃は、その最初から政治的に、技術開発実施組織ではなく、参謀本部と名付けられました。分かりやすく言えば、国家予算をいかに原子炉メーカーを中心とした原子力界に流すかの「トンネル機関」です。
原子力界から動燃に出向した企業エンジニアは、動燃職員(出向社員)となり、自社に通常の技術開発委託費の少なくとも2倍、多い場合には10倍の金を流しました。湯水のごとく国家予算を原子力界に注ぎました。(巨費科学の腐敗体質のいくつかの体験)


うーん、実に明解である(^_^)

原子力開発は、国策で進められているため、規制も過重にならないようにという配慮がありました。電力会社は保安院に対し、保安院は安全委員会に対し、最小限の情報だけを出してそれでもってOKと言わせようとしています。本気で規制しようとしても、なんだかんだと理由をつけて情報の開示を拒否するなどして抵抗します。日本の電力会社は米国とちがって規模が大きく、それなりの政治力もあり、役所でもおいそれと簡単に手出しできません。日本の安全審査は、申請者の顔色を見ながら、ただ、当たり障りなく追認作業をしているだけです。安全審査の空洞化であり、安全審査になっていません。そのような反国民的空洞化現象は、電力会社との利権をもつ政治家・官僚・原子炉メーカー・産業界・東大・原研などの人たちによって作り出され維持されてきました。官僚の悪知恵が、彼らの意に反し、日本の原子力発電の導火線になってしまいました。規制を緩くしたらすべてが崩壊することは、社会の経験則でした。(原発の許認可・安全規制における二重の八百長構造)

その通り\(^o^)/

日本の原子力発電のいちばんの犯罪者は、中曽根さんや正力さんの意向を受け、東大工学部教授で、原子力委員会安全審査部会会長、後に原子力安全委員会会長として、短期間に,数多くの原発の安全審査に携わった内田秀夫さんです。東大と原研の研究者が非常勤審査委員の六割も占めていました。大きな責任は彼らにあります。(日本の原子力発電の最大の無責任な犯罪者は誰なのか?)

内田秀夫、覚えておかねば、と思ったが、すでに亡くなってるらしい。
ネットで検索したら、以下の記事がヒットした。

1989/7/6 日本経済新聞 【ワシントン五日=滝記者】米原子力規制委員会は5日、米国内で運転中の「マーク1型」原子炉について格納容器に圧力緩和用の緊急通気弁を取り付けることを承認した。炉心溶融などの重大事故で容器内の圧力が高まった場合、放射性ガスを外に出すための装置。「マーク1型」は米ゼネラル・エレクトリック社製の沸騰水型原子炉で、日本にも同型の炉がある。同委員会によると対象となる原子炉は米国に24基ある。一律に設置を定めるのではなく個々の原発の事情を考慮して電力会社が設置するかどうか判断する。設置が認められた弁は事故により大量のガスが炉内で発生し圧力容器を破壊する恐れが出てきた場合、ガスを外に逃し容器を守るのが目的。 ガスを出せば環境汚染は免れないが、容器が壊れてチェルノブイリ原発のような惨事を起こすよりはよいとの判断から設置する。
「マーク1型」は比較的初期の沸騰水型原子炉で日本国内にも10基あるため米国の決定により日本の規制当局も何らかの判断を迫られそうだ。
内田秀雄原子力安全委員会委員長の話 
炉心溶融など重大事故に対する一つの対策として格納容器に圧力通気弁を付ける方法は1979年の米スリーマイル島での事故以来、日本でも検討している。しかし事故が起こる確率から考えた必要性と、まちがって弁を開いてしまう危険性などをよく比較検討する必要がある。対策には他の方法も考えられており、立地条件や管理体制からみて、日本の同型の原子炉ですぐに米国と同じ対策を講じる必要はないと思う。
* 内田秀雄(1919-2006年) 昭和32-54年東大教授。62年原子力安全委員会委員長。冷暖房や換気など空気調和衛生工学の研究で知られた。平成18年8月11日死去。87歳。東京出身。東京帝大卒。著作「湿り空気と冷却塔」など。

先の引用で、桜井が、内田秀夫を一番の責任者と名指しするのは、こういった発言によるのだろう。

日本の原子力界は、軽水炉の設計条件も分からず、「米原子炉メーカーが安全だと言っていたから安全」という程度の認識と技術力しかありませんでした。意味を理解して安全審査するだけの能力がありませんでした。審査する側がお猿の電車のお猿さん的役割しかはたしていませんでしたから、実際に、どのような事故が起こっても不思議ではありません。福島第一原発事故も例外ではありませんでした。
日本の国民が原子力開発や安全審査のメカニズムを知らずに、ただ、依存するだけであったため安全審査の不正を正せなかったのです。安全審査の実施者が、いちばん悪いのは分かりきったことですがそれに無関心で、結果的に容認してしまった国民の責任も大きいのです。国民が被害者面するのは止めてください。加害者であることに気づかないと脱原発社会は実現できません。(米技術の独創性・柔軟性と不確実性について)

原子力界をばっさり斬った後、返す刀で、被害者面する国民への告発。おっしゃる通り、としか言いようがない。兎の逆立ち(耳ガイタイ)ぢゃ。

原子力安全・保安院の頭の中のほとんどは、規制している原発が安全かどうかではなく、いかにして反原発訴訟と社民党・共産党議員らの追求を乗り切るか、ということで占められています。逆にいえば、裁判で敗訴しないことが保安院の安全規制の究極の目標となっています。したがって、現行以上の安全性の向上や安全規制の強化は必要ないどころか、むしろ自らを否定する行為となって反対派に攻撃材料を与えることになるため保安院内では禁忌とされています。保安院が原子力安全委員会からの介入に強い抵抗を示すのもそのためで、二段階規制の形骸化もその大元は野党議員対策や訴訟対策が原因といえます。
私は、原発推進はもちろんのこと、原発反対派とも異なる独自の技術論・安全哲学を自身の行動規範としてきたため、双方から中傷・妨害行為を受け続けてきました。共産党の支部組織となっている日本原子力研究所労働組合からは、私に対する卑劣な攻撃がなされました。
反原発運動とは、安全に名を借りた政治運動であり、技術論の世界ではありません。(皮肉にも安全規制を骨抜きにしている原発反対社のディレンマ)


現状より高度の安全基準に改正することは、反原発側の攻撃材料となるから、やらない(やれなかった)という図式は、不毛というか、どうにも救いようがない状況だな(>_<)

福島第一原発事故には勝者はひとりもいませんでした。誰もがすべて敗者でした。私も現代技術の安全性を論じる立場でありながら事故を防げなかった罪を背負った敗者でした。小出さんは、事故を起こさないような努力、さらに、実際に参考となるベストエスティメイトな結果を出せていないという、二つの不十分さと不確実性の十字架を背負った敗者でした。小出さんはそろそろ現実の世界に戻った方がよいでしょう。
いつまでも、誰ひとり現実的に想定していなかった「津波」という「偶然性の恩恵」に甘えるべきではありません。(原発災害時における避難の有無による急性障害発生数の不確実性)

「オール負け組」みたいな物言いには、ちょっと引っかかるところがある。確かに地震・津波という自然災害を「偶然の恩恵」として、責任逃れしようとする政府や企業が存在することは、20年前の阪神淡路震災で骨身に滲みて思い知らされたのだが…………

福島第一原発事故の「政府事故調」(畑村洋太郎委員長)は「民間事故調」(北澤宏一委員長)や「国会事故調」(黒川清委員長)は、どれも、事故調査の方法を知らない素人無能集団でした。
彼らは、原子力開発の歴史や軽水炉の詳細技術を知らないため、「聞き取り調査」に依存してきました。「聞き取り調査」は、社会科学の基礎的な手法であって、その手法を使うことに問題はありませんが、使う場合には聞き取り調査対象と同等か、それ以上の知識と判断能力がなければ単なる勉強会に堕し本質に迫ることはできません。(「政府事故調」「民間事故調」「国会事故調」の無能集団)


自身が技術屋であり、安全審査のプロという自信過剰な面が目立つ。このくらい自信持っての発言なのだろうが、門外漢のMorris.は、勉強会レベルででも、本質を知りたいと思う。

世の中はすべてそうですが、結果を見て断片的に評価しています。ある人物が社会的によいことをすれば、その人物のよいところばかり採りあげ褒めつくします。逆に、犯罪を犯せば悪い所だけ採りあげ否定しつくします。世の中の原発に対する評価も同様です。
それにしても、電力を供給して作動する機械システムに対し、電気設備や機械が浸水したら機能喪失することくらい誰しも認識しているにもかかわらず、原発だけでなくあらゆる施設が浸水対策など立てていません。
福島第一原発だけの設計が悪いのではなく、すべての原発の設計が悪く、それだけではなく、都市設計でも企業施設設計でもすべて同様の欠陥を抱えているのです。福島第一原発事故は、すべての産業分野のエンジニアに対し、どこまで考え設計すべきか問いかけています。(友人の元エンジニアへのメール)


出自が原発推進側だっただけに、原発へのアンビバレントな気持が表れているところだろう。
電力作動機器に浸水対策が不在だったということは、危機管理が無かった(>_<)ということだ。


大前さんの再稼働の条件は古い時代の原発推進の論理そのものです。再稼働しなくてよいような条件が整えられれば、無理して再稼働しなくてもよいのではないでしょうか? 再稼働すれば、福島第原発並みかそれ以上の事故が起こる可能性が残りますが、再稼働しなければその可能性はゼロになります。(大前研一「原発再稼働の条件」への同意と微妙な違和感)

何となく歯切れの悪い口ぶりである。

原研は、1960年代半ば労使紛争が拡大し、なおかつ、電力会社が原子力発電導入期であったため、自民党は元三菱重工業社長の丹羽周夫さんを原研理事長に、元旭化成の宗像さんを理事に就かせました。自民党からすれば政治的大変革でしたが、原研からすれば大改悪でした。自民党のその意図は半ば成功し、進歩的な研究者による自由な研究所は監獄と化し、産業界に奉仕する研究所化されました。
福島第一原発事故は、すでに、1960年代後半から1970年代末に、確実に芽生えていました。原研の研究者はそのことに気づいているはずです。
福島第一原発事故は、歴史的吟味から明らかなように、自民党の原子力政策の失敗に起因しています。それを正せなかった原研研究者の無能さに起因しています。(元旭化成乗務で元原研理事・理事長の宗像英二さんについて)

このあたりのことは、もう少し詳しくチェックして知っておく必要がありそうだ。

本書に記したことの多くは私の原研(科学技術庁)や安解所(通産省)や原産(原子力産業界)での経験に基づくものであり、携わった経験のない電力会社や原子炉メーカーの詳しいメカニズムについては記していません。その意味では一般論ではなく、一般論の構築のための特別論の展開に留まっています。しかし、原子力界の不正の構造は、原研や安全規制のメカニズムを把握することにより読み解くことができます。

謙虚なところを見せながら、やっぱりなみなみならぬ自信をほのめかしてる(^_^;) いや、確かに、これまで読んだ原発本の中では、一番有益な記事が多かったと思う。

日本の原発推進の権力構造はつぎのようになっていました。形式的には、自民党政策による政府(具体的には、その中の一部である原子力委員会、原子力安全委員会、文部科学省、経済産業省資源エネルギー庁)があり、その下に、政府の政策を支える東大を頂点とする旧七帝大+東工大、原研、動燃、電力事業者、原子炉メーカーなどが機能していました。自民党の原発推進策は一部の議員による電力事業者や原子炉メーカーなどとの利権構造の中で進められていました。その中でも、特記すべきことは、田中角栄首相の時、電源三法が策定され、交付金やさまざまな便宜供与などにより、原発建設地や予定地の民意を買収したことです。そのような傾向は、地方自治体だけでなく、程度の差こそあれ国民全体に浸透しました。
原子力安全・保安院や原子力安全委員会が、なぜ、中途半端な日本特有の「あいまいさ」の「八百長体質」での「追認主義」の安全審査や規制に陥っているかといえば、電力会社(特に東京電力)の政治力が異常に強いためです。福島第一原発事故後、東京電力幹部は「原発の建設は国の許認可事項」と主張しました。建前からすれば確かにそのとおりですが、実際には、安全審査の「空洞化」を図ることにより、すべてを決めていたのは東京電力でした。これまでの安全審査は安全審査に値する内容ではありませんでした。これまでの安全規制は安全規制に値する内容ではありませんでした。(考察)

見事な要約である。このまま事典の項目記事として使えそう。

2014060
【変身 メルトダウン後の世界】堀潤
★★★☆ 2013/11/30 KADOKAWA。
NHKのアナウンサーだった堀潤が、アメリカ留学中に作成した映画「変身」は、NHKによって公開禁止とされ、これがきっかけで堀hはNHKを辞めることになった。本書はその経緯と映画の内容をドキュメンタリーとして文書化したもの。
福島第一原発事故時点でも、ツイッターで、独自のニュースソースをリリースし続けたその姿勢には頭がさがる。そういう活動を知らずにいたというのも、Morris.の怠慢であった、と、今頃になって思う。

あれから2年半。
事故直後に全国で盛り上がった反原発運動。毎週金曜日になると、何万人もの人が総理大臣官邸前のデモに参加し、「再稼働反対」「原発ゼロ」を訴えた。しかし、原発は再稼働し、政府は原発の「冷温停止状態」を宣言し、原発輸出に力を入れ、原発推進を掲げる自民党は衆院選で圧勝。汚染水の海への漏出は国策的な問題になっているにもかかわらず、実効性のある対策がとられぬまま放置されてきた。
あの事故からわずか2年半。人々は事故の衝撃を少しずつ忘れ、その恐怖を忘れ、教訓にすることを少しずつ忘れていく。被災した地域で苦境に喘ぐ人々への眼差しは次第に薄れ、対策は置き去りになっていく。
これこそが、僕の感じた最大の「不条理」だった。(プロローグ)


事故直後の盛り上がりがあっという間に沈静化してしまう。喉元過ぎれば熱さを忘れる、熱しやすく冷めやすい、それが人間のありがちな姿だとしても、この忘却の環を断ち切らねばならない。そのためには何が必要なのか。

水俣病や原爆症に苦しむ人が起こしている裁判は長年続き、今も健康不安と闘っている人がいる。何十年たっても解決しない。福島の事故も、早いうちに「将来不安が起きた場合どう対処するのか」「誰がどうケアするのか」といったことをきちんと議論して決めておくべきだと強く思う。
これから5年、10年とたって、原発周辺の住民が健康被害を訴えても、厚労省はきっと「因果関係が証明できない」と言うだろう。(汚染 サンタスザーナ、半生記後の真
実)

こういった視線こそが、大事である。

SPEEDIが公開されなかったことの責任追及や、原発の是非を問うことは、ある意味で簡単だ。盛り上がっているうちは、多くの人たちがああでもない、こうでもない、誰が悪い、と言い募り、ムーブメントが起きる。けれど、その熱はやがて去る。
それよりも「明日事故が起きたらどうするのか」を考え続けることが、なによりも大切だと思っている。なにを判断材料に、どうやって逃げるのか、どこへ逃げるのか、いつ逃げられるのか。いつ逃げるのか、本当に逃げられるのか。潤沢な交付金でハコモノ施設を作ったところで安全は約束されない。道路整備、権限の整備、現実に即した訓練計画にこそ、国も自治体も住民自身も力を注ぎ続けなくてはいけないはずだ。(地元に知らされなかった汚染情報)

仮にSPEEDIが公開されていたら、避難者の動きが完全に止まってしまった可能性もあるとの意見も加味しながら、事故前の日常的なインフラ整備こそ必要だという正論。

ウェブには公開されているので、誰でも見ることができる。
もしも、「えっ! こんなことが起きていたの? こんな映像があったの?」と思う人がいたら、まず「なぜ自分はそれを知らなかったのか、なぜ自分でしらべなかったのか」を考えてほしいと思う。ただやみくもに「隠蔽があった」「管元総理の責任だ」「保安院が悪い」と批判だけをしても仕方がないのだ。
きちんと自分の頭を使って、公開された映像や文書を見ていけば、単に「民主党政権が悪い」というだけの結論にはならないはずだ。自民党政権時であっても、事態は変わらなかったと思う。そもそも自民党が作り上げた体制の上に民主党が乗ったとたんの事故だったのである。
事故後、世論は菅総理の責任を追求するようになる。
なかでも12日に菅総理が1号機への海水注入を「中断させた」件は、安倍晋三氏が自らのメールマガジンで指摘し、その後も総理の責任を激しく糾弾し続けたせいもあり、多くの人に「菅総理悪玉論」が広まっていった。
原発の津波対策不備を共産党の吉井英勝議員に国会で指摘されながら、それを却下していたのは第一次安倍政権だった。自民党の責任は逃れられるものではないはずだ。(情報はいかにしてせき止められたのか)


「無知の罪」というか、知ることができるのに、知ろうとしない姿勢は責められてもしかたのないところである。
自民党の姑息な責任転嫁は今に始まったことではないが、安倍晋三が当時からメールマガジンで民主党攻撃やっていたとは(^_^;)
原発推進=自民党による国策ということは自明である。第一次安倍政権時に共産党議員から津波対策不備を却下していたというのは、もっと強調すべきだろう。

6~7次にもなる多重下請け構造。本来であれば危険手当などを含め、10万円以上になるはずの日当は、中抜き業者に食いつくされ、原発作業員にわたる金は1万円にしかならない。
ただ、その下請け業者たちもまた4~5次となると地元・福島の建設業者が多いという現実もわかった。
悲しいかな、原発事故で仕事を失ったごくごく普通の土建業者が、原発で食べていかなくてはならないのが現実だった。ピンはねしていると責められても、ピンはねで食べているのも福島の業者。もともとは造園業や内装業などをしていた人たちが、仕方なく除染や原発作業の末端に加わっている。原発労働者から搾取しているヤツが悪いと非難しても、それですむ話ではない。彼らの仕事が福島の復興にとって大事な要素となっているという、また不条理な現実だ。


こういった現場の実情はほとんどメジャーなマスコミでは取り上げられない。

2011年、当時の野田総理は「原子炉の冷温停止状態」を宣言し、国際社会に対し原発事故が収束に向かっているとアピールしたが、実際には「収束」どころではない。それは、世界中が知っている。
2013年、東京オリンピック承知のための最終プレゼンで、安部総理は汚染水問題について「アンダーコントロール」と胸を張った。
日本は、裸の王様になっていないか。(内部告発と原発の現場)

これだけあからさまに国の指導者が大嘘こいても、糾弾されない、日本という国は、確かにおかしすぎる。

日常に横たわる不条理な世界。理不尽な災厄が人を襲い、反対運動や支援が盛り上がるが、やがて年月がたつにつれてそれは疎まれ、厄介者となり、ついに忘れられてなかったものにされる。
『変身』という小説は、原発事故の未来に、そのまま重なるように思えたのだ。被害を受けた人は「虫」なのか。(妨害 映画の公開を嫌がる人々の「理屈」)


カフカの不条理作品から映画のタイトルにしたということか。映画の主人公はあくまで被害者という立場だな。

「とにかく危ない」「とにかく避難しろ」「命が危ない」「子どもが危ない」と叫ぶ人はたくさんいる。しかし、地元の事情を一切知らずにそう叫んでも、地元には届かない。被害が出る要因が確かにあるのなら、逃げる選択をするほうが正解とも言える。「本当に危険はあるのか」「あるとすれば危険の程度はどうなのか」という判断は、結局住民まかせになっている。
本来は国が「間口のj広い制度」を構築しなくてはならない。そうしないと、現場同士が傷つけ合うことになる。今の制度は国家が傷つかずにコントロールすることを目指したものになっている。
パニックを起こさず、人の流れをある程度段階的に区切って、微妙なグレーゾーンを作る事で、住民たちに判断をまかせている。つまり、なにかあっても国には最終的な賠償責任はないというリスク管理だ。「国家」の対応としては正解なのかもしれないが、統制される側にしてみればたまったものではない。


つまりは国家権力のずる賢さ。

反原発運動の「ムーブメント」は2012年夏に大きく盛り上がった。しかし大飯原発の再稼働を経てその熱は冷めていき、2013年夏の参院選では、原発は大きな争点にすらならなかった。
もともと日本の「反原発」は「思想の色分け」で見る歴史から始まっている。一時的には大衆的なムーブメントになっても、結局マスメディアは「一部の活動家」という扱いをし、保守層からは「左翼」、地元では「ハンゲンパツのヘンな人」と見られてしまう。日本で反原発を訴えると「ヘンな人」「特異な人」になってしまう不幸、というのがある。コミュニティから排除されてしまう傾向が強い。(変身 福島の今、東京の今)


「原子力ムラ」の半世紀以上にわたる情宣、裏工作活動の成果である。

日本は今、安倍政権に移行し、原発の輸出政策を積極的に押し進めている。トルコやインドなどエネルギー需要が旺盛な新興国で、日本の原発が今後建設されていく。災害やテロのリスクが高いそれらの国で、将来、原発が何らかのトラブルに見舞われることは容易に想像がつく。スリーマイルで出会ったエリックの「自分たちの経験や教訓をしっかりと日本と共有できなかったのが悔まれる」という言葉は、今も耳から離れない。日本がその二の舞いとなってはいけない。事故と向き合い、検証し、徹底的に安全策を研究し、世界でもう二度と悲劇的な事故が繰り返される事がないよう、メッセージを発信し続けなくてはならないと強く思っている。

NHKにもこのように、まっとうな感覚を持つ人がいたのに、結果として辞めざるをえなかったということは現在の安倍政権のNHK私物化と無関係ではないだろう。
在野としての堀氏のメッセージ継続に期待するとともに、個人としても「持続する志」の強化を再確認したい。
2014059
【原子力ムラの陰謀】今西憲之+週刊朝日取材班
★★★☆☆ 2013/08/30 朝日新聞出版。
1995年12月8日に起きた「もんじゅ」ナトリウム漏れ事故は、現場ビデオ隠蔽工作が明らかになり、大きな問題になった。広報担当の動燃幹部西村成生総務部次長が自殺して、幕引きとなった。
本書は西村の遺物として残された膨大な資料を30年も経ってから発掘し、ここから当時の動燃の裏工作の数々が浮かび上がってきた。
週刊朝日に連載され、大きな反響を読んだ特集の単行本化。動燃をはじめとする「原子力ムラ」のえげつない情宣活動裏工作にはうすうす気づいてはいたものの、これだけ赤裸々に証拠を公開されるとは(@_@)
うーん、これは説得力があるし、西村氏の自殺についても、疑念を抑えきれなくなった。

福島第一原発事故を契機に広く注目されるようになった「核燃料サイクル」とは、原発の使用済みウラン燃料から、プルトニウムや燃え残りのウランを取り出して再利用する一連の仕組みをいう。
「核燃料サイクル」では燃やしたプルトニウムからさらに多くのプルトニウムを取り出せることから、理論上は無尽蔵といっていいほど莫大なエネルギー問題を解決する「国策」と位置づけられ、多額の税金を投じて開発が進められてきた。
動燃(動力炉・核燃料開発事業団=現・日本原子力研究開発機構(JAEA))はその実現を担う、いわば国の研究機関だ。特殊法人として、その費用の大半を国が負担してきた。優秀な技術者を集めた2千人を上回る職員を擁し、協力会社の人員は3千人以上。国内の研究機関としては最大級の規模を誇る「マンモス国策企業」だった。東京電力、関西電力など商用原発を運転する民間電力会社と並ぶ、「原子力ムラ」のもう一つの大静六である。
その動燃の"使命"として位置づけられてきたのが、発電と同時に、原発の燃料となるプルトニウムを生み出す高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)だった。85年10月の建設工事着工から約10年を経た95年8月、ようやく発電開始にこぎ着けたものの、そのわずか4ヶ月後の12月8日、もんじゅはナトリウム漏れ事故を起こす。
このとき、事故の深刻さに加え、大きな社会問題となったのが動燃の「隠蔽体質」だった。配管から漏れだしたナトリウムが雪のようにうず高く白く積もった生々しいビデオを、事故直後に現場に入った職員が撮影していたにもかかわらず、その存在を隠したのである。


問題になったナトリウム漏れビデオの映像は、You Tubeに複数アップされている。
https://www.youtube.com/watch?v=UgSV4wxXjQM
https://www.youtube.com/watch?v=9YNy1en5kVE

また2013年5月29日に1万件近くの点検放置などで規制委員会が「もんじゅの使用停止」を勧告したときの報道ステ-ションの映像は、もんじゅの歴史や核燃料サイクルの問題点を分かりやすく説明しているので、こちらも一見の価値ありと思う。
https://www.youtube.com/watch?v=feuJKW9Gets

福島第一原発事故をめぐる対応を見てもわかるように、「原子力ムラ」の根本にある旧態依然とした体質はいまも何ら変わっていない。
それどころか、いまだ原発事故の現場では、高線量の放射性物質がまき散らされ、行き場のない汚染水が増え続け、最終的な廃炉のメドすら立っていない状況だというのに、この悪夢のような大惨事をもはや忘れてしまったかのように、再稼働話が浮上している。民主党から政権を奪還した安倍晋三首相率いる自民党は、これまで日本の原発政策を強く推進してきた。"戦犯"としての反省など微塵もなく、安全やモラルよりも経済を優先させて原発再稼働を大前提としてエネルギー政策に突き進んでいる。「成長戦略」という名のもとで、安倍首相自らが海外への原発輸出を積極的に進める姿には、国としての意識の低さを感じざるを得ない。


週刊誌はほとんど読まないMorris.だが、この本だけで、ちょっと週刊朝日を見なおしたぞ。



2014058
【ほんとうはどうなの?】 上坂冬子
2005/01/05 PHP。
「原子力問題のウソ・マコト」の副題があり、原子力問題というより、もんじゅ、六ケ所村をメインとする「核燃料サイクル」の応援、擁護するための対談集である。
対談相手は中曽根康弘、殿塚猷一、有馬朗人、竹村健一、加納時男、与謝野馨の6人。
上坂冬子という名前くらいは知ってたが、これまで一冊も読んだことはない。
何でいまさらこんなのを読むことにしたのかというと、もんじゅナトリウム漏れ事故で自殺した動燃幹部の機密文書から動燃の裏工作を暴いた本(「原子力ムラの陰謀」)を読んだばかりで、それに関連する文言があったからだ。
対談のメンツ見るだけでも、おおまかなところはわかるようなものだが、なかなかに噴飯モノのご意見が並んでいた。

中曽根 原子力関係でちょっとしたトラブルが起こると、非常に大げさに取り上げられて、致命的な事故のように報道されたり扱われたりしてきました。しかし、いままで日本では、科学的、技術的に厳重な点検をしながら発電所を動かしてきたわけで、実際に、原子力発電のメカニズムとして人命にかかわるような大事故を起こしたことはありません。
上坂 「もんじゅ」のナトリウム漏れは、大事故のように仕立て上げられましたけど(笑)

上坂 「怪文書」は合理主義を装った反対性運動、昔風にいうと""アカ"の人たちの思想運動に通じるものと考えると、話はわかりやすいですね。

上坂 原子力といえば原爆だ、なんて昔も今も物事の区別のつかない薄っぺらな人がいるのねえ。
中曽根 日本学術会議の幹部の学者たちが私のところへ「あの予算(1954年原子力予算)は撤回してくれ」と三度も陳情にきましたよ。これに対して稲葉修さん(元法務大臣)が、学術会議の幹部の前で、「君らが居眠りをしているから、この札束でほっぺたをひっぱたいてやるんだ」といったのをいまでも思い出します(笑)。

中曽根 とにかく核燃料サイクルに関して結論をいうなら、まず第一に安全性に関しては心配いらない。二つ目は、最近話題となった経済性の問題ですが、これは、日本が大事なエネルギーの問題について外国に依存していいのかどうか、目先の損得より国家としての安定を考えれば、自ずと答えが出るでしょう。
上坂 ともあれ、日本が自立国家であるために、半世紀前からプルトニウムをエネルギー源とする国策を決めてきたことを、中曽根先生の口からはっきり伺えたのはなによりの収穫でした。

上坂 ちょうど韓国人慰安婦問題で大騒ぎしてたころで、私の主張はこうでした。いま、韓国人になった彼女たちは当時日本人だったはずだ。日本人慰安婦たちは戦後に何ら補償を受けていないのだから、戦後に独立して韓国籍になった慰安婦だけ補償するのは公平ではない、と。

有馬 いまから数十年のうちに「新エネルギー」で全部が置き換えられるようなことは、ありえない話です。代替エネルギーと気軽に口にするけれど、電子力発電や石炭・石油などによる火力発電に代わるエネルギーがあるかのような夢は見ないでほしいのです。

上坂 ウランの「燃え残り」をリサイクルして、ウランとの混合燃料にして使えば有利にちがいないのに、なかなか踏み切れないのは"羹に懲りて膾を吹く"ようなおろかさを感じますけど。

上坂 専門家が熟慮の上に打ち出した国策より、選挙にまつわる地元の複雑な事情を背負っている地方自治体の首長さんの見解のほうが優先されるのは、果たして公正といえるのかどうか。
有馬 国策で決まったことは国の積ンできちんと行なうのが当然です。国が横暴だというなら政府を代えればいいんです。
上坂 そう! それこそが民主主義の民主主義たるゆえんですね。

上坂 「もんじゅ」も事故として大騒ぎされましたけど、あれ、事故じゃないんですってね。事故の国際基準は7段階あって、チェルノブイリが最高レベルの7、「もんじゅ」はかろうじてレベル1に入るかどうかという程度だそうです。エネルギー・資源学会前会長の茅陽一さんに伺ったら、あの程度の不具合は事故といわず、正しくはトラブルというのだそうです。
竹村 僕は30年くらい前から、マスコミが事故と書いているのは間違いで、日本で起きたものはほとんどトラブル、つまり「事象」だと力説してきました。

竹村 チェルノブイリみたいなええ加減なことやってもらったら困るけれど、日本ほどきちんとやってる国は世界にない。現在、安全度とか故障の少なさでは日本はいちばんだと思ってますが、こういうのはなかなか受け入れられなくてねえ。

加納  2002年6月成立の「エネルギー政策基本法」の重要な点は、市場競争もだいじだけれども、それより「安定供給」「環境への適合」を優先すると決めたことです。
上坂 二点とも、原子力発電の特徴じゃありませんか。

加納 いずれにせよ、エネルギー政策は、地域の感覚だけで判断すべきではないし、ましてや地域の住民投票のようなことで決めてはいけないというのが私の心情です。
上坂 同感!
加納 仮に、日米安全保障条約を住民投票で否決して、アメリカとの同盟を解消したら、誰が安全保障について責任を負うのですか。同じように、わが市に原子力発電はいらない、ただし電力は絶対に絶やすな、というのは論理の一貫性に欠けます。

与謝野 日本の電力事情はますます原子力に頼らねばならない状況にあります。私がいちばん恐れているのは、日本が貧しくなることなんですよ。経済的にある程度豊かでなければ、文化的な生活も精神的な喜びも追い求められないでしょう。
上坂 私にいわせれば、自然エネルギーは単なるロマンという気させします。風と太陽の力を全部集めたって、その発電量は電力供給量全体の0.4%にしかならないというじゃありませんか。
CO2によって空気が汚染されることのない、環境保護の立場から理想的な原子力に、時代の注目が集まりますように。

2005年は原子力基本法制定から半世紀、いわば日本の原子力開発五十年目に当たる。このへんで原子力問題をめぐるウソとマコトをすっきりさせ、いわれなき混迷に決着をつけたい。(まえがき)


開いた口が塞がらないご意見てんこ盛りだが、各発言へのコメントは省略する(^_^;) あんまりだもんね。
本書見ただけでも上坂は完全に「御用評論家」だと断定できる。それも、自ら進んで原発推進宣伝マン(ウーマンか?)になりきっている。
Wikipedia見たら上坂は2009年に78歳で亡くなっていた。2011年の福島第一原発事故はもちろん、2010年のもんじゅ再稼働&3ヶ月後の運転休止も知らずにすんだというところに、悪運の強さみたいなものを感じる。

2014057
【原発の闇 その源流と野望を暴く】赤旗編集局
★★★ 2011/10/30 新日本出版社。福島第血原発事故以後、新聞連載の関連記事をまとめて一冊にしたもの。野党総崩れの現在、日本共産党は橋頭堡的存在である。原発問題でも何とか自民の暴走に歯止めをかけて欲しいところだが、多勢に無勢の感は否めない(>_<)

日本原子力文化振興財団がまとめた「世論対策マニュアル 91年版)
「停電は困るが、原子力はいやだ、という虫のいいことをいっているのが大衆である」
「繰り返し繰り返し広報が必要である新聞記事も、読者は3日もすれば忘れる。繰り返し書くことによって刷り込み効果が出る」
「事故時を広報の好機ととらえ、利用すべきだ。事故時の広報は、当該事故についてだけでなく、その周辺に関する情報も流す。この時とばかり、必要性や安全性の情報を流す」
「夏でも冬でも電力消費量のピーク時は話題になる。必要性広報の絶好機である」
「電力会社や関連機関の広告に、必ず"3分の1は原子力"を入れる。小さくてもどこかに入れる。いやでも頭に残っていく」
「放射能があることは誰も知っている。原子力がなければどんなことになるのか、例をあげて必要性を強調するのはよい」(国民分断・世論懐柔のマニュアル)


ゲッペルスによるナチス・プロパガンダの出来の悪い原発バージョンというべきか(^_^;)  でも、これで騙されてきたんだもんね(^_^;)

原子力発電所や関連施設が立地している自治体などには、巨額の資金が注ぎ込まれています。これは「原発マネー」と呼ばれ、さまざまな資金の流れがあります。
「原発マネー」の中核的存在は、国から関連自治体に給付される「電源三法交付金」です。そのほかに原発関連施設に自治体が課税する固定資産税や地方法人ニ税(事業税、住民税)があります。さらに、道県が条例を制定し徴収する「核燃料税」があります。
電力会社から寄付金を受けている自治体もあり、その額は億単位に及びます。寄付主体が明らかになっている寄付金もありますが、匿名の場合もあります。また電力会社の経営幹部による自民、民主への献金も「原発マネー」の一つです。このほか原発がらみの不透明な金の流れもあります。
「原発マネー」は、受け入れ自治体を交付金に依存させ、さらなる原発推進に陥れるものです。
電源三法は1974年6月、田中角栄内閣よって導入されました。同胞の制定当時、中曽根康弘通産相は「電源三法交付金」について、原発に対する不安感などへの"迷惑料"だと見解を示していました。
つまり、原発に対する住民の不安を「札束」で抑え込むために「電源三法」はつくりだされたわけです。(「原発マネーと電源三法--札束で原発を推進)

実にわかりやすい説明である。大筋で間違ってないと思う。ただ、この「です、ます体」は、赤旗の文体なのかもしれないが、読んでて、力が抜けるところがある。聖書の口語訳を思い出した。

一度起きたら、人間社会に、このような他に類のない「異質の危険」をもたらす現在の原発という技術は、いったい社会的に許容できる技術なのか。そのことが正面から問われなければならないのではないでしょうか?
なお、原発からの撤退後も、人類の未来を長い視野で展望し、原子力の平和利用に向けた基礎的な研究は、継続、発展させるべきです。(日本共産党の提言 2011/06/13)


原発は廃止、原子力研究は継続。これが共産党の本音なのだろうか?ブラフだと思いたい。
2014056
【文章力 かくチカラ】外山滋比古
★★★ 2010/11/25 展望社。郵政省教養シリーズ「文章と表現」(1982)
外山の日本語関連書はけっこう面白かった記憶があり、最近の著作かと思って手にとったのだが、30年以上前の本の焼き直しだった。話題や世相がかなりレトロだったりもしたけど、それなりにいいことが書いてあった。

時間がないから手紙ではなくてはがきにしようと言っている人もある。やはり誤解で、はがきをうまく書く時間があるくらいなら、手紙はりっぱに書けるはず。時間がないからはがきはよして、手紙にしようという方が本当だと思う。

郵政省の肝入とあって、手紙や葉書の文章のことが良く出てくる。Morris.も最近はすっかり筆不精になり、たまに、猫の写真絵葉書を書くくらいだが、たしかに、あのスペースでまとまった文章を書くのは難しいと思う。Morris.の場合は裏は写真だから文章書くスペースははがきの半分しか無いけどね。

あるイギリスの学者のことばに、文章の主題(テーマ)は「ひとつのセンテンス(文)で表現できるものでなくてはならない」と言っている。

よくわかる文は、主語と動詞が1つずつである。そうすれば、自然、センテンスが短くもなる。


困ったときは句点(。)で切ってしまえということだな。ときどきMorris.はくどくどと長ったらしい文章書いて(打って?)しまうことがある。同じ駄文でも、短いほうがまだましだろう。

どこから始めるにしても、文章は円を描くようなものである。まとまりが必要である。書き始めのところにもどってきて終わると、読むものも落ち着きを感じる。

文章は円を描くようなものというのは、いい言葉だな。円月筆法というべきか(^_^;)

2014055
【韓国 反日感情の正体】黒田勝弘
★★★☆ 2013/06/10 角川文芸出版。
韓国通のジャーナリストといえば、この人にとどめを刺すだろう。
サンケイのソウル支局長などをやりながらざっと30年韓国滞在というのは伊達じゃない。
Morris.も彼の韓国関連エッセイはけっこう読んでるはずだ。教えられることも、共感するところも多かった。初期のものは、かなり韓国への気配りがあったのが、最近では、だんだん、ストレートな韓国批判も目立つようになった。

韓国ではメディアは言論界といわれ、そこに従事する記者(知識人!)たちは言論人といわれる。だからメディアは単に情報を伝達する報道機関ではなく、それ以上に物事を「論」じる媒体なのだ。
それがメディアの役割と信じられているため、韓国のメディアそして記者たちはいつも論じ、主張している。民を諭し善導するというのは啓蒙的で教育的だからしばしば扇動的にになる。結果的にメディアは反日を教育し扇動していることになる。(序にかえて)


同業者だけに、彼我の違いが気になるんだろうな。日本でも明治初期新聞黎明期には知識階級向けに政論を論じる「大新聞(おおしんぶん)」と、庶民を対象に娯楽記事中心の「小新聞(こしんぶん)」があって、現在の大手新聞は小新聞の末裔である。それに対して韓国のメディアはいにしえの大新聞的ということかな。
「言論界(@_@)」こういったメディアは得てして建前論になりやすそうだ。そして自縄自縛(^_^;)

韓国はもとももと必ずしも法治国家ではない。いや、法治主義ではないといった方が正確かもしれない。「法治」より「情治」なのだ。その「情」とは、事情であったり人情であったり感情、情緒であったりする。かなりの場面で情が優先する「情治」社会なのだ。だから一方では政治的にもなりうる。検察も裁判官も世論に実に敏感である。
「反日無罪」をはじめ韓国のそうした「放置国家」「情治国家」ぶりは、われわれを含め国際的にはありえないことである。(第1章 反日無罪の系譜)


反日無罪(^_^;) うーむ、「造反有理」という言葉を思い出したぞ。ついでに「良いインディアンは、死んだインディアンだ」という究極の差別発言も。

慰安婦とは日本統治時代における対日協力ではなく、それに抵抗したあくまで強制による奴隷化だったと主張したいためなのだ。この根底には日本統治時代、韓国で言う「日帝時代」を、侵略・収奪とそれに対する民族的抵抗で描く公式歴史観がある。言い換えれば「強制と抵抗」史観である。
韓国人の歴史観というのは歴史を「あった歴史」より「あるべき歴史」で考えるということだ。民族あるいは国家として「こうあるべき歴史」を前提に歴史を考え、記録しようとする。(第2章 壮大な虚構としての慰安婦問題)

歴史観の違い、というより、歴史そのものの概念が違ってるということか。朴槿恵大統領の演説にもたしかにそういった傾向がある。

現実には遠かった独島問題が身近で大衆化した背景は基本的には1990年代以降の時代的、社会的なものがある。たとえば
①過去の歴史が遠くなり日本の侵略イメージが後退する中、具体的で分かりやすい反日テーマとして浮上した
②島をめぐる紛争・対立にかかわる過去の情報が遮断され、一方的な情報による国民マインドコントロールが進んだ
③国力伸長による「日本何するものぞ!」の対日自信感が広がった
--などが挙げられるだろう。
竹島問題は韓国にとってはもはや領土問題ではない。韓国は竹島を舞台に日本と"擬似戦争"を展開しているのだ。この「戦いの気分」こそ竹島問題の核心である。
竹島に対しあれだけ長期安定的(?)に実効支配(実力支配)を続けているにもかかわらず、常時「日本が奪いに来る!」と叫んでいるのはそのせいだ。また、奪った側であるにもかかわらず、国際的には"損"であるにもかかわらず、独り相撲のように大声で騒ぐのはそのせいである。(第3章 竹島は取り戻せるか?)

日本人には、分かりやすい独島論だが、韓国人がこれを見たらやっぱり怒りそうだな。
もともと独島(竹島)問題は、領土問題というより領海問題であり、島というより岩礁みたいなものである。ついでに言えば、領土、領海問題というのは、外交で解決できるケースは限りなく少ない(^_^;)

韓国人のハンには「夢や希望、期待……など、本来そうありたい、そうあるべき、そういうはずだったと思ってきた自分の思いが、いろいろな事情でかなわなかったことから生じる
やるせない気持ち」といったような心情が込められているのだ。
そのハンを解消することを韓国語では「ハンプリ」という。プリというのは解くとかほどくという意味だ。文芸評論家などがよく使う「カタルシス」にあたると思う。
韓国の反日は日本に対する「ハンプリ」であり「カタルシス」といっていい。(第4章 反日の効用)


韓国人の「恨(ハン)」については、韓国にはまった頃から気にかかり、いろいろ本で読んだり、訊いたりしたが、いまだに理解したとは言いがたい。
日本の「あはれ」と対応されるべき感情なのかもしれない。

1959年に始まった「在日朝鮮人祖国帰還運動」にも疑問や批判はほとんどなく歓迎された。これは「明るい北・暗い韓国」イメージの集大成だった。
筆者はこの北朝鮮帰還運動を新潟港で取材したことがあるが、その時の記事は帰還船を「人道の船」と書き「人道航路」として称えている。実に痛恨だが、当時の日本のジャーナリズムの大勢がそうだった。
当時の筆者の心境というのは三点あったように思う。社会主義幻想下での「革命的ロマンィシズム」と、朝鮮半島と日本の歴史にかかわる「歴史的贖罪意識」そして自虐的な日本人批判だ。

北朝鮮への帰還運動は、今となってみれば国家犯罪的行為だったと思う。日本のジャーナリズムが、この運動を賛美し、そそのかしたことも結果的に、共犯者だったというべきだろう。「痛恨」という言葉で済まされる程度のものではないだろうが、こういった言葉すら発せず、無かったことにしているジャーナリストだらけである。

解放は突然にやってきたため日本人化していた韓国人にとってまず必要だったのは、新生・韓国にふさわしい「本当の韓国人」になることだった。そこで行われたのが反日教育だった。(第5章 反日はなぜ生まれたのか?)

ひょうたんから駒、解放から反日、か(^_^;)

国交正常化交渉ではさまざまな議論と対立があり、妥結まで14年もかかった。特に「補償」つまり請求権問題は難題だった。日本側には個人補償的な資金提供案もあったが、韓国側は国が代表して一括して受け取ることを主張し、そうなった。
韓国政府は資金のほとんどを経済的、社会的基礎作りのために使い、それがその後の経済発展の基礎となり現在の繁栄につながった。韓国政府の判断、選択は正しかったのだ。もし5億ドルを個人補償としてばらまいていれば、後には何も残らなかったに違いない。(第7章 日本隠しとウリジナル主義)

朴正煕への毀誉褒貶はおくとして、この補償金の使い方は正解だったというのは、納得できる意見である。個人にばら撒いたら、数年で雲散霧消していたにちがいない。随分前にふる里創生事業とかいう名目で全国市町村に一億円配って、好きなように使えという企画(^_^;)があったが、その結果たるや目を覆う物が多かった。

朴正煕政権時代は北朝鮮に厳しく韓国の経済発展、近代化を高く評価していた産経新聞が良心的といってもてはやされた。北朝鮮に甘く韓国の経済発展に冷淡だった朝日新聞が左翼的で反韓的だと非難された。今は逆に朝日新聞が日本の「良心勢力」の代表としてもてはやされている。
自らの主張とそれに同調する人びとを「良心的」として普遍性を装うのが韓国人の歴史観である。その意味では対極の「極右」もきわめて韓国的な言葉なのだ。(第8章 日本人が次々と"極右"に)


そういえば、つい先日、産経新聞ソウル支局長がソウル地検に出頭命じられたというニュースがあった。これはセウォル号事件時の大統領の所在がわからず、男と会ってたのではないかという記事が原因で、直接サンケイ嫌いという事例ではなかったらしい。

反日のタテマエも親日のホンネも両方が韓国であり、韓国人なのだ。一方だけを見て怒ったり安心したりは意味がない。
経験的にいえば「知識人は反日で大衆は親日」だが、そのほか男は反日で女は親日、ソウルは反日で地方は親日、若者は反日で年寄りは親日、学校では反日で放課後は親日……といった感じになろうか。(あとがき)

「親日派(チニルパ)」という言葉が韓国では、致命的な中傷となる。これが無くならない限り反日が無くなる日は来ないだろう。
2014054
【絞り出し ものぐさ精神分析】岸田秀
★★★ 2014/05/30 青土社。
1977年に出た「ものぐさ精神分析」は衝撃的な一冊だった。彼の持論「唯幻論」はMorris.の社会観、歴史観にも多大な影響を与えた。続編2冊はもちろん、かなりの著作を読んだと思う。あれから四十年(^_^;) いつのまにか岸田秀はMorris.にとっては「過去の人」になっていた。何となく疑問(胡散臭さ)を感じたのだろうと思う。
本書は80歳になった著者が「最後の雑文集」と銘打って出したものらしい。えらく期間をおいての、シリーズ4作目ということになるのかな。いまさらと思いながら、目次を見たら、原発と韓国の文字があったので読んでみようという気になった。

東京電力、原子力安全委員会、原子力安全・保安院などの役員、原子力発電関係の官僚、学者、評論家はほとんど全員、東京大学卒だそうで、彼らが狭い自閉的共同体を成していることは明らかである。原子力発電のデメリットや危険を最もよく知ることができるのは彼らであるが、彼らが仲間の不利になるようなそうした危険を最もよく知ることができるのは彼らであることは明らかである。原子力発電のデメリットや危険を最もよく知ることができるのは彼らであるが、彼らが仲間の不利になるようなそうした情報を公表すると期待できないことは言うまでもない。いや知っていて、仲間のためを思ってあえて公表しないのではなく、ある種の心理的メカニズムによってそもそも気がつかないのかもしれない。気がついて、言い触らす者がいたら、仲間外れになるそこで、原子力発電は絶対に安全だという神話ができあがり、彼らは嘘を言っているつもりはなく、自信を持って堂々と原発絶対安全を宣言する。彼らは意図的に人を騙す悪人ではないだけに、なおさら始末が悪いのである。
(原発の)危険を知って不安がる者は、工学部原子力工学科の学生だと専門を生かす方面には就職できず、官僚だと電力会社に天下りできず、電力会社の社員だと昇進できない。その結果、原発の関係者は原発絶対安全者ばかりとなる。原発絶対安全者には原発の危険が見えないから、それを防ぐ策は講じられず、原発事故は必然的に起こったのである。
原子力発電に関する諸団体は、原発絶対安全論では一致していたものの、今回の事故の説明、どうすればいいかの対策については統一がとれておらず、人々を迷わせるだけで、この点でも、陸軍、海軍の下部組織がそれぞればらばらであったことと軌を一にしている。その原因は同じで、さっきも言ったが、それぞれの団体が自閉的共同体だからである。
日本軍は、共同体の和を乱す者を弾劾するが、同じ共同体に属する者なら無能な司令官、参謀でも排除しないのが特徴である。ノモンハン事件の敗北を招いた辻政信参謀は、責任を問われて、一時、中枢から外されたが、すぐ復活し、マレー作戦の参謀を努めた。
軍の上層部は、みんな陸士海兵卒の同窓生であり、仲間内であるから、仲間の失敗には寛容なのである。彼らは、内部の者には実に隈なく配慮が行き届き、外部の者はどうなろうと無関心な自閉的共同体の原則に忠実なのである。(原発と皇軍 20011年7月「正論」)


「日本軍」と「原子力ムラ」を同型の「自閉的共同体」として、例によってわかりやすく説明してる。わかりやすいだけに、ついつい共感おぼえそうにもなるが、どこか、他人ごとといった姿勢が感じられる。発表媒体が媒体だけに、バイアスかかってるようでもある。それにしても、何ともくどい悪文だなあ。

成長戦略そのものは変わらないのだから、現代日本の原子力政策が、かつての日本の軍事政策と構造的に相似しているのには何の不思議もない。日本軍の各機関が自閉的共同体であったように、原子力関係の各機関も自閉的共同体であって、いずれもその特徴(たとえば、共同体の外部の人たちの被害への無関心)を露骨に示している。原発安全神話は皇軍不敗神話と同じ性質の神話で、ともに事故の発生または作戦の失敗を隠蔽して被害をいたずらに大きくする点で東電の発表は大本営の発表と同じである。原子力発電所が増殖してゆく過程は大日本帝国陸海軍の舞台や官邸が増殖してゆく過程と同じである。作り始めると、多ければ多いほどいいような気がしてくるのである。(歴史のなかの原子力発電所 2011年秋「myb」)

先の引用と同工異曲、いや、二番煎じかも知れないが、東電の発表が大本営発表と同じというのは、Morris.もそのように感じていた。

かつての百済に対する新羅の敵視と軽視は、歴史的に日本に対する朝鮮の差別ともつながっているのではないか。その上、かつて朝鮮は先進国で日本に文化を教えてやったと思っているから、そのことも日本を下に見る朝鮮人・韓国人の差別意識の一因ではないか。
人間は、上の者、対等な者に負けたときとは比べものにならないほど絶大な恥と屈辱を下の者に負けたときには感じるである。
下に見ていた日本の植民地になった朝鮮人・韓国人の深い屈辱と恨みに日本人は気づかなかったし、今も気づいていないようである。日本人は日本人で朝鮮を中国の属国とみなして下に見ていたので、朝鮮人・韓国人が日本を下に見ていたとは思ってもいなかったからである。恨みに気づくどころか、かえって、日本人は朝鮮を植民地にすることによって、その近代化に大いに貢献したとして恩に着せ、感謝されてもいいぐらいに思っていた。実際、この植民地経営は、投資事業と見れば、搾取して儲けたどころではなく、都市のインフラ、鉄道網、学校などの建設費で大赤字だったそうである。(日韓関係の問題 2014年3月「正論」)

見下していたものに負かされることの悔しさが、韓国の反日感情の根源というのも、納得できる。
しかし、日本の植民地政策が「いいこともした」風の言説はやはり、発表媒体とその読者に阿ってる気がするのは、Morris.の偏見だろうか。
後半の昔話は、ざっと斜め読みしたが、面白くも何ともなかった。やっぱり、この人はMorris.にとっては過去の人のようだ。

2014053
【身近な実とタネハンドブック】多田多恵子
★★★★ 文一総合出版 2010/09/29。
種子の散布法(風散布、水散布、自動散布、動物散布)別に、その特徴や面白さをコンパクトにまとめた、面白くて役に立ちそうな一冊だった。この手のハンドブックは複数社からシリーズで出てるが、本書は著者のポリシーがはっきりしていて、Morris.の好みだった。

種子の役割--母植物は種子に生命の秘密情報を授け、心づくしの弁当(貯蔵物質)を持たせて送り出す。植物によっては種子を実の硬い皮に包んで大事に守る。こうして種子は
親植物には耐えられないような寒さや乾燥を乗り越えて、新しい植物体に育つ。種子が両親から受け継いだ遺伝情報(DNA)は種子ごとに少しずつ異なり、環境変化に適応し、病原菌の突然変異にも対抗して世代をつなぐ。


まえがきみたいな一文である。
本書の「美点」を列記すると

1.明解な解説、すっきりした仕分け
2.鮮明かつ的確かつ美しい写真
3.実に上手いキャッチコピー
4.植物学に準拠した記述
5.たくまぬユーモア
6.読者に伝わる著者の植物(自然)への愛
7.写真付き用語集の見やすいこと


久しぶりに読み応えのあるハンドブックだった。
たとえば種子、果実の種類だけでも以下のように数多く、わかりやすく説明されてる。

・液果 果肉が肉質や液質なベリー類 ナンテン
・核果 液果のうち内果皮が種子を包んで硬い核になる ハナミズキ
・偽果 果皮以外が果肉状に発達した実 ノイバラ
・集合果 複数の実が一個の実のような複合体を形成する ナワシロイチゴ
・痩果 種皮に密着して薄い果皮をかぶった実、種子のように見える アメリカセンダングサ
・分果 一個のみが複数に分かれて育つ アオギリ
・袋果 袋状の実が縦に裂けるもの アオギリ
・球果 針葉樹のいわゆる松かさ クロマツ
・朔果 裂けて複数の種子を散らす実 メマツヨイグサ
・胞果 だぶだぶの果皮を種皮の上からかぶっている実 イノコヅチ
・頴果 稲科の実、痩果の一種 カラスムギ
・堅果 果皮が木質化した硬い殻で種子を包む、いわゆるナッツ クヌギ
・翼果 果皮の一部が翼となった実 イロハモミジ
・節果 莢が節ごとに分かれる実 クサネム
・苞 花や実に付随する特殊化した葉 クマシデ
・総苞 花序(果序)に付随する特殊化した葉 ボダイジュ

秀逸キャッチコピー集
・風にほぐれる樹状のくす玉 (プラタナスの仲間)
・ソーセージから綿飴へ、変身 (ガマの仲間)
・くるくる回るボートの実 (アオギリ)
・トゲトゲすぎるぞスギぼっくり (スギ)
・塔のてっぺんの覗き穴 (ナガミヒナゲシ)
・水辺のバラバラ事件!?~分解して水に浮く莢~ (クサネム)
・莢から飛び出すフリスビー (藤)
・夏の庭の爆弾娘 (鳳仙花)
・2段ロケットのタネ旅行 (スミレ)
・乾湿自在の回転ドリル (カラスムギ)
・晩春のヒッチハイカー (ヤエムグラ)
・野道の試験官ブラシ (チカラシバ)
・くだけてくっつく"ブロークン・ハート" (ナズナ)
・密室の送粉者との共生関係 (イヌビワ)
・赤い果軸と黒い実のコントラスト (アメリカヤマゴボウ)
・照葉樹林の小さなアボカド (クスノキ)
・ミシン目入りのグミキャンディ (エンジュ)
・朱赤のイアリング (マユミ)
・真紅の星と瑠璃の玉 (クサギ)


単に語呂合わせや、調子のいい言葉でなく、特徴やポイントを押さえた上でのコピーである。

先に書いた「散布法」は以下のように細分化されている。

[風散布]
1.綿毛のパラシュート(ふわふわ) タンポポ、ガガイモ
2.翼を広げた飛行隊(ひらひら) カエデ類、ユリノキ
3.微粒子種 埃のように漂う ナンバンギセル、アセビ
[水散布]
1.流れる 蓮、クサネム、ジュズダマ
2.雨滴 夕化粧、ネコノメソウ
[自動散布]
1.乾湿運動 ゲンノショウコ、カラスノエンドウ
2.膨圧運動 鳳仙花、
[動物散布]
1.付着(動物や人にくっつく) イノコヅチ、ヌスビトハギ、オナモミ、
2.被食散布 鳥や獣が食べて糞として排出 多くの木の実
3.貯食散布 鳥や獣が冬の糧食として貯える ドングリ類、クルミ
4.アリ散布 クサノオウ、ホトケノザ、カタクリ

後日中央図書館の棚に「種子(タネ)たちの知恵」(NHK出版2008)というのを見つけた。本ハンドブックの原本みたいな感じだった。NHKTV「趣味の園芸」特集出演が契機となったものらしい。こちらも楽しく読めそうな本だった。
2014052
【憲法九条を世界遺産に】太田光・中沢新一
★★☆☆
2006/08/17 集英社新書。 初出「すばる」2006年7-8月号。
Facebookで、このタイトルを目にして印象に残ってたので、つい読むことにしたのだが、タイトル以上の内容は無いようだった。
この言葉は爆笑問題の太田光の発言だったらしい。
宮沢賢治からはじまり、日本国憲法の誕生を必要以上に神話化したり、民族学(アメリカ先住民の平和思想の影響?)など、いささか、トンデモ本みたいに感じてしまった。


2014051
【とりあたま帝国】 西原理恵子 佐藤優
★★★ 2013/08/30 新潮社。初出「週刊新潮」2012~13

一、二年遅れの時事ネタ=ババネタでしかないことは百も承知で手に取るのは、ひたすら西原のはちゃめちゃな絵と台詞みたいだけである。前の二冊は佐藤の文章も流し読みしたが、こんかいはほぼ「サイバラ茸」状態(^_^;) 以下の引用も全て©サイバラである。もちろん評点も。( )内はその週の「お題」だけど、ほとんど関係ないな(^_^;)

・シマが小さいのがヤクザ、大きいのが国家(防衛大臣)

・「一途」と書いて「つきあってる相手の悪いとこが一切見えなくなる」と読む。人生最良のちんこまんこに会うまで何股でもかけとけ(二股交際)

・憎しみや悲しみはほうっておくと大きくなる。よく忘れる事ができる私達家族は幸せなんだなあと思う。(小沢新党)

・大切なのは米軍基地の移転なのにオスプレイさえ来なきゃ、どーでも良くなってる日本人(スマホ盗撮急増)

・本を読むと物事を深く考える事ができます、と教わった。でも考えたって間違うし考えこむってしんどいし。ある時から考えこむのをやめました。そしたら楽になりました。もう本も読みません。一生バカでよし。(読書の秋)

・わかったー 悟りってこりゃ老人性のうつびょうだあー(ローマ法王退位)

・ディープ・パープルのハイウェイスターを今聞くとさだまさしのフォークみたく聞こえる。このまま全てがどんどん速くなったら人ってどうなるんだろう。 *正解 溶けてバターになる。(新・歌舞伎座オープン)

2014050
【福島原発メルトダウン】広瀬隆
★★★☆☆ 2011/05/30 朝日選書298。
「東京に原発を」(1981JICC)は衝撃的だった。あれから30年後に、福島第一原発事故が起きたことになるのか。
この30年間、反原発運動は結果を出せず、最悪の結果によって、勢いをとりもどした(>_<) って、何のこったい、である。
本書は事故から2ヶ月後に出版されている。この時点でこれだけ書けるというのはやはり凄い。もっと早く読んでおくべきだった。彼の欧米の裏人脈や謀略論などの著作が苦手で、ちょっと敬遠してたのだ。
しかし、事故直後にこれだけの現状報告(類推を含めてだけど)ができるというのは、さすがで、反原発論客の「真打」といえるだろう。
基本論点は、30年前から変わってなくて(それだってすごいけど)、おっしゃる通りなのだ。
いわば、普通に考えればあたりまえのことが、あたりまえでなくなってることへの憤りと、それが通じないことへの、やや諦観めいた言説の数々。
しかし、問題は、あの決定的事故のあとで、臆面もなく原発推進を目指す政財界の厚顔無恥であり、こうなると、Morris.のようなノンポリも、黙っていてはいられなくなってしまう。
STOP・ザ・原発!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

福島第一原発を襲った14mの津波は想定外ではありません。これは「東京電力が故意に想定しなかっただけ」という悪質な話しであり、「法律的に未必の故意として断罪されることを『想定外』で言い逃れしようとしている」という話です。「津波に負ける原発を40年も運転していた怠慢が天災によって暴かれた」ということなのです。

阪神大震災の時も同様なごまかしが横行していたことを、怒りとともに思い出さずにいられない。

今回の原発事故が起こる前から、そして起こった後も、「放射能の危険性とは何か」という基礎の基礎を省いて、数値だけの議論をしているために、メディアには圧倒的に嘘が多い。
原子力推進の専門家たちは、名の通った医療機関などの肩書を持つ人であっても、被曝の危険性を決して口に出しません。同時に、根拠のある数値を示して「安全だ」とも断言できません。彼らはもともと「放射線の有効利用」を自分の飯のタネにしてきた集団だからです。


メディアも原発利益共同体の一部だろう。

日本のどの原発でも建設予定地の地質調査はおこなわれています。しかし、それはすべて、電力会社が建設候補地を決めてから「その土地が安全である」と証明するためのアリバイ的な調査でしかありません。
電力会社は、地盤が安全な場所を選ぶのではなく、用地が確保しやすく地元が協力的な場所を選びます。そして地質調査をおこなう地質学者・地震学者に対しては、彼らが所属する学会に巨額の支援を行ってきたのです。学者の多くは、実質的に電力会社の顧問として雇われる形となり、ここで学者としての魂を売ります。これでは、調査結果が危険性を示しても「中止」と言えるわけがありません。


石原伸晃環境相の「最後は金目でしょう」というとんでもない発言が、当たり前の世界が厳然として存在してるということか。

日本に原発は、まったく必要ないのです。マスコミに流布するド素人のように無知な停電論議は、もういい加減にやめるべきです。日本人の生活と企業に必要なのは、原発でも放射能でもなく、電気なのです。原発ばかりを宣伝して国民の生命を脅かし、テレビ界を支配して、なおかつ政治家の腐敗、をはびこらせる電力会社に頼らずに、電気が使えるようになるなら、それほど好ましいことはないと思いませんか?
今、日本人が助かるために急いで求められているのは、この国民一人ずつの意識の改革なのです。事実を知ることです。


もう一度、言うぞ。
原発に厳罰を!!!!!!!!!!!!!!!
2014049
【世界一やさしい韓国語初級脱出】八田靖史
★★★ 韓国料理中心のフードコラムニストとして活躍してる著者は最近、「やさしくわかりやすい」韓国語学習書でも人気を集めているようだ。
本書は「世界一やさしい」と冠してるだけあって、たしかにむずかしいところはほとんどない。
200pちょっとで9章に分かれているが、Morris.はこれをほぼ3日で読み上げた。普通の参考書なら、早くても1ヶ月はかかってたから、これは画期的である。
何といっても大きな文字にスカスカのレイアウト、ほとんどが2,3語の例文(^_^;) しつこいくらいの繰り返し。Morris.の選択からは外れそうな一冊だが、こうやってすいすい進むのは快感でもある。
内容的にはこれで初級脱出というわけには行かないのだが、硬いタイプの参考書ばかりやってる学習者が息抜き代わりに読むのに適してるかもしれない。

みなさんが思う「韓国語が話せない」という問題の中には多く「韓国語で話すべきことを持ち合わせていない」という状況があったりしませんか?
普段、日本語で会話をしているときは気づきませんが、特に中身のない会話というのはかんりレベルの高いものです。話題の方向性は無限に広がりますし、相手の出方によって内容もどんどん変化していきます。これを外国語でやろうと思うと、それはも至難の業。なので、僕はこんな提案をしたいと思います。
「相手を自分の得意な話題に引きずり込もう!」
初級段階で会話を弾ませるために、これほど有効な手段はありません。
得意分野の話題を最大限に膨らませ、準備をしておくことで、会話に役立てましょう。話の方向性もある程度げんていできますし、そもそも自分の得意分野なら核となる用語も頭に入っているもの。また、人を変えて同じ話題の会話を繰返すごとで、フレーズや単語の蓄積も期待できます。


こういったコラムも、なかなかに実践的であるし、かなりの達人ぶりをうかがわせる。Morris.もたいていあちらでは、韓国歌謡、トロット、ポンチャックの話題から話が弾むことが多かったもんね(^_^)

2014048
【騙されたあなたにも責任がある】小出裕章
★★★☆
2012/04/10 幻冬舎。
「原発のウソ」「原発はいらない」「原発のない世界へ」などタイトル見れば、どういう立場か一目瞭然の原発関連著書を、3・11以降(正確には2011年5月以降)15冊以上出している、売れっ子反原発の伝道者みたいな存在らしい。
本書は50項の疑問に応える形、Q&Aで、最近多いスタイルである。
「疑問」の幾つかを挙げてみる。

・西日本も汚染されている。文化省は、何故データを公表しない?
・基準の100万倍! ストロンチウムが海を汚染している?
・汚染物質は東電に返却すべき?
・廃炉の方法はいまだわからず。工程表はバカげている?
・「個人の責任追求はやめて欲しい」原子力学会はどこまで無責任なのか?
・「もう帰れない」ことを国は伝えるべき?
・原子力の世界は誰も責任を取らないルール?
・汚染のない食べ物などない。責任に応じて分配すべき?
・有機農法よりも化学肥料の野菜のほうが汚染は少ない?
・一兆円使った「もんじゅ」は1キロワットも発電していない?
・福島第二原発の敷地を核のゴミ捨て場にするしかない?
・騙された人間には騙された責任がある。


共感する項目もあるが、かなり過激?な意見も目立つ。

私は、国会の議員食堂や東電の社員食堂は猛烈な汚染食品で献立を作ればいいと思います。

(^_^;)

すでに地震が起きた翌日の3月12日には、1号機の原子炉建屋が吹き飛んでいるのです。それはすでに、原子炉がメルトダウンしているということを示していました。専門家であれば誰でもわかる事実です。

日本政府の誤った判断で、被害は必要以上に拡大してしまいました。

地震直後の3月12日、原子力安全・保全院の中村幸一郎審議官が、炉心溶融(メルトダウン)について会見で発言しました。「炉心溶融がほぼ進んでいるのではないだろうか」と午後2時には言っているのです。ところがその後、中村審議官は会見にでなくなりました。
保安院の院長は、発表内容を事前に官邸に伝えるように要望する声があったといっています。結局、院長から中村審議官に注意がなされ、それ以来、中村審議官は、会見から姿を消したということです。
その後、、原子力安全・保安院はこの炉心溶融、メルトダウンについて、明言することがなくなりました。ですから後になって、メルトダウンということが公表されたときに、今ごろになって認めるのかと、私たちの怒りがおおきかったわけです。


昨日の東電発表(3号機は13日にはほとんど大部分がメルトダウンしてた)を思うと、上の意見は納得できる。

原子力発電所は、大変効率の悪い蒸気機関です。

火力発電の燃料石油、石炭の代わりに原子力使ってるということで、原理的には大差ないが、危険度は天文学的な差があるということだろう。

電力供給に関していうなら、原発はまったく必要ないと、私はすでにデータをつけて示しています。

原発=電力会社と原発開発企業、そして原子力族議員の打ち出の小槌で、その財源は国民の電気料金である。

2004年8月13日、沖縄国際大学への米軍ヘリ墜落事故で、日本の立ち入り調査ができなかったのは、放射性物質の存在があったからです。米軍はヘリコプターが墜落したとき、すぐにその場を封鎖して放射線検知器を持っていき、一帯を調査して、ヘリコプターはもちろん、墜落した現場の土もすべて掘り返して一切の証拠を消したのです。

これはきちんと把握してなかった。いわゆる、日米地位協定だけの問題ではなかったのか。
2014047
【福島第一原発--真相と展望】アーニー・ガンダーセン 岡崎玲子訳
★★★  2012/02/22。集英社文庫。
*2011年10月14日~16日のインタビューと追加取材によって構成されたもの。著者についてはほとんど知らないが、3・11直後に、福島第一原発の危険度「レベル7」だとCNNで言明したことは何となく覚えている。ウィキペディアの記事を見たら、ほとんど本書の紹介みたいなものだった。
3・11から半年後のインタビューということで、福島第一原発の事故状況を専門家の見地からわかりやすく説明してあるが、それでも、隔靴掻痒の感は免れない。2年後に読むというのが、遅きに失するのだろうけどね(^_^;)

私が訴えているのは、現存する原発を本当に安全に運転できるのか検証し、それが不可能ならば閉鎖すべきだということです。
経営者の関心事は、公衆の健康と安全などではなく、会社の収益なのです。この資産を手放さずに済むか? イメージに汚点がつかないか--。
日本でもアメリカでも管理職のトップは、怪物のような原子炉がどれほどの力を閉じ込めているのか、実感が湧かないのだと思います。学ぶのに25年間かかるのですが原子力分野のキャリアは、現場監督のポストで頭打ちになります。本社で求められるスキルは"金融"です。発電所を止めぬよう、圧力とボーナスがかかっています。(原発の黒い歴史)


原発の本場(^_^;) アメリカでも原子力村の姿勢は似たようなもの、いや、日本の原子力村はそのエピゴーネンなのかもしれない。つまりは「金目」か(>_<)

真っ先に私へ連絡してくる人などいません。取り付く島がなくなってたどり着きます。それでも、ここ5年ほどで10人の内部告発者が全米から問い合わせてきました。私も単独では協力しません。他の技術者として事実関係を検証します。そして地元の議員や弁護士を通じてNRCに報告するのです。そうした策を講じていても私は扇動者だと思われています。
かつて手作業で計算していた頃には、もっと余裕を持たせていました。しかしコンピュタに任せると、出力増大のために余白をあkっとし、ギリギリの状態で運用することになるのです。多くの原発は老朽化し、マージンの限界で稼働しているのが現実です。東電がアメリカの電力会社より特別に悪いという印象は持っていません。日本の原発で作業したことのある知人のアメリカ人たちは、作業の質に驚嘆していました。でも設計に欠陥がある場合、修理が抜かりなくても関係がありません。(規制と安全対策)


マスコミも原子力村の金の圧力に汚染されてるから、反対意見の持ち主を「扇動者」扱いする傾向は顕著である。大学でも、原発批判学者は、なかなか教授にはなれないのは不文律みたいになっている。

日本では小規模な発電を除いて、10社の電力会社が発送電の地域独占体制を築いています。現代において、東西の周波数さえ統一されていないことが信じられません。
今後の課題となるのは蓄電です。需要と供給のバランスをとるたために技術開発を進めるべき分野です。電池とは限りません。リチウムなどのレアアースにもリスクが伴いますから、圧縮空気やコンデンサでも良いでしょう。技術的には実現できるはずですが、問題はグローバルです。貧しい地域の生活水準を上げるには、発電所が必要になります。それは、太陽光かもしれないし、風力か潮力かもしれませんが、いずれにせよ投資の機会を与えて成長させるのです。(脱原発に向けて)

日本の電気の周波数が東西で違うというのは、ずっと疑問に思っていた。地域独占企業の意味深な戦略かとも思う。
本書は成り立ちがインタビューと追加取材の構成ということもあるためか、いかにもレポートっぽいし、翻訳も何かこなれてないという気もする。
それでも、原発の理不尽、矛盾、没義道ぶりを、証明しているように感じた。
明日は広島原爆投下の記念日である。原爆と原発は切っても切れない、というか、同根の問題である。もう一度しっかり把握すべきだろう。
2014046
【ニッポン猪飼野ものがたり】猪飼野の歴史と文化を考える会
★★★☆ 2011/02/25 批評社。
いちおう顔なじみでもある古本屋「あじろ書林」の店主足代健二郎さんが中心になって、とりあえず猪飼野に関するものならなんでもあり、という感じでまとめた一冊である。京大の上田正昭が監修となっている。
エッセイ、インタビュー、考証、論説、詩、短歌、覚書などスタイルもジャンルもごちゃまぜで50篇近くの記事満載である。印象に残ったものをいくつかあげておく。

・猪飼野-- なくてもある街。そのままのままでなくなっている町/金時鐘
・梁石日猪飼野を語る インタビュー
・わたしの「猪飼野著名人番付」/足代健二郎
・猪飼野の風景/足代健二郎
・済州島から猪飼野へ/二宮一郎
・焼肉は猪飼野からはじまった/佐々木道雄
・鶴橋斎場(火葬場)/小林義孝・黒田治
・鶴橋--闇市から商店街へ/藤田綾子
・ケンカと乱闘の猪飼野/足代達紀
・司馬遼太郎・以前/足代健二郎・小林義孝
・バタヤン(田端義夫)と猪飼野/平井良昌
・猪飼野ヘップサンダル小史/曺奎通(チョギュトン)・金康裕(キムカンユ)
・猪飼野エレジー/宗秋月
・猪飼野語り/元秀一
・猪飼野エピソード/呉光現
・朝鮮市場からコリアタウンへ/高賛侑


横綱 司馬遼太郎・松下幸之助
大関 田畑義男・折口信夫
張出大関 西本智実・竹村健一
関脇 マルセ太郎・福本元之助・山田安民・玄月・梁石日・秋山成勲・徳山昌守


上は、「猪飼野著名人番付」の横綱三役である。以下、趙博、アン・ミカ、金時鐘、金石範・金素雲、木村充揮、和田アキ子などの名前が上がっている。

戦後の鶴橋に大規模な闇市が生まれたのは、太平洋戦争末期に鶴橋駅周辺で行われた建物疎開が原因である。
国鉄と近鉄が通じる鶴橋は闇市の「好適地」だった。近鉄は営業路線が長いにもかかわらず空襲の被害が比較的少なかったため、沿線の奈良・三重などから農産物や海産物が次々に積み込まれる闇物資の供給ルートになっていたのだ。
何より鶴橋が特徴的なのは、建物疎開の跡地に出現した闇市を起源とし、今なお戦後の面影をとどめている点である。(鶴橋--闇市から商店街へ/藤田綾子)


本書で一番印象に残ったのがこの藤田綾子という人の鶴橋紹介だった。いろいろ初めて知ることも多かったが、彼女の独立した著書を読んでから引用しよう。

巷間「ヘップサンダル」と呼ばれているのは、足首やくるぶしの掛けるストラップ(ひも)がない「つっかけ」式のサンダルで、「ヘップバーンが履いていたサンダル」の略称である。1953年制作で、翌年日本で初公開された映画『ローマの休日』において、主演のオードリーヘップバーンが履いていたサンダルが呼称の起こりだと広く喧伝されているしかし『ローマの休日』のヘップバーンのサンダルは、ストラップが付いている。これに対して、翌1954年制作の同じくヘップバーン主演の『麗しのサブリナ』で履いたサンダルはストラップがなく「つっかけ」式である。これこそが「ヘップサンダル」の起こりである。
1981年の『統一日報』に連載された「同胞の住む街」で、「猪飼野は同胞のメッカであり、サンダル業界のメッカである」と記されている。この地域一帯で、一時期日本国内の女性用ヘップサンダル生産量の60%を占めていた。
ヘップサンダル業界は、メーカーを中心に、ミシン加工、いちきり、箔押し、裏張り、天巻加工、裁断加工、貼り場、ネーム加工などの10位上の工程があり、それぞれそれを担う下請けによって成り立っている。家内工業のチームワークが命なのである。(猪飼野ヘップサンダル小史/曺奎通・金康裕)

神戸長田区も地震前はサンダル工場がたくさんあった。ヘップサンダルの名がヘップバーンから来たものとは知ってたが、「ローマの休日」と思ってた。

貼子哀史                     宗秋月(チョンチュウォル)

あれは、いつの頃からだったか法儒と愉悦のうちうちに
あたしの日々はひたりびたり

あたしが天職を探すことなく
あたしが天職を探すところなく
あたしの天職はサンダルの貼子さん
あたしの握る掌を恥じるいかつい手はなく
あたしに勝る重労働があるかと思い
あたしに怯える職業病があり血も凍り
あたしは一日じゅう靴の底を舐めまわし
あたしは小さい換気扇にむせび
あたしは接着剤とシンナーにどっぷり浸る
あたしを匂う肉親でなく
あたしを潤う柱とあがめ
あたしをせめぐ歩合制をなんなくこなし
あたしは嫁入り道具にヤットコ忍ばせ
あたしは嫁(かし)いでもロールを握り
あたしは子供の為に働き続け
あたしへ続くあたし あたし
あたしへ追いつく衰えがあり
あたしへ物乞う身体に薬を与え
あたしと腐蝕したエプロンの数々
あたしと工場のひさしは朽ちるを競い
あたしとゴムのりと暮らした一生
あたし、匂いに酔ったまま
あたし、やっと
あたし、天国にいけるわ

(付)
およそ、己が天賦の資質と、ぴったり合致した職業を持つ人間は、この地上に幾人もいまい。
ぶざまに、地をはいずりながら生きてきた私の、職業は、糧を得る為のものであった。
職は、食う為の手段として、私の身体に心に、膠着しているのだが、あえて「私が天職を探すことなく/私が天職を探すところなく」と歌うのには理由がある。
異端を拒否するのは、何も日本人ばかりではない。
かく言う私も、障害を持つ者、極論すればハンセン氏病者、に対して、加害者ではなかったかと、ふるえる程の恥がある。
が、日本列島人の郷土差をこえて、共通する意識、拒絶の原形は、先の戦争に結びつくのだ。
何故、在日があるのか、この自明の理さえ、純血の列島思想に殺されるのだ。
天が配剤する食うための職にさえ日本人社会ではありつけない事を、極当たり前と、受けとめ続けてきた、在日の極く、ありふれた女の一生の、短い、詩を、
  君よ、声を出して読め。
  そして、その優しさに、
  ふるえよ、君よ。(猪飼野エレジー/宗秋月)

「貼子哀史」は、第一詩集『宗秋月詩集』(編集工房ノア 1971年)所収。第二詩集『猪飼野・女・愛・歌』(ブレーンセンター 1911年には(付)を加えて再度採録されている。

詩も素晴らしいが、後に追記の形で付け加え得られた「(付)」という散文の方が余計に心に沁みた。先のヘップサンダル工業の裏の、悲しい現実、が浮かび上がってくる、と共に、日本人にはこの告発に正面から応える義務がある、と思った。

御幸通商店街は1926年に御幸森神社前(現在、生野屋内プールがある場所)に大阪市立公設市場が開設されて以後、次第に発展していった。翌27年には下味原-今里間に市電が開通し、鶴橋駅や猪飼野駅も設置された。32年には国鉄城東線(現、JR大阪環状線)の京橋-天王寺間の高架工事が完了し、鶴橋駅が開業した。
戦後、生野区ではJR大阪環状線に沿って流れていた猫間川が埋め立てられ、58年に道路が完成された。また平野川は大雨が降ると川水が運河からあふれる状態だったため、64年から改修が始まり87年までに完了した。
84年に民団系の韓国大阪青年会議所と日本の大阪JCが御幸通商店街に対し、街の活性化を目指す「コリアタウン構想」を提案した。それを受けて東・中央・西の商店街会長たちが話し合いを行った。
ところが、具体的なことが何も決まっていないうちに、某新聞がコリアタウン構想に関する記事を掲載してしまった。すると内部からも外部からも苦情が続出した。中央商店街快勝宅の電話は鳴りっぱなしの状態になり、「ここを朝鮮人の街にするつもりか」といった民族差別的な発言も出てきた。そのためコリアタウン構想の話は立ち消えになってしまった。在日韓国・朝鮮人に対する偏見がまだ根強く残されていることが如実に現れた出来事であった。(朝鮮市場からコリアタウンへ/高賛侑)


現在のコリアタウンの歴史も、大まかにしか知らなかったので、この記事で色々知ること多かった。
2014045
【憲法なんて知らないよ】池澤夏樹
★★★☆☆☆ 2003/04/30 ホーム社。
タイトルには「--というキミのための「日本の憲法」というフレーズが続く。
これも先日の憲法集会の前に図書館で借りて持っていったもので、こちらは憲法全文が掲載されてるから、それなりに役に立った。
タイトルから、子供にもわかる憲法の本だろうと思ったのだが、メインは憲法全文の「新訳」である。
1946年11月3日に公布された「日本国憲法」の原文は英語で、現行の憲法はそのオフィシャルな日本語訳だった。このことは何となくわかってるつもりだったが、本書には英文も掲載されている。
そして、この英語原文から、池澤なりのスタンスで、正確を期しながら、わかりやすく、こなれた現代日本語に一から翻訳したものらしい。
たとえば、第二章第九条を例にとってみよう。

[英文]
CHAPTERⅡ
RENUNCIATION OF WAR
Article 9.
Aspiring sincerely to an international peace based on justice and order, the Japanese people forever renounce war as a sovereign right of the nation and the threat or use of force as means of settling international disputes.
In order to accomplish the aim of the preceding paragraph, land, sea, and air forces, as well as other war potential, will never be maintained. The right of belligerency of the state will not be recognized.

[現行憲法]
第2章 戦争の放棄
第9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
--2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

[池澤 新訳]
第二章 戦争の放棄
第九条
①この世界ぜんたいに正義と秩序をもとにした平和がもたらされることを心から願って、われわれ日本人は、国には戦争をする権利があるという考えを永遠に否定する。国の間の争いを武力による脅しや武力攻撃によって解決することは認めない。
②この決意を実現するために、陸軍や海軍、空軍、その他の戦力を持つことはぜったいにしない。国というものには戦争をする権利はない。

池澤訳は、いかにも噛み砕いた、子供にでも理解しやすい文体である。上記引用では省略したが、漢字には全てルビがふってある。
あとがきの前に「翻訳について」という10pほどの文章があり、そこにこの九条の翻訳に関連する文言があった。

法律というもの、その大半は専門家に任せておいていい。しかし、アメリカが一方的に始める戦争に日本の自衛艦が参加してよいかどうか、これは専門家が決めることではない。こういう問題については特別の発言権を持つ専門家はいない。誰もが素人の資格で参加して議論をしなければいけない。それが民主主義というものだ。
そのためには「戦争の放棄」について本来の精神が読み取れる、素人のための文体で書かれた、憲法第九条が必要になる。


本書が刊行された直前にイラク戦争が始まっている。上記の「アメリカ」「自衛艦」といった言葉はそれを指しているのだろう。しかし10余年後の現在の日本は、憲法そのものを改変することなしに、解釈の変更、そして「集団的自衛権」の容認という、更なる危機的状態に追い込まれている。

国は人が作る。つまり人々の意思で設計できる。最初に国の形をおおよそ決めた上で、上手に運営する。その指針として憲法がある。
国を戦争の主体としないために、日本の憲法は「国の争いを武力による脅しや武力攻撃によって解決することは認めない」と決めた。
誰が読んでも明快この上ない戦争の否定である。
法律は自然の法則とは違う。自然界ではものは必ず上から下に落ちるし、太陽は東から昇る。だが法律は決めれば自動的に機能するものではない。何を決めても人々がそれを尊重しなければ法律は空っぽの文章にすぎない。
ぼくたちはもういちど、この憲法の精神に返らなければならない。(あとがき)


今こそ、このあとがきの文章を噛み締めなければならない。

久しぶりに英文をタイプしたので、これをGoogle翻訳にかけてみた。

[Google訳]
CHAPTERⅡ
戦争放棄
第9条。
正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に意欲的、日本人は永遠に国家の主権、国際紛争を解決する手段として武力による威嚇または使用などの戦争を放棄する。
前項、陸、海、空力の目的、ならびにその他の戦力を達成するために、維持されることはない。国の交戦権は、これを認めない。


いささか不自然な部分はあるけれど、「戦争放棄」を宣言していることだけははっきりわかる。
2014044
【改憲問題Q&A】自由人権協会編
★★★ 2014/02/04  岩波ブックレット
先日須磨区役所で憲法集会に参加した時、直前に新長田図書館で見つけて、泥縄の参考書として、これを持って行き、ほとんど、集会の間に読んでしまった。ちょうど集会のメイン講演が、現在の憲法と、自民党改正案の比較と矛盾みたいなものだったので、とても役に立った。とはいうものの、中学生(小学生?)から、老人にまでわかるようにと書かれた一冊のようで、読んでるとあまりにまだるっこしい気にさせられる。
主旨も当たり前のことばかりのようだが、この当たり前のことが、見えなくなっている(わざとみないようにしている?)自民党と、それを支持している人たちがかなりの多数いるということ、が、情けなくもある。

自民党の憲法改正案の問題点
1.憲法そのものの根本的理解が間違っている。憲法は「国を縛る鎖」。自民党案は「国民を縛る鎖」。
2.人権の理解が間違っている。
3.「集団的自衛権」の危険を隠し、九条が日本にもたらしている平和の恵みを帳消しにしようとしている。
4.改正手続きの緩和は前提が間違っている。(はじめに)

精神的自由(思想・信条の自由や表現の自由)は、人間がだれでも根源的に持つものです。精神的自由が権力によって侵害されると、自由な思想表現のやりとりができなくなり、民主主義の基盤が崩壊してしまいます。たとえば、原発を推進しようとする国の政策に反対したりデモをしたりする自由が禁じられたら、国民がこの点について判断する材料が欠けてしまいます。
もともと人権は、多数決での結論やその時代の主流の価値観と対立していても、奪ってはいけないものです。河野秩序や公益によって制約できるという考えは、主発点が間違っています。

「日本を守るために、やられたら、やり返す」「いや、日本を守るためには、やられる前にやってしまおう」と勇ましく主張する人たちは、今の世界では自衛権の行使といえども、武力を行使することはとても制限されていること知らないのではないか、と心配になります。


2014043
【秘密保護法は何をねらうか】清水雅彦、臺宏士、半田滋
★★★☆ 2013/12/20 高文研。
無思想、無宗教、脳天気、ノンポリ、政治に無関心、のMorris.のはずだったが、安倍晋三のあまりの「暴走」ぶりに、これは何とかせねばと、六十の手習いならぬ、六十五になっての参考書学習(^_^;)
本書は110pというブックレットみたいなものだが、こういったのに馴れないMorris.には、なかなかはかどらなかった。
とりあえず、ポイントのみの引用でお茶を濁すことにする。引用と言いながら、省略したり、途中跳ばしたり、文言変えたり、箇条書きにしたりと、原文とはかなり違ってるところがある。反則かも知れないが、個人的読書メモということでお目こぼし願いたい。

2012年4月発表の自民党の改憲案(日本国憲法改正草案)では、新しい規定の第9条の2で国防軍の設置と秘密保護法製の制定を求めています。また、同年7月発表の自民党の国家安全保障基本法では、第10条で集団的自衛権行使の解禁と、第3条で秘密保護法制の制定を定めています。さらに、安倍政権が2013年になって国家安全保障会議(日本版NSC)設置の議論をする中で、同会議と秘密保護法制がセットで必要だとの議論が出てきます。ここで優先されているのは、国民の安全ではなく「国家の安全」。その根底には国家が国民の上に立って国民を支配する発想があるのです。(清水)

2007年1月、第一次安倍内閣は、MD(ミサイル防衛システム)など米軍兵器を日本側で保守・整備したいと米政府と交渉を始めました。同年5月、日米安全保障協議委員会(通称「2プラス2」)で、米国側からGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の締結を要求され、同年8月に締結しました。このGSOMIAは日本全体に軍事秘密の保護を義務づけ、漏洩を禁じる包括的なもので、非常に厳格な縛りで、作戦計画、武器技術などあらゆる軍事分野におよび、口頭、文書、写真、録音、手紙、メモ、スケッチなどすべての伝達手段による漏洩を禁じています。
GSOMIAが締結された結果、アメリカの軍事技術が提供され、日本の防衛産業でも米軍の兵器の生産・修理ができるようになりました。たとえば「PAC3(迎撃ミサイル)」は三菱重工がライセンス生産しています。このように、日米が高度な軍事技術を共有するようになると、今度は武器輸出三原則を見直す動きが強まり、日本の軍事技術が国境を越えて拡がろうとしています。
情報をコントロールしようとする側にとって、秘密保護法は非常に都合がいいものです。当然のことですが、防衛大臣だけじゃなくて、事務次官・局長・官房長といった人たちが、「特定秘密」だと知った上で、記者に対して一部を開示して情報操作することができるようになります。一般職員が流したら「アウト」ですが、幹部であれば、武器にできる。これを悪用すれば、自分にとって利益があると思った社にだけ情報を提供して、そして特ダネとして報道させて、既成事実化するということができるようになる。それは今までもメディアと官僚の間で行われてきたことです。
2001年1月にNHK番組改変問題が起きた時、放送前日、当時官房副長官だった安倍晋三はNHK幹部と接触していました。その直後、NHKの国会担当幹部が制作現場に番組改変を命じました。安倍首相にとってメディアをコントロールするのはお手のものなんです。
今、自民党政権に戻って、広報室の統廃合や陸海空幕僚長の定例会見廃止の検討が再開されています。つまり、秘密保護法制定の流れを見ていると、情報漏洩を防ぐ"大義名分"をかかげつつ、情報を絞り込んで、行政の情報発信を減らしていこうという動きと軌を一にしているように感じます。(半田)


1991年の湾岸戦争では多国籍軍への戦費支出や戦後のペルシャ湾への掃海艇の派遣を強行し、1997年の新ガイドラインの締結を受けて、1999年には周辺事態法を制定します。2001年のアフガン戦争ではインド洋などで多国籍軍の支援活動を行い、2003年のイラク戦争後は自衛隊をイラクに派遣するまでにいたります。
2001年の「9・11事件」後のどさくさに紛れて、自衛隊法を改正し、第96条の2に防衛秘密規定を挿入しました。その後も2003年に有事三法を、2004年には有事関連七法を制定します。
さらに、2007年には日米の協定「GSOMIA」が結ばれ、日本には秘密軍事情報の同意のない第三国への譲渡禁止や、アメリカと同等の秘密軍事情報の保護措置、秘密軍事情報取扱資格(セキュリティ・クリアランス)の実施が求められます。


秘密保護法の問題点
1.曖昧な立法事実論--既存の法律でも対応可能であり、秘密漏洩の具体例も不十分。
2.曖昧な形で拡大し続ける秘密--警察の秘密にも拡大。表現が抽象的で法案全体に36もの「その他」がある。これは何でも秘密になる可能性あり。TPP交渉やSPEEDI情報も隠される危険性も。
3.それぞれの人権侵害--適正評価対象者(公務員、民間企業従業員、大学関係者)はプライヴァシー権の侵害。メディア関係者は報道と取材の自由の侵害。国民は知る権利の侵害。裁判になった場合、公平・公開裁判を受ける権利の侵害も。
4.三権分立の否定--対等なはずの三権のうち、行政権だけが突出し、三権分立が否定される。
5.憲法の基本原理の全否定に--秘密保護法は国民主権を否定するもの。民主主義社会にとって欠くことのできない自由な情報の流通を否定する秘密保護法は、民主主義を否定するもの。基本的人権も三権分立も国民主権も否定するもの。


結局、共通番号制度で国家の側に国民の情報を知る権限を保障し、国民のプライヴァシー権を侵害する一方で、秘密保護法で国家のプライヴァシーを保障し、国民の知る権利を侵害する。従来の国家と国民との関係を180度変えることになてしまう。(清水)

2013年の通常国会では、住基ネットの住民票コードをはるかにしのぐ汎用性を持つ個人識別番号法が成立したのに続き、臨時国会では国家安全保障会議(日本版NSC)設置法、そして秘密保護法が成立しようとしているのです。国家の情報を保護し、国民の個人情報収集のシステムが整うわけです。
政府が秘密保護法制を急ぐ背景には米国の要請がある。(臺)


2014042
【週刊とりあたまニュース・とりあたまJAPAN】西原理恵子 佐藤優
★★★☆☆ 201101/30、2012/03/30 新潮社。初出「週刊新潮」
「恨ミシュラン」みたいなスタイルのおちゃらけ時事コラムである。当然Morris.は主に西原の漫画戯文を楽しんだ。
お付き合い中の高須クリニックと松井志摩子がやたら出てくるが、やっぱり西原の毒舌+大ボケは素晴らしい。
2,3年前の話題だけに、賞味期限過ぎのものが多かったが、これはもう、記事の性格上しかたがない。

十三億円持ってる人が数千円使っただけでしょ、んなの気づくのも大変(天安門事件 高須)

親のしつけが悪いんだよこの家はさー(英国王室 西原)

オバマ氏は、米国初の黒人大統領だというが、この表現は誤解を招きやすい。まず、父は黒人だが、母は白人だ。それから米国の黒人の大多数は奴隷の子孫であるが、オバマの父親はケニアからの移民だ。オバマは肌の色は黒人に近いが、大多数の白人と同じ移民の子孫といえる。(佐藤)

選挙って短期間の折伏合戦(西原)

アメリカにとって戦争は「公共事業」だ。日本で自民党政府が箱物をたくさん造ったように、アメリカは定期的に戦争を行う。しかし、いつも戦争ばかり行っているわけではない。そこで軍縮というビジネスがでてくる。地雷を1個製造するのは数百円でできても、じょきょするには少なくとも数十倍のカネがかかる。おいしいビジネスだ。(佐藤)

自由と責任は有料。おごってもらうはめぐんでもらうでそれは乞食のするこった。男も女も年寄りも若いも全員働け。(西原)

依存症は立派な病気で、病気は医者しかみてはいけない。虐待の親は病気だ。必要なのは世間の非難ではなく専門家のみの治療だ。(西原)

あの山の向こうはここよりひどいかもしれない。でもその山をこえた時字を知っているかどうかで、人生は違うと思う。(西原)

大化の改新もテロだしなー 坂本龍馬だってテロリストだしなー で、偉いのは司馬遼太郎。(西原)

東京は筋の文化、大阪は情の文化なんですよ。ちなみに名古屋は? 実の文化。(高須)

2014041
【ケルベロスの肖像】海堂尊
★★★
2012/07/20 宝島社。
「バチスタ」シリーズ6冊め、シリーズ完結篇ということだった。Morris.はこのシリーズも遅ればせながら大部分読んだはずだ。
チーム・バチスタの栄光
ナイチンゲールの沈黙
ジェネラル・ルージュの凱旋
イノセント・ゲリラの祝祭
アリアドネの弾丸

しかし、本作は、何か大雑把でシノプシスを読まされてる気がした。シリーズの主要登場人物が入れ代わり立ち代わりあるいは一堂に会して、お得意の舌戦を繰り広げるし、田口白鳥の凸凹コンビの漫才めいたやりとりもおなじみで、それなりに楽しめるのだが、シリーズの幕引きするために、ばたばたと書かれたもののように見えてしまうのも、この本の直前に高村薫の「冷血」読んだばかりからかもしれない。高村と海堂では、いろんな面で対照的、特にその文体はかたや硬質、かたやおちゃらけである。どちらもそれなりに上手い書き手だと思うのだが、緻密な取材と、綿密な心理描写、手抜きのない高村と、筆に任せて(キーボードだけど)想像力とアドリブででっち上げる海堂のほとんど漫画モードを続けて読むと、そのギャップに唖然とするしかない。


2014040
【輝天炎上】海堂尊
★★★☆☆2013/01/31 角川書店。初出「野性時代」2012~13。
先の「ケルベロスの肖像」と一緒に借りてきて続けて読んだ。
「螺鈿迷宮」の続編で「ケルベロスの肖像」のアナザーストーリー、と帯に書いてある。主人公(語り手)を変えて、ほとんど同じストーリーが繰り広げられる。使い回しというしかない部分も多い。それでも、こちらの方がうんと完成度が高い。
例によってAi(死亡時画像診断)の情宣作品という色合いが濃いが、これは海堂の確信犯的行為である。
Morris.は彼のAに関する著作も読んで、技術的なところはわからないながら(^_^;) 推進すべきだという気分になっている。
海堂作品読むのは、とりあえず、これで打ち止めにしとことう、と思う。
2014039
【冷血】高村薫
★★★☆☆
2012/11/30 毎日新聞社。初出「サンデー毎日」2010~11。
上下巻合わせて600pくらいある。上巻の100pで加害者二人と被害者家族の事件までの推移、200pで警察の捜査と逮捕。下巻は逮捕後の取り調べと判決までと、変則的な構成。
冷血といえばトルーマン・カポーティの作品のタイトルを連想させる。映画化もされて日本でも有名だが、Morris.は小説も読まず映画も見てないが、高 村作品はカポーティのノンフィクションのスタイルを借りたフィクションということらしい。連載時には「新・冷血」というタイトルだったとか。
高村作品を読むたびに、徹底した取材と咀嚼によるリアリズムに、何てすごい描写力だと感心する一方、読むほどに滅入ってくるところがあって、どちらかとい うと苦手な作家に属する。本書では、お得意の警察内部の人間関係や捜査の機微はもちろん。登場人物の一人がひどい歯痛持ちのため、歯科の智識も徹底的にさ らってるらしく、もう一人の登場人物の特技?パチスロに関してもとんでもなく細かい描写があった。
そして二人の登場人物(ほとんど無考えに家族4人殺しを行う)の獄中からの会田刑事への手紙など、作者の文章力のレベルの高さを誇示するくらいのリキの入れ方が感じられる。

ところで、もし大した収穫がなかったら? そのときの気分次第だが、火でもつけてやるか。それこそ一家の大切な思い出というやつを灰にしてやるのが、ああいう上流の家族には最大の罰になる。いやしくも、人の苦痛や生死を生業のネタにしている罰。医療の名の下に、人の身体を平気で切り刻むことのできる神経への罰。そう、誰もがそうと知っていて、けっ して口にしないこと。医者の類はみな変態だ。

事件の被害者家族は母親が歯科医師、父親が口腔外科の医者で、13歳の娘は数学オリンピックにエントリーしようかという秀才というエリート家族で、その描 写も細を穿っていたので、Morris.はこの家族の物語が展開されると思い込んだだけに、事件の急展開には、足元を掬われた気がした。上記の引用は二人 組の地味な方の独言だが、ここの「いやしくも」の使い方はちょっと不自然だと思う。

雄一郎は庁舎前の横断歩道を渡って帰ってゆく二人を見送り、ふと、刑事と相対していた数分 の間に少女たちが光速で老いた、と思った。ただでさえ短い輝きしかもたない少女たちが、身の回りの事件や暴力の現実を知ることで、自分たちの前にあるのが 無尽蔵の未来でなく、存外もろい有限の未来だと知るのはつまらないことだった。

被害家族長女のクラスメート二人から、ネットでの中傷書き込みを何とかして欲しいと頼まれた後の刑事の感想だが、「光速で老いた」なんてのも、筆の滑り過ぎだろうな。

《神戸市長田区駒ケ林町はどんな町? 時間が空いたら返信乞う》と送っておいた私用メールに応えて、元義兄から短い返信もあった。それは曰く『明石出身の事務官に聞いた。古い漁師町で、小さな漁港がある。震災で壊滅する前からさびれていたそうだ。住宅は少しずつ再建されているが、復興住宅へ移った世帯も多く、市道も海岸通りもまったく人けがな い。いまはイカナゴ漁が始まっているが、駒ケ林地区から出ている漁船は少ない。JRからも少し距離があり、昔からある商店街はシャッター通りになっている が、ハイカラな神戸らしからぬ田舎町の風情がある、といったところだ。ひょっとして朗報か?』
いつもながら簡潔で文学的なメールだった。続いて長田署へも何度目かの電話をかけ、窓口の児玉警部補にも現場がどんな土地なのかを尋ねてみた。今後の取り 調べで逃亡生活の詳細は早晩明らかになるはずだが、それにしてもなぜ神戸だったのか、なぜさびれた漁港だったのか、雄一郎は無性に知りたかった。
児玉はいくらか長閑な口調だった。「まあ、一言でいえば、不景気な町ですね震災で出ていった住民が戻ってこないもんで、昼間はどこもかしこも空っぽ。とく に奴さんが住んでいた新聞販売店の寮は、市道からさらに海側に入った海岸沿いにあって、向かいは漁協の倉庫と海です。ほんと、なーんもありません。いまは イカナゴ漁の季節ですけど、駒ケ林の港から出る船は少ないし、仲買の車も来てるんやら、来てないんやら。新聞の配達区域はその駒ケ林、庄田、駒栄、野田の 各地区だったらしいですが、全部海沿いですから、人けのない漁港と油槽所のタンクと、関電の変電所や市の下水処理場の施設を眺めながら、毎日配達の単車を 走らせとったんでしょうな。販売店の話では真面目な働きぶりやったそうですから。ほ東京でもそうやったんですか。そうですか--」
雄一郎は三十年も前、学校の遠足で神戸港の中央突堤から港を一周する遊覧船に乗ったときに見た風景を思い出す。六甲の山々が海岸線まで迫っていて、麓に市 街地が開けた風景は絵はがきのようではあったが、遊覧船が進んでゆく湾内は、川崎重工や三菱重工の造船所に油槽所のタンクが連なる灰色の岸壁が数十キロも 続いてゆくのだった。工場地帯に隣接した長田の小さな漁港はそのどこかにあり、当時出入りしていたのはポンポン船だが、いまはディーゼルエンジンを摘んだ 5トン前後の小型船だろう。また同じころ、明石市の天文科学館のプラネタリウムへも校外学習で行ったが、海沿いを走る電車の車窓から見た垂水や明石の漁港 の風景は、長田のそれとそう違うはずもない。どちらを向いても広がるのは塩臭さと鉄錆と褪色した木材とコンクリートの風景であり、漁具や空いたトロ箱のつ まれた空っぽの魚市場と穂先を並べた漁船たちの先に薄く油の浮いた濃い緑色の海がある。

事件後、地味めの犯人が新聞配達で住み着いたのが、Morris.がしばしば訪れる長田の漁港付近だったのには驚かされた。そしてこの地域の描写がこれま た高村らしくて、つい長めの引用になってしまった。2003年という時代設定だが、現在もほとんど変わってないと思う。しかし、前半の義兄からのメールは 「簡潔」ではあるが「文学的」というのはよくわからない。

そのとき雄一郎が考えたのは、人の死はおおよそ生と区別されて死になるだけで、少しも絶対的なものではない、といったことだった。
しかも死は、つねに生きている者にとっての問題なのだが、そこでも死によってもたらされる喪失感の有無が病院関係者と遺族を分け、死の意味を分けてしまうということが起こる。
そして喪失としての死は、喪失であるゆえに慰めや思い出や感謝の言葉で賑やかに埋められ、ときには謝罪や金銭で埋められて送られるのだが、事故や事件では 死が死のまま、喪失が喪失のまま、むき出しで放り出されるほかない場合がある。そうだ、人間が耐えられないのは、事故や事件の悲惨ではなく、事故や事件ゆ えに死の喪失が慰めや祈りで順当に埋め合わされる機会を失い、むき出しのままそこにあることではないだろうか。


ここらあたりが、本作品のテーマというか、作者が書きたかったところかもしれないが、やっぱり、Morris.にはピンと来ない。相性がよくないんだろうな。
それでも彼女の作品を読まずにいられないのはどうしてだろう?
2014038
【子規、最後の八年】関川夏央
★★★☆☆
2011/03/25 講談社。初出「短歌研究」(2007~2010)。
正岡子規は明治元年(1868)に生まれて明治35年(1902)に亡くなっている。元年生まれだから明治の年数がそのまま年齢に重なる。35歳というと今なら夭折だろうが明治の日本人の平均寿命は諸説があるがだいたい40歳から45歳の間と見られる。それからすると、とんでもない早世でもないし、当時難病であった結核、それも重篤な症状でほとんど寝たきりで8年も生きたというのは、図抜けた生命力だったともいえる。
ほとんど寝たきりの子規の晩年8年間に焦点を絞り、編年形式で、子規とその周りの文学者、知人、友人、家族、そして、その時代の空気、さらには現代まで息づく日本語書き言葉の誕生までを、生き生きと活写した(重弁だけど(^_^;))労作だった。
関川はMorris.と同い年で、80年代後半、「海峡を超えたホームラン」「ソウルの練習問題」など、韓国関連の著作で注目した。韓国にはまりかけたばかりのMorris.にとっては、良き先達と言った感じだった。
そして、日本漫画界の常識を破る傑作「「ぼっちゃん」の時代」の原作者として改めて活目させられた。本書でも漱石は大きな位置を占めているし、重なる部分も多い。
最近は文芸評論関連の著作が多く、林芙美子と有吉佐和子を論じた「女流」などは、彼の目の付け所の良さに感心した。

明治の革命以前の日本は、文明度が低かったわけではなかった。たしかに二百三十年の平和は制度疲労をもたらした。しかし都市文化は爛熟と呼べるまでに高度化した。流通や先物相場は類を見ぬほど発達した。それは商業を活発化させて計算と契約の重要性を限りなく増したから、おのずと識字率は高まり、「出版資本主義」が世界ではじめて成立した。
そこに足りないものは、蒸気機関と大量生産であった。大量生産がおのずともとめる原料供給地と市場、すなわち植民地であった。また植民地を獲得して保守する海運力であった。
世界の海軍力の大きさにおどろいた日本は、ようやく自分が海洋国家であることに気づいた。内陸線に適せぬ国土の防衛とは、すなわち周辺海域の防衛にほかならない。平和的安定から列強の「蛮力」の方向に転換すること、あるいは「蛮力」の世界に身を堕すことはやむを得ざる選択であった。
こうして海軍が生まれた。

子規の友人である秋山真之が日清戦争に少尉として参戦後、明治30年アメリカに留学することを踏まえた、日本の海軍誕生の背景を説明した文章だが、何か司馬遼太郎風だな。司馬の代表作「坂の上の雲」は、正岡子規と秋山真之の二人を中心に明治の日本を描き出した作品だった。

列強との条約改正のためには軍備、すなわち「蛮力」の合理的強化こそ必要なのだと、政府や軍のみならず国民がこぞって考えたとき、日本は「国民国家」となった。
このような空気を吸って秋山真之は長じ、海軍に入ったのだが、わずかに時をおいて、文化の面でも西洋から日本の文物に目を向け直す気運が生じた。永きにわたった「非蛮力」の平和のなかでつくりあげられた文芸、たとえば俳句を分類し、日本人の詩として再構築する仕事にやがて没頭する子規も、同じ空気を吸いつつ別の道を歩んだ時代の子であった。


この持って行き方も司馬風ぢゃ。ネットで見たら2001年に司馬遼太郎賞を受賞してる(^_^;)

清水一家の物語は、大正期には白樺派的「友情」に対する体育会的「兄弟愛」を主張し、昭和初年にあっては知識青年だけに読まれたプロレタリア文学を相対化する役割を果たした陣取り合戦、あるいは変則的ベンチャー・ビジネス集団のおもしろさを提示した清水一家の物語は、サラリーマンものに翻案されて昭和時代が終わるまで日本人に愛された。

広沢虎造の浪花節で大衆の大人気を呼んだ清水次郎長一家の遊侠伝だが、その元は講釈師神田伯山であり、さらに根っこは実際次郎長の養子となったことのある天田五郎(愚庵)の「東海遊侠伝」であり、この天田愚庵と子規は旧知の間柄だったらしい。

神田伯山、広沢虎造、村上元三、マキノ雅弘とつづく清水一家の物語の源流は天田愚庵であったが、欧米化する日本への一般人の側からの反発を物語の動機としたという点では、明治二十年代後半から三十年代前半にかけての子規による俳諧、和歌の復古と革新への意志、すなわち「日本見直し」への衝動と通じるところがあった。

ちょっと強引というか、ステレオタイプでもあるな。

ケンブリッジ大学は、学問の場であるとともに社交の場であった。大陸ヨーロッパからも貴族や富裕階級の子弟がつどうのは、オクスフォード大学もおなじだ。彼らは国境を超えた階級的なつながりをつくり、そうして安全保障をはかるのが19世紀以前の英国とヨーロッパのありかたであった。しかしそのためには膨大な費用がかかったし、日本人はその埒外であった。
ケンブリッジをあきらめた漱石は、ロンドン大学に行ってカー教授と面会した。

漱石のロンドン時代は、かなりに憂鬱なものでもあったらしいが、有名大学が貴族金持ちの安全保障機関というのがそのとおりなのだろう。日本でのエリートの漱石はそうした有名大学には手が届かず中産階級対象のロンドン大学に学ぶことになった。国力の差が歴然としているのだろう。忸怩たる思いもあったのかもしれない。

子規の妹律のことは、後半大きく取り上げられているが、まさに「妹の力」恐るべしである。

「律は理屈づめの女なり。同感同情の無き木石の如き女なり。義務的に病人を介抱することはすれども、同情的に病人を慰むることなし」
叫喚する兄を、まさに「木石の如」く受けとめ、毎日一時間かけて膿だらけの繃帯をとりかえる。便をとり、大量の汚れものを庭先の井戸端で日ごと洗う。そのうえ、あらゆる梶をほとんど言葉なく着実にこなす。兄の看病のためにこの世にあるかのような律に有夫の時代があったとは、ましてそれが二度におよんでいたとは、誰も想像しなかったのである。律は硬い輪郭線を持った女性であった。そしてたいていの人にはその輪郭線しか見えなかった。
「律は強情なり。人間に向つて冷淡なり。特に男に向つてshyなり。彼は到底配偶者として世に立つ能はざるなり。しかも其事が原因となりて、彼は終に兄の看病人となり了れり」
一方律は、家庭内雑務のすべてを担当する「お三どん」であり「一家の整理役」であり、同時に子規の「秘書」であった。子規の原稿の浄書、ときに口述筆記もした。子規はそのたびに、律のもの知らず、漢字知らずにいらだって「女子教育の必要を痛感」したりもしたのだが、律がいなければ根岸の家はまわらず、たちまち自分が困じ果てることはよくわかっていた。実際、律はその献身的な看護と介護で、子規の生命を二、三年は永らえさせたといえるだろう。
「彼は癇癪持ちなり。強情なり。気が利かぬなり。人に物問ふことが嫌ひなり。指さきの仕事は極めて不器用なり。」


「」が子規の文章であるが、これだけの世話を受けて、これだけ言いたい放題して、それでいて両者の結びつきは揺るがないというところが、すごい。

余は今まで禅宗の所謂悟りという事を誤解して居た。悟りという事は如何なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違いで、悟りという事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった。(「病牀六尺」明治35年6月2日付)

死の3ヶ月前にこういう悟りを開くというのも、子規らしいというべきか。

結核は当時死病とみなされた。そのうえ「金食い病気」と呼ばれたのは、絶対安静の長期的入院と、それにつづく転地療法のためであった。抗生物質は発見されず外科手術もいまだ一般化しない時代では、病気の進行を防ぎながら病巣を固めてしまうという消極的な療法しかなかったのである。
(幸田文の)『流れる』の主人公梨花は、子供をなくした中年女と設定されたが、その実彼女は、弟をなくした姉なのであった。「姉の力」のおよばなかった無念さを、大正末年の懐かしい東京の街区の描写とともにあらわした『おとうと』は、いわば結核文学の傑作であった。
『おとうと』に先立つ結核文学の高峰を、私は子規の短文集だと見る。そこに悲嘆の告白、痛みの吐露はあっても、冷静な病状報告と自己観察の方が優先している。
骨に入ってカリエスを起こす結核菌とは、当時の医学では戦いようがない。しかるに、飽くことのない食欲と見物欲、それに表現欲が希望に似た空気を全体に淡く満たす。それこそが子規のパーソナリティであり、また子規が呼吸した時代精神のあらわれでもあっただろう。またその背景に、献身する律の「妹の力」が見え隠れする。かくして病気文学、結核文学はリアリズムの力量を獲得した。


幸田文の「流れる」は読んだが「おとうと」は未読である。しかし、子規の短文を「結核文学の高峰」とはね(^_^;) もっとも、ちゃんと読んでない者があれこれ言う資格はないか。

子規の三十五年の生命は短い。しかし、そこにこめられた意志と守られた内容は濃密である。子規が文芸を志してくれたから、以後の日本の文芸表現はひとつの方向を与えられたのだと、その晩年の仕事と日常を跡づけて実感した。子規とともに過ごした私の数年間も、彼のそれには遠くおよばずとも、やはり濃密であった。(あとがきより)

「墨汁一滴」「病牀六尺」は、一部を引用読みしたくらいだし、子規の俳句や短歌もまともに読んでない。人口に膾炙した句や歌、たとえば「柿食ば鐘が鳴るなり法隆寺」「瓶にさす藤の花ぶさみじかければたたみの上にとどかざりけり」も平凡としか見えない。
メモ撮り忘れたが、子規は「眼高手低」だったとどこかに書いてあった。レベルは違うにしろ、Morris.にもその傾向なきにしもあらず、いや「眼低手低」の類かもしれない。子規の方は、「子規山脈」と呼ばれるほどの多くの俳人、歌人、文学者に信奉され、多大な影響を残したのだから、一度はその切れ端でも、味読しておくべきかもしれない。

2014037
【南冥の雫 満州国演義8】船戸与
一 ★★★☆  2013/12/20 新潮社。巻を重ねるたびに期待して読見始めるのだが、たいていは期待を裏切られてきた。
物語の主人公というか進行役でもある、敷島四兄弟の話が、細切れに入れ替わるので、なかなか筋についていけないMorris.は苛立ちを覚えることがしばしばあった。
本巻は昭和17年(1942)から始まる。太平洋戦争もそろそろ日本のジリ貧が始まる頃である。
満州より、南洋、フィリピン、印度支那、などの戦闘がメインになる。四兄弟の立場も行動もあまり冴えない。
それでもほぼ同時期に読んだ、逢坂剛「さらばスペインの日々」と戦況と時期が重なり、どちらも「後出し」の感があるにしろ、大本営の虚偽報道への批判がなされてるのが興味深かった。

「連合艦隊の動きはアメリカの太平洋艦隊司令長官ニミッツに読まれてたかのようだと東京で飲んだ軍令部第一課所属の中佐は漏らした。あれだけぴったりと昇順の合った迎撃戦は単なる勘や推測で行えるもんじゃない。連合艦隊の発する暗号が完全に解読されているからこそできた迎撃作戦としか考えられんと言うんだよ。日米開戦直前の外交交渉のときもそうだった。暗号が解読されている可能性はどうしても否定できん」
太郎は無言のまま煙草を喫いつづけた。
徳蔵が腕組みを解き、紅茶カップに右手を伸ばしながら言葉を継いだ。
「大本営海軍部の通信部特務班はその疑いを持ちながら本格的な調査を開始してない。ミッドウェー海戦によって海軍省も海軍軍令部も歯車が完全に狂いだした。ちゃちな嘘が罷り通るようになりはじめてる」
「どういう意味です、それは?」
「いくら真珠湾の英雄とは言え、山本五十六聯合艦隊司令長官がミッドウェー海戦の責任を問われないのはなぜだね? 大本営陸軍部の反対を押し切って敢行した作戦が失敗しただけじゃなく、あれほど甚大な被害を出したんだ、ふつうなら更迭されてしかるべきだろう? しかし、大本営海軍部はそれができん。実際には完膚なきまでの敗北なのに、大本営発表はあたかもミッドウェー海戦は勝利だったかのごとく発表した。海戦を制した提督を罷免する理由はどこにもありはしない。暗号解読の疑惑解明もそれと似ている。いいかね、ミッドウェー海戦は買ったことになってるんだ、敗北の原因究明に力がはいるはずがない」
太郎は半分ほど喫った煙草を灰皿のなかに揉み消した。
徳造が冷えた紅茶を啜って話題を変えた。
「スターリンは来年コミンテルンを解散することを決定したらしいが、憲兵隊特高第一課は来月中旬に満鉄調査部の第二次大漁検挙に踏み切ると聞いているが、それに関して何か情報は?」
「まったく何も」太郎は掠れた声で言った。「満州国国務院の日系官僚は存在しないも同然だ」そう呟きながら苛立たしさを覚える。「最近じゃ関東軍の連中すら何の連絡も取って来ようとはしない」

安倍内閣の「戦争の出来る国造り」政策進行中のさなかに、こういった本を読むと、戦争のあまりの愚かしさを再確認するし、無為に奪われる生命のおびただしいさに目が眩みそうにもなる。
美輪明宏が言うように「「戦争」=「大量虐殺」」であることを、常に意識しておかねばなるまい。
このシリーズもまもなく終局を迎えそうだ。本巻ラストでは四兄弟中では一番魅力的な次郎がビルマで孤立して死んだかのように書かれている。そうそう主人公は殺せないだろうと思うのだが……。
2014036
【さらばスペインの日々】逢坂
★★★  2013/11/21講談社。
「イベリア・シリーズ」の7冊目完結編ということになるらしい。Morris.は結局これ全部読んだはずだ。

1.イベリアの雷鳴
2.遠ざかる祖国
3.燃える蜃気楼
4.暗い国境線
5.鎖された海峡
6.暗殺者の森
7.さらばスペインの日々


最初の頃は確かに面白かったような記憶がある。とりあえず初編「イベリアの雷鳴」にはかなりの高い評価を与えている。
どんどん面白みが減り、その分ご都合主義やヘボ筋ばかりが目立ってくる。
本書も出し殻みたいな一冊だった。
何故か4作目の「暗い国境線」はMorris.の読書録から漏れてたようだ(^_^;)。 2006年4月の日記から引用しておく。

-------------------引用ここから--------------------------
【暗い国境線】逢阪剛 ★★★ イベリアシリーズ第4弾ということで、期待して借りてきた。日本、英国、ドイツ、米国などのスパイが暗躍するスペインで、主人公ホクトと相愛のイギリス女性ヴァージニアが、イギリスが仕組んだ偽装情報に翻弄される。
連合軍の攻撃地点を巡るだましあいだが、歴史を知ってる側からすると、答えはわかっているわけだし、謀略戦も裏の裏の裏の裏---を読みあうと、結局は堂堂巡りみたいになって、興味も失せる。あいかわらず、それぞれの登場人物の書き分け、次々に起こる大小事件、正義感と祖国への愛を貫こうとしながら、男女 の愛に流れる主人公の弱さと是認。500pほどの長編だが、ラストも単なる小休止で、このシリーズはまだまだ延々と続けていくぞという著者の意欲?ばかり が感じられる終わり方。
面白いシリーズが継続することに異存はないが、それぞれの巻である程度完結したストーリーを提供して貰いたいものだ。これまでの4 冊の中では一番低い水準のような気がする。
架空の人物(死体)をこしらえて極秘文書を持たせて敵の情報機関をたぶらかす、という、手のこんだやり方は、初めから信憑性に欠けると思う。次作に期待しよう。
-------------------引用ここまで--------------------------



2014035
【国家の謀略】佐藤優
★★★
2007/12/04 小学館。
「SAPIO」連載というだけで、おおよその傾向はわかるだろうが、立ち読みしてちょっと気にかかる部分があったので読むことにした。

陸軍中野学校では、「謀略とは誠」であると教育した。これは日露戦争中、ロシア国内外の革命派に資金・武器援助をし、広報撹乱を図った明石元二郎大佐の基本哲学である。
言い換えるならば、協力者となりうる者の良心と日本の国益が噛み合うような上手な連立方程式を組み、その解をヒュミント専門家と協力者が)共に追求すると いう手法が日本流ヒュミントだ。明石工作ならば、帝政ロシアで圧迫された少数民族の解放と日本軍の勝利という連立方程式である。革命派の内在的論理では「革命的祖国敗北主義により少数民族は解放され、帝政の崩壊により、労働者・農民にとって住みやすいロシアが生まれる」ということになる。

何にでも理屈はつけられるということか? 外交とは屁理屈のつけあいというところがあるのも事実ではある。

スイス公使館は、「ヨハンセン」というコードネーム(偽名)の大物日本人協力者を 抱えていた。この「ヨハンセン」こそが、元駐英大使で、戦後、内閣総理大臣になった吉田茂である。筆者が会った中の学校出身者は、「吉田茂がスパイ容疑で憲兵隊によって逮捕されたのは冤罪ではない。確固たる証拠がある」と断言していた。スイス公使館を背後で操っていたのはイギリスであると筆者は見ている。 戦後、東西冷戦の構造の中で、第2次世界大戦中に日本でアメリカやイギリスが行っていた非合法工作は封印されてしまった。

吉田茂=イギリスのスパイ説(^_^;) 正力松太郎=CIAというのは公然の秘密だけど、占領下で米英の対日工作なんてやりたい放題だったにちがいない。

レーニンは政治家であるので、革命が理論通りに進まないからといって、権力を放り 出してしまうわけにはいかなかった。そこで、革命の潜在力として、中央アジアやコーカサスの少数民族に目をつける。少数民族にはムスリム(イスラム教徒)が多かったので「ムスリム共産主義者」という奇妙な概念すら生まれた。当時のソ連共産党中央委員会機関紙『プラウダ(真理)』には「万国のプロレタリアー ト団結せよ!」、「万国の被抑圧民族団結せよ!」という2つのスローガンが掲げられていた。よく考えてみると2つの概念は矛盾する。プロレタリアートという切り口見た場合、民族には意味がない。どの民族に所属しようともプロレタリアートは味方で資本家は打倒すべき敵だ。被抑圧民族という括りだと、資本家、 プロレタリアートという階級区別は意味をもたなくなる。階級と民族という概念は、結局のところ一方が他方を凌駕する。歴史に照らしてみるならば、民族が階級を凌駕し、ソ連が崩壊したのだ。

立ち読みで興味惹かれたのが上記引用部分だけど、ソ連型共産主義というのはどこか根本的に間違ってたことは間違いない(^_^;)だろう。

インテリジェンスで必要とされるのは、道具主義(instrumentalism)的な知識や技法なのである。インテリジェンスというのは、刺身包丁、ハンマー、ペン、パソコンと同様の道具なのである。
偽札造り、風船爆弾、謀略宣伝など、陸軍中野学校が考案した技法を北朝鮮のインテリジェンス機関は最大限に活用している。確かに技法は共通しているが、そ の根本にある精神が異なる。陸軍中野学校では、「誠心(まことごころ)」を教育の中心に据えて、相手の民族の利益にもなり、日本の国策推進にも資するという厳重な縛りをかけて工作活動を行った。それが、インドネシアやビルマなどの独立につながっていくのである。これに対して、北朝鮮は、金日成・金正日の王 朝を守るためにインテリジェンス技法を用いているに過ぎない。そこには誠心が欠如している。

先の中野学校礼賛の続きで、こうなると、Morris.には着いていけない。

誠心は、インテリジェンス要因や政治家、官僚だけに要求されるのではない。日本人一人ひとりが、現在、自分が取り込んでいる仕事を一所懸命に行うことが誠心だ。この誠心をもつ人物は、自然とインテリジェンスの技法を身につけるのである。

「けっ!!!!!!!」である(>_<)



2014034
【8・15と3・11 戦後史の死角】笠井潔
★★★☆☆
NHK新書 2012/09/10。
1945年太平洋戦争の敗戦の8月15日と、2011年3月11日は、ルーツを一にする日本人の宿痾(ニッポン・イデオロギー)によるものと規定し、戦後から 今日までの日本の歪んだ成長戦略を批判しながら、何をなすべきかを示唆する一冊。NHKからこんな本が出てるというのも意表を突くところである。

(反原発アピールと原爆慰霊碑)両者ともにアメリカの責任を不問に付した上で、「全世界の 人々」、「人類」という架空の立場から「原水爆反対」を訴えているのだが、護憲平和主義の思想的退廃は明確といわざるをえない。アメリカの戦争犯罪を免罪 することは、日本の戦争犯罪の自己免責と表裏の関係にあるからだ。
ここで隠蔽され忘却されているのは、アメリカの戦争犯罪であると同時に、第二次大戦で死亡した日本兵の存在でもある。それはまた、自己保身のため戦死者を 裏切って国民的総転向をとげたおのれの過去をも隠蔽する。


「あやまちはもうくりかえしません」という広島の原爆慰霊碑に刻まれた文言には、以前から??を感じていた。原爆落としたのがアメリカということは自明なのに それに触れないというのがそもそもおかしい。おかしいことを敢えて見ぬふりをするのがニッポン・イデオロギーということなのだろう。

ニッポン・イデオロギーが必然的にもたらした二つの破局、8・15と3・11は、たんに並列的 に存在しているわけではない。「終戦」の歴史的な結果として福島原発事故は生じている。8・15を真に反省し教訓化しえなかった日本人が、「平和と繁栄」 の戦後社会の底部に3・11という破局的な体験が突きつけている意味を真に了解するには、8・15で切断されたように見える戦前日本と戦後日本の錯誤を明 らかにしなければならない。

これが本書を書くことになった根幹だろう。

ゴジラが踏み潰したのは、戦後復興がほぼ完了した時点で日本人の多数派が選ぼうとしていた、対 米従属と引き替えの「平和と繁栄」、戦死者の忘却の上に築かれるだろう「第二の戦後」の支配的理念である。第五福竜丸事件と原水禁運動を出発点とする護憲 平和主義もまた、この支配的理念のため左翼的・反主流的な一部だった。

「ゴジラ」=戦死した日本兵の恨みの塊、という説は、元々あったが、ここまで徹底するべきだろう。

アジア的貧困の克服と近代的理念の実現は一体であると主張する知識人に、大多数の日本人は二面 的な態度で対することになる。貧困からの解放という点で戦後知識人と立場を共有した大衆は、その実現のために進歩主義や啓蒙主義の理念に反する方向をしば しば選択した。
たとえば知識人の護憲非武装や国連平和主義という空論を拒否し、日本人の多数派は対米従属と日米安保体制を支持してきた。戦後日本人が求めた「平和」と は、二度と戦争にまきこまれないことにすぎない。日本の「繁栄」に有益であれば、隣国の戦争被害も黙視する。内心では歓迎するというのが、朝鮮特需から ヴェトナム特需にいたる国民的多数派の暗黙の合意だった。
憲法九条に普遍的な理想を読もうとする戦後知識人とは違って、ほとんどの大衆はそれに実利を託した。軽武装による経済成長という保守本流路線が、吉田茂首 相から田中角栄首相の時代まで、あるいは2009年の政権交代まで支持され続ける。

この構図は、今現在の、安倍体制への日本国民の姿勢に通じるものがあると思う。「九条に実利を求めた」大多数の日本人は、その遺伝子を継いでいるということだ ろう。

日米戦争は日露戦争と根本的に違うことに無理解だったから、日本は「無謀な戦争」に突き進むこ とができた。--自動車の運転経験しか無い人間が、同じようなものだろうと思って訓練もなく飛行機を操縦士墜落したというのが対米戦争の意味するところ だ。さらに問題なのは、21世紀の今日にいたるまで日本の保守も革新も、改憲再軍備も護憲非武装派も、かつてと同じような錯誤のうちにあるという事実だろ う。

自動車の運転も出来ないMorris.にも、この比喩はわかりやすい。日本の保守も核心も夜郎自大だというkとだろう。

われわれ国民はさのみ天皇を崇拝しないが、天皇を利用することには狎れており、そのみずからの 狡猾さ、大義名分というずるい看板をさとらずに、天皇の尊厳の御利益を謳歌している。何たるカラクリ、また、狡猾さであろうか。我々はこの歴史的カラクリ に憑かれ、そして、人間の、人性の、正しい姿を失ったのである。(「続堕落論」坂口安吾)
安吾のいう「歴史のカラクリ」こそニッポン・イデオロギーにほかならない。


うーーーん、安吾、すごい。

敗戦の事実を「終戦」といいくるめ、瑣末な法文解釈で無条件降伏の現実を「有条件」だったと信 じることで、日本人は愚かな自己肯定と卑小な満足感を得たにすぎない。惨めな現実から目を背ける自己欺瞞と理念的保身は、その代償として、さらに惨憺たる 第二の現実を抱きよせてしまう。
3・11とは、8・15をもたらした根拠の原理的な反省を回避し、敗北の現実を曖昧化して出発した戦後日本の必然的な帰結だった。依然として、われわれは 正確な歴史意識を獲得することなく、自堕落なニッポン・イデオロギーに安住している。

Morris.もまたニッポン・イデオロギーの申し子なのかもしれない

沖縄返還交渉の過程で佐藤首相は、極秘のうちに日本の核兵器製造と核武装化の検討を命じる。日 本が核武装する可能性を取引材料として、佐藤はアメリカに沖縄返還を求めた。非核三原則を国会で決議し、NPTに加盟することで当面の核武装はないと安心 させ、その代わりに核抜き沖縄返還をアメリカに迫る。
核武装カードを使った佐藤外交によって沖縄返還は実現されるが、有事の核持ち込みを容認するとの密約で、非核三原則は最初から空文化していた。また米軍基 地撤去という沖縄民衆の切実な要求も、返還の時点から裏切られる運命にあった。
佐藤の政治目的は、日本国家の領土回復だったにすぎない。それを達成するため、沖縄民衆に過重な負担を強いることは計算のうちだった。返還後の沖縄には本 土基地の移転が進められ、県民の基地負担は耐えがたいまでに増大していく。
自民党右派の改憲再軍備派が、対米戦争で国内地上戦の犠牲を沖縄にだけ押しつけ、自己保身のため本土決戦を回避して延命した、無節操な戦争指導層の末裔だ という事実がある。沖縄を戦争の生贄として利用し、占領を集結させるためアメリカに売り渡し本土復帰後も日米安保体制の矛盾をしわ寄せする。自民党の対沖 縄政策は一貫しているし、こうした事態を黙認してきた日本国民にも回避できない責任がある。


おおむね正当な意見だと思うし、沖縄に関してはMorris.にも責任がある。

政治家もマスコミも声を揃えて、北朝鮮の核武装は脅威だという。だが、本当の脅威は、北朝鮮の 核攻撃ではない。福井や新潟の海岸に軒を連ねる原発こそが、最大の脅威だ。北朝鮮が日本海岸の原発を標的として、高速艇や潜水艇で特殊部隊を送りこんでき たらひとたまりもない。旧式ミグ機による自爆攻撃でも同じことだ。原発の破壊による放射能汚染で、日本列島は壊滅するだろう。9・11以降の世界内戦のリ アリティからすれば、これは想定しなければならない最悪の可能性である。

原発が、つまりは自滅的存在だというのは、実にわかりやすい。これはいくら強調してもし過ぎることはないだろう。北朝鮮の核武装より何百倍も危険性が高い。

8・15と3・11。66年の時間的間隔を置いて日本を襲った二つの大破局には、歴史意識の欠 落の結果という共通点がある。
いうまでもなく、未来に向けて進歩する「世界史」とは西欧近代の発明にすぎない。歴史と世界史は同一ではないし、ヨーロッパ以外の地に住む人々を「歴史な き民」と見下してきたマルクスやエンゲルスを含むヘーゲル的進歩主義社たちの傲慢に、それ自体として歴史的真理性があるわけでもない。ピサロやコルテスの 銃と騎馬隊から黒船にいたるまで、非ヨーロッパ地域に世界史は暴力的に到来した。
しかし日本人は、巻き込まれた世界史を歴史的・批判的に捉えることなく絶対化した。その結果の8・15、あるいは3・11である。

「世界史」がどうもヨーロッパ中心の作為的なものだったというのは、清水義範本などで少しずつわかってきたことだが、「世界史が西欧の発明」ということをもう 一度しっかり把握しなくてはならないだろう。

戦後日本は二重の意味で「役に立つ」新型の呪術として、核技術を取り入れた。第一は軍事利用、 第二は平和利用である。「潜在的核保有」という正体不明、意味不明の"国策"によって巨額の資金を投入された原子力研究のオートメーション工場は、外部か らの批判的介入を排除し、福島原発事故まで際限ない自己運動を続けてきた。

核技術=呪術説。言われてみればその通りだったような気がしてくる。

明治期の欧化に匹敵する規模で唐化(中国化)した古代日本は、中国の史書に倣って記紀を編纂する。しかし日本の王権が正統性の根拠としたのは、史書ではな く勅選歌集だった。


史書が歌集に取って代わられた、というのには、いささか異議ありだ(^_^;)

吉本思想の頂点をなす「グラフト国家論」は、今日なお触発的だ。しかし支配的な共同幻想に人工 的な「継ぎ目」を発見しえても、日本人が天皇制国会の呪縛から開放されることはないだろう。「継ぎ目」を消去したのは、侵略した側であると同時に征服され た側でもあるから。両者の共犯関係から吉本は目を塞ごうとする。
耐えがたい屈辱を意識することなく、解放戦争による犠牲を回避できる絶妙の方法がある。敗北を忘却し、侵略者に支配されているという事実を隠蔽してしまう ことだ。支配者は侵略者ではない、はじめから自分たちの主人なのだと思いこめば、屈辱にまみれることもレジスタンスを戦う必要もなくなる。
東條英機をはじめとする少数の軍国主義者が暴力と洗脳で、自分たちを「無謀な戦争」に巻き込んだ。戦争の被害者である日本国民を、軍国主義から開放してく れたのがアメリカだ。マッカーサーに与えられた戦後憲法こそ、わらわれが望んだものだ。
最初はアメリカに「押しつけ」られたとしても、われわれは戦後の歳月を生きる過程で、みずから平和憲法を選びなおしてきた。いまや憲法はわれわれのもの だ。……このようにして「継ぎ目」は、自己欺瞞的に消去されてしまう。
戦後日本が享受してきた対米従属による「平和と繁栄」は、「古代における大衆の総敗北」の、グロテスクなほどに克明な再現ではないだろうか。「古代におけ る大衆」もまた「平和と繁栄」を求めて、みずから「継ぎ目」を消去し、天皇制というグラフト国家を進んで承認した。


Morris.は吉本隆明はあまり読んでない。何か相性が悪かった(^_^;) それで「グラフト国家論」というのも知らずにいたが、「グラフト」は「接木」という意味で、古代日本で稲作文化を持ち込んだ天皇と在来勢力との関係を例えているらしい。そ れと同じようなことを、敗戦後の日本とアメリカの関係に例えているのだろう。

ニッポン・イデオロギーとは、挫折し頽落したアニミズムの精神的基層と、原型をとどめないまで に変形された輸入観念や外来思想の、アメーバのように無定形な複合体である。
ニッポン・イデオロギーの核心として、本書では歴史意識の不在という問題点に注目した。「アジア的停滞」というのはヘーゲル的進歩主義者の偏見で、ヨー ロッパ的な「世界史」だけが歴史なのではない。「つぎつぎになりゆくいきほひ」という原古のアニミズム的精神は別として、イスラムやインドや中国の文化圏 にも、それぞれ固有の歴史がある。
「回天」や「革命」の歴史意識によってヨーロッパの世界史と闘い続けた中国と違って、挫折し頽落したアニミズムを基層とするニッポン・イデオロギーは「変 われば変わるほど変わらない」、ようするに歴史意識がない。


日本人には歴史意識がない(>_<) これはもう、なすすべがないのかも。

火を人類にもたらしたプロメテウスの事業は、核技術によって完成されたのではないか。たとえば 水爆は太陽と同じ核融合のエネルギーを、巨大な破壊力に変える。核分裂の場合も原理的には同じだ。
「核エネルギーの解放という桁はずれの可能性を目の前にしたとき、人類は同時に、人類の歴史を変えてしまいかねないような桁はずれの危険性に直面した」と いう、高木仁三郎の警告はチェルノブイリ事故に続く福島原発事故で現実化された。卑近な利益や有用性に幻惑され核技術をもてあそび続ける限り、さらに決定 的な破局が人類を襲うに違いない。
福島原発の事故で「一神教的技術の生み出したモンスター」に打ちひしがれた日本人は、身についた流儀でこの体験を水に流し、さっさと忘れてしまうだろう か。原発を導入した経緯を厳密に検証することも、それを推進した関係者の責任を厳格に問うこともなく、たんに怖いものに蓋をする。それが挫折し頽落したア ニミズム的心性の自然な反応である。
日本列島を焦土と化したアメリカ軍の戦略爆撃、そして原爆の被災でさえ日本人は自然災害にたいするのと同じ流儀でやりすごした。「俺の死、俺の生命、また 日本全体の敗北、それを更に一般的な、何か価値というようなものに結び附けたい」という悲痛な自問はたちまち忘れられ、二度と戦争は厭だという実感だけが 戦後日本には瀰漫する。


やはり核技術というものは、人類にとってアンタッチャブルな存在なのではなかろうか。

戦後知識人の近代化主義が失効すると、今度は中沢新一のような主張が登場する。日本は欧米のあとを追う必要などない。そもそもユダヤ教に由来する世界観や 歴史意識こそ、原発事故という破局を惹きおこした元凶ではないか。世界に絶対的に外在する神や、最後の審判に向けて進む歴史というユダヤ・キリスト教的な 発送を否定し、神々を敬い自然を敬う日本のアニミズム的基層に回帰すれば、万事うまくいくはずだ……。
文明開化にはじまる欧化主義や近代化主義も、あるいは中沢のような新型の日本主義も、地震/津波と原発事故が突きつけた思想的難問を回避しているにすぎな い。


日本のアニミズム(@_@) 八百万の神々(@_@) 嘘だ!嘘だ!嘘だ!と、否定できれはいいのだけど。これから逃れるのは至難の業だろう。

福島原発事故を体験してさえ、原発推進の立場を捨てようとしない原子力ムラや政財官の守旧勢力 は論外だ。原発は安全か危険か、危険だから反対するという脱原発派も、戦後日本の「平和と繁栄」路線を疑わない点で原発推進勢力と変わらない。危険だから 反対する立場は、相対的な反対派にすぎない。
たとえ安全でも、あるいは安全にしようと努力すればするほど、原発は自由を制限し剥奪する。社会に埋めこまれた下からの権力装置として無限に肥大化するか ら、原発には反対しなければならない。


これが本書の「キモ」である。100%賛意を表明しておきたい。
ゲンパツ反対!!!!

2014033【青銅の悲劇】笠井潔 ★★★☆☆ 2008/07/24 講談社。初出は「現代小説メフィスト」2002 年~07年掲載。
昭和天皇の死期迫る1988年末、東京郊外の富豪鷹見澤家で「冬至の神事」を執り行った当主がトリカブトによる毒殺未遂事件が起こり、探偵小説家宗像、フラン ス語講師ナディア・モガールが事件に巻き込まれながら、謎を解こうとする。「バイバイエンジェル」に始まる「矢吹駆シリーズ」の日本篇第一作ということらしい が、矢吹は直接登場せず、二人の回想として語られるのみ。
毒殺の謎解きのメインになる、神事とその後の会食に用いられた日本酒瓶と徳利のトリックが本書の一つの柱となるのだが、Morris.はそちらはほとんど流し 読みで、宗像と矢吹が深く関わった学生運動とその後の思想遍歴、読書体験、時代・社会・体制・運動への考察、笠井自身の歴史観などを語る衒学的とさえ思わせる 文章の数々が強く印象に残った。
実は先にメモを書いた「オイディプス症候群」より先にこちらを読み終えてた。3月、4月の読書時間中、この2冊が大部分を占めてたと思う。主に、早朝ベッドで 読み続けた。

時間にも昼と夜があるのだろう。霧や吹雪で見通しのきかない時間と、光に溢れて一望監視が可 能である時間とが。1960年代という昼の時間に、禍々しい夜と闇を復活させようと青年たちは街路を疾走した。舗石を剥がし角材と火炎瓶を握りしめた。そ の果てに見えてきたのは想像外の奇妙な風景だったのだ。
敵は白日の時間、安定と反映の戦後社会だった。皇太子の結婚にも見られたように、天皇家は戦後市民の第一人者として国民多数派の自然な敬愛を集めていた。 われわれには山羊のような顔をした丸眼鏡の老人など、はじめは視野の外だった。天皇と天皇家は、たしかに凡庸きわまりない戦後社会の象徴だろうが、その程 度の存在に過ぎないとも思われていた。
しかし、ある時点で天皇は、昼の王とは違う禍々しい夜の王として再発見されたのだ。明治から昭和まで、この国は死と暴力に充満した恐怖の夜を断続的に経験 し続けた。日清戦争から太平洋戦争にいたる対外戦争、そして過酷きわまりない植民地支配。中国をはじめとする対戦国民にも、また日本国民にも膨大な量の苦 痛と死をもたらした十五年戦争は大元帥のもとに戦われた。天皇は昼の王、平和と反映の王であると同時に夜の王、戦争と殺戮の王でもあった。
凡庸で平明きわまりない戦後社会に夜の原理を暴力的に対置しようとした青年たちは、いわば最大のライヴァルとして天皇を発見したのかもしれない。だが、昼 の王にして夜の王でもあるライヴァルに闘いを挑んだ青年たちは完敗した。それから二十年、かつて反逆者を圧倒した王は9月から瀕死の状態にある。

いわゆる「68年革命」の敗北の対立としての「天皇」観である。これが笠井の率直な意見とも思えないが、なかなかにうがった見方だし、昭和の終わりを大きな 時代の転換点と規定するのも、肯ける。

「……イエスは人類を救うため地上に遣わされ、十字架に架けられることで人類の罪を購った神 の子とされます。ようするに聖化され人格化された罪のゴミステバです。新約でイエスが、仔羊と呼ばれていることに注意してください。仔羊、すなわち生贄 (サクリフィス)です。共同体(コミュノテ)の罪や穢れを背負わされ荒野に追放される山羊--贖罪山羊もまた生贄ですね。
もともと生贄とは穢れだから聖なるもので、共同体の罪のゴミステバです。イエスという存在に、キリスト教が自画自賛するほどにユニークなところはありませ ん。ユダヤ教ともキリスト教とも無関係に、犠牲祭儀は地球上いたるところで行われてきました。罪のゴミステバを設けることで、生贄以外の全員が救済される という邪悪なシステムを認めてはなりません。もし全員に罪があるなら、全員が破滅し地獄に堕ちるべきではないですか。」(ナディア・モガール(実は別人) の台詞)

こういった極論を登場人物に吐かせて、読者を戦慄させるのも、笠井の得意技である。イエスを罪のゴミステバと言うフランス女性という設定も、うまい、という か、あざといというか……

学生時代に斑木飛鳥(矢吹駆)は「現象学的思考の核心は、世界を世界の意味に還元すること だ」と語っていた。「世界から実体性という迷妄を剥奪してしまえば、意味の背後にはもうなにもない」と。
友人の言葉に魅せられたのは、それ以前から世界を書割のようなものと感じていたからだろう。あるいは他人を、そして自分自身でさえも書割の前に置き棄てら れた人形のように。人は薔薇色に輝く小さな気泡に閉じ込められた人形だ。世界とは泡の内側に映しだされた幻影にすぎない。われわれは気泡のなかで安楽に暮 らしながらも、心のどこかでは窒息しそうな息苦しさを覚えていた。だから泡を破って外に出ようとしたのだろう。人形が人間になろうとしたのだが、結果は惨 憺たるものだったといわざるをえない。

笠井の分身という感じが強い小説家宗像のモノローグめいた回想。何かボッシュの絵画世界を連想させる。

高校をやめる頃にはアニメから遠ざかり、「鉄腕アトム」でなくドストエフスキーに熱中しはじ めた。サドやロートレアモン、カフカやサルトル、バタイユやブランショにも。当時としては平均的な文学少年だろうが、並行して探偵小説やSFを愛読したこ とがいまの仕事に通じている。大江健三郎や倉橋由美子や安部公房の新作だけでなく、再刊されはじめた夢野久作や小栗虫太郎や久生十蘭も熱心に読んだ。

ここらあたりの読書遍歴は、結構Morris.と重なる部分が多い。ドストエフスキー、サルトル、安部公房にはそれほど深入りしなかったけどね。

「響君と同じような年頃にホイジンガという歴史家の本を読んだ。中世人が少女を薔薇と形容す るとき、それを近代人が思うような文飾として理解してはならないと歴史家は語っていた。中世人にとって、文字通り少女は薔薇であり薔薇は少女だったのだ と。
ホイジンガの本を読んで、はじめて目から鱗が落ちるという言葉の意味が体感できたように思う。そのとき依頼、少女が薔薇として見えるような眼を持ちたいと 願いながら、これまで生きてきたような気さえする」

ホイジンガ「中世の秋」もひととおり読んだはずだが、引用句は記憶にないし、目から鱗も落ちなかった(^_^;) でもなかなか詩的な表現だね。

バブル経済に伴走したのがフランス現代思想とポストモダニズムの奇妙なブームだ。バブル経済 とポストモダン文化の接点には、たしかに「差異化の時代」や「記号の時代」をスローガンにした商業資本が位置している。しかし親から相続した土地があるの でも、広告コピーで荒稼ぎしているのでもない人間にバブル的繁栄は無縁だし、ポストモダニズムの宣伝家とは思想的に対立してきた。

ここらあたりは、本音の吐露かもしれない。

隆夫は死者を出した内ゲバ事件で現行犯逮捕された。私が渡仏する前年のことで、凄惨な事件の ことは新聞で読んだ記憶がある。あの時代に頻発した内ゲバ事件では、ほとんど逮捕者が出ていない。新左翼党派がたがいに潰しあえば公安警察が漁夫の利を得 ることになる。内ゲバは放置する方針だったのだろう。むしろ煽っていたふしがある。

あの運動の只中にいた人間の発言としてみれば、いかにも説得力がある。

「だから、アナキズム革命は必然的に敗北する。民衆蜂起の渦中でユートピアは実現されてい る。それ以外の場所にユートピアなどありえないという徹底的な結論に到達したアナキストは、僕が知る限り一人もいません」
「社会制度としてのユートピアは不可能だというのが、あんたの意見なんだな。数日か数週間か、最大でも数ヶ月しか続かないで敗北するバリケードにだけユー トピアは存在しうると。……ようするに、線香花火革命論だな」隆夫が皮肉そうな薄笑いを浮かべた。
線香花火革命論とからかわれても反論する気はない。間違っているとは思わないからだ。私はもう、人間の自由や開放をシステム化した政治制度や社会制度があ るとは信じない。しかし、それでも民衆蜂起としての革命は、ときとして奇跡のように生起する。

そもそも笠井を読みなおそうと思ったのは浅羽の「アナーキズム」読んだのがきっかけだが、その当の笠井がアナキズム革命=線香花火革命論というおちゃらけに 対する反論は打ち上げ花火革命論だろうか。

私は偽史的なものに飢えていた。60年代後半に次々と復刊された戦前異端作家、小栗虫太郎や 夢野久作や国枝史郎の小説に偽史的なセンスを嗅ぎとって、かろうじて飢餓感を癒していた記憶がある。SFやファンタジーを愛読したのも、似たようなじじょ うからかもしれない。異世界ファンタジーで描かれる「歴史」はむろんのことSF的な未来史もまた一種の偽史なのだから。

これもMorris.の読書歴と重なるところだな。国枝史郎はほとんど読んでないが。

(プラザ合意)直後から円は急騰し、あらゆる輸出製造業が「乾いた雑巾を絞るような」合理化 と経費節減に苦しむことになる。1970年代の石油危機に続いて、自動車や家電を中心とする日本の製造業はプラザ合意による[悲劇」を乗り切ったようだ が、際限ない円高は思わぬ波及効果を生んだ。想像を絶する株高と土地高に支えられた、かつてこの国が経験したことのない好景気だ。
人工的な円高を仕組むため公定歩合は限度を超えて引きさげられ、市中にはカネが洪水のように溢れだした。過激流動性は株や土地への投資に向けられ、天井知 らずに上がり続ける河馬化や地価を目当てに資金は投入され続けた。いまでは日本列島の地価総額でアメリカが二つ買えるとさえいわれている。

突然、こんな近過去の日本経済史の話が出てくるのにも驚かされるが、いわゆるバブル期の簡にして要を得た概説である。

子は成長するに従い、書物を通して知った知的な世界に魅力を感じるようになる。その分、身近 な些事に埋もれて日々をすごしている親が卑称で愚昧な存在に見えてくる。生まれ育った狭苦しい世界から離脱し抽象的で高次な世界に上昇しようとする観念の 自主性を、十代後半の時期に愛読していた同郷の思想家は遠隔対称性と呼んでいた。

この思想家というのは吉本隆明だろう。そういえば浅羽の「アナーキズム」では、吉本にもアナーキズムの要素があるように書いてあった。

皇居は空虚な中心だというロラン・バルトの一言半句を引用し「中心」のない日本文化こそポス トモダンの先端だと夜郎自大な自己陶酔に耽っている。その追い風が、欧米を追い抜いた日本の経済力とバブル的繁栄というわけだ。

これも当時の笠井の本音。

「鷹見澤さんは天皇主義者ではないのですか」
「君のような戦後生まれは知らんだろうが、もともと主義者とは左翼のことだし、天皇制という用語も左翼のものだ。天皇制を支持したり天皇主義者を名乗る右 翼など、まがいものにすぎん。帝が契約を守るかどうかを見定めるため、あの日から生まれた屋敷に引きこもることにしたのだ」
老人の指摘は認めざるをえない。国学や水戸学を源流とする尊王思想は西欧から輸入された「主義」の枠には収まりえない。厳密にいえば「思想」という言葉も 適当ではないだろう。

明治の文明開化期に「発明」されたおびただしい思想・哲学用語の大部分が国学(といっても大部分が中国からの渡来物)とは矛盾するものだろう。

日本人の大多数は第二次大戦をアメリカへの敗北であると思いこんだ。日中戦争の泥沼化によっ て、勝利の展望など皆無の対米戦争に押しやられたにもかかわらず。日本の敗北の裏側には、日中戦争にアメリカを引きこんだ中国側の戦略の勝利が有る。しか し日本人は、この事実を正視することなく再出発した。
第二次大戦の敗北は、アメリカの技術力および産業力への敗北として総括された。神国思想のような蒙昧と日本社会の前近代的で半封建的な遅れを克服し、技術 力および産業力という点でアメリカに追いつくことが国民的目標に掲げられる。この点で戦後社会の保守と革新は、基本的には同じ土俵のなかで経済成長分け前 をめぐる争いを演じたにすぎない。

太平洋戦争は中国に敗けたという指摘は鋭い。戦後日本の米国依存主義も、その本質から目を背けたいという潜在意識のなせる技だったのかもしれない。

生涯独身を選択したわけではないが、たぶんそうなるのだろう。巡りあわせだと思うしかない し、四十歳の正月を一人ですごすことを、とくに寂しいと感じることもない。これまでもそうだったし、これからも同じだろうと思うだけだ。
個人主義的アナキストしての格律は「自業自得の潔さ」だ。人生は好きなように生きたい。共同体の倫理や社会の法に否定されても、この点は妥協できない。と いうか、はじめから妥協の可能性を考慮する気などないのだ。そのようにして四十年を生きてきた。
幸運だったのだろう。同じ格律で生きた二十世紀の個人主義的アナキストは、ほとんどが若くして死んだに違いない。世界戦争と絶滅収容所の膨大な暴力に覆わ れた二十世紀前半と比較して、われわれが生まれ育った世紀後半は平和と安定の時代、高度経済成長と完全雇用の時代だった。だから生の意味をめぐる飢餓感は 際限なく昂進したともいえる。
私が死んだ瞬間この世も消える、それだけのことではないだろうか。

年齢はかなり違うけど、Morris.も生涯独身間違いなしで、特に寂しいとは感じない。「自分が死ねば世界も消える」というニヒリズムはMorris.に も近しい。
「格律」という言葉は知らずにいたが、「大辞林」によると「ドイツ語[maxime]行為や論 理において証明の必要がない基本的な命題。公理。準則。格言。カントの用法では各人の採用する主観的な行為の規則を意味し,普遍妥当的な道徳律と区別され る」とある。 自明のことがらということかな。「自業自得の潔さ」がアナキストにとって自明の理というのは、新自由主義の「自己責任」とは似て非なるものに違いない。

「わたしが知っている矢吹駆はテロリズムを憎んでいた。いいえ、憎んでいたというと少しニュ アンスが違うかもしれない。むしろ絶対に許しがたいものと感じていた。あの人は宗教もヒューマニズムも共産主義者革命も、あらゆる価値観を信じないニヒリ ストですから、暴力を否定しうる思想的な根拠がない。そうした自分に本当は苦しんでいたのかもしれません」

矢吹駆シリーズ初の日本版と謳いながら、当人は結局登場しないままに終わる本作品。この台詞は他者の口を借りて、矢吹(=笠井)の立場を表明したものだろ う。

死を賭けて闇の王に制裁を加えるというヒロイズムには、なにかしら根本的に倒錯したところ、 純真に見えて思想的に腐敗したところがある。それを少年は繊細に嗅ぎ分けていたのだろうか。
とはいえ、朝鮮半島や中国の戦中世代の一人が天皇を暗殺しようとしても、私はとめる気がない。もしも自分が中国人なら、日本人の二千万人ほどを殺さなけれ ば腹の虫が瘉えないと思うだろうからだ。とりあえず、日本の罪の集約点に報復の刃を向けるという発想も理解できなくはない。
ただし報復の権利は、自身が直接の被害を体験した者に限られる。朝鮮半島や中国大陸の戦後生まれが民族の歴史的一体性を振りかざし、親の権利を自分の権利 と思い込むのもまた倒錯にすぎない。

復讐できるのは直接被害を蒙った者に限られ、その親族や子孫が行使するのは倒錯だというのは、朝鮮、中国問題を考える上において、検討すべき点だろう。

探偵小説の犯人は捜査側を誤導するため、しばしば偽の証拠を残す。偽の証拠だと探偵が見破り うるのは、そうなるように作者が仕組んでいるからにすぎない。他の問題系と照合することで証拠の真偽をめぐる決定不能性は回避され、メタレヴェルへの無限 後退はかろうじて阻止される。いい換えれば探偵小説の作者は、物語を固定化されたレヴェルに封じ込めるために作為している。でなければ証拠や手がかりから 出発する確実な推理で、唯一の真実に到達するという読者との約束を守ることができないからだ。
結末で探偵役が、そして読者が到達する事件の真相とは探偵小説の作者が宣言し、読者が信じこむのとは違って「唯一」でも「確実」でもない。提起された謎そ れ自体が、はじめから解けるように作為されているとすれば。

これだけ読めば、笠井の探偵小説論は、読まなくてもわかったような気になる(^_^;) それぢゃ困るだろうけど。

「自由意志を与えられた人間の世界には、そもそも論理など存在しえないのでしょうか。そのよ うに決めてしまえばすっきりできるのですが、困ったことにそういうわけにもいかないのです。わたしたちは日常的に、無数の具体的な判断を下しながら生きて いるのだから。
人間の世界で論理や判断は、まったく存在しないわけではないけれども、数学的論理や物理学的論理とは大きく異なる形でしか存在しえない。人間的世界の出来 事を判断の対象とするとき、わたしたちは数学的論理性と完全に無関係ではないとしても、それとは次元の異なる成否の基準を無意識のうちに用いています」


「観察、仮説、実験という十九世紀的な科学方法論の失効が暴露されたそのときに、まさに探偵小 説の時代は開幕した。厳密な推論で真実に到達しうるという確信が崩壊した瞬間に、理性の英雄として天才型の名探偵が空想の世界で活躍しはじめる。……奇妙 だと思いませんか」
探偵小説読者は作者が創造した架空の楽園で遊んできたことになる。この楽園には外部もメタレヴェルもない。探偵役が決定不能の泥沼に落ちることがないよ う、作者は異なる問題系を二重化、三重化して推理の破綻を回避してきたからだ。だから探偵小説の探偵役が、従って読者が厳密な論理によって唯一の真相に達 しうるという触れこみにはなんの根拠もない。
読者は半ば無意識的に騙されることを選んできたのだろう。王様は裸だ、探偵の推理は温室栽培のひ弱な花にすぎないと叫んでしまえば、幻想の楽園はみるみる うちに色褪せて土台から崩壊するに違いないから。
「わたしの正紳士的な仮説では、日本の二十世紀は昭和に該当し、昭和の終わりは二十世紀の終わりに通じるはず。この世紀は「世界戦争と世界革命の時代」と 称されてきました。革命もまた「アレースの業」だとすれば、二十世紀は青銅の時代だったというしかありません。
天皇を信じて死んだのに、天皇に裏切られ死の意味さえ奪われた無数の日本人がいる。三百万の戦死者のため、天皇より一日でも長く生きなければならない。戦 死者を裏切って自己保身した天皇の行く末を見定めるためには、天皇より先に死ぬわけにはいかない。
戦後昭和の平和と繁栄が虚構にすぎなかったことを、昭和が終わった瞬間に血みどろの屍体で証だてるため、真輔さんは敗戦の日から44年を生き続けてきたん でしょう。もしも鷹見澤家の事件をモデルに探偵小説を書くなら、タイトルは「青銅の時代」で決定かしら」

矢吹シリーズの女ワトソン役ナディアと宗像のやりとりだが、本作の書かれた(書かざるを得なかった)理由をそれなりに総括している。「アレース」とはギリ シャ神話の戦争の神だから「アレースの業」とは「戦争」のことである。「青銅時代」は「戦争の時代」であり、昭和天皇を「戦争」と緊密に結びつける意味で、こ のタイトルを選んだのだろう。



2014032
【オイディプス症候群】笠井潔
★★★☆☆ 2006/10/25 光文社カッパノヴェルズ。2002年3月ハードカバー版刊行。矢吹駆シリーズ第五作。
先日読んだ「アナーキズム」で笠井のアナーキスト的特性が強調されてたので、読みなおすことにしたのだった。
ギリシアクレタ島の離れ小島「ミノタウロス島」のダイダロス館に招待されて孤立した客たちが次々に殺害されていくという設定そのものが、アガサ・クリスティの 「そして誰もいなくなった」のパロディみたいなもので、ギリシャ神話、オデュッセウス、オイディプス王などの古典からユリシーズやらアレクサンドル三部作まで 動員しての薀蓄オンパレードには、ちょっと鼻白むところがあった。
執拗な理詰めの推理も、Morris.にはちょっとついていけなかったのだが、やはり、ここかしこに出て来る、登場人物の、哲学的、現象学的言説には、ついつ いはまってしまった。

「1968年は、1848年に匹敵する世界革命の年だった。48年革命を画期とする一時代 が、百二十年後の68年革命で終焉したともいえる」
百二十年前には、ヨーロッパのみが「世界」で、それ以外の地域は「世界」に属さないとみなされていたのだろう。歴史的な発展と無縁な停滞した諸文明、諸国 民は、たとえインドや中国であろうと世界史の余白に記されたエピソード的な存在にすぎない。うんざりさせられる一面的で傲慢な見方、考え方だが、マルクス を先頭として左翼や革命派までもが世界=ヨーロッパの等式を頭から信じこんでいた。
しかし百二十年後の世界革命は、あらゆる意味で真に世界革命の名に値した。
西側では「豊かな社会」にたいする学生反乱、東側では文化革命や「人間の顔をした社会主義」の主張、そして第三世界では民族解放闘争。1948年にはじま り1968年に終わった一時代とは、「近代」と呼ばれてきた時代なのかもしれない。

「1968年至上主義」は、同時代をほとんど革命的な運動とは無縁にやり過ごしたMorris.にはいささか辟易させられる部分がありながら、忸怩たる思い もある。

「権利主体としての人間は、必ずしも生物学的なホモ・サピエンスと一致しない。南米でスペイ ン人はインディオを大量虐殺したし、オーストラリアの植民者派アボリジニを獣のように銃で狩りたて、笑いながら射殺した。白人植民者にとって原住民の殺戮 は、趣味の狩猟にすぎなかったんだ。このような残虐行為は、ヨーロッパ人がインディオやアボリジニを人間以外の生き物に分類していたからこそ生じえた。ま た、ほんの百年前までアメリカ合衆国では、黒人は人間に属さないものと見なされていた。所有者が黒人奴隷を殺しても、殺人事件として扱われることはなかっ たんだ」
「例えば国家間の戦争で、兵士は敵国の兵士を殺害するね。洗浄における殺人はいかなる国家においても合法的だし、賞賛に値する行為でさえある。戦争という 極端な状況の下で、近代的な国家もまた未開人の共同体と同じように[われわれ]と[彼ら]を敵対的に分割している事実が明らかになる。殺されない権利があ るのは[われわれ]だけだ。敵国の兵士は権利主体としての人間ではない。他の国家に帰属する者は潜在的には人間ではない」

戦争というものはそういうものであり、だからこそ、無条件に戦争は否定されなければならない。

「人間の根本的な存在構造が、論理的に相互性の原理を否定する。である以上、他人を殺しても よいという第一の立場は失効し、第二の立場が確実なものとして残される。私は他人を殺してもかまわないが、しかし他人は私を殺してはならない。これが現象 学的倫理学の出発点になる」

究極の個人主義のようでもあり、ニヒリズムの行き着く先のようでもあるが、それだけでは終わらないものが感じられる。

止揚という狡猾なメカニズムで、批判者や対立者の存在を消去してしまう究極の権力システムこ そ弁証法だと、コンスタンは強い調子で批判する。

このコンスタンの意見も矢吹そして筆者の実感なのだろう。

「権力はモノのように奪いとることのできる実態ではないんだ。権力者や、司令部的な性格の統 制機関が権力を行使するのでもない。権力は無数の点から生じ諸関係のなかで作られ機能する。簡単にいえば、権力は上からではなく下から生じる。家族や共同 体や地域、学校や病院や工場といった日常的な場所から生じる微細な権力が累積され、国家のような全体を統括する巨大権力の基礎となる。きみのように帝国の 権力が植民地を支配し、異性愛者の権力が同性愛者を抑圧しているというのは、まあ伝統的な考え方ではあるけれども正確ではないね」

「草の根権力論」だな(^_^;)

「オイディプス症候群(シンドローム)の病原になるウィルスは人体の免疫機構を破壊する。オ イディプス症候群の典型的な症例は日和見感染なの。じかに患者を殺すのは、カリニ菌やコリプトコックス菌やサルモネラ菌などなど。でも菌に殺意はない。ウ イルスはたんに、人体の免疫機能を弱体化させるにすぎないのだから。この怖ろしい病気には犯人が」いないの。それでも患者は、発病すると急激に衰弱して死 んでしまう」

ウイルスに「未必の故意」はなかったろうか?

パノプティコンとは、18世紀のジェレミー・ベンサムが考案した究極の監獄建築だ。パノプ ティコンの中心には監視塔がある。塔をとり巻くように環状の獄舎が築かれる。獄舎は無数の独房に区分されている。ダジールによればパノプティコン型の規律 権力は監獄だけでなく、軍隊、学校、病院、工場など近代社会のいたるところで作動している。規律化とは実のところ法の領域に属していない。一方で監獄は、 違法行為をした限りでの受刑者を扱うように見える。けれども監獄という規律化のシステムは、受刑者の精神と身体の全体を、社会秩序に反しない従順な主体に 調教し訓育することを企てるのだ。

ダジールというのはミシェル・フーコーをモデルにした哲学者である。ここはもちろんフーコーの「監獄の誕生--監視と処罰」からの援用だろう。これも読まね ばならないのかな。

「中世中期からルネッサンス期に再発見された調査の時代が、現在まで切れ目なく連続している わけではない。近世の古典時代に準備され19世紀近代に確立されたのは、いわば検査を原理とする社会システムなんだ。調査の学は自薦額を源流とする経験科 学だが、検査の学は精神医学、心理学、社会学などで人文科学と呼ばれる。人文科学は一望監視装置(パプティノコン)の時代の新しい知でもある。なにがなさ れたのか、誰がそれをしたのかの調査は背景に退いた。規範を前提として正常か否か、適正か否かの検査が執拗に行われ、諸個人の人生を総体として管理するた めの新たな知が形成される。このようにして、法の支配もまた終焉したわけだね」

「調査」=「経験科学」と「検査」=「人文科学的一望監視装置」の対比。矢吹(笠井)はとことん「調査」の側に立とうとするのだろう。

「責任を負えないことにまで責任を感じてしまうこと、いつも正義の側に身を置いていたいと自 堕落に願ってしまう精神的な弱さこそが「悪」なんだ。
倫理は、「殺してはならない」というところになんかない。たんに殺さない、たんに殺せないという事実が、倫理的なるものの根底にはある。真剣に「殺しては ならない」と思い悩んだ結果、大量虐殺を犯してしまうような逆説の罠に足を取られるんだ」

正義(善意)=悪、という等式が成り立つ恐怖の世界。「殺してはならない」ではなく「たんに殺さない」「たんに殺せない」倫理。うーーーーーーーん、 Morris.には理解不能である。

結局Morris.は、推理小説を読んだのではなく、その一部の以上引用した部分に過剰反応したということになるのだろう。こうなると、小説ではなく、彼の 評論を読まねばなるまい。


2014031
【小熊秀雄詩集】
★★★☆☆ 2004/11/15 創風社。
小熊秀雄(1901-1940)の名前は以前から知ってはいたが、プロレタリア文学への無関心(苦手意識)から、ほとんど無視していた。
小熊の生前の詩集は1935年の「小熊秀雄詩集」と「飛ぶ橇」の2冊のみ。戦後になって、全集や全詩集も何度か刊行されているが現在では入手が困難なた め、本書は手軽な形でほぼ全体をカバーした詩集を提供するものとして編まれたものらしい。現代仮名遣いに直されているのがちょっと残念だったが、小熊自身 はそんなことは気にかけることもないだろう。
芸術至上主義的作品を偏愛してきたMorris.には、すんなり評価できないところがあるが、それでもかなり強烈なインパクトを蒙ったことはまちがいない。

さよなら、さよなら、
さよならと歌う
中野重治よ、君は
最後の決別の歌をうたう
赤まんまの花をうたうなと、
君は人間以外のものに、
事実は人間そのものにも---
最後の否定的態度を示した詩人だ。
君は最後の---
そして私は最初の
肯定的詩人として今歌っている(なぜ歌いださないのか)

中野重治とは深いところで繋がっていたようだ。「赤まんまの花をうたうな」はもちろん中野の「歌」という作品からの引用である。この詩はMorris.もよく覚えている。しかし、小熊は中野の「否定」に対して「肯定的詩人」であることを誇らかに表明している。

どうせ私は植民地生れ
混血児なんだ、
お気にさわったら
御免なさい
理解できなかったら
勝手にしやがれ、(人生の雑種として)


小熊は北海道小樽の生まれである。たしかに北海道は植民地といえなくもない。叙事詩集「飛ぶ橇」の表題作は「アイヌ民族のために」との副題があった。

私は二十四時間の憤りを
たった一時間で粉砕できる
残った時間をみんな
民衆の喜びのために使う、
幸福な歌い手
そのような衝動的詩人だ、
また二十四時間の幸福を粉砕し
一時間で苦痛の歌にまとめあげる、
そのような不幸なマルキストだ
そのような激情の詩人だ、(酔っ払ったり歌ったり)


こういったフレーズがいかにも小熊らしいと言えるのだろうか。なかなかのレトリックだと思うけど。

お前詩人よ
己れの才能に就いての
おもいあがり共よ
天才主義者よ
腹いっぱい糞尿のつまって立った胴体よ、
君等の詩は立派すぎる
おお、りっぱとは下手な詩を書くことだ、
私は才能などというものを
君たちのように盲信しないから
君たちのような立派な下手さで詩を書かない

私は諸君のように
詩と散文の雑種ではない、
私は自由市の純粋種だ
つまりウラルの狼の直系さ
詩型の秩序と韻の反復は
当分あなたにおまかせしよう、(ウラルの狼の直系として--自由詩型否定論者に与う--)


定型詩人、芸術派詩人への切口上。これは後に引く文壇風刺に通じるものだろう。

地下鉄電車の入り口
ふいに砕けて眼を射るのは
電車のスパーク
青はよし
ニヒリストの心
ピイと口笛吹いて
私は呼んだ
私の小犬を、
私の影のかたまりを--(夜の十字路)


電車の青い火花にニヒルを感じる。こういったところに、Morris.は惹かれる。

貧富の明暗
ビアズレイの画のような
白と黒の世界
世の中は黒い月をみつけるほど
なんでも逆になってしまった
恋とは失恋するために--
一生懸命になることだし
生命を縮めるために
生きてゆこうとしている(黒い月)


昭和前期のプロレタリア詩人とビアズレイの取り合わせは、ミスマッチのようでもあるが、ぴったりのようでもある。

僕たちは働く詩人だ
たくさん喰って
太い糞をするよ
君は--男のくせに
女形のように容子ぶって
原稿紙にむかう
月経(つきのもの)でも
あったように
二十八日目に
一篇おつくりになる(気取屋の詩人に)

これも芸術派詩人への剣突だが、労働者であり詩人であることの挟持を「太い糞」に象徴させるあたりが、いかにもぢゃ。

現在--だけが生きることだろう、
過去--そんなものは信じたくない、
僕の過去は自分が踏み荒らし
他人にも踏みあらされてしまった、
未来--そんなものはない
「未来」という言葉が残っているだけだ、
眠っている間も生きていた
そんなことは少しも嬉しくない
眠りから死へ--、
そのまま続いても何とも思わぬ(寝台の歌)


明るい虚無主義というやつか。日本人にとって、ニヒリズムはペシミスティックとは別の範疇にあるもののようだ。

今日私は太陽の御用詩人として、
主として黒点に就いて歌っている、
太陽の黒点で
地球は冷えきった厳寒(マロオズ)よ
そこで私は防寒外套を着こんで立つ
声かぎり熱い声で歌をうたう、
私は革命の御用詩人だ、
詩の一兵卒だ(風の中へ歌をおくる)


「御用詩人」「御用学者」は、悪口としてしか使ったことがなかったので、この、堂々たる「御用詩人」宣言には瞠目させられた。

なにもかにもみんなして
この老婆を馬鹿にしくさる
たのしい朝鮮は何処へ行った。
古い朝鮮は何処へ行った、
神さまや、天が、
朝鮮を押さえつけて御座らっしゃるのか。(長長秋夜)

タイトルには「じゃんじゃんちゅうや」とルビがふってある。昭和10年「詩精神」に発表された長詩。「神さまや、天が」という部分は、日本帝国の神道、天皇のことだろうから、伏せ字にならなかったのが不思議なくらいである。

小熊は小説家に対して反感を抱いていることを表明している。本書には志賀直哉、佐藤春夫、島崎藤村、林芙美子、谷崎潤一郎、武者小路実篤それぞれへの独立 した風刺詩が掲載されているが、70人ほどの文筆家を撫で斬りにした「文壇風詩曲」は壮観だった(^_^;)
全編引用しようかと思ったが、Morris.の知らない作家を除いて、ほぼ2/3を揚げておく。

井伏鱒二は感傷と愚痴でできている。
細々とした文章の長さの中で
眼だけ光らしている小林秀雄
呪われろ、死んでしまえ、深刻好きな君が
地獄行の終電車に乗り遅れた格好だ。
どうだ一米突先の人生が見えるか
君の眼玉はいつもコペルニクス的に転廻している
和製ウナムノ、反対のための反対萩原朔太郎
不吉な哲学は、よく笑う黒い鳥を生んだ
それが三好十郎、君なのだ、
もっと健康で衛生上よろしい喜劇を書いてくれ。
小さな真実を大きな法螺の貝から
鳴らすだけで礼拝される修験者志賀直哉
曾て文学の滝に打たれた
経験をしゃべることがお楽しみ。
随筆の王者のように人々を感心させている
内田百閒、君の文章が
人々をひきつける手品
君が押韻家だということに誰も気がつかない。
保田与重郎は跳ねる仔馬、可愛い哲学者、
君にとっては、もて遊ぶに手頃な哲学
法隆寺の屋根の上の烏は
君よりももっと思索的な糞をする。
わが愛するレコード係林房雄よ、
政府に関心を持っている唯一の文学者
折々針を取り替えることを忘れて古い歌を繰返す記憶の友、忘れることを決してさせない。
村山知義はエネルギッシュな千手観音
右手に小説、左手に戯曲
さらに君は映画にまで接吻した
接吻の責任は君が負え。
何処にでも着陸するエーロプレイン
うち出されて飛ぶ青野季吉はカタバルト
ジャアナリズムは彼の良き航空母艦。
作家よ、僕という風刺詩人を
文壇に住まわせておくな、
復讐鬼を抱いて寝ているようなものだ、
心から怒ることができない
不幸な女、神近市子
僕が幾度眼をこすってみても君は優しい。
山本有三、自由主義の門番
あなたの良心に一応会釈をして通るだけだ。
精々凝った言葉をひねり出すために
りきんでいる北川冬彦
ワキガのような鼻持のならない警句を吐く
僕は君が定型詩をつくるのを永遠に待っている。
小説を書く天分より、若くて乾分を飼う
技倆を賞めよう武田麟太郎
彼は這いまわるリアリズムの子猫共を舐めている。
女の羽ばたきの弱さを売文する林芙美子
神よ、彼女が世界中の男を知っているような口吻をもらすことを封じ給え。
平素は遠雷のような存在
思い出したように作品を堕す
谷崎潤一郎は御神体のない拝殿のように大きい。
依然として布団の中の宇野浩二
立派な顔をもちながら
モミアゲの長さより顔を出そうとしない。
三等品の毒舌を吐く大宅壮一は涙の袋さ
つまるところは人情家さ
センチになるかわりに憤慨するだけさ
もっと悪人になる修行しろ。
詩魂衰えて警察歌をつくる北原白秋
歌壇に盤踞して、後陣を張る
歌壇組みし易しと見えたり。
丸山薫は、だらしのない詩の涎れを
遂に散文の皿でうけた。
高見順は事件屋のように
人生から問題をさがす
彼の小説は読者をなだめるだけで精一杯。
名誉な太宰治
麻痺状態で小説を書くコツを悪用する。
正宗白鳥は皮肉をいうことの楽しみも尽きそうだ。
中条百合子から闘士を見物しようとする
悪い奴が少なくない
精々人情に混線した貴女は美しい。
徳永直は礼賛者と忠告者をごっちゃにしている
この辺で君の名簿を二つに分けたらいい、
君の将来と、君の健康のために。
なんて馬鹿丁寧な人生
島崎藤村のお低頭(じぎ)と謙遜も
度が過ぎれば狡猾となる。
横光利一は小道具の波の音でたくさんだった、
涯々(はるばる9船酔いを味わいに渡仏した
文学者としても旅行者としえも身の程を知らない。
縞ズボンを余りに早く履きすぎた石川達三
文学の社交場で息を切らさしている
文壇の情誼廃れない間は久米正雄は廃れない。
亀井勝一郎は不安の精神を詰めこむ安楽椅子(ソファー)造りになった
岸田國士、彼は悔いを招くために風刺小説を書いた。
短兵急に生きている中野重治
思いつきでなくジックリと懐ろから
取り出したような大きな作品を見せて頂戴。
尾崎士郎、彼の作品は良かれ悪しかれ
これまでは小説に箸のつけ方を知っていたがこれから先のことはわからない。
丹羽文雄は新しい道徳をつくる力もない
通俗から這いあがれない蛾
頭が軽くて、尻が重いところだろう。
中河与一は、波の上でいつも
扇のカナメをねらっている
波も動かず扇も動かねば
もっとよく当るのだが。
小説の嘘のつき方の足りなさ、空想の未熟、
室生犀星の頭の中に
酵母がたりなくなった。
谷川徹三は文学の周囲を巡る謙遜さがある
文学が君の周囲を巡りだしたら読者は一層助からない。
矢田津世子は芥川賞の候補になった
こんどは小熊賞の候補にしてやろう。
舟橋聖一は「飛んだり跳ねたり」
豊田三郎は「起きあがり小法師」
共に行動主義のもとに
ナチオナル・ゾチアリズム、血縁的同胞主義。
河上徹太郎は--蒸留水
三木清は--工業用アルコール
前者は栄養にならず
後者はツンと鼻にくる。
岡本かの子は仏の路を説こうとも
あなたは女臭い許りだ。
藤原定はおちつかない
狐のように後をふりかえる哲学をもつ。
深尾須磨子
コレットとミスタンゲットの写真を抱いて寝る
情熱の色あせるとき頬紅は濃し
彼女はカルコの詩のように
「身を守ることに限りはなし」だ
元気を出しなよ、
そして僕と情死(しんじゅう)しよう。
川端康成のエゴイズムが辛うじて
彼に小説を綴らしている
一人よがりの理解をふりかざして
踊り子と読者を追い廻す。
広津和郎は人生の攻め方を忘れそうだが
文壇の攻め方は忘れない
彼はよく引っ掛ける
論争の刺又をもっている。
チャッカリ屋、吉屋信子
女だてらに原稿料の荒稼ぎ
河童の頭の皿に精々
注いで貰いな
黄金の水を--。
気の利いたことを言う点と
判らないことを判ったふりをする点で随一
文学のダニ芹沢光次郎
中原中也は書くものより
名前の方がずっと詩的だ
そっと尻をさするように人生に触れる
せいぜい温湯(ぬるまゆ)の中で歌い給え
彼にとって詩とは不快感を宣伝する道具だ。(文壇風詩曲)


こういった趣向なら、明治の斎藤緑雨の右に出る者はいないと思うが、小熊もそれなりに踏ん張ってる。中には見当外れや舌足らずもあるが、こういった罵倒に近い文言を公開すること自体が、相当の根性無くしてはできないことだろう。
萩原朔太郎の「ウナムノ」はスペインの哲学者の名前らしい。当時日本でも流行ってたのだろう。深尾須磨子の「カルコの詩」とはフランスの放浪詩人フランシス・カルコだろうか?
2014030
【カシオペアの丘で】重松清
 ★★★☆ 
2007/05/31 講談社。初出は、山陽新聞ほか全国十二紙に2002~2004年にかけて連載。
北海道の炭鉱町での幼なじみ4人組の、人生を通して、生きることの意義を感動的に(^_^;)描いた重松らしい作品といえるだろう。
新聞連載ということで、いかにものストーリー展開が鼻につくが、それなりに巧い作家だと思う。
炭鉱会社創始者を祖父に持つ主人公が癌告知で、余命いくばくもないことを知り、昔の仲間たちと再開、いかに死ぬまでを生き抜くかということを大きな柱に、 やはり死期を迎えた主人公の祖父が、炭鉱事故で多くの犠牲者を出したことへの許しを託して建設した巨大観音への愛憎、4人組中紅一点の女性の愛の遍歴、若 い女性ニュースキャスターとの、世代差、主人公の妻と息子への無限大の家族愛などなど、重松ワールド的小道具満載。
2014029
【アナーキズム】浅羽通明
 ★★★☆☆
 
2004/05/10、ちくま新書。

「名著でたどる日本思想入門」とサブタイトルにある通り、アナーキストのあるいは浅羽がアナーキーと感じた十冊の著書を中心に、それに関連する人物、思想、書物などをカタログ的に網羅した、まさに啓蒙的一冊だった。
とりあえずその十冊を挙げておこう。(Morris.は一冊も読んでなかった(>_<))

1.『大杉栄』(日本の名著46)
2.『黒旗水滸伝』竹中労/かわぐちかいじ
3.『阿智章生命主義と現代』鈴木貞美編
4.『権藤成卿』滝沢誠
5.埴谷雄高作品集3『政治論文集』
6.勝田吉太郎著作集第4巻『アナーキスト』
7.『ミロク信仰の研究』宮田登
8.『方法としてのアナキズム』鶴見俊輔
9.『宇宙海賊キャプテンハーロック』松本零士
10.『国家民営化論』笠井潔

アナーキズムの理想は地上のものではないと認識して、悪なる権力を用いて不完全な人間を統治しながら、アナーキズムの清冽な徹底性をどこかで忘れず、悪なる権力が善を僭称して最悪へ堕してゆかぬよう懐疑の眼を光らせつづける…………
田中美知太郎、猪木正道、勝山吉太郎、あるいは山本夏彦といったサンケイ・アナーキスト戯称したくなる人々は、そうした途を選んだ知識人だった。

山本夏彦にアナーキズム的傾向があることは何となく思ってた。金子光晴にしろ、笠井潔にしろ、Morris.が惹かれる詩人や小説家には、アナーキズム的傾向があるようだ。つまりはMorris.にもその傾向があるのに違いない。

笠井潔は、『テロルの現象学』で、マンハイム、山口昌男、長崎浩らの論説を踏まえつつ、アナーキズム的叛乱とは、世界をふたたび聖なるものへと変貌させ、いまここに「それ自体で充足した完璧な瞬間を創りだす」超越的な生の経験であると断じている。
ここには、アナーキストの、否、あらゆる急進的革命家たちの語らざれる本音が図らずも吐露されていないだろうか。

特に笠井潔に関する言及は大いに興味をそそられた。これまで10冊近く読んだはずだが、どこか消化不良な感じを受けてきた。アナーキズムというフィルタを通して読みなおしてみようと思った。

日常の周期の中でいわば豊作年の先に連続的に願望された「ミクロ世」に対し、むしろ日常を断絶する終末観をはらむ、より千年王国主義的な「世直し」イメージとして宮田登が挙げたのが地震、大津波、大洪水などの破局的自然災害だった。
天災=虐待、世直し意識=脳内麻薬の癒し、千年王国主義=癒しの記憶、アナーキズムなど千年王国主義的革命思想に基づく蜂起=リ・トラウマというアナロ ジーが成立しないか。そしてこれこそは、革命家は蜂起さなかの恍惚をこそ求めていると喝破した大杉栄や笠井潔さえも見透せなかった、革命主義の真の起源で はなかったか。
生涯、暴動の地を恋い求めたバクーニンや大杉は、重度のリ・トラウマ患者だったのかもしれない。同じ症状は、例えば大東亜戦争に千年王国を幻視したかもしれぬ、三島由紀夫、江藤淳、橋川文三、吉本隆明ら「戦中派」にも発現しなかったか。

大恐慌という市場の失敗をフォローすべく生まれたこれら大きな政府自体が、新たな失敗へ陥りつつあったタイミングを背景として、右のノージックなど、リバータリアンと呼ばれる視聴が力を得てくる。
その究極に位置するのが、あらゆる政府機構の民営化を主張して、国家なき社会を展望する無政府資本主義--アナルコ・キャピタリズムなのだ。
そして、このアナーキズムは、欧州のアナーキズムのように個人を抑圧する国家や大資本、反体制権力と闘うのではなく、個人を依存させ隷従させて独立心と創意を奪う、福祉国家、大きな政府こそを敵とする。
『日本型悪平等起源論』で笠井は、この日本的なるものへの違和感を執拗に語る。

問題をあいまいにして先送りする。対立をなあなあで隠蔽する。論理、法、言葉は決して建前以上にはならず、論争も首尾一貫した意見も成り立たず、原則もな にもなく、力関係ではなしくずし的に全てが飲みこまれ流されてゆく……。すなわち「一人ひとりがちょくめんしている問題に白黒をつけ、つねに自分の意志を 表明しなくてはならないという倫理が確立されていない」のだ。

「支配権力が大正時代のように直接の暴力としておしかぶさってこない現在においては、支配権力にたいする被害感を、実感としてえがくことは、ようやく困難 となってきた」(松田道雄) 戦後、日本人は「国家の自由8独立)」自体アメリカへ売り渡し、もっぱら貧困からの自由、戦死からの自由、3K(穢い・臭 い・危険)からの自由を最優先してきた。

本来、アナーキズムは社会主義、共産主義同様、権力による過剰な抑圧へ反撥・抵抗する自我を正当化 したい時、効く薬だった。のみならず、より抵抗の戦いを促進する効力があった社会主義、共産主義がかえって反体制権力の絶対化という副作用を生じた時、強 力な解毒剤として用いられてきた。反面、アナーキズム自体にも、青春期特有の肥大した自我が過剰な自己肯定を求めた際、破滅とデカダンス、テロと暴動の甘 く危険な香りへの依存症へ陥らせる強い中毒性、依存性があり、そこがまた異色の魅力を放ってきた。正しく、セックス、ロックンロールと並ぶドラッグの一種 なのだ。
2014028
【日本社会で生きるということ】阿部謹也
 ★★★
  1999/03/25 朝日 新聞社。
「世間」と日本人/「世間」とは何か/差別とは何か/公衆衛生と「世間」/日本の教育に欠けているもの、という5章で構成されているが、すべ て 93年から 98年にかけての講演記録である。そのせいか、何となく冗長だし、同じことを繰り返し聞かされる(読まされる)ことにもなったが、Morris.の理解力 には このくらい繰り返してくれることがかえってありがたかったかもしれない(^_^;)
「世間」論というのが、気にかかり、95年に講談社現代新書「世間とは何か」を読もうと思ったのだが、灘図書館にはこれしかなかった。

この言葉は万葉の時代からあります。「古今集」や「源氏物語」から日本の文学作品で「世間」と いう言葉が出てこ ない本はありません。それぐらい「世間」という言葉はどこでも出てきます。しかし、その内容は何かというと、これが面白いのです。本来は「ロウカ」という サンスクリット語の翻訳で、ロウカのなかには自然環境も入っています。つまり、山とか川とか海とか宇宙などを「器(うつわ)世間」と言 い、これも自然環境 としての「世間」なんですが、もう一つ人間関係というものが入っていて、これを「有情世間」と書きますが、この二つが仏教用語としては「世間」の内容だっ たのです。ところが、日本に入ってきてからは自然環境の方はだんだんと薄れていって、もっぱら人間関係になります。

Morris.愛用の大辞林には「世間」は7綱目が挙げられている。
1.人々が互いに関わりあって生活している場。世の中。また世の中の人々。
2.社会での交際や活動の範囲。
3.[仏]梵語loka。変化してやまない迷いの世界。生き物(有情世間)とその生活の場としての国土(器世間)などがある。
4.自分の周りの空間。あたり。
5.生活の手段。身代。財産。
6.人と交わること。世間づきあい。
7.(僧に対して)俗世の人。一般の人。

まあ、上記引用部分と大した違いはない。

公共というのは単に場所だけではなくて、例えば、この家の人間がその町を防衛するときに人を一 人出すとか、そう いいうことを全部含めてPublicityと言うのです本来ドイツ語では開かれているという意味です。
日本の公共は「公(おおやけ)」という言葉からきています。日本に公共という言葉が定着しにくいのは、公(おおやけ)が公だと思っている からです。公(お おやけ)というのは大きい家という意味です。つまり、古代から公(おおやけ)というのは天皇家を中心とした支配者の家のことを言います。そのシンボルです
したがって、日本では官と公の区別がつかないのです。官というのは政府と直結している機関をいいます。公というのは、ヨーロッパでは政府 と対立する市民側 の力を言います。


西洋語(特に専門用語)の日本語(漢語)訳は、時として本質を見誤らせたり、曲解させたりすることが多い。[Society 社会」「Individual  個人」など、共に旧来日本には無かった観念をこう訳することによって、何となくわかったような気にさせられてしまったのかもしれない。

日本の学者のなかには建前派と建前派ではない人々がいて、建前派というのは自由と民主主義と人 権を守れと声高に 主張するだけです。問題は、人権問題がしょっちゅう起こっている時に具体的に対応するとすれば、少なくともその人が今よりもいい状態になるということが大 切なんですが、建前派の人々は人権問題の意見を換起すればいいので、そのなかの一人や二人がうまくいかなくてもいいんだと思っている。し たがって、人権問 題として、これをきっかけにして宣伝しようという意志がはっきり出てきて大問題にするのです。大問題にすると解決することもしなくなってしまうことがあり ます。

「大問題にすることによって実際の対処がなされなくなる」という最後の指摘は重要である。

基本的にはヨーロッパ的な観念を用いて教育が行われたのです。そのなかで個人という言葉が教え られて、そこで個 人の生き方について教師は、個性は大事なものだ。したがって一生自分の信念を守って社会がどんなに抵抗しようとも正しいと思った道を行けということを教え たわけです。
これは基本的には建前でしかない教えで、そのために日本の子供たちは大変苦労をして今日にいたっているわけです。


大変とまでは言わないが、かなり苦労した気がするぞ。

自分がどういう「世間」にいるかを知らずに声高にしゃべることは事態を悪化させることが多く、 解決する道にはな らない。そんなことは大人はみんな知っている。これは知恵です。しかし、小学校ではそんなことはいっさい教えない。生徒には、卒業式などで、一人で戦えな どと教えながら、逆のことをすすめるようになる。それが大人になることだと思っているのです。

これが「世間論」だとなると、ちょっと肩透かしである(^_^;)
山本七平の「空気」論に似ているようだ。何となくわかったような、それでも納得出来ないといった意味で。

能力も特になくて個性もなくて、社会のなかで「世間」と相容れずに暮らす道、これもあることは ありますが、これ は相当苦しい道です。
苦しい道というのは、人間にも自尊心というものがありますから、自尊心をそこで満足させることは容易ではないからです。自尊心を失えばで きますが。


これまた、あまりに突き放した言説ではなかろうか。自尊心は「個人」の力量に比例するわけではない、というところが問題かもしれない。
本書はMorris.の期待を満足させるものではなかったようだ。それでも気になる部分はあるので、講演筆記ではない、ちゃんとした著作を読 んでみるべきか も。
2014027
【場末の文体論】小田嶋隆
 ★★★☆
 2013/04/22  日経BP社。毎週 金曜日に更新されている「ア・ ピース・オブ警句」の書籍化である。数カ月前から愛読している。リアルタイム問題の記事が多く、玉石混淆でもあるのだが、時々と んでもなく鋭い意 見があるし、総じて水準が高く、ユニークでもある。
本書に収められたものは、比較的、小田嶋の若かりし時代の体験や回想に通じるものが多く集められているらしい。

何かのついでになにかをやることは、両方の何かにとって不実であるのみならず、二つの作業に向 けて引き裂かれる 本人の精神に、回復不能な消耗をもたらす。だから私はスタジアムの観客席でメールを打ったりしないし、落語を見る時には何も考えない。原稿を書きながら検 索することは、時々やってしまうが、邪道だと思っている。反省している。秘書を雇う甲斐性のないコラムニストは、自分のアタマの中に既に ある以上の原稿を かくべきではない。ウィキペディアの力を借りると、一見、幅の広いテキストを書くことができる。でも、間口を広 げると奥行が寸足らずになる。グロー バル化というのはそういうことだ。玄関だけの家。入り口がそのまま裏口になっている。 住む場所などあろうはずもない。

「ながら族」の典型みたいなMorris.には耳の痛い発言である。それよりも、何よりも、ネット普及でついつい、レファレンスをネット情報 (特に Wikipedia)に頼る傾向は、Morris.に限らないと思う。それへの警鐘は常に心に銘記しておくべきだろう。

「嫌煙権」という言葉が発明されたばかりの1970年代当時、この言葉は、もっぱら「嫌煙権を 主張する神経質な 連中」を揶揄する目的で使われることが多かった。
当時、「嫌煙」という感覚を「権利」であるというふうに考える人間はほとんどいなかった。
だから、追い詰められていたのは、むしろ嫌煙権を主張している人間の方だった。彼らは圧倒的多数の喫煙推進派および喫煙容認派ならびに常 に一定数発生して いる喫煙再稼働派によって取り囲まれ、誹謗論難され、揶揄嘲弄される宿命を甘受せねばならなかった。


ある時期の[常識」が別の時期の「非常識」になる、ということは、しばしば起きる。Morris.自身の価値観だって、かなりの変遷をたどっ ているようだ。

高等教育を受けた親は、子供に与える書物について、定見を持っている。定見とはつまり、無闇に 読ませても仕方が ないということだ。書物が人間を作るわけではない。すこしばかり余計に本を読んだところで鈍物は鈍物だし、人間の中身に変化が生じるわけでもない。このあ たりのことは、ある程度本を読んだ人間なら誰でも知っていることだ。

Morris.も「ある程度本を読んでる」中に入るだろうし、読書の効用についても、同意するしかない(^_^;)

佐野眞一氏は、感情が勝ったタイプの書き方をする人で、それゆえ、ご自身が共感を抱いている対 象について書いた ものは、優れたルポルタージュになる。
でも、嫌いな人物についえて書いた場合は、あまり良い結果に結びついていない。まあ、私の読み方に過ぎないといえばそれまでなのだが、今 回の橋下さん関連 の原稿と、『別海から来た女』は失敗作だったと思う。


例の「週刊朝日」の橋下特集時の記事だろう。結局あの特集は第一回だけで打ち切りになってしまったが、Morris.としては、佐野眞一個人 として橋下を取り 上げた本を書き上げて欲しかった。記事の中の言葉の誤用(すべからく~の使い方)にも触れてあったが、それも、佐野眞一単独なら無かったはず、と信じた い。
2014026
【青春の柳宗悦】丸山茂樹
 ★★★
 2009/07/15 社 会評論社。
浅川巧との関連で、柳宗悦のこともいくらかは知っておきたくなって(一般的には逆順なのだろうが)本書を手に取った。
著者はMorris.と同世代で、ラジオ関西の取締役になった人らしい。副題の「失われんとする光化門のために」は、Morris.も読んだ ことのある「失は れんとする一朝鮮建築のために」(1922年 大正11「改造」9月号)のことだろう。
伝記小説仕立てだが、Morris.の苦手な、時間差攻撃構成で、ちょっと読むのに我慢が必要だった。
浅川巧とのからみは、高崎宗次の著作に準拠してるらしく、目新しいことはほとんどなかったが、宗悦の妻でアルト歌手の兼子のことは、本書でい ろいろ教えられ た。Morris.は兼子のことを、宗悦の妻だから朝鮮での演奏会もやれたのだろうくらいに思ってたのだが、彼女の実力は、日本では飛び抜けたもので、あ る意 味宗悦と結婚したことで、世界的に羽ばたく機会を失った犠牲者とさえ言えるくらいの存在だったらしい。

かつては「声楽の神様」とまで称され、数々のドイツ・リートを歌った。1927年にはグスタ フ・マーラーの歌曲 集『亡き子をしのぶ歌』『リュッケルトの詩による5つの歌』及び『子どもの魔法の角笛』の中の「死せる鼓手」「少年鼓手」を日本初演している(近衛秀麿指 揮、新交響楽団(NHK交響楽団の前身)の定期演奏会)。1928年にドイツへ留学した。ベルリンでのリサイタルではドイツ人を驚愕させ るほどの日本最高 のリート歌手であったが、軍歌を歌うことを頑なに拒否した。1930年に自由学園講師、1933年東京に帰り毎日音楽コンクール審査員。1939年帝国音 楽学校講師。1946年皇居において御前演奏、1950年毎日音楽賞特別賞受賞、1954年国立音楽大学教授、1961年紫綬褒章受章、 1965年日本芸 術院賞恩賜賞受賞、1966年皇后還暦記念御前演奏、1972年日本芸術院会員。
85歳まで公式のリサイタルを続け、その後も数年間は私的な集まりで歌い続けていた。また92歳で亡くなる死の2ヶ月前まで後進の指導に あたっている。こ れは肉体を自身の楽器とする声楽家では普通はあり得ないことであり、世界的に見ても87歳まで演奏活動を続けた声楽家というのは彼女以外存在しないであろ う。(Wikipedia)


たしかに凄い(@_@) 
その他、白樺派同人との交流、濱田庄司、富本憲吉、河井寛次郎など日本陶芸家、イギリス人バーナード・リーチとの親交もそれぞれに興味深かっ た。
末尾の「ご指導ご協力をいただいた方々」の中に「飛田雄一氏(むくげの会)」とあったのでちょっとびっくりした。
2014025
【歴史とは何か】岩村忍
 ★★★
 1972/11/25 中公新 書。
先日読んだ清水義範の「飛びすぎる教室」の歴史の話の中にネタ本として本書が紹介されてたので、中央図書館で借りてきたのだが、どうもぴんと 来なかった。よく まあ、本書から、清水があのような明解な要約が出来たのが不思議にさえ思えた(^_^;)

森鴎外のいう歴史そのままとか、歴史離れとかいう考え方もまた、ほとんど意味をなさない。鴎外 のいわゆる伝記も のは、鴎外自身としてはは歴史そのものと思っていたかもしれないが、実は鴎外はドイツ的実証主義を踏襲したに過ぎなく、しかも客観主義らしく装っただけ で、かれの使用した資料の外的、内的批判はほとんどなされてないといえよう。さらに、鴎外は記録というものの性質を認識していなかった。 (文学と歴史)

これには反論あり。

ヘロドトスは「歴史の父」であると同時に「うそつきの父」だといわれた。『史記』は正史として 最初のものだとい われながら、その構造が厳密さを欠くという批評を受けてきた。(文学と歴史)

この辺りを清水は敷衍してあれだけ面白くしたのかな?

ヘーゲルは、歴史は未来で終るのではなく、現在で終るものだといっている。その意味は、歴史は 過去に起ったこと を対象とする学問であるから、まだ何ごとも起っていないことを対象とすることはできないという意味である。歴史は未来学などとは何の関係もないものであ る。

そうではない、と思いたい。

人類学の3つの傾向。その一つはエートス--集団の基礎的性格--とか、文化要素とか、世界観 とか、パーソナリ ティとか、価値観とかいうような心理学的分析への傾向であり、つぎは文化の型の理論であり、第三はこのような理論に歴史的考察を加えたものである。(社会 学と歴史)

人類学(文化人類学)は20世紀に始まった学問だろうが、これと歴史との相性はあまり良くないような気がする。

中国人は早くから歴史に深い関心をもったが、その目的は故事を知ること、すなわち過去の光に照 らして現在、未来 に対処する参考にしようとするところにあった。史官が君主のことばや、行為を記録したのも、後の君主に対する告戒のためであった。
人間は古い時代から、未来がどうなるかということについて常に不安をもって生きてきたし、未来を予知するために宗教や占卜や超自然的力を 捜し求めてきた。 人間にとって、未来は恐怖でもあり、また希望でもあった。輪廻の思想は目的論のない限り、虚無の思想である。(歴史と未来)


…………なんかもっともらしいことは書いてあるが、一向に面白く無い。
やっぱり清水義範は只者じゃないということだろう。

2014024
【飛びすぎる教室】清水義範 絵・西原理恵子
 ★★★☆☆
 2003/12/16  講談社。
いわゆる、清水の「お勉強エッセイ」シリーズの番外編みたいなもの。
・歴史・料理・幽霊・暦・奴隷・墓・天使・聖書・旅行・宇宙 という10のテーマで、雑談風の薀蓄話である。まあ玉石混交というか、 Morris.の好みに合 うもの合わない物のごった煮みたいなもので、それなりに楽しませてもらった。
清水がこの時期、中東のイスラム世界を集中的に旅していて、そこから得た知識を披瀝したくてたまらない、というのが、全体を通じて感じられ る。確かに、あの地 域への情報が徹底的に不足している日本なので、これは目新しいところがあった。

日本人には西洋のみを世界だと思っているようなうかつなところがあるのだ。
私は趣味の旅をしているうちに、ヨーロッパ史を考えるためには、少なくともイスラムセキアの歴史と突き合わせて、対比しつつ考察していか なくちゃあな、と 思うようになった。その両面から見ていってこそ、本当の世界史が見えてくるのだ。
日本人の西洋崇拝の気分も偏った世界史の一因ではあるのだが、実は、それとは別に、もうひとつ理由があるのだ。全世界史のはずなのに、 ヨーロッパ史と中国 史がついつい二本柱になってしまうことの理由である。
それは、歴史という学問が生れたのがその二つの地方だからなのである。


ヨーロッパ史の元祖ギリシアのヘロドトスの「ヒストリアイ(歴史)」と、中国史元祖前漢の司馬遷の「史記」が「歴史の素」だという、強引な 持って行き方 (^_^;)

今回のこのあたりの話は、」岡田英弘著、文春新書「歴史とは何か」を参考にしている。

歴史とはそれぞれの 文明の自己紹介のようなものか、という気がする。
地中海文明(ギリシア・ローマ文明)は、この世は戦いの繰り返しで、しかしいつも我らが勝ってきた、という自己紹介をするわけだ。その後 のヨーロッパ文明 もその考え方を継承した。
それに対してイスラム文明は、そういう自己紹介にあまり熱心ではなく、神と共にある我らを見よ、というような気分でやってきている。だか ら世界史で語られ ることが少ない。
中国は、ここに正統あり、というような自己紹介を、実状がどうであれ平然と言い続ける文明を持っている。
そして日本は、中国とは関係なくわしらも正統だけんね、ということばかりを言うのである。
そういう、文明の自己紹介こそが、歴史の始まりであり、基本なのだと思う。そうとわかった上で、世界史とつきあい、時には逆の立場の言い 分にも耳を貸して 修正しながら、人間はどんなことをしてきたのかを考えていくのは、興味のつきない勉強である。(歴史の話)


本書の中ではこの「歴史の話」が一番興味深かった。確かに中学、高校で習った「世界史」はつまるところ西洋史と中国史だったもんなあ。「日本 史」は独立してた ものの、言われてみると、西洋史と中国史を日本に移植?したようなものだった。紹介されているネタ本は是非読んでみることにしよう。

人間は、過熱する調理法を知ったのだ。そのおかげで食物の消化がよくなったのだが、そのせいで 人間はそれまで知 らなかった虫歯に悩まされるようになった、という記述を本で読んだことがある。虫歯とは、そういう文明病なのだそうだ。

ほんまかいな? 

「食の起源 メソポタミアとイスラーム」(牟田口義郎 れんが書房新社)によると、今の西洋料 理の起源はメソポ タミアにあるのだという。現在の国名で言えば、ほぼイラクにあたるところで、もう少し広く考えるとトルコ、シリア、イランなどを含む。

こちらのネタ本も面白そうで読みたくなったのだが、神戸市立図書館には蔵書無しとのこと。

餃子は、千数百年前にアフガン北部から中央アジアにかけて居住したトルコ系民族の発明したもの だそうだ。中世、 トルコ系・モンゴル系の騎馬民族がユーラシア大陸を席巻するのだが、彼らの兵糧食が餃子であった。小麦のパン生地でおかずを包んでゆでた餃子は簡便でなお かつ味がよく、栄養もあった。だからトルコ料理のマントゥのほうが、中国の餃子の元祖なのである。
この餃子類は世界各地に伝わっていき、ロシアのワレーニキ、チベットやネパールのモモ、アラブのサンプーサ、インドのサモサ、満州のポポ になり、中国に餃 子が広まるのは満州族支配の清代になってからのことなのだそうだ。(料理の話)


「こなもん」文化も、関西の独擅場というわけではないもんな(^_^;) 元祖、本舗争いはよくあることだが、美味けりゃなんでもあり、とい うことにしておこ う

マルコ・ポーロの旅は一人でしたものではなく、家族といっしょだった。
『東方見聞録』は彼が書いたのではなく、獄中で知りあった別の人間が書いたものである。
まず、第一の旅は、ベネツィアの東方貿易商人マルコの父と叔父さんがしたのである。
1260年、コンスタンティノーブルにいたマルコの父ニッコロと、叔父のマッテオは、商利を追ってクリミア半島に行き、更にキプチャク・ ハーン国にまで足 をのばしたが、戦争が起こって帰れなくなってしまう。やむなく今のウズベキスタンのブハラで待機しているうち、たまたま元朝に行く使者団に誘われて、 1264年、元の都へ行ったのだ。
兄弟はそこでフビライ・ハーンに会い、ローマ教皇への親書を託されて、1269年帰国する。
そして今度は、教皇の返書を元に届けるため、もう一度旅をするのだ。その時に、ニッコロの息子の16歳のマルコが同行した。三人は 1270年に出発し、 1274年に元の夏の都である上部に着いた。
19歳になっていたマルコもフビライ・ハーンに謁見し、その賢さを大いに気に入られる。到着後ほどなく、モンゴル語をマスターし、それだ けではなくペルシ ア語、トルコ語、ギリシア語も読み書きできたマルコはとても重宝な人物だったのだ。
マルコは17年間フビライに仕えた後、1290年に帰国を許され、泉州を出航し、南シナ海、インド洋、アラビア海を経て、イランを縦断 し、黒海経由で 1259年にベネツィアに戻った。行きは北方の内陸ルートで、帰りは南方の海上ルートでという旅行をした最初の人であった。
マルコが帰国してほどない、1298年に、ベネツィアは、貿易上の競合相手だったジェノバと戦争するのだ。マルコは従軍して、ガレー船に 乗って闘うが、海 戦に敗れて捕虜になり、ジェノバの獄につながれた。
その同じ獄中に、ピサの物語作者ルスチケロがいたのだ。マルコの話を聞いて、私が書くから、もっと詳しく話してくれんかね、ということに なって『東方見聞 録』はまとめられたのである。


内容は知らずともマルコ・ポーロの「東方見聞録」は有名で、それが、こんな事情で流布したというのは、ちょっとした驚きだった。
とにかく「面白くてためになる」この手のエッセイは、Morris.としては大歓迎である。
2014023
【ぼくの歌・みんなの歌】森達也
 ★★★☆☆
 2012/08/10 講談社文庫、2007年単行本。
講談社のPR誌「本」に2003年から4年間連載されたもののうち25篇が収められている。
森達也はMorris.より7歳年下だから、取り上げられた曲も微妙にずれてるし、好みもかなりちがっている。内容的にもばらつきがある。

ホテル・カリフォルニア/ライク・ア・ハリケーン(ニール・ヤング)/青空(ブルーハーツ)/赤色エレジ/ペッパー警部/ライク・ア・ローリング・ストーン/レプン・カムイ(ソウル・フラワー・ユニオン)/落葉のコンチェルト(アルバート・ハモンド)/演歌の花道/スカボロー・フェア/かごめかごめ/フォークのカリスマ考/イマジン/ワン・ラブ(ボブ・マーリー)/系図/雨あがりの夜空に/ボヘミアン・ラプソディ/アポロ(ポルノグラフィティ)/過剰な女(中森明菜)/乾杯(友部正人)/勝手にシンドバッド/ボーン・イン・ザUSA/喝采/傘が無い*太字は面白かったり印象に残ったもの。

どんなに科学が進歩しても、僕に見えている黄色が、あなたが見ている黄色とまったく同じだと実は証明できな い。--感覚は共有を拒絶する。徹底して一人称単数の主観なのだ。僕らが感知するこの世界は、電位差や化学物質などに変換された情報がニューロンに伝えら れて投影された脳内現象にすぎない。つまり世界は人の数だけある。--ユクスキュルがしてきしたように、生きものはすべて、自分の身の回りの自然(環境世 界)を、自分たちの都合のいいように加工して感知している。(ペッパー警部)

これはMorris.もずっと同じようなことを考えていた。感覚の個人差がどれほどのものか、想像の域を出ないのだが、相当な差異があるのは間違いないだ ろう。視力で言えばMorris.は強度の近視で、これに老眼が加わってるから、それだけでも弱者ということになるだろう。色好み(^_^;)ではある、 といっても男女関係ではなく、純粋に色々な色への関心は高い。「古色騒然」という歌集ものしたこともあるくらいだが、そこに登場する25の色でさえ、確固としたイメージは持てず、曖昧なままである。
個人の感覚の差だけでなく、たとえばMorris.部屋の画像でも、Morris.のディスプレイと他のディスプレイでは違った色になってるだろう。

警察の階級は、巡査から始まって、巡査長、巡査部長、警部補、警部となる。警部の次は警視で、次は警視正、その次の次の次が警視総監だ。ただしキャリアと呼ばれる国家公務員Ⅰ種試験合格者は警部補からのスタートとなり、二十代半ばで警視になる。(ペッパー警部)

最近堂場瞬一や佐々木譲の警察小説よく読んでるので、簡潔な階級識別として引用。

民族多言語多宗教で歴史が浅い国家だからこそ、アメリカは愛国心というフィクションが必要だった。文字通 りユナイテッド(統合)するために。でも守護を一人称単数の個から正義やデモクラシー、自由などの概念に埋没させることで熱病のように立ち上がるアメリカ 型愛国心は、ナショナリズムの基盤がないだけに、とても脆弱な側面をも併せ持っている。そもそもがプラグマティックな意識も強いから、幻想が破綻した後の 後遺症も大きい。
こうしてアメリカは、暴走と回帰をくりかえす。(落ち葉のコンチェルト)


アメリカの戦争好きに関しては色んな説を聴くが、国名の一部である「ユナイテッドのための愛国心というフィクション」が不可欠だったというのは、わかりやすかった。

「人間の価値は自身からどれくらい開放されているかで決まる」と言ったのはアインシュタインだ。唯我論は子 供の論理と呼ばれている。確かにいい齢をした大人の感覚ではない。でもじぶんからの開放が過ぎれば滅私となる。一人称単数の主語が消える。そうなったとき に人は必らず間違いを犯す。「我々」や「国家」などが主語となり、「凛として」や「毅然として」などの副詞を好み始め、正義と邪悪、被害者と加害者などの 二元論に嵌まりこむ。
その間隙を突いて恐怖と憎悪が増殖し、善意の薄衣をまとった危機管理意識が発動し、正義や国益や愛国心など、粗野で腕力だけは強い用心棒たちが腕まくりし て現れる。戦争や虐殺はこうして起こる。当事者にとっては自衛のつもりなのだ。明確な悪意や加害の意識など必要ない。むしろ後ろめたさを引きずるからない ほうがよい。善意と正義だけで人は人を大量に殺せる。後ろめたさが働かないからだ。(落ち葉のコンチェルト)

まるで安倍政権のやろうとしていることをトレースしたような言説である。

集団化は敵を探す。いなければ作る。大義なき戦争はこうして繰り返される。ただし、マスメディアも含めて様々な表現領域が戦争反対のメッセージを明確に打ち出したベトナム戦争時に比べ、イラク戦争におけるメディアや表現活動の沈滞は凄まじい。(スカボロー・フェア/詠唱)

反戦歌とか抵抗の言説というものの凋落ぶりは、そのとおりである。いまどき「はやらない」ということなのかもしれないが、知らず知らずに去勢されてしまったのではないだろうか。

2001年1月、NHK教育テレビで「問われる戦時性暴力」というタイトルの番組が放送された。
NHKチーフプロデューサーの内部告発によって、この「政治的圧力」の内実が自民党の安倍晋三と中川昭一代議士らの番組への干渉であることが暴露され、さ らにNHKと朝日新聞との抗争にまで発展した。--一連の騒動のきっかけは、何といってもこの模擬法廷の判決が、昭和天皇の戦争責任を追求していたこと だ。修正された番組からは、戦争責任どころか、昭和天皇についての文脈はすべて削除されている。皇室タブーはこれほどに強靭だ。もっとも、強靭にしている のは、他ならないメディアそのものなのだけど。(かごめかごめ)

2001年に起きたNHK番組改変問題の際には、自民党の現職代議士である安倍晋三と中川昭一から政治手的圧力があったかどうかを巡り、朝日新聞とNHK が泥仕合になった。その実態は結局のところ、NHK幹部の政治家に対する「過剰な忖度」の帰結だったと断言できる。ただし、だから政治的圧力はなかった、 とはならない。特定の番組を名指ししながら「公正中立にやるように」と指示したことは、安倍晋三本人とNHK幹部の双方が認めている。一般論ではないなら ばこの指示は、その番組が「公正中立ではない」との前提が必要になる。放送前にその主観を押し付けることを政治的圧力という。(雨あがりの夜空に)


日記にも書いたが、これを読んだ直後に、NHK籾井会長が全理事に辞表を提出させていたことが明らかになった。つまりは安倍晋三のNHK私物化作戦にほかならない。これが上記引用の事件に繋がることは明白である。

現代は、あなたが「イマジン」を歌った時代に比べて、メディアが著しく発達した。ネットを使った大規模なプ ロパガンダが可能になり、同時多発テロでWTCビルが崩落する衝撃的な映像を世界中が共有した。だからこそ危機管理意識が劇的に流通し、仮想的の危険性は 肥大し、アメリカによるイラク侵攻の大義がまったくの虚偽であったことが明確になった今も、世相はかつてのようには反応しない。情報に飽和しながら情報に 踊らされ、反戦歌も唄われない。若者たちも体制に不満を唱えない。
でも大事なことは、人を殺すなというメッセージが持つ正しさだ。おそらく世界は、これからもっと殺伐したものになる。なって欲しくはないけれど、このままではそうなる。だからこそ「イマジン」は、ますます重要な曲になる。(イマジン)


ここらあたりが森達也の正直なところだろうし、弱点なのかもしれない。Morris.はジョン・レノンは好きだが、世間の「イマジン」至上主義みたいなものにはちょっとついていけないものを感じていた。
佳い曲だと思うし、歌詞にも賛同するにやぶさかではないのだが、これを歌ったり聴いたりすることが一種の免罪符になっているのではないか? そんな風に思うことこそMorris.の偏固さなのかもしれないが、この際正直な気持ちを表明しておきたかった。
2014022
【台所のおと】幸田文
 ★★★☆
 1992/09/28 講談社。
昭和31年から45年に発表された短編「台所のおと」「濃紺」「草履」「雪もち」「食欲」「祝辞」「呼ばれる」「おきみやげ」「ひとり暮し」「あとでの話」の10篇が収められている。
病気や貧乏や結婚離婚などのテーマで、長さもまちまち、随筆風のもの私小説風のものなど様々だが、表題作が一番良かったかな。

だがまた、これはどういうことだろう。愛情をみつめれば心はひそまるものを、重病に眼をむければ、ひそまっ ていた心は忽ちたかぶり緊張し、気持ちに準じて手足も身ごなしも、きびきびと早い動作になろうとする。そしてそれはなかなかに悪くない感じなのだった。軽 快であり、なにかこう、勇んでいるような趣きがあった。気高くなったような気さえする。気に入った感じがあるのだ。これはどういうことなのだろう? 佐吉 のこの状態を目の前にしていて、なぜこんな「気に入った感じ」で張りきるのか。嬉しい感じ、だとまではいえないが、似たような弾みがあった。

寒気はいまがいちばんきびしい時だった。菜を洗ってもふきんを濯いでも、水は氷のかけらのような音をさせ た。古風な鉄なべも、新しいデザインのアルマイト鍋も、銀の鉢も瀬戸物も、みなひと調子高い音をだして触れあうのだった。この季節に庖丁をとげば、どんな に鈍感なものでも、研ぐというのがどういうことかと身にしみる。砥と刃とを擦れば、小さい音がたつ。小さいけれどそれは奇妙な音だ。互に減らしあい、どち らも負けない、意地の強い音であり、また聞きようによっては、磨き磨かれる間柄の、なかのいい心意気の合った音ともとれる。研ぐ手に来る触感も複雑だ。石 と金物は双方相手の肌をひん剥こうとする気味があり、同時にぴったりと吸いつくほどのなじみかたをし、磨るに従って刃も砥も温かさをもち、石が刃に息をつ かせるのか刃が石に吐きかけるのか、むっとしたにおいを放つ。あきも真似ごとに砥へ庖丁をあてはするが、本当には研げないし、なにかはしらず研ぎは避けた い気持ちがある。それも寒気のきびしいとき、棚に皿小鉢がしんと整列した静かな台所で研げば、研ぎに漂う凄さみたいなものがはっきりわかる。しかし佐吉の 出ないこの冬の台所は、いやも応もない。本当に研げていない庖丁はすぐ切れがとまり、それだけ度々あきはいやなことをしなくてはならない。

きょうあきは落着いて、佐吉の食事ごしらえができる。胡桃をすり鉢にかけて、胡桃どうふをこしらえようとし ていた。すり鉢の音は、台所の音のなかではおもしろい音だった。鉢の底とふちとでは音がちがうし、すりこ木をまわす速度や、力のいれかたでもちがうし、擂 るものによってもその分量によってもちがう音になる。とろろをすればくぐもった音をだすし、味噌はしめった音、芝海老は粘った音、胡桃は油の軽くなさを音 にだす。早くまわせば固い音をさせ、ゆるくまわすと響く。すりこ木をまわすという動作は単純だが、擂るものによっては腕がつかれる。そういう時は二つ三 つ、わざとふちのほうでからをまわすと、腕も休まるし、音もかわって抑揚がつく。擂る人がもしおどけるなら、拍子も調子も好きにできるところがおもしろ かった。あきはすりこ木の力や速度に強弱をつけず、平均したおとなしい擂り方をするのが好きで、決してすり鉢を奔放によごさない。あきのそれは、自身の性 格が内輪でもあり、佐吉の教えにもよるものだが、佐吉のそれは、正確というよりも小僧っ子の時に親方から躾けられた結果だという。(「台所のおと」)

それにしても、この研ぎ澄まされた感覚と、描写力、そして独特の文体には不思議な魅力がある。
Morris.亭の砥石は真ん中がすり減っててほとんどその場しのぎしかできないし、擂り鉢も長いこと使ってないな。胡麻は胡麻すり器使ってるし…………

云わなければ誰にも知れないことだけに、沙生ひとりの我慢なのだ。腑甲斐ないのだった。たとえ塩むすびをた べてもとよく云うが、毎日塩むすびをたべていられるのは、一家揃って健康なり円満なり、一途な目的に向ってでもいたりするときはできる我慢なのだ。病人が 病院に、うちには幼いもの一人、役に立つ自分は両方かけもちのわさくさしているとき、どこで塩むすびが握っていられるというのか。買ってたべるパンなり 取ってたべるうどんなりは浪費とそしられても、なんの贅沢なことがあるものか。もっともおっぽり出した、もっとも乱暴な、贅沢なんかかけらも含んでいない 安てらなたべものなのだ。沙生にとって塩むすびを握っていられる心のゆとりは羨ましく、どんぶり飯を取ってたべている急かれかたは恨めしい。握り飯は贅沢 で、どんぶり飯は贅沢でも浪費でもないのだ。それだのに家計のなかにどんぶり飯が殖えたことは心が痛む。逆に云えば、どんぶり飯はがさつで安てらなくせ に、右から左へ現金を払わせて、金を減らすことを人に我慢させる点が、何にもまして贅沢なのだと云える。うす憎らしいたべもので、沙生はたべた気もできな かった。(「食欲」)

「流れる」でもそうだったが、貧しさを描くときに一層の筆の冴えを見せるのはどういことなのだろう? 「わさくさ」「安てら」などの独特の言葉遣いが、それをさらに際立たせている。

「なるほど。それでいよちゃんハッスルしたのね。いやあねえ。ああいよちゃんよ、おまえもかだわ。」
「おまえもかって、なんのこと。」
「ひとの取込事をきくとハッスルしちゃうのは、家庭的な女のいやらしい癖だってこと、知らないの。心の貧困が原因よ。心をよせることが、あまりになんにもないから、看病だのお葬式だのっていうとハッスルするのよ。いやらしいじゃないの。」

「あら、忘れちゃったの。いつかいったじゃないの、人の取込ごとでハッスルするのはいやらしいって。」
「ああ、あれはお葬式だの危篤だのの場合よ。」
「それじゃあ、お嫁入りならハッスルしてもいやらしくないの。」
「そうよ、喜びごとですもの。ちがうわ。」
「そうかしら。違うかなあ。ま、それはとにかく、いやらしいなんて軽蔑されないのなら、ハッスルして手伝うわ。」
「あら、こだわるわね。あっさりしなさい、あっさりと。」
「はい。でもね克江さん、あたしこだわるんじゃなくて、素直に克江さんのあの言葉、ほんとにぴりっとしたいい言葉だと身にしみているの。克江さんの記念 よ。いつまでも忘れずにいるわ。あたしはハッスルしたがる性質で、ハッスルするのが好きらしいんだけど、気をつけるわ。いつ、どこで、なにを、どのように ハッスルするか、ぴりっと考えて上手にやるわ。きっとあたし、一生ハッスルしていくと思うんですもの。」(「おきみやげ」)


若い娘二人の会話の上とはいえ、幸田文と「ハッスル」との取り合わせに驚かされた。それもしつこいくらいに繰り返されている。一番似つかわしくない語彙のように思えるものな。
「おきみやげ」は昭和44年「婦人之友」に発表されているが、「ハッスル」という言葉が日本で使われるようになった時期や経緯などをWikipediaで調べたら

1963年(昭和38年)春に日本プロ野球の阪神タイガースがアメリカキャンプから持ち帰り、日本で広まっ たとされている。1962年(昭和37年)には映画『ハスラー』が日本公開され、こちらを語源とする考えもあった。1963年(昭和38年)のクレージー キャッツの映画『クレージー作戦 くたばれ!無責任』の中でコメディアンの植木等は「ハッスル・ホイ」という歌を披露した。この時期のNHKは、ハッスルはアメリカの俗語では売春婦が客引 きする意味があることを理由に放送禁止用語にしていた(現在でも日本のピンクサロンやキャバクラの場内アナウンスで用いられる場合がある) 。
長く死語に近い状態になっていた。しかし、プロレスラーの小川直也が2004年(平成16年)に始まったプロレスイベントのハッスルの宣伝のためにことあ るごとに「ハッスルポーズ」をするパフォーマンスを行った。清原和博らプロ野球選手が試合中にハッスルポーズをしたり、当時自由民主党幹事長の安倍晋三が ハッスルポーズをするなど、ちょっとしたブームとなった2004年(平成16年)の新語・流行語大賞の候補60語にもノミネートされた。 (Wikipedia)


なんて、書いてある。阪神タイガーズがきっかけというのもびっくりだが、安倍晋三のハッスルポーズなんてのまであったのか。
Morris.にとって、ハッスルといえば大西ユカリちゃんに尽きるけどね(^_^)
2014021
【神の領域】堂場瞬一
 ★★★☆
 206/11/25 中央公論社

「人間の体は、本来あんな長い距離を走り抜くような構造になっていない。計算してみろよ。時速20km で2時間以上走るんだぞ。100mのトップランナーのスピードが時速36kmぐらいだ。その半分以上のスピードで2時間走り続けるなんて、そもそも無謀な んだ。体に無理を強いているんだ。だから必ず、壁が立ちはだかる。そう35kmか36km……レースが残り20%を切ったところで、いきなり空気が堅い壁 になってぶつかる。あれは最悪だよ。特にその辺りが上り坂になってると、もう体が動かない。前に進んでるように見えるかもしれないけど、気持ちはそこで足 踏みしてるだけだ。」
2014020
【安倍改憲の野望】樋口陽一、奥平康弘、小森陽一
 ★★★☆
 2013/10/30 かもがわ出版。
改憲を強力(強引)に推し進めようとする安倍政権への分析、疑義、反論などを論じたもの。2013年6月と8月(参院選後)に行われた2回の鼎談が収められている。

樋口 立憲主義、つまりコンステチューショナリズムとは、分かりやすく言えば、権力に勝手な ことをさせないということにつきます。近代国家は、身分制や宗教の支配から個人を開放しましたが、いったん国家が成立すると全面的な支配者になりかねな い、そこで個人側から様々なルールをつくって国家を縛ることが必要になったのです。
(戦前戦中の)帝国議会の議員たちは、自分たちが権力を縛る立場にいるのだという自覚があった。ところが戦後になり、国会が開かれたら、自分たちは国民に 直接選ばれた議員だ、国民が一番偉いかもしれないけれど、実際にはわれわれが一番偉いのだ、縛るものはないのだと考えるようになったのです。
要するに、国民が一番偉い、その国民に直接選ばれた議員が一番偉いという考えが問題なのです。ではそれをどうやって縛るのか。立憲主義からすれば、主権者 としての国民と96条で国民投票に参加する有権者とは、概念上、区別されなくてはいけません。96条で実際に投票する、その意味での国民、つまり有権者は 権力なのです。
それを改憲の手続きはどうでもいいという主張の人たちは、国民投票をする国民イコール万能な国民とするから、立憲主義など意味をもたなくなります。みんな の党などはそうした主張をしていますね。そのロジックからすると、国会をとばして、内閣総理大臣が発案して国民投票にかけても、それが成立さえすれば国民 主権に合うことになるわけじゃないですか。
小森 単純民主主義によって選ばれた首長が、有権者によって選ばれた議会で成立した法律によって、全ての権力を行使することができるのだと いう、橋下徹氏が大阪でずっと主張してきた議論とも結びついていく考え方です。実際、現在の憲法を巡る国民投票法は、その投票が成立する有効投票数を決め ていないわけですから、投票者が有権者総数の一割だって二割だって成立してしまいます。


今日(2014/02/20)の国会でも、この立憲主義に関する質問があった。質問者のパネルには樋口の名があった。立憲主義というのをMorris.はきちんと理解してなかったようだ。教育されてもいなかったようでもある。

樋口 (96条を変える理由付けとして)「あなたたちの憲法制定権力をどうぞお使いなさい」 「三分の一そこそこの議員が、それをさせまいとするのは横柄だ。そういう横柄な議員には次の選挙で落選してもらわなければいかん」(2012年9月安倍発 言)という言い方です。「横柄」というのは、言葉の使い方が美しい日本語として正しいかどうかは別として、彼らの気持ちをよく表していますね。「三分の一 が邪魔してけしからん、そういう議員は次の選挙で落としてもらおう」というわけですから。
小森 実際には96条に盛り込まれた間接民主主義の直接的効果が、時々の権力を憲法に従わせ改憲を許さないできた。しかしそれを逆手に取っ て、国民に対しては「決められない政治」とか「ねじれ国会」と言い立て、マスコミの助けもあってそれが国民多数に受け入れられる状況になった。
樋口 それについては、社会科学をやっている広い意味での学者とメディアの責任は非常に大きいですよ。とにかく「参議院が悪の張本人である」「ねじれはいけない」という世論をつくってしまった。「ねじれ」というのは、それこそ「横柄」と共通した言葉なのです。


安倍の言葉の使い方も相当にひどいものがあるし、それに騙されたり、同調したりする輩が相当数いることも、またひどい現状でもある。

奥平 私が戦後、あるべき日本政治について色々なことを考えた機軸を成しているのは、やはり 9条があっての面目です。9条について「抵抗の哲理」という言葉を使ったことがありますが、9条は、戦後の民主主義と平和主義を歴史的に積み重ねてくるう えで生命力を失っていません。だからここで改正させてはいかんのだ。
小森 それはまた、団塊世代ジュニアが「ロストジェネレーション」と言われている状況となっていますね。日本の経済が厳しくなり、就職がな くなり、日本的雇用も外され、規制緩和で労働者のありかたを支える法体系が破壊されました。そういう事態の中で大人になった人たちの間には、アメリカ一辺 倒の体制に対するフラストレーションがとり分け溜まっている。そうした人たちの中に、押し付け憲法を変えて自主憲法にするのだ、もう変えてもいいのではな いか、それが閉塞感だけの現状から離脱するきっかけになるはずだ、という気分感情を生み出している。改憲勢力はそこに働きかけていると思うのです。
樋口 対米従属を続ける路線を「対米独立」という旗印でたぶらかすというのは、実は岸信介政権がやった日米安全保障条約の改定、つまり60年安保がまさにそういう話だったわけです。

若者中心のネット右翼が安倍の暴走に共感したり、都知事選で田母神に投票したりといった現象もこうした傾向の表われだろう。
憲法学者の樋口と奥平は現在80歳代、60年安保世代だから、当時の民衆の政治意識の高さと比べて嘆かわしい現況に苛立っているようだ。

小森 22条(居住移転、職業選択の自由)は、3・11以降、もっとも実践的な政治問題と なっています。被害者のほぼ全員が事実上、居住の自由を奪われ、移転の自由も奪われ、その結果、職業選択の自由も奪われているという事態ですから。ではそ れを誰が支えるのかということです。国民の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」とそれに対する国の責任を定めた25条にこの22条をスライドさせ れば、国が責任を持たなければならないということになります。そこを、(自民党の)改憲草案では第9章として新たに提起された「緊急事態」を宣言すること によって切り離すということになります。
樋口 たしかに緊急事態を宣言された後のこともありますが、ネオリベラルの考え方に憲法上のレジテマシー(正統性)を与える規定ですから、これがむしろ一番の骨子ではないかと私は考えます。


自民党と財界にとって、ネオリベラリズムは御用社会学なのだろうか。しかしそれは新しい階級主義かもしれない。

小森 いまの日本の政治家には主権国家という感覚がない。怖いことです。

奥平 彼(安倍晋三)の言動には読めない部分がありますが、その前提としての思想は間違って いる、とうことぐらいは言えます。国と国との関係は、相対的なものだと思います。しかし安部総理の考え方はどうも絶対的な気がします。悪いのはもっぱら相 手で、自分はまったく正しいと、それでは落としどころも見つかるわけがありません。中国に対しても、過去の日本とは違うのだというポジションをしめさなけ ればいけません。それなしには一歩も前にすすめない状況のなかで、自分の意見は変えないで相手の意見だけを変えようとする構えであるように思うわけです。

確かに安倍の性格にこういった幼児的な一面があることは間違いないだろう。

樋口 (自民党の)改憲案には妙な新しさがあります。「公共」という言葉も「福祉」という言葉も消えていることです。
新自由主義の典型であり、国家は国民の面倒は見ないよということです。もはや「公共」ではなく、ネオリベラルなのです。その新しさというのが、恐ろしいです。
小森 第22条では(「公共の福祉」は)「公益と公の秩序」とされています。その場合「公益」というのは、繰り返し言われてきた「国益」ということで、実はその国益は大企業の利益でしかない、ということですね。
樋口 しかも日本の大企業のためだけではない。

奥平 世界で日本の評判がガタ落ちになっていることの自覚が足りないということについて言えば、そう自覚しないように仕向けられてきまし た。マスメディアも、産業界であれこれの発明があった等々、日本がよくやっているという安心感を与えるような情報は流すけれども、卑下されつつある日本と いう状況についてはあまり報道しません。実際には、マイナーな価値しかない情報に飛びつかざるをえないほどに、日本は貧困になってきています。そういう時 期に憲法を改正するのはもってのほかです。もっと余裕をもって議論ができるような状況下でなくてはいけません。


冬季オリンピックの報道姿勢にも、同様なパタンが見られる。スポーツ国際試合のあまりに「日本全力応援団」的中継は軌道修正してもらいたい。まっとうな自己(自国)評価も必要だと思う。

奥平 韓国や中国の人からすれば、日本の戦後の経済復興についての評価はありうるにしても、 植民地化による傷跡はあまりにも深く広かったのですから、いまの自民党政権の対応はすごく傲慢だというふうに映るでしょう。日本に歴史的な反省がないとい うことの象徴の一つは、国民自らが戦争責任を問う裁判をしなかったことです。日本全体が自国の軌跡を反省することがないまま、経済的に復興したということ に舞い上がってしまい、舞い上がったと思ったら今度は急激に落ち込んでしまった、というのが今の状況でしょう。戦争責任や歴史認識について自己認識を改め る努力をしないと、アジアの諸国民といい関係をつくることはできないと思います。
憲法の枠組みを大事にしながら、そのなかでいい法律をつくり、いい秩序をつくり、いい文化をつくりあげていく。そしてわけの分からない世界状況に対応し て、なんとか生き延びる方向を探り、日本の尊厳を取り戻すような道を辿っていくことが必要です。その逆をいく安倍政権の憲法改正は国を滅ぼすことです。

「戦争責任」を国民としてきちんと裁かなかったことが、日本の戦後の政治、社会を呪縛してきたのだろう。そして、それこそが福島原発の事後処理などにも再現してるのだと思う。
「憲法」を変える前にやることは(いくらでも)あるだろう。
2014019【ヴルスト!ヴルスト!ヴルスト!】原宏一 ★★★ 2013/09/20 光文社。
一年後に取り壊されるボロアパートに転がり込んだ、高認検定受験目指す若者と、ヴルスト(腸詰め燻蒸ソーセージ)造りに意欲を燃やす還暦前の男が、協力し あって紆余曲折の後、希望にあふれた結末を迎えるという、幸せなものがたりであるが、この作者らしく、ヴルスト製造の薀蓄を思い切り披露してくれている。
2014018【悪の教典】貴志祐介 ★★★ 2010/07/30 文藝春秋。
心理学に長けた市立高校教師が、自分の担任クラスの全員を殺戮していくという、とんでもないヴァイオレンス小説(ホラーというべきか)。
上下二巻800pの大作で、前半はなかなかに面白いと思って読み始めたのだが、途中からは、ほとんどゲームの世界に様変わりしてしまう。超人的な主人公 に、対応するクラスの生徒の中にもそれなりに対応し得るだけの能力持った人材もいて、ゲームを面白くするのだが、結局は教師の描いたプログラム通りに進行 する。
最終的には綻びを見せるのだが、これは作者の逃げに過ぎないのだろう。喩えるのもおこがましいが、サドの一連の作品で、散々やりたいほうだいした主人公が最後に正義に敗北するという、パタンの変奏とも言えるだろう。
主人公が英語教師という設定で、ここかしこに英語のことわざや、薀蓄披露してるのが、面白くてためになる、というのがいくらか得点稼ぎになったかもしれない(^_^;)
2014017
【原発文化人50人斬り】佐高信
 ★★★
 2011/06/20 毎日新聞社。
福島原発事故から3ヶ月後に出された、キワものみたいな本ではあるが、それ以前から批判してた、原発推進の文化人の一覧表に目を通しておくのに便利かなと思った。

一億総ザンゲ的に、みんなに責任があるとか、今こそ一致団結してといった主張に私はどうしても賛成できない。それは戦争責任をなしくずしにしたように、人災を見逃してしまうことになると思うのである。

そうそう、太平洋戦争後の、あの失敗(ある種の人々には大成功)は、繰り返すまい。と、思うまもなく繰り返されている(>_<)

中曽根康弘(超A級戦犯)、梅原猛(中曽根系文化人)、斑目春樹ら(有害御用学者)、ビートたけし(タイコ 持ち芸人)、吉本隆明(耐用年数の切れた蛍光灯)、渡部恒三(故郷の福島を売った原発族)、大前研一(半体制の原発コンサルタント)、堺屋太一(原発反対 つぶしの協力者)、弘兼憲史(原発礼賛の宣伝芸者)、与謝野馨(原発必要論だけは変わらず)、幸田真音(フクシマの惨事をよそに「祝宴」に興じた無神経作 家)
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2014016
【満州と自民党】小林英夫
 ★★★
 2005/11/20 新潮新書。
安倍晋三の悪ノリが目に余るので、その傾向と対策として、彼を育んだ自民党、特に祖父の岸信介のことを知るために、こんな洪を借りてきた。政治関係でこの出版社ということになると、そのまま右寄り路線の傾向が強いことは自明だろうが、それはそれとして興味深かった。
満州へのMorris.の関心の一つが、こうした満州人脈と戦後との関わりだったことも明確になってきた。

岸信介は一貫して、日本が盟主となり「民族協和」「王道楽土」を目指す、アジア一大地城圏の理想を描いていたのだ。その意味では「断絶はない」のである。岸が戦前の「大東亜共栄圏」の再興を目指したと称する所以ともなっている。
アジアが“独立の時代”を迎える中で、彼は戦後の時代の流れが“宗主国と植民地”から“反共と経済発展”という軸にシフトしたことを鋭敏に感じ取り、社会 主義化した中国を切り、反共の砦としての台湾、韓国、東南アジアに目を向けて、経済連帯を強める方向へといち早く舵を転換させたのである


朝鮮戦争から高度成長期にかけて通産省は、日本経済の“参謀本部”としての位置と役割を明確にさせたのである。